王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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第53話 常波戦②

 

 

―――もしも、相手が絶対敵わないような相手でも、勝とうとしなきゃ勝てない。

 

 

バレーボールと言うスポーツは、不慮の事故を除けば 大物食い……所謂ジャイアントキリングと言うのは起こりにくい。

明確な実力差、体格の差、それらを覆すというのは試合中で行うのはあまりにも無理があるからだ。突然、強力なサーブが打てる様になるワケでも、突然何10㎝も高く跳べるようになるワケでもないから。

例外はあるかもしれないが、基本的には練習で出来ない事は試合で出来ない。

 

 

そして、今。

 

 

予選が始まり、劣勢に立たされている選手達は脳裏に過っている事だろう。

 

1点取れば2点、3点と取り返され 開いていく点差。

イージーミスが積み重なっていく。

そして、劣勢に立たされた事により普段より割り増しで感じる疲労。

 

それらが積みあがってのしかかってくれば――次第に【諦める】と言う言葉が頭の中を過るというものだ。

もう、彼方へと飛んでいくボールを追いかけない。見送ってしまう。……取った所で次に繋ぐ事なんて出来るとは思えない。

 

これが、心を折る、と言う事だ。

 

 

 

それでも――そんな劣勢に立たされていても、決してあきらめずボールに食らいついていく選手達も居る。

 

常波高校はまさにそれだった。

 

第1セットをあっという間に取られた。2桁に乗る事さえできず取られ、第2セットも似た様な展開だった。

それでも、それでもボールを追い続けている。

 

 

「ぐっ……! くっそっ……!!」

 

諦める事なく、ボールを落とすまいと飛び込み続ける。

 

「惜しい!! ドンマイ池尻!」

「ナイスファイトです!!」

 

このチームには、諦めている暇等無いようだった。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ」

「段々ラリーが続いていって粘ってますが……」

「ああ。烏野が一枚も二枚も上手だな」

 

コートの外から見ていた青葉城西サイドの入畑監督と溝口コーチ。

 

常波高校の諦めない気持ちには賞賛を送りたい。

コートの中に居る6人、そして外に控えている者たちもれなく全員が諦めてないから。……確かに勝負と言うのは時として非情だ。――だが、きっとこの経験はそれぞれの財産になる筈。例え力及ばなかったとしても 強い相手に諦めなかった事が、今後の人生できっと。

 

そう、心の中でエールを送り続ける。………が、よくよく考えると他校に気を利かせている程余裕がある訳ではないので直ぐに気持ちを切り替える。

 

 

「烏野は使わんな。……あの速攻(・・・・)を」

「ええ。……使えそうな場面は幾つかありました、が。影山は普通の速攻しか使ってませんでした」

 

烏野の注視するポイントの1つ。

言うまでも無いあの超高速の速攻だ。影山の超高性能のトス回しは、どれだけレシーブで崩れたとしても、強引に速攻を持っていく事が出来る。そして、それは傍から見れば無茶なトス、以前の中学時代の悪癖、と言えるものなのだが、烏野10番……日向は、それを打ち抜いて見せている。 偶然でもなくマグレでもない。日向の掌ピンポイントにボールを持って言っているあの正確さは、驚嘆だ。……大学生、トップリーグ選手でも、あそこまでボールを操る者等居るだろうか?

 

「……普通の速攻、か。粗削りではある、が それを使ってる事も実に驚嘆に値するな。まだまだ素人に毛が生えた程度だったというのに、下手くそなコースの打ち分けまでしよる。そもそも、あの雪ヶ丘と言う無名で環境もお世辞に言っても良くない場所で火神と言うバケモノが生まれた。そこに注視し過ぎていたが、曲がりなりにも、あの10番は、11番と共に長く戦い続けてきたんだ。……化けても不思議ではない、か」

「若しくは、余程有意義な練習試合でもしたのでしょうか?」

「うむ。……実戦練習程、有意義なものは無いからな。その可能性もある。自分達の武器を知り、そして増やしていく。その試合ごとにベストな攻撃で攻め続ける。……色んな事がまだまだ力任せだったチームに、更なる知恵がついた。厄介極まりないねぇ」

 

 

客観的に見れたとするなら、最早笑うしかない。この相手を自分達が見るチームがやるんだと考えたら頭が痛くなる想いだが。

 

 

 

「……あ、またサービスエース……」

「11番……、火神誠也君、か。間違いなくベストサーバー候補だな。この予選の」

 

たった今も、見事なコースを打ち切って見せた。

常波のレシーブも頑張ってはいる。ノータッチエースは無くなってるが、如何せん威力と精度が高いサーブに加えて、ミスも殆どしてくれないのだ。

 

「今の火神君は、個人技が目立ってるが 彼の真骨頂は個人技(そこ)じゃないんだよな……。だが、それでもあのサーブは脅威だ」

 

腕を組んでやれやれ、と頭を悩ませた。

もう2セット目の終盤。点差も開き、ある程度の余裕があるとはいえ、始まってから今に至るまで、サーブの威力・精度とも落とさないのは凄まじいの一言。いや、寧ろ増していってる様にも見える。

常波は 全プライドをかけて、体当たりしてでもあの火神と言う男のサーブを上げ続けていた。強烈なサーブがあったからこそ、その後に続く同じく威力は同等の影山のサーブにも面食らわず、食らいついた。

 

だが、ここへきて一切触らせないノータッチエース。

 

上から見た範囲ではあるが、常波は決して心が折れたワケではない。

つまり、威力・精度共に 回数を重ねるごとに増していってるとしか思えないのだ。

 

「まだまだ、全力じゃない、と?」

「うぅむ……、判断するのが難しい所ではあるな。及川も岩泉も、火神君については 一切見逃さないように注目している。……ミーティングで色々と選手達の感想も聞いとこうか」

 

入畑は、そういうと再び試合を見た。

火神は、2連続のサービスエース。そして23—11の終盤にて 常波高校は2回目のタイムアウトを取り、試合が途切れていた。

 

 

常波高校のメンバーも入畑が言う様に確かに心はまだ折れてない―――が、それでも力の差がここまではっきりと判っていたら愚痴も出てくるだろう。

タイムアウトの際なら尚更だ。

 

「はぁぁ……、烏野、噂と全然違うじゃねーか」

「だよな。……一体ドコに堕ちた(・・・・・・)って言うんだ?」

「何上手い事いってんだよ。……って、言いたいけど、オレも同じ。【堕ちた強豪】じゃねーよな。レベルが違う……」

 

プレイ中は皆集中出来ている。

投げやりになってる選手は1人も居ない。……だが、折角タイムアウトを取ってどうにか流れを変えようとしてるのに、チームの空気が悪くなってるのは嫌だった。

 

そんな時だ。池尻の脳裏に、中学時代の記憶が蘇ってきた。

中学最後の公式戦でも、同じ様な展開だった。あの時は、1回戦を初めて突破して2回戦。当然1回戦の時とは比べ物にならない程の強豪相手だった。……シード権を持つ相手だった。

そんな高さも技術も圧倒的に上の相手に一切怯む事が無かったのは、当時のキャプテンであり、今まさにネットを挟んで向き合ってる烏野のキャプテン、澤村だ。

 

 

「―――ネットを挟んだら、格下とか格上とか関係ない。……勝とうとしなきゃ、勝てない」

 

 

池尻は、頭の中で言ったつもりだった。

澤村の言葉をなぞっただけのつもりだったが、バッチリと声に出ていた様だ。

 

一気に注目を集めてしまっていたから、直ぐにそれを理解して慌てる。

 

「っっ!! あ、いや、その、今のはトモダチが……!」

 

正直、今まで胸を張れる程やって来たとは全然言えない。

この言葉を残した澤村の様な男が、この言葉に相応しいとも思えたので、何だか無性に恥ずかしくなってる池尻。

だが、そんな気持ちを払拭してくれるかの様に、チームの皆が声を上げた。

 

「そうだな!」

「良い事言うじゃん! めっちゃ珍しく!」

「確かに、バレーには時間制限なんてないし、食らいついていけば勝機も見えるかも……!?」

烏野(むこう)もミスとかしてくれるかもしれないしな! っていうより、あのサーブは特にミスってください!」

「アホ。拾うんだよ。拾ってやって逆に決めてやろうぜ!」

 

沈みかけたチームが息を吹き返していく。

この光景がまさにそうだろう、と池尻は感じた。誰一人諦めてない。

 

あの日の澤村―――までとは言えないが、それでも間違いなく諦めてないのは判った。

 

「よし!弱小だってねばる時はねばるんだ! もう一回! 勝ちに行くぞ!!」

【オオっ!!】

 

 

 

 

 

 

負けてないから、ボールを落としてないから、何度でも何度でも食らいつく。

ボールが上がったから、仲間が繋いでくれたから、何度でも相手に攻撃する。

 

そして、それに応える様に相手も一切手を緩める気配はなかった。

 

マッチポイントを迎え、未だ火神のサーブ。

 

「う、おおお!!」

 

池尻は、一矢報いる! 否、勝ちに行く気迫で火神の弾丸サーブを身体全体でとった。

ボールの威力は衰える事を知らないが、気迫が、想いが勝ったのだろうか、ガムシャラに食らいついたレシーブは、お世辞にもナイス、と言えない形だったが、セッターにまで返球する事が出来た。

 

その気迫のまま、流れるままに池尻は自ら上げて、自らでスパイクを決めた。

 

これまで一度も見なかったパターンだ。

西谷も反応を見せたが、ボールは抜かれ、コート内に着弾。そして後方彼方へと飛んでいった。

 

 

「うおおおっ!! しゃああああ!!」

「やべーやべーー! 今の超スーパープレイじゃん池尻!!」

「たった1点でもヤバかったぞ、今の! こういうのが決まると流れが来るんだよ!」

 

 

どれだけ凄い攻撃を決めようとも、24-12の烏野側のマッチポイント。

バレーには一発逆転と言った攻撃は無いから、付け焼刃、焼け石に水に過ぎないかもしれない。だが、それでも池尻をはじめ、全員が声を荒げて叫んだ。

 

「(烏野は余裕のマッチポイント! 向こうからしたら痛くもかゆくもない1点かもしれないけど、オレ達は……!!)っっ!?」

 

池尻は、ちらっ、と得点を確認しつつ たった1点でも声を上げるのを止めない! と意気を見せようとした時だ。

 

 

「くっそがあああっっ!! 次はぜってぇ拾う!!」

 

 

取れなかった西谷が吠える。

 

 

「もう1歩、もう1歩前に足が出てたら取れてた! ……次は、繋ぐ!!」

 

 

ボールを最後まで追いかけ続けていた火神も、西谷に呼応する様に吠える。

 

 

「ミスなら後で悔やめ! 今は一本だ! 一本、取り返すぞ!!」

【オオッ!!!】

 

 

そして、キャプテン澤村を中心にチームが1つにまとまっているのが見える。

相手も、一丸となってるのが解る。

 

強烈なサーブや速い速攻だけに目を奪われがちだったが、相手も全員が1つになって戦っている。

 

 

―――ああ、こいつら、本気なんだ。多分、この会場で 誰も注目も警戒もしてない弱小校であるオレ達に、烏野(こいつら)だけが本気なんだ。

 

 

格上であるが故に、生まれる驕り。

圧倒しているが故に、生まれる油断。

 

 

目の前の烏野高校に、そんな濁りは一切なかった。

最後の最後まで、最後の1点まで本気で戦い抜く気概を持っている。

 

驕りや油断など、微塵も無い。

 

 

決して諦めたわけではないが……、それを見た瞬間に勝負は決した。

 

 

 

試合終了。

セットカウント 2-0.

25-9

25-12

 

勝者:烏野高校

 

 

先ほどの意気込みも、もう一度纏まり、一丸となったチームの気迫も……、試合終了の笛が鳴ると同時に呆気なく霧散する。

 

 

【ありがとうございましたーッ!】

 

 

まるで、世界の中心に居た様な感覚も直ぐに消えた。

自分達以外にも試合をするんだし、何より他のチームが試合の準備に入る。故に直ぐに撤退しなければならないので当然と言えば当然だ。

 

 

「翔陽。行こう」

「…………」

 

互いのチームに挨拶を済ませた後、撤収の指示を受けたのにも関わらず、日向は微動だにせずに ただただ茫然とコートを見ていた。

 

 

「……せいや。……誠也。オレたち、勝った」

「………ああ。勝ったな」

 

 

コートを、そしてスコアを確認しながら、ポツリと一言。そして、それに応える火神。

 

「……だから、次も試合、あるんだよな?」

「ああ、勝ったんだからな。オレ達が先へ進むんだ」

 

撤収しなければならない。他のチームにも迷惑が掛かる。

 

それらが判っていても尚、火神は日向を連れて行こうとはしなかった。そして、それは他のメンバーも同様だ。

……ギリギリ、日向が居る位置が邪魔にならない場所だから、と言った理由もあるにはあるが、それでも日向の気持ちは解るから。

 

 

「勝った、勝った………」

 

 

両手を思い切り握り締める。

勝利を、その手に握り締める様に。

 

 

「勝った……! 次も、次もまた試合が……出来る……! コートに、もっともっと立っていられる! ……次も!」

 

 

公式戦と練習試合の重みが違うのは言うまでも無い事だ。

 

 

中学のあの日――。

 

初めて公式戦に出て、そして敗北したあの日からずっとずっと勝利に飢えていた。

飢えた小さなケモノが、初めて勝利の味を知る。

 

 

「オレ達は勝った。……だから、次も出来る。……そして、負けられない理由(・・・・・・・・)が増えた」

「………負けられない理由?」

 

 

火神の言葉を聞いて、日向は飢えを満たそうとしていた事を中断。そして火神の方を見た。

勝ちたい事に理由が必要? と疑問を浮かべながら。

 

その視線の先には、常波高校が居る。

 

背を丸くさせて――コートの外、フロアの外へと引き上げていく姿がそこにあった。

 

 

火神はそれ以上何も言わず、そして日向も火神や他のメンバー、そして烏養にも促されつつ、引きあげていった。

 

 

そして、日向は引きあげていく道中で火神の言っていた事の意味を理解した。

 

 

涙ながらの池尻からの激励があったからだ。

 

 

【勝てよ! 沢山勝てよ! オレ達の分も!!!】

 

 

通路全体に響くその声。

そして、強く強く握られた手。

 

握られた澤村は、同じだけ強い力で握り返した。

 

【ああ、受け取った】

 

嘗ての仲間からのバトンをしっかりと継いだ。

想いを継ぎ、繋がれた。

 

 

その背を、日向ははっきりと目に焼き付ける。

あの中学で敗れた時は、こうやって相手に想いを繋ぐような事はしなかった。……池尻と澤村は嘗てのチームメイトだったから、と言う理由は当然ある、が。それでも日向は考えてしまう。

あの時は、自分の事だけで精一杯だったから。負けた悔しさが沸いて出てきてそれどころじゃなかったから。

 

 

「――負けたチームの分も、勝つ」

 

 

お前たちを負かしたチームは、次も、その次も……こんなにも勝っていった。

 

いつの日か、戦った事が誇りにさえ思える様になるかもしれない。それこそが敬意、そして弔いとも言えるだろう。

 

だからこそ、簡単には負けられない。

 

 

 

 

 

 

そして――体育館入り口に備え付けられているトーナメント表を見た。

 

そこには1回戦の全ての結果が記されている。……烏野高校は当然ながら初戦突破。

 

 

「この中の約半分。55チーム中の23チームは1回戦で終わるんだ」

【…………】

 

そのうちの1つが、先ほどの常波高校。

そして 勝ち上がったチームの数だけ、負けられない思いもある。

 

 

「次も勝つ!」

【あス!!】

 

 

そう、負けられない。

 

次の相手は 数か月前に大敗を喫した因縁の相手。

【鉄壁】の名の通り、相手の攻撃を通さず阻み続けるチーム。

 

 

 

伊達工業。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁなぁ、烏野ヤバくね?? ついこの間まではあんなの居なかったじゃん!」

「あの速攻やべーよな? つーか、あの身長であそこまで跳ぶのが信じらんねー!」

「それもヤバかったけど、やっぱサーブだろ? あの11番、だっけ? アイツ1人で一体どんだけ点とったんだ? それにしても、あんなの打ってくるヤツいるなんてな……」

「烏野、めっちゃ強くなってる……」

 

 

 

1回戦は何も烏野高校と常波高校だけじゃない。

先ほど、澤村が言った通り約50のチームが1回戦を戦っているのだ。勿論、ブロック毎に決められたチームが決められた場所で戦ってるので、全チームが同じ体育館で1回戦を戦ったワケではない、が。それでも 同じフロアでは本命でもあるチーム伊達工業が試合をしていたし、他のチームもそうだ。

 

 

だが、今此処での話題は烏野でいっぱいだった。

 

 

特に、日向のあの身長でMBと言う役回り、そしてその跳躍。あまりにもインパクトがあったのだろう。火神のサーブもそうだが、それ以上に話題性がありそうだ。

 

 

「「「……………」」」

 

 

当然ながら、それらの会話は次戦の相手である伊達工業にも筒抜けだ。

全くマークしてなかったワケじゃない。前回も戦った相手だし、何よりも2回戦の相手だから自信満々ではあるが、マークはしていた。二口が気になっていた選手の事もあり、それなりに警戒レベルも上げていたつもり……だった。だが、これを想定外、想像以上、と言うのだろう。

 

 

「……あの強サーブ打つ笑ってた11番もそうスけど、あの10番も3月には居なかった。つーことは1年スかね?」

「多分な。………要注意だな。サーブに関しては、青城の及川をイメージしていけばそう驚く事はないだろう」

「一度見たスからね。…………」

 

二口は、絶対の自信がある。

打倒すべきは白鳥沢、そして青葉城西。――そう、照準を合わせてきた。油断するつもりは無いが、3月に完封したという歴然とした事実があったが故に、少しばかり気を抜きすぎた様だった。

 

或いは、あの笑みを見せられた瞬間に警戒心を持て、と言われたかもしれなかった。

 

 

 

 

そして、その話題は当の烏野側にも伝わってきていた。

通路を、ロビーを通る度に聞こえてくる程だ。……その都度、日向は耳をぴくぴく動かし、更には目で見て解る程! 大きくさせてたりしていた。

 

 

「……でゅふっ、でゅふふ」

「……流石にそれは気持ち悪い」

「ぐふふ……でもさー、せいや。今もほら……」

 

 

話題にあがってる強いサーブを打つ選手とメチャクチャ跳ぶ小柄な選手。

日向に促されるがまま、ちらっ、と背後を見てみると……。

 

 

「凄かったよなー、烏野!」

「やっぱ、強烈サーブでしょ! 憧れるわー」

「いやいや、やべーのはあの小さい10番だって! 強いサーブは、ほら……頑張れば何とかできそう!? みたいな感じがするけど、身長だけはどうしようもないし?」

「んー、それは解るけどよ。ならおめー、次の試合であんだけのサーブ打って見ろよ?」

「一朝一夕で出来るか! っての。頑張れば何とか、って言っただろ?」

 

 

やっぱり話題に上がる上がる。

上がる度に、日向の顔が面白いくらいに緩む。

 

「せいやだって、めっちゃ言われてるんだぞー?? 喜んだらどうだよ~~」

「ん? これでも喜んでるよ。オレだって翔陽と一緒。公式戦初勝利なんだし」

 

そういう日向と火神のやり取りも周囲にバッチリ聞こえてる。

火神と日向が一緒、と言う点に着目し、【どこが!?】と思われちゃったのは、最早恒例行事。

 

「お? 影山?」

「…………」

「!!」

 

そんな中で、影山がゆっくりとした動きでこちら側へとやって来た。

ゆらりゆらりと動くさまは、何だか恐い。日向もそれをビンビンに感じていた様で、先ほどの緩み切った顔を何度か戻して、警戒態勢。

 

「な、なんだよ! 文句でも言いに来たのか!? 別に良いじゃん! オレ達初勝利なのっ!! それに、それに――――お、オレはあんな風に言われた事ないんだよっっ! いっつも、この子がぁぁ……」

「誰がこの子か。てか、翔陽だってジャンプすげーはずっと言われてた癖に。記憶捏造してないか?」

 

これまでに色々と火神スゲーの嵐だったから、少なからず僻みでも入ってないか? と思ってしまう。

因みに、火神が言う通りであり、中学時代バレーでの記録こそは残せなかったが、跳躍力に関しては 群を抜いていて、バスケ部である泉から声が掛かった事もあった。

それもそのはず、指高から最高到達点までの距離は、バスケ部を含めて校内No.1だったから。

 

「!!?」

「ぉ、ぉぉぅ……」

 

 

そんなやり取りをしている間に、影山はいつの間にか笑っていた。

【ニヤァ……】と、何処かの悪党が悪だくみする様な表情。自分達だけに見える様に笑っている仕草も何処となく恐い。……何処となく、ではない。非常に怖い。

ビビった日向。そして火神も変な声が出てしまった。

 

 

「別に何も言ってねぇし。それにお前らが注目されんのは良い事じゃねぇか。火神はあの試合でジャンフロ使ってねぇ。威力に加えて、緩急自在なサーブが出来るってのはより強い武器になる」

「……色々と褒めてくれてるみたいだけど、何か強張ってるぞ?」

「あっはっはっは。負けちゃってるから悔しいんだねぇ、王様」

 

今度は、何処からともなくやって来た月島。本当に影山が隙を見せたら、狙ったかの様に、寧ろ分かってたかの様に毒を吐きに来る。

烏野で一番影山をぎゃふん、と言わせるのは、或いは月島なのかもしれない。

 

 

その後、とりあえず言いたい事いい終えた月島は、影山が激怒するのを見越して、スタコラと去っていった。

面倒な、と思いつつ、とりあえず影山に先ほどのやり取りは忘れさせる為、火神は話題を日向へと移した。

 

「より翔陽が光るって事だよな? さっき見せた分」

 

イラついていた影山だったが、火神の言葉を聞いて、一先ず怒りは抑えて頷いた。

 

「そうだ。今後の相手も明らかに日向を警戒する。試合前から注目して警戒する。……すればするほど、日向の本領は発揮される」

「んでもって、それを操るセッター影山も気分よく気持ちよく、相手ブロッカーを振り回す事が出来るってワケだ。それも翔陽のおかげ」

「お、おお!」

「……………」

 

 

影山も、それは考えてなかった訳じゃない。

相手ブロッカーを欺いて、スパイカーに道を作る事こそ、セッターの醍醐味であり、快感でもある。それは逆も然りだが、見透かされた様に言われた事に影山はいたたまれなくなった。

 

「とりあえず、判った事は2つ! 最強の囮! なオレと。……笑顔がこわいお前」

 

びしっ! と指さした日向。

言わんでも良い事を言っちゃったので、再び短い影山の導火線に火が付いた。

 

面と向かって恐いとはなかなかに失礼極まりない。

そんな悪い事を言う日向の頭部を思いっきり鷲掴みにして持ち上げる影山。

 

「い、いだだだだ!!」

「怪我しない程度にな……」

「助けてくれよ!」

「被害少なく、思ってても口に出さないようにするのが学習ですよ? 翔陽君」

 

たまには厳しく突き放す事も大事、と言う事で火神は、悲痛な叫び声をあげる日向に手をヒラヒラとさせるだけにとどめた。

それに影山を煽ったのは日向だし。後、影山は周囲に迷惑を掛けない範囲(煩くない)で日向に圧力? をかけているみたいなので、まだ怒られない範囲内だ。

月島の様に上手く逃げれば? とも思えたが、アレは月島独自のスキルみたいな物だから難しいんだろう。

 

 

「とりあえずお前らに関しちゃ、影山の言う通りだな」

 

 

そこに烏養がやってきた。

 

「先ず日向に関しちゃ、間違いなく【あの小っこい10番スゲー】的な空気が作れてる。日向が良い具合に活躍した結果だ。そんでもって、火神もそうだ。外から見てても十分過ぎる強烈なサーブだったからな。おまけにノーミスともなればな」

「「アザ―ス!」」

 

烏養は にっ、と笑って続けた。

 

「日向が光れば光る程、相手のブロックは目が眩む。そして、火神も今の武器の他、もう1つの武器で相手のレシーバーを翻弄する。……サーブ&ブロックだ。型に嵌れば今度はこっちが鉄壁し返す事も出来るだろうな」

 

伊達工業を意識しての言葉に皆の表情が、顔つきが変わった。

鉄壁の名を欲しいままにしている伊達工に、逆にブロックし返してみれば、と考えたら ニヤリと笑えて来る。

そこは月島の仕事でもあるが、止めれるのであれば別に誰であっても問題は無いだろう。……サーブで崩し、ブロックで仕留める。理想的な形の1つだ。

 

 

「―――で。2回戦のスターティングは1回戦時と同じで行く。次の試合は1時半からだ。身体冷やすなよ! それまでに飯食っとけ。んでもって、腹いっぱいにはすんなよ」

【うーす!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の試合が1時半。

そして、今はまだ午前中。

 

長過ぎず短くも無い間隔だ。エネルギーとなる飯はしっかりと取り、そして身体が冷えない疲れない範囲で身体を動かす。

 

「伊達工か……」

 

火神は外で軽くストレッチをしていた。

軽く周り走ってみて、そして時折ボールにも触れて―――。

 

そう、今自分は興奮している。物凄く興奮しているのが解る。

日向に勝るとも劣らない程に。表情には出てないと思われるが、まず間違いなく。

相手が伊達工業、と言う理由もあるが、ある意味、公式戦だからと言うのもあるだろう。楽しみで楽しみで仕方がない。

 

「ぅおーーい! おいてくなよー! せいやー!」

 

1人でウズウズさせていた所に、日向がやって来た。

……いつもなら、簡単なウォームアップは日向や影山と済ませているのだが、此処で火神は興奮しっぱなしで周りがやや見えてない事に気付く。

 

昼食後、日向に一声もかける事なく体育館外へと出ていたから。

 

「火神もわかってんだろ?」

「へ?? 何が?」

 

そして、影山も一緒に来ていた。火神の顔を見るなり、影山から口を開く。

日向は何を言ってるのか分からず、ただただ首を傾げていた。

 

「3月の試合。烏野の相手が、あの伊達工。東峰さんが部を離れた原因の相手だって」

「!! 旭さんが??」

 

影山の言葉に肯定する様に、火神は首を縦に振った。

 

「……烏養コーチが言ってた負けた試合。徹底的に東峰さんのスパイクを止めた事。東峰さんのスパイクをそこまで止められる相手。そして、1回戦が始まる前の伊達工業とのやり取り。まぁ 見てたら解るよな」

「………あの旭さんを、徹底的に止めたブロック」

日向(こいつ)は ちっとも判って無かったみたいだけどな」

「うっせーーよ!!」

「翔陽は目の前の試合に集中してたって事にしようよ。影山」

 

色々と判断する材料は確かに揃いすぎていた。菅原からの説明や、二口の言葉、そして 一目でエースだと見受けたあの時の青根等の伊達工とのやり取り。それらを考えたら十分推測できるというものだ。

 

日向は―――青根の強面に驚いてそこまで頭の中に入ってなかった様だが、火神が言う通り1回戦の常波戦に集中し過ぎてたと言う事にしよう。

 

「3月の試合の相手は、十中八九間違いない。だから、次も間違いなく旭さんは勿論マークされると思うし、翔陽は派手に1回戦で見せたから言わずもがな。オレのサーブもそう」

 

色々と警戒されているのは間違いない。

そして前回、完封されていると言っていい状況にされた負い目が、身体をより固くさせるかもしれない。

 

「……だけど、伊達工業のブロックは徹底したリードブロックだ。何本か見えてたけど、トスを見てから動いていた。だからこそ、あの速攻(・・・・)で翔陽が動けば、絶対にブロックも目は眩む」

「お、おお!!」

「後は、影山がしっかりとスパイカーに道を切り開く」

「……言われるまでもねぇ」

オレ達(・・・)で、先輩たちが借りてたらしい借りを返してやろう」

【おうっ!!】

 

 

3人で意気込んでいた所に。

 

「やっぱ判っちゃったか……」

 

菅原がいつの間にかやってきていた。

きてた事に気付かなかったので、少し驚く3人。

 

「お前らが言う通りだよ。伊達工業は強敵で、丁度 3ヶ月前……、あの鉄壁のブロックに烏野(うち)はこてんぱんにされた」

 

菅原は悔しそうに表情を歪ませたが、直ぐに気を引き締めなおした。

 

「でも、今は違う。最強の囮が居る。最強の選手が2人も揃ってる。お前たちの力が加われば、間違いなく鉄壁を抜ける。……だから、旭の……、烏野のエースの前の道も切り開いてくれ」

 

菅原は頭を下げた。

本当は自分自身の手で借りを返したい気持ちでいっぱいなのだろう事も、その仕草を見ればよくわかる。

 

火神は、ゆっくりと前に出ていった。

 

「……()で、3ヶ月前の借りを返しましょう」

 

さっきは、3人しかこの場に居なかった、と思っていたのも有ったので、【オレ達】と言ったが、火神は【皆】と言い換えた。

試合に出ているメンバーは勿論、控えているメンバーにも。

 

その言葉の意図を感じ取ったであろう菅原は頭を上げて火神を見た。色々と気を使ってもらって情けない気もするが、それ以上に期待してしまう自分もいた。

 

だからこそ、菅原も笑顔で頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丁度、同刻。

菅原同様に、東峰も前回の伊達工戦に未だしこりを感じていた。

 

それでも、今回は違う。今回は違う。と何度も何度も自分に言い聞かせ、そして牙を磨く様に1人集中していた。

 

「………旭。そろそろ行くぞ」

「……………」

 

澤村と、そして西谷が東峰を呼びに来る。

西谷は、じっと東峰の顔を見ていた。 

 

 

「おう」

 

 

東峰のその顔を見て、西谷はふっと身体から力を抜くのだった。

 

 

 

 

そして、いよいよ始まる。

 

 

 

第2回戦

烏野高校 vs 伊達工業。

 

 

 

 


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