王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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第55話 伊達工戦②

たった1度のプレイ。

1セット 25点中の1点のプレイ。

 

 

そのたった1度のプレイ(・・・・・・・・・)で、試合の流れが大きく変わる、流れが決まる、それはスポーツの世界ではよく見られる現象だ。

 

そのプレイを目にした時は……、否、目にした時だけではない。

続くプレイ中にも、その光景を頭の中に焼き付け、そして思い出す度に 心が奮い立つ。次は我こそが、とチーム全体が奮い立つ。

 

そして、身体能力の全てを、自分の持てる全て、100%を出そうとする。

 

持てる全ての力をぶつける事が出来たのなら、本当の意味でそれが出来たのなら、飛躍的にチームの力は向上する事だろう。

 

 

 

そして今、烏野vs伊達工は まだ第1セットの序盤も序盤。

 

 

烏野高校に影山のサービスエースで3点目が追加され、3-0になった時に伊達工監督の追分はタイムアウトを要求した。

影山のサーブは、最初の時よりも強力になったかの様に感じられた。

たった1度のプレイ。あの神懸かりな反射のブロックフォローを見せられた時から。

 

まだ早いとは一瞬思ったが、今は悪い流れを直感した。

 

 

「……落ち着いてるな?」

 

 

追分は、集まった選手達の顔色を確認した。

全く呑まれてないのを確認出来た。それは監督である追分自身がよく判っている。

 

強力なサーブは、何もこれが初めてではない。

 

これまでにも何度も何度も味わっているからだ。超高校級のプレイヤーを有する白鳥沢と戦った時も、そして それらに対抗できる為に県外遠征等を重ねた時も。

 

……練習を何度も何度も重ねてきているのだから。

 

でも、今は流れが明らかに烏野に偏っていた。試合序盤故に身体の固さもまだあったのだろう。そして、意識せずとも頭の何処かでは 前回の快勝が過っていたかもしれない。

だから、ほんの些細ではあるが、切っ掛けを選手達に与えた。確かに傍から見ればまだ早いと言えるタイムだが、この流れを少しでも早く切るために。

 

 

「まずはサーブレシーブだ。アレを上げなきゃ話にならないぞ! 向こうにはまだまだ強烈なサーブを打つヤツだっている! 次、一本絶対に上げていくんだ!」

【アス!!】

 

現時点でやらなければならない最優先事項が、サーブレシーブだ。

それが出来なければ攻撃も無い。鉄壁のブロックも無い。繋ぐ競技のバレーが始まりさえしない。そこだけを重点的に発破をかけるのだった。

 

 

 

「……やっぱ、オレが思ったキモチワルイって感覚間違ってなかったスね」

 

二口は、ぐっ とスポーツドリンクを胃の中に流し込んで口を拭いながら、あの火神の姿を見た。

 

「どういう事だ?」

「だって、得体の知れないナニカ、って気味が悪いじゃないスか。別に変な事をしてくる、って面じゃ、あの10番の方がずっと変っス。あの身体でメチャクチャ跳ぶんスから。……でも、ブロック跳んで、止めた瞬間……なーんかまた見た気がするんスよね。アイツ(・・・)がまた笑ってた感じ?」

 

二口は、今度は面倒くさいな、と言わんばかりに両肩を落としていた。

そんな二口に、青根が近付いて……背を叩く。

 

「いってぇぇ~~!! いきなり何すんの!?」

「オレが気合入れろ、って指示だした」

「ヒドイじゃないスかー! 鎌先さん!」

 

鎌先の指示で、無言青根の闘魂注入。

覚悟も一切させて貰えない中での突然の事だったので、かなり痛い。……何より、チーム1の巨漢である青根のパワーで喰らったら……、想像したくない程痛い。それに、青根は加減が非常に苦手な男だから。

 

 

「いっつも軽ぃーお前が、何しょぼくれた事ばっか言ってんだよ! こっちの調子狂うわ! つーわけで 軽いキャラ男らしく、飄々としてろ!」

「それ、全く褒めてないスよね?」

「おう。勿論だ。褒めてたまるか。てか、重いよりは軽い方が良いってずーっと言ってきてる癖に」

 

何だか、鎌先と二口の言い合いになってしまった。

確かに、鎌先が言うように あの11番、火神と言う男を見た時から、何か察したのか分からないが、妙に大人し気味になって見えた。

 

相手チームに向かって【覚悟しといてくれ】と言えるだけの度胸も技量も実力も持っているのに、本当にらしくない、と言えばそうだ。

 

確かに二口の言う事が正しいのであれば……正直得体の知れないどころか、ある意味不気味ささえ覚える。あのブロックを、あの一瞬の刹那の時間で ボールがどこに来るのかを直感で判断し、あまつさえには拾い上げて見せた男だ。

……正直、二口が言う【笑った】と言うのはただの勘違いじゃ? と思える。あの一瞬でそんな事が出来る余裕があるのか? と。

 

だが、今はそこを深く追求する必要はない。今はリードされたこの点差を如何に縮め、そしてリードを奪い返すかだ。

なので、青根を起用した闘魂注入はナイス判断! と主将の茂庭は思ったのだが……、話が、思惑が脱線してしまってるので、再び今度は茂庭が青根に指示。

 

「2人を止めろ!」

「…………」

 

青根は無言で頷くと、2人の間に割って入って、これまた強引に止めたのだった。

―――チーム1のパワーを存分に発揮しながら。

 

 

 

 

 

 

選手達を送り出したあと、椅子に深く腰掛け、追分は深くため息を吐いていた。

 

「ふぅ……。まさかこんなに早くタイムアウトを取るとは、な。初めてかもしれん」

「英断だったと思います。……間違いなく、嫌な流れが来てましたから」

「ああ。オレもそう思う。……もう1つ、聞くが、あの11番。何者か知ってるか?」

「いえ……。目ぼしい選手には中総体の時に確認してましたが、その中には……。少なくとも上位チームには居なかった筈です」

「…………」

 

 

烏野高校は昔こそは強豪と呼ばれ、春高にも出場し、他県からも有望な選手が集まる高校だった。……だが、近年では烏養監督の体調不良もあり、黒の色が褪せ、【飛べない烏】とまで言われるようになってしまった高校だ。

 

そして今年。

 

3月の大会では完勝した。

今年に入って、中総体、県予選準優勝校のセッター、影山が入学した事は知った。………警戒はしていたつもりだったが、全くの無名の選手がサーブ、レシーブと此処まで異彩を放つ事に、追分は驚きを隠せられなかった。

 

「だが、穴の無いチームなどは存在しない。……アイツらはこれまで どんな攻撃をも止めてきたんだ」

 

絶対の自信は、何も選手達だけのものではない。

長く教え、鍛えてきた監督にも、選手に負けずと劣らない程のプライドを持っている。

自信を持って選び、鍛えたメンバーだ。

 

 

今日の烏野戦でも、きっと―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は烏野サイド。

 

「よし、お前ら! 出だしはOKだ。このまま試合終了まで行ける、って虫のいい事は言わねぇが、調子にはどんどん乗れ! 行ける所まで思う存分突っ走れ。後 東峰! 一回止められたからって委縮すんじゃねーぞ?」

【アス!】

 

まだ序盤も序盤。数字にすれば3点。余裕で巻き返される射程圏内だ。

だが、あのたった1度のプレイ……、火神が鉄壁に阻まれ、叩き落されたボールを救い上げたプレイが、大きな流れを呼び寄せた。

勿論、このタイムアウトで途切れる可能性もある。タイムアウトとは、試合の序盤中盤終盤関係なく、【嫌な流れ】が生まれた、と直感した場面で使用する事もあるから。

 

こう鑑みたら、伊達工のタイムアウトのタイミングは絶妙だったと言っていいかもしれない。

序盤だから、前回の試合で勝ってるから、と胡坐をかいていたのなら……、点差がもっと開いていた可能性が高いと思えるから。

 

 

「もういっぺん言うぞ! 火神。ナイスフォローだ。西谷もナイスレシーブ!」

「「アス!」」

「あの伊達工の【鉄壁】を破るのは、何も攻撃(スパイク)だけじゃないって事だな。どんだけ阻まれても、コートにボールを落とさない限り負けは無い。止めても止めても拾われる嫌な感じは、お前らも音駒相手に痛感してるだろ? 粘って粘っていけば、鉄壁にも亀裂が入る。んでもって、スパイカーも応えてプライド見せろよ?」

【アス!!】

 

 

烏養の言葉を聞いていつも以上に大きく返事の声を上げるのは東峰だった。

いきなりのバックアタック。前回の試合では見せてないのに加えて、今回1回戦でも使ってなかった攻撃パターンを、いきなり止められた。

少なからず、動揺があり トラウマにもなってしまった過去を思い起こしてしまったか? とやや心配していた者たちも居たが、それはどうやら杞憂らしい。

 

 

「旭さん! コーチが言う通り、どんどん打ってって良いスからね!」

「おう! 次は絶対決めてやる!」

「ッス!!」

 

一度止められたくらいでへこたれる様なら、この烏野には戻ってきてはいないだろう。

東峰は西谷の肩を叩き、次は決めると誓った。その姿を見て西谷はまた笑うのだった。

 

そして、同じくスーパーレシーブをしてみせた火神にも。

 

「火神もありがとな。ナイスレシーブ!」

「アス! でも、まだまだこれからです! それに一本上げたくらいじゃ満足しないス!」

「おっしゃあ! こっからが勝負だぜ! 誠也! 俺も拾い勝ーつ!」

「負けないですよ!」

「火神~、レシーブすげーは、オレも見習わなけりゃ~だけど、攻撃面も忘れるなよ?」

「あ……、アス!!」

「おう。んでもって、オレも西谷や火神に負けない様にしないとな(……火神、忘れてたな)」

「…………ふふ(やっぱり幼い感じが出てる。……何だか可愛いかも)」

 

東峰と火神、西谷、そして澤村が加わり、更にやんややんやと盛り上がりを見せる。

興奮している? 時の火神は 何だか お父さんっぽさがすっかり消えていて、普段とのギャップがあって面白いのか、思わず清水もその会話をみていて笑っていた。

 

そして、日向も 気合が場の空気との相乗効果で更に倍増しになった様で、意気揚々と飛び上がる

 

【オレもとーーーる!】

 

と。

見事な跳躍を見せて話に入ってきたのは良いんだが、影山がまた

 

【10年はぇぇ】

 

と一蹴してしまって、日向の士気が上がったり下がったりしていた。

 

当の影山自身もサーブレシーブでも魅せ続けている火神を見て、また対抗心を見せる。セッターだからレシーブは、と慢心する事は影山は無い。何処のポジションでもレシーブをする機会は必ずあるのだから。

 

「アレ以上を見せるってか? 次は空でも飛ぶのか? 火神おとーさんは」

「っスね。ハンパ無いス。……それ以上にアレ見てオレも気合がすげー入った。ノヤっさんのレシーブも、火神のレシーブも。……負けらんねぇ。いつでも出れる様に身体は絶対に準備しておく!」

「……ああ。もちろんオレもだ。田中」

 

コートの中外関係なく士気を高める火神。

菅原も田中も中学時代の火神と日向が居た雪ヶ丘は、この姿を見たからだと改めて認識。奮い立たせられる。アイツがやるんだから自分もやらなければと。それは 例えコートの外に居るメンバーだったとしても関係ない。

 

常に臨戦態勢、戦闘態勢を崩さずに 牙を磨き続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

そしてタイムアウト後、試合再開。

 

影山のサーブは、勢い衰える事なく伊達工のコートに打ち放たれたが、良いタイミングのタイムアウトだった、と証明する様に、キャプテンの茂庭自らが見事に上げて見せた。やや、乱れたレシーブだったが、そのままの流れで最後は二口がスパイクを決め、ここで烏野の点を切った。

 

 

続いて伊達工のサーブ。

影山に対抗して強烈なサーブを!! とは ならず、影山よりは威力は劣るが良いコースで放たれたが、東峰が落ち着いて処理。

 

「旭さん!」

「ナイスレシーブ!」

 

影山にAパスで返球されたボール。攻撃の選択肢は多数ある。

 

「レフト!!」

「火神!」

 

選んだ手は、日向を囮にしたレフトサイドのオープン攻撃。

速い攻撃ではない為、当然リードブロック主体の伊達工は余裕をもって追いついてくる。

 

ブロック1枚が2枚になり、そしてまるで身体全体を覆いつくしてくるような広いブロックの面積。

伊達工の鉄壁。対峙してみて更によく判る。

圧力がまるで形になったかの様なブロックだった。

 

「(———なるほど、まさに鉄壁だ。委縮してしまっても無理ないよな……。実に良い!)」

 

火神は跳躍しながら、伊達工のブロックを堪能していた。

宙に居る時間はほんの僅かだが、その僅かでも情報のひとつひとつをインプット。実際に体感するのとみるのとでは全く違う。百聞は一見、ならぬ百見は一感だ。穴が開く程見続けたが、体験するとまた膨大な情報が頭の奥底へと刷り込まれる。

 

「シっ!!」

 

そして、火神は攻撃手段()を選択。

青根と茂庭の2枚ブロックで狙う相手は茂庭の方だ。当然、最高到達地点の差が出ている側を狙うのが定石。勿論、ただ狙うだけではない。相手側もそれは考えて居る筈だ。

だから、構えているレシーバーの事も考慮しなければならない。

 

そして勿論、全て考慮している。

 

 

「ぐっっ! くっそっ……!! ワンタッチ!!」

 

茂庭はそう叫ぶが、ボールは最早フォローするのは不可能と言える程、大きくコートの外へと弾き出されていった。

 

火神が狙ったのは茂庭の指先。

如何に強力な鉄壁であったとしても、青天井と言う訳ではない。

鉄壁の天辺は、当然存在する。

故にそこを掠める様に打ったのだ。結果、狙い通り見事にブロックアウトで一本締めて見せた。

 

「「ナイススパイク火神!」」

「アス!」

「うおおお! せいやナイスーー!」

 

伊達工で現在、観察してきた範囲ではあるが、ブロックにおいて頭1つ抜きんでているのは二口と青根の2人。

勿論、他の選手達も極めて高いレベルで水準しているから、油断は全く出来ない。

火神は、やや申し訳ない気もするが、まずは主将の茂庭で色々と試させてもらったのである。

 

 

 

 

 

 

 

「おー、ブロックアウトかー」

「今のは烏野側の方が身長高いヤツだったし、ブロックの低い所を狙われた、って感じか?」

「それもあると思うけど、オレは意図的にブロックアウト狙ったんじゃね? って思った。指先とか狙ってさ。伊達工の守備、今のややストレート側中心だったし、アウトサイドのフォローは立ってなかったしさ」

「うげっ。伊達工の鉄壁(ブロック)相手にそんな余裕とか普通ある? あのブロック迫ってくる感ヤバイじゃん。せめて低い所を探すのが関の山な気がするんだけど。それも序盤で」

「う~ん……、まぁ 普通はそーなんだけど、あの11番だったらやりかねないつーか……。言い返す様だけど、序盤でこんな強烈なインパクトやってのけた選手って初めてみたし。レシーブとはいえ」

「あぁ……、そう言われれば解るかも。1回戦も見たけど、さっきの9番のサーブもやべーけど、あの11番もそうだったんだよな。てか、サーブにレシーブにスパイクって、全部出来過ぎだろ」

 

コート全体を上から見ていると、立体で試合を見る事が出来るのでより解りやすく見る事が出来る。試合を見ていた他校の選手達もそうだった。

中でも話題に上がるのが火神。あのブロックフォローが与えた印象はかなり強烈だったらしい。

 

これは、図らずしも火神に注目を集める事が出来たといって良い。

 

伊達工側は、今のブロックアウトには違和感を感じていたから。

 

 

 

 

「うん。今のは明らかにオレが狙われた。でも! いつもの事だ!! オレと青根の2枚じゃ狙われるのはオレ! 話にならんって事くらい分かってる!」

「いや、キャプテン。自信満々に情けない事言うなよ」

「そっスよ」

「…………」

 

胸を張って言う茂庭にツッコミを入れる面々。

青根も言葉は出してないが、強く否定はしたいのだろう。首を大きく、そして早く動かして頷いていた。

 

茂庭は軽く咳払いをした後、本題に。勿論、今のは半分は冗談だ。………半分は、だが。

 

 

「話の肝はそこじゃない。まだたった1発目だし、勿論、オレを狙ったまでは良いとして、あのブロックアウトは偶然じゃないかもしれない。抜かれても後ろで皆が守ってくれてたから、それを考慮した上で狙ったかもしれない。……こんな綺麗に指先掠められたのってあんまりないからさ」

 

茂庭は手の先、指を見た。ジンジン……と痺れるのは、人差し指から薬指にかけての3本。僅かに小指には当たらなかった。本当に丁度指の第1関節を狙われたイメージだ。

どんだけ力を入れてたとしても、指の先、そこを狙われたらシャットするなんて無理だ。ワンタッチを狙うブロックに切り替えた方が大分マシである。

 

「……つまり、アレっスか? 伊達工(俺ら)鉄壁(ブロック)を手玉に取ってくるかもしれない、と?」

「……ああ。まだ様子見程度で良いと思うけど、あの11番には特に要注意だ。元々あの体格でレシーブだけな訳ないだろ」

 

茂庭の説明を聞いて、二口と青根は、火神の方を睨む勢いで見た。

背を向けていたので目が合ったりはしなかったが……、それでも どんな相手でも鉄壁で止めてきたという自信がある伊達工にとってその鉄壁を、敢えて狙う(・・・・・)というのは正直看過出来ない。

より気合が入った瞬間だった。

 

 

そして――。

 

 

―――1回戦後に出会った時、思いっきり宣戦布告したのは二口。正直、すげー恥ずかしいし。今後も態度柔らかく、先輩を敬う後輩になろう、と心に決めたのである。

 

 

「んな事ねースから、妙なナレーション入れないでくださいよ鎌先さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、順調にそれぞれが得点を重ねていくシーソーゲームとなった。

試合の内容は、烏野側がリードしているのだが、気持ちよく打たせてもらえたか? と言われれば首を縦に振れない。

 

上から見ていた青葉城西の入畑や溝口もそう称した。

 

「……ここまでの得点。最初の3点と火神の指先を狙ったブロックアウト、それらを除けば、辛うじてシャットアウトを免れてるだけって感じですね」

「うむ。……あのブロックアウトを狙って打つ、と言うのはかなりの器用さを求められる。狙いすぎると威力が無くなるし、弱くなったらブロッカーに捕まる可能性が高い。狙いすぎて、そのままアウト! だってある。……伊達工のブロッカー陣がそれを見逃すとは到底思えない。まぁ、他の選手たちに、今から火神君の様な打ち方を、さぁしてみろ! って言っても無茶な話だ。それぞれが持つ力であの鉄壁に挑むしかない。……そして、今ギリギリ逃れているに過ぎないブロックに連続で捕まり始めれば、流れがまた変わる」

「……はい。かと言って、火神にボールを集める様な事をすれば………」

「それは悪手だな。何度も見せると当然、慣れも出てくるし、対策も取るだろう。……何より、伊達工のブロック、鉄壁とはそう生易しいものじゃない」

 

 

東峰、澤村、日向……、それぞれが打つスパイクは必ずブロックに当たっている。タダでは決して通してくれないブロックだ。

ブロックに当たったボールが、自陣のアウトに落ちたり、勢い余ってネットを触ってしまったりと、際どいシーンが目立っている。

 

 

 

そして―――。

 

 

「くっっ! のぉっ!!」

「ナイスワンタッチ! 翔陽!」

「チャンスボォォォル!!!」

 

伊達工の攻撃を、日向が見事にワンタッチを取りチャンスボールへと変えた。

ブレイクポイントを取る絶好のチャンス……だったが。

 

「!?」

「!!!」

 

日向が速攻(クイック)で決めようとしたスパイク。

反応速度が更に早くなった青根は一足飛びで追いつくと、そのままブロックに跳んだ。

 

「(クロス側に……っっ!?)」

 

そして、日向はそのブロックを躱そうとボール打つ軌道を変えたのだが、それをも見越していた青根が瞬時に左手をずらし、ブロックの面積を広げて、シャットアウト。

 

これまで、気持ちよく打ててはいないものの、全部決まっていた日向の速攻がブロックに捕まった瞬間だった。

 

 

「ナイスブロック!!」

「やっと捕まえた!!」

「青根!! もう一本っっ!!」

 

【もう一本!!】

 

 

伊達工側は大盛り上がり。

相手が獲る筈だった1点を、一瞬で自分達の点にしてみせた。それは、相手の攻撃の意欲を削ぐ、心までもへし折り、そして同時に味方全体の士気を高める。最強の防御であり、最速の攻撃でもある。―――それが、ブロック。

 

「ナイスだ青根――っ!! ハイターーーッチっ!」

「!」

 

茂庭が両手を上げて青根に向かっていくと……。

バチ――ンッ! と迎撃されてしまった。(青根自身は ちゃんとハイタッチしてます)

 

「ぐああっ! ~~~っっ」

「っ……」

「だ、だいじょうぶだいじょうぶ。……ただ、もうちょっと加減を知ってほしい……」

「…………」

 

寡黙。それの言葉が似合う男ではある、が、日向の攻撃を止めた瞬間は、なかなか表情に出ない彼の熱い姿が出ていた。

必ず止めてやる、と言う強い意思を。

 

伊達工のブロックとは、高く、速く、そして宙では広い壁。

それらが 彼らが【鉄壁】と呼ばれる原因だ。

 

 

「………………」

「………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青根は、ハイタッチを終えた後、じっ と今度は火神を凝視していた。

火神自身も、今度は正面を見ていた為、青根の視線にはすぐに気付いていた。

 

「【10番(翔陽)は止めた。次はお前を止める】ってトコか?」

「むぅっ!! い、一回でへこたれたりしねーぞ!! くっそぉぉぉ!! でもでも、くやしいぃぃぃ!!」

 

日向は、自分が止められた事もそうだが、それ以上に 青根が日向に見切りをつけ早々に火神へと変えた事により悔しさを滲ませていた。別に青根はそこまで日向を軽視している訳でも、見切りをつけた訳でもないが、日向の目には、先ほどの一連の流れはそうとしか見えなかった。

 

「翔陽。落ち着け。ここまでの流れは半ば予定通り、それに作戦(・・)通りでもあるだろ?」

「そうだ。気にすんな。次だ次。……次は、絶対に決まる(・・・・・・)

「あっ」

 

火神と影山の言葉を聞き、悔しく地団駄……まではしてないが、悔しそうにしていた日向は直ぐに改めた。

 

「火神のマークが今まで以上に厳しくなってくれるんなら、絶対(・・)以上だ。決まらない訳がない(・・・・・・・・・)

 

 

そう、これは以前、青葉城西戦でも見せたビックリタイム(・・・・・・・)と同じだ。

今回は狙った訳ではないが、最初に火神があのブロックフォローで目立った。加えて伊達工のブロックを、ブロックアウトで破った。現時点では、狙ったスパイク得点は烏野で火神1人だけだ。

今は、火神が光り輝いて目立っている状態だ。……そこに、小さな烏が攻める。

驚き度合いで言えば火神にも決して負けずとも劣らない。否、影山の個人技も含めればそれ以上のインパクト。

 

それを影山は確信しているからこその一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、日向の様子が一瞬で戻ったのを見た追分は、何だか不穏な気配を感じ取っていた。

勿論、烏野のやり取りが聞こえた訳ではない。

ただ、日向に何かを言ったかと思えば、悔しそうにしていた日向が直に元通りに戻ってしまった。

 

「………? どうかしましたか? 監督」

「……いや、烏野の新しい武器の1つである筈のあの10番の速攻を、序盤で完全に止めて見せた。なのに、どうして全く焦っていない……?」

「………確かにそうですね。ひょっとして、今ブロッカー陣が警戒している11番を囮にする―――とか考えてるのでは?」

「…………」

 

確かに、日向の事は最初から警戒していたが今は特に11番――火神と言う男の事は警戒している。

 

何か嫌な気配を元から感じ取っていた二口は勿論の事、ブロックフォローで凄まじい反射を見せ、更にスパイクでは茂庭をブロックアウトで仕留めてみせた。それが決定打となって、より集中して見ている。

10番の日向の速攻は確かに見栄えが凄い。

試合前であれば、火神よりも遥かに警戒していたと言える選手だろう。

 

 

「(第一印象で強く警戒し過ぎたから、こう考えてしまったのか? 今最も注意すべきはあの11番だというのは間違いない筈……。うむ。11番を止めた時、もう一度様子を見てみるか)」

 

追分はそう結論するのだった。

……そして、それが間違いだった事気付くのはそう時間はかからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお! つまり、あれだな! やんのか!? 【ぎゅんっ】の方!」

「ああ。えらい久々な気いすんな」

「なんせ今日は1本も打ってないしな。オレもそんな気分だ」

 

1回戦は、あの速攻は封じていた。

切り札は最後まで取っておく、と言うのが世の常だ。

それに 精神的にもその方が落ち着けるというもの。

 

そして、日向は久しぶりの超速攻に興奮していた。

 

「全力で跳んでけよ翔陽!」

「ぅおうっ! 任せとけー!」

 

「……さっきまで止められて怒ってたのに単純馬鹿」

 

「月島! 聞こえてっから!! 次、決めるから良いんだよっっ!!」

「はぁ……。ってか、よく聞こえたな」

 

今、コートの外に居る筈の月島のコメント。何故か日向に聞こえていたらしく、盛大に文句を言っていた。こういう時の日向の聴力は物凄い。

 

それは兎も角、影山はもう一度、日向に釘さす。

 

「おら! もっかい頭に叩き込んどけ。一番のジャンプと一番のスピードだ。思いっきり全力で跳ぶ。……ボールはオレが持っていく」

「おう!」

 

 

 

 

 

 

カウント10-8。

 

烏野の2点リード。

伊達工側がブロックにてブレイクを取った為、試合の流れは まだまだ分からない。

 

客観的に見ればシーソーゲームが続いた後、負けている側とはいえ ブレイクを取り、一歩距離を縮めた伊達工側に流れが傾く、とみるのが普通だ。

 

それも、烏野のビックリポイントである、日向と言う最小MB(ミドルブロッカー)の最速攻撃を防いだ事も拍車をかける事だろう。それを捕えた伊達工のブロックはやはり驚嘆だ。

 

 

「二口ナイッサー!」

「ッサァー!!」

 

 

伊達工のサーブ。

強烈なサーブではなく、ボールの軌道が変化するジャンプフローターサーブだ。

だが、それを武器としている火神は、取るのも大得意。

 

「火神!」

「オーライっ!」

 

レシーブイメージは、ボールが極端に変化する前にオーバーハンドで捕まえる事。

 

何故だかは説明できないが、ジャンプフローターサーブを取りきれずサービスエースを取られるパターンは、大体 ボールを取ろうとした瞬間、手に触れる、或いは腕に当たる瞬間に、ボールが何故だか狙ったかの様に最高にブレる。

 

 

サーブを受けようと待ち構えている(・・・・・・・)と、ブレる。

サーブがアウトだろう、と待っていると(・・・・・・)ブレて入る。

 

 

故にこのサーブは、待ち(・・)が駄目なのだ。

だからこそ、火神はボールを常に迎えに行くことをイメージし続けている。

今も、それで問題なくボールを上げる事に成功した。

 

 

 

「ナイスレシーブ」

 

火神はオーバーでボールを捕まえ、影山にAパスで返球。

 

それと同時に、日向が鋭く切り込んだ。狙うは当然ブロッカーが居ない場所。

そして、影山も更に集中した。

 

日向の動き、位置、今の最高到達点で何処に到達するか、敵ブロッカーの位置、……そして、敵ブロッカーの視線。

 

 

「(火神を警戒しているな。……いや、関係ない。例え日向を見ていたとしても、どんなに神経尖らしても、リードブロックじゃ……)」

 

 

角度、位置、タイミング、全てが申し分なし。

 

 

「追いつけねぇよ!」

 

 

影山から放たれた通常よりも遥かに速い高速トス。

それは正確無比に、フルスイングする日向の掌に吸い込まれる様に、日向の掌に収まった瞬間、ボールはコートに叩きつけられた。

 

 

リードブロックとは、ボールを見てからブロックに跳ぶ事。

トスがどこに上がるか見てから跳ぶ。故に、囮には引っかかりにくい。火神が得意としている攻撃の1つである一人時間差も、リードブロックには有効であると言えない。ボールを見てから跳ぶから、つられて跳ぶ訳ではないのだ。

 

 

だからこそ、トスが上がるよりも早く飛び出し、跳躍した日向に追いつく事は出来ない。

その日向に追いつく事が出来るのは、影山が放つボールのみだ。

 

 

 

伊達工の選手たちは、スパイクを決められたというのに暫く動く事が出来なかった。ブロックもレシーブも全く反応出来なく、ただただ棒立ちのままだった。

そして、それはこの体育館内全体にも言える事だ。

 

先ほどまでの体育館中に響いていた声援が、一瞬で静まり返ってしまったのだ。

 

 

 

そして、まるで時が止まったかの様な時間は動き出す。

これまで以上の騒ぎになって。

 

 

【なんだぁぁぁ今のぉぉぉぉ!!!】

 

 

体育館全体がどよめいていた。

そんな中でも、涼し気な表情を見える者たちもいる。

そう、あの超速攻を知っている青葉城西の選手達だ。

 

 

「出たよ。【バケモノ速攻】」

「ほんとあっちの(・・・・)天才はムカつくよね~~」

「そのあっちの天才君(・・・・・・・)は、お前の事こそムカついてるかもな」

「うっ、そ、それは何か嫌だ! せいちゃんは、近年稀に見ぬ良い子だから!」

「知るかボゲ」

 

 

あの超速攻を知っているからこそだ。

知らない者が見れば当然の反応。

 

故に後に、【恐怖・初見殺し】と呼ばれる様になるのだ。

 

 

 

そして、何が起きたか理解した面々は一様に驚きを隠せれない。

今日一番の驚き、あの試合開始直後に見せた驚愕なブロックフォローよりもだ。

 

「……な、なんて無茶なトス……。青根を力ずくで振り切る為に、あんな乱暴なトスを……!?」

「……乱暴。確かにそうだ。……だが、そういうにはまだ早いぞ。スパイカーがちゃんと打てていたんだからな」

「で、でも、あんなトス。たまたま打てたとしか……」

「………あの10番、何者か知ってるか?」

「いえ、……11番と同じです。中学の大会でも全く見た覚えはないです」

「……………っ」

 

 

どうなっている? あの11番と言い、あの10番と言い。

烏野高校で今何が起きている?

全くの無名選手が、中学から高校に上がった途端に開花したとでも言うのだろうか?

 

追分の脳裏ではそれらの疑問が渦巻いていた。

 

生半可な事で出来るプレイなど1つも無い。

高校からバレーを始めて、出来る様な生易しいモノじゃない。

 

強力な武器となるスキルは、それを使う為のモノ、背骨(バックボーン)となる経験が、絶対に必要の筈だ。

 

全国を目指す高校として、常に県内の中学選手には目を光らせていたつもりだったのだが……。

 

 

 

「(いや、まずそれよりも、今はさっきの攻撃だ。 まぐれなのか、意図的なのか………)」

 

 

 

追分は 答えがまだ出ない問いに自問自答を繰り返すのだった。

 

 

 


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