王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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第57話 伊達工戦④

 

 

 

 

「1セット目烏野が獲りましたか……、それも結構な差で。やはり、ノせると怖いですね烏野は。このまま2セット目も勢いで獲るでしょうか………」

「ふ――――む……。とりあえず1セット目と同じ試合展開は無理だろうね~。伊達工の……特にあの7番君は、【ビックリ速攻】にビックリし慣れてきちゃったからね~。まぁ もう1人のポイントゲッターである火神君の事はまだ止めきれてないから、不安要素的なのはあるにはあると思うんだけど、烏野の最速の攻めがあの【ビックリ速攻】であるのは変わらない筈。大きな武器を1つでも止めたとなれば、当然盛り上がるだろうし、1セット目は烏野が見事に流れを獲られる前に獲ったけど、また返される可能性も捨てきれない……。でも、烏野も同じくブロックに色々と対応してくるだろうし……。ふ――――む……、いやー本当に厄介極まりないねぇ」

 

 

 

青葉城西側もやっぱり注目すべきは烏野である、と早々に見切りをつけてる部分があった。まだ第1セットとはいえ、伊達工相手に8点差をつけて、20点に乗せずの勝利はかなり大きな衝撃だと言って良い。

 

 

「ああ、それに火神君はもう1つの強力な武器(・・・・・)をまだ使ってないのも気になる。その武器を、その手札を一体どの場面で切るのか、そこんところも分かれ目になるだろうね」

「もう1つ……。火神のジャンプフローターですか」

 

第1セット目。

火神のサーブは伊達工をかなり揺さぶったと言って良い。

揺さぶるどころか、数点サービスエースも獲っているし、間違いなくこの試合のベストサーバー賞は火神のものだろう。

 

決してレシーブ力が弱いワケではない伊達工を、見事に崩し、翻弄した強力なサーブを操る火神だが、恐るべきことに火神はただ強烈なサーブを打つだけではない。彼の真価は巧みに2種の強力なサーブを使い分けるスイッチヒッターにある。

 

 

―――そして、今大会 第1回戦から見ても、火神はジャンプフローターサーブを一度も使ってない。

 

 

強烈に迫るボールに慣れた後に、これまた強烈に変化するボールが来るとなると………、あまり想像したくないし、何より伊達工に焦点を合わせて隠しているともなれば、かなりしたたかだ。

 

【能ある鷹は爪を隠す】と言った所だろうか。

 

 

 

 

………彼らは()だが。

 

 

 

 

「うん。多分だけど、ジャンプサーブはまだまだ伊達工に有効だし、ある程度対応されてから、球種を変えてくるんじゃないかな?」

「うわぁ………、強烈なストレート打ちを慣れる事が出来た、と思った矢先の変化球ですか……、性質が悪いですね。それも事前情報なしって考えたら尚更……」

「さて、どうなる事やら。……まぁ、ウチはウチで目の前の試合に勝たないと話にならないけどさ」

 

入畑はそういうと青葉城西の選手達の方を向いた。

烏野も伊達工も最大限に警戒しないといけない相手ではある……が、だからと言って自分達の初戦の相手を軽んじていい訳ない。ひょんな事から足元をすくわれる、なんて事になったら話にならないから。

 

 

だからこそ、溝口の声も大きくなる。

 

 

ひょっとしたら、選手達も目の前の初戦の事よりも、前回の練習試合で負けた烏野の事を考えて居るかもしれなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第2セット開始前。

コートチェンジで場所を入れ替っていた。

 

「しかし、あの大きい7番君、それに最後は6番君にも、日向君の速攻にちょっと触られてましたね。凄いです……」

「ああ。1セット目は 快勝って言っていい点差なんだが、正直 素直に喜べねぇな。……凄ぇよ」

 

烏養は25-17で快勝した1セット目の最高の出来についてはもう頭から外してある。

このままの勢いで行け! と発破をかけるより、現状では何が最善か、そして何に気を付けるかを再確認しないといけないから。

 

 

「兎も角だ、変人速攻がウチのでけぇ武器であり、攻撃の要である事も間違いない。まぁ火神の個人技が今んトコ破られてないから、武器はまだまだウチには搭載しているつもりではある……が、とりわけ一番目立ってるでけぇ武器を音駒ん時みたく、封じられる訳にはいかない。全体の士気に関わってくるからな。――――と言う事でだ」

 

 

烏養は、チェンジコートを終えた直ぐ後に、選手達に通達。

 

「2セット目は、ローテーションを2つ回してスタートだ」

 

第1セットでのローテーション。

 

 

前衛に日向・火神・影山。

後衛に澤村・東峰・月島(西谷)。

 

 

この形だったが、烏養の言う通り2つずらす。

 

 

前衛に東峰・澤村・日向。

後衛に月島(西谷)・影山・火神。

 

 

となる。

 

「1セット目は、日向とあの眉無しの7番ががっつりマッチアップするローテだった。それに次いで、火神もな。……特に日向の場合、セットの最後の方も何回か触られたし、慣れられて完全に止められるのは避けたいから、2つ分ズラしてスタートだ。このローテで行きゃマッチを2人とも外す事ができる」

「おお……、なるほど。そうすれば2人は1セット目程、あの7番君にマークされなくなる、って事ですね!」

「まあ、伊達工(むこう)が1セット目と変えずに来ることが前提だけどな」

 

烏養の指示を聞いて、ちょっぴり残念そうにするのは日向だ。

 

止められた訳ではないし、止めさせるつもりもない。危ない場面は確かにあったけれど、いつでもどこでも打ち抜いてやる! と言う気概を持って入っているつもりだ。

 

それに、囮として最大限に機能したあの時。

 

(正直、青根の事は恐いが)音駒の犬岡と戦った時の様な感覚になりつつあった。だから、対戦相手? を取り上げられたような感覚になってガッカリしていた。勝つ為の最善、と言うのは判ってはいても……。

 

「だが、全く当たらない訳じゃない。いくらかの分散させるって感じだ。向こうがローテ回してくりゃ、ご破算だしな。……そして、狙い通り 日向、火神のマークが外れたとなりゃ、当たり前だけど他のヤツをマークするって事になる。勿論、伊達工のブロックが7番だけって事も無ぇのを忘れるな。影山のバックアタック止められた時、十分感じたろ?」

【………………】

 

烏養の言葉を聞いて、一瞬 緊張が走る。確かに、点を獲れる可能性が高いローテだと言えるが、攻撃側のみである

影山は止められた事実を思い返し、しかめっ面になり、火神も自分があげたトスを止められたので、やっぱり苦い顔になる。

そんな中で、直ぐにそれを振り払うかの様に、東峰が前に出た。

 

 

「烏野には 相手の鉄壁()を眩ます大きな光が2人になりました。……その日向や火神の影に隠れたり、頼ってばかりじゃいられないです。今 明らかに向こうは2人を警戒しています。だからこそ、オレ達がより活きる。こんな場面で打ち切れたのなら、更にチームは波に乗れる。……ちゃんと、【エース】らしい働きしてみせます」

 

 

力の籠った言葉だった。

後ろめたさは全くない。決意に満ちた表情だ。

 

東峰の決意の言葉に、皆が感嘆の声を上げた。

 

 

「「おお……!! 育ったなぁ、旭……!」」

「親戚か?」

 

「「旭さんマジカッケーっス!!」」

 

 

 

やんややんや、と集まってくる皆。

雰囲気は上々。エースが調子が良ければ良い程、チームは盛り上がる。チームの調子が良ければ良い程、エースは常に前を向いて攻める事が出来る。

今の烏野は まさに申し分なしだ。

 

地上(レシーブ)は任せて下さいね! 東峰さん! オレも西谷さんに負けず、拾います!」

「おう! 頼んだ! こっちも任せろ!」

「あ、オレもオレも! 最強の囮! やります!!」

「ああ。お前らは本当にスゲェよ。……だからこそ、オレも負けないからな」

「「アス!!」」

 

火神と日向が2人して声を上げた。

そんな中に影山が入ってきた。

 

「レシーブも良いが、スパイクの方もどんどん上げてやるから決めろよ?」

「! おう! 勿論だ」

 

火神は、西谷とのレシーブ勝負? みたいなので盛り上がりつつあって、最初の頃もそういう傾向があったので、改めて影山が釘をさした形である。

 

 

「あっれ~? 影山君は 自分が止められたスパイクは、完全スルーですかぁ??」

「っっ!!?」

 

 

火神に発破をかけるのは良い。……が、日向ははっきりと覚えていた。火神から影山へのセット。バックアタックを。……見事に止められちゃったのを。なかなか見られない場面ではあるが、いつも一言多い苦言をいわれ続ける日向は、ここぞとばかりに影山を煽る。

 

「うるせぇ! スンマセン!!」

「……翔陽、ソレ オレにも傷口に塩だから」

 

ミスったのは事実。でも、日向にそこまで言われるのは納得できない影山。なので、怒鳴りつつ、きちっと謝罪。【素直か】と聞いてた皆が苦笑いをしていた。

 

そして火神は、影山に言った通り 自分が手掛けたセットを止められたのは、自分が止められた事よりも、イラついてしまう。上げた自分とそれを打った相手、2人分の悔しさが一度に来るみたいな感覚だ。

 

「せいやは何だかんだで大丈夫だ! それはオレが一番よーく知ってる!」

 

傷口に塩―――と表現した火神だったが、それを笑い飛ばした日向。

それには なんだか妙な説得力があり、その場の皆は 続けてただただ笑うのだった。

 

 

「そんでもってだお前ら。前半の最初の流れ。始まった最初のサーブやレシーブが重要だって事は言われるまでも無いだろ? ウチのサーブ権からスタートで、そっから始まるのが火神のサーブだ」

 

 

烏養の言葉に全員の視線が集中する。

このローテの配置は、一番初めのサーブに火神が来るようにもなっている。強力なビックサーバーを初球に置くのも定石の1つ。

サーブも負けたくねぇ! と闘志むき出しにした影山以外は、ほぼ全員が期待していると言って良い。あの月島でも、サーブで点を獲れたら凄く楽だから、とちょっぴり違った意味で期待している程だ。

 

「お前のレシーブやべーは 十分相手も体感してるだろう。なんせ鉄壁で止めても、拾われちまうんだからな。間違いなく相手に ストレスを与えてる筈だ。加えて強烈なサーブ。ほんっと贅沢な男だよ、お前は」

「アス!」

「初っ端が重要だぞ。伊達工の十八番を奪ってこい。火神のサーブで崩し、烏野の(ブロック)で相手を仕留めるんだ」

【オス!!】

 

火神は レシーブは言わずもがな烏野でもトップクラスに入る分類だが、影山が言う様に攻撃面においても忘れてはならない。日向と影山の変人速攻が見栄えがして、隠れがちになるが、間違いなくポイントゲッターの1人。

 

後衛でも前衛でも満遍なく真価を発揮する、どこでもござれ、まさに贅沢。

 

 

 

「……1セット目の前半、ほんとの初っ端。あのレシーブで火神が確実に相手を揺さぶった。そこそこデカいヤツが、ドシャットをリベロ顔負けなレシーブをやってのけるなんて、なかなか考えにくいからな。それに加えて日向、影山の変人速攻で 相手をかき回して更に乱した」

「ですね。烏養君が言ってた止めても取られてしまう、と言うのは 間違いなく相手に不快感を与えるんだというのもよく解ります。加えて日向君と影山君の素早い攻撃も加われば……あーー、頭が痛くなってしまいそうですよ」

 

武田の言葉を聞いて烏養は、ニヤっと笑った。

 

「だが、こっから更に乱す事は出来るぜ、先生。さっきは 【全部出して晒した】って早とちりしちまったが、まだウチには武器(・・)はある。多芸は無芸、なんざ当てはまらねぇ程のモンがな。それも……強烈、じゃなく、凶悪な飛び道具が」

「!!」

 

悪人顔? で笑みを浮かべてる烏養を見て、一瞬ビビってしまった武田だが、直ぐに顔を戻し引き締めなおすのだった。

 

 

 

そして、タイムアウト終了、2セット目スタートの笛の音が鳴り響く。

全員が円陣を組み、気合十分でコートの中へと戻っていく。

 

 

観客側も固唾をのんで見守る。

特に烏野の女子はより緊張が走っていた。このセットを獲ればあの伊達工に勝利するのだから。

 

 

 

「大変だな、月島も。1セット目よりも多く、あの7番と向き合ってないといけないな」

「! いやいや、誰も僕があの7番とガチンコ勝負して勝つことなんて期待してませんよ」

 

東峰が、2つ回した事によるローテの配置……つまり、月島のマッチアップの相手が青根が増える事を思い、声を掛けていた。東峰自身もあの青根には前回完全にシャットアウトされた記憶が残っている。あのパイプによるバックアタックで払拭したつもりだが、完全に忘れる事は無理だ。

その経験もあり、色々と重くならない様に軽めに月島に声を掛けたのだが、当の本人にはその手のモノは暖簾に腕押しである。

 

「派手に暴れるのは日向の役目で、その日向が後衛に回ってる間を極力【無難に凌ぐ】のが僕の役目。いつもの事じゃないですか。まぁ、何かあってもお父さん(・・・・)が頑張ってくれるみたいですし、そこまで心配はしてませんよ」

「……(おお、月島は 口じゃ刺々しいけど、火神の事は信頼してるんだなぁ。……スゴク遠回しに、だけど)」

 

敢えて名を出さず、渾名? を出すあたり 影山同様に少なからず対抗心も持ち合わせているんだろう事が何だか解る。特にブロック面では月島は普段の倍増しで解りやすい顔をしているから。

 

「? それにどう考えても」

 

何だか意味深な顔をしてる東峰。

表情を読むような事は月島には出来ない(普通誰にもできないが……)ので、少々訝しみつつ、話をつづけた。

 

「向こうのブロックは東峰さんを【ロックオン】ですよ」

「! ……ああ、わかってるよ」

 

ネットを超えた先、ネット際の前列に居る伊達工の2大鉄壁。青根と二口がじっとこちら側を見てきていた。

二口は 試合が始まる前の何処か軽く飄々とした表情ではなく、青根同様に無言で、且つ睨むように視線を細く、鋭くさせている。口には出さないが、【絶対に止める】と言う決意がものすごく感じられる。―――絶対に決める! と意気込む自分自身と似た様なものだ。

 

 

「でもな。オレは、月島も含め、エース(オレ)の背を護ってくれる頼もしい仲間たちが居るんだ。………だから、例え止められたとしても、もう下は向かない。ただ、上を、前を向いて 進む。……それだけだ」

「…………」

 

 

月島は静かにその決意を聞いていた。

東峰の覚悟が、強い決意が、色々と割り切ってる所がある月島だが、流石に解る。

 

東峰から視線を外し、次に火神を見た。

 

サーブを打つ為に、ボールを持ってエンドラインへと向かってる後ろ姿を見る。

 

「……………決めろよ」

 

らしくない事を思ってる、言ってるのは自分自身が一番よく解ってる。それでも、言わずにはいられなかった。だから、試合中だけだと自身に言い聞かせた。

そして、小さく、小さく、誰にも聞こえない様に、バレない様に。…… 自分よりも小さい筈なのに、遥かに大きくさえ感じる火神の背に 月島はエールを送るのだった。

 

 

 

 

 

 

第2セット開始直前。

 

 

烏野のフォーメーションを見て伊達工側は、視線を細くさせた。

 

「……ローテーションを回してきたか」

「ですね。この配置は、主に10番を、そして11番のマッチアップも避ける形になってます」

 

唯一青根が追いつきかけている10番、唯一青根がまだ止めれていない11番。

その厄介な2人が避けられてる事は、正直好ましくない事ではある、が。裏を返せば 日向や火神以外とのマッチアップになるという事。鉄壁はまだまだ機能している。止められる可能性がより上がるという事も事実だ。

 

そして、何よりも……。

 

 

「どういうマッチアップになっても、目の前のスパイカーをただ止める。それだけだ。……あいつらが、それを誰よりもわかっている。外で見てるオレ達以上にな」

 

 

追分は、青根と二口を見た。

 

2年生コンビ、間違いなく来年以降の柱になる伊達工の2トップ。

青根は常に一定で基本的に平常心。どんな相手でも油断なく全力で止める男だが、普段から軽口の止まらない二口は、実力は勿論あるのだが 何処か青根に比べたらムラがある様に思えていた。

 

そんな男が、ただただ表情を引き締めて、集中しているのが目に見えてわかる。

劣勢に立たされている今、これ以上頼もしく感じる者はいないだろう。

 

 

「11番と10番が外れちゃったか。………でも オレ達、普段は無口な男とクソナマイキな問題児だからな。試合でくらいイイ後輩でいなくちゃな」

「…………!」

 

 

強い決意は烏野も伊達工も同じ。

今までの戦績は勿論、前回の試合の事ももう関係ない。

 

ただ、目の前の相手に勝つ。―――目の前の相手を誰だろうと止める。

 

それだけを集中するのだった。

 

 

 

 

 

 

そして、烏野側のサーブで 試合開始の笛の音が響いた。

 

最初のサーバーは、11番火神である事を確認すると同時に、最大級の警戒モードに入る伊達工。低く、深く構え どんな強烈なサーブだろうと上げてやる。と言った決意の表れが、その表情に出ていた。……伊達工もれなく全員から。

 

 

火神は、それを見て――――開始直前まで選んでいた手を、完全に決めた。

 

 

1セット目のサーブは全く問題ない。寧ろ好調だと言える。

 

最初は70~80%程の力で調整していき、1セット終盤では90~100%未満で打ち、精度の方も問題なかった。狙った所にボールは行ってるし、サーブトスも踏み込みも空中姿勢も体感では全く問題ない。

このままジャンプサーブで問題ない、まだ崩せると自信もあった。

 

 

 

そして―――エンドラインから離れる歩数は、4歩。

 

 

 

だからこそ(・・・・・)――だ。

 

自分自身が絶好調。サーブの威力も徐々に上がって狙った箇所へと打てる。

それは、自分以上に相手が感じている事(・・・・・・・・・・・・・・)でもあるだろうから、ここで揺さぶりをかける。

 

誰もが初っ端、盛大に思いっきり行くだろう、と考えてる所で切る。意表をつく。

 

 

 

「……いくぞ!」

【!】

 

 

 

低い声、そして鋭い視線。

対面している伊達工側は、1セット目とは何かが違う事に、打つ寸前で気付けた……が、その時にはもう遅い。

 

火神は、両手でボールを上げ、バックスイングを行わずに踏み込み、ジャンプした。

 

 

【これまでのモーションとは明らかに違う】そう考えてしまった時点で既に術中である。

 

 

日向の突然視界の中に現れるスピード、そして気迫。最強の囮、それを考えまい、考えまい、とする思考と極めて酷似していると言えるだろう。

 

強烈なジャンプサーブと、変化するジャンプフローターサーブ。

 

この2つは、レシーブの構える位置を変える必要がある。それはほんの僅か1歩分程度の差ではあるが、時速100kmを優に超えるスピードのサーブ相手には、そのほんの僅かな差でも致命的な出遅れになるのだ。

 

そして、これが初見であるなら……尚更だ。

 

 

打たれたサーブは、小原に向かって一直線。

 

「うっ、ぐぉっっ!!」

 

ジャンプサーブが来る! と深く深く身構えていた為、突如襲ってきたこのサーブには対応しきれなかった。スピードこそは緩やかだが、如何せん凶悪なのはそのボールの変化だ。

前に落とされた為、アンダーで拾おうと飛び込んだが、……見事にボールが変化。

オーバーに比べて、接地面積が圧倒的に狭いのがアンダーだ。

放たれたボールは、小原の左肘を掠める様にし、後方へと弾き飛んだ。

 

 

 

初っ端サーブのサービスエースである。

 

 

 

「っしゃぁっ!!」

【ナイッサーーーー!!!】

 

 

最初の流れを掴む事を意識した火神は、見事に仕事をやってのけた。

サーブで崩し、ブロックで仕留める形も理想と言えば理想だが、究極的に言えばサーブで全ての点を獲る事。

だから、全く問題なし。

 

 

「ナイスサーブだ!! 火神!!」

「うおおお!! わ、忘れてました!! えっと、そう! ジャンプフローターサーブ! 火神君は、こちらも使うんでしたね??」

「おおよ! 強烈なサーブを何度も何度も打ち込んで、刷り込まれた頭ん中に、突然打たれる全く違う手だ。正直、頭ん中はぐちゃぐちゃになってる筈だぜ」

 

烏養は、声援を送りつつ伊達工側を見た。

選手達は声を掛け合っている様だが、明らかに動揺しているのが解る。

 

そして、それは選手だけではなく……。

 

 

 

「なっ!?」

 

 

監督の追分も同じだった。

サービスエースを取られた時、或いは、ジャンプフローターを打たれたその瞬間に、思わず立ち上がってしまっていたのだ。

 

「ジャンフロ……だと!?」

 

あそこまで完成されたと言って良いジャンプサーブを搭載しているのにも関わらず、同じく極めて凶悪な変化するサーブをも打てる事に驚きを隠せれない。

 

そして、こちらはマグレか意図的か、脳内で議論する必要性などない。

決して付け焼き刃じゃないのは一目瞭然だと思える程、完成されていたから。

 

たった1球で、全て解ると思えたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えええ!! すごいっっ!?」

「なに!? ジャンフロまで打てるの!??」

「スペックやば過ぎじゃない!?? 1セットのサーブ見た後だと取れないよ、あんなの!!」

 

 

「くはーーー! ここで使うか火神ちゃん! 十八番ジャンフロ!」

「いやぁ……、オレらもやられたもんなぁ……。多分、アレ一瞬で目の前に来た! って感覚だぞ、相手。ひゅ~ 凶悪~」

「うんうん!」

 

烏野応援席側も大盛り上がり。

 

目をまんまるにさせていたのは、今日初めて火神を、烏野の試合を見た女子バレー部の皆だろう。

元々、その武器を搭載していた事を知っている嶋田や滝ノ上は ただただ笑っていた。どのタイミングで、使い分けるか、最初に使うのはどの場面か? と何度か1セット目の時にも2人で議論していたから尚更だ。

 

 

大いに盛り上がる烏野側だが、勿論伊達工側も黙って殴られ続ける訳にはいかない。

 

 

「身構えすぎるな! ジャンフロはオーバーでとれ!!」

 

 

それは追分のいつもよりも遥かに短く、それでいて慌てた様子の激の声だった。

まだ2セット目始まったばかりで、たったの1点。スコア1-0。にも拘わらずに、だ。それ相応の脅威を感じた為。

 

そして 慌ててる他人を見ると、自分は冷静になれる……とよく言う様に、外が慌ててくれる分、中は冷静になれた気がしていた。

驚愕していた伊達工のメンバーたちは 一先ず一度集まる。

 

 

「くっそぉぉ! スマーン! かんっぜんにしてやられた!!」

「いや、ありゃ仕方ない。直前まで超強力サーブが来るってオレ思ってたし、なんなら打たれた瞬間固まってた。……まさかの軟打じゃなく、ジャンフロとか」

「メチャ……性格悪いスね」

「二口に言われたくないと思うが、今回ばっかりはオレもそう思いたい。横っ面を騙しな攻撃の上、力いっぱい思いっきりぶん殴られた気分だ」

「……………」

 

十分今まで脅威だった相手が、更に進化してやって来たような感覚だ。

攻撃の種類とすれば、たった1つ増えただけ……と思えるが……、思いたいが、その凶悪さは先ほどの比ではない。

 

 

続く火神のサーブ。

 

 

火神は、2度目は サーブ時間の8秒間たっぷり使ったジャンプサーブへと切り替えた。

 

ジャンプフローターの脅威、あの軌道が頭に焼き付いて離れない状況で、今度は強打。サービスエースこそ許さなかったが、そのまま烏野のチャンスボールとなり、流れるままに東峰が決めた。

 

「しゃあ!!」

「ナイスです! 東峰さん!」

「「旭さん! ナイスキー!!」」

「「ナイスだ旭!!」」

 

一気に盛り上がりを見せる烏野。

 

東峰のスパイクだが、ブロックに青根が追いつきかけていたが、火神のサーブの脅威、混乱が ほんの僅かではあるが青根のブロックへの反応を遅くさせていた。だからこそ、ほぼブロック0で決める事が出来たのだ。

 

鉄壁と呼ばれる伊達工相手に、ブロック0は快挙と言って良い。

 

「火神、このまま決めてくれても良いぞ」

「ナイッサー!!」

「……負けねぇ」

「どこ向いてんだよ影山! 相手は向こうだぞ向こう!」

「……るせぇ! (サーブをもっと、オレももっともっと………)」

 

 

完全に勢いづく烏野。

 

 

火神が、ボールを手に持ち……エンドラインから後方へ歩いていく背を伊達工は目で追いかけた。心底身体が震える想いだ。

 

 

そう、如何に鉄壁と呼ばれても、現代のバレーボールにおいて、サーブと言うプレイには関係ない。

何故なら、サーブはブロックと言う壁に阻まれない攻撃だから。

どれだけ堅牢で強固な鉄壁を築いたとしても、阻む事はかなわない。

 

そのサーブの威力が強ければ強い程、精度が良ければ良い程、究極の攻撃となって直接チームに襲い掛かる。

 

 

 

そんな身震いさえする中で、一際大きく活を入れるのが3年の茂庭。

 

 

 

「絶対だ! 絶対!! 何が何でも上げてやるぞ!! さぁ来い!!」

 

 

 

どんっ!! とコートを強く、大きく踏み込み 震えを抑え込む。

自分達の主将が気合を入れているんだ、と周りもそれに続く。

 

 

ジャンプサーブだろうとジャンプフローターだろうと関係ない。

ボールは存在している。消える訳ではない。

 

ならば、繋ぐだけ。……ただただ只管に繋ぐだけだ。

 

 

 

 

「(茂庭さん……、こんな感じの人、だったのか)」

 

火神は こちら側にまで届いた声の圧を身に受けながら、そう考えていた。

 

火神が知る彼に持つ感想、人物像は とにかく苦労人であるという事。……一癖も二癖もある選手達を引っ張ってきた人。今なら、色々と世話がやける連中が居るので、親近感がちょっぴり湧いたりする。

そして、頼りになる主将である事も知っているが、ここまで熱く熱くさせる様な、そんなタイプの主将だとは知らなかった。

 

 

「――――いくぞ!!」

【こい!!】

 

 

知らない一面を視れた事に感謝をしつつ、火神は大きくボールを上げる。

3度目のサーブはエンドラインから6歩離れたジャンプサーブ。

狙うは、バックレフト、エンドラインギリギリ、コーナーの角。

 

一見すればアウトかもしれない際どいコース。極上のラインショット。

インかアウトか、傍に居た小原は迷う余地は全くなかった。2度連続で自分から獲られる訳にはいかない、と力を込めた。

 

「う、おおおお!!!」

 

気合を1つ入れると、迫りくるボールに手を伸ばし、喰らいついた。

バチンっ!! と乾いた音を轟かせながら、ボールはコートの真上に高く上がる。

 

 

「「「ナイスレシーブっっ!!!」」」

「つなげぇぇぇぇぇ!!」

 

 

怒号の様な声と共に、茂庭がセットに入る。笹谷を指さし 上げたトスは見事の一言。

影山の様な見栄え程ではないが、それでもアタッカーが打ちやすい所に絶対に上げる。絶対にこの流れを切る! と言わんばかりのセットだった。

笹谷は 茂庭のセットを信じるがままに走り込み、跳躍し、構えた。

笹谷が構えた先には東峰と澤村がマークしていて、ブロックに跳ばれていたが、構わず狙いを定めて一撃。

 

それは 東峰の左手に当たり、コートの外へと弾き出された。

 

 

「っしゃあああ!」

「ナイスキー!!!」

 

 

カウント2-1。

 

 

この気合の籠ったレシーブからのセットで、息を吹き返した様に続くプレイも東峰のスパイクが茂庭に止められ、スコア2-2に戻される。

 

 

「くそッ!! 反応、一歩遅れた!! 今のは拾えたボールだ!」

「くそが!! オレも次はぜってぇ拾う!!」

 

 

東峰のスパイクを止められた時、拾えなかった事に大きく声を上げて奮い立たせる火神と西谷。ブレイクポイントを許してしまったが、伊達工に流れを簡単に持って行かせるか! と全員が奮い立つ。

 

 

互いにシーソーゲームを繰り広げ、スコアは4-4。

 

 

「よっしゃああ!」

 

 

 

西谷が下がり日向が前衛へと上がってきた。

そして月島のサーブ。

伊達工は落ち着いて、レシーブし、速攻を決める……が、丁度月島が正面に位置取りをしていた為、ボールはコートに着弾する事なく上にあがった。

 

 

「上がった!! ナイス月島!!」

「影山! カバー!!」

 

多少乱れたとしても、高くボールが上がっていれば影山にはそれで問題ない。

 

 

 

 

「持って来ォォォい!!」

 

 

 

日向が素早い助走から、跳躍。流れる動きでそのまま相手コートに叩きつけた。

 

「!!?」

 

日向の速攻に今の今までくらいつき、ボールを触る事が出来たのは青根だけだった。故に、まだ他のブロッカー、現在マッチしている鎌先は まだまだ変人速攻には慣れてなかった。

後衛側から見るのと、マッチアップした前衛で見るのとでは、体感速度が全く違うのだ。

 

「目の前にくると余計にクソ速ぇなオイ! 烏野(お前ら)バケモンだらけかクソ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も 火神の強サーブもあり好レシーブもあり、そして日向影山の変人速攻。

引っ張られる形で烏野の全体の速度が増していっていた。

 

 

 

だが、イメージ程の点差は付いていない。

 

 

 

現在14—16の烏野リード。

 

 

 

ブレイクポイントは取れたが、その他は返されているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど。伊達工は 10番の早い速攻は、マークは基本1人だけ。火神君に対してもそう。他は無理にブロッカー全員で止めようと追いかけ回したりしないようにしている様だ。どうにかレシーブで対処している。……ノーガードで殴られるより、囮に只管かかって、多数方面から殴られる方が分が悪い。と言った所か」

 

 

外で見ていた青葉城西の入畑はそう結論していた。

 

 

何だかんだ言いつつも、烏野と伊達工の試合の事がやはり一番気になるようだった。

 

 

「火神君の2種のサーブは確かに未だ脅威の一言。……だが、ノータッチだけは避ける。どれだけ不格好でも上げる事だけを意識している。全身全霊とはまさにこの事を言うのだろう。――その結果ボールは上がっている。1セット目や2セット目の序盤の時の様になっていない。チャンスボールになろうが関係ない、自分達のブロックで仕留める、と言った所か。それに、ブロックアウトを狙われる事に対しても 指示があったんだろう。広くカバーできる様にする為、全体的に下がっている。フェイントを多用される場面もあるからそっちにも神経を使わないといけないが、……色々と徐々に嵌っていると言えるな」

「ええ。烏野が加速していって勢いも増してる様に見えるのですが……、要所要所ではきっちり取り返せています。伊達工は決して鉄壁……ブロックだけではない、と言う事でしょう。……鉄壁の先を抜けたからと言って安心は最早無い……か」

「ふむ。……仮にもし、10番のあの速攻に対して慣れ、更にこのセットを逆転で伊達工が取り返し、3セット目に縺れ込めば、烏野が不利になる可能性がかなり高い。あの伊達工の7番のブロックはやはり脅威の一言。烏野で言う火神君の様なモノだ。彼が前衛に居る時、止められるパターンが多く見られる。つまり………」

 

 

入畑は、烏野の3番――東峰を見た。

青根とマッチアップをする烏野のエースを。

 

 

 

 

「この試合、他にも得点源(ポイントゲッター)を。……エースである彼がどこまで鉄壁に対し戦えるか、それが勝負の分かれ目かもしれないな。もしくは――――」

 

 

 

様々な事を想定する入畑。

 

 

 

 

烏野vs伊達工は、2セット目の中盤にて まさに佳境に入ったと言えるのだった。

 

 

 


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