王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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遅くなりました……すみません。

8月は暑いだけでなく、色々と大変過ぎる月ですので、少々遅れるかと思います。
執筆速度も、あーでもない、こーでもないってしてたら、思いのほか時間がかかってしまって更に遅れるかもですが、これからも頑張ります。






第58話 伊達工戦⑤

――烏野の10番が前衛に来ると、全体のスピードが上がる。

 

 

それは、日向の変人速攻が決まりだした頃から徐々に観客側から囁かれた事でもあった。

 

単純な事だ。日向は 味方選手の居ないスペース、コート内を縦横無尽に動き回っている。それでいて、その圧倒される速度に追いつくだけのボールを影山が飛ばしている。

早く動く日向に加えて、その日向に追いつくだけの影山の早いトスワーク。

これだけで十分体感速度が倍増しになる事だろう。

 

それをコート全体を見ている観客側は見て感じたのだ。

 

 

そして、そのボールに、日向に、と相対する伊達工側は異様に苦慮する事間違いなかった。

 

彼らの焦り―――焦燥感。

 

それは選手だけでなく 見ている側にも伝わってくる程だった。

 

だが、当然ながら伊達工とて負けてはいない。諦める気など毛頭ない。

少なくとも青根は日向の速度に徐々に慣れ、追いついていっているのだから。

 

 

 

試合序盤は、火神のサーブ力から始まり、レシーブも合わさって、かなりの注目を集めていた。また違った鉄壁破りだと言われた。

だが、今、日向の光は次第にではあるが火神の驚きを上回る程、その輝きを見せていた。

 

 

 

【10番の速攻すごいんだって。どんなトコからでも打ってくる】

【だよな! あれ、普通は無難に返す為に留まる筈なのに、お構いなしだ。その上決めてくるんだから】

【目の前でやったら、もっと圧倒されるんだろうな……。おっ、今は後衛か。ここで伊達工が追い上げてくるかな?】

 

 

 

1つ、また1つ点を決める毎に、日向の話題に事欠かなくなる。

烏養が試合前に言っていた【烏野の10番やべー!】な空気は完成されつつある……が。

 

 

「惜しい惜しい! あとほんのちょっとだ! 次止めるぞ!」

「!!」

 

 

それでも伊達工の鉄壁は追い縋っていた。やはり、特に7番青根のブロックが脅威の一言。仮に日向につられても、持ち前の反応速度、移動速度であと一歩まで迫ってくる。ブロックを振り切ったと思ったのに、もう視界の中に迫る鉄壁。

それはほんの一瞬の焦り、迷いが有れば捕えられてしまうだろう、とスパイカー陣に植え付ける程のものだった。

 

 

 

 

そして、シーソーゲームが展開され……伊達工ボール。

 

「二口! 思いっきりいけ!」

「二口さんナイッサ!!」

 

 

 

強いサーブは何も烏野だけではない。

次は、伊達工もサーブでも魅せた。

 

伊達工屈指のビッグサーバーである二口は、火神に触発されたのか、或いは徐々に上げてきたのかは分からないが、今日一番のサーブを見せた。

 

助走からサーブトス、その後の空中姿勢まで 離れていても解る程申し分なし。打つ瞬間に笑顔が見えた感じがした。体感時間がより長く感じた。

 

そのサーブが迫ってくる。……相手は火神。

 

狙う箇所は他にもあった筈だ。

直ぐ傍に居る影山を狙えば正セッターを封じる事に繋がるかもしれない。勿論、影山がファーストタッチだったとしても火神がそれを補完するので完全に崩せたとは言えない。何度も見ているからこそわかる。……だが、それでも攻撃力そのものを削いだ事実には違いない。

現在、リベロの西谷も居て烏野は極めて守備力が高いローテだ。そんな中でも、狙う箇所は他にもあった筈。

 

それでも、二口は火神を狙った。

 

「(良い感じだ!! 取れるもんならとってみやがれ!)」

 

 

試合前から感じていた火神に対する対抗心故に、だろう。

 

だが。

 

「「火神!!」」

「ふっっ!!」

 

火神は 正確に、二口のサーブの軌道を読む。

時速100kmを余裕で超えるサーブに対し、打たれてから軌道を読むのは正直遅すぎる。故にサーブは打つ瞬間からが勝負だ。気の読み合い、に近しいものもあるだろう。

そして、今回 二口はあからさまに火神を意識していた。それは火神本人にも伝わっていた。……二口の意地、プライドに火神が応えた形になったのだ。

 

「…………くそが!!」

 

 

 

「ナイスレシーブ!! 火神」

「ナイスレシーブ! オーライ!」

 

火神のレシーブは、ギリギリアタックラインの内側。完璧、とはまだまだ程遠いが、それでもあの威力のサーブの威力を殺し、納める事が出来ていた。

腕がびりびり痺れるのを感じる。

 

「(———光栄、極まれり。……だが)」

 

にっ、と再び二口に向かって笑みを浮かべる。

サービスエースをあげるつもりは毛頭ない。……何十、何百、何千と繰り返してきた練習に加え、それと同じくらい見たかもしれない伊達工戦。絵で画で何度も何度も見た場面。

 

「崩されないよ」

「っ!」

 

この一瞬のやり取りを聞こえた筈はない。

だが、意図は通じるモノがある。二口は、相手がトンデモナイのを改めて認識すると同時に、次こそは、と気を引き締めなおすのだった。

 

そして、現在のローテは 日向が外に出ており、前衛に東峰、月島、澤村が控えている。

 

 

「オープン!」

「東峰さん!!」

 

 

影山が選んだ手は、エースへのオープントス。

どんな場面でも、打ち切ってこそのエース。

東峰は、全力で助走し、全力で跳んだ。

 

「(例え、鉄壁が相手だろうが、臆せずぶち抜く!! それがエースだ!!)」

 

跳躍し、ボールを打ち放つまでのコンマ数秒レベルの時の狭間で、東峰は見た。

ブロックに隙間(・・)が空いているのを。如何に鉄壁と言えど、その扉が閉まりきっていないのであれば、向こう側(・・・・)へとボールを叩き込む事が出来る。

 

「おおお!! ……ッッ!?」

 

そして、こんな刹那の時の狭間で、東峰はもう1つ見た。

ギラッ! と眼光を鋭くさせる青根の姿を。……そして、僅かに開いていた鉄壁が、凄まじい勢いで閉じていくのを。

 

このスパイクは止められる。

 

打つ前に、そう感じさせられた。

そして、その予感は的中する。東峰の狙い定めたスパイクは、閉じられた鉄壁により遮断された。東峰のパワーと同等、若しくは上回る渾身の腕の力で叩き落されたボールは、そのまま烏野のコート内に――――落ちない。

 

 

 

――エースの背は、オレが護る!

 

 

 

西谷、渾身のスーパーレシーブ、炸裂。

 

「「「西谷ぁぁぁ!!」」」

 

コート内外からその名が響く。

西谷は、叩きつけられたボールとコートの隙間に飛び込んだのだ。考えるよりも先に身体が動いた、まさに反射神経が十全に機能し、肉体に脳を介さず命令を下したのだろう。

 

それは、第1セットの火神のスーパーレシーブを彷彿させるものであり、西谷の中でもはっきりとイメージが出来ていた様だ。

鉄壁に阻まれたボールを救い上げるイメージを。

 

コートに落ちる事は阻まれたが、ブロックの勢いが強かったせいも有り、後方へと弾き飛ぶ。

 

 

「繋げぇぇぇぇ!!」

 

 

息を呑んだ烏養だったが、直ぐに声を荒げた。大絶叫だ。

西谷の渾身のレシーブ、落とさなかったボールを繋ぐ様に、と。

 

そして、それに言われるまでも無く、西谷の次に反応したのが火神。

 

「月島ァっ!!!」

 

月島の名を叫びながら、アンダーを使っての二段トス。

ボールの勢いもあってか、不安定な体勢だったのにも関わらず、月島の位置を取る寸前に確認し、腕の力を微調整しつつ、月島に上げた。ネットに近過ぎず、遠過ぎず、その二段トスは、伊達工のブロックに捕まりたくない、と言っていた月島にとって極めて打ちやすいモノ。スパイカーの癖にさえ合わせる超精密トスを繰り出す影山のソレよりも打ちやすかったかもしれない。

………そこは、月島の好みの問題でもあるから、一概には言えないが。

 

「止めるぞ!!」

「!」

 

茂庭と青根が2枚、月島をマークするが……そこは技巧派の月島。真っ向勝負などする訳もなく、極めて冷静に、そして淡々と 茂庭のブロックの手に引っかけて、ブロックアウト。

 

 

【うおおおおお!!!】

 

 

本日2度目。

鉄壁で止められたボールを救い上げ、そして逆に決める。また違った形の鉄壁破りである。

 

 

「ナイスだ! 西谷! 火神!! 月島もよく打ち切った!!」

 

大きく手を叩き、選手をほめたたえる烏養。

 

「(今のブロックの隙―――あれは、そこへ打たせる為にわざと作っていた筈だ。東峰もあの一瞬で理解した筈。そこを拾ってのけたな。―――最強の地の盾コンビってか)ナイスだ! どんどん調子に乗れ! お前ら!!」

 

堅牢な守備が居るチームは例外なく攻撃面も強い。

背を護ってくれるという安心感が、攻撃に思い切りを与え、そして 何度も護られるだけではない、とスパイカーを奮起させ、成長へと導く。

 

 

「東峰! ここで折れんじゃねぇぞ! どんどん攻めていけ!!」

「!! はい!!」

 

 

カウント15-17。

喉から手が出る程欲したであろう、相手のブレイクを良い形で阻止した。

 

 

 

だが、烏野に良い流れが来たとしても油断は一切出来ない。

東峰は、西谷や火神、チームの皆に、そして烏養に背をもう一度押され 両頬を思い切り叩く。折れる事など考えない。考えてたまるか、と。

そして、隣に来た月島に声を掛けた。

 

「月島さ。日向が後衛に下がっている間を、極力無難に凌ぐのが自分の役目、って言ったけど……伊達工相手にそれができるのって十分凄いじゃん。オレは、さっき月島が言ってた通り、徹底マークされて、止められたけど、月島が決めてくれた」

「! ……今のは、おとーさんのトスが良かった。………気持ち悪いくらい正確だったからで……。まるで王様みたいに」

「それでも、迷わず打てて、決める事が出来たのはお前だよ、月島」

 

東峰は大きく深呼吸し、そして吐いた後に続けていった。

 

「確かに、今のオレ達の攻撃で一番決まってるのが影山日向。攻撃の要だって言っていい。だけど、その攻撃が使えない場面でどれだけ点を獲れるかが、強敵との闘いで明暗を分けるってオレは思ってる。……今みたいに止められてばっかじゃ話にならないしな」

 

悔しい、と口には出さないが東峰の表情を見れば 月島にもそれは伝わる。

でも、自分の悔しさよりもチームの事を考えてるんだと、東峰の様子から伝わってきた。

 

「でも、ボールが来る限り、オレはトスを呼ぶ。止められても、護ってくれる仲間がいるから、迷わず攻める。……今、オレ達が繋いで、攻める事が勝ちに繋がるんだ」

「………はい」

 

月島が小さく頷いたのを見て、東峰も強張った顔を緩めながら頷き返す。

 

「もう一本。今度はこっちが止めてやろう」

「…………」

 

ぐっ、と手に力を込めて、2人は伊達工を見据えた。

―――烏野にも壁はある。そう威嚇する様に。

 

 

 

 

 

 

「青根!! いけぇ!!」

 

 

そして、それは証明された。

烏野のサーブから始まり、綺麗にレシーブされ そして青根の速攻攻撃。それをしっかりと見据えていた東峰、月島の烏野最高身長コンビが2枚で止めて見せた。

 

 

 

「おおおおお!!」

「速攻を止めた!!」

 

 

ここにきて、烏野側がブレイクポイントだ。

 

「すげぇな、ロン毛の兄ちゃん。ドシャット食らって、しょげてるかと思っちまったけど、全然じゃねーか! 侮ったよ!」

「火神や西谷の気合入ったレシーブ見て、そんな事する暇なんか無いんだって! 逆に止めてやる、って感がビシビシ伝わってきた! そんなもん行くしかないデショ!」

 

やんややんや、と烏野応援席の熱も籠る。

伊達工色も変人速攻のおかげで変える事が出来ていた。

 

 

そして、その後。

 

 

「よっしゃああ!」

「決めろよ、日向!」

 

 

点を返されては取り返しのシーソーゲームを続け、日向が前衛に返ってくる。

 

 

「おっ!」

「きたきた! 烏野10番、ここで上がってきた!」

 

 

 

日向が上がってきた事で、烏野は更に飛躍し、点を稼ぐだろう――――と思われていたが、その勢いを伊達工は黙ってなかった。

 

必ず攻撃には食らいつき、ただで通した攻撃をゼロにしていったのだ。

 

 

 

そして 18—21の3点差、後4点。烏野優勢の場面。

 

 

「―――リードしてて、このまま取って取られてで勝てる筈なんだけど、見てて全然安心出来ねぇ……」

 

思わず息を呑む滝ノ上。

烏野の攻撃が加速していく様に、聳え立つ伊達工の鉄壁も同じく加速して言っている様に見えたから。徐々に、そして確実に。一度、嵌れば全て遮られてしまう、と思える程だった。

 

それは、青根のブロックだけではない。

 

日向の速度が烏野に勢いを与えた様に、青根の気迫が、その雄叫びが、チームそのものの力を、ブロックの最大値を押し上げていってる様に見えた。

 

烏野はまだ3点差。まだ慌てる様な場面ではない。……だが、油断をすれば直ぐに捕まる。まだまだ伊達工の射程範囲内なのだと外から見ても判った。

 

「あと4点だ。……頼む~。前衛に居る間に頼むぞ~~っ」

 

息を呑む展開。

それは両チーム同じだろう。相対している選手達は当然ながら見ている側よりもより強く感じている事だ。……後少しで勝ちである事と、直ぐ背後に居るという事。

手を伸ばせば届く位置に居る相手を、只管追う者たちも。

 

 

日向が前衛に来た事により、変人速攻は、派手に決まる。

普通なら、レフトに頼りそうな場面でも、二段トスになる為、オープンにして攻撃しようとする場面でも、影山は強気で速攻を使う。……日向&影山だからこそ出来る芸当ではあるが、それでも、最強の攻撃の1つだ。

 

だが、伊達工とて負けてはいない。サーブで乱されたが、それでも強気で茂庭は鎌先にボールを上げる。影山の様な神業は出来なくとも、苦楽を共にし、戦い抜いてきた仲間に上げるトス。打ちやすいトスを正確に丁寧に上げる事、それは茂庭とて影山に負けていない。

 

 

「しゃああ!! 調子、ノせたりしねぇぞ!!」

「鎌ちナイスキー!!」

 

 

伊達工のポイントゲッター、鎌先が速攻で返した。終盤に近い場面で更に力を上げ、攻撃もかなりキレている。

 

 

「うぉぉ! 伊達工もキレッキレの速攻だ!」

「こりゃ、どっちに転ぶかわかんねぇぞ!」

 

 

鎌先のスパイクから流れがやや傾いたのか、その後の茂庭サーブが相手のミスを誘う事に成功。サーブの飛んだ先が日向だったから、と言うのもあるかもしれないが、それでも此処で伊達工側のブレイクポイント。

伊達工も20点台に乗った。

 

「ナイス!!」

「キャプテン!!」

「こっからだ! こっから逆転するぞ!!」

 

 

勢いに乗る伊達工。

 

「日向ボゲェ!」

「すいません!!」

「ドンマイドンマイ翔陽。次だ。次決めたら良い。どっちも同じ1点だからな」

 

いつも通りのボゲェ! 発言影山と軽く日向の背を叩く火神。

場面は嫌な流れだが……、いつも通り、いつも通りを貫く。それは周囲も同じくだ。

 

「カバーしきれなかったこっちも悪い」

「まさか、あんな変な所に飛んでくなんて思ってなかったなー」

「ふぐっっ!」

「よしよし、ここでいつもの感じを出せる月島は十分大物だよ。……よし、次一本切るぞ」

 

澤村は、ちらっ とベンチを見た。

そして烏養と目が合った。

それを確認したのか、お互いに頷き合う。一瞬のやり取りではあるが、阿吽の呼吸とでもいうものだろう。……若しくは、烏養自身が最初からこのタイミング(・・・・・・・)で切る事を最初から決めていたんだろう。

 

そして、その後。サーブとブロックで更に連続得点を赦してしまったが、どうにか次で切って21-22の局面。

その場面で笛の音が鳴った。

 

 

「こんな嫌な流れってのは、ほんといつ来るのか読めねぇもんだよな。普段なら難なく取れるようなボールでも、そういう場面じゃミスったりもする。………そんでもって、ああいうプレイが流れを呼び込むってのは判ってても、それをひっくり返すのは難しい」

 

烏養は、そういうと隣に居る男の背を叩いた。

 

「だが、どんだけ難しくても、嫌な流れを止めるのも、こっちにひき戻すのも やり方は全く同じだ! 1発流れ止めてこい、田中!」

「ウォスッッ!!!」

 

 

ここで、澤村が前衛に上がってくるタイミングで、田中を入れる。

当然、守備力がチームでもトップレベルの澤村を退けると、そこが穴になる可能性だってある。田中も普段からミスが少ない訳でもないし、守備は澤村に比べたらどうしても見劣りするだろう。―――だが、烏養は迷ったりはしなかった。

 

田中は、東峰に次ぐチームNo.2のパワー、そして 何より今一番重要だと言って良いメンタル面。

崖っぷちに追い込まれた時、レギュラーから外された時にも決して腐らず、前を向き常に向上心を持ち続けた鋼のメンタル。

 

それを発揮する場面に居る。

 

田中がコートに入り、そして澤村が出てきた。

 

 

「紛れもなく、田中は次のエースだ」

「はい。田中の方が俺より力もあり、攻撃力は間違いなく上です。今 前衛に田中、日向、火神の3人がくる。間違いなく、烏野最強ローテ」

「ああ。澤村が入る時と田中がはいる時、チームのタイプってヤツが変わる。守備面を活かした超バランス型から攻撃特化型、みたいな感じでな。それは全く違う種類の力(・・・・・・・・)を持つって事だ。だが、澤村。お前自身の攻撃力も決して低い訳じゃねぇ。そこは間違えんなよ」

「はい。勿論です」

「(言われるまでも無い、って感じだな)」

 

澤村は客観的に自分を見つめる事が出来る。

攻撃力がどうしても劣る自分の事も冷静に見る事が出来る。劣っている事もそうだが、どれだけ人間が出来てたとしてもまだまだ高校生だ。……変えられる事に対する悔しさも当然あるだろう。

 

それでもチームの為に貢献し、時には引っ張り、時には背を支えてきている。

【信頼】が澤村の一番の武器だ。

 

その澤村から託された田中。鋼のメンタルは その託された信頼に気落ちなどする訳もない。そしてプレッシャーはあったとしても、それに呑まれるような事もないだろう。

 

 

「おっしゃあ!! 龍! いったるぞ!」

「おう! ノヤっさん!」

 

「田中さん。いつでも入ってきてください。合わせます」

「おっしゃあ! 任せろ!!」

 

「田中さーーんっ!!」

「へーーいっ!!」

 

「……………」

「コラ! そこは何か言えよ月島ぁぁ!!」

 

「ははは。頼むな、田中」

「アっス! アサヒさんっ!!」

 

 

田中が入ってきた事で、チームの色が変わった。

日向にも匹敵する賑やかで騒がしい男が入ってきた事で、空気が変わった。

火神は田中の前に出て、にっと笑いながら言った。

 

「田中さん! 青城戦の時の1発(・・・・・・・・)! 狙えたら狙いますんで宜しくお願いします!」

「青城……、おお! アレ(・・)か!」

「鉄壁に一発かましましょう!」

「ア゛ーーイっ!」

 

田中は気合十分。堅さの【か】の字さえ感じさせない程のものだった。

 

 

試合が再開される。

良いタイミングでの交代は 悪い流れが生み出した悪いタイプの緊張感を和らげる効果にもなった。……張りつめていたモノが弛緩されたせいか、さっきまで感じていた伊達工からくる強烈なブロッカー陣の圧力による疲れも和らいだ気がした。

 

 

「影山ナイッサー!」

「決めろー 殺人サーブパートⅡ!!」

「Ⅱって何だコラ! Ⅰは火神っつーのか!!」

「……んなトコ 今ツッコむなよ馬鹿」

 

 

試合も終盤。此処が獲れるか否かで大きく戦局が変わる重要な場面。

そんな場面での影山自身の具合……申し分なし。 

ボールトス、助走、跳躍、スイング。……インパクトの瞬間の手応え。全てが申し分なし。

そして、狙いどころも。……最初はリベロの方にいっていたが、今回は違う。丁度、バックの2人がお見合いする様な、丁度真ん中に放たれた。

 

 

「ぐっおおっ!!」

 

 

ノータッチこそならなかったが、影山本日初のサービスエースである。

カウント21-23。

 

【よっしゃああ!!】

 

この場面でのサービスエースに場が揺れる。

このまま、決めろ! と士気が上がる。

 

「もう一本!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対に取るぞ!! 死ぬ気で喰らいつけ!」

 

強いサーブに対して 伊達工も身構える。

強烈なサーブを打ってくる相手は、最早よく知っている。今日 もう既に何本も受けてきたサーブだ。

今、新しい事をしている訳ではない。ただ、少しだけサーブの威力が上がった。ただ、それだけだ。

 

「く、おああっ!!」

 

伊達工は、気合一発。鎌先が 自らの身体に当てる勢いで、影山の強烈なサーブを上げて見せた。ぶつかりに行った、と言うのが正しいかもしれない。身体の面積を考え、後方にだけは飛ばさない様に、前へ前へ。前にさえ上げれば、後は仲間たちがフォローしてくれる筈だから。

 

「ナイスレシーブだ!! 二口!!」

「!!」

 

茂庭が懸命に落下地点へと入り、そのまま二口へとボールを上げる。

 

「(翔陽を狙うか!) 皿ブロックだ! 翔陽!」

「!!」

 

二口に2枚ブロックでついていたのは日向と火神。

日向は跳躍力に関しては、この場においてトップクラスを誇るだろうが、助走の無いブロックに関してはどうしても高さが足りなく、上を打たれてしまう可能性が極めて高い。

二口も伊達工の中で身長が高い方のスパイカーだから尚更だ。

 

だから、火神は咄嗟に日向に皿ブロックの指示

 

そのブロックの目的は、止める事ではなく触る事。打ちおろしてくるスパイクに対して、手のひらを上に向ける勢いで逸らせて、ワンタッチを狙う。

 

 

「せーのっ!!」

「ふぎっっ!!」

 

 

思いっきり跳躍。

二口も火神と日向の2枚なら、手1つ分程低い日向の方を狙うだろう、と言う火神の読みはズバリ的中した。

そして、指示通り 日向の掌にボールが上がる。日向が跳躍する勢いも加わってか、ボールはほぼ真上、アタックラインの内側に高く上がった。

 

 

「チャンスぼぉぉぉる!!!」

 

 

田中が大きく叫ぶ。

全員身構える。

日向と火神もブロックから地上に降りた後、体勢を整え直す。

 

そして、このシチュエーションは絶好のチャンスである事を理解。影山がファーストタッチをして、セット出来る絶好の場面だ。

 

 

「影山!!」

「オーライ!」

 

それを確信した火神。そして言われる前から落下点へと向かっていた影山。

素早く落下点に入ると同時に、跳躍し セット準備。

 

「ツーで打ってくるぞ!!」

 

当然、烏野が攻める準備が出来たと同じく、伊達工も警戒する。

高く高く飛んだボールは、落ちてくるまでに時間があった為、速度重視の攻撃にはなりえない……が、ツーで打つ! 打ってくる!! と相手に思わせた時点で、最早術中だ。

加えて、スパイク決定率の高いライト側に居る火神に上げた事も考慮すると、更に嵌っていく。

 

 

「11番来るぞ!」

「止めてやる!!」

「!!」

 

 

伊達工側の素早いリードブロックは、容易に影山のトスに追いつき、火神の攻撃へと備える事が出来た。

そして、火神自身も攻撃の直前までは本気。全身全霊で決める! と言う気迫の籠った跳躍と空中姿勢だった事も有り、伊達工側は3人とも全力で火神を止めようと飛んだ。

 

 

「「「なっ!!!」」」

 

 

だが、それこそが狙い。

囮———それは、決して日向の専売特許ではない。

そして単なるトリッキープレイでもない。

火神が自分自身を使った渾身、全力の囮なのだ。

 

地から足が離れたのを確認した火神は、スパイクの空中姿勢をキャンセル、そのままレフト側にボールを振った。

 

そして、そこにもう入ってきているのは田中。

 

 

―――あの伊達工相手に、ノーブロック!

 

 

田中も火神を信じて既に入っていた。

跳躍し、ネットの先の景色を見る。

 

 

 

3ヶ月前の伊達工戦―――大敗した。

 

 

 

田中自身も東峰程ではないが、伊達工の鉄壁を前に、何度も何度も阻まれた。

時折 東峰をマークするが故に鉄壁のブロック枚数が減り、決める事が出来たが、それでも執拗に、纏わりつく様に、鉄壁が迫ってきていた。一つとして気持ちよく思い切り打てたスパイクは無かった。

 

心こそは折れたりはしなかったが、その脅威はまだ覚えている。……この試合も外から見ていて、自分自身に置き換えて、何度も何度も頭の中でプレイしてきた。

 

―――あの鉄壁の無い(ネット際)。そんなのあるのか?

 

頭の中、妄想でさえ、なかなか見る事が出来ない景色。

感動と感激、そして改めて火神の底知れないバレーに対するセンス、身体を操るセンスに脱帽と敬意を払い、今日一番の美味しい所を頂く。

 

 

「ブロック、ゼロ!!」

 

 

存分に、ネットの向こう側にボールを叩きつけた。

力も有り余っている事も有り、そのボールは一切相手レシーバーに触れさせず、コートに着弾。大きくバウンドしながら、後方へと弾き飛んでいった。

 

 

「うぉらぁぁぁぁぁあああ!!」

「「「いよっっしゃああああ!!!」」」

 

 

 

 

 

体育館内にて今日一番の盛り上がりを見せる。

 

「うっ、おおおお!!」

「すげーーすげーーー! なんだ今の!?」

「2回戦レベルじゃねーだろ!? 今の!!」

 

「きゃあああ!! 凄い凄い!!」

「やったぁぁぁ!! 後1点!!」

「伊達工相手にマッチポイントだよ!!」

 

「てか、外から見てた俺らも、最後の最後まで火神が打つ! って思っちゃったわ。ブロックアウト狙うか、低い方狙っていくか、って」

「アレは引っかかるよ。絶対。あ~~んな気迫籠ったフェイントとか ズルいって。冷静と熱血が同居してるよ、凄いよ火神くーん」

 

 

ブロックに定評のある伊達工。

その実力は全国大会でさえ通用する程と呼ばれている。

 

如何なる攻撃でもただでは通さない執拗なブロック。どんな相手も止めてきたブロック。

その異名は―――【鉄壁】

 

 

だが、その鉄壁が完全にフラれ、叩き込まれた瞬間……その鉄壁にヒビが入った。

 

日向&影山の様な常軌を逸した速度で振り切るスパイクではない。力と技が見事に組み合った連携プレイ。

 

烏野にはまだ(・・)武器がある。鉄壁を超える事が出来る武器がまだ(・・)ある。

実に多彩な武器、強さがある。―――それが現在の烏野。

 

 

 

―――刮目せよ。これぞ古兵。烏野高校。

 

 

 

カウント21-24。

マッチポイント。

 

 

影山がサーブで流れを切る。続いて田中と火神のプレイで完全に烏野側へと流れが変わったのだった。

 


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