王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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まさか1点取るだけで1話分使うと思ってなかったです……
早めに投降出来て良かったです。
これからも頑張ります。


第59話 伊達工戦⑥

 

 

 

21-24 マッチポイント。

 

後1点で烏野が勝利する場面。そして更に強力な影山のサーブがまだ続く。

 

烏野にとってこれ以上ない有利な展開で伊達工にとってはこれ以上ない程のプレッシャーに見舞われている事だろう。

 

影山は とある事情(・・・・・)を除けばプレッシャーにはかなり強い。追い込まれた場面ならいざ知らず、後1点で勝利の場面ではミス球は期待できないと言って良い。

 

 

そしてそれは、言われるまでもなく 影山のサーブを受け続けてきた伊達工が誰よりも判っていた。

 

 

影山のサーブの精度・威力共に、一球一球打つ事に増していっているとも思えていたのだ。

 

試合中に成長する―――など、正直稀有な事だと思えるが、決して気のせいなんかじゃない。影山に限らず烏野はこの試合で何度も何度も進化している様に見えた。たった3ヶ月の間に一体何があった? と思える程に。

 

 

【男子、三日会わざれば刮目して見よ】

 

 

烏野高校は この格言、それを体現しているかの様だった。

 

そして、それを その強さの底を更に上へ上へと引っ張り上げているのが、あの火神と言う男だという事も判っている。

ついこの間まで中学生? まだ1年? 入学したばかり? 一切関係ない。それこそ百聞一見だ。

 

そして恐らく、これは狙ったりはしていないだろう。

意図せずに知らず知らずの内に周囲を引っ張っている。1年らしからぬ適切な声掛けやコミュニケーション能力だけではない。……自らのプレイ、全力のプレイで魅せる事で皆を更に引っ張り上げている。

 

エースが攻撃面で鼓舞する様に、リベロが守備面で支える様に。

 

その両方を高いレベルで体現しているともなれば、周囲もガムシャラになりながらでも付いていくしかない。

 

 

考えれば考える程 恐ろしささえ伺える事だが、仮令そうだとしても……負けていい理由にも諦める理由にもならない。

 

 

 

「オレ達はまだ終わんねぇぞ!! こっから逆転だ!!」

 

 

茂庭は右足で思い切りコートを踏んだ。

その意思の強さをコートに伝わる振動に変えて、仲間たちを鼓舞する。

青根や二口と言った2年の方が力もあるし、力の伝わり方においては、体格も力も劣る茂庭では心許ない……と普通は思えるだろうが、この場面では違う。

 

この局面、相手のマッチポイントの絶体絶命のピンチの場面。自分達の主将が1mmたりとも諦めていない。此処から勝ちに行く、と言う強い意思が、熱い意思が身体全体に伝わってくる。それは決して理屈ではないのだ。

茂庭は、そんなタイプの主将では無かった筈だが……彼もまた、この短い間に変わったのかもしれない。

 

 

烏野のマッチポイントも流れの悪さも全て関係ない。

 

ただただ、自分自身と皆を信じて前を向く。誰一人として下を向かない。

 

 

【サぁッ、来ぉぉぉいッッ!!】

 

 

意地とプライドを全てぶつけるだけだ。

ここ一番での伊達工の迫力は更に勢いを増していく。

 

 

――火神と言う男が向上させたのは、何も烏野側だけでは無かった、と言う事である。

 

 

追い込まれた獣、手負いの獣は怖いとはよく言ったものであり、この相手を射抜く様な鋭い眼光、体育館中に轟かせる様な声は、烏野のメンバー全員に圧力となって叩きつけられた。

 

 

確かに追い詰められた伊達工は強力極まりない。……が、当然それに臆する者など、烏野に居る筈もない。

 

 

影山は、烏養から【落ち着いて行けよッ!】と声を掛けられているが、周りの喧噪を物ともせずに、聞き入れ 頷いて返す影山は極めて冷静だった。

先ほどは日向の煽りでやや過剰反応を見せてしまったが、あのサーブの感覚は自分の100%を出せたと言って良い出来だった。

 

 

――だが、正直まだ届いてないと考えて居る。

 

 

「ふーーー……」

 

 

大きく深呼吸をし、影山は相手を見据えた。持てる全てを、このボールに込めて打つ事。それだけを意識した。

 

 

 

 

 

 

「(……最後の1点。1点だ)」

 

東峰は、軽く腕を回し、そして ふっ……と肩の力を抜いた。

影山の無言の圧を背に受ける。間違いなくこの終盤においても絶好調である事は、先ほどのサーブと今の背に伝わる雰囲気だけでもわかる。

 

「ふぅ………」

 

東峰は 強張っている身体から、力を抜いた後、今度は大きく深呼吸をした。

まだまだ、エースとしての仕事を熟せたとは到底思えない。確かに個人よりチーム。試合に勝てばそれに事に越したことはない。貢献、と言う面では果たせた事もある。……が、それでも……まだ東峰自身もこれでは終われない。

 

 

 

影山の渾身のサーブ。

 

狙いはリベロの作並と小原の間。一瞬の迷いや判断ミスで明暗を分けてしまう程 強烈な影山のサーブは、絶対に自分が取る! と言う強い意思を行動で示して見せた作並が拾い上げた。

 

コースは間違いなく良かった、威力も良い。……が、影山のサーブよりも伊達工側のレシーブが勝った結果だ。

 

「チッ!!」

 

 

「ナイスだ! 作並!!」

 

ボールは、アタックラインよりやや外側だが十分。

茂庭は素早く落下地点へと入り、跳躍してトスを上げた。 上げた先に、既に跳躍して構えているのは二口。 少し乱れてしまったレシーブだったが、それでも強気に速攻で攻める。

 

一瞬 影山のサーブで崩した!? と思った烏野だった。少なくとも無難に返してくるだろう、と。……結果 茂庭の冷静で強気な判断は、コンマ数秒、烏野のブロッカーの脚を奪うことに成功した。

 

「決めろ!! 二口!!」

「オオオッ!!」

 

殆どついてきてないのを確認しつつ、二口は渾身の力を込めてスパイクを打ち放った……が。

 

ここでも立ちはだかる壁が居た。

 

「ッッ!! 来い翔陽ッ!!」

「ふぎぃっ!!」

 

本当なら間に合わない筈だった。穴だらけのブロックになる筈だった。せめて、クロス側だけは通さない程度しか出来なかった筈だった。

 

伊達工のセットで稼いだ時間、コンマ数秒とはいえ、その時間は確実に手のひら1つ分程は振り切れた筈だった。

 

 

 

だが、この場面でまた―――烏野の1年コンビがやって見せたのだ。

 

 

 

「なッ!??」

 

二口は、ほんの一瞬の出来事ではあったが 体感時間が圧縮され、凝縮されたせいもあってか、一部始終をはっきり目撃・認識する事が出来た。

 

視界の中、端に居るのは、11番火神と10番日向の2枚ブロック。

 

茂庭から二口の速攻は、この2人を間違いなく振り切れた。ストレート打ちで振り切れる!と確信させた筈だったのに、二口はボールを叩き込むインパクトの刹那の時、火神の腕が突然目の前に現れたのを見た。

 

さっきまで居た場所じゃない。火神が居た位置がズレた(・・・)のだ。

 

距離的に言えば、ほんの僅か。丁度手のひら1つ分程度だが、その僅かの差が明暗を分ける。その差を埋める事でスパイカーである二口に追いつく事が出来たのだ。

 

 

空中でそんな事が出来る訳がない! と混乱しかけた二口だったが、その原因もはっきりと視界の端で捉える事が出来ていた。

 

 

無茶だ。あろう事か、あの10番の日向が火神に横から思いっきりぶつかっていったのだ。それも、地を蹴って跳んでいる間に。

 

日向は火神に比べて圧倒的に体格では小さい。だが、その持ち前の反応の早さとバネ、そして何より助走による勢いで動く速度が上がれば上がる程、当然体格が劣っていたとしても、捨て身となってぶち当たった時の力は倍増しになる。

 

それが地に足をつけていない空中であるなら、尚更だ。どちらかと言えば踏ん張る方が難しい。

 

日向の火神に向かっての渾身の捨て身タックル? ブロックが、伊達工が奪った筈の時間を元に戻した形だ。

 

 

 

 

 

 

「はぁぁ!?? なに今の!?」

「なんっっっだそりゃぁぁぁ!??」

 

「ええええ!! なに、いまの何が起きたの!??」

「ぶ、ぶつかってない?? それも思いっきり!? アレだいじょうぶなの!??」

「反応早過ぎじゃん!!」

 

 

上からコート全体を見ていた筈の観客側も一瞬何が起きたのか理解しきれてなかった様だ。

ただただ、振り切った筈のスパイク、そのままブロックを躱して叩きつけられるだろう、と思っていたスパイクに、ブロックがいつの間にか追いついた。

それも宙で派手にぶつかりながら。

 

 

「いや、火神体幹マジ強過ぎだろ!? 幾ら相手が日向のチビよわ でも、あの勢いで殆ど死角から 跳んでる所に突っ込まれたら、バランス崩してぶっ倒れてもおかしくないぞ!??」

「……ぶっ倒れるどころか、身体をある程度 残した上に スパイカーとの距離詰め&日向が加わった事でブロックの面積が増した結果になった。……ていうか、あんなの突然目の前に来るなんて、あの速攻よりも驚くよな。瞬間移動でもしたのか? って思っちゃうよ。めちゃくちゃだ~~~って」

 

どうにか理解が追いついたOB組も、やっぱりやる事成す事無茶だ、と興奮しつつもため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

「(あの一瞬で、追いつけない、と判断した上に 横に居る日向の事も確認した。それで追いつく為に火神は日向に当たってくる様 指示を出してたってのか!? 意図に気付いた日向も日向だが、その日向をまるで加速装置(ブースター)みてぇに使いやがった事が信じられねぇよ!!)いや、どっちもスゲェな! んなもん狙って出来る訳ねぇぞ! なんて奴らだ!!」

「うおおお!! って、日向くーーんっっ!?」

 

烏養が知る由もないが、このブロックは、青葉城西との練習試合で一度行っているモノなので、強引な即興技と言う訳ではない。そして、武田も興奮する……が、それ以上に日向を心配していた。理由は後程。

 

 

ブロックと言うのは勿論、極力横っ飛びせず、ちゃんとスパイカー地点で止まって上に跳ぶ。手にしっかりと力を込めつつ 数を揃えブロックの面積を広げるのが理想的だが、あの手この手でセッターはブロックを振り切ろうとするので、一概に理想が正解とは限らないのだ。……追いつけないからと言ってただ無意味に跳ぶだけでない。可能性をかけて、火神は日向を呼び、そして日向はそれに応えた。

 

伊達工のブロックが、どっしり構えた鉄壁なら、烏野のこのブロックはまさに動く壁(・・・)だ。

 

 

 

「ワンタッチッ!!」

「カウンタァァァァ!!!」

 

 

伊達工の攻撃力を削ぎ、絶好の反撃の場を作り上げた。

エンドラインギリギリの所にまで弾き飛んだボールは、西谷が繋ぐ。

 

攻撃面においては、流石に無茶な空中体当たりをかました日向と、それを受けて横にズレた火神の2人は参加出来ない。火神は倒れこそしなかったが、たたらを踏み、当たった側である日向は 【ふげぇぇぇ!】っと、勢い余ってヘッドスライディング。武田が日向を心配したのはこの場面を見たからである。

 

火神は、倒れた日向に気をかけながらも、試合から完全に目を離す訳にはいかないので、最小限にとどめていた。

 

 

 

「影山頼む!」

「オーライ! 東峰さん!!」

「オオ!!」

 

 

そして、この機会を東峰は待っていた。

このままでは、ただでは 終わらない。終わらす訳にはいかない、と強く思っていた東峰。

 

火神や日向が、皆が繋いでくれた。最後に託されたボール。

 

この試合の序盤、一度は止められたバックアタックではある、が……何度止められたって構わず攻める。

 

 

 

「―――ラストでさえ 決めきれず、何がエースだ!!」

 

「―――1回倒したスパイカー1人止めらんなくて、鉄壁なんて名乗れねぇ!!」

 

 

 

あの火神と日向のコンビによるブロックには正直度胆を抜かれた。あり得ないとさえ思った。……だが、それでも直ぐに立て直すのも流石の一言。

そもそも、烏野は想定外の事を何度も何度もしてきた相手だ。この程度で伊達工が驚いて動けなくなるなんてあり得ない。

 

伊達工は、最強の鉄壁。青根と二口、そして茂庭を添えた3枚ブロック。

対する烏野は東峰。この試合開幕当初に、鉄壁を前に阻まれたバックアタック。

 

 

そのイメージを、そしてあの敗北(過去)を今、完全に振り払う!

 

 

「行け!! 旭!! 行け!!」

「ぶち抜け旭!!」

 

 

声が聞こえる。

ここで決めろ、と仲間たちの声が。託された想いがその声を背に伝わってくる。

 

東峰は助走しアタックラインギリギリの位置から跳躍した。

 

 

 

 

 

「――――――!」

 

 

 

跳躍したその時———東峰は奇妙な感覚に見舞われた。

 

とても静かなのだ。自分の呼吸だけが聞こえるが、それ以外が聞こえない。……まるで周囲が凍り付いたかの様な静寂。

 

そして――ゆっくりと流れる時間。

 

跳躍して構え、そしてボールを打つまでにかかる時間は1秒未満の世界の筈なのに、周囲が驚く程ゆっくりに見える。 

 

ブロッカー3人の動きが、その視線が、手の位置が、全てがはっきりと見える。

 

 

【集中して打つ時、たまにコートが良く見えてるって言うか、スローモーション? って思う瞬間があって……】

【おお! それ、オレもあるぞ! ブロックが見えるってヤツだな】

 

 

火神と田中の会話をこの時の東峰は思い返していた。

 

自分も経験が無いと言う訳ではない。田中の言う様に、極稀にいつもよりブロッカーがよく見えて、更にボールの軌道まではっきりと見えたりする時もある。そのボールの軌道を【光が通った】と田中が評していたが、一番それがしっくりくる感覚だ。

だが、これはそれとはまた何かが違った。

ゆっくりなのは間違いない。ブロックが見えるのも同じ。なら、何が違うのだろうか。

 

 

―――これまでと何かが違う(・・・・・)んじゃない。()()()()()()()()()

 

 

周りの音を感じられないと言うのに、自分の呼吸だけははっきり聞こえる。

自分の力が抜けて、周りの力みが感じられる。

 

 

自分自身と相手だけじゃない。これまでで一番、コート内が俯瞰で見える気がした。

 

 

 

 

 

 

この時間の狭間、凝縮した意識だけの世界。

それを感じたのは東峰だけではない。

 

「(アサヒさんが……空中で止まって見える……?)」

 

日向は倒れてしまって、起き上がるまでのタイムラグがあったせいもあり、東峰の跳躍を真横で見ていた。

そこに広がる光景に目を疑う。

自分も高く跳ぶ事、ジャンプ力には自信がある方だ。そして、影山と一緒である事が条件ではあるが、どんな相手でも勝負出来る自信も持てた。……だが、これには驚く。

どれだけ高く跳んだ所で、宙に止まっていられる訳がないから。

 

 

 

「(まさか……、伊達工戦(ここ)あの場面(・・・・)が見れるなんて……)」

 

 

そして、驚きに関しては日向だけではない。―――火神も例外では無かった。

東峰の美しいとまで言える空中姿勢。バランス感覚。空中に居る姿勢が良ければ良い程、余裕が生まれる。そして―――普段よりもよく見える。

 

ほんの一瞬の光景だが、ずっと憧れていた場面、それを見て思わず 火神は目頭が熱くなった。気を抜けば泣きそうになる程に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【――――――くそっ】

 

 

誰が呟いたのか……。

伊達工側のブロッカー陣も、もう理解したのだろう。

 

この東峰の―――烏野のエースのスパイクは止められない、と。

 

 

これまでに何度も何度も立ちはだかり続けた鉄壁が、前へ前へと強く(そび)えていた鉄壁が―――崩れる。

 

 

崩れたのとほぼ同時に、東峰の渾身のスパイクが青根と茂庭の間に直撃した。

 

後ほんの一瞬、ほんの一瞬だけブロックの手を残す事が出来たのであれば、この攻撃は確実に止められていただろう。……烏野のエースの攻撃を跳ね飛ばし、叩き落とす事が出来ただろう。

 

だがバレーは ネットに、白帯に触れてはならない。触れてしまえば無条件で相手の得点となる。

 

ブロックする時は相手のコート内に叩き落とす為、中へ中へと突き出す様に構える。だが、跳躍力を失い、落下する時には白帯に触れさせない為に、手を自陣のコートの中へと戻さなければならない。

 

僅かに退いた手とネットの隙間。

 

ほんの僅かの隙間に、東峰が打ち放ったボールが吸い込まれていった。

どうにか、茂庭や青根が身体で、脚で上げようと試みるが、それは叶わずボールはコートに落ちる。

 

その瞬間―――勝敗は決した。

 

 

 

試合終了。

セットカウント2-0。

25-17

25-21

 

勝者:烏野高校

 

 

 

25点目が間違いなく入ったのを見届け、主審が試合終了を告げたのも見届けた後、東峰は大きく息を吸い込み―――吠えた。

 

 

「オオオオオオオオオッッ!!」

【っしゃあああああああ!!!】

 

 

烏野は喜びを爆発させた。

全てはこの時の為に。……あの時、阻まれ絶望の淵に叩き落されたトラウマを完全・完璧に吹き飛ばした。

 

 

それは、まさに鉄壁により地に堕とされていた烏が再び宙を舞った瞬間だった。

 

 

 

「すぐに整列だぞ。集まれ、お前ら」

 

伊達工側も負けを受け入れる。

悔しさに歯を食いしばり、それでも留まる訳にはいかず、整列する。

 

 

【ありがとうございましたーーっ!!】

 

 

互いに礼を、そして握手を交わした。

ふと、火神の前に二口が留まっているのに気付く。……固く握りしめられていた手を差し出すと、ゆっくりと開いた。

 

「……次はこうはいかないからな。絶対、リベンジしてやる」

 

二口の宣戦布告を受けた火神。

試合が終わったばかりだと言うのに、そのまだ闘志が冷め止まぬ視線を火神は正面から受け止め、握り返した。

 

「負けません。―――この次もオレ達が勝ちます」

「へっ、上等だ!」

 

最後は、互いに笑みを浮かべながらしっかりと握手を交わした。

 

 

「「…………………」」

 

 

その隣では、日向と青根がただただ無言でガッチリと両手で握手を交わしている。今日一番マッチした2人だ。青根自身が寡黙である、と言う事を除いたとしても、最早2人の間には言葉は要らない。

言葉には出していないが、まるでそう言っているかの様だった。

 

 

 

 

 

 

「烏養君、最後の……凄かったですね。僕は東峰くんの攻撃は止められた? って思っちゃったんですけど。……それに、何だか東峰くんのジャンプは……」

止まってる様に見えた(・・・・・・・・・・)、だろ?」

「はい」

 

烏養自身も東峰の跳躍には息を呑んでいた。

日向や火神と同様に。

 

「多分、伊達工側のブロックが少し早かったんだろう。……絶対に攻撃を止めてやる、って強い気概、気迫がより自分達の身体を早く反応させ、動かした。伊達工側が徹底してたリードブロックはボールを見てから動く。つまり、言い換えれば必ず出遅れる(・・・・・・)って訳だ。それに追いつく為に烏野(ウチ)に負けないくらいの速さで動いた。試合中もどんどん速くなっていった。………そういうのも重なって、跳ぶのが早くなったのかもしれねぇ。この場面では悪い方になっちまったな」

「悪い方、ですか?」

 

武田は首を傾げた。

速くなっていく烏野に対し、対応するにはどうしても速度が必要になってくるのは素人目であれど、明らかだと思ったからだ。

特に日向と影山のあの通常よりも遥かに速い速攻と相対するには、あの7番青根の様な反応速度と高さが必要になってくる。……速さとは必要なモノ。だから悪い方になる、とはどういう意味なのか?

 

そんな武田の疑問がわかったのだろう、烏養は説明を続けた。

 

「ブロックってのは、先生が考えてる通り、スパイカーに追いつかなきゃ話しにならねぇ。あの無茶な速攻をノーガードで受けるなんて更にふざけんな、って話だ。……だから、その速攻に追いつくだけの速さってのは絶対に必要。……でも、それと同じくらい跳ぶタイミング(・・・・・・・)も重要なんだ。焦りや疲れもあるだろうが、それ以上に早く、速く、そして必ず捕まえると言う意識が、跳ぶタイミングを早めた。そんでもって、東峰の跳躍は最高の出来。まるで空に留まっている様にさえ見える空中姿勢。姿勢が良ければ良い程、空中で余裕が生まれるからな。早かったが故に、ブロックが崩れるのも早かった。その結果が今のだ」

「はぁーーーー……なるほどぉ……」

「それにしても、コイツらはいっつもオレの想定を超えてきやがるな」

 

にっ、と笑顔を見せる烏養。

整列しながらも、まだ勝利の余韻が、興奮が残っているのだろう。晴々とした姿が目に映る。

 

 

「最後に東峰が打ち切った。最高の締め方だ」

「そうなんですか?」

「ああ。東峰は伊達工に以前、特にこっぴどくやられたみたいだしな。今日もぎとった点が、囮無しでも鉄壁相手に怯まず打ち抜いた事が、次への自信に繋がる。……自分にトスが上がるっていうのはスパイカーにとっての誇りだ。まだ、セッターの信頼を勝ち得ていると言う何よりの証拠だからな。―――それに、外からは菅原の声もある。2人分(・・・)のセッターに託されたみたいなもんだ。あのジャンプもあのスパイクも納得ってなもんだよ」

 

烏養も選手達と同じく笑顔を見せて言うのだった。

 

 

 

「やったっスね! 旭さん!!」

「旭さん!! 最後のスゲーーっス! 宙に浮いてて伊達工ブロック、どかーんつって△で◆な〇%$✖✖で!!!」

 

西谷と日向の2人がテンションMaxで東峰の周りを飛び回る。

 

「日本語喋りなよ」

「確かに……。アレはちょっとなぁ」

「珍しく気が合った?」

「気が合う、っていうか……全然聞き取れなかったから、普通じゃん」

 

月島も、日向が良く判らない言語連発している所にさっと毒舌。

火神も火神で今回ばかりは月島に同調した。

 

「……最後の東峰さん。凄かったな」

「あ、やっぱり影山も判った?」

「当たり前だ。何か違った。今日のどのスパイクとも違った」

 

影山自身も、あの東峰の渾身の一撃に舌を巻くようだ。東峰にトスを上げたのは影山だ。明らかに違いがあるのを感じたんだろう。

 

「翔陽が言ってた様に、オレも宙に止まってる様に見えたよ。凄い綺麗な空中姿勢。ひょっとしたら、旭さんの目には伊達工のブロックも、向こう側も皆スローで見えてたのかもな」

 

火神も経験があるこの感覚。

どういえば良いのか難しいが、あえて言うなら【ゾーン】に入る、と言えば良いだろう。

 

東峰自身は、まだあの感覚が白昼夢なのではないか、と疑っている節があり、どうやったか判らない様子だった。……もう一度やってみて、と言われても恐らく難しいだろう。

 

心技体全てが揃った力。

心と技、そして何よりも気持ちが合致したが故に生まれた力。

いや、100%以上の力とも言っていい。東峰が持てる全てだけではなく、それをも超えた力を出す事が出来たのだ、と東峰は思った。

 

だからこそ、東峰は皆に向かっていった。

 

 

「……オレは、エースだけど。お前らは、きっとヒーロー(・・・・)なんだな」

 

 

挫けそうになった気持ちを奮い立たせてくれた。

立ち上がる事が出来た。

抗う事が出来た。

恐れず、立ち向かう事が出来た。

 

そして、皆で勝利を掴む事が出来た。―――まさしく英雄(ヒーロー)だ。

 

 

それを聞いた烏野高校の皆が笑顔になる。

 

「いいっスね! ソレ!」

 

「うおおおっっ!! ヒーロー……っ!!」

「っ!!!」

 

「おっ、翔陽の心をがっちり掴んだ旭さんのベストショット」

「まー、キッズには響くよね。多分、王様もソワソワしてるよ、あれ」

「翔陽はあれだけど、月島はもっともっと童心に還った方が良いと思う。逆に」

「遠慮しとくよ」

 

勝者と敗者。

 

残酷ではあるが、両校勝利、同点引き分け、が無い以上 必ず決められる。

 

 

今回の勝者は3ヶ月前と違い烏野。伊達工は負けた。

負けると思ってなかった。……負けるつもりで来るヤツも居る筈無いから。

 

 

「――――負け、か」

 

茂庭は、全ての整理を終え後は撤収……と言う所までもっていったのを確認すると、全身の力を抜き、体育館の上を見上げた。

 

そんな茂庭にズンズン、迫力を出しながら迫ってくるのは青根だ。

 

「……………!」

「?? ……まぁ、アレだよな。最後のブロック。……多分、オレの生涯で一番のブロックだった。あれ以上のパフォーマンスは出せない。最高のブロックだった。でも、烏野はもっともっと良かった。……だから、押し負けたんだな」

 

ふっ、と軽く息を吐く。

そして、改めて青根を見た。

 

「横に青根が居たから、オレもあそこまで引っ張ってもらえたってのもある。ありがとな。……あのトンデモナイ速攻相手にして、お前ほんと凄いよ「春高!!」っっ!??」

 

青根は、茂庭が最後まで言うのを待たずに腹の底から声を出した。

【春高】と。

 

それに驚いて気圧された茂庭。

が、二口は青根と同調する。

 

 

「そうです! 茂庭さん!! 春高予選で絶対にリベンジしましょう! オレ、センセンフコクってヤツしてきましたから! 次は負けねぇって!! ほら、予選ってもう直ぐ……9月ですよね? 帰ったらすぐに対策立てて、次当たったら完膚なきまでに止めてやって!!」

 

先々のプランを我先に言う二口に目を丸くする。

いつも軽く、飄々としてて、熱さとはかけ離れていた筈の男が、此処まで言っている。

 

なんだか、嬉しかった。

 

だからこそ、改めて伝えなければならない。―――忘れている事を。

 

 

「3年は春高まで残らないよ」

「「!!」」

 

 

これは事前に説明している事だ。学校柄、と言うのもあるが 進路関係でより忙しくなる3年は春高には出られない。

 

……が、全然覚えてない二口は納得いってない様子だ。言葉には出して無かったが青根自身も同じく。

 

「!!!」

「なんでですか! オレ達が面倒くさいからですか!!」

 

おまけに的外れ。今、色々と成長した二口に感動していたのに、水を差された気分の茂庭。

だから、改めて言う。

 

「ってお前ら忘れたのか?? ずっとそう言ってただろ? 3年はIHまで! 春高は出れない」

「でも、このままじゃ」

 

未練がある二口はまだ言おうとしたが、それに対して首を横に振る茂庭。

そして、青根と二口の2人を見て言った。

 

 

「お前たちは強い。……伊達工(ウチ)はさ。一応強豪って呼ばれてるけど、オレ達3年の代は【ハズレ】だって言われてたんだ。不作だって。……前々から言われてた烏野の堕ちた強豪ってのに対しても、全然笑えなかったよ」

 

一息ついた後、目を瞑った。

二口と青根が3年となり、2年を、そして新1年を率いている姿を瞼に浮かべ……そして開いた。

 

 

「それがお前たちのお陰で、鉄壁の名に恥じないチームで居られた。だから、お前たちが3年の時は、春高まで残れ!今から新しいチーム体制整えて今年の予選で勝てなくても来年……、青葉城西も白鳥沢も、……烏野も! 全部押さえつけて全国行け!!」

「っっっ……でも」

「いいな!!」

 

 

茂庭の言葉。

それが全てだった。

見守っていたコーチも監督も、何一つ言葉を挟まない。

 

後は、二口次第だ。

 

 

「………っス」

 

 

返事はした……が、声が小さすぎる。

 

「声小っせぇぞーー二口ー!」

「!! オス!!!」

 

二口の大きな返事の後に、合わせる様に新チームの全員が前に出た。

 

 

【オス!!!】

 

 

 

 

 

それを見届けた後――茂庭は軽く頷く。

 

そして、次は応援してくれた皆、ベンチに入れなかった仲間たちに感謝を込める。

 

 

「よし。……じゃあ、整列だ。挨拶!  ありがとうございました!!」

【したーーーーーーっっ!!】

 

 

 

 

3ヶ月前。

白鳥沢と言う王者に敗れ、もう一度戦う。次は倒すと意気込み、乗り込んだ伊達工業高校。

 

IH予選 2回戦敗退。

 

 

その姿に、惜しみの無い拍手が送られるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合が終わった余韻は、コートの外。観客側も同じだ。

 

「勝った! 伊達工相手に勝ったよ!!」

「おめでとーー!! 澤村ーー!! 東峰ーー!! 菅原ー!!」

「1年の皆も凄いよー!! 私も頑張る!! 火神くん凄いっっ!!」

「個人名、それも1人だけのを叫んじゃうのって、けっこー勇気いるんじゃない?」

「っっ!?? ち、違うよ! 普通だし、全然普通だし。刺激受けただけだし……。だって同じクラスだし………」

「あれ? でも麗奈、喋った事無かったんじゃなかったっけ?」

「っっ!! そ、そんな事言ってないもん!」

 

 

やんややんや、とお祭り騒ぎなのは、烏野高校女子バレー部員の皆。

1回戦敗退した彼女たちにとって、男子が勝ち残ると言うのはやっぱり嬉しい。交流があるのなら尚更だ。

違う意味で盛り上がりを見せてたりする女子たちも居たりするが……。学生ならではの、と言う事だ。

 

 

何だか、眼下の先輩の視線が少々きつくなった気もするが、……きっと気のせいだ。彼女はクールだから、そう見えるだけ。

 

 

そして、後輩たちを見守ったOBの2人も入りっぱなしだった力を漸く抜いて一息ついた。

 

 

「いやぁ、伊達工のブロックもマジでやばかったわ。ロン毛兄ちゃんほんとマジでよく打ち切ったよな~。……オレだったら戦いたくない」

「だな。……それにしてもよ。烏野1年コンビ…… あの影山(セッター)日向(チビスケ)のトンデモ速攻と普通の速攻って、どうやって使い分けてたと思う?」

「んっんーー……、あればっかりは視線とか阿吽とかじゃ無理だよな。一瞬の間違いがミスに直結する超精密で超速の攻撃だし……」

「だよなぁ、特に目ぇ瞑って打ってる以上、サインみてーのは絶対必要な筈だ。……なのに、ラリー中にそれらしい合図とか無かったんだよなぁ?」

「火神が念を飛ばした! とか?」

「……火神スゲー効果は解るけど、そこまでいったら人間じゃなくなるだろ」

 

 

うんうん、と唸って考えてみても、あの使い分けの方は判らない。

上から見てて分からないのだから、対戦相手は更に見分けるのは難しいだろう。

 

 

 

そして勿論、サインはある。へんな超能力みたいなのではない普通のが。

 

 

「よっしゃ。せいや。相手気付いてなかったよな? サイン」

「ああ。7番が翔陽にコミットでついてるくらいで、後は反応速度と読みだけで勝負してたと思うよ」

「それであれだけついてくるんだ。……やっぱ鉄壁は伊達じゃねぇよ」

「ああ」

 

日向と火神、そして影山が話をしていた。

次の試合でもきっとこれは通用する、と確信出来る。

 

「当分有効に使えるのは間違いないだろ。だから、翔陽も影山も間違えるなよ? 折角良いサイン(アイデア)考えてくれたんだから」

「間違えねぇよ!」

「大丈夫大丈夫!!」

 

そんな3人のやり取りを聞いてた月島は、ここぞとばかりに攻める。

 

「ほんと、脳みそ筋肉の2人がよく考えたね~~って思ってたんだけど、やっぱり自分達で考えたんじゃないんだねぇ~」

「ムカっっ!!」

「と言うか、おとーさんが考えてあげた(・・・・・・)んだと思ってたんだけど、違ったんだ」

「もう普通に、極々普通に話す時も、オレを【お父さん】呼びしてきたな、月島……」

「おい、脳みそって筋肉で出来てんのか? オレ鍛えた覚えは無ぇぞ」

「拗れるから、影山もその辺でステイ」

 

はぁ、とため息を、そして苦笑いをした後に、月島に再度誰の案? と聞かれたので、日向と火神の2人で答えた。

 

【菅原さん】

 

 

と。

 

 

 

その日向と影山の脳になってくれた菅原はと言うと、丁度 今日の試合について澤村と話をしていた。あの3ヶ月前の事も思い出しながら、感慨深く口にする。

 

 

「……やったな。リベンジ出来た」

「……おお」

 

 

丁度東峰は、田中や西谷に捕まっていて まだ話す事が出来てないが、あの姿を見ただけでも十分だった。あの時から、一回りも二回りも成長したような姿を。

 

だが……、菅原には まだ想いがあった。

口に出すべきではない、と寸前まで思っていた事が。

 

 

「………でも、もちろん、……自分のトスで、リベンジ出来たら、勝てたらよかったと。思うよ」

「! ………」

 

 

その菅原の心の内を見た気がした澤村は、ただただ黙って聞いて、頷く。

言い切ってしまった菅原は、直ぐに訂正。口に出すべきではない、と思っていた事もあったせいか。

 

 

「わ、悪い。今のはここだけの話でさ。やっと勝ったとこなのに、水差しちゃうようなの駄目だよな」

「いや。そんな事ないさ。お前がまだ戦うつもりでいてくれた事。……それが、オレには良かった、って思えてるから」

「!」

「だが、まだ終わりじゃない。……リベンジ果たして終わりって訳じゃない。伊達工戦(これ)が決勝って訳じゃないからな」

 

 

澤村がそういったのとほぼ同時だ。

 

 

 

―――青葉城西高校への声援が体育館中に響き渡ったのは。

 

 

 

それは、伊達工の時とは全然違う種類。

何せ、及川のサーブだったから。地を唸らすような男声援! ではなく、黄色い女の子の声援が多く含まれていたから。

 

 

青葉城西と大岬の試合は、まだ第1セットだが圧倒していた。

 

 

確認した現在のスコアは、23-14。

 

 

 

 

 

「……王者もダークホースも、全部食って」

 

 

 

 

サービスエースを叩き出し、もう一度ボールを構える及川。

 

 

 

 

「全国に行くのは、青城(オレたち)だよ」

 

 

 

 

静かで、それでいて瞳の奥の炎。――底知れない闘志。

四強の一角が 更に牙を研ぎ澄まし、向けられている。

 

 

目の前の相手 大岬に。……そして、次戦の烏野に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「青葉城西。……及川さん」

 

影山は、その姿を目に焼き付ける。

中学時代に何度も見た姿だ。その実力は誰よりも知っている。

 

そして、影山だけではない。ある意味では、影山以上に及川を知っている(・・・・・)男も居るのだ。

 

 

 

「次も勝とう」

 

 

 

誰かに言い聞かせた訳でもない。

極々自然に出てきた言葉。

 

 

 

 

沢山の事を知っている彼は、―――ここから先(・・・・・)を知らない。

 

 

 

知らないからこそ、楽しみでもある。

 

 

得体の知れない圧に押されたのか、影山と日向は ビクッ! と一瞬身体を震わせつつ、直ぐ横の男―――火神を見た。

 

 

 

【心底楽しみたい……!】

 

 

 

ここまで威圧するような笑顔があるだろうか。

そして、だからこそ 頼もしくもある。影山にとって及川は特別。超えるべき存在であり、一番の強敵だと認識しているのだ。

 

そんな相手に向かって見せる笑顔に、戦慄と畏怖………などなどの意味は影山はわかってないだろうけれど、そんな感情が生まれ、そして同じく笑みを見せていた。

 

日向も例外なく圧された気がした。

そして、負けない! と言わんばかりに両手を握り締め、振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

青葉城西の強さに一瞬息を呑んでいた澤村。……頼りになり過ぎる後輩に先に言われてしまって、少々悔いが残るが、改めて仕切り直す。

 

 

 

「次も勝つ!!」

【オオ!!】

 

 

 

 

―――明日に向けて、勝利に向けて、歩を進めるのだった。

 


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