王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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第65話 青葉城西戦⑤

1回目、最初のタイムアウトの要求は青葉城西側からだった。

 

「え? 青城がもうタイムアウト取った? 早くない?」

「確かに烏野の攻撃スゲー、色々スゲーで何て言うか……俺らも色々と追いつかなかったんだけど、青城って全然対応出来てたし。寧ろ取り返したのに。あの11番のブレイクを引き戻した時点で取らなくても良さそうな感じだったのに」

 

まだスコアは、5-5のイーブン且つ序盤なのにも関わらず、青葉城西側が取ったタイムアウトは少なからず、場を騒然とさせていた。

 

だが、それはあくまで外野の意見。

烏野と対峙している青葉城西側にすれば、ここで取るのがベストだ。

 

この短い時間で得る事が出来た情報を、改めてコート内外問わずチーム全体で共有する為に。

 

 

 

「んじゃ、1つずつ行こうか。まずはせいちゃん」

 

及川が集めた情報。

それが間違いなくチームに風を齎してくれると誰もが確信出来る。

 

「あの2つのサーブの見分け方だけど、十中八九確定したよ。まだこの試合で見せたのはジャンフロだけだけどね」

 

すぅ……っと大きく息を吸い込んだ後、腹の底に溜めた空気に頭の中の情報を混ぜ、ゆっくり長く吐き出す様に続けた。

 

 

「ジャンフロがエンドライン止まってから【4歩】、スパイクサーブの時が【6歩】です」

 

 

ジャンプフローターサーブに関しては、初っ端から打ってきたサーブだから 直ぐに判明したんだろうけれど、スパイクサーブの方も確定した様に話す及川に驚きを見せる選手達だったが、よくよく考えてみれば 及川は試合映像を自宅へと持って帰っているので、そこで判明したんだろう、と納得もしていた。

 

 

「スパイクサーブの時は、録画したヤツで確認したけどほぼ確定。コート全体を取ってたおかげではっきりと判りました」

 

 

これが公式、テレビで放送される試合場面だったら、打つ場面に注目される。打つ前後の選手をズームで注目させるだろうから、足元まで見えたりしない事が多い。

今回は自主的に録画していた映像がかなり役に立ったと言う事だ。

 

 

「身構え過ぎず、しっかりアイツの動きにも注意しとけ、って事か」

「うん。そうだね。……最初っから最後まで油断ならない男だよ、せいちゃんは」

 

 

及川の表情が険しいのがはっきりわかる岩泉。

いつも擁護することが多く、珍しいとも思えたが……、やはり相対してみると嫌でも解るので、何も言わずにいた。

 

「1つの憂いは解消したんだけど、さっきやってみてわかった通り。相手が選んでくるサーブが解ったからと言っても、せいちゃんのサーブが全く油断出来ないサーブだって事はしっかり頭に入れといて。……解ったからってそう易々取れる様なサーブじゃないって事は言われるまでも無く皆わかってると思うけどさ」

 

 

改めて釘をさす及川。

火神のサーブに関しては正直辛酸を舐めさせられた者たちが多い。中学から始まり高校の練習試合まで。

 

直前までどっちが来るかわからないサーブは怖いのは間違いない。

 

でも、青葉城西は……自分達は解っている筈だ。

 

自分達のチームにも県内屈指、及川と言うビッグサーバーが居るのだから。

 

彼のサーブで練習する時、あの強烈なサーブが来る、と事前に解っていても取れない事がかなり多かった。―――練習を重ねた上でもこの状態だ。

 

だからこそ、この本番である公式戦の場面で、それを克服するのが如何に難しいか、十分に理解している。理解しているからこそ、最大級の警戒と集中は怠ってはならないと各々が気を引き締めなおしていた。

 

及川は、チームの皆の顔を一通り見て 安心したと同時に 次の情報公開へと進んだ。

 

 

「次にトビオとチビちゃんの神業速攻と普通の速攻の使い分け方ね」

 

 

この内容に特に注目するのはMB(ミドルブロッカー)である金田一である。

 

金田一は、青葉城西の中では一番日向に抜かれている。

コートを縦横無尽に動き回り、どれだけ時間が経過しても そのパフォーマンスを試合中に落とす事の無い無尽蔵の体力(スタミナ)

そして、突然視界に現れたとさえ錯覚する程の初速の速さ……敏捷性(アジリティ)

 

何度追い縋ろうと手を伸ばし続けたか解らない。

 

及川や中学時代の影山は 恐らく一番注視しているのが火神だろうが、金田一にとっては、日向なのだ。

勿論、これも火神の情報通り解っていたからと言って全てが解決するとは思えないが、それでも光明は見えると言うモノだ。

 

 

「【来い】と【くれ】です。……こっちはもっと解りづらかった。映像は見れても音声を拾うのが中々難しかったんですけど、今日の数手で裏も取れました」

「【来い】と【くれ】?」

 

何だそれ? と首を傾げる岩泉。

皆の代弁である。あまりにも省略し過ぎているから 本質が掴みにくかったのだ。火神に関しては事前に、サーブ打つ時の距離が~ と前準備の様に聞けていたので直ぐに連想出来たが、日向に関しては ほぼほぼ解らなかったのである。

 

 

「最初はさ、チビちゃんは 【いっつも何か叫びながら突っ込んでいくな~~、頭悪そうだな~~】くらいにしか思ってなかったんだ。だって、他の子らは ちゃんと明確にドコに~って言ってるんだよ? AとかBとか。それでも十分囮になってたし、そっちの方が頭良さそうじゃん」

 

 

しれっと、日向の事をディスる及川。

あまりに 自然な流れで出てくる悪口に、思わず金田一も日向に同情を禁じえなかった。

岩泉も、日向が【頭悪そう】 なら 及川は【性格悪そう(寧ろ悪い)】だろ、とツッコミだったのだが、タイムアウトの時間が勿体ないので ここは我慢である。

 

何より、【来い】と【くれ】に関する情報を直ぐに欲しいから。

 

 

「神業速攻の時は、【持って来い】とか【おれに来い】とか【来い】っていう単語が入ってるッぽい。―――で、普通の速攻の時は【トスくれ】とか【オレにくれ】とか」

「―――【くれ】って単語を使ってる訳か……」

 

岩泉の相槌に及川は笑顔で頷いた。

 

「それにさ。神業速攻の時って、チビちゃんボール見ないで打ってるみたいなんだけど……、さっきの同点の時、つまり【くれ】が入ってる時は、普通にボールを目で追いかけながら跳んでた。だからこっちもほぼ確信。これに関しては せいちゃんの歩数と違って、意図的に変えてくるっていうのは短時間じゃ絶対難しい。歩数の方は、例えば4歩から5歩とか、6歩の所を7歩、みたいに変えた所でせいちゃんなら普通に打てると思うんだけど、あの神業速攻に関しては、ほんの僅かなズレが致命的になると思うから、ちょっとした事でも十分リスクは高まる。それに多分、いきなりいろいろ変更して跳ぶっていうのは流石のトビオも直ぐには了承しないと思うしね」

 

 

日向と影山の変人速攻―――及川が言う神業速攻。

及川の方で言えば簡単。名の通り、神業な(・・・)速攻なのだ。

 

全力で走って跳躍し、その打点ピンポイントに上げてのけるトスワークはまさに神業。

それが出来る時点で、成立させている時点で、神業なのだ。

 

もう少し長く共に練習を重ねてきた間柄だったのなら、後々に当たるであろう障害、その対策としてバリエーションを多く備えてくると言うのはあり得る話だが、間違いなくこのIH予選までに備えるのには時間が足りない。

 

 

ここまでくると、大分気が楽になる。

あの2つの速攻の見分け方もかなり大事だったからだ。神業速攻の時はブロックが抜かれる、フラれる可能性がかなり大だし、普通の速攻の時は、神業速攻を警戒し過ぎて 反応が遅れるかもしれない。

間違いなく厄介度で言えば、火神の強力な2種のサーブの方がまだ良いと思える。

コートの外、言わば遠く(・・)から 笛の音の後に打ってくる、と言う所まで解るから。

 

 

だが、そのチームの安堵感に再び切り込むのが及川だ。

 

 

「でもね。忘れてほしくないのが、チビちゃんの本領、一番の武器。あくまで【囮】が武器だからね。それを忘れて彼の事ばっかり考えて目を向けば向く程、向こうの思う壺。厄介なスパイカーは他にも居るんだしさ。……だから、チビちゃん対策としては簡単な決まり事だけを作っちゃおう」

 

及川は、監督が用意してくれていたボード上で説明を始める。

主に日向が前衛に居るパターンに絞っての策だ。

 

 

「【神業速攻(こい)】の時は、チビちゃんのマークは1人だけにしよう。チビちゃんにコミットで跳ぶ。それで【普通の速攻(くれ)】の時はリードブロック。トスがドコに上がるか見てから跳ぼう。オッケー?」

【オス!!】

「―――っつってもあの10番、次のサーブで後衛だけどな。ドヤ策士面してるけど、発揮されんのまだ後だよ??」

「っ! そんな顔してないよ! つーか、ドヤさくしって何!? わかってるし! 知ってたし!!」

 

 

今度は岩泉ではなく、花巻からの実に的確なツッコミを受けた及川だったが……とりあえず勢いで誤魔化していた。

この手のツッコミは試合中でいえば岩泉が一番多いのだが、今は別の事を考えていたのである。

 

 

「でもよ。こんな序盤でタイム取ってって、あからさまじゃね? 火神のサーブにしろ、そのチビの速攻にしろ、気付いた(・・・・)事に気付かれた(・・・・・)んじゃねぇの? どっちにしろバレねぇ方が最大の効力を発揮する代物だと思うんだが?」

「ああ、いいのいいの。バレた事はお誂え向きって考えるのは絶対せいちゃんくらいな訳だし? ……事実。オレが違う意味でサーブを注目してんの絶対 解ってた。解ってた上で誤魔化したりせず真っ直ぐ正直に歩数のサーブを打ってきた。少々な事で揺らがないのがせいちゃんだ。……でも、トビオは違う。そこまで大人じゃない。多少なりとも焦りっていうのは見えてくる筈さ。人間性っていうのは、そう簡単に変わんないからねー」

「………お前が言うとほんっと酷くて嫌味MAXでイラつくよな」

「そっちの方がヒドイ!! オレ味方なのに!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その及川が言う様に 影山の顔には焦りが見えていた。

影山だけでなく、この変人速攻の打ち分けの提案をした菅原も表情が険しい。

 

当然相手側の話がはっきりと聞こえてくる訳ではない……が、サーブと速攻の単語は幾つか聞こえてきた。それだけ聞こえてくれば、嫌でもわかる。

 

「………もしかしてだけど」

「早ぇーな。クッソ……。もう気付かれたのか」

 

烏野の武器はまだまだ多数搭載している……が、あの日向の攻撃に関しては間違いなくエースの大砲とはまた違った分類にして、最大級の砲台だ。

2回戦の相手、強豪の伊達工でさえ試合終了まできっちりと欺いて見せたと言うのに、青葉城西は序盤にもうあっさりと見抜いてきた事に戸惑いを隠しきれずにいた。

 

その辺りは及川の想像通り、予定通りに事が進んでいると思われるのだが、そのまま事を進ませないのが火神だった。

 

「影山。及川さんは、喋り方から感じるに、ほんとお気軽と言うかお気楽と言うか……、物凄く軽い感じがする人なんだけど、実際はかなり勤勉でバレーに関して誠実だよな?」

「………お気楽……。まぁ、そんな所は確かにあるけど、バレーに関しては言う通り間違いない」

 

火神の説明。

それには 少しだけ例外がある。

気軽で気楽、と言うが 影山に対しては別だと言う事だ。

 

影山の才能をいち早く察知した事、セッターと言う同じポジションだと言う事、そして察知したその時期、及川自身がとある事情で荒れていた事。

 

それらもあって誰よりも早く敵視に近いライバル認定した事もあり、他のメンバーと同じ扱いとまではいかなかった様子。

 

普通の心臓の持ち主なら、潰されかねない圧力を受けた事もある影山だったが、元々強心臓だと言う事とあの及川の実力を知っている事とライバル視されている事も理解したので、そこまで深くは考えてない様だった。

 

 

影山の大体の事を察知した火神は続けていった。

 

 

「1回戦と2回戦に加えて今日対面して披露してみせた事。あの(・・)及川さんなら、普通に見破ってくる。見破ってきてもおかしくない。こっちもビデオ撮ってもらってた様に向こうだって撮ってる筈だ。……最初っから影山は考えてなかった? 及川さんにずっと気付かれないままだって思ってた?」

「…………いいや。及川さんなら、って思う」

「だろ? なら予定通りだ。オレのサーブだって多分バレたっぽいけど、問題なし。有利だった条件が対等になっただけ。翔陽に関しちゃ オレ以上。もっと問題なしだ」

 

影山は、はっきりと【問題ない】と口にする火神を見て少しだけ考えた。

自分自身が……及川を一番知っている自分が、今日初めて対戦すると言う訳じゃないのに、直ぐに対応してくると思わなかったのか? と。

 

答えはNoだ。

 

県内総合力でトップクラスに君臨すると自分も思ってる選手がそんな甘い筈がない。

 

 

「誠也の言う通り! そうだぜ影山! なーに深刻な面してんだよ! らしくねぇ!」

 

ばしんっ、と背を叩くのは西谷。

思わず背筋が思いっきり伸びる程の電流を背に感じた。

 

「はははは! ノヤっさん。実はこいつ大体こんな顔してんだぜ? 牛乳か飲むヨーグルで迷ってる時も同じ顔だったぞ!」

「っぷはっ!? マジかよ。自販機の前でそんな面してんの?? 皺取れなくなってもしらねーぞ!」

「あ、付け加えるなら烏養コーチの店で肉まんかピザまん選ぶ時もですね」

「ぷはははは!!」

「っっ!!? なっ、そっ、そんなことないですよ!!」

 

続けて田中が、そして火神にも便乗され、これ以上黙ってられない、と大きく声を出した。

そのおかげか、何だか不思議と色々小賢しく考えていた頭が軽くなった気がする。

 

 

「影山! 今日はオレだっていつ入っても思いっきり打てる様にイメージしてんだ。入った時には気持ちよく打たせてもらう予定なんだから、そんな顔して悩むな! 火神の言う通り、日向に関しちゃ大丈夫だろうよ。なんたって、一番の武器は囮なんだ。それにお前のセットアップがくわわりゃ、青城のブロックだって、チョチョイのチョ~イ、だぜ! なぁ、日向よ!」

「!! あっス!!」

「あ、あざすっ」

 

最後に、田中は火神と日向、影山を纏める様に腕を回した後、思い切り3人の背を叩くのだった。

 

 

田中の言葉、行動、それらには全くと言っていい程 裏表がない。

 

故に、あの初めての青葉城西との練習試合の時だって、ダイレクトに日向の頭の中に入っていったのだから。レギュラーから外されて悔しい気持ちも絶対ある筈なのに、それでもおくびにも出さない。

 

 

「……やっぱすげーな。アイツのメンタル……心の強さってヤツは」

「田中君……ですか」

「ああ。普通に考えりゃ、ついこの間までは……って考えるもんだっていうのに、……な」

 

 

そんな姿を烏養は見てて……、嘗ての自分の姿を思い描く。

レギュラーにはずっとなれなかった。試合に出る事が出来たのは3年の最後の夏。

 

それも、正セッターの後輩が怪我をした代わりに出場しただけだ。実力でレギュラーの座を勝ち取れたと言う訳じゃない。

 

そんな過去があるからこそ、烏養は知っている。出れない辛さと言うものを。そして 例え同じチーム、仲間だったとしても……どうしても 心の何処かでは憎らしくも思ってしまう。自分よりも大きくて技術のある連中の事が。

 

田中にとってレギュラー争いでマッチアップするのは澤村じゃなく火神。

見たところ 突出したパワーに関しては引けを取らないどころか上回っていると思うが、他の部分でどうしても後塵を拝している。

 

他人に悟らせてないだけかもしれないが、あの真っ直ぐな性格では そんな器用な事が出来るとは思えない。

 

 

「何と言うか、僕にも田中くんは大丈夫だ、って思わせてくれるんですよね。話には聞いてます。彼は2年生の中でどんな時でも部を離れてない、と。だから、今も大丈夫。常に上だけを見てるんだと思います」

「……みてぇだな」

 

 

武田の話を聞いて、烏養は改めて気を引き締めた。田中が試合で最大限にその力を発揮できる場面を見極める為に。

 

そして、2人のやり取りを横で聞いていた清水も、ゆっくりと頷いた。

 

 

「基本的に田中は大丈夫です。気を使ったり心配する必要は一切ないと思います」

 

 

メンタル面の強さはよく知っている。

2年の間では清水と田中間であった、とある事件(・・・・・)を知ってるので、尚更知っている。

 

そんな具合に、色んな事があったからこそのモノだ。

 

ある意味、これも信頼の形だろう。無慈悲とも取られるかもしれない信頼。ある意味キツイとも思える言葉。

 

だけど、清水の口からそんな言葉(信頼)を聞けた日には、普段よりも何倍ものパワーを発揮しそうだ。

 

でも、【何倍ものパワー】の更に何十倍も色々と煩くなりそうなのは、清水自身もはっきりとわかってるので直接言うつもりはないのである。

 

 

清水の説明は短かったのだが……ある意味誰よりも説得力がある、と何処かで感じた2人は、苦笑いをしながら頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

そしてタイムアウト終了の笛が鳴る。

 

 

 

 

コートに戻る際、火神は西谷から及川のサーブについての印象、そして 火神と比較しての説明をしてくれた。

 

「誠也と及川のサーブ……。まだ1発だけだが 受けた感じじゃ、威力はあっちの方が上だって感じた」

「! なるほど……及川さんは そう簡単には勝たせてくれないって事ですね。逆に燃えます」

「ははっ! 誠也ならそういうと思ってたぜ。頼もしいなぁ! おい!」

 

西谷も田中と同じ属性だと言って良い。

いつも真っ直ぐで、基本嘘をついたり出来ない性格だ。だからこそ、自分が受けてみてはっきりと感じた事を濁らす事なく、オブラートに包むような事もせずストレートに言う。

それは、上下関係問わずにだ。

 

だからこそ、誰に何を言われても 正しく、そして筋が通っていれば彼自身もスポンジの様に吸収する(勉強事以外)のである。

 

そして、火神に今回の事をはっきり言って返ってくる言葉は解っていた。

 

「ってか、誠也の強ぇサーブで練習出来たおかげで、あのサーブ上手く処理出来たってのもあるんだぜ。 それにあっちが上っつーのも、ただの直感に近い部分はある。あのドライブで、どっちに曲がるかも読めたのは、ボールの軌道とか、その他もろもろ似てたからだ。だから半分はおまえが取ったみたいなもんだ!」

「! あざすっ! でも、流石に半分はちょっとオーバーだと思いまっス! 是非、次はオレ自身が取ってみたいんで、その時の楽しみにしてます!」

「ぷはっはっはっは! だなだな!」

 

西谷にしては珍しく遠回しで火神の事を褒めた。

いつも捻らず真っ直ぐなのに。……狙った訳ではないが、守護神の西谷からの言葉を受けるのはまた一段と格別と感じる。

そして、レシーブの楽しさ、取りたい、取ってみたいと言う感性、取った時の達成感、或いは快感。

それらを何処までも共有できそうな火神に、思わず西谷は大笑いした。

 

でも、その笑みは長くは続かない。

火神も、笑いを止めた後の西谷の顔を見て直ぐに気を引き締めなおした。

 

「…………向こうの1番。及川に関してもう1つ言うとすれば、オレはアイツと試合した事があるんだ。中坊ん時」

「……影山の時に言ってた西谷さんの居た中学が2-1で負けた、って言ってた試合ですか」

「おう」

 

火神は西谷が嘗て話していた時の事を思い出した。

 

影山が、北川第一出身だと告げた時に西谷が言っていた事。

西谷が千鳥山と言う強豪中学であり、北川第一に負けた事。

 

 

「確かに北一でスゲーサーブ打ってくるヤツがいた。間違いなく及川だ。……ははっ。まぁ、火神も中学ん時からスゲーサーブ打ってたみたいだから、中坊がスゲーサーブ打ってきた、って聞いても そんな驚かねぇか」

「ま、まぁ。全く驚かないって訳じゃ……。それに、オレも翔陽たちと一緒に頑張りましたので」

「ははっ、そんな照れんなって。サーブがスゲーのはマジなんだからよ」

 

及川の事を凄いサーブ、と称する西谷だが、及川よりも2つ年下の火神がそれに匹敵するサーブを打つのも忘れてはいない。ジャンプフローターを組み合わせた日には、戦術の幅、……言い方は悪いが性質の悪さで言えば火神の方に軍配が上がる事だって考えられる。

だが、味方にも負けないビッグサーバーが居ると言う事で、及川のサーブが脅威ではなくなると言う訳ではない。

 

 

「―――オレが中2だから あっちは中3だ。……あん時は【入れば凄いサーブ】って印象だった。ミスも結構してたし。誠也風に言うなら、アイツも頑張ったんだと思う。……相当な練習の成果だ」

 

及川の血の滲む努力については火神も知っている。

同じ種のスポーツをしてきた為 より理解した。……そして、この世界に来て更に理解度を深めた。

 

「バレーは6人でやるんだ。――1人サーブが凄いヤツが居る、セッターが万能、それだけで 青葉城西っつうチームが、ずっと4強に居られるとは到底思えねぇ」

 

視線を鋭くさせる西谷。

確かに現在のスコアはイーブンだし、日向の変人速攻・火神のサービスエース、影山のセットアップで東峰も澤村も十分機能し、点を獲る事は出来ているが、一切の気も抜けない。

 

「気ぃ抜いたらあっという間に持ってかれる。こっからも気張ってくぜ」

「……アス」

 

西谷の力強い言葉を胸に、火神も返事を返す。

 

そして、日向の背を軽く叩き、影山の背も叩き、コートへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、試合再開。

青葉城西側のサーブ権からスタート。金田一のサーブ。

 

「金田一~! 狙うとこわかってるよね?」

「はい!」

 

及川の指示を受け、金田一は狙いを定めた。

ボールを手にゆっくりと移動して構える。――笛の音が鳴ったのを耳で確認して、更に精神を集中。

金田一のサーブはフローターサーブ。威力こそは無いが、ミスが少なく狙い易い。

 

 

及川は、金田一に後押しをしつつ、影山を見た。

 

 

「(……どんな凄いセットアップもね。最初のレシーブがあるからこそ出来るんだ。トビオのセットアップが無くても組み立てれるのは知ってる。せいちゃんの反則級の万能っぷり。……でも、攻撃力を削ぐ事になるのも事実だ)」

 

 

火神からのセットアップで攻撃を決められた場面は及川も何度か見ているので、影山を抑えた所で、終わりって訳じゃないのは十分理解している。

火神のソレは、まさに正確に、丁寧に、そして基本に忠実。それらの言葉が似合う。

たった一本あげてみせただけで、その丁寧さ、正確さを見ただけで、物凄い練習量、それらが垣間見える程だった。

……だが、今の所は影山の様な目を見張る様な超高等セットアップの様なのはしてないのはわかる。

 

影山を封じても補完されるのは脅威の一言。だが、及川が考える様に攻撃力を削いだ結果になるのも事実だ。

 

 

 

「金田一ナイッサー!」

「ナイッサー!」

 

そして、笛の音が鳴り、金田一は言われた通りに狙い通りの場所にサーブを打つ。

先ほどの通り、フローターサーブは決して威力が無い分コントロール、狙い易さは一級品。

 

金田一は、ほぼ完ぺきに狙い定めた場所へ正確に打てていた。

 

狙った場所はレフト側。……東峰の守備範囲内。

決して強いサーブじゃないと言うのに……。

 

「!!」

 

東峰は一瞬の判断ミスか、或いは偶発的なモノなのか、ボールを芯で捕らえる事が出来ず、弾かれてしまった。

 

点が決まっただろう事を、その時点で確信した及川は。

 

「ナイスキー!」

 

手をぱんぱん、と叩いて早々と金田一を褒める……のだが。

 

 

「んんんっっ!!」

 

褒めるにはまだ早い。

東峰のレシーブミスは、スパイクサーブの時程ではないが、結構な速さでライト側へと弾き飛んだ筈……だったのに、直ぐ横に居た火神が、咄嗟に跳躍し手を伸ばした。

外へと出される筈だったボールは、火神の手に当たって頭上高くに上がる。

 

 

「っちぃ! せいちゃん相手に油断しちゃったよ」

「誰相手でも油断すんなボゲ!」

 

岩泉からの叱責を受けつつ、改めて構える及川。

火神が咄嗟にカバーしたボールは、アタックラインよりも外側、丁度アタックラインとエンドラインの中間地点で上がっている。

この位置なら、無難に返すのがベターだと思っているのだが、相手は烏野だ。

 

簡単にチャンスボールにさせてくれないのは、事前の試合映像を見てよく解っている。

 

そして、事実そうだった。

 

 

「オレだ!!」

 

 

丁度、落下地点付近に居たのは澤村。

前の試合で、不安定な体勢で振り向きざまにスパイクを叩き込んだのも澤村だ。

 

 

「強いの来るよ!」

【おう!】

 

 

瞬時にそれらを脳内で思い出しつつ、及川は皆に声を掛けた。

知らなければチャンスボールだと構え、逆に崩される可能性もあったのだが、ここも及川の采配と判断力が輝きを見せた。

 

「(気付かれてる! だが、気付かれたってする事に変わりはない! チャンスボールにしてやるか!!)」

 

澤村は、伊達工戦同様。

ブレイクポイントを許さない、と言う気持ちを込めてボールを打った。

 

限られた時間の中、狙いを定める時間がほぼ無かった故にコースは狙えなかった事などを考慮すると、澤村の攻撃はまず間違いなく良い攻撃と言える。

 

「っっしゃ! ワンタッチ!」

「カバー!」

 

だが、それに反応出来た青葉城西側に称賛だ。

知っていたとはいえ、そう何度も不安定な体勢での強引な攻撃が高精度で決まるとは考えにくい。澤村と言う選手は守備力に定評があり、安定感がある選手として認識されているので、そう無茶なパフォーマンスをすると言う印象も薄い。

 

だが、それでも澤村なら、……否、烏野(・・)ならやってくる。

 

そう言う印象を強く深く、青葉城西のメンバー全員に脳裏に刻まれているのだ。

岩泉がワンタッチを獲り、そのまま冷静に、流れる様に及川のセットアップ。

 

「国見ちゃん!」

「はい!」

 

国見に速攻で上げ、その勢いのまま 国見はイメージ通りにボールを打ち抜く。……筈、だったが。

 

 

「ッッ!!」

 

 

迫りくる影。

目の前にいつの間にか来ていた大きな()

 

 

冷静沈着と言う四字熟語が似合いそうで、それでいて人知れず、誰にも知られない様に、自分さえ誤魔化しながらも内なる炎を燃やす男がボールを追いかけていた。

 

及川の速攻攻撃の手は確かに思い切った攻撃。ワンタッチを獲ったとはいえ、万全の状態のボール供給じゃなかった。もっと無難な攻撃手段も幾つかあったが、裏をかくように強気で速攻を使ってきた。

 

そんな僅かな間で交錯した意図の中。

 

ただただ考えるのは、ブロックは負けたくないと言う想い、そして 相手セッターに欺いてやった、ブロックを抜いてやったと言う達成感も快感も与えない。

それでいて、簡単には通さない。―――気を見て、読み、最後は仕留める。

 

 

「(…………くそ!)」

 

 

国見は、この攻撃は止められると瞬時に理解した。

だが、それでもこの刹那のタイミングで、スパイク動作(モーション)からフェイントに変えたり、打つコースを変えたりするような事は出来ない。

はっきりと、見えた。まるで 周囲の時間がゆっくりになったのか、と錯覚する程に。

 

ばちんっ! どっ! と乾いた音が続けざまに響く。

国見が放ったスパイクは、自陣コートに叩き落されたのである。

 

 

「どっっっ、しゃっとぉぉぉぉ!!!」

「うおおおお! つっきぃぃぃぃ!!!」

「月島ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

【ナイスブロック!!!!】

 

 

烏野の鉄壁、月島の見事なブロック(ドシャット)である。

 

 

 

「「ナイス月島!」」

「よく追いついたな! スゲーぞ!」

「くっ……(やっぱりコイツのブロックも、侮れん……!)」

 

月島は コート内で揉みくちゃにされる。

影山だけは対抗心燃やす。

コート外では……。

 

「うおお! くっそぉぉぉ、オレだってぇぇ!」

 

現在、後衛に回っていて西谷と交代している日向。

月島と同じMBと言うポジション故にか、影山同様に対抗心をメラメラと燃やした視線を向けていた。

 

 

「今のオレ、レフト側のオープンかと思ってつられそうになったわ。ナイス月島!」

「向こうのセッターが強気で攻めてくるって思ったからです。澤村さんのスパイクや、その前の火神(おとーさん)の変人フォローを見せられて。ほんの僅かだと思いますが、ムキになったんだと思います」

「おお、あの一瞬でそこまで考えてたのか……」

「おいチョットマテ。おとーさんは もはや兎も角だ。その後 変人フォローってなんだ!」

 

火神が時折見せる まるで来るのが最初から解ってたかの様な超反射神経を、月島は変人コンビ・速攻に準えて どんなボールも処理or追跡してしまう様を見て(勝手に)名付けたのである。

 

色々と抗議の声を上げたい火神だったが、澤村が止めようとした事、そしてここから更に行くぞ、と全員集まってバンバン、と背を叩き合ったので、一先ず保留。

澤村にしてみれば火神を止めるのは結構珍しい事なので、思わず笑ってしまったのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬、サーブで乱した。そのままサービスエースでブレイクを獲れる、と思った後の相手の反撃。……それをも防ぎ攻撃を返したと思った矢先のブロッカーに完璧に捕えられたドシャット。

 

 

まず間違いなく勢いに、流れに乗る類の一撃であり、相手を委縮させる一撃でもあると言える。互いに良い流れ、嫌な流れを感じていても全く不思議じゃない。

 

 

――――が、それでもまだ、青葉城西は呑まれない。

 

 

 

「すいません……」

「いや、ごめんごめん。ちょっとネットに近かったね。修正するよ」

「あっちのメガネ、目立ってないだけでかなり優秀なブロッカーだ。フォロー意識していこう」

「まだまだ、一本切っていくぞ」

 

 

 

淡々と集まり、淡々と立て直す。

ミスをした国見も最初の謝罪の後は気負う様な姿は一切なかった。

 

「国見ちゃん!」

「はい!」

 

あのドシャットを食らっても全く動じない。同じ1点だと言わんばかりに、それも一度止めた国見で返された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、取っては取られてを繰り返し。烏野側のミスが起こって やや突き出たのは青葉城西。

 

 

互いに10点台に乗った12-10の青葉城西リード。

 

 

 

 

「(……勢いは間違いなくこっちにあるって思うのに、そのイメージ通りの点じゃない。……必ずついてくるし、今、リードし返されてる……2点差)」

 

 

 

傍から見れば、ただただどっちも凄い、程度のものだろう。

 

だが、影山の受けるプレッシャーは普段よりも更に重荷となって現れていた。

まだ第1セットの序盤だと言うのに。

 

派手な攻撃で翻弄出来ている、と思うのだが……イメージ通りにいかない。

相手の地力の強さ、盤石なモノを見せられてる感覚。……リードはこちら側のミスで取られた点ではある、が。その僅かなミスさえ影山には、大きな差に感じてしまう。

 

相手があの及川、青葉城西だからと言う理由も勿論あるだろう。……そう簡単に払拭できるものじゃない、と言う事だ。

 

背に感じる圧力が半端ではない。

 

その圧力の根源である青葉城西の3年達がネットを挟んだ直ぐ先に居る。

 

 

 

「3番、3番くるよー! もち、バックも警戒してよー!」

「っしゃー、ナイッサー! もう1本!」

「ナイッサー!」

 

 

 

「(くそっ……すげぇプレッシャーだ。……こっちは日向がいない前衛が2枚。火神は後衛なのにマークはより厳しく感じる。速くローテ回して戻さねぇと……。……相手を攪乱出来る日向が居た方がこっちも絶対安定する。………ここで、これ以上点を離される訳にはいかねぇ……)」

 

 

思考の波に呑まれる影山。

そんな影山をじっと見つめているのは及川。

 

 

「(……影山、今 絶対考えすぎてるな。ここらで1つタイムがあった方が良いかも……)」

 

 

そして、それらを後ろから見ているのが火神。

火神が知る展開ではあるのだが、タイミングなどは全く違うこの状況。

 

 

今の影山の選択は、青葉城西に届くのか。

若しくは読み越した及川に潰されるのか。

 

 

 

火神は静かに、それでいて集中力は高めながら 見定めるのだった。

 

 


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