王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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第77話 青葉城西戦⑰

青葉城西vs烏野

 

 

真剣勝負を挑む以上、自分の知っている嘗ての記憶の中の結果は一切関係ない。

 

ただ、自分達の、烏野高校の勝利———それを(こいねが)い続けた。

 

元々の流れなど最早知らない。

練習試合ならまだしも、公式の舞台でネットを挟んだ以上……もう、この烏野のメンバーと一緒に、何処までも、昇れる所まで高く羽ばたきたい。そう強く思っていた。青葉城西も、王者白鳥沢さえも越えてインターハイの舞台へと。

 

 

だからなのだろうか?

 

それともこれ(・・)は――ただの偶然なのだろうか?

 

いや、或いは必然だったのだろうか?

 

 

流れを……この世界の歴史の流れを変えようとしたから起こった必然なのだろうか。

 

 

確か、以前に見た大河ドラマでも過去に遡った男の話があった。

現代の知識を駆使して、様々な変革を行った筈だ。

 

そして此処(・・)でも似た様なモノだろう。

世界軸は違うが、歴史を変えようとする点に於いては同じだ。

 

知っているドラマでは、特に重要な行いをすればする程、元に戻そうとする修正力と言うものが働いてしまっていた。

容赦なく、行いを取り消されてしまう。

 

 

ズキンッ…… と身体に、頭にまで響いてくる鈍い痛み。

これはそういう結果(こと)なのだろうか。

 

 

 

「(馬鹿、野郎がッ……! そんな事ある訳あるか! 一体何に責任を押し付けてんだよオレは! これは自分の責任(せい)だ! 不注意だ!! それ以上でもそれ以下でもない!!)」

 

 

 

万が一、億が一、兆が一、仮にそうだったとしても、少なくとも火神自身は、この起きてしまった結果をこの大好きな(ハイキュー‼の)世界の責任(せい)には 決してしたくなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――それは遡る事数秒前。

 

 

 

何度も続くラリー。

溜まり続ける疲労。

 

両チームともに、削られる体力と精神力。身体だけでなく、頭の中さえグチャグチャに成りつつあった終盤での攻防。

 

 

青葉城西側の攻撃 岩泉のバックアタックに対し、万全ではないものの影山・月島の2人を揃える事が出来た。

偶然のネットインとなったスパイクも、影山の決死のレシーブで望みを繋いで見せた。

 

 

この時 火神は、はっきりと見えていた。

あのネットから零れ落ちる軌道のボールをはっきりと、余裕さえもって。

 

疲れていても関係ない。

まだまだ動ける、見れる、最善を尽くす事が出来る、とまるで自己暗示でもしている様に言い聞かせ、状況を頭の中で最適化した。

 

このボールは、例え自分は動けても、万全で動けたとしても、この距離のボールは 絶対に間に合わない事も理解していた。

 

そして、影山なら ブロックに跳んだあとででも、瞬時に最適な動きでボールを触る事が出来るだろう、とも思えた。否――信じた。

無闇に届かないボールに飛び付くのなら、影山を信じ、フォローに回ることをこの一瞬で判断し 決めた。

 

 

刹那の時の狭間、頭の中で思い描いた光景は まさに完璧ともいえる程に実現した。

 

 

影山が伸ばした右拳がボールを大きく弾いてしまう結果だが、フォローに備えていた火神は追い付ける。

 

もし、影山が上げたボールがコート内なのであれば、他のメンバーにフォローを任せるつもりでもいた。

火神は外へと弾かれたボールに対してのみ、特に意識していたのである。なかなかリスクの高い賭けではあったが、影山を、皆を信じた火神には勝算高い賭けも同然だ。

 

 

そして結果、賭けは勝ったといえる。

 

ボールはサイドラインを超えて、彼方へと飛んでいき―――火神はそのまま落ちて相手の点になる事を拒む。

 

 

 

 

その時、様々な想定を頭の中でしていた火神だが、ボールが外へと飛んでいった瞬間から ただ、必死にボールを追う事だけを、影山が繋いだボールを更に繋ぐ事だけを 意識していた為……火神はその先に居る者たちがはっきりと見えていなかったのだ。

 

 

 

仕切りを越えた先に居たのはテレビ局のカメラマン。

 

 

 

この場所に撮影班が居るのは驚いた。

そんな場面、嘗ての世界で―――火神が知る世界で見た光景の中には居なかった筈だから。

 

 

 

でも、改めて考えてみたら 居るのは必然だったと言えるかもしれない。

 

 

何故なら、この試合が始まる前――及川がテレビのインタビューを受けていたから。火神にとっては厄介極まりない事だが、はっきりと及川は言っていたから。

それが切っ掛けで より注目が集まって、カメラマンも増えたのだろう。観客席だけでなく、コートの外でも。

 

 

烏野高校は、古豪ではあるが最近では目立った結果を残せず、【堕ちたカラス】とまで揶揄されていた。

そして、これまでの成績、戦績、実績を考えたら 例え烏野高校が伊達工業を破った事を鑑みても 青葉城西の勝利は堅いだろう、と言うのがスポーツライター側の大方の予想だ。

 

 

 

だが、及川はそのインタビューで非常に気になる事を言っていた。

 

 

 

県内では 王者の次点でもある青葉城西の中で、ルックスや実力も兼ね備えたネームバリュー高々な及川が烏野に対し。

 

【自分が認めた天才が居る】

 

と言ったのだ。

更に続けて。

 

【明日の試合を見て頂ければわかるかと思いますので、こうご期待を】

 

とまで、はっきりと告知した。

 

これまで何度もインタビューを受け答えをし、月刊バリボーにも何度か載っている及川が、そこまで発言した事は未だ嘗て無かった。

 

最大のライバルでもある【白鳥沢の怪物 牛島若利】に対してもだ。

 

 

今年度の目立った情報が決して多いとは言えない古豪・烏野高校。

 

伊達工業を破った事実には正直番狂わせだと驚くが、試合をそこまで吟味した訳では無かった。試合をする前から、青葉城西vs伊達工業が本番だと高を括ってしまっていた。

 

公平性をやや欠いてしまっている自分達に恥じる気持ちもあるが、その及川の発言の真意を必ず近くで映像で捉えよう、という事で 撮影スタッフが許可を貰って仕切りを設置し、カメラを回していたのだ。

 

 

そして、及川が言っていたことを理解するのと同時に―――仕事を忘れて、ただ観客たちの様に、この試合に魅せられた者たちの中に入る事になった。

 

 

 

 

県の大会……3回戦とは思えない非常に高いレベルの応酬。

白鳥沢と言う絶対王者が居ると言うのに、これは決勝戦、と思ってしまう者さえいた。

 

見ている自分達までもが 躍動し、高揚し、身体の芯までが熱くなってしまう程の試合。

終わらないで欲しい、いつまでも見ていたい、とさえ思った。

 

 

そんな試合も終盤に差し掛かり……。

 

 

 

そこで――起きてはならない事態が起きてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も何度もプレイで魅せ続けていた選手の1人である火神。

 

恐らく及川が言っていた認めた天才の最有力候補の選手であろう彼が、見事に難しいボールを繋いだ時に。

 

再び場を沸かせる見事な繋ぎを見せた時に、起きてしまった。

 

 

火神はボールを拾い上げたその時はっきりと見た。

ボールに触るまでは、ボール以外の殆どを見えてなかったからだ。

飛び込んだ先にカメラを構えている人が居たのを。

 

そのカメラマンも、呆気にとられており、この一瞬で瞬時に判断して避けきる事など出来る訳もない。

レンズ越しに目の前の光景を見ていたので、やや現実感が薄れてしまっていたのもあるだろう。

 

あの一瞬 火神は、どうにか当たらない様にどちらも怪我無い様にと意識を傾けたのだが……どれだけ超人が居た所で、飛行でも出来ない限り、ただ我武者羅に追いかけ、跳びついた身体をどうこう出来るものじゃない。

結果、どうにか機材に直接当たったり、カメラマンと衝突したりすることは無かった。

 

 

―――ただ、不幸にも着地した場所が悪かった。

 

 

本人がどう思うかは別として、他の面子が、或いは当たりかけたカメラマンも、こうなるくらいなら、機材をなぎ倒してくれて構わない。自分自身に当たってクッションにでもしてくれてもかまわない、と思える程だった。

 

火神が着地した場所は、カメラマンの足先。

 

着地すると同時に、強烈な痛みが足先から頭の天辺まで一気に駆け抜けた。

一歩、また一歩 歩く度に ズギンッ! と激痛が右足に走る。

歩く度に、右足から電流が流れ、脳髄にまで届いてくる。

痛みを無視したくても出来ない。歩く度にまるで無理矢理傷口を抉られる様だった。

 

「ッッ!!」

 

大きく身体がよろける。

仕切り板が無ければ、このまま倒れてしまいそうだったが、どうにか堪えると直ぐに振り返って頭を下げる。

 

 

「す、すみませんでした! だいじょうぶですか!? カメラ、何ともないですか!?」

「いや、こっちは何ともない! だが君の方が……!」

 

思わずカメラマンでさえも、駆けつけようとしたが、火神の身体が大きくよろけた所で、点を獲る事が出来て盛り上がっていた烏野のメンバー全員が、この異常事態に気付けた。

 

 

カメラマンよりも早く、仕切りを飛び越えた澤村が火神に肩を貸した。

 

 

「火神!!?」

「だいじょうぶ! だいじょうぶです! 歩けま―――ッッ!!」

 

 

 

ぎりッッ、と歯を食いしばり 両足でしっかり地を踏みしめようとした途端、再びズギンッ、と抉られるような痛みが襲う。

 

澤村の肩を借りて、どうにか転倒だけは避けたが、傍目から見ても足の状態がやばいのは明らかだった。

 

 

「田中!!」

「火神君!!」

 

 

烏養は田中を呼び、そして武田は火神の方へと駆けつける。

 

「せいや!」

「火神!」

 

影山と日向も同じくだ。

日向は不安そうな顔をしている。それは別に珍しい光景ではないが、今回に限っては その顔にさせてしまった自分に罪悪感を感じてしまっていた。

更に言うなら、あの影山までもが 普段の顔からは考えられない程、悲痛な表情をしているのだから、より一層感じてしまう。

 

火神は、澤村の肩を借り、どうにかまずは烏野のコートの中にまで戻ってきて、無理にでも笑顔を作って言った。

 

「(くそ、くそっ……!!)大丈夫! 大丈夫だ!! 今日はちょっと燥いで跳び過ぎた! 翔陽じゃないんだし、そろそろ地に足を据えてろ、って事だろきっと。()が駄目なら()で……、ッッぁ……!」

 

また、踏み込む。

大丈夫と自分に言い聞かせながら、コートを踏みしめる。

だが、身体がそこから先の動作を赦してくれない。

これ以上動くな、と言う命令が最大限発令されてしまっている。

これまでにない程の【痛み】と言う形になって。

 

この手の怪我は、どんなスポーツでも大なり小なり経験していくものだろう。

それに加えて、火神は恐らくこの世界の同年代の誰よりも経験していると言えるかもしれない。

他人よりも多く経験している筈なのに、今までのどの痛みと天秤に合わせても、今回のコレにはまるで及ばなかった。

 

 

藻掻き、足掻く火神のその姿を見た澤村は一喝する。

 

「馬鹿野郎、無茶言うな! 直ぐにアイシング! 清水!! 準備してくれ」

「こっちに!!」

「で、でも……ぁぐッッ!!」

 

 

清水は澤村に言われるよりも早く、表情に悲痛さを浮かべながらも、何とか平常を装うながら救急セットを手に持ち、準備をしていた。

 

だが、火神は首を横に振る。その動作自体が既に痛い様で表情を更に歪ませている。

 

 

そんな光景を見せられて、誰もが黙ってしまっている。

まだ、試合中でタイムを取った訳でもないと言うのに、青葉城西も、そして主審でさえ、まるで時でも止まったかの様に固まってしまっていた。

 

それ程までに良い試合を魅せられていたから。もっともっと見ていたい、と思えた矢先の事件だったから。

 

 

青葉城西もそうだ。

確かに厄介な相手だ。誰よりも面倒な相手だ。点を獲られたらその数だけ悔しさが沸いてくる。―――でも、それ以上に負けてたまるか、と言う気合も上げさせられ、対戦相手だと言うのに、こちら側の士気をも自然と上げさせてくれる。

敵ながら天晴と言う言葉が誰よりも当て嵌まる男だった。

 

客観的に見れば、青葉城西側にとっては最大のチャンスであり、かなり有利になったと言えるだろう。それ程までの選手だったから。―――だが、コート上の誰もがそれを望んでいなかった。

複雑な胸中だった。

 

 

 

 

火神(かがぁぁみ)ッ!!!」

 

 

 

 

コートのサイドラインでナンバープレートをもって立っている田中が大声で叫ぶ。

仁王立ち。まるで戻ってこい、と言わんばかりの顔で。

 

 

「ッ……!!」

 

火神は、たった一歩あるくだけで激痛が走る状態だ。

 

そして、先ほどまでコートの端から端まで守ってやる気概だった火神だが、今はまるで違った。

コートの中が、こんなにも広いと感じたのは随分久しぶりだった。

 

そして、そんな中でも、考えていたのは あの田中がいる場所まで歩けるかどうか? ではない。

 

あそこまで行ってしまえば、もう試合には出れなくなってしまう事。

そんな感情が一気に湧いて出てしまっていた。

 

勝負の世界だ。

今回のようなアクシデント、そういうのを含めて全てが勝負。

不幸にもアクシデントに見舞われたからと言って、それを言い訳には出来ない。

 

それを頭では理解できても、身体が拒否をしている。

意地でも、と。

 

最後までコートに立てない事への悔しさもそうだが、それ以上に流れを変えてしまうかもしれない結果になり、誰よりも悔しく、誰よりも罪悪感に満ちてしまう。

 

 

 

勿論 火神は先輩たちを、皆を、烏野を信じてない訳じゃない。

 

 

 

何故なら、火神こそが この場の誰よりも、烏野高校の事を知っているから。

 

菅原に、縁下に言われるよりもずっとずっと前から、【烏野(ウチ)の連中はちゃんと強い】と言う事を知っているから。

 

 

 

足の痛みと一緒に、散々動き回ったツケが、意図的に忘れさせていたのだろう疲労が、痛みを伴って全面に出てきているのだろう。

火神の顔を見ると、それがよく解る。

 

そして、何より―――必死に堪えようとしているのがよく解る。

 

 

 

「先生。タイムだ」

 

―――ここで、烏養はタイムアウトを要求した。

 

 

 

 

笛が高らかと鳴らされ、試合は中断させられる。

あの田中が居る所に行くまでも無く、もう出れない事を痛感させられた瞬間でもあった。

 

 

澤村は、火神の身体を支える為に、更に力を入れて足が地に着かない様にした。

 

 

「火神。情けないな、ってお前自身に言われるかもしれないが、それでも言おう」

 

 

肩を貸しながら、澤村は続ける。

 

 

「お前が居ないと困るよ。困るに決まってる。―――烏野には、お前が必要だ! だからこそ、今は安静にするんだ! これ以上は絶対に駄目だ!」

「ッ……ッッ……」

 

 

火神は 知っている(・・・・・)

自分は、そのセリフを、極めて似ているセリフを知っている。

澤村から言われた言葉を、火神はよく知っている。

 

思わず涙を流しながら見ていたから。心に、魂に刻まれているモノだ。

 

 

「どーせ、外に出てたって、カントク顔負けのテキカク指示出したりすんデショ? 何せ僕以上に賢いんだから。まさに皆のおとーさんだしね」

 

 

そして、月島の言葉に驚く。

不器用ながらの月島流励ましを聞いて驚く。

自分よりも賢い、と言われたことにも少なからず。

 

 

「誠也! 心配なんかひとっつもする必要ねぇぞ! オレと龍に任せとけ!!」

 

 

西谷が胸を叩く。

 

見たいようで、決して見たくない、そんな相反する想い、矛盾を思い描いていたあの場面が来てしまった。―――こんなにも早く。

 

そう言えば……思い返せばそうだった。

 

 

「大丈夫だって。日向や火神に負けてられないからな。オレも頑張る。それに、火神すげー頑張ってた。頑張りすぎてたんだよ。だからちょっとの間、休憩だ」

 

 

東峰の言葉が火神の心に入ってくる。

 

そう、伊達工業戦の時のあの東峰の美しい空中姿勢。今思い返せば、あのスパイクは………、そうあの(・・)試合で見る事が出来る筈だった。

連想させられる。それこそ繋がっていくように。

 

「あ、後 しっかり汗拭いて身体冷やさない様に、水分もちゃんととりなさいよ~」

「祖母かっっ!」

 

 

東峰と西谷のやり取りもそう。

 

あの場面で、()に向けられていた視線。

そのベクトルが全て、自分に向けられている事が何か嬉しくも思えた。

皆が、罪悪感で沈んでいた自分を引っ張り戻してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………おい」

「解ってるよ、岩ちゃん。これは勝負なんだ。情けは無用。……手なんか抜かない。そもそも烏野は手を抜けるような相手じゃない。そんなの考えること自体、相手に失礼だ。……でも、ね。でも――――望んでなかったよ。こんなのは」

「……………」

 

足を引きずりながら、コートを去っていく火神の背。

それを視線で追う青葉城西。後味の悪さだけが残る。

 

青葉城西として、万全の烏野を。油断出来ない2、3年生たちを、……凹ませたい№2の影山を、得体の知れないチビの日向を、……そして、本当の意味で唯一認めた天才の火神を叩き潰してこその勝利にこそ価値がある。

 

勝負の世界は時には非情なモノだ。

 

こういった経験は、きっとどこにでもある筈、あった筈。それこそ、引退寸前で、もう終わる寸前で起こる事故だってある筈。

それを考えたら、火神にはまだ先がある。……これからも、きっと昇っていくであろう事が解る。

そして、間違いなくまた再戦するだろう。

 

 

その時こそ―――本当の意味で決着をつけたい。

 

 

及川と岩泉だけではない。

あの火神のプレイに触発され、火神の攻撃に苛立ち、負けん気に火をつけられた全員が、同じ視線を送る。タイムアウトの時間で、早く戻らなければならない場面ででも。

 

 

そんな時だ。

 

 

火神が振り返った。

非常に絶妙なタイミングで まるで視線に気づいていたかの様に、振り返った。

 

 

まだ痛む足を庇う様に片足で立ち、青葉城西の皆を、ひとりひとりを、全員の目を見た後――― 一礼する。

 

 

悔しい筈だ。今でも絶対に試合に出たい筈。

それを圧し殺し、そして礼と共にコートを去った。

 

高揚した。

高みへ共に上っていけたそんな好敵手。

 

引き際までも此処まで魅せるのかと、誰もが思えた。

 

 

「…………どんだけやられても、どんだけムカつかされても、せいちゃんだけは ほんと憎めないよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火神の所作は、青葉城西だけでなく、見ている者全員の心を打ったのだろう。

 

 

【パチパチパチ!!】

 

 

と1人が拍手したのを皮切りに、一斉に大拍手が沸き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………すみません。澤村さん」

「何に対して謝ってる?」

「いえ。謝る……じゃないですね。肩を貸してもらってありがとうございます」

「……ははっ! おう! 気にすんな。このくらいはさせて下さいよ、おとーさん」

「……オレの方が歳下なんですけどね」

 

吹き出す澤村、そしてその横に田中が来た。

 

「こんなすげー場面を、燃える場面をオレに譲ってくれたって事だよな。火神! ヒーローってのは遅れてやってくる! つまり、オレがヒーローって訳か? かっかっか!」

「田中さんは、いつでもオレのヒーローですよ……」

「……うはははは! よし。……なら、そのヒーローに、田中先輩に任せとけよ! お前のぶんまで暴れてやる!!」

 

片方の腕をかけると、火神の頭を二度三度と叩いて撫でた。

 

正直、涙が出そうだった。

でも、泣く訳にはいかない。まだ、まだ負けてない。試合はまだ解らないのだから。

 

ひょっとしたら、勝てば次はダメでも、きっと決勝は……、白鳥沢戦では出られるかもしれないのだから。

 

 

そして、火神は 一足先にベンチへと戻ってきていた影山と日向に向き合う形となった。

 

 

「―――そう言えば、影山と翔陽は勝負してたよな? 【どっちが長くコートに立つか】って」

「「………」」

 

 

忘れもしない中学公式戦の最後。

勝負、と言うより一方的に日向が影山に宣言していた事。

 

影山を倒し、そして自分の方が長くコートに立つ、コートに残ると。

 

あの場では、火神は便乗はしていない。思わず魅入ってしまっていた、と言うのは火神だけの秘密だ。……でも、例え宣言してなかったとしても……。

 

 

「悔しいな、オレの1人負けじゃん」

 

 

火神はそう言って笑った。

誰よりも悔しいのが火神だと言う事はこの場の誰もが感じていたと言うのに、気丈にも笑っていた。

 

そんな火神を見て、日向は思わず涙ぐむ。

 

だが、火神が泣いてないのに、自分が泣けば余計な心配をかけてしまう、と本能的に悟ったのか、日向は目に力をいっぱいに溜めて堪えた。

 

だが、影山は違う。

 

 

「いや、それは違う」

「え?」

 

 

火神に真っ向から返した。

 

 

「オレは、この試合、暫く菅原さんと交代していたし、日向(コイツ)が出てるのは前衛だけだ。長くコートの中に立ってた、って事なら、お前が一番長ぇよ。オレは、オレ達は勝ててない」

【!!】

 

 

影山の勝ててない発言に、全員が驚きを隠せず驚愕の表情をしていた。

 

 

「だから、引き分けだ。……まだ、勝ち負けなんざついてねぇ! こんなんで、勝ったなんて思いたくもねぇ!」

「……オレも! オレもだ!!」

 

日向は大きく胸を叩いて影山に続いた。

 

「せいやには……、誠也には 正直世話かけっぱなしだって事は オレだって自覚してるっ! 今日、この瞬間こそ、オレが自立する時、ってヤツが来たんだ! そうだ、そうなんだ!!」

 

思いっきり何度も何度も胸を叩く日向。

 

「自立って言葉の意味解って言ってる? 独り立ちする事~ だよ??」

「解ってるわ! それくらいっっ! 月島はうっせーの! 今はそんな場面じゃねーーの! 空気読みなさい!!」

「火神の半分……いや、その更に半分くらいの実力備えてから言え」

「影山までうるせーよ!! オレは、たいきばんせーなんだ!!」

 

横からの月島の茶々が、そして影山の辛辣な一言に、日向は がーーっ! と突っかかっていく。

いつものテンションを崩さない様に、動揺を隠す様に、しているのがよく解る、と言うモノだ。

 

火神は、確かに色々と大変だった事もあるが、それ以上に楽しかったし、何より頼りにもなった。自分こそが色々と世話になり、助けられている面もある。

 

日向にしろ、影山にしろ、同じだ。面向かって言うのは流石に恥ずかしいが……改めて心底思う。初めて出会ったあの時からずっと忘れていない。

 

 

 

 

 

 

 

―――出会えてよかった、と。

 

 

 

 

 

 

 

火神は、澤村と田中の肩から腕を外すと 片足で何とか動いて、日向と影山の前に立って、腕を伸ばした。

 

火神の拳が、日向と影山のそれぞれ左右の肩に当たる。

 

 

「翔陽、影や……いや」

 

 

一度目を瞑り、そして見開いて、火神は続けた。

 

 

「―――飛雄」

「!」

 

 

名を呼ばれて、影山は一瞬震えた。

 

 

 

「―――頼むぞ」

「「おう!」」

 

 

 

2人は、託されたものの重さを改めて感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

火神は、託せた、と判断したのか 再び痛みが襲ってきたのを実感。あわやバランスを崩しそうだった所を、田中に支えられて、離れたベンチの方まで移動し、座った。

 

 

「大丈夫? シューズ外せそう??」

「あ、はい。……だ、だいじょうぶです。ありがとうございます。清水先輩」

「礼は要らないから早くアイシング! 脱いだら絶対に動かない事!」

「あ、は、はい……」

 

清水に促され、シューズを脱ぐとそのままソックスも脱いだ。

1つ1つ脱ぐ度に、電流が走るが……もう最初程の痛みは感じられない。

 

現金なことだ。アレだけ試合に出たい、出る、と思っていた時は痛んだくせに、試合から外れた途端に痛みがマシになるとは。

 

 

「……解りやすく腫れてますね」

「………うん」

 

 

この手の怪我はマネージャーとして何度か経験があるにも関わらず、清水も顔を思わず顰めてしまう程、赤く腫れていた。

骨に異常はあるのかが一番心配だが、これ以上の処置はここでは出来ない。

 

 

それを見た火神は ただただ苦笑いを続ける。

 

 

 

―――オレは、あの時の夜久さんの気持ち、1mmも解って無かったんだ。ただ、解ったつもりだっただけなんだ。

 

 

 

 

「え?」

 

火神自身は、口に出したつもりは無かったのだが、清水には聞こえていたのか、スプレーを振りながら火神の方を見た。

 

「いえ……。……オレも打撲とか擦り傷とかは、いつもしてました。翔陽と付き合ってきたから、特に。……翔陽に何度か連れられて、家にも行って、ほんと凄い所でもバレーしてて……、ボールをいつも触ってて、怪我して。……本当にいつもの事、って感じでした」

「…………」

「でも、ここ数年は それ以外の怪我も無いですし、病気だって無かった。……一切無かった。―――なのに……!」

 

 

あの時(・・・)、何故音駒高校の事が頭に浮かんだのか、何故、妙に夜久の事が頭に浮かんだのか、……今 解った気がした。ひょっとしたら あの時から、警鐘を鳴らしていたのかもしれない。

 

 

 

そして、火神は この時初めて夜久の気持ちを本当の意味で理解する事になったんだ。

 

 

 

「何で、なんで今……! なんで……!?」

「ッ…………」

 

 

 

全部託したつもりだった。

頼りになる先輩に、そして頼りになる同級に。……烏野の皆に託したつもりだった。繋いだ、繋げて貰った筈だった。

なのに、押し寄せてくる。

 

 

 

そんな火神に清水は、応急処置が終わった後もただ黙って傍に居続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

烏養の指示を聞いた後、澤村は皆に言う。

火神が清水に話している事が彼らには届いたのだろう。一際引き締めた顔つきをしていた。

 

 

 

 

 

「はい! 託されたボールをしっかり繋いでいかないと火神に色々失望されるぞ。……されたくなかったら、このリード、逃げ切る…… いや、勝ち切るしかないぞお前ら」

【オス!】

 

 

澤村の言葉に、全員が力強く頷いた。

火神が抜けた穴は正直デカい。果てしなくデカい。

同時に、青葉城西と言うチームも果てしなくデカい。試合中どんどん強くなっていってる様に感じたのは、周囲だけではない。選手達も実感している。

抜けた穴の大きさを改めて感じていた時に、澤村の一喝。

 

「大丈夫です。【うちのスパイカーはちゃんと皆強い】ですよね?」

【………おう!】

 

 

影山の表情が、顔つきがこれまでとはまるで違うモノに変わっていた。

ピリ付く空気、有無を言わさない様なソレに、普段なら身震いしてもおかしくないが、この時ばかりは全員が等しく頷いている。

 

影山と日向が、本人から直接託されたボールだ。

 

もれなく全員が強く思っているが、そのほんの少しだけ、誰よりも繋ぎ、相手のコートへと落としたいと思っている筈だから。

 

 

「いつだって色々準備不足、不安要素上等。まだまだツギハギだらけ。不格好で力任せ。ぜんぶひっくるめて、オレ達の全力だ!」

 

 

そういうと、円陣を組んだ。

 

 

「烏野!! ファイ」

【ォア゛ァァァァァイッ!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、青葉城西側。

 

「ここから、より全力で行くよ。全部出すつもりで。……向こうの勢いはきっと絶対に衰えたりしない。だから、こっちも一切油断はしない。そもそも、まだ負けてるんだからね」

 

いつもの飄々さ、軽そうな感じは一切見えない。

ポイントゲッターであり、守備の要でもある選手が退場したのだ。何処か張りつめた空気が、萎えたとしても何ら不思議ではないのだが、より一層緊張感が増していた。

 

 

「当たり前だ」

「油断なんか最初っからしてねーって」

「何なら、今の烏野は白鳥沢よりやべーんじゃないか?」

 

 

烏野の強さ。

もう今更だ。誰もが知っている。

そもそも、つい最近の練習試合では負けているのだから、尚更。

 

 

「せいちゃんが抜けた穴は、あのボーズ君が担ってる筈だ。まだ体力は有り余ってる筈だし、こういう場面で、誰かから託される場面で、より力を発揮してくるタイプだって思ってる」

「みたいだな。火神が抜けたからって、そのまま単純にそこを狙うってのも安易だし、あぶねぇか」

「うん。そういう事。もれなく烏野の全員が似た様に調子を上げてきてもおかしくない。だから、要所要所はきっちり見極めて、熱くなっても良いけど 頭の中は常に冷静に行こう」

 

 

 

及川は極めて冷静に徹し、そう言うが、やはり一抹の不安は拭えなかった。

 

火神と言う超高校級選手が抜けた穴はとてつもなく大きいだろう。

望んだ訳ではないにしろ、それが事実だ。

 

田中と言う選手は決してレベルが低い選手ではないが、あの天才と比べたら凡庸。どうしても陰るし、守備面に於いても1セット目を見ればその差は明らかだ。

 

それでも、精神の影響がプレイに左右される事は十分理解しているから、言った通り一切油断はしない。

それでも、感じる。背中にチリチリと感じてくる。

どう言えば良いのか……、どう形容すれば良いのか解らない。得体の知れない気配が、あの影山と日向のコンビに湧き出ているのが解る。

 

 

 

「(チビちゃんはさておき、………飛雄は、あんな風に託された事なんてこれまでに無かったんだろうな。王様って呼ばれる所以を考えたら特にさ。今日、アイツは初めて他人から……本当の意味でボールを託されたんだ)」

 

 

影山と日向が、火神から拳をつけて【頼む】と言われた場面、及川はしっかり見ていた。

明らかに変わった2人の顔もしっかり目に焼き付けた。

 

 

そして、及川は戦慄した。

 

心底怖いと思いつつ―――敬意も表した。

 

 

それは、影山を始めとしたコートに出ている者たちに対してではなく。

 

 

 

 

コートを去っても尚、強烈なモノを残していった火神に対して。

 

 

 

 

だからこそ、負けられない。

確かに抜けた穴は大きくとも、現在の精神力は増していると言って良い。……100%に限りなく近い状態の烏野だと言って良いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「勝つぞ!! 青城――――! ファイッッ!!」

【オ゛オ゛ォォォォォっ!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いざ――決着の時。

 


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