王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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これからも頑張ります!

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第78話 青葉城西戦⑱

タイムアウト後の攻防。

 

烏野は士気こそは全く落ちていないと言っても良いが、それでも攻守共に超好成績である火神が抜けた穴はどうしても大きい。

 

更に青葉城西も慢心も容赦も一切せず 怒涛の攻めを見せた結果。

 

 

 

青葉城西が点を獲り返し、更にブレイクポイントで、これで同点にまで追いつかれ、現在 22-22の同点。

 

 

両チーム共に20点台へと突入していた。

 

 

ここから先、20点より先は、前半とは比べ物にならない程より一層厳しい戦いになるだろう。

体力だけでなく神経をもすり減らす戦いに。

 

加えて、客観的に見たら烏野は主力である火神ロスと言う大幅戦力ダウンと言う現状もあると言える。

 

烏野には 最後の最後まで魅せ続けた火神に対しても、烏野に対しても、惜しみない称賛と拍手を送る観客達だったのだが…………、内心では今回は運が悪かった。これで流れが変わる、逆転の流れだ、と全体の8割程が悲観していた。

 

事実、再開した後 淡々と青葉城西が点を獲り返している。同点にまで持ち込まれている。

それらの場面を見てしまえば、どうしても見ている側は脳裏に過ってしまうものだ。

 

 

【――今の、あの11番なら捕ってただろうな】

【――今の、あの11番なら決めていただろうな】

 

 

攻撃は勿論、守備でも何度も魅せ続けたが故に、そう思ってしまう。

 

だが、如何に凄い選手がいた所で、バレーは6人でするもの。

凄い選手が1人減っただけで崩壊してしまう程、烏野がレベルが低いとまでは思っている訳ではない。だが、相手が悪かったと言わざるを得ないのだ。

 

青葉城西高校。

 

レベルの高さは言わずもがな。県内トップクラスであり、王者 白鳥沢がいなければ間違いなく全国に駒を進めている筈のチーム。……そして、全国に通用するバレーとも思っている。

 

その強豪校・青葉城西は、相手の善し悪しや現状等関係ない。

 

火神がコートを去った直後は、思う所があった。及川を中心に、皆がそう思っていたが、試合再開の時には、開始の笛の音を聞いた時には、一切そういった類の思考は、脳内から削除している。

 

ただ、全力を尽くす、そして烏野に勝つ事だけを考えていた。

 

その為にいつも通りを、……自分達が出来る100%を出し続ける。

その安定した強さこそが、青葉城西の根底にある力であり、滅多な事では崩れない。

だからこそ、スコアから解る通り、火神や日向、影山を始め、烏野がどんなに凄いプレイを連発しても、総崩れになったり圧倒されたりはしていない。

 

その100%を出せる力を、及川と言う極めて天才に近しく分類される司令塔(セッター)が、捌いていく。

 

更に言えば 地盤の強さだけでなく 烏野の気迫の籠ったプレイに対して、相応の覚悟とプライドを持って青葉城西も望んでいると言う事でもある。

 

 

つまり 火神が残したもの(・・)は、決して烏野だけでは無かったと言う事だ。

 

 

それらも有り、烏野高校は どうにか同点を保っているのだが 傍目では 青葉城西有利なのは、揺るぎない。

 

 

 

―――が、それは勿論 外野の意見。

 

 

 

今中で戦っている烏野には、そして青葉城西側にとっても関係のない事だ。

同点に追いつかれてしまった烏野だが、それでも揺るぎはない。

駄目だった所を直ぐに修正し、次に必ず活かしてくる。

 

 

 

 

 

 

 

そんな攻防の最中、烏野のチャンスボール到来。

 

影山から託されたボールを田中は助走しながら、最後の瞬間まで じっと見ていた。

 

 

「(———ああ、不思議だ……、いつも以上にボールが見えてる気がする。アレだ。たまに見える光の筋。今見えてる。……それに、オレの背中、すげぇ熱ぃ……ものすげぇ熱ぃ!!)」

 

 

日向・影山に続いて、直接的に火神から託されたも同然の田中は、想像以上に冷静さが際立っている自分に驚きを感じていた。

そして、背中がいつも以上に熱く、まるで燃えているかの様に感じる。

 

田中が今、見えているのは ボールだけではない。

 

味方が見える。

勿論相手も見える。

いつもより周りの全てが、コート上の全てが見えている気がする。

 

 

 

それに火神が抜けた大きな大きな穴を埋める……などとは田中は端から思っていない。

 

 

 

自分が火神より劣っている事は、口には決して出さないものの、とうの昔にもう認めている

自分が火神の代わりを出来る訳がない。ならば、何が出来るだろうか。

 

決まっている。―――点を獲る事。1点でも多く獲る事。何なら ここから25点まで全部獲る。

 

背に伝わる熱をボールに。

全て、繋ぐ事が出来ている。繋がっている。

 

託された想いと共に、全てを繋ぐ事が出来てるのならば―――。

 

 

 

 

 

 

【今の俺――――無敵!】

 

 

 

 

 

 

田中の強烈なストレート打ちがコートに叩きつけられた。

 

田中が出来る事。何度でも言おう。それは 点を獲る事だ。

火神の様な超反射も無ければ、超が付く程器用なプレイも、超強力サーブも使えない。

出来るのは、ただ1つ。

 

 

 

―――自分に上がったボールは、託されたボールは全て獲る!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、田中さんッ!! ナイス! ッ、いっッ!」

「コラ! 動かない」

「っっ、す、すみません……!」

 

火神も思わず振り向いたが、その反動で少々足に響いた様子。

そして、もう何度目のやり取りになるか解らない、清水のじっとしてなさい。と言うやり取り。最初は 慈愛に満ち溢れていたのだが、もう何度目からかは、遠慮無用、と言う事で迫力抜群、有無を言わさない様になってきた。……なので、流石の火神も迷惑をかけ続けれない、と沈黙する。

 

でも、清水は本当に良かった、と思っていた。

 

今回の怪我は、誰のせいでもない。

疲れていようが、全力で。

そして その疲れを周囲に気付かせない、自分でも解らない程懸命にボールを追いかけ続ける者であるなら、きっと誰でも起こりえるものだと思うからだ。

納得しかねる事ではあるが、運が悪かったとしか言えない。

選手達も主将も監督もコーチも、そして 火神本人にだって責任は無い。

 

 

だからこそ、特に理不尽に感じている。

気持ちを、精神を押しつぶされる。

 

 

周りがそう思うのだから、火神も例外では無かった。

……だけど、皆がまだ戦っている最中だったからか、持ち前の気質があったからか、負けたくない、皆と勝ちたいと言う気持ちも出れない事以上に強かったからか、火神は声を出しては身体を揺らせ、痛みで顔を引きつらせ、世話のかかる清水の後輩、……期待を寄せていた後輩の姿になっていた。

 

 

コートを出た時の様な沈黙とはまるで違う種類のモノなのが本当に嬉しい。

これに関しては どんな励ましの言葉も 効かない代物だと思っていたから。

 

 

「――…私は試合に出れないし、正直 出来る事も多いとは言えない。……でも、信じる事は出来る。強く信じる事は。それに声を出す事も。……だから、皆を信じて声を出す事だけに集中してる。だから、火神は今は終わるまで我慢する事に集中して。処置(コレ)してる最中に試合が負けてた、なんて絶対にないから」

 

アイシング、そしてテーピング、手際よく処置をしてくれてる清水に火神はまだまだ強張っていた表情を和らぐ事が出来た。

そして、先ほどから感じていた痛みも和らいだ気がする。

 

「ありがとうございます……」

「ん。なら、全部終わるまでじっとしてて。試合の応援は菅原達に、皆に任せて。……あ、あともう1つ出来る事があったかな」

「え?」

 

清水は、テーピングをする手を一度止め、程よい高さになっている火神の頭を一撫でする。

 

「傍に居る事」

「っ………」

 

そう言われて、火神は思わず表情を隠す様に両手で顔を覆った。

自分がどういう表情をしているのか、そして何を言っていたのか、清水の一言で鮮明に思い出させられる。

 

 

「情けないトコ……、見せちゃってすみません……」

「……ふふ。良いの。火神は 皆よりも断然大人びてるから、ちょっと安心もしたのかもしれないね。……外に帰ってきて、ずっと出たかった筈なのに、納得するなんて難しい筈なのに、コートの外に出た時にはもう自分の事より皆を優先した。それでも皆の背中押して、戦える様に背を押した。皆もそれに応える様にコートに戻っていった」

 

 

清水は、テーピングをする手を再び動かして再開。

 

「情けなくなんかない。……もし、君が情けないって言うなら、きっと 頼ってた私達はもっともっと情けなくなる」

「そ、そんな……!」

「だから―――」

 

清水は、最後の一巻きを終えて、火神の目をしっかりと見つめて言った。

 

 

「皆を信じて、一緒に声を出そう」

「――――はい! 勿論です」

 

 

 

火神の返事を聞いて、ヨシ! と笑顔を見せる清水。

 

 

「いつでも、僕の肩で良ければ貸しますからね? 火神君」

「ッ! は、はい! ありがとうございます」

 

そして、頃合いを見計らって、清水以外にも傍で居た武田が声を掛けた。

 

処置が終わった後、試合がよく見えるベンチへと連れて行く為に。……勿論、清水とのやり取りに横やりを入れる様な事はしなかった。

火神は慌てて返事をし―――武田からは表情が見えない清水も、仄かに顔を赤く染めていた。

 

試合の熱が頬を紅潮させたのだ、と清水は人知れず、心の中で自分に言い訳をする。

 

 

 

声を掛けた武田にも思う所はあったが、言うべき言葉も探していた。

でも、それを自分より早く、気付き、言うべき言葉の全てを繋げた清水が言ってくれた。

 

 

火神の悔しい気持ちは、よく解る。出たい気持ちもよく解る。

怪我(コレ)は、どうしようもない。まさにそれらの【気持ち】だけでは決して超えられない壁なのだ。どんなに足掻いても足掻いても、頑張っても頑張っても、起きてしまった事は変えられないし、現時点では超えられない。

 

 

でも、その時に必要となる知識や理性、そして 考え方。―――それらの全てが未来()に通じる筈だ。

 

 

「火神君。言われるまでも無い、と思うかもしれませんが、言わせてください」

「……はい」

() この瞬間も(・・・・・)【バレーボール】です。……プレイ中もそう。君が居る。直ぐそこに居る。それだけで皆の力にきっとなる。そして、今も間違いなく皆の力になれている筈です。だから―――勝つ事を考えて下さい」

 

 

武田は、プレイ中の火神の姿を、そして 彼を中心とした皆のプレイ姿を目に浮かべた。

信じて、信じられてボールを繋ぐ姿を。

 

 

火神は、ぐっ……と身体に力がこもる。視線を下に向け、また零れそうになる涙を懸命に抑える。そして、清水を見た。足の処置は……? と聞こうとしたが、言葉を発するまでも無い、と言わんばかりに 清水は頷き、そして軽く足を摩った。

 

火神は、武田の手を取り、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

 

「わかりました」

 

 

 

しっかりと武田の目を見据えて返事を返す火神。

肩を借りて、そのまま ベンチ、烏養の居る場所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、シーソーゲームを繰り広げ、ローテーションが次々と周り、軈て日向が前衛へと上がってきた。

 

 

 

「(―――ああ、やっぱり凄くキてる(・・・)。この圧迫感、この存在感、その他モロモロも。……今も増していってるって言うんだから本当に驚きだ)」

 

 

及川は、上がってきた日向を見て呟く。

 

今、間違いなく いい感じに出来ている。

頭の片隅には、火神の事を思っている部分もあるが、そういうのも全てひっくるめるのが勝負と言うモノだ。そういう負い目は烏野からも一切伝わってこないので、及川も少なくとも試合中、この試合が終わるまで封印している。

 

そして、喉から手が出る程欲した連続得点(ブレイク)もする事が出来た。

 

烏野の気迫には目を見張るものがあるが、こちらも負けていない。たじろいだり、気圧されたり等は一切ない。正面から受け止めている。負けないだけの力も備わっている。

 

火神効果だろうか、全体のリズムも良いし、終盤戦だと言うのに、皆の動きもキレがこれまで以上とも思える程 残っている。

 

だと言うのに、明らかに目の色を変えていた男が……、1匹の獣(・・・・)がこのコートに入ってきた瞬間から、場の空気が変わった気がした。

 

後衛中は試合に出る事が出来ない故に、出れない事に対する欲求不満(フラストレーション)が溜まり続けていた事だろう。

 

そして、それに加えて背にはあの火神が居る。

 

あの男から託された想いと言うものが全方面に出ているかの様だ。

 

日向翔陽と言う男の目に宿る力、意思の力が これまでとはまるで違った。

 

 

 

 

「―――めいっぱい。もっと、もっと……!」

 

 

ここからは瞬き厳禁。

そんな攻防の中、日向は頻りに呟いていた。

 

 

 

 

【コートの横幅をめいっぱい使う! 練習してきただろ? 翔陽。……出来る! ブロックを置き去りにしてやれ! あ、勿論 ぶつからない様に注意な?】

 

 

 

コートの横幅をめいっぱい。

それは試合中、火神にも烏養にも、そして菅原にも言われた言葉。

前に飛び出す攻撃で、相手のブロックを誘う事は出来るだろう。……だが、横へ高速移動する攻撃。

まるでコートの端から端からまで高速で移動し、攻撃するスパイカーにブロッカーは付いてこられるだろうか。

 

あの空間を裂く様なワイド移動攻撃(ブロード)を。

 

そして 日向の超高速の動きに対し、ピンポイントでボールを合わせる影山を。

 

このバケモノコンビを。

 

 

 

「渡ッッ!!」

「――――ッッ!!」

 

 

 

ワイド移動攻撃に関しては、青葉城西側も対応策を考えている。

あの縦横無尽に動き回る日向の超高速に、ぴったりとついていけているブロッカーは居ない。ある程度予想をし、先回りをし、そうしなければ置き去りにされる。

 

ならば、無理に追いかけない事だ。

 

日向の超高速攻撃は、コースの打ち分けが現状出来ていない。

あの神業速攻時に目を瞑っているのと同じで、レシーバーの居ない所を狙ったりは出来ないのだ。

 

だからこそ、ブロックは無しで、フリーで打たせて取る戦法に切り替えた。

 

日向の本分は囮。

追いかければ追いかける程、周りのスパイカー達に目が眩んでしまう。結果、良い様に翻弄され、失点を重ねてしまうのだ。

 

日向と影山の攻撃に対し 咄嗟に判断し、切り替えた状況判断の良さは凄まじいの一言。

 

 

だが、その手段が完璧か? と言われれば やはり無理がある。

 

 

如何に渡が優秀なリベロだったとしても。

如何に守備力においても高いレベルに居る青葉城西であったとしても。

如何に日向の攻撃がまだまだ非力だったとしても。

 

 

ブロック無しで、スパイクを拾うと言うのは極めて困難なのだ。

 

それに加えて、日向はまだ力は無いに等しいし、レシーバーを吹っ飛ばすような威力がある訳でもないが、それでも全力フルスイングの一撃、その切れ味は 他のスパイカーと比較しても何ら遜色は無い。

至近距離から放たれる全力フルスイングの一撃を、そう何度も獲れる訳ではないのだ。

 

 

「くッッ、そっ!!!」

 

 

渡は、コースの位置取りは良かった。

 

だが、想定を上回る威力だった事、西谷や火神の様な超反応は流石に出来ない事、それらもあって、渡はボールを捕らえきる事が出来ず、そのまま弾き出されてしまった。

 

「「っしゃああああ!!」」

「日向ナイスキー!!」

「影山もナイス!!」

 

「翔陽! 飛雄!! ナイスっっ!! 」

 

盛り上がりを見せる烏野。

 

これで、互いに24-24。のデュース。

2点差をつけるまで延々と続くサドンデス。

 

 

「……調子を更に上げてる あの2人を長々とコートに居させる訳にはいかないよ」

 

一段と切れ味、終盤に来ても尚衰えるどころか、増していってる運動量を前に、及川は仲間たちに振り返ってそう伝える。

 

それは、全員が共通している想いだった。

他のメンバーを決して軽視している訳ではないが、あの火神が抜けた先に待ち構えているのが何か? と問われれば、どうしても 目が行ってしまうのが、火神と同級、あの1年の2人だ。

 

どれだけ強烈なスパイクを打つ東峰(エース)がいても、こんな場面でも見事 調子を上げている田中(WS)がいても、……この強烈で異彩な光を出してる2人に比べれば、囮と解っていても、どうしても目が眩んでしまう。

 

意識すまいとする事さえ、無意味、寧ろ逆効果。

思考の片隅に少しでも灯れば、それは狂気の光となって辺りを光で染め上げる。

 

 

「1秒でも早く後衛に回す!」

「おう! んでもって、そっちに気ぃ回しすぎんのも駄目。他も要注意だ。あっちのボーズ頭のストレート、さっきの切れ味やべぇぞ。何とかブロックでコース絞るから、ディグ頼む」

「よし! 国見ちゃん。……イけるね?」

「ハイ。大丈夫です」

 

 

 

 

ここからの点の取り合いはまさに我慢比べだ。

 

 

 

点を重ねながら、早く厄介な男を後ろへと下げたい青葉城西。

今出来うる事、現在間違いなく攻撃力最強のこのローテで、勢いで持っていきたい烏野。

 

 

スパイク、ブロック、レシーブ、短いスパンで何度も何度も繰り返す一連の流れ。苦しくなるにつれて思考は鈍っていくものだ。苦しくなれば、何処かで楽をしてくなると言うモノ。

例えばブロックや囮は、一番サボり易い場所だともいえるだろう。

スパイクも例外ではない。

他の面子に任せたい、と思う気持ちが欠片でもあれば、もしも自分に上がった時の攻撃力が確実に削がれるし、上がらなかったとしても、それは囮の効果は無い。いち早く攻撃の手から除外されてしまうだろう。

 

どちらが先に根を上げるか、それが大きな大きな勝負の分かれ目―――だと言えるが。

 

 

 

「ボール全然落ちないな~……、それにあの小さい子、あっちこっち飛んで凄いな~~……」

「うん……。正直、あの11番の子が怪我しちゃって、その……雰囲気とか悪くなって、ミスを、って思ってたんだけど、全然そんな事無いね。皆、本当に凄いよ」

 

 

青葉城西を(及川を)応援していた女性陣達も、烏野の粘りを 火神のあの展開を見て 次第にどちらも応援、どちらにも拍手を送る様になっていた。

 

「うん。あの11番…… 火神って言うんだけど、彼はまだ1年生だからね。後輩に心配された日には上級生組は勿論だけど、他全員も やるしかない! って一致団結は出来てると思うよ」

「「ええ!!」」

 

嶋田が火神について教えた時、女性陣は思わず驚きの声を上げていた。

色々と活躍しているし、それにリーダーシップ? みたいなのも時折見せていた気もする。

番号が後ろの方だから、チームのキャプテンではない(及川が青葉城西のキャプテンだし)とは解っていたのだが、まさか1年とは思ってなかった。

日向には申し訳ないが、幾ら凄くても体格的に10番の日向が1年だと言うのは解るが……。

 

「はぁ……、凄いですね……」

「あの子1年なんだ……(ちょっと、いや 結構……、いやいや すっごい かっこいいと思ってたんだけど、歳下だったんだなー。ちょっぴり複雑)」

 

若干1名、及川ファンなのに目移りしている様だが、そう言った感性までは 当然嶋田も感じ取るなんて不可能なので、続けて説明する。

 

「うん。本当に凄いと思う。間違いなく今後注目される選手の1人だ。1年、2年先も楽しみってものだよ。……それに、中に残ってる選手達も当然凄い。―――何て言ったって、バレーは とにかく ジャンプ(・・・・)連発するスポーツだから、重力との戦いでもあると思うんだ。囮で、ブロックで、スパイクで、跳ぶ。レシーブだって横っ飛びだけど ボールに飛び付くから ある意味そう。……息ついてる暇も隙も無い。回数を重ねる毎に増し増しで蓄積していく。それでも、アレだけのプレイが出来てるんだ。……青城も、烏野も凄い」

「ああ。……長いラリーが続いた時、酸欠になった頭でよく思ってたよ。【ボールよ早く落ちろ】【願わくば、相手のコートに】って」

 

 

 

 

 

「持ってこぉぉぉい!!!」

 

「止める!! 何度でも止めるよ!!!」

 

 

 

 

 

嘗ての自分達のプレイ姿と今眼前で戦ってる彼らのプレイ姿を重ねると―――明確に違う面がはっきりと浮かび上がってきた。心底感心し、それでいて思わず畏怖もする。

 

 

「……アイツらの頭の中には【絶対に決めてやる】【絶対止めてやる】以外は無さそうだけどな」

 

 

誰の頭の中にも一切後ろ向きな気持ちなど無い。

 

無念にコートを去る結果になった、男の背中を見ているから。

それは 敵味方問わずに共感させられたから。

 

そんな男が見ている前で、まだ動ける、出来る身体で、体力より先に精神力が尽きてたまるか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【翔陽の1番の武器…………、勿論 跳躍力(ジャンプ)もあるから悩む所なんだけど……、オレは やっぱりここ1番に魅せられるスピード、かなぁ。総合すれば囮ってヤツになるか。二番目に跳躍力(ジャンプ)? いや、同率?? うーん、実に接戦だ。実に贅沢な2つだよ、まったく】

 

 

日向は酸欠に成りそうな頭の中で、本来なら何か別の事など……、この攻撃を考える以外は何も入る余地も無い筈なのに、火神の言葉が過っていた。

 

 

それは、自分の武器について、聞いてみた時の話だ。

 

 

 

【目の前で凄いスピードを見せられたら当然ブロッカーは追いかけたくなるじゃん? ブロックで止めてやろうと思えば、当然 相手を追いかけなきゃいけない。結果、ブロッカーたちを振り回す事に繋がる。影山が上手く捌いて 他の攻撃が凄く活きてくる。んでも、翔陽の攻撃だって絶対無視出来ない。仮に今回のは囮だ、って思われたのなら、じゃあ、打つね? って切替も後々出来そうだし、その辺も影山ならバッチリ合わせてくると思うからな。―――自分で言っててなんだけど……、翔陽とネット挟んでブロック側に立った時は、やっぱ、ものスゲーーしんどそうだ……】

 

 

火神が自分の事を楽しそうに、それでいて、しんどいと口にはしていても 何処か羨ましそうにも言っていた時の事も日向は思い出す。

 

 

でも それ以上に日向は火神が羨ましかったんだ。

 

正直、火神に対し 日向は嫉妬しない事の方が少なかったと言えるかもしれない。

 

 

自分より背が高い事もそうだが、それ以上に 同じ中学で、同じ環境だった筈、大体一緒に居た記憶があるから 練習の量だって然程変わらない筈。

 

なのに、自分より遥かに上手い。

 

中学時代に支えて貰った事もそうだが、現時点での高校ででもそう。

比べる事さえ烏滸がましいと思ってしまう程に。

影山や月島に何度か日向と火神のレベルの違いを言われて、一蹴もされ続けてきたが、それは日向が誰よりも解っている事だ。

 

追いつきたくて、頑張ってきたつもり―――だったが、走っても走っても背がずっと霞んで見えている気がしていた。

 

 

それでも、今は違う。

 

 

霞んで見えていたのは、自分がそう思い込んでいただけだった。

 

火神はずっと先になんか行ってない。……それこそ ずっと傍に居るのに、日向は勝手に思い込んでいただけだったんだ。

それが、今日解った。……火神に託されたあの時から、【独り立ち】と言う言葉を使った瞬間から。

 

 

そして今は火神(理想像)を追うのではない。

ただ、自分の出来る事を最大限に発揮し続けるだけだ。

 

 

今、コートに立つ事が出来ない火神。

その想いも背に、出来る事を自分がやる。―――全ては点にまで繋ぐ為に。

 

 

「(身体は疲れてると思う。だから ほんの一瞬でも、スピードを緩めれば、致命的な遅れになる。オレの身長だとほんの少しジャンプの力を抜けば、高い壁に一瞬で叩き落される。………身体が疲れてる?? …………それがどうした!!)」

 

 

コートの幅をめいいっぱい使うこの時、高速で流れる日向の視界の中に、視界の端に火神が映った。

 

「(今、出れない誠也の気持ちを考えたら、こんなの どおって事ない! 早く走れ! 早く走れ!! 走り続けろ!! 跳べ! 跳べ!! それがオレの1番と2番……オレの贅沢な(・・・)武器だ!!)」

 

 

口を大きく開け、鬼気迫る表情でコートを駆け抜ける日向。

その凄まじい気迫は、あの火神を上回る迫力があった。いや―――火神の方ばかり見過ぎていて、この日向と言う男の事を、その姿を確実に見る事が出来なかった、出来てなかったのかもしれない。

 

後、1歩、後1歩が欲しい時の日向の勢いに目を奪われる。

 

 

「ッ!! フリーでこれ以上打たしてッ、たまるかぁッッ!!」

「うおおおお!!!」

 

 

強い気迫には、それをも超える気迫で迎え撃つ。

強い力には相応の力で押し返す。

 

 

この時の青葉城西側は決して間違ってはいない。

 

 

日向のワイド移動(ブロード)攻撃をフリーで打たすと言う策は、言わば付け焼刃だ。

どれだけ優秀なリベロが居たとしても、スパイク攻撃をブロック無しで100%取り続ける事は 殆ど不可能だ。

それに、そもそも他にも重要な狙い目もあった。

 

あの移動攻撃(ブロード)を見事上げてのけて、そのカウンターで沈める。

最速にして最強の攻撃の1つでもあるあの攻撃を完膚なきまでに叩き潰す。

ブロックで止めるだけでなく、敢えて打たせてからレシーブで上げて獲り返す。

 

早く動いても取られる。普通の攻撃も止められる。……ならば、どうすれば良い? と言う感じで、少なからず動揺があり、精神的なダメージも狙っていたのだ。

 

それにどちらかと言えば、第1セット目の影山の時の様に、日向もまだ組み易し、とも思えたのだろう。

……だが。

 

 

【一本!! 一本決めろ!!】

 

 

烏野のベンチにて、大きく声を張り上げている男の存在が、今も間違いなくコートの中の全員を支えている男の存在が、それを許さなかった。

 

今の烏野が精神面が削られる等、あり得なかった。

 

 

コートの外に居ても存在感が薄れない火神(バケモノ)

目の前の日向(バケモノ)

それらを巧みに、精密に 操ってのける影山(バケモノ)

そして、バケモノ達に置いて行かれない様に、無尽蔵とも思える程に動き続けるカラスたち。

 

 

全部倒さなければ、先には進めない。―――白鳥沢を……、そして 全国へ進めない!

 

 

そう強い想いを胸に、日向へと飛び付いたのだ。

 

 

だが、烏野には火神と同じく、天才であり、バケモノが居る。

どれだけ疲れていても、決して怯まず冷静。第1セット目のプレイがまるで嘘のよう。

 

 

「――――! コートの横幅、めいっぱい―――の、後ろ」

 

 

完璧にバケモノ達に翻弄された青葉城西。

目が眩み過ぎた。あまりにも強過ぎる光に目を奪われてしまった。

 

バケモノ達を使って、相手を揺さぶり、スパイカー達に道を切り開く影山。

 

影山が切り開いた道、眼前で強く輝き続ける光の後ろから、一際大きく見える東峰(カラス)が飛び出してきたのだ。

 

 

「―――クソっ!! (ここで 中央突破(バックアタック)かよ!?)」

 

 

 

そして、目を晦ました後、その影から大きなカラスが飛び出してきたのを視認した時にはもう既に遅い。

 

残ったブロッカーの1人である及川が飛び付いたが、ブロック1枚しかいない現状ではあまりにも分が悪すぎる。

東峰のパワーもそれに加わってまさに最悪だ。

 

 

「東峰さん!! ブロック1枚!!」

「いけーー!!」

「アサヒ!!」

 

 

 

「おおおおッッ!!」

 

 

仲間たちの想いを胸に、渾身の一撃を打ち放つ東峰。

ズドンッ!! と、及川の腕に当たって、威力を多少は落とした筈なのに、まるで勢いが落ちる事なく、そのままコートに叩きつけられた。

 

 

【パイプ!! 貫通っっ!!】

【ナァイスキィーーー!!!!】

「日向が打つと思っちゃったよ……」

 

「ナイスキー!!」

「東峰さんナイスキー!! 翔陽! 飛雄ナイス!!」

 

 

見事に決めて見せた東峰、そして 日向。

だが、それでも半歩前に出ただけに過ぎない。……デュースはまだ続くのだ。

 

そう―――2点差をつけるまで。

 

 

 

「くっそ……!!」

「スマン! 完全につられたっ………!」

 

 

岩泉、松川も肩で息をしながら、完全に囮につられたことを自覚していた。

あの刹那の一瞬、日向をより大きく感じたのは決して気のせいなんかじゃない。

 

 

 

「(――パイプが頃合いだと頭ではわかっていた。……なのに、今日向に上げそうになった。トスを持っていかれる(・・・・・・・)ところだった)」

 

 

影山は、大きく息を吸い込み、深呼吸して頭を冷やすと日向を見た。

体格的な話にはなるが、東峰の影に今は隠れてしまっている日向を見て、より強く思う。

 

あの瞬間、コート上の誰よりも存在感を発揮したのは、日向だと。

 

 

「(技量は火神(あいつ)の半分でも持て……って言ったが、日向(こいつ)は、やっぱり…………)」

 

 

火神の技術の半分、寧ろ4分の1でも身につけろ、と毒を吐いた影山だったが、今この瞬間は、火神よりも日向の方が恐ろしくも感じられた。

 

身体能力もそうだが、それ以上に小さな身体から考えられない様な存在感のデカさに。

 

敵を欺く為のセットをするのがセッター……だが、あの一瞬、日向のあまりにも大きすぎる存在感が故に、その綺麗に回っている筈だった歯車が、一瞬狂いかけたのを影山は自覚している。

 

火神が居る時、本当は気付かなかったのではないか? とも思う。

いや、居なくなったからこそ、真の意味で開花したのではないだろうか? と思い直した。

 

 

―――真・最強の囮へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オーケーオーケー! 反省はしっかりしつつ切り替え! 次でチビちゃんは後衛に下がるんだから! 気張って獲り返しにいくよ!」

「ああ!」

「たりめーだ!!」

 

 

 

あの東峰の一撃を、日向の囮の怖さを自覚しても尚、青葉城西は揺らぐ事は無い。

あと1点で負け? 考えない。……一切考えない。

 

ただ、点を獲り返す事だけを考えている。

 

 

「いぐぞぉぉぉ!!」

「田中さん! ナイッサー!!」

「ナイッサー!!」

 

 

田中のサーブで烏野の追い打ちが始まる……と思う勢い、雰囲気ではあるが。

 

「国見!」

「オーライ!」

 

 

青葉城西の隠し玉の1つを、今、この場面で切られた。

 

サーブレシーブをしたのは国見。

 

Aパスで及川に返球する事が出来ており、此処から及川は、WSの岩泉か、或いはMBの金田一を使っての速攻か、と攻撃の手をかなり多く選べる。

無論、及川のツーにも警戒しなければならない。

 

対する烏野の前衛は東峰、澤村、日向。

 

ブロックは 長身の月島や技術の影山、火神には正直及ばないと思うが、それでも絶対にタダでは通さない、と誰もが気合を入れる。

 

 

そんな場面。

数ある選択肢の中、及川が選んだ手は。

 

 

「国見ちゃん!!」

「ッッシ!!!」

 

 

今日初めて見せる、それでいて レシーブを取った選手である国見のバックアタックだった。

岩泉ほど威力は無く、松川ほど打点も無いが、見事なコースを打ち込んだ。エンドラインギリギリの位置。

西谷が警戒していたと言うのに、アウトかセーフか、本当にギリギリの位置を突かれた。

 

 

「ナイスキー! 国見!!」

「ナーイス!!」

「ナイス!」

「っしゃあ!」

 

 

「いいぞいいぞ! アキラ!!」

「押せ押せアキラ!!」

「もう1本!!」

 

 

見事に決めてのけた国見、そして、当然青葉城西の全員が集まる。

その姿を、影山は目に焼き付けていた。

 

国見は、中学時代の3年間一緒のチームだった。……だが、試合中に、必死にボールを追ったり、レシーブ直後だと言うのに、バックアタックに走ったり。……更にそれを決めて、あんな風に声を張り上げて笑顔を見せたりするのは―――正直記憶になかった。見つからない。

 

そんな時だ。

 

 

「どんまいどんまい!! 今のは仕方ない!! 切り替えて行こう!! 次! 強いサーブくるぞ!!」

 

 

国見を見て、色々と考え込んでしまっていた影山だったが、外から響いてくる火神の声で、我に返った。

 

そして、何故忘れていたのか解らないが、1つ思い出す事が出来た。

 

 

そう、国見の事だ。

唯一、必死だった試合。

少なくとも、影山にはそう見えた試合。

 

 

 

影山は、正直あの(・・)試合は 他の事に目がいきがちだったから、そこまではっきりと周囲を見れていた訳ではない。

 

だが、間違いない。

 

あの試合……、雪ヶ丘との試合の時、国見は 確かあんな風に必死だった気がする。

勿論、今みたいな笑顔を見せたり、でかい声を上げたりはしていなかったと思うが……、それでもボールを追いかける時は、必死だった。

 

 

「(影響(・・)を受けてんのは、及川さんだけじゃねぇ……って事か。……当然だ!)」

 

 

国見の実力の高さは中学時代でもよく知っている。

そして、実力が高い癖に、手を抜いてる様にいつも見えて 何度も苛立った事もある。

 

そんな男が―――この試合終盤で、一番の攻撃をしてきた。

 

 

 

 

「絶対取り返す!!! 影山!! 取り返すぞ!!」

「――――おう。たりめーだ!」

 

 

 

火神の声で我に返り、そして日向の声で 集中し直した影山。

互いに手を叩き合い、次のサーブに備える。―――そう、及川のサーブに。

 

 

及川は、サーブに行く前に岩泉に声を掛けていた。

 

 

 

 

「―――なんか不思議だよ、岩ちゃん。オレ、今 すげー落ち着いてる」

「あ? それって別に普通じゃねぇの? 主将だろお前。つーか、この場面で 慌ててたら ぶん殴ってる所だ」

「そのとーりだとは思うけど、やっぱヒドいな!?」

 

 

及川は、いつも通りの岩泉の暴言をいつも通り言い返して、いつも通り……ボールを受け取って定位置に向かう。

 

この場面は正直まだまだピンチ。

同点に戻す事は出来たが、それでも。

 

「「「ナイッサー!」」」

 

味方の声もしっかり聞こえる。

 

周りもしっかり見えている。……今は見なくても良い筈なのに、やっぱり烏野で一番警戒しているからなのだろうか、ベンチに居る火神の事さえも見えている。外に居ても実に的確な声を掛け続けている。

 

 

尊敬に値する1年だと及川は思っていた。

後輩に此処まで尊敬の念を覚えるのは初めてだ。

 

 

でも、火神誠也と言う男は 大学生でも社会人でも、ましてや宇宙人でもない。

それに、超能力を使う訳でも空を飛ぶ訳でも時間を止める訳でもない。

 

自分に出来る事。自分の身体で出来る事。

自分が積み重ね、練り続けてきた技術を発揮する事。

 

ただ、それだけだ。―――それを100%常に行っているだけだ。

 

十分凄い事ではある。理想像だとも思う。……でも、及川も積み重ね、練り上げてきたものがある。

 

幼い頃から見てきたバレーの試合。

 

強烈なサーブ、何本も決めるノータッチエース。

憧れた選手を目に焼き付け、幼少期よりボールを触り続けた。

そして―――今日まで積み重ねてきた。

 

 

 

「一本で切るぞ!!」

「うス!」

 

 

 

火神が居なくなって、レシーブの陣形は3人から2人へと変更している。

当然、護るのは澤村と西谷の2人だ。

 

 

――火神が居なくなった途端、守備力がザルになりました。

 

 

なんて、言わせる訳にはいかない。

 

 

「(オレに来いオレに来いオレに来い!!)」

「(全部、捕る!!)」

 

 

相手は及川。

火神や影山を上回るスパイクサーブを放つビッグサーバー。

場面はピンチだが、これ以上ない程の闘志がわき出てくる。

 

 

だが……、身構え過ぎていた(・・・・・・・・)

 

 

 

及川渾身のサーブ!

それは、今日一番ともいえるかもしれない威力―――だったのだが、そのボールはネットの白帯に当たる。

 

「アリャッ!!?」

 

それは及川自身も驚いていた。

今日一番、良い感じだと打つ瞬間まで思っていたから。

 

そう、今日一 渾身のサーブ。

 

それが白帯に阻まれる訳が無かった。

勢いがあるので、ボールは跳ね返る事なく 白帯を捲らせ、烏野のコートに落ちる。

 

 

「ネットイン!!!」

 

 

外で見ていた火神が一番先に叫ぶが……。守備の2人だけでなく、他のメンバーも及川の強打を意識し過ぎてしまってか、やや下がり気味になっていて、ネットインでほぼ真下に落ちるボールに届かなかった。

 

 

「くッッ、そッッ!!」

「ぶべっ!!」

 

 

日向、影山が飛び付いたが、惜しくもボール1つ分、たったボール1つ分の距離が足らなかった。

 

 

【ネットイン!!!】

【よっしゃあああ!!! ラッキィィィィ!!!】

 

 

青葉城西が更に一歩前へと出る。

王手(マッチポイント)だ。

 

「くぅ……、ここでネットインかよ。及川のサーブはどうしても身構えちまうんだよな……」

「11番が怪我で出ちゃった事もそうだけど、やっぱ【運】も青城よりだよ……」

 

思わずそう呟いてしまうのも無理はない。

このタイミングでまさかのネットイン。狙って打てる訳がないし、丁度 日向・影山が届かない位置に落ちた事もそうだ。

 

流れは完全に青葉城西。

 

 

 

【―――関係、無い!!】

 

 

だが、それを払拭する様に、西谷が今度こそ及川のサーブを上げ、影山が日向の囮を存分に使い、最後に東峰が強打スパイクで点を獲り返して同点へと戻した。

 

この場面でサービスエースを取られた動揺が一切見受けられなかった。

 

「流石。……でも、これでチビちゃんは後衛に下がった」

「ああ。こっからだ。ここからのローテ、一気に決める」

 

及川と岩泉が示し合わせたかの様にそれぞれがそう口にし、そして頷き合う。

他の皆も同様だ。

 

 

 

だが――、今度は烏野側が隠し玉を切る事になる。

 

 

 

 

「うぅ……、ここは大事だぞー、日向ー! でも、日向のサーブか……、今のアイツはスゲー頑張ってるのが観客席(こっから)でも解るんだけど、サーブだけはいきなり強くなんかなれっこないからなぁぁ――――。でも、頼むぞーー! 入れてくれよーー!」

 

両手を合わせて拝む嶋田。

 

「……オイ、嶋田。アレ見ろ……」

 

滝ノ上は、違った。

目をしっかり見開き―――烏野のベンチの方を見ていた。

 

嶋田が目を開くのとほぼ同時に、笛の音が響き渡る。

 

 

 

サイドラインに立っている男が目に入る。

恐らく烏野高校バレー部で一番面識のある男だ。遠目からでも解らない訳がない。目に入った瞬間理解した。

 

10番カードを掲げている。……10番とは日向の番号。これからサーブを打つ日向とチェンジ―――。

 

 

「っっ!? た、忠が、ここでピンチサーバー!??」

 

 

ピンチサーバー、山口 忠。

29—29の場面でコート内へと足を踏み入れたのだった。

 




この話で終わらせたかったのですが……、もう1話続きそうです。苦笑

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