中学3年で正式な部になって、人数も揃って、初めて出場した念願の公式戦。
中学の――最初で最後の公式戦が今 終わりを告げた。
第1セット 25-23。
第2セット 25-19。
初出場のチームと優勝候補のチームの点差ではないと客観的には思う。
いや、それどころか出来すぎだとすら思う。
皆が持ちうる力を最大限に発揮した。出来ることのすべてを出した。
バレー経験の無い選手も、別の運動部で培った技術(主に足技)でチームに貢献してくれた。時にはファインプレイさえ出た。
本当によくやったと思う。自分でも誇るべきだとも思う。
だが…… ズキリ、と身体の芯に響くものがあった。
【――……痛いな】
負ける痛み、悔しさ、辛さ それらは慣れる事はないし、慣れたくはない。
いつだって悔しいし、いつだって痛い。
あの時、あの場面で、あの一瞬をもっともっと追えていたら。もっと一歩前に進めていれば、まだ違ったかもしれない。
――たら、れば にはなるが、何度でも言える。尽きる事がない。 みっともなくても、男らしくないと言われても、どうしても思ってしまう。
悔いが少しも残らない様な負けは、自分自身もまだ経験していないから。いつだって残るものだったから。
そして、きっと誰よりも思い入れが強く、勝利に対する飢えが強かったのは日向だ。
これは初めての敗北の経験。
故にその辛さや苦しさ、悔しさは人一倍あるだろう。
「ッ……、ッ……」
立ち尽くすキャプテンの日向。
スコアボードを何度見ても、その点が変わることはない。
部員不足で部活動から愛好会へ、実質つぶれていたも同然の雪ヶ丘バレー部を復活させた男でもあるからこそ、思い入れが強く、そして勝ちたかった。皆と一緒に勝ちたかったんだ。
日向に なかなか声を掛ける事が出来なかったのは、直ぐそばにいた泉と関向。
彼らは、今日のぶっつけ本番でバレーに参加してくれた急ごしらえの助っ人。本来の部ではなく、人数合わせのつもりで来てくれた。
だが、それでも……思う所はあるのだろう。目元が薄っすらと滲んでいた。
無理と言われていたが、それでも勝ちたかった。
そう言っている様にも見えた。
「……さぁ、皆 整列だ。ほら 翔陽も」
唯一、遥か遠い昔に、もう戻る事の出来ない場所にて経験を重ねている火神が、声を掛けていた。自分が支えなくてどうする、とも思っていた。
火神自身も痛い。そして日向の胸中も十二分に理解しているし、自分自身で自問自答を何度も頭の中で繰り返し行っているのだから。
だが、締めなくてはならない所はある。礼に始まり、礼に終わるのがスポーツなのだから。
立ち尽くす日向の肩に手を置き、そのまま連れて行こうとした時だ。
「お前は何で……。何でそんなとこにいるんだ!?」
ネットを挟んだ先。
この先も試合が待っている。長くコートに立つ者。
勝者と敗者で分かたれたコートの勝者側にいる北川第一の影山が声を掛けてきた。
見てみると、北川第一のメンバーたちも、まだ整列していない。肩で息をする者も多かった。彼らだって、決して余裕があったわけじゃないのだろう。
「高い身体能力に高いバレーのスキル、それにチームを纏めるリーダーの資質、お前みたいなヤツが何で!?」
「なんで、って何だ?」
敗者側の火神が影山の目を見て答えた。日向は、一瞬だけ身体を震わせたが、ただただ黙っていた。
「俺が……俺はお前に……くそっ」
影山は何度も何度も言葉をつまらせた後に、塞き止められていたものが決壊し、全て流れ出るかのように出てきた。
「お前は、こんな場所で終わるヤツじゃないだろうが。それは、その力は絶対にもっと上に、全国にだって通じる! お前はそれだけのモノを持ってる! 足りないのは、チームだけだ! 何でお前みたいなヤツがそんな所でバレーをしてんだ、って聞いてるんだよ!」
「ッ、なんだと!!!」
「っ、や、やめとけ」
火神よりも先に、関向が声を荒げた。
及ばなかったのは解るし、素人だからしようがないのもわかる。でも、日向や火神がどれだけ頑張ってこの中学でバレーをしていたかも知っているのだ。
それは雪ヶ丘を貶されたも同然な物言いだった、素人でも全力で、手を抜かず、最後まで戦いきったと言える。クサイ台詞だと言われようとも、雪ヶ丘は 間違っても
そう思ったからこそ、関向が思わず声を荒げるのも無理はなかった。
それに 止めるには止めた泉だが……、同じ気持ちだったようで胸中穏やかではない。ただ、負けてしまった事実は変えられないので、ただ歯をくいしばるだけだった。
畑違いのスポーツであるバレーなのに……、正式な部員ではなく臨時助っ人なのに。
兎に角、悔しかった。――――もしかしたら 本職でもあったバスケの試合で負けたその時よりも……。
「…………………」
そんな中で、火神だけは表情を変えたりせず、ただただ影山を見ていた。
正直、少し意外だと思っていたのだ。
何故なら、影山の口から
影山は、火神が知る範囲ではあるが、北川第一において、独裁者で自己中で横暴な王様で、最高にぶっ倒したい相手、というのが中学の彼の周囲の評価だった筈。
少なくとも、今の言い方は正直最悪。
傍から見れば無名校vs優勝候補の試合であり、肩慣らしの初戦と思われてても不思議では無かった一戦が、2-0のストレートとはいえ、まさかの好ゲームになったからとはいえ、ここまで面向かってはっきり言うか? と。
バレーはチームプレイだ。1人が上手くたって意味はない。
正直、影山は敗者に鞭を打ち過ぎだと思う。
その言い方から、影山のあの王様という異名が既に片鱗を見せている、と初対面である他の皆にも思った事だろう。
「(その影山からチーム………か)」
その男の口から出た言葉、チーム。
やっぱり、仲間という言葉が出たことに意外だった。
「……選手はソリストではなく、オーケストラの一員。一人でも【自分は特別だ】と思ってしまったら、もう駄目、か。……成る程。もう、当て嵌まらなくなったりしてるのかも、な」
「……ッ、何だって?」
火神の言葉を最後まで聞けなかったのだろう。影山は、詰め寄る様に ネットに手を伸ばすが、勝者と敗者の仕切りまでは超えてはこなかった。
「ここにいる理由。俺は こいつらとバレーがやりたかった。だから、ここにいる。……それだけの事だろ? ――あとは」
火神は一呼吸置いたのちに、再び口を開いた。
「影山。お前に一泡吹かせてやりたかったから、かもしれないな。こっちにいなきゃ ここで、今日お前たちと当たらなかったかもしれない」
影山に笑顔まで見せる火神。
「ッ…… なに、言ってやがるんだ。勝ち続けていけば どこかで絶対当たってた筈だろうが。俺は、絶対に勝ってコートに残り続けるんだからな! もっと強ぇ
その顔を見て、まだまだ言ってやりたい気分だった。
何せ、この火神と言う男……、たった1試合しかしてない。2セットしかしていない。一緒に練習なんて当たり前だがした事が無い。
それでも、はっきりと解った。
感じられた。
この男は、
それは、まさしく自分の理想像だった。
時折影山は思う事がある。
【全てのプレイを自分にやらせろ、と。……勝ちたいのなら】
理想に限りなく近い男が火神。
仲間たちをひっぱりつつ……自身も最高のパフォーマンスを出している。
まだまだ言い足りない部分はあったが、影山は それ以上は もう何も言えなかったし、火神も何も言わなかった。
その代わりに、矛先が向いたのは 黙ったままの日向にだった。
日向の身体能力、総合力も一線を遥かに超えたものだと影山は思っていた。
だが、肝心のバレーの技術は殆ど無かった。
チームキャプテンを冠しているというのに。
そのチームには火神がいるのに対しても苛立ちが強くあった。
【火神の様な男がいるのに、日向はいったい何をしていたんだ? もっと足を引っ張らない様に出来なかったのか?】と。
これでも、少々オブラートに包んだが、実際はさらに酷い。
殆ど暴言に近かった。やっぱり影山の性格の悪さが窺える。だけど、それでも何処か必死な形相だったのは日向も覚えていた。
でも、日向は 関向の様に 反論も何もない。
ただただ立ち尽くしていて、何も言い返せなかった。
その時考えている事、思ってる事はただ1つだけ。
――――自分が、あまりにも情けない。とだけ感じていたのである。
その後、整列が遅いと主審から チームから注意を受けて、何とか整列することは出来た。
止まっていた日向も、皆に支えられ どうにか引っ張っていく事が出来た。
雪ヶ丘中の獲得セット数0。
試合時間はたった1時間程。
濃密な時間だと思っていたのに、終わってしまえば本当に短い時間だったと、整列の間 皆がそれぞれ感じていた。
公式戦が終わり外に出てみると、もう日が傾き、空は茜色に染まっていた。
「負けたら、もうコートには立てないんだな」
「そうだな」
「それは、相手が強くても、弱くても――それは 変わらないんだよな」
「ああ。……強い方が勝つんじゃない。勝った方が強いんだから。引き分けが無い以上、コートには勝ったヤツしか残れない」
「………」
日向は、茜色に染まる空を見上げて、呟き続けていた。火神はそれに付き合う。色々あったが、共にバレーをした大切な仲間なのだから。もちろん、1年生たちも、そして 何より 今日来てくれた2人のこともそうだ。
「今日はありがとな2人とも。ほら、1年の皆もお礼、頼むよ。この2人がいなかったら、試合もできなかったんだ」
「「「っ、ありがとうございましたーーー!!!」」」
「いやいや よせって。て、照れるだろ? でも、最高に熱かった。俺こそありがとな。ひょっとしたら、サッカーの引退試合より燃えたかもしれないぜ」
「あははは。そうだね。俺もおんなじかな。たった一回で、ここまで熱くなれた事も、……悔しかった事も 今まで無かったからさ。悔しかったけど、それでも あの相手に、優勝候補相手に、あそこまで出来た事はちょっと嬉しかったりもするよ」
火神達がそれぞれ礼を言い合っている時、だった。
「お前が!!!」
突然、大きな日向の声が響いてきたのは。
思わず振り返ってみると、市立体育館入り口の階段下に 日向はいた。―――そこには 北川第一の影山の姿があった。
「お前がコートに君臨する【王様】なんだったら、俺が、いつか絶対に倒してやる!! おれが、コートに一番長く立ってやる……! もう、あんな風には絶対言わせない!! 俺だって、俺だって強くなってやる!!!」
涙を流しながら宣言する日向。それを正面から影山は受け止めた。
「………コートに残れるのは勝ったヤツだけだ。例え……強くても、勝たなきゃ残れない。勝ち残りたかったら、強くなるしかないんだ。……強くなってみろよ。弱いってこれ以上言われたくなきゃ、強くなってみろ」
日向も、或いは影山も 頭が冷えたのだろう。先ほどのコートでの影山の罵倒、そして 日向の沈黙も無かった。
日向は これから強くなる。この敗戦を糧に 必ず。火神はそれを知っているから、何も心配はしてなかった。このまま、折れるような男じゃない、と。
「おい」
「ん……?」
次に、影山が視線を向けたのは火神だ。
「お前、名前は?」
やはり、影山は目つきが悪い。普通にしてるだけなのだろうが、それでも普通に睨まれてるような気分になるかもしれない。
そして よくよく考えてみれば 火神は知っているのに影山は知らなかったな、と思い出して 答えた。
「火神誠也だ」
「…………」
影山は、名を聞いた後は じっ……と火神の顔を見ていた。
何秒か見た後、身体を翻し、背を見せる。
「火神……俺はまだ、お前には及んでない。―――試合には勝った。だが、お前はオレより上に居る。…………でも いつか、絶対お前を超えてやる。お前より凄く、強い選手になってやる」
「それは光栄だ。なら俺からも返事を返そう。俺が……じゃなく 俺たちが」
火神は大きく息を吸い込んで言葉を溜めに溜めて、吐き出す。
「またお前にバレーで ぎゃふん、って言わせてやるよ。何度も、何度でも」
「ぎゃふん なんて言ってねぇ!」
全ての試合が終わり、選手も見に来ていた観客も散り散りに帰っていく。
その人たちが口々に出すのは今日一番の試合【北川第一と雪ヶ丘】だった。
勿論、烏野のメンバーも同じ。
「今日はほんと、驚きの連続だったなぁ。いや 見に来てよかった」
「一回戦から これとか。どんだけレベル高いの? って感じだ。ま、北一の試合だけが異常にレベル高かっただけっぽかったけど」
「あの2番。烏野に来ないっスかね? 最初が肝心っス。教育が行き届いてなく、必要ならば、是非ともこの俺が」
「前半は田中に大賛成なんだが、後半は違うだろ?
「あー、大地が言ってるのって最後のヤツだろ? 試合終わって戻ろうとしてた時だべ? 雪ヶ丘って全員がベンチだし、学校関係者からの応援とかも来てなかったッポイのに、皆連れて観客席側に頭下げにきたよな」
それは 試合終了後の事。
悔しさを滲ませながら、戻っていく皆に対し 火神は 観客席に礼をしに行こう、と促していたのだ。
優勝候補である北川第一を見る為に来てたであろう観客も、ただ試合を見ていた観客も、気づけば 雪ヶ丘を応援していた。
惜しみない声援を送っていた。
プレイに集中すれば、周囲が見えなくなるのはよくある事だが、あれだけの試合をしていても、火神には声がしっかり届いていた様だ。
それに、試合に負けた後は悔しくて周りが見えてないなんて正直普通だ。
まだ高校でもないとは言えないし、まだ中学生なら……、あんなに人数が少ない急ごしらえのチームなら尚更。
しっかりと皆を纏め、礼を重んじている事が解る。
「優等生を絵にかいた様なヤツじゃん。変に威嚇しようもんなら、田中が大ヒンシュクだべ? なー、清水」
「うええっ!? そんなことしませんよ! しませんから、潔子さん!!」
「……………」
「ここでのガン無視は結構きついっス!! わかってるって言って欲しいっス!!!!」
田中の懇願はとうとう清水に届くことはなかった。(いつも通り)
そして――時は流れた。
烏野スタメン落ちアンケート
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まだまだレギュラーは早い 火神
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チームの大黒柱 澤村
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リードブロック月島
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強メンタル田中
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サムライ兄ちゃん東峰