王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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漸く青葉城西戦終了です!


ありがとうございました。
これからも頑張ります!


第80話 青葉城西戦⑳

 

明らかに変わった及川の雰囲気。

それはコート内のメンバーは勿論、コートの外にまで届く勢いだった。

 

 

サーブとは、現代バレーボールにおいて、ブロックと言う壁に阻まれない究極の攻撃。

それを及川は磨き、研ぎ澄ませ続けてきた。

 

 

サーブと言うプレイ。

ひょっとしたら 及川にとってバレーと言う競技の中で 一番最初に虜になったプレイかもしれない。

 

テレビの画面に食いつく様に魅入った。

その試合では、注目選手がノータッチエースを連発していた。

 

 

【あんなの捕れるわけがない!】

【凄い! 格好いい!】

【自分もやってみたい!】

 

 

幼少期からバレーの虜になった。

幼馴染の岩泉と共にバレーの練習をする傍らで、いつもあの日、テレビで見た時の感動を思い返しながらサーブを見様見真似で練習をしてきた。

 

 

そして、仙台が会場だった大きな試合。

直接、生まれて初めて生で大きな試合を見て、今度はセッターの虜になったが……及川が最初に夢中になれたのはセッター関係ではなく サーブだった。

 

 

及川は集中すると同時に、強く強く思いを込める。

 

憧れたあの日より、ずっと積み重ねてきたサーブ。

想いと共に。

 

 

 

 

―――それは絶対に誰にも負けてない。

 

 

 

 

ウシワカだろうが、影山だろうが、………火神だろうが。

 

その為に、それを証明する為にも 岩泉が言う通りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――目の前の相手を倒す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッ!! 1本集中!!」

 

 

ガタッ! と思わず足の痛みも忘れたかの様に、反射的に火神は立ち上がって声を荒げた。

 

まず間違いなく次のサーブは今日一番のサーブが来ると解ったから。

このデュースが重なり、30点台後半と言う点まで重ね続けた両チームは、恐らく体力的にも精神的にも疲れは限界を超えているだろう。

 

だが、それらは今の及川には一切関係ない。

例え疲れていようが、動きすぎて筋肉が千切れそうだろうが、一切関係ない。

その1球1球に自分の全力を込めるだけしか考えていない。

 

 

そして、今から及川の心技体、全てが揃った一撃が放たれる。

 

 

助走から跳躍まで淀みなく滑らか、鮮やかとさえ思うモーションから放たれる一撃は、印象が真逆だった。

 

 

ドゴンッ! と、これまでにない程の轟音を轟かせた。

それは最早スパイクなのではないか? と思える程の威力のサーブが、烏野のコートへと放たれる。

 

 

「ふっっ、ぐぅぅぅぅっっ!!!」

 

 

今回ばかりは、及川は精度より威力重視だったのだろう。

 

比較的コース取りしやすい場所だった。

幾ら強くても澤村程の守備力を持つ者なら ノータッチは決めさせない。何より、澤村自身も 強い想いがある。

 

半ば無念に去っていった男の分まで上げる。

あの男なら捕れる、必ず捕る。ならば 自分も同じだ。

自分の元へと来たボールは全て捕る、と。

 

 

 

「返ってくるぞ! チャンスボールだ!」

「オーライ!!」

 

 

だが、それでも及川の一撃はそんな澤村をも上回る程の凶悪なモノだった。

勢いを殺す事が出来ず、そのまま相手コートへ大きく還っていった。

 

強い想いを胸に宿しているのは、コート上の全員同じ。

どちらも負けられない、負けたくない、負けてたまるか、必ず勝つ。と強く想い続けている。

 

 

「くそ!! スマン!!」

「あんなの上がるだけで十分有難いっつーの!!」

 

 

澤村は相手に還してしまった事を悔い、謝罪をするが、コート内外問わず あのサーブを見た誰もが澤村には称讃していた。

 

それ程までにヤバイと感じられたサーブ。

見ている者全員が委縮してしまう様な威力のサーブだったから。

 

 

 

 

「マジかよ! この場面であんなサーブ打つとか……!?」

「デュースだ。それも3セット目。プレッシャーは絶対ある筈、36点とか 音駒ん時の練習試合並だ。……3セット目って事と公式戦って事を考えたら、より重圧も掛かってヤバイ筈。なのに、アレ多分今日打った中でも一番のヤツだぞ!?」

 

 

どんな選手でも、例え大学、社会人、果ては世界大会・オリンピックであったとしても、サーブミスとは必ずと言って良い程起こるもの。

ここで決めないと、ここで強いのを入れないと、と思う場面で 何度も サーブをネットに叩きつけてしまって、テレビの前で落胆した記憶はある。

 

大人でもあると言うのに、あの高校生は、及川徹と言う男は 打ってのけた。

自分の最高を、今この場面で及川は更新してのけたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いてボールに集中ッッ!! リードブロック!!」

「火神座って! 脚に負担かけちゃ駄目!」

 

声を上げ続けている火神の隣で、清水は 試合からは目を離す事が出来ないので、視線はガッチリと固定したまま、左手で火神に座る様に引っ張り促す……が、目の前の試合に熱くなってる火神は、清水の声は聞こえていない様だった。

当然だ。清水もそうは言いつつも、試合から目を離せない。瞬き厳禁の僅かな時間の攻防だ。

 

 

 

 

 

そして、コートでは 勿論 火神の声は、届いている。

不思議だった。どれだけ焦っていても、相手がチャンスボールであっても、周りが見えてない状態になってもおかしくなくても、火神の声は耳に入ってくる。

日向は特に。

 

不思議……とはいえ、これは当然かもしれない。

何せ、何度も窮地を救った者の援護射撃なのだから。

それを無視して良い筈がない。

 

 

「(そう、落ち着くんだ。落ち着け。ボールを見て、囮に飛び付かない。ボールを見る! 見る見る見る見る見る見る……!!! ……やっぱり、ここか!?)」

「(落ち着きつつ、ある程度予想は立てる。速攻来たら、オレの反応速度(リードブロック)じゃ追いつけないかもしれない。……速攻、くるか!? それともこの場面は―――)」

 

 

日向と東峰、そして澤村の意見は合致した。

落ち着き、冷静に考えて……決定率が高いのは何処か。この大事な場面で及川が選ぶのは?

 

決めつけたりはしていないが、高確率で 今鬼気迫る表情で仕掛けてきているエース岩泉だろう、と予測を立てた。

 

 

 

 

―――が、及川が選んだのは今回は岩泉ではない。

 

 

 

バックトスで上げたのは丁度日向の逆サイド―――ライト。

そこでセットしているのは国見。

 

 

 

「(また国見……!)」

 

影山は国見が入ってきた、国見に上がった事で警戒心を更に上げた。

 

 

国見も自分同様、そして 自分だけでなく周りも含めて あの男の影響を受け、変わったんだ……と思いつつも、この試合で特に驚く要因の1つがはやりこの国見の変貌だ。

 

 

中学時代、何度か衝突した。

バレースキルは間違いなく高い。………が、如何せん気概がない、やる気も見えない、それが影山のあの頃の国見に対する印象だ。

 

攻撃セットの時もそう。

 

あの時、国見は自分自身が入る必要が無い、と判断したら 攻撃には参加しない。

囮として機能するかもしれない、もしかしたら相手を騙せるかもしれない、と言う場面でも攻撃参加はしない。

守備の時もそう。

確かに追いつけないかもしれない。でも飛び付いて、どうにか触れれば……可能性は0じゃないと思うのに、国見は最後まで追いかけない。

 

それらが、影山にとっては何よりも不快に感じる所だった。

 

誰よりも勝利に、バレーに対して飢えているからこそ、手を抜いてる様にしか見えなかった国見の事が嫌だった。金田一以上に。

 

 

【お前、上手いのに何で本気でやんないんだよ】

 

 

試合中、国見にそう言った事がある。

その時も、国見は相手が自分に上がらないと明らかに解っていたので、無駄に疲れるから入らない、と言う意見だった。

それを聞いて、更に影山は憤慨する。実力は申し分ないのに、何故もっと入ってこないのか、と。

 

 

対する国見の意見。それは意外だった。

いつも通り のらりくらりと躱すモノだと思っていたのだが、いつになく真剣だった。

 

 

【常にガムシャラな事が 《=本気》 なのかよ】

 

 

正直、あの時言っていた言葉の意味は今でも解らない。

 

ただ、そう言っていた男が、言い続けていた男が今 ガムシャラに見えるくらい攻撃に参加している。

ボールを要求している時だってある。

今間違いなく青葉城西の中で一番動けている。

 

そして何より―――。

 

 

 

 

 

「!!」

「ッ!?」

 

 

 

 

 

攻撃時のこの気迫。

 

まるで別人とも思える程の気迫が、国見の表情から見えた。

顔の形が変わった訳でも、強張ってる訳でもない。いつも通りの顔の筈だが、その変わらない表情からは【絶対決めてやる】と言う強い意思が滲み出ていた。

 

だからこそ、影山は受けて立つ構え。

ブロッカーは東峰と日向だが、大きく逆サイドに振られた為 (ブロック)は不十分。

国見の気迫とこちらの(ブロック)の状況から、打ち抜かれると判断した影山は。

 

 

「(お前が絶対決めるってんなら、オレは絶対拾ってやる!)」

 

 

どんな強打が来ようと、必ず拾うと言う意思を見せる。

あの及川のバックアタックを見事に拾ってのけた火神の様に。……何度も何度も及川のサーブ、青葉城西の攻撃を拾ってのけた西谷の様に。

 

自分にとって、手本となる程の力量を持つ者たちの姿を目と精神に焼き付けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(それじゃ無理だよ飛雄)」

 

バックトスを国見へと上げ、ブロックフォローに回った及川は、影山の様子を一目見て思った。

 

国見と影山は、金田一同様に付き合いが長い筈だ。

北川第一で3年間共にバレーをしてきたのだから当然。

 

だからこそ、解ってないといけない。

セッターであったのなら。味方の力を100%発揮させるためには。

 

たが、及川の目に映る影山には、そんな気配は一切無かった。

 

「(飛雄は解ってない。……国見ちゃんの事を。ひょっとしたら、せいちゃんなら トンデモパワーで解っちゃってたかもしれないけどね。……普通はあり得ないケド、解っても もう驚かないや)」

 

 

ここ一番、皆が疲れてきてる場面でもキレを落とさず、最大のパフォーマンスを発揮する国見を見て、静かに微笑む。

 

 

 

 

国見との練習中のやり取りを及川は思い返していた。

 

 

練習中であっても、国見は効率を求めていた。

 

無駄な動き、意味のない動きは徹底的に省き 効率重視で無難に練習を熟す。

故に体力面は まだまだ他と比べたら劣っているが、技術面では青葉城西に置いても申し分ない。だからこそ、1年でレギュラーの座を勝ち取る事が出来ているのだ。

 

でも、それに気づく者は当然気付く。

 

 

【国見ちゃん。今、囮に入るのサボったね??】

【!!】

 

 

その内の1人―――及川だ。

流石に この青葉城西の3年生。

先輩であり、主将であり、そんな人に口答えする様な事は国見はしない。

 

【すみませ―――【んー、でもねぇ】??】

 

ここも無難に謝って過ごそう……と思っていたのだが、次の及川の言葉……全く想定してなかった。

 

【もうちょい上手にバレない様にサボりなね。じゃないと、ほら。向こうみたいに

溝口君に ドヤされるよ】

 

サボった事、手を抜いたことを、それらを咎める事なく、寧ろもっと上手くやる様に推奨された。

こんな事は国見にとって初めての事だ。

向こうで怒鳴ってる溝口コーチ程とはいかないと思うが、怒られるとばかり思っていたのに。

 

 

そして、次の及川の言葉を聞いて、国見は 本当の意味で及川の事を信頼する様になる。

 

 

【国見ちゃんは、《効率良く・燃費良く・常に冷静》がウラの武器なんだからさ。でも、その分 皆が疲れた終盤にガッツリ働いてもらうから、カクゴはしといてね?】

 

 

これも国見にとって初めてだった。

 

 

いつも国見は効率を求めていた。

無駄を省いてきた。

体育会系、熱血と言う言葉が大嫌いだった。

それらが真剣である、マジメでもある、とされる風潮も嫌だった。

 

最後まで100%で動き続ける事が出来る者なんている方がおかしい。

 

だから 無駄に動いて体力を削られるくらいなら、此処しかないと言うタイミングを自分の中で推し量ってより得点出来る確率を上げた方が合理的だと思っていた。

 

勿論、我を押し付けて、自己中心的になって自己満足の為にチームプレイの和を乱す事まではしない。

それでは中学時代の影山と同じだから。

 

でも、国見は 怒られても、叱られても、その時々は認めても、信念だけは曲げる気は無かった。

 

 

 

だからこそ、初めて国見は自分の気持ちを、考えを理解してくれる人が現れたと思ったのだ。

 

 

 

【そうそう。皆疲れてる終盤で、勿論相手だって疲れてるから、その時の国見ちゃん見て驚くかもしれないね。疲れてブロックも低くなってる所を、バシ――ッ! と上から決めたりしたら更にさ。―――つまり、国見ちゃんのウラの武器は、相手を惑わす効果もあるかもしれない。だから、その時は 頼むよ?】

 

 

それが及川徹と言う男だ。

中学時代の及川を知っている。

怪童 牛島若利にずっと阻まれ続け、荒れていた時の事も知っている。どちらかと言えば、及川も無理無茶をする方だった筈だ。

それでも、多種多様を認め、受け入れた上で、最善へと導く事が出来る。

 

 

だからこそ、信頼し――――信じる事にしたんだ。

 

 

 

 

 

【絶対に決める】

 

 

及川が上げるボールを、選ぶ手段を全て。

そして、全力でそれに応える。

 

求められた要求に全力で答える。

 

影山は、国見も火神に触発されたと思っている様だが、それはある意味では正解ではない。

 

確かに、火神のプレイにはあの中学時代から心底驚いている。

 

無駄が一切ないとも思ってるし、その全ての動きに意味があるのではないか? とも思うので 動作の1つ1つにつられてしまっている。

 

だが、それ以上に国見が思うのは やはり及川の事。

 

自分の事を知り、100%を導いてくれる主将の事。

影山の知る国見から、今の国見の姿へと変えた男は火神ではなく及川なのだ。

 

 

全力の助走。

全力の跳躍。

 

そして、空中姿勢も完璧。

 

誰もが強烈な一撃が来る、と思わされる程に この終盤の国見の一連の動作は完璧だった。

唯一足りないと思っていた筈の気迫もそれに加わり、更に説得力を増す結果にもなった。

 

 

だから―――直前まで気付けなかった。

 

強烈な一撃が来る! と思っていたのに、次の瞬間にやって来たのは……柔らかく、優しいタッチ。

 

 

 

 

 

「(フェイントッ!?) 前!!」

 

 

火神()からの声に身体が反応しても、もう遅かった。

澤村も後ろで構えていた影山も、後一歩届かない距離。冷静にそれを見極め、国見はボールを落とした。

 

 

 

36-37。

 

 

 

青葉城西のマッチポイントである。

 

そして、及川のサーブが続く。烏野にとって最悪だ。

 

「ナ――イス!!!」

「国見ちゃんナイス!」

「ナイスだ国見!!」

「ハイ!」

 

 

ここぞと言う所で決めてのけた国見に全員が集まる。

心の底から嬉しいし、自然に笑う事が出来ている。頬が緩むのが止められないし、止めるつもりは無い。

 

 

「ッ――――」

 

 

それが影山にとって衝撃過ぎた。

あの国見の笑顔が。

 

 

凄いプレイに当てられ、高揚し、頬が思わず緩む。

自分もと自然に続く事は不思議じゃない。影山にも経験があるし、今まさに現在進行形だと言って良い。

 

 

だが、あの国見の笑顔はソレとは全くの別物に見えた。

 

 

「(―――3年間、一緒のチームだった。けど、試合中に……普通に笑う国見を見たのは初めてだ……)」

 

 

火神に引っ張られたのだったら、まだ影山にとって良かったのかもしれない。

あの男は凄い。今もコートの外に居ると言うのに、まだ健在の様に感じる。

託された想い、当てられた拳はまだ残っているから。

それに応える様に、進化していってる様にも感じる。

 

なら、今の国見は?

 

及川と火神は同等のものを、もしかしたらそれ以上のものを持っている。

この直感が正しければ、及川に対抗する為には―――……。

 

 

「(どうすれば、どう太刀打ちすれば……)「影山君!」ッ!?」

 

 

不意に、影山は声を掛けられて少し驚きながら振り返った。

 

 

 

「影山さん!! さっきからなーに黙ってんの!? まさかじゃねーけど、ビビってんのか?? ダッセーー」

 

 

 

声の主は日向だ。

笑いを堪えてる様な表情。明らかに小馬鹿にしてる表情を見せられて、影山も黙ってる訳ない。

 

ガシッ!! っと無言でアイアンクローをする感じで、両頬を片手で掴み上げた。

 

 

「ぐげっっ! なにすんだ!!」

 

 

暴力反対! と言わんばかりに思いっきり ぶんっっ! と日向は腕を払った。

 

 

 

「誠也が見てる前で情けねー顔すんじゃねーよ!! オレら頼むぞって言ってただろ!? 返事したんなら、そんな顔すんな!!」

 

 

 

そして、いつになく真剣な顔になった。

先ほどのふざけた顔ではない。

 

「お前だっていつかオレが倒す予定の男なんだ!! それに、大王様(・・・)王様(・・)より凄いなんて当然じゃんか! 名前的にも!! あ、後 お前より絶対頭良さそうだし! 名言(・・)残す王様よりずっとチームってヤツを一番わかってそーだし!」

「…………………」

 

影山の二度目のアイアンクロー! は、流石に読んだ日向がダッキングで回避していた。

 

「はっはっは。……悪いが 託されたのは、お前らだけじゃないつもりだぞ、2人とも」

 

そこに澤村がやってくる。

丁度、先ほどのサーブに対する反省を、脳内で済ませた後に。……影山同様に日向にたたき起こされた気分でもあった。

 

 

「あと、スマンな! 影山。……次は絶対お前のトコへボールを還して見せる。……カッコ悪いトコみせらんないってな。そしたら後は、いつも通りだ。……お前がちゃんと大丈夫(・・・)って確認した通りだ。いつも通りで良い。―――お前がベストだって思ういつも通り(・・・・・・・・・・・・・)をな」

 

 

澤村に続き、菅原も声を上げた。

 

 

「影山ァァァァ!! そっちに行く前に 皆に【大丈夫か?】 って 確認してんだろ!? なのにもーーー忘れちまったのかーー!!?」

「っっ!! わ、忘れてません!」

「なら、もっかい復唱だ! 【うちの連中はァ!?】」

 

 

影山は、菅原の言葉を呑みこみ……そして周囲を見る。

烏野のメンバーを。

 

そして、コートの外 ベンチで拳をこちら側へと向けている火神の事も。

 

 

全員の視線を全て受け止めて影山は口にする。

 

 

 

【ちゃんと皆強い】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………おとーさんが居る手前、カッコつけただけだったんですかね? 王様。何せ大王様の前だったら尚更、カッコつけずにはいられない、っていうか」

 

月島も、どちらかと言えば日向の意見に賛成だった。

あそこまで熱の籠った託され方をしたら、常に冷静(クレバー)……悪い言い方をすれば、すっかりひんやり冷めてる高校生っぽくない月島であっても、感じる所はある。意地を見せてやりたい場面でもある。

だからこそ、日向と同じ意見だった。 情けない顔するな、と。

 

そんな月島に、菅原は。

 

「ふっふふふ………」

「!!」

 

笑っていた。

何だか、とても近寄りがたい……非常に恐い感じに。

 

一頻り笑った後、菅原は告げる。

 

 

「大丈夫だ。―――ただ、気付くのが遅かっただけ。元々、最初っから影山(アイツ)は1人じゃ無かった。あの日、小さいヤツ(・・・・・)同じヤツ(・・・・)に出会った時から。もうとっくに、影山は孤独な王様じゃなかったんだ」

 

 

菅原の目には、影山が羽織っている王様のマントも王冠も……、影山が脱ぎ捨てる様に見えた。そして、捨てられた王様(ソレ)は、もうただ残滓だけが漂うだけで、風に揺られて風化し消滅した様にも見えた。

 

 

もう王様(それ)を影山は羽織る事も無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ……。国見ちゃんの事、飛雄は解ってないって。やっぱまだまだだな~ って思ったの、ほんのついさっきなんだけどな~~」

 

仲間たちに、背を押される姿。

その姿を見て、及川も菅原同様な感覚だった。

王冠もマントも捨て去った男は、最早 独裁の王様とは呼ばない。

ただの人間だ。信頼し、信頼され、託し託される事を知った。

 

極々普通に学んでくる事なのだが、周りとはあまりにもレベルが違う事、技術は勿論、その貪欲さ 勝利に対する飢え。

あらゆる点が、周りと違い過ぎた。

そして、夢中になるが故に、周りが見えなくなって……ついには誰もついてこない事に気付かなかった。

 

でも、今は違う。

 

気付かされた(・・・・・・)から。

 

 

 

「うん。ホント厄介だ」

 

 

 

吹っ切れた男たちの顔を見て思う。

そして、ベンチで試合を見ている火神の方を見た。

 

 

 

よくぞ―――ここまで仲間たちの力を引っ張り出せたと、火神にも感心する。

 

 

 

あの日、あの試合の映像を見て 似た匂いを感じたのは間違いでは無かった。

いや、似てるとは言えない。

 

認めるのは癪ではある、が間違いなく火神と言う男は自分より先に居る。

 

この影山と言う男に、気付かせたと言う点においてもそうだ。

 

自分には―――出来なかったから。ライバルとなる男だからと、蹴落とそうとすらした自分には……。

 

 

「(そして、今後も急速に止まる事なく進化していくんだろうな……。ここから烏野の新たなサクセスストーリーが始まるってヤツかな。……だから)オレは、青葉城西(オレ達)負ける(・・・)のかもしれないね」

 

 

 

いつもの及川は、試合中にその言葉を使うことはない。

どんな時もだ。例えどれだけ劣勢になっても、どんな壁が立ちはだかったとしても。

【敗北】を意味する言葉は決して使わない。

 

なのに、ふと気づいたら 極自然に口にしてしまった。……様々な意味で認めてしまった瞬間でもあった。

 

 

だが―――。

 

 

 

「―――――」

 

 

極限まで集中する及川。

敵味方問わず畏怖する程の集中力を見せている。

 

口にした言葉とその姿が全く合わない。

 

周囲もソレが解っているのだろう。

終盤 後1点で勝利する場面。

 

青葉城西の応援側も烏野の応援側も、等しく場が静かになった。

まるで嵐の前の静けさの様だった。

 

 

 

 

そして、嵐はやってくる―――及川は始動した。

 

 

 

 

完璧なボールトス、申し分ない高さとボールへの回転の掛かり具合。

 

誰もが先ほどの様な―――否、先ほどのサーブをも上回る勢いのサーブが来る! と思えたその心理の隙間を縫う様に、及川は 嘲笑うかの様に、フルスイングして ボールに手を当てるインパクトの刹那、力の方向を変えた。

振りぬくのではなく、フルスイングを止める為に。

 

ボールに伝わる力を限りなく抜き、あの凶悪サーブを見せた後の超スローボール、軟打へと変えた。

 

 

 

「くそ―――――ッ !」

【前ェェェ―――!!!】

 

 

必ず捕る。

意気込んでいた澤村だったが、またしても及川が更に上を行った。

先ほどのサーブに備え、吹き飛ばされない様に、深く構え過ぎたのだ。守備位置は悪く無かった。ただ、重心がやや後ろに下がってしまっていて、咄嗟に前へと飛び付くのが遅れてしまった……が。

 

 

「ッッ!!!」

 

 

二度、チャンスボールを献上するのだけは許さない。

守備面でこれ以上失態を晒すのだけは許せない。―――合わせる顔がない。

 

 

「上がったっっ!!」

「ナイス澤村ァァァ!!」

「うらぁぁ!! 死ぬ気で繋ぎやがれぇぇぇぇ!!」

 

 

 

二度目のレシーブは、乱されはしたが相手に還る事は無かった。

どうしても身構え、そして硬くなってしまうであろうこの場面で、その僅かな綻び、穴を狙った軟打。

 

この一瞬で、烏養は これまで青葉城西が感じていた事を、今も自分の直ぐ隣で声を上げている火神に対して感じていた事を、本当の意味で理解出来た。

 

 

火神の1人時間差の時、ツーアタックの時、反則(オーバーハンド)狙いの時。―――等々。

 

 

彼らが感じていたのはこういう事か、と。

これまでの攻防で 相手を躱す時、欺く時。心理の隙間を縫う様に、針の穴に糸を通すかの様な冷静さ。火神が持っているものを及川も持っていると言って良い。

勝つための恐ろしいまでの冷静さを。

 

 

「だからって、負けて良い理由にはならねぇぞ! お前ら!!」

 

 

 

影山が、レフト一択でアンダーによる二段トスを上げる。

レフトに居るのは、東峰だ。

 

乱された場面で集まるのがエース。大事な場面でボールが集まるのがエースだから。

 

 

 

「旭!! 行けぇぇぇぇ!!」

「東峰さん!!!」

「打てぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

影山と言えども、乱れたボールに加えてアンダートスでは オーバーハンドの時の様な精密を求める事は出来ない。

 

それでも、限りなく 東峰が得意とするネットから少し離した高めのボールになっている。

 

 

「おおおおお!!!」

 

 

此処で決めれなくて、何がエース! と気合を最大限手のひらに込めると、東峰は全身全霊をかけて ボールを叩きつけた。

 

青葉城西は、国見・金田一・岩泉の3枚ブロックがついている。

高さも申し分ない―――が、東峰のパワーを完全に抑え込む事は出来なかった。

 

東峰のスパイクは丁度、金田一と国見の間、2人の右手と左手、どちらが当たったのか解らない程の隙間に直撃し、後方へと弾き飛んだ。

 

 

「うおおおっし!! よく打った!! 吹っ飛ばしたぞ!!」

 

 

東峰のパワーで、ボールを大きく吹き飛ばす事に成功。

これでブロックアウト。烏野の点―――となってもおかしくない程、飛ばされたが。

 

 

「渡!!」

「っっっっっ!!!」

 

 

冷静に、及川の様に冷静に試合を見ていた渡。

今、この場面 乱れた場面。オーバーハンドによるトスならば、あの影山は速攻を日向に捻じ込んできてもおかしくないが、乱れてアンダーになった。

 

ここで、速さが一番の武器である日向の攻撃の可能性が低くなり、続いてレフトの東峰がトップに躍り出た。

こちらは3枚ブロックがついている―――が、東峰のパワーなら、あの強烈な一撃なら、例え3枚ブロックがついていても。

 

 

―――大きく弾かれ、ブロックアウトになる可能性が極めて高い。

 

 

そこまで判断して渡は守備位置を下げていたのだ。

賭けではあった。ここで東峰が意表をついてフェイントで落とされてしまえば、間に合わない可能性も勿論あった。だが、全てを託された場面でエースが取る攻撃手段は強打だと渡は判断したのだ。

 

そして、見事に賭けに勝ち ボールを拾う事に成功。

 

 

「渡ナイスカバー!!」

「ナイスカバー!!」

「攻撃!! 繋げ繋げ!!!」

 

 

一気に場が湧き上がる。

 

「岩ちゃん!」

 

次の青葉城西の攻撃は、同じくエースの攻撃。

烏野の東峰(エース)の攻撃を青葉城西の岩泉(エース)の攻撃で還す。

 

 

「おおおおおお!!!」

 

 

岩泉のスパイクにも、勿論 ブロック3枚付いている。

澤村と日向、東峰の3枚揃ったブロック。

 

止めてやる気迫は十分感じるが。

 

「(開いてるぜ―――ストレート!!) ウラァ!!!」

 

息つく暇も無いラリー故にか、若しくは体力的な問題か、3枚ブロックはストレート側だけが甘かった。

そして、ストレート側を護っているのは5番の田中。リベロの西谷が控えているなら躊躇したかもしれないが、岩泉は真っ向勝負を選ぶ。

 

 

「(―――火神なら、絶対捕る!!)んぎっっっ!!! だらぁぁぁぁ!!!」

 

 

スパイクに対して、殆ど体当たり。

面の広い胸部分に田中は意地で当ててボールを上げて見せた。

後一歩前に出ていたら顔面直撃してしまう程のもの。恐怖以外の何物でもない場面ではあるが、田中は全く臆さない。ビビらない。

 

ただ、思うのは必ずボールを上げる事と もしもここに居るのが火神だったら? と言う事。

 

何度も何度も凄いプレイを魅せられ、目に焼き付けてきた。

だからこそ強く思う。火神なら上げる。間違いなく。

ならば、その代わりに出た自分が上げなければ、コートの中に居る意味がない。

 

その強い覚悟を持って、田中はスパイクに立ち向かっていったのだ。

 

 

 

 

「上がったぁぁぁ!! ぁっ……!」

 

 

 

スーパーレシーブが出た! と一瞬湧いたが……直ぐに消沈する。

何故なら、岩泉の強打と田中が当てた胸の部分の角度が絶妙だったのか、ふわりと柔らかくボールは上がり、青葉城西側のコートへと入っていったのだ。

 

 

「くっそっがっっ!!」

「落ち着け!! レシーブ!! 来るぞ! 日向ブロック!!」

 

「やれ!! 金田一!!」

 

 

丁度ネット真上の攻防。

相対するのは金田一と日向。

 

 

「(スピードも反射も、オレはお前に負けっぱなしだ。この試合。お前が凄くなってくのも肌で感じてるよ。………でもな)」

 

金田一は、全身全霊で 疲れた、脚がつりそうだ、それら一切の負の感情を押し殺し、跳躍する。

 

 

「(高さの真っ向勝負なら―――)負けねぇんだよ!!!」

「ッッくぅっ!!」

 

 

垂直跳びによる最高到達点の競い合い。

180㎝を超える金田一と、160㎝の日向では、ヨーイ・ドン! で始まる跳躍ではどうしても届かない。助走があってこその跳躍だから。

 

完全に日向のブロックの上から叩きつけられる。

 

だが。

 

 

「オラァァァァ!!!」

 

 

烏野の守護神、西谷がコートに落ちることを拒否した。 

金田一の視線や身体の向き、そして日向のブロック位置から大体のコースを察知して飛び付いたのだ。……後は西谷のレシーブ技術がモノを言う。

 

 

「クッソっ!!」

 

 

見事なレシーブ。Aパスではなく、影山にまで届いていない。

 

だが―――ボールの高さが十分過ぎる(・・・・・)程ある。

 

 

「乱れた! セッターまで届いてないぞ!」

「また攻撃は単調……、もっかいレフトからくる!!」

 

 

また烏野のレフト、東峰の攻撃が来る。3枚ブロックを吹き飛ばした強烈な一撃が来る。

警戒する様に、と周囲から声が飛んだ。

 

 

 

 

大きな東峰(カラス)が攻撃姿勢を取る最中、小さい日向(カラス)が、前へと飛び出してきた。

 

場面は乱れてレフト一択になってもおかしくない。

いや、普通はレフトに上げるのが正しい。決定率を考えても東峰に上げるのが最善だと判断するだろう。

 

 

だが、烏野のセッターは影山だ。

 

 

高いボールがあれば、何ら問題ない。アンダートスになれば 先ほどの様に東峰に上げていたかもしれないが、これだけの高さがあれば……問題ない。

 

 

―――今、この位置、このタイミング、この角度で!!

 

 

 

【いけぇぇぇ!!!!】

 

この時、皆と一緒に。

コーチたちを含めた全員で声を出し続け、声が枯れそうでも、息苦しくなっても、声を出し続けていたこの時。

 

不意に火神の脳裏に、ザザザ―――ッと ノイズが走った。

 

 

影山の動き、日向の動き、東峰のいるレフトの位置、そして他のメンバーたち。

 

そして、先ほどの青葉城西の攻撃。渡の回転レシーブ、岩泉のストレート打ち、金田一のダイレクトアタック。

 

それらの動き1つ1つが 頭の中に鮮明に浮かび上がる。

まるで時間を巻き戻したかの様に。

 

 

そして――――興奮し過ぎていて、気付くのが遅れてしまった事に気付く。

 

 

何故、この何度も何度も見た場面を忘れてしまえるのか。

何故、今になって思い出した? このどうしようもないタイミングで。

 

見れば解るではないか。一目瞭然じゃないか。

 

 

青葉城西のブロック陣形が変わっている。

スプレッド・シフトからバンチ・シフトへと変わっている。

 

 

東峰が控えているレフトを考えると、少なくとも真ん中に集まるのは不自然だ。

これは意図して陣形を変えたのではない。

 

このタイミングで、青葉城西が誰をブロックするか。

それをもう、影山がボールを上げる前から(・・・・・・)決めていたんだ。

 

 

「ッッ!? 飛雄待―――!!」

【ドンピシャ!!!】 

 

 

 

 

気付いた時にはもう全部遅かった。

影山から放たれる超高精度トスワーク。この疲れがピークに達する場面でも、寸分の狂いなく、針の穴を通す精度を維持し続ける。

日向の手のひらに収める影山は本当に天才だ。

 

 

だが―――、そのボールは青葉城西のコートに叩きつけられる事は無かった。

 

 

 

 

―――飛雄。確かに青葉城西(オレ達)は負けるかもしれないね。厄介だし、心底怖いと感じた。対戦相手に恐怖を感じたのは初めてだよ。……お前が急速に進化していくのもそうだし、何より……お前を、お前たちの力を上げる彼(・・・・・・・・・・・)の事が。……だが。

 

 

及川は、視線を細めて―――最後の落ちるボールの行方を見守る。

 

 

 

「悪いね。…………それは 今日じゃないんだ」

 

 

36-38。 

 

試合終了。

 

セットカウント

2-1。

 

 

 

勝者―――青葉城西高校。


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