王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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第84話 学生の本分

 

【東京】

 

 

武田から その言葉を聞いたと同時に場が騒然としたのは言うまでもない事だ。

何せ、ほんのつい先ほど、澤村の口から春高に行くと言う話があったから。

 

 

――東京、オレンジコート。

 

 

その場所へ行く為に、引退せず3年生は留まってくれた。

そして、どうすれば良いのか、今のままでは勝てない、進む事が出来ない、と各自の頭の中で思考錯誤していた時に、突然の武田の【東京】発言。

 

 

騒然としても不思議じゃない。

東京とは 果てしなく遠い、とさえ思っていたのに、あっという間に近づいてきたのだから。

 

 

 

「と、東京!? それって、もしかして―――」

 

 

興奮が抑えられない日向は、倒れ込んでる武田に覆いかぶさる勢いで迫りながら、自身の頭の中で描いていたチームの名を呼んだ。

 

 

「音駒! ですか!??」

「練習試合っスか??」

 

 

日向、そして影山の問いに、武田は笑って頷く。

 

 

 

※ 丁度その頃―――音駒高校では 孤爪が盛大にクシャミをして、周囲に心配された。

 

 

 

そして、火神は 松葉杖をひょい、と動かして 身体を日向や影山、そして武田に向けると 武田の笑顔に負けないくらいの笑顔、いや それ以上の笑顔で聞きなおした。

 

 

「音駒だけ(・・)だったら、音駒との練習試合が決まった、で良い筈です。……つまり、それ以上(・・・・)、って事ですよね!?」

「「???」」

 

ずいっ、と身体は寄せれないので、頭だけ 武田をのぞき込む様にする火神。

日向と影山は火神が言っている意味をいまいち理解しきれてないのだろう、首を傾げていた。

 

 

「こほんっ! 流石は火神くん。良い着眼点。そしてとても鋭いです。そう、その通り! 今回は音駒だけじゃありません!」

「!! と、言う事は、他の東京のチームとも!?」

 

 

日向も更に一歩前に。

このままだと、武田が立てなくなりそうな位置にまで迫ってきそうだったので、とりあえず 武田は鼻血をそっとハンカチで拭うと立ち上がって説明を始めた。

 

 

「はい! 【梟谷学園グループ】 音駒を含む、関東の数校で出来ているグループで、普段から練習試合などを盛んに行っているそうなのですが」

 

 

そう、―――火神が知らない訳ない。

武田の言う様に、鋭いと言うワケではない。

ただ知っているだけだ。

いや、物凄く知っている。絶対にこの場の誰よりも知っている自信がある。

 

そして、――――今回ばかりは日向と張り合えるくらいは楽しみにしている、と言う自信もあるかもしれない。

 

 

「今回! 音駒の猫又監督の計らいで、その合同練習試合に烏野も参加させて貰える事になりました!!」

 

 

当然、誰もが歓声を上げた。

練習試合でさえ、難しいとされていたここ数年の事情を知っている2、3年生は勿論大興奮だ。

 

 

【うおおおおぉぉぉ!!】

 

 

と、一気に歓声を上げた。

更なるレベルアップを図るには、個人練習・チーム練習も大切だが、何よりも近道となるのは、やはり強者との練習、練習試合の積み重ねだ。

各々の足りない部分を補う為にも、自分自身のレベルを更に上げる為にも、必要不可欠なモノだ。

 

場は一気にお祭り騒ぎだ。

 

あまり、身体を動かせない(・・・・・)火神も、この時ばかりは どうしようもない。

あまりにも嬉しい事なので。もしも―――万が一にも今回の合同練習の話が流れてしまっていたら? と考えなかった事は無いから、ほっとした半面、心配だった分だけの感激・感動が何倍にもなって押し寄せてきたのだ。

 

 

「落ち着いて」

 

 

そんな、火神の心情を察したのか 或いはほぼ皆が興奮している中で、一緒に流されてしまわないかを見張っていたのか、明らかに身体をウズウズさせて、今にも飛び上がりかねない火神を抑える様に、諫める様に、(物理的にも)飛び上がれない様に清水はそっと肩を叩いた。

 

 

「ここで無理して、合同練習に参加出来なかった。………なんて事に なりたくないでしょ?」

「あ、ハイ………」

「よし」

 

 

音駒の話を聞いたからか、ネコをちょっぴり頭にイメージしていたのだが、火神の大人しくなった姿を見て、またネコを連想させたていた。

まるで、借りてきたネコの様に大人しくなったから。

清水にとって、そんな火神を見るのは それはそれで微笑ましいものがある。……だが、今はしっかりと釘を改めて刺さないといけないので。

 

 

「今はしっかりと怪我を治す事に、集中」

 

 

と、何度目になるか解らないやり取りを改めて実施。

 

 

「了解です!」

 

 

火神は、無理するかもしれないが、ちゃんと正しい方を、目先の益につられるのではなく、今後も有益な方を選べる子だ。

 

もう大丈夫だろう、と思い 最後は、肩をぽんっ、と叩いてしめると、清水は皆の方を向きなおした。

 

「(そうだよ。……ここでまた 変な怪我しちゃって参加出来ないとか悲惨を通り越して悲劇だ。……清水先輩に感謝感謝。……何も今日明日の話じゃないんだし)」

 

知識的にも、場所的にも、時期的にも さぁ、明日からスタートです。とならないのは火神も解る。

だから 今 何が一番重要なのかを改めて頭の中に入れ直した。

 

興奮してしまうのは 事が事(・・・)だけに、本当に仕様がない。申し訳ない。

でも、だからと言って 清水の言う通り 参加出来なかったと言う悲劇は起きてはならない。

 

ぐっ、と両拳を握り直し。

 

「ありがとうございました!」

 

騒いでいる皆には聞こえないくらいの大きさで、清水に礼を言う。

そして、清水も もう一度小さく【よし】と言って微笑むのだった。

 

 

 

 

 

と、火神と清水が 周囲にバレない様に、(清水計らい)やり取りをしたほんの数秒前。

 

 

 

「そういうグループってヤツは昔から積み上げてきた関係性みたいなモンで出来てるから、伝手無しではなかなか入れるモンじゃないんだが……、猫又監督には感謝だな」

 

烏養が今回の決定に驚きの表情を見せつつ、笑顔で手招いている猫又を想像して、笑った。

感謝の念を送りながら。

 

そして、それはこの場に居る武田にも言える事だ。

 

 

「あと、間違いなくしつこく頼んでくれたであろう先生にも大感謝だな! お前ら!」

「え?」

 

 

音駒と途切れた縁を、繋がりを また 繋げてくれたのは武田だ。

そこから更に繋がって繋がって……今に至ってる。今後も繋がりは広がっていくだろう事も読める。

だからこそ、武田にも感謝だ。

 

バレーに関しては素人、と何度も言っていたが、繋ぐ(・・)と言う意味では通じるモノがある。そして彼はボールこそは繋ぐ事は出来ないかもしれないが、()を繋いでくれる。それは 他の誰にも真似出来ないのだから。

 

 

「あ、いや 僕はそんな! それに、烏養監督のお名前あってこそで」

【アザーース!!】

「あ、あぅぅ……」

 

 

面と向かって礼を言われる事はあまり慣れていないのだろう。

生徒だけなら兎も角、烏養にも言われてしまえばタジタジにもなると言うものだ。

 

でも、武田は 気を取り直す。

 

まだ、伝えるべき事があるから。

 

「こほんっ! ――この数年で県内で昔 懇意にしていた学校とも、疎遠になってしまった。当時の烏養監督と親しかった指導者が変わってしまった学校も少なくないです。―――ですから、このチャンス! 活かさない手はないと思います!」

【おおおお!!!】

 

 

道は示した。

道しるべは置いた。

 

この道を進むか、進まないか、活かすも殺すも選手達次第だ。

 

そして、ここに後ろ向きな選手など 居ない。

若干1名、げんなりとした表情をしているが、何だかんだ言いつつも最後まで付いてくるので、別段問題視はしてない。

 

 

「あのセットアップ―――……、また間近で見れんのか」

 

 

音駒戦で自身の糧になったのは間違いない。

そして、新たな知識や技術を貪欲に得ようとする影山は自然と笑みを浮かべる。……傍から見れば物凄い凶悪なモノだが、とりあえず かなり気合が入ってるのは間違いないので良しとしよう。

 

 

 

 

※ 丁度その頃―――音駒高校では 今度は悪寒を感じたらしく、顔を青くする孤爪。大会前に音駒の脳がやられては一大事! と皆に心配されていた。

 

 

 

 

そして、日向は影山の顔を見て思いっきりビビってる、……火神は笑っていた。

 

 

「音駒ぁぁ! 今度はオレが護り勝ぁぁつ!!」

「うおおおおっ!! シティボーイ連合に殴り込みじゃあああ!!」

 

「……シティボーイ?」

「……連合?」

 

「「ぷっ!」」

 

 

※ 丁度その頃―――今度は夜久にも伝染ったのだろうか、悪寒を感じていた。……そんな中でもただ1人、トラだけは熱く熱く、今の烏野にも負けないくらい燃え上がっていたのである。……勿論、うるさい、と主将の黒尾に注意されたが。

 

 

 

 

 

音駒は以前の練習試合で敗れた相手でもある。

40点台に突入と言う稀に見る点取り合戦になり、かなりの惜敗ではあるが、負けは負け。ストレート負けだ。

 

 

「今度は絶対!! ブチ抜いてやる……!!」

 

 

負けたままではいられない。次こそは……、とより燃える。

 

 

「サーブ、レシーブ、ブロック……、もれなく全部、余す事なく バレーの全てを。また最高のバレーの相手してもらいますよ。音駒高校の皆…… それに…………」

 

 

火神も気合十分。

 

あの練習試合の時、最後の失点は自身のミスも同然。

汗で滑って倒れたのは、確かにトラブルと言えばそうだが、それは平等に全員に起こる可能性がある事だったし、それを自分が起こしてしまったのは自分の責任だ。

 

だからこそ、今回は完遂したいものだ。余す所なく 全てを堪能する。一分一秒だって無駄にしたくない。

 

そして、火神は音駒もそうだが、その先―――いや、彼らの隣に間違いなくいるであろう

 

 

 

気合の入り方が夫々尋常ではなく、オーラ? でも出しそうな勢い。今すぐにでも おっぱじめよう! となっても不思議じゃないので、武田はやや慌てて詳細の説明に入った。

 

 

「ちょっと待ってください。今回の件ですが、向こうはIH予選が今週末からなので、直ぐって訳ではないです。あと、まだ【お誘い】を頂いている段階でして、色々と承諾してもらわないといけない事など、細かい事はまた後でお話ししますね」

 

 

落ち着かせる様、両手を振って、説明に入る武田。

ある程度、皆が落ち着いてきたのを見計らって続けて聞いた。

 

 

「取り合えず、皆の意思は―――」

 

 

参加するか否か。

それを最終判断とする予定だった武田だが、まさに愚問だった。

 

 

「勿論!」

 

 

澤村の声を合図に。

 

【行きます!!】

 

一斉に参加の方向へと傾く。

断る選択肢など端から無かった様だ。

 

それを聞けて、満足した様に武田は微笑むと、腕時計で時刻を確認。慌てて飛び出してきたので、しっかりと時間調整が出来てなかった様だ。

 

「あ゛! じゃ! 僕はこれから職員会議なので行きますね! 今は取り急ぎその報告だけ! 烏養君、あとよろしくお願いします!」

「おう!」

【アザース!!】

 

 

風の様にやって来た武田は、高く飛ぶ為の大きな大きな風を生み出し、そしてまた風の様に去っていった。

本当に恵まれている―――と改めて実感出来た瞬間だ。

 

後は、この大きな期待に、大きな恩に報いる。必ずより強くなって帰ってくる事だけを考える。

 

特に、これが最初で最後である3年生たちはより気合が入る想いだ。

何より、改めて残って良かったと思っている。

 

「忙しくなるなぁ……!」

「だな!」

「それに、時期的に考えたら全員欠ける事なく参加出来そうで良かった良かった」

「それ、オレも思った」

 

東峰と菅原は、笑顔のまま口にする。

忙しい事がここまで心地良く感じるのは初めての事かもしれない。

そして、もう直ぐ合同練習、とでもなったら、今療養中の火神は限りなく参加するのが難しくなるのは目に見えているので、ある程度期間が開いて良かった、と2人は頷き合う。

 

これ程までに有意義な練習は、3年間で初めての事。だから、チームの主力であり、1年リーダーでもある火神の参加は必要不可欠な要素。

 

少なからず懸念していた事が解消されて、菅原はほっと一息。

そして、清水に声を掛けた。

 

「清水もな! 今回は、学校の中の合宿じゃなくて 初遠征だもんな~。まっ、怪我に関しちゃ、オレも目を光らせるべよ。火神解りにくいもんな~。なぁ? 旭」

「だべ。……いや、でも ほんと 大地以来だわ。自分より歳上? って思っちゃったの」

「そりゃ、幾ら何でも火神が可哀想だって旭。ちゃーんと、自分の顔みなさいって」

「う、うるさいな!」

 

一応、火神は全治1週間だと言う事は聴いている。

診察したのは、ここらでは有名なスポーツドクターだから疑ってる訳ではないが、もしも―――と言う事態はある程度想定しておくべきだと、菅原は思っているのだ。リスクアセスメントと言うのも必要不可欠。

 

 

「……火神は解りやすいよ」

「うん? なんか言った?」

 

 

清水の言葉。

東峰と話をしていたからか、菅原にはちゃんと聞き届いてなかった様だ。

菅原は 振り返ってもう一度聞いてみるが、返ってきたのは決意に満ちた清水の表情。

 

 

「私も繋げる(・・・)為に、がんばる。………出来る事はしっかりしないと」

「「??」」

 

 

清水は、小さく そして確実に力を込めて 拳を握り締めた。

 

 

火神は、自分に()を感じてくれた。

そんな大層な事をしたとは清水自身思っていない。それでも、火神はその恩に報いようと努力を重ね、烏野のレベルアップを間違いなく推進してくれた。

 

居るのと居ないのとでは、まるで違うレベルにまで。

日向や影山もその点は同じではあるが、たった数ヶ月で澤村からも【お前は烏野に必要】と言わしめた。

 

 

「(次は――――私の番)」

 

 

排球(バレー)とは繋ぐ(・・)スポーツ。

マネージャーである自分は、試合中本当の意味でボールを触る事も繋ぐ事も無い。

 

なら、自分には何が出来るか?

 

 

「………うん!」

 

 

決まっている。

すべき事は、自分に出来る事は、もう清水の中でしっかりと決められているのだった。

 

 

「……なんか、清水すっげぇ笑顔だった?」

「オレも思った。めっちゃめっちゃ思った」

 

 

「「……………………」」

 

 

菅原も東峰も、その場面を目撃した。

周囲を見渡しても、その光景を、神々しい! とまで思う光を纏ったかの様にあの姿を見て……。笑顔の内容の意味はさておき、それを見られた事自体が幸運極まる。

 

 

合同試合が決まって全員がガッツポーズをする中、違う意味で2人は盛大にガッツポーズをしあうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、翌日―――。

 

 

職員室で武田は1人、何故か瞑想をしていた。

 

何度何度悟りを開いて開いて――――現実逃避しようとしても、どうしても目の前の現実だけは動かなかった。

 

動かないと認識しては、肩を大きく落として また瞑想。目を開いては押しつぶされそうになって瞑想。

 

終わる事の無い無間地獄……をし続けるワケにはいかない。

 

現実をしっかりと受け止められてないからこう言うループに陥ってしまうのだ、と 武田は意を決して 先ほどまでチラ見をしては直ぐに閉じていたモノ。

 

現実と言う名の、元凶を思いっきり開いた。

 

 

 

 

「(―――まずは直視! 目を逸らせない逸らせない! だって、これは現実だから! 受け止めて受け止めて冷静に冷静に……、ほら、皆にもそう言ってきたじゃないか。僕が出来なくてどうする? それに、皆を信じる、とも言った! 大丈夫だ! 大丈夫! ガッツがあるあの子達なら! あの試合を乗り切ったあの子たちなら、できるできる! やればできる――――………!)っ……」

 

 

 

 

 

 

直視し過ぎた。

 

時間にして約10秒間。

 

これは直視し過ぎだ。

一応最高記録を叩き出した武田だったが、やっぱり精神が追いつかなかった様で、がくんっ! と身体の力が抜け、イスの背もたれに思いっきり負荷をかけ、天井を仰ぐ様に……それでいて、まるで壊れた玩具の様に、只管【やればできる】を呪文の様に繰り返していた。

 

 

 

―――他の先生がその武田の奇行……異常に気付くまで、それは続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、場面は1年廊下。

火神は、片手に松葉杖、もう片手にプリントの束を持って廊下を歩いていた。

 

これなら、足に負荷をかけてない。ただ、腕にかかる負荷が思いの外大きいので、それなりの筋肉トレーニングになるだろう。紙とは言っても束になれば重量感も増す。

クラス分のプリントともなれば当然だ。

 

「火神君。大丈夫? やっぱ 私1人でも良かったのに……」

「いいよいいよ。日直だし。北原さんだけに任せるのも気が滅入る。それに、これはこれで筋トレになるから」

 

一緒に隣り合わせで歩いているのは、本日の同じ当番、出席番号が一緒の北原(きたはら) 麗奈(れな)。主軸だった3年生が抜けた後の女子バレー部の1年レギュラーである。

 

「ほっ、ほんと惜しかったよね……、あの試合……っっ!! (ま、負け試合の話するの早過ぎた!? む、無神経だった!?)」

 

北原は、火神がバレー部である事は知っていたが、その実力の高さについて初めて知ったのが あの伊達工戦の時だ。

 

同じ日直なのに、殆ど喋った事無かった。……いや、相槌程度しかしてなかったから、あの時言われた様に、喋った事無いといってもおかしくない。

 

でも、今は違う。

ちゃんと喋れてる。喋りたいと思った。バレーに対する姿勢や実力に刺激を受けたのも嘘じゃないし、何より 話してみたいとは前々から思っていた事だから。

 

だから、頑張って頑張って話題を考えて口に出してしまったのが、あの青葉城西との一戦。

 

火神にとっては最悪の形で試合から外された試合。まだ日も浅いし、北原は 口に出してしまった事を物凄く後悔していた……が。

 

 

「うん。そうだね。……負けたよ。でも」

 

 

火神の顔を見て、そんな気持ちは吹っ飛んだ。

 

 

「次は負けないから。……負けない様に もっともっと練習するだけだから」

「!!!」

 

 

笑顔でそう言ってのけたから。

笑顔の中の瞳は紛れもなく決意に満ち溢れており、静かなのに、背景には火が更に勢いを増して炎になったかの様に思えた。

 

 

北原にとって最高であり、そして刺激があまりにも強過ぎた。

一緒に荷物持って教室に戻ってたので、殆ど肩を並べた至近距離でそれを見てしまったから。

 

ぼふんっ!!

 

と、北原は ありきたりで、デフォルメな湯気を頭に発生させ、顔を真っ赤にさせた。

 

「っ! っと、だ、大丈夫? 北原さん??」

「ふぁ、ふぁい……」

 

 

思わずプリントを落としてしまいそうだったので、咄嗟に火神は 松葉杖を離して手をフリーにし、そして 見事にズレ落ちそうになったプリントの束を飛散させずに済んだ。

 

 

「(ち、ちかっ、ちかいっ……!! それに良い匂いが……、って、な、なんで男子なのに 良い匂いがするの?? か、火神くんだから??)」

「(今の反応良かったな……。上手く身体が連動して動けた。……足も、怖がってないし、痛みも殆ど無い)」

 

 

北原は、咄嗟の火神の行動で更に距離が近くなった事に、嬉し恥ずかし混乱を極め、火神は火神で、そんな事情は露知らず。

 

プリントの束を救出できたのを確認すると同時に、ある程度懸念していた怪我の影響、咄嗟の判断、反射の時に この怪我した足が、文字通り足枷になるのでは? と言う懸念が解消された事を喜んでいた。

 

混乱を極めた北原だが、今回のコレは明らかに自分の責任(せい)

なので、いつまでも混乱してる訳にはいかないし、ここは廊下。いつ、野次馬大好き、恋愛事情大好き、からかい大好きな、ウチの部員たちに見られるのもある意味怖いので どうにか立て直した。

 

「はい、気を付けて。重いならもうちょっと持つよ?」

「あ、はい!! だいじょうぶ! ちょっと、て、手が 滑って……だから ご、ごめんなさい!!」

「良いよ良いよ。それに北原さんのおかげで、足も大丈夫だって事も知れたから。……変に庇う癖がついたわけでもないし。痛みも殆ど無い。……良かった」

 

火神はそう言って足をひょい、と上げて見せた。

一応、まだ1週間たってない、半分もたってないと言うのに、何とも現金な(やつ)だと思ってしまう。

 

思った以上に早く傷みが退くなら、どうせならもっと早く。……試合中に……、と 最後まで思い切る前に、火神はぶんぶん、と首を左右に振った。

 

後ろめたい気持ちは駄目だと言い聞かせて。

結果は結果。烏野は3回戦で負けた。その結果が覆る事はもう無いのだから。

 

 

「っ………」

 

 

普段の学校の生活。

 

楽しい事もあるが、勿論それ以上に辛く苦しくしんどい事が多いのが運動部だ。

なのに、普通なら休んでも良い(学業は別として)のに、火神の中にはバレーの事ばかり考えている。

凄く、真剣に、何時如何なる時も。

 

だからこそ、凄いのだ。

辛く苦しい時間を、楽しいとする。息をする様にバレーをする。……楽しくする。

 

本当に凄いと思った。

 

 

「あの……っっ!!」

 

 

北原がまた、火神に声を掛けようとしたその時だ。

不意に、物凄い気配が、背後から沸き起こったのは。

 

 

 

「(3年生かな……?)」

「(誰だろ??))」

「(わぁ……、すっごい美人……)」

 

 

前兆はあった。

間違いなくあったのだが、北原は直ぐ横の火神の事でいっぱいいっぱいになってて気づけなかった様だ。

 

いつの間にか、目の前にいる人の事を。

 

 

「清水先輩! どうしたんですか? 1年の廊下(トコ)で」

「ん。ちょっとね。……丁度良かった」

 

 

 

目の前にいたのは、清水潔子。

 

北原も良く知っている3年の男子バレー部マネージャー。

 

そのクールな振舞い、そして美貌は男女問わず魅了すると専らの噂であり、更にマネージャーだが、身体能力も凄いらしい。

運動部に欲しかったと嘆く部は数多くいて、普通 アレだけ色々と目立っていたら、悪い部分もあると思うのに、そう言った気配は特に聞いた事がない。

 

3年の間でも、高嶺の花的な存在らしく、逆に気を使っちゃってる女子も多いとの事だ。

 

 

そんな人が、何故か 自分を威圧? している。(様に感じる)

 

 

周囲は全然そんな風に感じてない様で、ただただ1年と3年、それも美人3年生と話してる1年が羨ましい、と言う羨望の眼差しを向けてるだけだったのに。

 

 

 

「今ちょっと大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫ですよ。北原さん、先に教室に戻ってて良いよ」

「あ、ひゃ、ひゃい! か、かがみくん、プリント(それ)……」

「大丈夫。これはオレが後でちゃんと持って入るから。安心して」

 

手をヒラヒラ、と振ってプリントの束を持ちあげる火神。

北原は、持っていくと提案をしたつもりだが、重量的にも何ら問題ないので、火神は断ったのだ。

 

 

「ごめんね」

「い、いえいえいえいえ、ごゆっくり? どうぞ~……」

 

 

清水に普通に話しかけられてるだけだ。

間違いなく普通に。周囲がそれを証明している。

 

なのに、何故か身体の芯に響いてくる悪寒はなんだろう?

 

 

「…………はぁ」

 

 

何だかどっ、と疲れた様子の北原は、とりあえずそれ以上は考えない様にし、身体の力を抜きながら、教室へと入っていくのだった。

 

 

 

因みに残った火神と清水はと言うと。

 

 

「さっきの見てた」

「さっきって……、あっ!? あ、いや その……」

「ふふ。あれは仕方ない。不可抗力だね」

「ぅ……、そ、そうなら、そうと先に言ってくれても……」

「火神は心配し過ぎるに越したことない、って理解してるから、無理かな? ある程度はね」

 

 

ぐうの音も出ないとはこの事。

色々とあるが、やはり一番は、あの思いっきり頭を打ち付けて、血を流した時の事だろうか。

 

目を離した途端に、の出来事だったし、まだそれこそ日が浅いのである程度は清水も注視しているのである。

 

 

 

そんな、火神と清水を見て周囲はと言うと。

 

 

「!! ひ、日向の次は火神か!? 3年の美女と知り合い……、つまりバレー部!?」

「ま、マジか……、オレもバレー部に入りなおそうかな……」

「………いや、それは止めといた方が……、野球部の九条先輩を超えていけるっていうなら勧めるけど」

「……………無理!」

 

「………でも、火神君なら、絵になるよね………背、高いし…… カッコイイし……。不自然じゃないっていうか………」

「ぅぅ~………」

 

 

と様々な反応を見せていた。

 

周りの会話は流石に2人には届いていない。

視線は感じるが、別に気にする様子も見せない2人は続ける。

 

「さっき、日向にも言ったんだけど、1年生の中でどの部活にも入ってない子が居るかどうか、確認してもらいたくて」

「!」

 

清水の手にあるのは1年の名簿。

苗字と名前が解っても、顔まである訳じゃないから、なかなか全てに確認するのが難しいのが現状なのだ。

 

 

「(新マネージャーの件……か。うん、そうだった)っし! 了解しました。オレの方でも当たっておきます。何人かは心当たりがあるんで」

「ん。任せた」

 

 

にっ、と笑う2人。

 

 

「じゃあ、また部活で。引き留めてごめん」

「いえ。大丈夫です。……満足に部活参加出来ないので、これくらいはさせて下さい。出来る事は全力で、です。――――勿論、明らかな無理無茶はしない範囲で」

「よし。解ってるなら良いよ」

 

 

全力、の部分でやや視線が鋭くなった気がしたのは気のせいじゃない。

 

どんな事でも全力でする、全力で取り組む、それは良い事ではあるが 全力を出して良い場面とそうじゃない場面がある事くらいは重々承知の筈だ。休む事はそれと同等、若しくはそれ以上に大切な事だから。

 

先ほどの一件も、仕様が無かったとはいえ 正直心配もしたから。――――色々(・・)と心配だった上に、また心配が重なりそうだった。

 

だから、火神がちゃんと言い直したのを聞いて清水は 安心して笑う。

 

 

そして、歩き出して、火神と肩が触れるか触れないかの距離で交差する時。

 

 

 

「―――でも、目移りは、感心しない」

 

 

 

清水は不意にそう呟いていた。

安心はしたけど、してない部分が心にあり、それが不意に自身の口から言葉となって発せられた。

 

火神に聞こえているか、聞こえてないか自分でも解らない程の声量で。

 

「……え? 何です?」

「なんでも。じゃあ、改めて…… また部活で」

 

聴かれてなかったのが良かったのか悪かったのか……。

今は解らないが、清水は 色々な想いを馳せ、募りながら 歩を進めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そして、(ある意味)運命の日の部活が始まる。

 

 

いつも通り、気合が籠った練習メニューを熟していく面々。

火神はまだ参加出来ないので、1人で出来る足に負担の掛からない壁打ちや日向直伝ロンリーパス練習(足使わないver)を黙々と熟したりして……、今の時間。決して無駄にならない様に、余す事なく使う。

 

 

そして、部活の時間も終えた時だ。

 

 

武田が帰宅前に 例の東京での合同練習の詳細を説明してくれたのは。

間違いなく楽しみにしていた者が殆どだった。――――最後の言葉を聞くまでは。

 

 

「えー、おほんっ! とりあえず当面のスケジュールを伝えます。確定したら、ちゃんと表にして配りますね」

 

 

武田の声色は、明らかに昨日のものではない。

皆に伝えようと、飛び込む勢い(実際にこけた……)で体育館に来た姿はまだ鮮明に浮かぶ。………が、今の武田は何だか違う。

 

「(なんか元気ない? 武ちゃん)」

「(ん~~、昨日のテンションがアゲアゲだっただけで、これが普通だったり?)」

「(おー、そうか。……そうか?)」

 

いち早く気付くのは田中。真正面に居たから些細ではあるが、違う事に気付いた様子。

西谷は、特に気付いた様子はない。

 

「(あー、やっぱりなぁ……、クラス変わったから、今の翔陽の事情(・・)は把握できてないけど、中学ん時の事を考えたら…………。うん、無理デショ)」

 

火神は火神で御察しの通り。

とりあえず、知ってるのもおかしい話だし、ひょっとしたら違ったかもしれないので静観中である。

 

 

「まず、再来週末。県内の日川高校と練習試合が決まっています」

「「おおーーっ!」」

「―――で、例の東京遠征ですが」

 

 

申し訳ないが、日川は前座中の前座。

皆にとっては、今の皆の中心はまさに東京一択だから。

武田の言葉を今か今かと待ちわびている。餌を前にした子犬の様に。

 

 

武田は別に焦らすつもりはなく、ただ淡々と告げていく。

 

 

「向こうのIH(インターハイ)予選は、昨日言った通り、今週末からです。宮城(こっち)は、3日連続で決勝まで行いましたが、向こうは3週にわたって、日曜に試合が行われます。……ですので、合同練習はその後、と言う事になりますね」

 

東京と言えば大都会! 

優勝候補のチームもあり 実力もさることながら、チーム数も当然桁違いだろう。

その点から考えても、ワクワクが止まらない様子だ。

 

 

「えー、それと遠征の場合、親御さんの了承も必要だから、これも後で書類を配るね。学校からの承諾も基本的(・・・)には大丈夫」

「おー、あと費用もとりあえず、目処はついてるから安心しろ」

【うおおおーーー!!】

 

 

現実味が増していく、スケジュールの確認。

ひとつひとつ報告される度に歓声が沸く。

 

 

だからこそ、気付けなかったのだろう……、武田の声色が明らかに変わった単語(・・)があった事に。

 

 

 

「――――ただ、ね。この県内に僕らと同等、もしくはそれ以上のチームはまだまだあるワケで、そこを敢えて県外まで行こうとしてるワケだね。紛れもないチャンスだから。掴まないといけない程、大きな大きなチャンスだから。零しちゃったら、後々まできっと響くであろうチャンスだから」

 

 

武田の声色が明らかにおかしくなっている事に、盛り上がってた面子もだんだん気付いたのだろう。歓声を上げる者は居なくなる。

 

特に意識してない組は、ただ、頭の中に【?】を浮かべるだけだった。

 

 

その疑問は、とうとう次の言葉で晴れる。

 

 

 

「――――掴まないといけないチャンスの前に、あるよね? 乗り越えるべきものが」

【??】

 

 

 

 

 

「来月になったら―――――期末テストがあるの。………わかるよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さぁさぁ、大きな大きな東京遠征()

 

 

その東京遠征()の前に立ちはだかる学生の本分。

 

 

地獄(期末テスト)の時間の始まりだ!

 

 

 

 

 


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