ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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脇役11

突如始まったヘルシャー帝国の現皇帝であるガハルドと浩二の模擬戦。

勇者である光輝でさえ手も足も出ずに敗北した相手に後方支援である浩二が勝てるわけがないと誰もが思っているだろう。

現にイシュタル、エリヒド陛下。そしてクラスメイト達は浩二は負けることに疑いを持っていない。

「香織。すぐにでも回復魔法を使えるようにしておいて。相手は皇帝陛下。もしものことがあったら大変だわ」

「うん」

「光輝、龍太郎。わかっているわね? いざという時は私達が浩二を止めるわよ?」

「ああ」

「おう」

だが、浩二の幼馴染達は違った。

浩二が負けるに心配するどころか逆にガハルドの心配をしている雫達に鈴が怪訝しながら雫に問いかける。

「えっと、シズシズ? なにしてるの?」

「鈴。ちょうどよかった。もしもの時の為に防御をお願い。‶聖絶〟がいいわね」

真剣な顔で告げる雫の言葉にクラスメイト達は揃って首を傾げる。

雫達の行動はまるで浩二が勝つことを前提にしているかのような動き。だがしかし、後方支援それも天職‶医療師〟である浩二がガハルド皇帝陛下に勝てるイメージがどうしても持てないからそれは無理もないだろう。

「………………浩二くんって実は強い?」

これまで訓練での模擬戦で浩二が雫達に勝ったところを見たことがない。惜しい、と思われることはあってもあと一歩届かず負けるところしか見ていない鈴は当然の疑問を口にする。だがしかし、それは実力を隠していたのかもしれない。

しかし、雫は首を横に振った。

「私達は試合で浩二に負けたことはないわ」

「ならどうして?」

「でもルール無用の喧嘩なら勝った事がないのよ」

「え?」

試合では負けるも喧嘩では勝つ。まるで矛盾しているかのように聞こえるその言葉の真意を聞こうとする鈴だけどその意味はすぐに理解することが出来た。

模擬戦が始まった。

余裕たっぷりと自然体で剣を持つガハルド相手に浩二は地面に薬品を叩きつけた。それが大気中の空気に触れた瞬間、煙となって周囲に広がっていく。

「鈴!」

「りょ、了解! ここは聖域なりて、神敵を通さず、‶聖絶〟!」

雫の合図に咄嗟に光のドームでクラスメイト達を守るなか、ガハルドの奇声が聞こえた。

「ぐぉぉおおおおおおおお!! 痒い痒い痒い! おい! いきなりなんだこれは!?」

全身を掻きむしりながら文句を飛ばすガハルド。だが、浩二の返答は投擲ナイフだ。

「舐めるな!」

だが、その程度で怯むような皇帝陛下ではない。痒みに堪えながらも投擲してくるナイフを弾き落としていくと。

バリン、と投擲ナイフと思い弾いてしまったのは小瓶。その中身を思わず浴びてしまう。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!! 目が、目が!!」

薬液を浴びた目から光が消え、ガハルドは視覚を奪われた。

それでも流石というべきだろう。視覚が封じられたというのに投擲ナイフの風切り音だけで弾いていくも、頭上からそれも正確無比にガハルドの頭上に落ちてきた薬液を頭から浴びてしまう。

「くせぇ!! なんだこれくせぇぞ!!」

あまりの臭さに思わず鼻を抓んでしまったガハルドに次々と投擲ナイフ、薬液入りの小瓶、薬液が仕込まれた投擲ナイフが放たれる。

「おい! 少しは真面目に戦いやがれ! これならさっきの勇者の方がまだましだぞ!」

あまりのまともではない戦いぶりに苛立ちと共に叫び散らすも返答は無言だったことにガハルドは内心舌打ちした。

声で居場所を特定してやろうと思ってもガハルドの思惑を理解しているかのように何も答えない。今は気配と音のみで対応している。

そんな戦いぶりを見ている幼馴染達は溜息と共に相変わらずのえげつない戦い方に頬を引きつかせる。

「……………………浩二くんはね、自分が弱いということを自覚しているの」

えげつない戦い方を披露する浩二にドン引き中のクラスメイト達に幼馴染達は説明する。

「だからあらゆる策を練って使える手段は全部使うの」

「試合ではルールがあるもの。だから浩二の使える手段は限られているから私達が勝てるけど……………………」

「なんでもありの喧嘩なら浩二の十八番だ。ありとあらゆる手段、方法を使って相手を確実に弱らせて戦いやがる。それもえげつない方法でな」

「毒蛇や毒蛙も浩二は当たり前のように使うからな……………」

「あったわね。そんなことも……………」

幼馴染達のその説明にクラスメイト一同は言葉が出なかった。

子供の頃、誰もが一度は経験したことがある喧嘩。大体は自身の拳や蹴りでするものだが、浩二は勝つ為なら手段は問わないことを当たり前のように使う。

(でも、今回はきっと………………)

香織は思う。

今回はそれ以上にいやらしくも惨たらしくするだろう。

惚れた女を愛人にしようとしている相手に浩二は躊躇いがない。もはやガハルド皇帝陛下は浩二にとって実験動物(モルモット)と同じだ。

その証拠に浩二がガハルドを見る目は完全に実験動物(モルモット)。しかもマッドな笑みも浮かべて攻撃している。

(が、頑張らないと…………ッ!)

このままでは皇帝陛下が死んでしまう。いや、死んだ方がマシだという残酷なめに会ってしまう。そうなる前に止めなければ、幼馴染として。

香織は両手を握りしめてフンスと鼻を鳴らす。

「クソが! ああ痒い!!」

悪態を吐きながら全身の痒みを堪えつつ戦うガハルドは少しずつ冷静さを取り戻してこの戦いにも慣れたきた。

そのとき、背後から近づいてくる気配を掴んだ。

「そこか!」

背後に振り返って一閃。確かな手応えを感じながら口角を曲げるガハルドだが、背後からの衝撃に吹き飛ばされる。

「がふっ! な、何が起きやがった…………!」

確かに斬った。そう確信したはずなのに気がつけば背後から殴られていたガハルドには見えなかった。

浩二の髪が自由自在に伸びて拳を作っているのを。

まるで髪が意思でも持っているかのように動いて人の手の形となり、拳になっている。ガハルドが斬ったのは伸びた浩二の髪だ。

そしてどうして浩二の髪が自由自在に動いているのか、その答えは‶改造〟の派生技能‶構造変化〟。体内の構造を自在に変化させることができるこの技能を使えば髪を伸ばすどころか爪も舌も伸びるし、身体を大きくも小さくすることができる。それ以外にも身体を異様に柔らかくすることも、手足を伸び縮みすることも可能だ。

簡単に言えば肉体を自在に操作することができる。そこに‶魔力操作〟の派生技能である‶魔力循環〟を使えばある程度の強度は補強される。

魔力でコーティングされている髪はもはや鋼と同然。それが自由自在なら恐ろしいに限る。そしてそんな浩二を見たクラスメイト達は啞然としているとクラスメイト代表として鈴が皆の気持ちを代弁する。

「浩二くん、もう人を辞めてるよ………」

その言葉に全員が頷いて同意した。

そして浩二はドクターコートから紫色の液体が入っているフラスコを取り出してそれを自身の髪に掴ませてガハルドにかけようと髪を操る。だが。

「何をするつもりは知らんが、そうおいそれと喰らってたまるか!?」

直感、本能といった長年培った危機回避センサーで避け、浩二に接近するガハルドは一瞬で浩二の懐に潜り込んでその刃で今度こそ斬った。

「なっ!?」

だが、ガハルドの持っている剣が儚い音と共に折れて刃先が宙を舞った。

何が起きた? と疑念が脳裏を過るガハルドだが、視覚が奪われていた為に気付かなかった浩二に身体が漆黒に染まっていることを。

浩二は攻撃を受ける前から己の体内にある炭素の結合度を変化させて表皮に集中し、肉体をダイヤモンド並みに硬化した。その硬度は技能‶金剛〟と同格。

それならばただの模擬剣は折れるのは道理というものだ。

そして接近したガハルドの手足を浩二は己の髪で縛り上げて宙を浮かせて魔法の詠唱を封じる為に口も塞ぎ、ついでに鎧も服を引き裂いてパンツ一丁にさせる。

流石のパンツの中にまで魔法陣は隠してはいないだろう。

「皇帝陛下。確かに貴方は俺の何倍も強いでしょう。まともに戦えば確実に俺は負けます。ですが、力が強さではありません。そして強さが必ずしも勝利とは限りません」

そう、光輝のように戦えば浩二は必ず負ける。だからこそ姑息でも卑怯でも外道でも使える手段は取って勝利を手にする。

だからこそ幼馴染である光輝達を除いて誰もがこの光景に目を見開いている。

光輝を圧倒したガハルド皇帝陛下を浩二が捕えるという光景に。

「……………………」

観念したのか、負けを認めたのか、全身を脱力するガハルドに浩二は口の部分だけ解放するとガハルドは豪快に笑った後、己の敗北を認めた。

「俺の負けだ! そこの女を愛人に誘うのは諦めるぜ!」

流石は実力主義の国の皇帝なだけあって潔く勝者に従うその姿に誰もが模擬戦の終わりを想像した。

―――浩二は髪で無数の拳を作るのを見るまでは。

そしてその髪の拳はガハルドの下半身、正確には股間に向けられている。

「お、おい…………まさか……………」

嫌な予感が全身を襲い、ガハルドは冷や汗を浮かべながら「冗談だろ?」という表情で浩二を見るも、その瞳は実験動物(モルモット)を見る瞳だ。

周囲の誰もがこれから行われる惨劇を想像してしまい、特に男性陣は顔を青ざめる。

そして浩二はマッドサイエンティストの笑みを浮かべながらとある吸血姫の言葉を頂戴する。

「……………漢女になるがいい」

髪の拳が連続でガハルド皇帝陛下に叩き込まれる。

「浩二! やめなさい!! 光輝! 龍太郎! 行くわよ! 香織も早く!」

「おい、浩二! もうよせ! 相手は皇帝陛下なんだぞ!」

「流石にそれはやべぇって!!」

「浩二くん! それは駄目! 流石にそれは駄目!!」

この場にいる男性陣の誰もがその光景と鈍い音に股間を両手で押さえて涙目になるなかで幼馴染の暴挙を必死に止めに行く光輝達だが、浩二はやめない。

「離せ! 二度と雫の前に現れない様にここで漢女にしてやる! 去勢してやる! 引き千切って女性ホルモンを高めて女に改造してやる!!」

雫に羽交い締めされ、光輝と龍太郎に両腕を掴まれ、正面から香織に抱きつかれながらも「オラオラオラオラオラッ!」と言わんばかりに髪の拳をガハルドの股間に叩きつける。

あまりの光景に帝国の使者と護衛は一瞬遅れて正気を取り戻してガハルドを救いに駆け出す。このままでは皇帝が皇女になりかねない。

それから数分後、光輝達の必死の説得というよりも「雫ちゃんの膝枕権あげるから!」という浩二の恋心を利用した香織の言葉のおかげで矛を収めた浩二。そして股間を集中的にしつこく攻撃されたガハルド皇帝陛下は泡を吹きながら白目で倒れる。

そして皇帝陛下の股間は流石というべきか、運がよかったというべきか辛うじて無事であったことに浩二は盛大に舌打ちする。

香織の回復魔法のおかげで復活したガハルドだが、若干浩二に恐怖心を抱いたのは無理もない。

ガハルド皇帝陛下は即、帰国した。まるで恐怖から逃れるように。

「雫に手ぇ出したら女に改造してやるからな?」

決してその言葉が怖かったわけではない。ただ用事を思い出しただけなのだ。


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