勇者一行は順調に階層を攻略していき、現在では八十九階層にまで到達している。
鍛え上げた武技や魔法で八十九階層にいる蟻型と蝙蝠型の魔物を次々に撃退していく光輝達は自分達でもかなり成長していると自負している。
既にこの場にメルド団長率いる王国騎士団達はいない。実力的にリタイアし、三十階層へ繋がる七十階層の転移陣の警護を務めるようになってから光輝達は自分達の力で完全突破目前まで来ていた。
そんな光輝達の現在のステータスが……………
天之河光輝 17歳 男 レベル72
天職:勇者
筋力:880
体力:880
耐性:880
敏捷:880
魔力:880
魔耐:880
技能:全属性適正[+光属性効果上昇][+発動速度上昇]・全属性耐性[+光属性効果上昇]・物理耐性[+治癒力上昇][+衝撃緩和]・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解
坂上龍太郎 17歳 男 レベル72
天職:拳士
筋力:820
体力:820
耐性:680
敏捷:550
魔力:280
魔耐:280
技能:格闘術[+身体強化][+部分強化][+集中強化][+浸透破壊]・縮地・物理耐性[+金剛]・全属性耐性・言語理解
八重樫雫 17歳 女 レベル72
天職:剣士
筋力:450
体力:560
耐性:320
敏捷:1110
魔力:380
魔耐:380
技能:剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇]・縮地[+重縮地][+震脚][+無拍子]・先読・気配感知・隠形[+幻撃]・言語理解
白崎香織 17歳 女 レベル72
天職:治癒師
筋力:280
体力:460
耐性:360
敏捷:380
魔力:1380
魔耐:1380
技能:回復魔法[+効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+範囲効果上昇][+遠隔回復効果上昇][+状態異常回復効果上昇][+消費魔力減少][+魔力効率上昇][+連続発動][+複数同時発動][+付加発動]・光属性適正[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動]・高速魔力回復[+瞑想]・魔力操作[+精密操作][+イメージ補強力上昇][+遠隔操作][+効率上昇]・言語理解
それが浩二の幼馴染達の現在のステータス。そして浩二は……………。
平野浩二 17歳 レベル:72
天職:医療師
筋力:370
体力:510
耐性:480
敏捷:430
魔力:1500
魔耐:1500
技能:医学[+診察][+肉体構造把握][+精密診査][+診断][+経穴][+心霊医術]・調合[+薬毒鑑定][+高速調合][+効果上昇][+効能上昇][+調合改良][+保存期間延長][+劣化防止][+品質上昇][+服用量低下][+特殊調合]・侵入[+範囲増加][+精神操作][+記憶操作]・改造[+解剖][+最適化][+自己改造][+構造変化][+肉体操作][+肉体硬化][+肉体改造負担低下][+物質改造][+魔物融合][+物質混合][+改造強化][+改造改良][+改造改悪]・投擲[+精密投擲][+飛距離上昇][+気配感知][+視野強化][+視覚強化]・魔力操作[+魔力循環][+魔力硬化][+精密操作][+効率上昇][+遠隔操作][+魔力放射][+魔力範囲拡大][+魔力変換][+変換効率上昇][+治癒力上昇][+魔力感知]・回復魔法[+回復速度上昇][+状態異常回復上昇][+消費魔力減少][+魔力効率上昇][+発動速度上昇][+連続発動][+複数同時発動][+イメージ補強上昇]・光属性適正[+発動速度上昇][+光属性効果上昇][+効率上昇][+魔力消費減少]・闇属性適正[+発動速度上昇][+闇属性効果上昇][+効率上昇][+魔力消費減少]・高速魔力回復[+魔力吸収]・言語理解
やり過ぎてしまった感満載の総技能数。
魔力、魔耐に続いて総技能数は完全に‶勇者〟どころか香織さえ上回っている。
でもそうしなければならない理由が浩二にはあった。
(そろそろ九十階層……………魔人族との遭遇だ……………)
変成魔法によって強化された魔物とその魔物を操る魔人族。原作では光輝達がその魔人族と交戦して全滅しかけた。
運よくそこで主人公である南雲ハジメが現れたことで九死に一生を得たが…………。
(転生者である俺がいる限り、南雲が生きている保証なんてない。最悪、俺がなんとかしないと……………)
死なない為に、雫を護る為に、幼馴染達やクラスメイトを助ける為に浩二は今日の日の為に備えてきたと言っても過言ではない。
万が一に南雲ハジメが現れなかった場合はその責任は転生者である浩二にある。だからその責任を取らなければいけない。
その為に鍛え、研究し、己の身体を改造してきた。
十分な備えも準備もしてきた。後はもう賭けに出るしかない。
気持ちを落ち着かせて光輝達と共に九十階層に到着した。見た目は今まで探索した八十階層台と何ら変わらない作りのようだが何が起こるかわからない以上は警戒する。
そして階層を突き進むも、光輝達はいまだ魔物と遭遇しないことに怪訝する。
「………………どうなってる? なんでこれだけ探索しているのに、ただの一体も魔物に遭遇しないんだ?」
既に探索は半分近く済ませているにも関わらず、一体も魔物の姿を現さないことに明らかな異常性を感じ取った。
「……………なんつぅか、不気味だな。最初からいなかったのか?」
龍太郎と同じようにその可能性を話し合うも、雫が一度戻ることを光輝に告げる。
「……………光輝。一度、戻らない? なんだか嫌な予感がするわ。団長達なら、こういう事態について何か知っているかもしれないし」
警戒を強めながら、光輝に提案するも光輝は逡巡する様子を見せる。その時。
「これ……………血……………だよな?」
遠藤の言葉に全員地面や壁を注意深く観察し始めると、周囲のあちこちについていた。
それもかなりの量で。
そして全員の視線が浩二に向けられる。この中で誰よりも魔物に詳しい浩二に意見を求める。
「……………………魔物が魔物を襲うことはある。だが、痕跡を隠蔽する知能を持つ魔物はまずいない。それにこれは明かな隠蔽工作。それはつまり、この階層にはいるんだ。魔人族が」
その言葉に誰もが険しい顔で警戒レベルを最大に引き上げる。
その時。
「その通りだよ」
突如、聞いたことのない女の声が広間に反響し、声がした方に視線を向けると燃えるような赤い髪をした妙齢の女。その耳は僅かに尖っており、肌は浅黒かった。
(あれが魔人族か…………)
原作通り、姿を現した魔人族の女に浩二は薬液入りの投擲ナイフをいつでも投擲できるように構える。
「勇者はあんたでいいんだよね? そこのアホみたいにキラキラした鎧を着ているあんたで」
「ア、アホ…………う、煩い! 魔人族なんかにアホ呼ばわりされるいわれはないぞ! それより、なぜ魔人族がこんな所にいる!」
あんまりと言えばあんまりな物言いに軽くイラッときた光輝が、その勢いで驚愕から立ち直って女魔族の目的を問いただすも、女魔族は煩そうに光輝の質問を無視すると。
「この中に天職が‶医療師〟がいるって聞いたのだけど、どいつだい?」
女魔族の言葉に光輝達の視線が浩二に集まる。
(俺……………?)
どうして女魔族は浩二を探しているのか、浩二はそれを探る為、そして時間を稼ぐために一度雫に目線を送る。すると雫も浩二の意図に察したかのように神妙に頷く。
「俺が‶医療師〟の平野浩二だ。それで魔人族が俺に何の用だ?」
「浩二!?」
自ら正体を明かす浩二に光輝は浩二を下げようとするも浩二がそれを制する。
「落ち着け、光輝。直情的になるのはお前の長所でもあり短所だ。ここは俺に任せろ」
光輝を説得して前に出る浩二。すると女魔族は冷笑を浮かべたまま口を開く。
「へぇ、あんたがそうかい。なんか思っていたより普通だね。まぁいいさ。要件は簡単だよ。あたし側に来ないかい?」
「人間族から魔人族側に寝返れってことか?」
「そうそう。いろいろ、優遇するよ? 特にあんたと勇者君はね」
「勇者である光輝はわかるが、どうして俺まで勧誘対象になっている?」
「あんたは気付いてないかもしれないけどね、あたしら魔人族側ではあんたの調合のレベルを高く買っているのさ。なんせここ数ヶ月で人間族側の医学を発達させ、あんたの調合した薬でかなりの数の人間族が死なずに済んでる。今はどうってことはないが、数年、数十年も経てば人間族は数を増していく。これは魔人族側でも脅威でもある。だが、逆に」
「味方になれば心強い、ということか」
「そうさ。だから勧誘にあたしが遣わされた。一応、お仲間も一緒でいいって上からは言われているけど?」
(なるほど、王女様に頼まれた薬か…………)
それが魔人族側からして見れば厄介だろう。怪我や病で死ぬはずだった人が生きていればそれだけ人間の数が増えるのは明白。それに医学が更なる発展を遂げれば厄介だと思うのも無理はない。
さて、どう答えようか。と頭を悩ませていると。
「断る! 人間族を、仲間達を、王国の人達をっ、裏切れなんて、よくもそんなことが言えたな! やっぱり、お前達魔人族は聞いていた通り邪悪な存在だ! わざわざ俺と浩二を勧誘しに来たようだが、一人でやって来るなんて愚かだったな。多勢に無勢だ。投降しろ!」
浩二が返答する前に痺れを切らした光輝が断った。
(原作通りのキャラとはいえ、言わせてくれ。このアホ!!)
状況が状況でなければ頭を思い切り引っ張っていた。
「……………………そう。なら、あんたに用はない。言っておくけど、あんた等の勧誘は絶対ってわけじゃないよ。命令は、‶可能であれば〟だ。状況によっては、排除の命令も出てる。殺されないなんて甘いことは考えないことだね。ルトス、ハベル、エンキ。餌の時間だよ!」
「ッ!? 雫! 永山! 横に跳べ!!」
女魔族が三つの名を呼ぶのと、バリンッ! という破砕音と共に、雫と永山は苦悶の声を上げて吹き飛びそうになるも、浩二の咄嗟の指示に反射的に動いたおかげで間一髪で回避に成功した。
だが、二人を吹き飛ばそうとした正体は不明。そこで浩二がドクターコートからあるものを取り出した上空に放り投げ、投擲ナイフで破壊する。
すると中に入っている薬液が空気に触れて塵となり、広間一帯に振りかかると、それは姿を現す。ライオンのような頭部に竜のような手足に鋭い爪、蛇の尻尾と、鷲の翼を持つ奇怪の魔物。命名するならキメラだ。
更にはそのキメラだけではなく、体長が二メートル半程の見た目はブルタールに近い魔物が次々と姿を現す。
浩二が開発した魔法薬‶乱魔薬〟。
魔力を乱す効果を持つ魔法薬を浩二が改良して空気の酸素に触れると粉塵化して辺り一面に広がる。人体にはそれほど影響を及ばない代物だけど迷彩という姿だけではなく気配も消す固有魔法を持っている魔物には有効だ。
(そもそも、今日の為に調合した俺のとっておきの一つだ!)
とっておきの一つを披露した浩二は続けさまに薬液入りの投擲ナイフをキメラに投げる。投擲ナイフがキメラに突き刺さり、薬液がキメラの体内に注入して絶命する。
「グルァアアアアアアアッ」
「!?」
筈なのにそんなもの効くかと言わんばかりに凶爪を振るう。
「‶天絶〟!」
咄嗟に無詠唱で光属性中級防御魔法で防御するも、ガラスでも砕くかのように砕け散る。
「チッ!」
防御を突破して凶爪を振るうキメラの攻撃を‶改造〟によって進化した人間離れの動きで回避する。
(おかしい………ッ! 毒が効かないなんて原作じゃなかったぞ!)
無論、薬や毒をメインに戦闘するのは浩二ぐらいでそれ以外の光輝達は剣や魔法で戦っている。もしかしたら自分が知らないだけで耐性を持っているのかもしれないと推測する。
複数のキメラやブルタールモドキとの戦闘で悪戦苦闘を繰り広げる光輝達は魔物の強さだけではなくその数の多さにも押されている。
そしてキメラやブルタールモドキだけではなく魔法を飲み込む亀や回復役を担っている双頭の白い鴉。
(わかっていたことだが……………やっぱりここは撤退がベストか!)
「光輝! 撤退だ! このままじゃ俺達は――」
「仲間がやられたまま引き下がれるか! ‶限界突破〟!」
浩二の言葉を遮って‶限界突破〟を発動した光輝。その基礎ステータスは三倍になり、一気に魔物も女魔族を倒そうとする。
「この、馬鹿がっ!!」
頭に血が上っている勇者に悪態を吐きながら浩二は魔法で応戦しつつ投擲ナイフで魔物の視界を潰していく。だがそれでも魔物の数が尋常じゃない。
「雫! 龍太郎! 馬鹿を止めて撤退だ! 一度引いて態勢を立て直すぞ!」
「ええ! わかったわ!」
「おう!」
「香織! お前は回復に専念しろ! 鈴! お前はいつでも結界を張れるようにしろ! 恵理は鈴をカバー! 檜山達は香織達を死ぬ気で護れ! 永山達はきついだろうが、引き続き魔物を相手にしてくれ!」
暴走する馬鹿の尻拭いをする為、代わりに指示を飛ばす浩二は雫と龍太郎と共に光輝を止めに入る。
そんな浩二に女魔族は薄っすらと笑みを浮かべる。
「へぇ、状況を見て迷わずに撤退を選ぶなんて勇者君と違ってたいした判断力じゃないか。だけど、それをあたしが許すと思っているのかい?」
女魔族の言葉と共に更なる魔物が追加される。
四つ目の狼に背中に四本の触手を生やした黒猫が浩二達に襲いかかる。
「舐めるなよ! ‶改造〟!」
己の髪を急速に伸ばしてその髪を操って魔力でコーティング。ガハルド皇帝陛下の時より更に硬度も跳ね上げて髪で拳と刃に作り変えて魔物を攻撃する。
人間離れした攻撃に襲ってきた狼と黒猫は倒され、浩二はそのまま髪で光輝を捕まえる。
「浩二!? 離せ! このままじゃ!」
「光輝! 今の状況をよく見なさい! あんたが一人で突貫してどうこうできる問題じゃないのよ! 敵の手札が尽きるとも限らない以上はここで撤退よ!」
「ぐっ、だが……………」
「冷静になりなさい! 悔しいのは皆一緒よ!」
幼馴染の雫の言葉に唇を噛んで逡巡するが、それよりも速く浩二が光輝の意識を刈り取った。
医学の派生技能である‶経穴〟。生物にある経穴を突くことで安全かつ確実に光輝の眠らせて聖剣を拾う。
ここで後は撤退できればと思った時。詠唱が聞こえた。
「地の底に眠りし金眼の蜥蜴、大地が産みし魔眼の主、宿るは暗闇見通し射抜く呪い、もたらすは永久不変の闇牢獄。恐怖も絶望も悲観もなく、その眼を以て己が敵の全てを閉じる。残るは終焉―――」
「‶邪纏〟!」
女魔族がこれから発動しようとしている魔法を闇属性魔法によって妨害。そしてドクターコートからいくつもの薬液を取り出して地面に叩きつける。すると広間に緑色の煙が発煙する。
「なっ!?」
「全員撤退! 来た道を戻れ!!」
浩二の撤退宣言にクラスメイト達は一目散に撤退を始める。
そして緑色のおかしな煙に警戒してしまった女魔族は浩二達を取り逃がしてしまう。
「……………………やられたね。でも、次はこうはいかないよ」
運よく撤退に成功した光輝達。だが、まだ終わりではなかった。