ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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脇役17

ゴキリという鈍い音が室内に木霊し、女魔族は物言わぬ肉塊と成り果てる。

静寂が辺りを包み込むなか、浩二は‶無形の貌〟を解いて女魔族を地面に寝かせる。

――――浩二が人を殺した。

光輝達は、今更だと頭ではわかっていても、同じクラスメイトが人を殺した光景に息を呑み戸惑ったようにただ佇む。

誰もが、いずれはとは思い覚悟はしていた。この世界で、戦いに身を投じるということはそういうことだ。迷宮の魔物を相手にしていたのは、あくまで実戦訓練であり、いずれは人を殺さなければならない日が来ると覚悟していた。

だが、それを最初に行ったのが、勇者である光輝でも、前衛を務めている龍太郎でも雫でもない。天職‶医療師〟の浩二だ。

誰よりも命の尊さを重さを知っている。その調合の腕前で多くの人の命を救っている医者が人を殺した。

光輝達を圧倒した強力な魔物を殲滅できるだけの力を持って。

そんな浩二が踵を返して香織に声を飛ばす。

「香織。メルド団長は?」

「え、う、うん。危なかったけど、もう大丈夫だよ…………」

「そっか。よかった」

メルド団長の容態を聞いて安堵の息を漏らす浩二に声を押し殺したような光輝の声が響いた。

「なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか…………」

その疑問に浩二は小さく息を吐きながら言う。

「なら捕虜にすればよかったのか?」

「ああ、彼女は既に戦意は喪失していたんだ。殺す必要はなかったはずだ」

「ちょっと、光輝。浩二は――」

雫が自分達を助けてくれた浩二を庇おうと光輝に反論しようとするも浩二がそれを制する。

「光輝、お前は‶限界突破〟を二度使った。今だって歩くのが精一杯。そして俺も奥の手を使ったからお前と似たような状態だ。他の皆も体力も魔力も気力も低下している。皆の今の状態で敵を殺さずに捕虜にする余裕がどこにある?」

「だからって無抵抗の相手を殺すなんて間違ってる。浩二、お前がしたことは許されることじゃない」

「……………………そうだな。理由はどうであれ、殺しは殺しだ。俺はそれから目を背けることも否定するつもりもない。だが光輝、お前は考えた上で彼女を捕虜にしようと言ったのか?」

「なにを……………?」

「彼女が捕虜になった後のことだ」

その言葉に雫や永山といった思慮深い者は気づいた。だが、眼前の勇者はまるで気付いていないかのようにキョトンとしている。

それを見た浩二は若干呆れながら教える。

「間違いなく拷問されるだろうな。魔人族側の情報を得る為に。それも女だ、男以上に凄惨な目にあわされるだろう。それで欲しい情報が手に入って殺されるのならまだいい方だ。最悪の場合はどっかの変態に一生飼い殺されることだってありえる」

「なっ――」

まるでそんなこと想像していなかったのだろう。光輝は驚きを隠せず、一部の女子は小さく悲鳴を上げていた。

「それでもお前は捕虜にするべきだと言うのか?」

「そ、そんなこと俺がさせたりしない! 俺が彼女に手を出させないように言えば誰も手を出さない筈だ!」

「かもな。だけど基本的にお前は俺達と一緒に迷宮を攻略にここまで来ている。その間、誰も彼女に手を出さないと言い切れるのか? 魔人族に恨みや憎しみを抱く奴だっている。捕虜にした彼女に暴行を加え、お前が帰って来た時だけ傷や痣は薬や回復魔法で治してしまえば証拠は残らない。お前が知らない所でそうならないと言えるのか?」

「そ、それは……………だけど」

「確かに殺しはよくない。だが、彼女のこれから先の未来が苦痛でしかないのなら俺は医者としてその命を終わらせる。どれだけ恨まれようが、憎まれようがそれが医者の義務であり矜持だ」

「浩二……………」

雫は納得した。

敵だから殺した。もちろん、それもあるだろう。だけど浩二はその先も考えた上で女魔族の命を終わらせたのだ。敗北した以上、女魔族の辿る道は二つ。死ぬか、捕虜にされるか。だが、後者の場合は間違いなく苦痛を強いられる。

女魔族の尊厳と誇りを護る為に浩二は医者として苦痛を与える事なく、その命を終わらせたのだ。その結果、誰かに恨まれ、憎まれたとしてもそれを受け入れる覚悟が浩二にはあった。

「光輝。俺達がしているのは日本でしていた喧嘩じゃない。戦争をしているんだ。殺さなければ自分が、仲間が殺されてしまう。それを今日、実感した筈だ。そしてこれからも魔人族と戦うというのなら覚悟を決めろ。今回は俺がどうにかした。次は勇者であるお前がどうにかしてみせろ」

結局、浩二がしたことはいつもの光輝の尻拭いに過ぎない。だが、光輝はそれを認めず、さらなる反論をしようとした際、凄まじい轟音と共に、天井が崩落した。

原因は、紅い雷をスパークさせる漆黒の巨杭。それが、天井をぶち抜いて飛び出してきたのだ。

誰もが時を止められたかのように硬直しているなか、崩落した天井から人影が飛び降りてきた。

「なんだぁ? もう終わってんのか。これなら来る必要なかったじゃねえか」

嘆息しながら現れたのは白髪眼帯黒コートの男性。その声と姿に香織は彼だと確信する。

「ハジメくん!」

この物語の主人公、南雲ハジメ。少し遅れてやってきた。

 

 

 

 

突然現れた南雲ハジメ。変わり果てた彼の姿を一発で看破した香織はハジメが生きていたことに約束を守れなかったことにホロホロと涙を零しながら謝った。

ハジメの胸に飛び込む香織はハジメの胸元に縋りついて泣き、雫と浩二の「抱きしめて慰めてやれよ!」と言いたげな眼差しで訴えもあり、軽いハグというなんとも言えない形で止めた。ハジメのヘタレ……………。

原作通り、ハジメに続き、ユエ、シアの登場に浩二はハジメが生きていたことに安堵の息を漏らす。

そしてハジメ達と共に地上に戻る道中で浩二がハジメに声をかける。

「南雲、お前、魔物の肉でも食べたのか? 明らかに肉体が変質している」

「ああ、奈落の底じゃそれしか食うのがなかったからな」

浩二の質問になんともないかのように答える。

(なるほど、それじゃ南雲は原作通りにここまでやってきたと思ってもいいようだな)

こちらでは少し原作を改変させてしまったが、ハジメの方は何も変わっていなかった。

「……………………なるほど。悪い、見殺しにするような真似しちまって」

「別に気にしちゃいねえよ。どうでもいいしな」

謝罪するもハジメは本当に気にしていないかのように呆気なくそう答える。

「とりあえず南雲。地上に戻ったらお前の身体を診察させてくれ」

「あぁ? 別にどこも悪くはねえが?」

「いや、お前、考えてみろよ。どういう手段を使って魔物の肉を食べて生きてきたかは知らないけど、なんともないことはないだろう? 今はそうかもしれないけど、後から影響が出てくる可能性だってある。それに見たところ、お前のパーティーには回復役がいないみたいだし、なにより医者として今のお前をそのままにしておくことはできない。手間はかけさせないからとりあえず受けとけ」

「………………チッ、わかったよ。手早く終わらせてくれよ?」

「はいはい」

嫌々ながらも浩二の診察を受けることに了承するハジメに浩二は肩を竦める。

(さて、お膳立てはこのくらいにしときますか…………)

医者としてハジメを診察するのは本音だ。だが浩二はハジメに自身のパーティーに回復役がいないことを認識させることも視野に入れてそう言ったのだ。

香織をハジメのパーティーに入れやすくする為に。

(もう一押ししてやりますかね……………)

浩二は今度は香織の元へ足を動かす。

「どうした? 妙にへこんでいるみたいだが?」

「浩二くん……………」

「既に南雲の隣に‶特別〟がいることを気にしてんのか?」

浩二のその言葉に香織は静かに頷いた。

香織は既に気付いていた。今のハジメの隣にはユエという‶特別〟がいる。ユエがハジメを強く想っていることを察し、ハジメもまたユエを特別に想っている。

想い合う二人に香織は今更、自分が想いを寄せても迷惑なだけではないか、その迷いがあった。浩二はそんな香織の頭に軽くチョップを入れる。

「なに迷ってんだよ? 香織らしくもない。いつもの突撃はどうした? 突撃は? お前の得意技だろ?」

「浩二くん、でも……………」

「負けてない」

「え?」

「香織の想いは誰にも負けていない。幼馴染である俺が保証してやる」

優しい眼差しで香織の頭を撫でながら浩二は言葉を続ける。

「お前のこれまでの努力は決して生半可なものじゃなかった。途中で心が折れてもおかしくないほどお前は南雲の為に頑張った。ずっとお前の努力を見てきた俺と雫がその証人だ。だから迷うことなんてない。いつものように突撃してこいよ、突撃娘」

バン! と浩二に背中を叩かれて「うっ!」と声を漏らす香織に浩二は。

「俺と雫はいつでもお前の味方だ。だから安心して南雲の‶特別〟になってこい」

安心させるようにそう告げた。

その言葉を聞いた香織の表情から迷いが消えた。

「うん、行ってくるね」

「ああ」

迷いが晴れて得意の突撃を実行する香織の背に一息つくと、気が緩んで思わず横に倒れそうになるが、雫に支えられる。

「無理するからよ」

「わるい……………」

‶無形の貌〟の反動で既に余裕はなく気力でどうにかしていた浩二だが、それも限界に向かえて雫に肩を借りた。

「お節介だったかな……………?」

「ええ、ついでに過保護もつけてあげるわ」

(雫が言うか……………)

お前も人のこと言えないだろう、と内心ぼやく。

「後は香織次第か…………」

「そうね」

幼馴染の二人に見守られながら香織は南雲に言った。

「ハジメくん、私もハジメくんについて行かせてくれないかな?…………ううん、絶対、ついて行くから、よろしくね?」

香織はハジメに向かって突撃した。


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