南雲ハジメとの再会から三週間後が経過し、光輝達は王都に戻ってきていた。
その理由は‶人を殺す〟という致命的な欠点を克服する為だ。これからの魔人族の戦争に参加するのなら‶人殺し〟の経験は必ず必要となる。
克服できなければ戦争に参加しても返り討ちに遭うだけだから。
「やばいやばい! 寝坊した~!」
現在、騎士達と対人戦の訓練を行っている光輝達。鈴は寝坊して大急ぎで訓練場に向かって駆け出している。
「エリリンも起こしてよ~」
起こしてくれなかった親友に愚痴を言いながらも急いで訓練場を目指す鈴。
すると。
『そうか。答えは変わらないのだな?』
「ん?」
聞き覚えのある声に思わずその足を止めてしまった。
そこは騎士団長であるメルドの自室。今の声もメルドのものなら鈴も特に気にはしなかっただろう。
『はい。もう決めましたので』
だが、そこにもう一つの聞き覚えのある声に鈴は思わず聞き耳を立ててしまう。
(浩二くんと団長……………いったい何を話してるんだろう?)
急いで訓練場に向かわなければならないが、それ以上に好奇心が勝ったのだろう。どんな話をしているのか、それを後でネタにして浩二を揶揄ってやろうと悪戯笑みを浮かべる。
『勇者パーティーを抜けて明日にでもこの王都を出て行きます』
「え……………?」
その言葉に鈴は目が点になった。
「エリリ~~~ン!! シズシズ~~~!! みんな~~~~!! 大変だよ~~~~!!」
ドタバタと足音を鳴らしているかのように慌てふためきながら訓練場にやってきた鈴に雫は遅刻した鈴に説教しようと思っていたが、その慌ただしい様子に首を傾げる。
「鈴。どうしたのよ? そんなに慌てて何かあったのかしら?」
肩で息をする鈴に何が起きたのか説明を促す雫に他のクラスメイトも怪訝しながらその説明を求めていた。すると鈴が。
「浩二くんが、浩二くんが……………」
「浩二がどうかしたの?」
「浩二くんが、パーティーを抜けて王都を出るって……………さっきメルド団長と話してた」
「え?」
その言葉に雫だけではない。他のクラスメイトも目を見開いていた。
「おい鈴! どういうことだ!? 説明しろ!」
「す、鈴だってわかんないよ! さっき話してたのを聞いて、皆に知らせないとって思って……………」
龍太郎が更なる説明を求めるが、それ以上は知らないと鈴はそう告げる。そこに――
「悪い、少し遅れた。…………ってどうしたんだ?」
浩二本人が訓練場にやってきた。
「浩二。パーティーを抜けて王都を出るってどういうこと?」
雫が真っ先にそう問いかけると浩二は一瞬どうしてそれを? という顔になるも鈴を見てどこか納得するように頷いてその理由について話す。
「俺はこれ以上このパーティーにいることはできない。これ以上俺がいれば全体の士気に関わる」
淡々と告げるその言葉に雫そして龍太郎がそれを否定する。
「そんなことはないわ! 私達には貴方が必要よ!」
「そうだぜ! 前だってお前がいたから俺達は助かったんだ!」
「それに香織が抜けた今、回復役は貴方と辻さんだけになるのよ!? そこに貴方まで抜けられたら……………ッ!」
雫は気付いてしまった。
浩二がどうしてパーティーを抜けて王都に出ようとするその理由について。
「……………………もしかして、魔人族を、彼女を殺したことを私達が気にしているから?」
その言葉に浩二は頷く。
「俺がここにいれば皆、俺を気にするだろ? 頭ではわかっていても俺が人を殺したという事実を受け入れられない。最近、皆の俺に対する態度を見ていればわかる」
浩二は視線を周囲に向けると誰もが咄嗟に目を逸らしてしまう。
理解はできている。浩二がしたことは間違いではない。むしろ、正しい判断をしたと誰もが思っている。だが、それを受け入れるのはまた別問題だ。
皆が皆、浩二のように人を殺す覚悟を持っていないのだ。
そして浩二はそれを察してこれ以上は自分という存在は害悪でしかないと判断して時間をかけてメルド団長を説き伏せた。
メルド団長も渋々ながらもそれを了承した。
「だけどよぉ、それは俺達が……………ッ!」
悪いのは自分達の甘さだと龍太郎もそれを理解している。理解しているも、どうしても一歩引いてしまう。
「……………どうして、どうしてなのよ」
「雫?」
「どうして、あんたは自分を切り捨てられるのよ……………ッ!」
悪いのは自分達なのに、浩二は何も悪くないのに。それでも自身を切り捨てて他者を優先する浩二に雫は自身の不甲斐無さと浩二の自己犠牲に苛立ちながらどうにか引き止めようとしようと思った矢先。
「浩二から離れるんだ、雫」
勇者である光輝がやってくる。
「浩二。パーティーを抜けるのは本当か?」
「ああ、明日にでも王都を出て行く」
「その後はどうするつもりだ?」
「公の理由として俺は勇者パーティーを抜けて世界を歩いて怪我や病で苦しんでいる人を救いながら神の使徒の存在と名声を上げるって感じかな?」
「……………………そうか」
浩二の説明に光輝は一度瞑目して浩二に言う。
「なら浩二。もう二度と雫に近づかないと誓え」
「ッ! 光輝! どういう意味よ!」
突然の光輝の無茶ぶりに雫が異を唱える。
「雫。浩二は医者の癖に人を殺したんだ。それも無抵抗な人を、だ。あんなの間違ってる。そもそも医者が人を殺すなんておかしいだろう。人を殺すような医者に雫を近づかせるわけにはいかない」
「光輝! あの時、浩二がいなかったら私達が殺されていたのよ! 浩二は私達を助ける為にああしたのよ!」
「だからといって殺す必要はない筈だ! 人を殺すなんて間違ってる!」
「光輝、あんたねぇ………ッ!」
「大丈夫だ、雫。俺が雫を守る。今度こそ魔人族に後れを取ったりはしない! 約束する! 俺が皆を救ってみせる!」
いつも通りの暴走に若干呆れながら嘆息する浩二はさてどうするか、と悩んでいると。ふと、銀色が視界に捉えた。
「ティニアさん……?」
自身の専属使用人の登場に怪訝し、口論している光輝や雫も突然現れた彼女の存在に思わず口論を中断する。するとティニアは光輝に頭を下げる。
「勇者様。先に謝罪させて頂きます。申し訳ございません」
「え? な――」
何を、と光輝が口を開くより前に乾いた音が訓練場に響き渡る。
その音の正体はティニアが光輝の頬を叩いたからだ。
誰もが予想だにしなかったことに浩二も叩かれた光輝でさえも啞然とするなかでティニアは口を開く。
「勇者様は本当に浩二様の幼馴染なのですか? とてもそうは思えません」
「え?」
「勇者様は浩二様がどれだけ自身の時間を削り、どれだけの苦労と努力を成されているのか、それを知っておられるのですか? 勇者様が眠っておられる時も浩二様は一人でも多くの人を救おうと薬を調合なされているのですよ?」
光輝は啞然としながら叩かれた頬に手を当てる。
「そもそも魔人族を倒すべきなのは勇者様、貴方様ではないのですか? それなのにどうして天職が‶医療師〟の浩二様が魔人族を倒しておられるのですか?」
「それは……」
「‶医療師〟より弱い‶勇者〟にいったい何が守れるというのですか? 誰を救えるというのですか?」
静かにけれどその言葉には確かな怒気を滲ませながら問いかけるティニアに光輝は一瞬怯むも反論する。
「だ、だが、浩二は人を殺したのは紛れもない事実だろう! そんなの人として医者としても間違ってる!?」
だが、再び光輝はその頬を叩かれる。
「浩二様に人を殺させたそもそもの元凶は勇者様、貴方様です。勇者様が弱いから浩二様が勇者様の代わりにそれを成し遂げた。ご自身の弱さを浩二様に擦り付け、尚且つご自身は正しいことをしているように装うのは止めてください。それでも貴方様は‶勇者〟なのですか?」
続けて。
「薬を調合され、多くの人の命を救い、仲間である皆様を御守りし、それでも自分がいたらパーティーの士気に関わると王城から、王都から出ようとしている。そこに雫様に近づくなと、勇者様がそれを言う資格がいったいどこにあると言うのですか? 誰も護れず、何も救えなかった勇者様、貴方様が!」
今にも光輝の胸ぐらを掴みかかりそうなぐらい剣呑な雰囲気を出しているティニアに浩二を始めてこの場にいる者は誰も何も言えず、動けなかった。
「こんなの、ご自身を犠牲にしてまで多くの人を救っている浩二様が報われないではないですか……ッ」
「ティニア、さん……」
浩二は知らなかった。この人が自分の事をそんな風に思っていることに。
「勇者様。私は貴方様を‶勇者〟とは認めません」
ティニアは訓練場にいる雫達や騎士達の前で臆することもなく堂々と光輝の勇者としての存在を否認した。
「今の貴方様は自身の思い通りにならないことに癇癪を起こしている‶子供〟です。そんな子供をいったい誰が勇者とお認めになられるというのですか? 少なくとも私は認めません」
冷然と告げられるその言葉に光輝は啞然としたまま黙り込み、そんな光輝を見てティニアは一歩引いてこの場にいる全員に告げる。
「皆様方。訓練の邪魔をしてしまい申し訳ございません。それでは失礼します」
最後に一礼して踵を返して訓練場から離れていくティニアの後姿を見据えながらも誰一人何も言うことができなかった。それだけにティニアの怒りが凄まじかった。
それから少しして、メルド団長が訓練場にやってくるまで誰も何も言えなかった。