時刻は深夜。
雫は月を眺めながらどうすればいいのかと悩んでいた。
その悩みの種は浩二だ。浩二が明日にでも王城を出て行き、王都を発つ。
パーティーの士気を下げてしまう恐れがあるからと自らの意思でパーティーから離れようとしている浩二に雫は悩んでいた。
(貴方は何も悪くないのに……)
そう、浩二は何も悪くはない。ただ仲間を護る為に魔人族を殺したに過ぎない。雫だって殺し合いをしている自覚はしている。あの女魔族を殺すつもりでいたが、実力が足りず、どうすることもできなかった。
それを浩二がしたのだ。それを責める権利なんて誰にもない。
「…………やっぱり、間違っているわ」
浩二がパーティーを抜けるのは間違っている。そう思った雫は今すぐにでも浩二を引き止めようと動きに入る。例え光輝が何を言い出しても自分がなんとかすればいい、と雫は浩二の部屋に向かおうとした時、扉をノックする音が響いた。
「雫。少しいいか? 話があるんだ」
扉の向かうから聞こえた声はこれから引き止めに行こうと思ったいた浩二だった。雫はちょうどいいと思って部屋の扉を開けて浩二を中に招く。
「悪いな、こんな時間に」
「いいわよ。ちょうど私も貴方の部屋に行こうと思っていたのだから」
浩二を椅子に座らせて雫は備え付けのカップと紅茶を用意して浩二に差し出し、向かいの席に座った。
「ありがとう」
礼を告げて紅茶を受け取る浩二はまずはティニアのことについて雫に伝える。
「ティニアさんはクビになった。流石に公衆の面前で勇者に平手打ちはまずかったらしい。それでも本来ならもっと重い処罰を科せられるはずだけど、俺のこれまでの功績と王女様の鶴の一声でその程度で済んだ」
「……そう」
それでもと思う気持ちはあるも、それは雫自身がどうこうできる問題ではない。
雫は気持ちを切り換えて本題に入る。
「浩二。考えを改める気はないの?」
「ああ、明日の早朝には王城を出る」
それがもう決定事項と言わんばかりに当然のように答える浩二に雫は言う。
「光輝が言ったことを気にしているの? それなら私がなんとかするわ。だからこれまで通り、私達のパーティーに残ってちょうだい」
「無理だな。光輝が、あいつが俺達の言葉をまともに聞き入れたことがあったか? 光輝にとって俺はもう人殺しの悪だ。そして光輝は良くも悪くも周囲に影響を与える。あいつの性格とカリスマ性を考えれば俺という害悪がいるだけでパーティーの士気が下がるのは明白だ」
それには雫は何も言い返せなかった。
直情的な性格や思い込みの激しさ、そして正義を疑わない自己解釈など、これまで何度も注意してきたが、未だに治る気配どころか治す気配すら見受けられない。
(まぁ、あいつの場合はただ単においしい所を横取りされたことにムカついているだけだろうな。そこにいつものご都合解釈で俺を追い出したいだけだろうけど)
そうでなければ仮にも幼馴染である浩二にああも言うまい。今まで自分が主人公で脇役である浩二が活躍したことが気に入らない。だから人を殺したという悪というレッテルを浩二に貼り付け、自分の都合のいいように自己解釈していることぐらい浩二は気付いている。
そして、光輝の性格と光輝が与える影響力をよく理解しているからこそ、自身がパーティーを抜けることで士気の低下を防ぐという最善の手を取ったに過ぎない。
「戦場で士気の低下は死亡率を上げる。雫もそれぐらいは知っているだろ?」
「それはそうだけど……けど、やっぱり貴方が出て行くのは間違っているわ。確かに今は皆、人を殺した貴方にどう接すればいいのか困惑しているのかもしれない。けど、それは私達の人を殺す覚悟が足りないだけ。浩二がパーティーを抜ける理由にはならないわ」
それでも雫はなんとか説得しようと言葉を綴る。すると浩二が……。
「雫。俺がパーティーを抜けるのは個人的な理由もあるんだ」
「個人的な理由……?」
「ああ、‶神代魔法〟。大迷宮の攻略者のみに与えられる神代に使われて現代では失伝した魔法。あの魔人族が従えていた魔物がいただろ? あれはその神代魔法の産物だ」
「……なるほどね。けど、どうして浩二がその神代魔法のことについて知っているの?」
「(本当は原作知識だけど……)あの魔人族の記憶を覗いてその情報を手に入れた。だから俺は【オルクス大迷宮】以外の大迷宮を攻略する為に王都を出る。今よりも強くなる為にな」
浩二の狙いは【メルジーネ海底遺跡】にある‶再生魔法〟。天職が‶医療師〟である浩二には是非とも手に入れたい神代魔法だ。それを手に入れられたら‶改造〟の幅も広がる可能性も高い。
(今から【エリセン】に向かえば南雲達と合流できる可能性は高い。そして南雲達と共に【メルジーネ海底遺跡】の攻略に参加させて貰えば………)
無論、攻略が認められるかどうかは本人次第だが、それでも行かない手はない。
打算的ではあるも、ただでさえ才能がない身である浩二はせっかくの原作知識を活用しない手はない。
「勇者パーティーを抜けるのは皆の為でもあると同時に俺自身の為でもあるんだ」
自身を一方的に切り捨てるつもりはない。
タイミング的にもパーティーから離れるのにちょうどよかった浩二は自身の考えを雫に伝えると……。
「私も行くわ」
雫はそう言った。
「私も前の戦いで自分の未熟さ、今のままでは駄目ってわかったの。その神代魔法が手に入れば今よりも強くなれるのでしょ? それなら私も行くわ」
女魔族が従えさせていた魔物に手も足も出ずに敗北して幼馴染である浩二に助けられた雫は己の無力さと未熟さを克服する為に浩二と共に神代魔法を手に入れようと同行を求める。
「光輝達はどうするんだ? 雫までいなくなるとあいつもっと酷くなるぞ? それに雫は戦力的にもパーティーには必要だろ?」
勇者パーティーのエース的存在である雫の存在は大きい。もし、雫までパーティーから抜ければその穴は大きい。
(なによりあのバカがまた面倒な自己解釈をするだろうな……。雫にいったい何をした!? とか言いそう……)
その姿が目に浮かぶ。
「別にいいわよ。光輝だっていい加減に自分の尻拭いは自分でさせるべきだわ。それに浩二は基本的に後衛か中衛なのだから旅をするなら前衛は必要でしょ?」
雫の言葉も一理ある。
もちろん浩二も前衛はできるも、さすがに天職が‶剣士〟の雫よりかは劣る。‶無形の貌〟を使っている時は話は変わるが、確かに雫がいてくれれば心強い。
それに今の雫にはハジメから貰った黒刀がある。八重樫流の剣術を最大限に発揮することができるだろうから頼もしいこの上ない。
「それに……納得できないわ。これじゃまるで浩二が悪者みたいじゃない」
それが浩二自身の意思だったとしても雫は納得することができないでいた。すると……。
「……雫のそれって幼馴染に対する同情? それとも責任感? 俺と一緒に行きたいのはただ自分が強くなりたいため?」
「……浩二?」
真顔で告げるその言葉に雫は思わずたじろぐ。
「そりゃ俺も雫が一緒にいてくれたら嬉しいよ? 俺の事を心配してくれるその気持ちも嬉しい。けどそれは‶幼馴染〟としてそう言っているだけ?」
「浩二、何を、言っているの?」
そこで雫は気づいた。
浩二のその顔は少し前に見た親友と同じ、想い人に想いを告げようとした時の顔に酷似していた。
もしかして、いや、でも、まさか……と雫の頭の中は混乱しているなか、浩二は告げる。
「俺は雫が好きだ。だから‶幼馴染〟としてではなく、俺の‶恋人〟としてついて来て欲しい。今日はそれを言う為にここに来たんだ」
長年に秘めていたその想いを今、打ち明けた。
それに対して雫は頭が真っ白になっていた。浩二に好きな人がいることぐらいは察していた。けれど雫はそれが自身だったなんて微塵も思わなかった。
家族同然のように過ごしてきた大切な幼馴染。その幼馴染からの本気の告白に雫はどうすればいいのかわからなかった。
これまで告白されたことはあった。主に女子生徒から……。けれど、雫はそのつもりは一切なく断ってきた。
碌に話したこともない人と付き合うことはできなかったし、天性の洞察力から下心を持って告白してくる人はすぐにわかる。
しかし今回はそれがない。浩二は光輝達と共に家族同然に過ごしてきた間柄で良く知っているし、この告白が本気だということも伝わってくる。
雫自身も浩二のことは大切に思っている。だけどそれは‶幼馴染〟としてでだ。これまでずっと‶大切な幼馴染〟として接してきていた為に雫もまさか自分自身が浩二の想い人とは露にも思わなかった。
「香織が南雲に告白するのを見て思ったんだよ。俺も自分の気持ちを雫に伝えないときっとわかって貰えない。言わないとずっと‶幼馴染〟として終わってしまうって。だから俺も香織お得意の突撃を見習って改めて雫に言う」
今にも爆発しそうな心臓を押さえながら小さく息を吸って気持ちを整えて再度言う。
「俺は八重樫雫が好きだ。本気で惚れてる。だからこれからは‶幼馴染〟としてではなく‶恋人〟として俺の傍にいてください」
改めて想い人に想いを告げた。
雫とでは分不相応であると理解しながらも長年の想いを言葉に変えて告げた以上はもう‶幼馴染〟には戻れない。今の関係が壊れることに怖くもあり、戸惑いもあった。けれど、ここで想いを告げなければこのまま一生幼馴染としての関係で終わるかもしれない。そう思った浩二はここで幼馴染としての関係に終止符を打ちに来た。
浩二の告白に対して雫は……。
「……ごめんなさい」
今にも消えそうなか細い声を振り絞るかのように謝った。
それを聞いた浩二は「……そっか」とどこか納得したかのように答えて部屋から出て行く。
「お休み」
最後にそれだけを告げて浩二は部屋を後にする。
(ある意味、当然の結末だったな……)
そもそも本当に雫を護りたいと思うのであれば‶トータス〟に転移する前に教室の外で昼食を取るように誘導すればいい。少なくともトータスよりも命の危険性は少ない。
だけどそれをしなかったのは雫を恋人にしたいという下心があったからだ。原作知識があればうまく立ち回れる。脇役である浩二でもヒロインの主人公になれるという打算は確かにあった。
いや、むしろそうしなければ、才能も素質も容姿も何もかもが平凡である浩二にはこのトータスに転移でもしなければ雫を恋人にできる可能性は皆無に等しい。だから原作知識があるこのトータスでその可能性に賭けるしかなかった。そうしなければ雫が他の誰か、もしかしたらトータスから帰還してきた南雲ハジメに惚れてしまうかもしれない。
(前の戦いで少しは主人公になれたと思ったけど……)
所詮それは原作知識があったからこそ。言ってしまえばズルだ。結局、自身は物語の脇役というポジションから何も変わっていない。
(所詮、脇役とヒロインは結ばれない運命だったってことか……)
そう思うとフラれた悲しみよりも笑いが出てくる。
(それにしても意外に平然としているな、俺……。もっとショックを受けると思ったけど)
本気で雫の事が好きだった。心から惚れていた。
だから道場でも雫や光輝に負けながらもずっと頑張ってきた。雫につり合う男になろうと色々と努力してきたつもりだったにも関わらず、浩二は予想よりもショックが小さいことに驚いている。
(もしかしたら、どこかで諦めがついていたかもしれないな……)
あれだけ何度も諦めようと思った。それでも諦めずに一途に想い続けて雫の為に頑張って来た。けれども実際に告白して見事に玉砕したにも関わらず、なんともない自分自身にやっぱり無理だったか、と諦観の念を抱いていたのかもしれない。それなら平然としている自分にも納得できる。
(さて、荷物を纏めて朝一番に王城を出るとしますか……)
明日からは自分が死なないように強くなろう。そう思い、自分の部屋と研究室に赴こうとした時。
「……浩二さん?」
「王女様?」
浩二は廊下でリリアーナと遭遇した。
「こんな夜遅くにどうしたのですか? 早く休まれた方がいいですよ?」
「そ、その……少し浩二さんとお話しようと思いまして……」
「ああ」
浩二は納得する。
リリアーナの性格を考えれば明日の朝に王城を出る浩二と話が出来るのは今晩で最後だ。なら別れ話でもと思って部屋に訪れようとするのは当然だ。
「では一緒に部屋まで行きましょうか。ああそれと、ティニアさんの件についてありがとうございます。クビは免れなかったですけどあの人なら他でも仕事はみつけられるでしょうから」
ティニアを庇ってくれたことに礼を告げて部屋まで共に行こうとする浩二にリリアーナは言う。
「浩二さん。その、大丈夫なのですか?」
「大丈夫とは?」
「……泣いておられますわ」
「え?」
リリアーナに言われて初めて気づいたと言わんばかりに浩二は自身の頬に触れると涙で濡れていた。
「あれ? なんで……?」
自分でもどうして涙を流しているのかが理解出来ず、けれども涙は濁流のように頬に伝って流れ落ちる。
「おかしいな? どうして俺、泣いてんだ……? どうして涙が、止まらないんだ……?」
袖で何度も涙を拭うも涙は次々と溢れ出てくる。
浩二自身、どうしてこんなにも涙を流しているのか理解ができず、そんな浩二にリリアーナはそっと自身の胸元に抱き寄せる。
「ここは私しかおりませんわ。ですから下手に我慢するよりも吐き出した方がいいですわよ?」
とても優しい声で浩二の髪を撫でる。
「何があったのかはわかりませんが、泣きたい時は素直に泣いていいと思いますわ」
リリアーナから伝わる温もりと、優しい言葉に浩二は空っぽだった胸に感情という激流でも流れ込むかのように押し寄せてそれが涙となって双眸から零れ落ちる。
「……ひぐ……うっ……」
唇を噛み締めながら必死に声を押し殺しながら感情と涙を吐き出し、リリアーナはそんな浩二をただ黙って抱きしめる。
その時、浩二はようやく気付いた。
それは自分でも気づかないぐらいに心から雫に惚れていたことに。
だからフラれたことに浩二自身でも気付かないぐらいにそのショックは大きかった。
だからこそ、必死だった。いや、余裕がなかったとも言えるだろう。
浩二は今いる世界が創作物の世界だとわかっている。そして、
浩二はその運命を変えたくて必死だった。心から惚れた女を
あるのは原作知識。だから雫と恋人同士になるには浩二はそれに縋るしかなかった。
色々と理由をつけて、
例えそれがどんなに最低でも、打算的なことであってもそれしかないのならそれを使うしかなかった。なにもない、ありふれた脇役がヒロインと結ばれるにはそうするしかなかったのだ。
それだけ浩二は雫に惚れていた。だから
だけど気がつかないうちに道を踏み外していた。
雫に振り向いて貰うことばかりに意識したせいで姑息で卑怯な手段まで取るようになったことに浩二はフラれてようやくその事に気付いた。
―――けどもう遅い。
道を踏み外した代償は大きく、浩二の雫に対する想いも、これまでの努力も涙に変わって零れ落ちていった。