勇者パーティーを抜けた浩二は【メルジーネ海底遺跡】に挑戦する為に【エリセン】を目指して旅を始めた。
当初は一人で【エリセン】に向かう予定だったが、予定外の同行者と共に旅をしている。
「風が気持ちいいですね……」
馬に乗りながら吹いてくる風に銀色の髪が靡きながら心地よさそうにそう言う浩二の元専属使用人であるティニアに浩二は再度溜息を溢す。
(本当……わからないなぁ)
雫にフラれて現在進行形で失恋中の身である浩二はどうしてこんな美人な人が自分に好意を寄せてくれていることがわからなかった。
光輝はいつも通りとして……ハジメもまぁいい……浩二はその二人に比べればたいしたことはない。それに自分が最低な男だと知って自身の評価はかなり低い認識で、むしろこんな人間を好きになるなんてあり得ないと思ってる。
自身を好きになった経緯は教えて貰っても浩二はそれを素直に信じることが出来ないぐらい自己嫌悪しているのだ。
(どうするかなぁ……)
ティニアの想いに応えるべきではない。少なくとも今の浩二はそう思ってる。
いくら好いてくれるとはいえ、最低なことをした自分がその想いに応える資格などない。だから諦めて欲しいと、そう考えているが……。
チラリ、とティニアに視線を向けると浩二と目が合ったティニアはにっこりと微笑みで返してきた。
「どうかされましたか?」
「……いや、なんでもない」
視線をティニアから逸らして前を見る。
恐らくは浩二が何を言ってもティニアは浩二のことを諦めないだろう。確信はなくともそんな気はする。
(南雲を見る香織と同じ眼をしているもんな……)
伊達にハジメに恋をした香織の手助けをしてきたわけではない。ティニアが浩二に向けるその瞳は香織がハジメを見る瞳と同じなのだ。
諦める気は微塵もない。その瞳の奥にその意思が宿っている。
今まで女子から告白されたこともなければ好意を向けられたこともない浩二にとってティニアの告白は本当に衝撃的なものであったし、嬉しかったけど今の浩二はその想いに応える気はない。
(可能性は低いかもしれないけど……どこかの町で仕事を斡旋して貰えるように頼んでみるか)
仕事が見つかれば身体を売るなんて馬鹿な真似もしないだろうし。そう思いながら馬を歩かせていると前方に町を発見した。
(どうやら今日は野宿しなくてよさそうだ)
浩二はティニアと共に町に向かう。
「これは使徒様! ようこそ我等の町へ! ささっ、どうぞお通り下さい」
門番にハイリヒ王国の紋章が施されたワッペンを見せると門番は畏まった態度で浩二達を町に招いた。
流石は国家権力。色々と融通が利く。
そして浩二達が訪れた町の名前は【ドルフ】というらしい。町中はそれなりに活気があり、【オルクス大迷宮】を攻略の際によく足を運んだ【ホルアド】ほどではないが露店も結構出ている。
「浩二様。先に宿を取られた方がよろしいかと」
「どこかいい宿屋があるかわかりますか?」
「はい。私の記憶通りでしたらこの先に‶アルドの宿〟があります。そこになさいますか?」
「そうですね。そこにしますか」
ティニアの案内の下で浩二は‶アルドの宿〟に足を運ぶと一階は食堂になっているのか、複数の人間が食事を取っており浩二達が入ると視線が二人、いや、ティニアに集まるが当の本人は完全
その視線に気づいた浩二はまぁ、美人だからな。と思いながらカウンターらしき場所に行くと、女性が現れる。
「いらっしゃいませ。ようこそ‶アルドの宿〟へ。本日はお食事だけですか? それとも宿泊でしょうか?」
「宿泊でお願いします」
「かしこまりました。何泊のご予定ですか? 別料金で食事もご用意できますが」
「一泊で食事は夕食と明日の朝食の分。計二食で」
「はい、承りました。お部屋は二人部屋でよろしいですか?」
チラリ、とティニアに視線を向けて二人部屋にするかどうか尋ねてくる宿の女性。その瞳は「今晩はお楽しみかしら♪」と語っている。
もちろん断じて否だ。浩二は一人部屋を二つ用意して貰おうと頼もうとするが……。
「はい。二人部屋でお願いします」
先にティニアがそう答えた。
「ちょ、ティニアさん! なに勝手に決めているんですか!? すみません、一人部屋を二つでお願いします」
勝手に二人部屋を頼むティニアに文句を投げ、改めて一人部屋を二つ頼む浩二だが。
「浩二様。二人部屋の方が料金は安く済みます。節約するべきかと」
「これぐらい必要経費です。それに金には困ってないでしょう?」
一応とはいえ、浩二は神の使徒の存在と名声を上げるという名目の下で活動している。その為に金銭的問題は全て国がどうにかしてくれるのだ。だから宿の代金ぐらいどうってこともない。
だがティニアは……。
「それに一緒のお部屋でないと浩二様にご奉仕できないではないですか……」
奉仕できないことに不服そうに言うティニアに食堂にいる男性達から嫉妬の眼差しを一身に受ける羽目になった浩二は思わず冷汗が流れる。
「あらまぁ……」
そしてカウンターにいる女性が愉快そうに笑みを浮かべる。
「じ、自分の世話は自分でできますから。とにかく一人部屋を二つ。これで決まり。すみません、一人部屋を二つで……」
お願いします。と宿の女性に言おうとした際、ティニアは数枚の金色の通貨を宿の女性に手渡すと女性は何も言わずに頷いて浩二に言う。
「お客様、申し訳ございません。ただいま空いているお部屋が二人部屋しかございませんのでこちらが部屋の鍵になります」
「まさかの買収!? さっき節約かどうか言っていたのにそれじゃ意味ないでしょう!?」
「必要経費です。さぁ、部屋に参りましょう」
鍵を受け取って自身と浩二の荷物を手にして部屋に向かうティニアに浩二は文句を言いながらその後を追いながらも結局は二人部屋で落ち着く結果になったのであった。
部屋に入ると荷物を置いて浩二は久々のベッドの上に横になると慣れない旅の疲れですぐに眠りついて、目を覚ますとティニアに膝枕されていたことに驚いて思わず飛び起き、食堂で夕食を取るも「あ~ん」と場所もお構いなく食べさせてくるティニアに浩二は周囲の男性達からの血涙を流すかのような激しい嫉妬の眼差しを食事中ずっと浴び続けて味がまったくわからずに食事を終える。風呂場がない宿の為に濡れタオルで身体を拭こうとするもティニアが浩二の身体を拭こうとしてくるが、浩二はそれを断る。しかしそれならばとティニアは「私の身体を拭くか、私に身体を拭かれるか。どちらがお好みですか?」と服に手をかけて今にも脱ごうとしてくるティニアの脅しに浩二は渋々とティニアに身体を拭かれる羽目になる。「これもうセクハラですよね? そうですよね?」と言う浩二の意見はものの見事に
「いや、ちょっと待って! おかしい! これはおかしいから!」
「浩二様。夜中に大声を出してはいけませんよ? 他のお客様にご迷惑です」
「なにここで当たり前のことを諭すように言っているんですか!? セクハラされて危うくスルーしそうになったけど、恋人同士でもないのに一緒に寝るなんておかしいでしょう!? 二つあるんですからあっちの方で寝てくださいよ!」
ビシッ! ともう一つのベッドに指差す浩二だが、ティニアは平然とした態度で言う。
「夜のご奉仕という意味でも私は構いませんが?」
「俺が構います! というかなに失恋中の男にそんなこと言っているんですか!? 寝る時ぐらい一人で寝させてください!」
気持ちを落ち着かせる為にも一人で考え事に集中したい浩二にティニアは言う。
「だからこそですよ。だからこそ、こうして一緒に寝ようとしているのです。傷心中の浩二様を体を使って慰めて浩二様の気持ちを私に振り向かせようとしているのですから」
「それって……」
「はい。とても卑怯で打算的、更には女という武器を使った狡猾な方法です」
それは浩二が雫に振り向いて貰う為に行ったのと同じだ。それをティニアが浩二にしている。
「どんなことをしても振り向いて貰いたい。この人の‶特別〟になりたい。それは誰もが抱く気持ちです。ですので私はその気持ちを卑怯とは思いません。どんなことをしても振り向いて貰いたいのですから私はこれからも浩二様に姑息で卑怯で狡猾な、ありとあらゆる方法で浩二様を振り向かせてみせます」
「ティニアさん……」
「それだけ私が本気で貴方様をお慕いしていることを証明してみせます。どうやら浩二様は自己評価も低く、妙に屁理屈ですから骨は折れそうですけど……」
「うっ……」
半眼でそう言われて浩二の胸に見えない剣が突き刺さる。
「それに浩二様は報われるべきです。私のように貴方様のおかげで救われた命もあるのですから。私でよろしければいっぱい甘やかしますし、慰めてもあげます。望まれることを全て受け入れてみせますからまずは私に我儘の一つでも仰ってください。そうすれば私も浩二様の好感度をあげることができますから」
それも結局は自身に振り向いて貰う為の打算的な方法なのだろう。
それでもティニアがそれだけ本気だという気持ちが伝わってくる。そんなティニアに浩二は横になって背を向けた。
「……明日も朝は早いのですからもう寝ましょう」
ただ一言だけそう告げる浩二にティニアは哀愁漂うその小さな背にそっと寄り添う。
「お休みなさいませ。浩二様」
「……おやすみ」
そうして二人は眠りについた。