ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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脇役25

偶然にも出会った竜人族のエフェル・サンドルを治療し、魔結晶病を治す薬の材料探しを再開する。

「そうでしたか……子供の命を助ける薬の材料を探しに……」

エフェルに肩を貸しながら浩二は自分達がここにいる事情を説明すると、エフェルは申し訳なさそうに俯く。

「それでしたら私をここに置いて探すことに集中してください。浩二さんの回復魔法のおかげで自衛ぐらいはできますから」

自身のことよりも顔も名前もわからない子供を優先するエフェルだが、浩二は首を横に振る。

「そういうわけにはいきません。今のエフェルさんは万全ではありません。そんな貴女をここに置いていく選択肢はありません」

まだ弱り切っているエフェルを置いておくという選択肢は浩二にはない。

確かにエフェルの言う通り、自衛ぐらいはできるだろう。自身に襲いかかってくる魔物ぐらいは撃退はできる。しかし、浩二はそれを良しとしない理由がある。

一つはまだ万全ではないエフェルを魔物がいる森に置いておくのは己の矜持に反する。置いていくにしても安全な村にでも運んでからだ。そしてもう一つは……。

「エフェルさん。竜人族である貴女に聞きたいことがあります」

エフェルから聞いておかなければいけないことがあるからだ。

「……何故、私が竜人族だと?」

目を細めて警戒を強いる。

名は明かしても自身の種族までは明かしていない。それなのにどうして竜人族だと知っている浩二に静かに問う。

まだ碌に身体を動かすことさえできないにも関わらず、エフェルから感じる静かで重い、重圧にも似たその気迫に浩二は竜に喰われるイメージが脳裏に過るも、それを追い払って冷静に言葉を続ける。

「診察した際に貴女が竜人族だとすぐにわかりましたが、別にエフェルさんをどうこうする気はありません。そのつもりなら、まだ意識が目覚めていないうちに拘束具の一つでもつけてます」

「……それもそうですね。騙すにしても他にやりようがあるでしょうし、信用しましょう」

ひとまず、といった感じに警戒を緩めてくれたのか、気迫が消えて浩二は安堵の息を漏らす。

「それで私に訊きたいことというのは? 同胞や里のことについてはお話することはできませんが、それ以外でよろしければお答えします」

「貴女と戦った相手についてです」

その一言にエフェルは深刻な表情を見せる。

「何故交戦になったのか、アレは何をしていたのか、それらを教えて欲しいのです」

「浩二さん。貴方はあの存在をご存知なのですか?」

「……一応、とだけお答えします」

原作知識として、とは流石に言えず曖昧に返す。

「ですが、アレがこの付近にいるということは何かしらの目的があると考えるべきです。それがなんなのか、それを知っておきたい。万が一にアレに出くわしたら最悪、俺達は全員死にます」

嘘でも冗談でも比喩でもない。本当の意味で死が待っている。

それだけの強敵なのだ。だから鉢合わせや衝突を避ける為にも実際に出くわしたエフェルから情報を得ようといている。

するとエフェルは。

「……私はとある任務で同胞達と住む里から出てこの地までやって参りました。その際にあの存在と出くわしました。出くわしたのは本当にたまたまなのでしょう。相手も口ぶりも偶発的な感じもしましたし」

互いに運悪くも出くわしてしまったということになる。

「なら何故交戦を?」

「目的を果たす為に私が邪魔といった感じでしたね。止むを得ず応戦しましたが多少の手傷を与える程度で精一杯で……」

(いや、アレに手傷を負わせただけでも凄いと思うんだが……)

自信が喪失するかのように小さく溜息を零しながら告げられたその言葉に逆に浩二は凄いと思った。

流石は竜人族。ただではやられない。

(でもいったい何が目的なんだ?)

竜人族であるエフェルを確実に仕留めなかった辺りからエフェルは目的ではないのは確かだ。ただ邪魔だからこの場から排除したにすぎない。恐らくその場から逃走もしくは離脱しても追うことはなかっただろう。

それならば目的は他にある。

いったいそれがなんなのか、頭を悩ませていると。

「浩二様。発見しました」

ティニアが魔結晶病を治す薬の材料を発見して、浩二は手渡されたそれを手に取って確認する。

「間違いない、これだ。ありがとうございます、ティニアさんのおかげで早く見つけることが出来ました」

「浩二様のお役に立ててなりよりです」

ティニアのおかげで予想よりも早く目的の材料が手に入った以上は後は街に戻って薬を調合するだけ。そしたら何も気にすることなく出発することができる。

(これなら今日中には出発できそうだ……)

浩二はまだ青白い空を見上げて今日には出発できることに安堵すると、浩二は見てしまった。

「浩二様……?」

「浩二さん……?」

空を見上げたまま青ざめた表情で固まる浩二にティニアもエフェルも怪訝そうにしながら揃って空を見上げると浩二同様にソレを発見してしまう。

「う、そだろ……?」

思わずそう呟いてしまう。

それが本当に嘘であればどれだけよかったのか。しかし、現実は非常。空に漂るソレは確かに浩二を見ている。

能面という表現がしっくりくるような無表情な顔にその瞳には人間らしさが全くない機械的で無感情な瞳。氷如き冷たさを持つその瞳は浩二を見下ろしている。

(なんで、俺を見てる……?)

浩二は理解が追いつかなかった。

どうしてアレはここにいるのか、どうしてアレは自分を見下ろしているのか、何もかもわからない。

そんな浩二の心情などどうでもいいかのように一対の銀色の翼を羽ばたかせて地上に降りようとするにつれてその姿がはっきりと認識できる。

太陽の光に反射してキラキラと輝く銀髪に、大きく切れ長の碧眼、少女にも大人の女にも見える不思議で神秘的な顔立ち、全てのパーツが完璧な位置で整っている。慎重は、女性にしては高い百七十センチくらいあり、白磁のようになめらかで白い肌に、スラリとした手足。胸は大きすぎず小さすぎず、全体のバランスを考えれば、まさに絶妙な大きさだろう。

そしてその恰好は北欧神話に登場するワルキューレのような戦闘服。ノースリーブの膝下まであるワンピースのドレスに、腕と足、そして頭に金属製の防具を身に付け、腰から両サイドに金属プレートを吊るしている。

白を基調としたドレス甲冑を身に纏うソレの存在を浩二は知っている。

「……‶神の使徒〟」

浩二達のような転移者ではなく、正真正銘の神の使徒は地上へと降り立った。

ただそこにいるだけで浩二は冷汗が止まらず、ティニアもエフェルも本物の神の使徒の存在に当てられ、身を強張らせている。

神の使徒は美しい、しかしどこか機械的な冷たさのある声音で浩二に話しかけた。

「はじめまして、平野浩二。私はフィーアトと申します。あなたを迎えに来ました」

「迎え……?」

「あなたは我が主のお役に立てる。これはこれ以上にない名誉なことです」

意味が分からない。フィーアトの言葉を聞いたそう思った。

(どうしてエヒトが俺を……?)

聞いている限りは敵対意識はない。むしろエヒトにとって浩二は何かしらの利益があると考えるのが妥当だろう。だがそれが何か、それがわからない。

エヒトにとってこの世界は盤上でしかなく、人間という駒を玩具として遊んでいる。

そんな存在がどうして浩二を欲しているのか? 浩二はその答えに探すべく必死に脳をフル回転させて原作知識を思い出してある仮説が生まれた。

(……改造?)

元々この世界は人間しかおらず、エヒトがこの世界の原住民である人間と魔物をかけ合わせて作り出した合成生物が亜人や魔人、竜人だ。その理由はエヒトが己を受け止めることができる肉体を作るためで、その過程で現代の魔物や使徒までも作り出した。

魂魄だけの存在であるエヒトにはどうしても肉体が必要だった。そうでなければ神域から出られないからだ。

(原作では確かユエだった……。けど、まだエヒトはユエの存在を知らない。もしくは手が出せない状態だとすれば他に己の魂を受け止めることができる肉体を手にする方法、いや、手にできるかもしれない可能性があるとすれば、それは天職が‶医療師〟であり、改造の技能を持っている俺だ。だからエヒトは俺に目を付けた)

それなら浩二を迎えに来たフィーアトの言葉にも説明はつく。

だけど……。

(だけどそれは完全にエヒト側につくということだ。そうなれば脇役じゃなくて敵役になって主人公(南雲ハジメ)に殺されるかもしれない)

それに必ずしもそれまで命の保証があるかもわからない。殺される可能性も十分にあるし、洗脳されて駒にされる可能性だってある。少なくともエヒト側につけば碌なことにはならないのは確かだ。

「……もし、断れば?」

「命は奪いません。ですが、多少痛い思いをして頂きますのでお覚悟を」

その時、ガントレットが一瞬輝き、フィーアトの両手には白い鍔無しの大剣が握られていた。

(手足の一本や二本は斬り落としてでも連れて行くってことか……)

そう思わせる意味を込めて敢えて不要である大剣を出したのだろう。それだけにフィーアトと浩二の間には決して埋まらない実力差はある。

全員でかかっても勝てる確率は万に一つもない。なら取れる手段は一つだけ。

「ティニアさん。エフェルさんと一緒に逃げてください」

浩二は肩を貸しているエフェルをティニアに渡して逃走を促す。

「奴の狙いは俺です。ですから俺が奴を引き連れている間にできるだけ遠くへ逃げてください」

「ですが――」

「頼みます」

返答も聞かずに浩二は‶無形の貌〟を発動。上昇したステータスでその場から消えるように離脱する。

「浩二様!?」

悲痛染みたティニアに声を背にして森に中を駆ける浩二にフィーアトは取り残された二人にはもう用がないと言わんばかりに無視して浩二を追いかける。

 


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