浩二の前に突如現れた神の使徒であるフィーアトと絶賛鬼ごっこ中の浩二は後ろから追いかけてきているフィーアトに内心舌打ちする。
(一瞬で戦闘不能にできるのに、それをしないのは俺の心を折るつもりだな……)
フィーアトの目的はあくまで浩二を主であるエヒトの元まで送り届けること。殺すことではない。だから心を折ろうとしている。
どれだけ逃げても、抗っても、戦っても、全てが無意味であることを思い知らせて浩二の心を折り、その後でエヒトの元に連れて行こうとしている。
完全に舐められている。しかしながらもそれは正しい。殺すことが目的でない以上、下手に攻撃をすれば浩二を殺してしまう可能性はある。しかしながらもそれは主であるエヒトの命令に反する。だから手間でも心を折った方が確実だ。
「いつまで逃げるおつもりですか?」
「っ!?」
背後にいた筈のフィーアトが突如前方に現れて思わず、足を止める。
「私から逃げられるとは思わないでください。早々に諦めることを勧めます」
「……生憎と諦めの悪さだけは誰にも負けない自信があってな」
鞘から刀を抜いて構える。
(前の【オルクス大迷宮】で変成魔法によって強化された魔物とは違う。なら……)
髪を伸ばして鎧のように全身に纏わせる。更には手を切って刀を血で染める。
「‶改造〟」
それらを改造して髪を灰色の鎧に改造し、刀身を朱色に染め上げる。
「……いいでしょう」
戦闘の意思があると捉えたフィーアトは手間だけどまずはその戦意から折ろうと大剣を構えた瞬間、姿が消えた。
「!?」
「いい反応です」
一瞬で背後に移動したフィーアトの一之大剣を反射的に刀で防御する。反応で来たのは長年八重樫流の道場で稽古を受けてきた‶経験〟による直感が反射的に働いたおかげだ。
(南雲から刀を貰っておいてよかった……)
そうでなければ今の一太刀は防ぐことができなかった。回避する暇もなかった為にハジメから刀を貰っていたおかげで防ぐことが出来た。
「ごふっ」
だが、大剣での攻撃を防げても次に放たれる膝蹴りが直撃し、後方のある木々に背をぶつける。
「……なるほど。ただの髪でできた鎧かと思いましたが、それなりの防御力はあるようですね」
浩二の全身に纏う髪の鎧に見た目以上の防御力があることが判明したフィーアトは言う。
「それではもう少し力を出しても死ぬことはないでしょう」
今の浩二ならもう少し本気を出しても問題ないと判断したフィーアトは再び消えた。今度は浩二が反応できないぐらいの速度を持って大剣を叩きつける。
「ぐっ!」
「次は左から行きます。防いでください」
「っ!? ‶天絶〟!」
咄嗟に自身の左側に光の障壁を十五枚も展開させる浩二。しかし、フィーアトはまるでガラスでも割るかのように十五枚の障壁を全て破壊して浩二に接近。剣の腹で浩二を叩き飛ばす。
「がっ!」
何度も地面をバウンドしてようやく動きを止める浩二はすぐに体内に取り込んでいる薬草を全身に巡らせて傷を癒し、消耗した魔力も回復させる。
その間、フィーアトは何もしてこない。追い打ちもしなければ連続で攻撃することもなくただ浩二が立ち上がるのを待っている。
余裕、なのは間違いないのだろう。だからわざわざ自身の動きを教えたり、剣の腹で攻撃している。いくら浩二が奥の手である‶無形の貌〟を発動させてステータスを大幅に上昇したとしてもまだ神の使徒であるフィーアトには届かない。
(前の戦いで変成魔法によって強化した魔物の血肉を体内に取り込んだおかげで発動時間も伸びてステータスも更に上げることが出来たけど、それでも届かないのか……)
流石は神の使徒だけあって強い。なにより神の使徒の固有魔法である‶分解〟という凶悪な能力をまだ使っていない。今のフィーアトは剣のみで浩二を圧倒している。
浩二は正直、今すぐにでも逃げ出したいと思っているがそれは出来ないでいる。フィーアトから逃げおおせる実力もない以上は逃げられないからだ。
(恐らくは闇系魔法もあまり効果はないだろう。あっても一瞬では意味がない)
精神や意識に作用する闇系魔法。対象にバッドステータスを与える魔法だが、実力差が離れている相手には効果が薄いと判断した。そもそもわざわざ闇系魔法を受けてくれるような相手ではない。
(正攻法ではまず無理。ならそれ以外の方法でどうにかすればいい)
思考を巡らせて考えを纏める。そこにフィーアトが口を開いた。
「考えはまとまりましたか?」
敢えて浩二に考えを纏めるだけの時間を与えた。
その策ごと打ち破って完膚なきまでの敗北を浩二に与える為に。
「……おかげさまで」
笑みを浮かべる浩二に僅かに眉根を寄せるフィーアトは再び姿を消すかのような高速移動で浩二に迫る。
「!?」
だが、髪の鎧の一部が変形して無数の棘がフィーアトを串刺しにせんと襲いかかるも。
「無駄です」
その棘を一之大剣で斬り裂いて二之大剣で浩二を攻撃するも、浩二は二之大剣を刀で受け流した。
八重樫流刀術の一つ―――‶木ノ葉舞い〟。相手の攻撃を刀身を利用して滑らせることで受け流す技だ。髪の鎧から繰り出された棘の対処に一瞬だけ攻撃の手が止まったその僅かな隙に浩二は身に付けた八重樫流の技を繰り出しただけでは終わらない。
「‶聖絶〟!」
そこで浩二は何を血迷ったのか、光属性上級防御魔法を発動させた。輝く障壁がドーム状となった浩二とフィーアトを包み込む。それには流石の神の使徒も理解が出来ずに怪訝する。
「いったい何を……?」
敵も結界内に包み込めば何の意味もない。ここで上級魔法を発動させた浩二の意図が読めないフィーアトに浩二は唇を吊り上げる。
「‶溶解毒〟」
すると浩二の体内から猛毒のガスが発生する。
ガスに触れた草木だけではなく石までもドロドロに溶けて消えるのを目にしたフィーアトは即座に浩二から離れて結界を破壊しようとするが、それを読んでいたかのように髪の鎧が伸びてフィーアトの全身を縛り付ける。
「くっ! このようなものでッ!」
だがフィーアトにとってそれは拘束でもなんでもない。力づくで髪を引き千切ることもできれば‶分解〟の能力で行使して脱出することさえできる。拘束時間は数秒と言ったところだろう。
だがその数秒あれば十分。
浩二はフィーアトに抱き着く時間は数秒あれば十分だ。
「へぇ、冷たい印象があったけどちゃんと温もりはあるんだな。意外」
フィーアトに抱き着いて肌に確かな温もりがあったことに意外そうにぼやく浩二にフィーアトは冷たい眼差しを向ける。
「……それで私の動きを止めたつもりですか? そもそも貴方程度が私に抱き着いたところで無意味なことです」
抱き着いたことによって動きを封じたと思ったフィーアトは銀翼を輝かせて分解能力を行使しようとする。結界も毒も全て分解しようと銀翼を大きく広げようとした瞬間。
「だよな? ここで分解能力を使うと思ってた」
その言葉にフィーアトの動きが止まった。
(なぜ、分解能力のことを……?)
戦闘の際には一度も見せても教えてもいない神の使徒の固有魔法‶分解〟。それなのに今の浩二の口ぶりはまるでそれを知っているかのようだった。そこに僅かばかりの隙が生じる。
「‶改造〟!!」
浩二は得意の‶改造〟をフィーアトに行った。
‶改造〟の派生技能には‶改造改悪〟という技能がある。これは改造を行う対象を改悪、つまり破壊させる技能。この技能は生体に直接干渉する為に物理・魔法による耐性も毒の耐性も機能しない。
あらゆる耐性を無価値にする。浩二のもう一つの奥の手。
だけどこの技能は対象に直接触れなければ発動することができないデメリットがある。だから浩二は刀を握り、髪を鎧に変えて戦う意思を見せたのも、‶聖絶〟や‶溶解毒〟も全てはこのための布石。
だがそれも全てはフィーアトが浩二を殺さないでいたからこそできたことだ。初めから殺すつもりなら浩二は間違いなく殺されていたし、最初っから魔法や分解能力を使っていても負けていた。
浩二を見下し、本気を出すまでもないと油断して心を折るつもりで痛めつけていたからこそ、生まれた勝機。例えるなら百戦中九十九回負ける戦いのなか、残りの一回の勝利を最初に引き当てたようなものだ。
運が良かったといえばそれまでだが、自身より圧倒的強者相手に勝機を探し出し、掴み取ったのは浩二の諦めの悪さゆえだ。諦めなかったからこそ、浩二は勝利を手にした。
「わた、し……が……」
全身に亀裂が走り、手足から崩れ落ちる神の使徒は最後に空を見上げて謝罪を口にした。
「もうしわ、け、ございません……わが、あるじ……」
そして神の使徒は全身が崩壊して崩れ落ちて灰へと姿を変える。フィーアトの最後を見届けた浩二は結界と溶解毒を消して肩で息をしながらその場に座り込む。
「し、死ぬかと思った……」
‶無形の貌〟の限界時間に達して元の姿に戻る浩二は運よく生き残れたことに安堵しつつ灰となった神の使徒に触れて‶改造〟。自身の体内に取り込むことでその力を得る。
ステータスプレートを使ってどれだけステータスが上がったのか、もしくは技能を獲得することができたのか確認したいが、今は休みたい。文字通り九死に一生を得たのだ。少しぐらい休んでもいいはずだ。
「……まぁ、終わりよければすべてよし」
最悪な遭遇だったとはいえ、神の使徒を取り込んで自身の力に変えることが出来たのは大きい。でも今は身体も魔力も限界。少し休んでからティニア達と合流しようと浩二は地面の上に寝転がる。
「まさかフィーアトが倒されるとは思いもしませんでした」
「!?」
聞き覚えのある美しくも機械的な冷たさのある声音に浩二は飛び起きてソレを見た。
「おいおい、何の冗談だよ……」
それが冗談であればどれだけよかったのか、しかしながら眼前にいる存在は冗談なんかではない。
「なんで、二人もいるんだよ……ッ!」
もう一人の神の使徒が姿を現した。
「フュンフトと申します。フィーアトに代わってあなたを我が主の元へ連れて行きます」
刹那、フュンフトの拳が浩二の腹部に直撃する。
「ごふ……」
口から大量の血を吐き出し、殴り飛ばされた背後にある木に背中を強打する。
「あなたとフィーアトの戦闘の一部始終を見させていただきました。どうやらあなたの手に触れなければ問題はないようですね。それでは腕を切り落として瀕死の状態となったあなたを我が主の元へ連れて行くとしましょう」
機械的に淡々と語るフュンフトは大剣を握りしめて浩二に歩み寄る。
(どんだけ、運が悪いんだよ……俺は……)
現れた二人目の神の使徒に浩二は己の不運さに恨みを抱く。
全力を出し切って運よく神の使徒を倒したと思えば今度は別の神の使徒が現れた。
(もうこっちには戦うだけの余力なんてないっていうのに……)
フィーアトの戦いで限界だというのにそこで別の神の使徒がやってくるなんてなんてムリゲーだ。
(それともこれは罰なのかもな……。雫に振り向いて貰いたい為だけに卑怯で姑息な手段を取った俺への罰……)
色々と犠牲にし、利用して、誘導してきた愚かな自分自身に与えられた罰だというのならこの理不尽にも少しは納得できる。それだけ最低なことをした自覚が浩二にはあるから。
(雫にフラれてよかった……)
もし、告白に成功して雫がこの場にいたらいったい雫はどれだけ傷ついてしまうかわからない。だからあの夜、フラれてよかったと浩二は心底思ったと同時に、笑った。
(ああ、俺、やっぱり雫のことが好きだ……)
フラれたのに、諦めようと決めたのに、それでも諦めきれない程に浩二は雫の事が好きでいた。走馬灯のように脳裏に過るのはこれまで過ごしてきた半生と雫との大切な思い出。
(
眼前まで迫りくるフュンフトに浩二は諦めたかのように瞳を閉ざし、フュンフトは大剣で浩二の両腕を切り落とそうと振り下ろす。
「鳴け、遍く風よ、‶風槌〟!」
瞬間、風の砲弾がフュンフトに向けられて放たれた。だが、フュンフトは大剣を一振りしただけで風の砲弾を打ち消して、風系魔法が放たれた方に視線を向ける。
浩二も思わず顔を上げてそちらを見ると、そこには両の手の平を構えたティニアがそこにいた。
「な、んで……なんで……」
愕然としながらそう言わざるを得ない浩二はティニアに怒鳴りつけた。
「なんでここに来たんだよ!? 逃げてくれって言っただろうが!! それなのにどうして……!?」
「貴方様を助けに参りました」
一喝する浩二に対してティニアは真っ直ぐにそう言った。
「こいつはお前が勝てる相手じゃない! 無駄死にするだけだ! それぐらいわかるだろう!! こいつの狙いはあくまで俺だ! だから―――」
「お断りします」
逃げろ。と告げるより前にティニアはそれを拒絶したが浩二は言葉を綴る。
「頼むから……逃げてくれ。せっかく永らえた命をこんなところで散らせたら助かった意味がないだろうが……」
ティニアがフュンフトと戦えば絶対に殺される。それぐらいティニアにも理解しているはずだ。
それなのにどうして逃げないのか、ティニアはそれを浩二に教える。
「愛する人を護りたい。その為なら命を賭ける覚悟はできております」
「!?」
「それに私の命は貴方様に救われたもの。その命を貴方様に捧げられるというのであれば本望というものです」
剣を手にして構えるティニアにフュンフトは視線を浩二からティニアに向ける。
「おい、なにしてんだよ? お前の目的は俺だろうが……」
「邪魔をするのなら排除するまでです」
もう碌に動けない浩二を一瞥して大剣をティニアに向けられる。
「やめろ……」
動けない身体に鞭を打って立ち上がろうとするも、倒れてしまう。先のフィーアトとの戦いでまともに身体を動かすことが出来ず、ただ見ていることしかできない。
(なにもできないって言うのかよ……ッ! 俺は、俺を好きでいてくれる人を失うって言うのか……ッ)
転生前も転生後もティニアが初めてだった。
好意を示してくれたのも、好きだと言ってくれたのも、共にいてくれたのも、寄り添ってくれたのも、護ろうとしてくれているのも初めてだ。
(俺はそんな人を失うって言うのかよ! いいわけねえだろうが!!)
己の無力さに歯を噛み締める内心に憤る激情を燃やしながら浩二はソレを手にする。
浩二が取り出したのは赤い液体が入った小瓶。その小瓶の蓋を外す。
(下手をすれば死ぬかもしれない。けど、奴に勝つ為には、ティニアを護る為にはコレしかない)
浩二はそれを口にする。
(俺は最低な男だけど、女を見殺しにするようなクズにだけはなりたくない!)
それが結果的に己の命を失う結果になったとしても浩二に迷いはない。
するとドクン、と浩二の鼓動が高まる。
それと同時に膨大な魔力が噴出する。
「これは……」
突然の魔力の増加に目を見開くフュンフトはゆっくりと立ち上がる浩二から目が離せない。
先ほどまでの弱り切っていた身体からどこにそれだけの魔力を噴出することができるのか、フュンフトは灰色に紅い魔力を交えた浩二を警戒するように見据える。
「浩二様……?」
突然の変化にティニアでさえ戸惑いを覚えながら浩二の名を呼ぶ。すると浩二は俯いていた顔をあげる。
「
そこには片目を紅く染めオッドアイとなった浩二が刀を握りしめて再び神の使徒との戦いの幕を開ける。