ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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脇役34

海上の遥か上空、空に漂う二人の男性。

灰色に紅い線が入った翼を広げて空を跳ぶ浩二に〝空力〟で空中を足場にして留まっているハジメ。二人が互いに得物をその手に向かい合っていた。

それを顔を見上げて地上から観戦している浩二とハジメの仲間達はこれから始まる戦いを見守っている。

「やめるなら今の内だぞ?」

鋭い眼差しを作りながら最終警告を告げるハジメ。今ならまだなかったことにできると言外にそう告げるも浩二は首を横に振った。

「まさか。言っただろ? 俺は俺を乗り越える為にもお前と戦う必要があると。やめるわけにも、逃げるわけにもいかない」

脇役も主人公も関係ない。己自身の道に進む為に浩二はこの戦いから降りるわけにはいかない。

「そうかよ……」

覚悟を決めた浩二に小さく肩を竦める。

浩二が何を思って、どういうつもりで勝負を申し込んだのかはハジメは知らないし、興味もない。だが、そのつもりだというのなら相手をするだけだ。

「コインが海に落ちたら開始。異論はあるか?」

「いや」

異論がないことに首を横に振るハジメに浩二はコインを弾く。

コインが自然落下で海に向かって落ちていくのを待ちながら身構えていると不意に浩二が口を開く。

「南雲。お前の強さは〝理不尽〟の領域に達している。それぐらい診たらすぐにわかった」

「ああ……?」

(いきなり何を言ってんだ? こいつ)

しかしハジメはその言葉を否定する気はない。奈落の底で死に物狂いで魔物を殺し続け、故郷に帰る為に七大迷宮を攻略し、自身でもそれなりの強さはあると自負している。

そうでなければ【グリューエン大火山】で遭遇したフリードとそのフリードに従っている白竜の攻撃によって死んでいた。無論、ユエやシアといった仲間達の力を借りていることも否定しないが、ハジメ本人も浩二の言う〝理不尽〟の領域に達している。

「だけどその領域に達しているのはもう、お前だけじゃない」

そこで二人の耳にポチャンとコインが海に落ちた音が聞こえた瞬間――――浩二は一瞬でハジメの眼前に現れた。

「!?」

「油断していると死ぬぞ?」

鋭い剣閃がハジメを襲う。

「チッ!」

舌打ちと同時に反射的に紅い魔力の塊を圧縮させてその剣閃を防ぐ。〝金剛〟の派生技能〝集中強化〟によって防ぐも、刀には灰色に紅色の魔力を纏っている。それは神の使徒であるフィーアトを取り込んだことによって手に入れた〝分解〟。その能力でその防御を切り裂いた。

だが、一瞬だけ防げば十分。ハジメはドンナーの照準を浩二に向けて発砲する。至近距離から放たれた銃弾を浩二は最小限の動きで回避と同時に次の攻撃態勢を取って刀を振るうと同時にハジメは魔力を纏っていない身体に〝豪脚〟、魔力を纏わせた蹴撃を炸裂させようとするも浩二の動きがピタリと止まってハジメの蹴撃は空振りに終わった。

(こいつ、俺の動きを……!)

「ああ、視えてる」

そしてハジメは浩二が放つ一閃をその身に受ける。

 

 

 

ユエ達は顔を見上げながらその戦いにただ驚いていた。

ハジメの強さをずっと傍で見続けてきた彼女達に取ってその戦いは信じられないと思うばかり。始まる前はすぐに終わるだろうと高を括っていた彼女達の思惑は簡単に覆させられた。

「うそ……ハジメさんが……」

シアは啞然としながら上空で起きた戦いにただ驚愕に包まれる。何故なら〝あのハジメ〟に一撃与えたのだ。不意打ちでも奇襲でもない。正面からの戦いでハジメは初めてその一撃を受けてしまった。

「ユエさん! ハジメさんが、ハジメさんが……!」

「……落ち着く。まだ終わってない」

慌てふためくシアを宥めつつユエはじっと二人の戦いを見続ける。

ハジメは〝空力〟と〝縮地〟を使ってドンナー&シュラークで攻撃しつつ〝宝物庫〟から他の兵器を取り出すも浩二に当たる気配がまるでない。

それどころか……。

「浩二くんが押してる……?」

そう、それでも浩二が優勢だ。

ハジメの攻撃が浩二の横を通り過ぎて、浩二の攻撃が吸い込まれるように当たっている。

「これは〝経験〟の差じゃな」

その戦いを観戦しているティオがポツリとそう呟いた。

「〝経験〟ですか……?」

「うむ。ご主人様は確かに強い。じゃが、ご主人様がこれまでに対峙してきた多くは本能を剥き出しに襲いかかる魔物であったはずじゃ。それに対して平野殿の動きは明かに対人慣れしておる」

魔物は常に本気で襲いかかる。だがしかし、人は違う。

様子を窺い、動きを読もうとし、騙しや駆け引きまでも用いる。ハジメはこれまでずっと魔物と対峙してきた為に対人での経験は少なく、尚且つ自身と互角に戦える相手が浩二が初めてだった。

それに対して浩二は子供の頃から八重樫流の道場で技を身に付け、磨き、対人での戦い方を身に付けてきた。これはお互いが積み重ねてきた〝経験〟に差が生じたのだ。

「流石はエフェルが伴侶として認めただけはあるのぅ。あれほどの技を磨くのに相応以上の努力をしたはずじゃ」

「うん、浩二くんは私達のなかで誰よりも努力していたよ」

雫や光輝と違って才能がない分、努力でその差を埋めようと努力してきた。香織はそれをこの中で誰よりも知っている。

その全ては雫に振り向いて貰う為。けど、香織はどこか納得いかない想いがある。

「香織様」

そんな時、ティニアが香織に声をかけた。

「ティ、ティニアさん……」

「どうか浩二様を悪く思わないでください。浩二様にとって〝特別〟は雫様だけですので」

「え? で、でも……」

「浩二様は自分の〝特別〟は雫様だけ。だから私達の想いに応えられないとハッキリとそう言ってくださいました。しかし、それでもという私達の想いに応えて下さったのです。私達の我儘を受け入れて下さった浩二様をどうか、悪く思わないで上げてください」

浩二はそのことについて己は最低だと自覚しているが、ティニア達は浩二よりも自分達の方が最低だと思ってる。〝特別〟がいる浩二に諦めない想いを抱き、それでもと寄り添うティニア達の我儘を受け入れた。

その間、色々と悩み、苦しみ、考えさせられた筈なのにそれでもと言うティニア達を浩二は受け入れたのだ。

香織は何か思い悩むような顔で再び上空に視線を向けて二人の戦いを見ていると、ハジメの銃弾が浩二の肩を貫いた。

 

 

 

「なるほどな……視えているはそういうことだったか」

何かに納得したかのようにぼやくハジメに浩二は貫かれた肩の傷を癒す。

「悪かったな、平野。俺はお前の事を甘く見過ぎていた。正直、最初の一発で終わるだろうと思っていたぜ」

評価を改めて、自身がどれだけ天狗になっていたのかを知ったハジメは猛省する。

「対人戦闘で技と駆け引き、ブラフがどれだけ重要なのか。お前と戦って痛感した。確かにお前に言われていた通り、俺は自惚れていた」

「……もう少し自惚れていてくれればこっちが勝てたんだけどな」

「だろうな。少なくとも対人戦闘なら俺よりお前の方が上だ。だが」

ハジメはドンナー&シュラークを構えて告げる。

「勝つのは俺だ」

撃ち放った紅色の弾丸を〝魔力操作〟の派生技能〝遠隔操作〟で誘導して浩二の身体を貫こうとするも〝分解〟が付与された刀でそれを斬り払う。だが、弾丸は確かに浩二を貫いた。

「ぐっ! 〝焦天〟!」

回復魔法でその傷を治す浩二にハジメが言う。

「その神の使徒から奪った分解能力は確かに凶悪だ。だが、一瞬で魔力と物体を同時に分解することはできねえみたいだな。もしくはお前自身がまだその能力を使いこなしていないか。そうだろ?」

弱点を見破ったと言わんばかりの笑みで告げるハジメに浩二は口角を曲げる。

「……そうだとしてもそれなら回避に集中すればいい。それだけの話だ」

「できるならな」

ハジメは〝瞬光〟の状態へと突入する。世界が色褪せるほどの知覚能力の増大。時の流れが遅くなった世界で浩二がどれだけ素早く動こうともその動きをハジメはしっかりと捉えている。

そして紅色の弾丸を放つ。しかしながら浩二はそれを回避してハジメに接近するも、ハジメはドンナーの照準を浩二に向けて至近距離で発砲。それでも浩二は避けた。

(貰った!)

しかし、ハジメもその攻撃を避ける。

剣撃と銃撃。互いに至近距離で相手の武器を躱し、逸らし、弾きながら攻撃を繰り出す。

(やっぱりな、視えているってのはそういうことか!)

(ここまで視えているのに避けてる! 南雲の奴、瞬光を使っているな!)

浩二は己の手の内に気づかれたことに内心舌打ちする。

ハジメは疑問に思った。

どうしてこちらの攻撃が当たらず、向こうの攻撃が当たるのかを。動きを読まれているのは確かだが、浩二の天職は〝医療師〟。ハジメと同じ戦闘向きの天職ではない。

それに浩二は〝読んでいる〟ではなく〝視えている〟と言った。そこで浩二の天職を踏まえてハジメは気づいた。

浩二には相手の肉体構造が透過しているように視えているのではないかと。

地球の病院で扱っているレントゲン、X線撮影のように浩二の視界には相手の肉体の内部構造が視えているというのなら視線や筋肉、神経などの僅かな動きで相手の動きを先読みしている可能性が高い。

それならそれに対抗する為にハジメは〝瞬光〟を使うことで浩二と互角に渡り合うが……。

(チッ! だがこのままじゃジリ貧だ! 対人なら平野の方が上だ!)

対人での戦闘では浩二が一枚も二枚も上手だ。その証拠に既に〝瞬光〟に突入しているハジメの動きに対応し始めている。更には浩二の天職は〝医療師〟。回復魔法を持っている為に自身の傷も状態異常も治すことができる。

ハジメも奈落で魔物の肉を食べていくつかの耐性を持ってはいるが、治す手段は限られている。

(それに香織から聞いた話じゃ、自分の身体を改造して自在に操れるって話だ。下手をすりゃ身体的スペックは俺以上だと思った方が良さそうだな)

「考え事とは余裕だな、南雲」

〝分解〟が付与された刀がハジメの腕を斬り落とそうと振るわれるが、〝金剛〟の派生技能〝集中強化〟によって魔力を消費させつつも防ぐ。

「そういうお前は随分と余裕がねえな? 現段階じゃお前は俺より上だぞ? 少しは喜んだらどうだ?」

「この程度で喜べるかよ。それに対人戦闘ではそれは隙になるって雫の道場で教わったからな」

「そうかよ」

本当に油断も隙もない。なにより浩二は本気でハジメに勝とうとしている。その気迫が伝わってくる。

「平野。どうしてお前はそこまで俺との戦いに拘る? 俺は十分にお前の実力を知った。戦力になることも確認した。それなのにいったい何がお前を動かす?」

ハジメは思った疑問をそのまま浩二にぶつける。すると……。

「……俺は主人公になりたいんだよ。ヒロイン()に相応しい主人公に」

「はぁ?」

「でも今の俺の心には自分がどうしようもない〝脇役〟だと根付いている俺がいる。それじゃ駄目だ。あいつに振り向いてもらうにはあいつの相応しい主人公になるしかない! その為にも俺には〝力〟がいる! 〝強さ〟がいる! なにより自分が主人公だと思える〝自信〟がいる! それを手に入れる為には南雲、俺はお前に勝たなきゃいけねえ!!」

「……」

「お前にとってはいい迷惑だというのも、ただの自己満足だというのもわかってる! それでも諦めきれない想いがある! 貫きたい意地がある! 惚れた女に相応しい男にならないといけないんだよ!! 俺は!!」

その為にも〝脇役〟から〝主人公〟になる必要がある。

だからこそ浩二は戦わないといけない、勝たないといけない。本物の主人公(南雲ハジメ)に。

それらを聞いたハジメは深い、それはもう深い溜息を吐いた。

「たくっ、自分が脇役だのなんだの、くだらねえことに俺を巻き込むんじゃねえよ」

心底迷惑だと言わんばかりの目を向けるハジメだけど、同じ男として浩二の気持ちはわからなくはない。

(惚れた女に相応しい男、ね……。よく言うぜ。俺なんかより十分強いじゃねえか、お前は)

たったそれだけのことにどれだけ努力してきたのか、頑張って来たのか、戦っているハジメにはよくわかる。だからこそハジメはそんな浩二に本気で勝ちたいと思った。

「いいぜ。最後まで付き合ってやるよ。死んでも文句言うんじゃねえぞ?」

ハジメは全身から紅色の魔力が噴き上がり身体を覆っていく。〝限界突破〟を発動した。

「それは俺の台詞だ」

それに対して浩二は自らの意思で生存本能(リミッター)を意図的に破壊して本来使えない力に手を付ける疑似的な〝限界突破〟。フュンフトとの戦闘で壁を超えて新たに手に入れた〝改造〟の派生技能〝限界解除〟を発動する。

主人公(南雲ハジメ)脇役(平野浩二)の第二ラウンドが始まった。


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