紅色と灰色の魔力が衝突する。
ハジメと浩二。二人は限界を超えた力を発揮して対峙している存在をこの世から消し去るかのような激しい戦いを繰り広げている。
それはもはや模擬戦でもなんでもない。完全なる殺し合いだ。
ハジメの放つドンナー&シュラークが浩二の頭、喉、心臓とその命を撃ち貫こうと弾丸を斉射するも、浩二はそれらを全て躱してハジメを物言わぬ肉の塊に切り刻もうと刀を振るう。
そんな過激では済まされない激戦を繰り広げている二人を見て香織は思わず……。
「二人共もうやめて!! それ以上戦わないで!!」
その戦いに見ていられずに制止の声を投げるも、二人は戦いを止めない。
見ていられなかった。
自身の愛する人と大切な幼馴染がその身から血を飛ばし、相手の命を奪わんとする殺し合いをする光景を。
「ユエ! それにシアもティオさん! ティニアさんとエフェルさんも二人を止めて!」
「そ、そうですよね。これはいくらなんでも……」
懇願するかのような香織の叫びにシアも頬に冷汗を垂らしながらそれに同意するように頷くもユエが首を横に振った。
「……それはダメ」
「そうじゃの。それはできぬ」
ユエに同意するようにティオもまた香織の懇願を断った。それに香織は思わず言った。
「どうして!? ハジメくんがどうなってもいいの!? ティニアさん達もこのままじゃ浩二くんが!?」
二人の身を案じてどうにか止めようと仲間に声を飛ばすもティニアもユエとティオと同じく首を横に振った。
「それはできません」
「私もティオ様と同じく二人の戦いを止めに入ることはできません」
香織の懇願はシア以外誰もが首を横に振った。
それがどうしてか? 理解が出来ない香織にユエが言う。
「……ハジメ、楽しそう」
「え?」
その一言に香織は顔を上げて二人の戦いを見るも、香織には二人の戦いが速過ぎて顔まで視認することが出来なかった。そこにティオがユエに続いて。
「笑っておるのじゃよ、ご主人様」
「ど、どうして……?」
今にもどちらかが死んでもおかしくない戦いをしているのに。そんな疑問を脳裏に過らせる香織にティオは言葉を続ける。
「ご主人様は強い。じゃがそれは自分の全力を出し切る相手がいないということじゃ。しかし今はどうじゃ? 今のご主人様の目の前には自分の全力を出し切っても倒し切れない相手がおる、向かってくる相手がおる。なら、そんな相手に勝ちたいと思うのは当然のことじゃ。ふふ、ご主人様も男じゃのう」
まるで負けず嫌いの子供の喧嘩を見守る母親のように微笑ましい表情を見せる。
「で、でも、もしものことがあれば……」
それでも万が一のことがある。
「かもしれぬ。じゃが、それでも止められぬ戦いもある」
万が一にも死ぬかもしれない。それでも誰にも止められない戦いというものはある。
「浩二様にとってこの戦いは避けては通れないもの。乗り越えなければならない戦いなのです」
惚れた女に相応しい主人公になる為に浩二は脇役という殻を突き破ろうとしている。
雫に対するその想いはもはや狂信に近いほどの真っ直ぐで頑固な一途な恋心。好きだから、惚れたから、なにもかも全てが愛おしくてたまらない。惚れた女の全てが欲しい。
その想いはもはや渇望。
どこまでも、誰よりも、何よりも
そして、その想いの強さは
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「ぐっ!?」
獣染みた咆哮をあげながら刀を振るい、ハジメの身体に赤い線を刻み続ける。しかしながらもハジメも負けじとドンナー&シュラークで浩二の身体に風穴を空けていく。
防御なんてしていられるかッ! と言わんばかりの攻撃に極振りした戦いを繰り広げる二人はもはや倒れる前に倒しちまえという脳筋染みた戦いを行っている。
だがしかし、ハジメは己の敗北が近づいていることに気づいている。
ハジメは身体に受けた傷を〝魔力変換〟の派生技能である〝治癒力〟で魔力を治癒力に変えてどうにか止血しているも、戦っている浩二には回復魔法がある。それにより、受けた傷はまるでなかったかのように消えて万全な状態で戦いを続けられている。
更にはこれまで何度もハジメの攻撃を受けて回復魔法で傷を治癒しているのに魔力が底をつく気配がまるで感じられない。
断言しよう。今の浩二は〝不死身〟だ。頭を撃ち抜いたとしても平然としている気がしてならない。
「この、化け物がッ!」
ハジメも自身が化け物だと自覚しながらも、そう悪態を吐きたくなるほどハジメは浩二が恐ろしく見える。
このまま拮抗状態が続けばハジメは負ける。ここで起死回生の一手を打たなければ
ハジメは思考を高速に巡らせてこの状況を打開する方法を模索する。これまでの浩二の戦い方、動き、行動、言葉……それら全てを思い出して何かこの状況をひっくり返す方法を見つけ出そうとする。
(……一か八かだ)
そこでハジメは動いた。
可能性は低い。しかしそれ以外に浩二に勝つ手段がないハジメは一か八かの賭けに出た。
「〝錬成〟!!」
十八番である〝錬成〟をハジメは〝宝物庫〟にある鉱石ではなく、ドンナー&シュラークや他の兵器でもない。浩二自身に〝錬成〟を行った。
「――――――っ」
すると、これまで動き回っていた浩二の動きがピタリと止まったのだ。
「南雲……ッ! おまえ……ッ!!」
顔を歪ませてハジメを睨むも、ハジメは得意げに笑った。
「ハッ! どうやら賭けは俺の勝ちみてえだな!!」
南雲ハジメの天職は〝錬成師〟。そして〝錬成師〟が得意とする〝錬成〟は鉱物を加工したり分離やかけ合わせたりすることができる鍛冶職であり、ハジメの〝錬成師〟としての超一流の腕前ならばどんな形をした鉱物すらも自在に操ることが出来る。
つまり、ハジメは〝改造〟によって浩二の体内に取り込まれた鉱物を〝錬成〟してその動きを止めたのだ。
無論それは賭けではあった。
ハジメは浩二の体内に鉱物を取り込まれていることを知らないし、本当に〝錬成〟できるのかも怪しいところであった。だがしかし、ハジメは賭けに勝った。
「くたばれ」
銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声―――――ッ!
弾丸の嵐が浩二を襲う。
無限とも思える銃弾を一身に受ける浩二は体内にストックしている魔法薬、回復魔法、薬草などと持てる限りの方法で身体を治すもその度に主人公の手によって破壊されていく。
(回復が、追いつけない……ッ!)
ハジメの攻撃が浩二の治癒を上回り、後数秒でも攻撃が続けば浩二は回復する手段がなくなってしまう。いや、それだけではなく、このままでは負けてしまう。
浩二は強くなる為にあらゆる鉱石を改造して体内に取り込んでいたが、それが今となって仇となった。
(俺の体内にある鉱石を〝錬成〟できるなんて、どんだけだよ……)
粒子、分子レベルの鉱石を〝錬成〟させた
(結局、
諦観が過る。
どう足掻いても脇役という運命は変えられない。脇役は主人公にはなれない。
――――だが。
(ふざけるな……)
浩二は諦めていなかった。
そんな運命などクソ喰らえ、と言わんばかりの激しい怒り。全身の毛が逆立つような衝動。
(そんなもので諦められるかよ!!)
分不相応な想いだということは自覚している。決して叶わぬ初恋だということもわかってる。
諦めていい理由などいくらでもある。誰もそれを責めることなどしないということもわかっている。
それでも浩二は諦めきれないほどに雫を愛している。
(南雲、お前がどれだけ女を侍らせようがお前の好きにしたらいい。そこに香織を加えても香織本人がいいのなら俺は何も言わねえ。それはお前と香織の問題だからな。だけどな! 雫だけは、俺が心底惚れている女だけは譲れねえ! それだけは絶対に譲るわけにはいかねえんだよ!!)
それは嫉妬だと理解しながらも浩二はその想いだけは譲ることはできなかった。
(だから俺はお前に勝たなきゃいけねえんだよ!!)
全ては
「〝改造〟!!!」
脇役から主人公になる為の言葉を唱えた。