ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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脇役36

「〝改造〟!!」

浩二がその技能を使用した次の瞬間、全ての弾丸が斬られた。

「なっ!?」

無限とも思える銃弾の嵐。それを全て斬った浩二にハジメは一瞬驚くも続けて斉射する。しかし、その弾丸は直撃するよりも前に全て浩二の刀にとって斬り落とされた。

「南雲、もうお前の攻撃は俺には届かない」

刹那、ハジメは斬られた。

「!?」

痛みよりも前にハジメは困惑を隠せない。

ハジメはもう浩二に対して油断も慢心も微塵も抱いていない。一瞬たりとも目を逸らしてもいない。それに今は〝瞬光〟の状態だ。世界が色褪せるほどに知覚能力を爆発的に高めている。更には〝限界突破〟も使っているというのにハジメは浩二を捉えることができなかった。

それなのに気がついたら斬られていた。

そう思ったハジメは……。

(俺の精神に干渉したのか!? ……いや、これは単純に俺より速くなっただけだ!)

残像どころか僅かな身動きすらも認識することができなかったハジメは浩二が何かしらの方法で自身に干渉しているのではないかと推測するが、それを否定する。

仮にそんなことが可能であるのならば戦ってすぐにそれらしい方法を一つや二つは使っていてもおかしくはない。だが、浩二は戦いはじめてから一度も精神や記憶に干渉する技能は使っていない。

(そういや平野の奴、闇系統の魔法を持っている筈だよな……? どうして使わねえんだ?)

ハジメは疑問を抱く。

香織から浩二のことは聞いている。医療の腕前は勿論、闇系統の魔法による前衛へのサポートの腕前もよいと聞いた覚えがあるし、浩二は勝つことに手段を選ばない性格だということも聞いている。

それなのにどうして開戦してから闇系統の魔法を使ってこないのか?

(手を抜いてる……? いや、平野がそういうことをする奴じゃねえのは戦っている俺が知っている。ということは使わない理由があるに違いねぇ……)

その理由についてはハジメはわからない。だが、浩二にとって使わないことに何かしらの意味があることぐらいは察することができる。

(俺との戦いは平野にとって乗り越えなければいけないこと……。過去との決別ってとこか……)

納得している間にもハジメの身体にまた赤い線が刻まれる。

「このッ!」

だがそれでも流石の一言だろう。

僅かな身動きすら捉えられない浩二の動きをこれまで培ってきた勘で狙いを定めて発射する。しかし、その弾丸は浩二に届くことはなかった。

それどころかそのお返しと言わんばかりにハジメを切り刻む。

「がっ!?」

ほぼ全身を切り刻まれるも、ハジメは冷静だった。

(わからねえことはあるが、平野の奴が勝負を決めにきているのは確かだ! この馬鹿げた力は恐らくは……ッ!)

「ああ、お前の考えている通りだ。南雲」

ハジメの思考などお見通しかのように浩二は告げる。

「俺には才能がない、素質がない。お前のように色々な兵器を作れるだけの技術もない。何もない俺に賭けれるものといえばこの身体とこの命、そして魂しかない。ならその全部を使って俺は勝つ! そして手に入れるんだ! 〝力〟も〝強さ〟も〝自信〟も何もかも俺は手に入れてあいつ()の主人公になるんだ!!」

血も肉も魂も全てを力に〝改造〟してハジメを上回るステータスで圧倒する。

文字通りの〝命がけ〟。自らの命を糧に浩二はハジメを切り刻む。

「ぐぅぅうううううッッ!!」

全身を〝金剛〟で防御するもそんなものなど無意味だと言わんばかりにハジメはその身体に赤い線を刻まれていく。

(強ぇ……ッ!!)

その気迫、覚悟、想いの強さがハジメの身体だけではなく、魂にまで刻まれていく。

〝ユエと共に故郷に帰る〟。奈落の底から這い上がって来たハジメのその強さ、その強さに至るまでの経緯、なによりその強靭な精神力は並大抵のモノではないだろう。

だが、這い上がってきた者はハジメだけではない。

浩二だって何度もドン底から這い上がって来た。何度も叩き落とされようとも、雫に振り向いて欲しい、雫の主人公になりたいという一心で這い上がって来た。

何度諦めようとしたかわからない、何度挫折しそうになったのかもわからない。それでも浩二は這い上がって来たんだ。雫を諦めたくないその想いだけは浩二は誰にも負けない。

そして―――

「八重樫流刀術――――」

(やべぇ!?)

反射的にハジメは持てる全てを防御力に回したが、一手遅かった。

 

「――――桜吹雪」

 

刹那、ハジメの身体から大量の血飛沫が宙を舞った。

「かは……」

血を吐き出し、上空に留まっていた〝空力〟が消えてハジメはそのまま海に向かって落ちていく。

(俺が……負けた……)

白濁する意識のなかでハジメはそう思いながら海に向かって落ちていく。だが、辛うじて意識があるのは浩二がギリギリで致命傷を避けたおかげだが、それでももうハジメには指先一本も動かす力は残されていない。

(こんな気持ちも久しぶりだな……)

海に向かって落ちながらハジメはここまでズタボロにされたのは奈落の底に落ちて以来だ、とふと思った。だが、この敗北は当然なのかもしれない。

(俺と平野とじゃ…背負っている重さも覚悟も違うってことかよ……)

その結果がこの敗北。

浩二には惚れた女の為に命をかけてでもなりたいモノがある。その命がけの攻撃がハジメの魂にまで響いた。海に向かって落ちるハジメは僅かに残されている意識が閉ざそうとしたその時、見てしまった。

香織も、ティオも、シアでさえも誰もがハジメの敗北にショックを受けているなかでユエだけは違った。

吸血姫の瞳はまだハジメの勝利を信じている。

その瞳を見た時、ハジメは歯を噛み締めて意識を強引に引き戻した。

(なに諦めようとしていやがる! ユエが見ているだろうが!!)

直後、ハジメは紅い魔力を脈動させた。

(動け、俺の身体! こんなところでへばってんじゃねえぞ!!)

ドクンッドクンッと波打ち、〝限界突破〟の魔力が更に際限なく上昇していく。直後、噴火したかのように紅の魔力が噴き上がった。

螺旋を描きながら天を衝く紅い魔力の奔流―――〝限界突破〟の最終派生〝覇潰〟だ。

通常の〝限界突破〟は基本ステータスの三倍の力を制限時間内だけ発揮するのに対して、〝覇潰〟は基本ステータスの五倍の力を得ることができる。だたし、限界突破しているところを、更に無理やり力を引きずり出すのだ。その副作用は甚大。けれど、ハジメにはそんなことどうでもよかった。

すぐさまに〝空力〟を発動させてハジメは再び浩二と同じ位置まで跳んでくる。

「……ここでパワーアップとかふざけんなよ、おい」

「悪いな。だが俺も惚れた女の前で格好悪いところを見せるわけにはいかねえんだよ」

男としての意地を見せるハジメだが、今の状態が長くは続かないのは承知済み。そして浩二もまたもう長くは戦えない。

――――短期決戦。

二人の内、どちらかが勝利を手にするにはそれしかない。

「……なぁ、南雲。ここで一つ提案があるんだが」

「奇遇だな。俺もだ」

二人は互いに剛毅な笑みを見せ合い、銃を、刀を収めて拳を握りしめる。

最後は拳で決着をつける。既に二人の肉体は限界を超えており、強靭な精神力と意地のみで肉体を無理矢理動かしているに過ぎない。これ以上の深刻の損傷は本当に命にかかわると考えた二人は素手での決着を選んだ。

しかし、そういう建前よりも二人は男としてのロマンを優先したかったのが本音だ。

最後は己の拳で勝利を手に入れる。ただそれだけだ。だが、それだけで十分。

二人は拳を放ち、互いの頬を殴った。

「カッ!」

「ハッ!」

顔を、腹を、胸を、腕を。ただただ殴り続ける。尋常じゃないその力を拳に込めて相手に拳を放り込ませる。

超至近距離による子供のようなバカげるほどに単純な殴り合い。

―――だが。

「南雲! 俺はお前に勝つ!!」

例え単純な殴り合いだろうと浩二の方がハジメよりも一枚上手だ。

ハジメが強くなったのはこの世界〝トータス〟に転移、奈落に落ちてからだ。それに対して浩二は幼い頃から八重樫流を磨き続けてきた。当然、体術も浩二は身に付けている。

ハジメと浩二とでは積み上げてきた〝経験〟という絶対的な差がある。それはどうすることもできない。だがそれでもハジメは諦めようとはしなかった。

「それは、俺の台詞だ!!」

絶対的なまでに〝経験〟に差はあろうとも関係ない。ユエが見ている。それだけで十分……と言いたいところだが、ハジメの拳が浩二に当たるまでに、浩二はハジメの防御を通り抜けて的確に二、三発当ててくる。このままでは先に動けなくなるのはハジメであることは明らかだ。

だからこそハジメは狙う。一撃必殺のその一撃を。

(そこだッ!!)

浩二の攻撃を耐え抜き、僅かに見せた隙に左腕のギミックの〝振動破砕〟。そして〝豪腕〟と膨大な魔力を注ぎ込んだ〝衝撃変換〟による絶大な威力の拳撃を放った。

ハジメの全力の一撃が浩二の胸に吸い込まれるように向かっていく。しかし、それは浩二がワザと見せた隙であった。

「なっ!?」

全力の一撃が紙一重で避けられた。

技と駆け引き。ハジメは浩二の仕掛けた罠に嵌り、全力の一撃を空振りに終わらせた。そして無防備となったハジメに浩二は口角を曲げる。

「俺の勝ちだッ!!」

己の勝利を確信した浩二の渾身の一撃がハジメの頬に直撃した。

「――――ッ」

頬から伝わる衝撃に脳を揺さぶられ、ハジメから紅色の魔力が消失する。〝限界突破〟の最終派生〝覇潰〟のタイムリミット。それを見た浩二は己の勝利を疑わなかった。

―――だが浩二はハジメの目は死んでいなかったことに気づかなかった。

「ッ!?」

勝った。そう確信した浩二の胸ぐらをハジメは掴み、義手である拳を構える。

「……最後の最後で、やっと油断しやがったな」

そして再び、ハジメは紅色の魔力を噴出させる。二度目の〝覇潰〟だ。

(なんで!?)

それを見て驚きを隠せれない浩二だが、すぐにそれを理解できた。

先ほどハジメは〝限界突破〟の最終派生である〝覇潰〟のタイムリミットが訪れたから魔力が消失したのではない。自らの意思で〝覇潰〟を解いたのだ。

だから僅かにタイムリミットを残した状態で再び〝覇潰〟を発動させることができた。しかしそれでも数秒。その上、今のハジメの身体では発動できるかどうかわからない。むしろ、発動したその時点で命を落としていた可能性もあった。だがそうでもしなければ浩二には勝てない。だからハジメは僅かな可能性に己の全てを賭けた。

油断したその身にハジメは最後の力を振り絞ったその一撃を浩二に叩きつけた。

「か、は……」

ハジメの義手が浩二の身体を貫通したかのような衝撃が浩二を襲う。それと同時にハジメは〝覇潰〟のタイムリミットが訪れる。

(ちく、しょう……)

(くそ、たれ……)

勝てなかった悔しさと共に二人は同時に意識が途絶え、二人一緒に海に向かって落ちていく。しかし、ハジメにはユエが、浩二にはティニアが海に落ちる前に二人を救出する。

「ハジメさん!」

「ご主人様!」

「旦那様!」

「ハジメくん! 浩二くん!」

二人に駆け寄る仲間達。香織はすぐさま二人に回復魔法を施す。

(二人共、酷い傷……どうしてここまで……)

目尻に涙を溜めながら必死に傷を癒していく香織だが、その傷は深くそう簡単には治りそうにない。するとユエが……。

「……香織。これを二人に使って」

「え? これって……」

ユエが香織に渡したのは神水。今では手元に残っているのも僅かな貴重な神水をユエは二人に使わせようとする。

「これって貴重なんじゃ……」

「……んっ。けどいい。どっちも凄く頑張った」

この戦いでユエは浩二のことを認めた。だから貴重な神水を使うのも惜しいとは思わない。

香織が二人に神水を飲ませると重症であった二人の傷はすぐに元どおりになった。それを見て香織達はホッと胸を撫でおろした。

しかし、この戦いで浩二は主人公(南雲ハジメ)に勝つことはできなかった。それに対して浩二は思うことはあるだろう。それでもこの場にいる者達、そしてあの戦いを見た者は浩二を〝脇役〟だと思う者はいないだろう。

ヒロインに相応しい主人公になれたかどうかはわからない。けれど、その一歩は踏み出せた筈だ。

 


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