ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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主人公01

南雲ハジメと平野浩二の戦いは引き分けで幕を閉じた。

それから数時間後、ハジメは目を覚ました。

「……起きた?」

「ユエ……」

目を覚ますと目の前には最愛の恋人がいた。後頭部から温かく柔らかい感触から膝枕をしてくれている事に気づきながらハジメは尋ねる。

「ここは……それに勝負はどうなった?」

「……ここはレミアの家。勝負は引き分け」

「そうか……」

場所と結果を聞いてハジメは右手で顔を覆う。

(引き分け、か……)

違う、とハジメは否定する。

(もし平野が〝勝利〟に拘っていたら俺は負けていた……)

無論、浩二もハジメに勝つつもりでいた。そのつもりで戦ったのだ。だが、浩二が真に勝ちたいのは己自身。己を乗り越える為にハジメに勝負を申し込んだのだ。

もし、浩二が何よりもハジメに勝つことを優先していれば勝負の行方はどうなっていたかわからない。いや、ハジメが負ける可能性が高かっただろう。

それだけハジメは追い詰められていたのだ。

今回、浩二との戦いでハジメは辛うじて引き分けまで持って行くことが出来たのがその証拠だ。

ギリ、と歯を噛み締めるハジメの心にあるのは悔しいという感情。次は負けないという勝利に対する執念。南雲ハジメは最愛の恋人に誓う。

「…ユエ。俺は強くなる」

「……んっ」

悔しさを糧に強くなることを誓う最愛の人の頬をユエは愛おしそうに撫でるのであった。

 

 

 

同時刻。浩二もまた目を覚ました。

「お目覚めになられましたか?」

「ティニア……」

「ご気分は大丈夫ですか?」

「エフェル……」

目を覚ますと仲間である二人が傍にいてくれたが、それよりも気になることを尋ねる。

「……勝負の結果は?」

浩二は二人に勝負の行方を問いかけると、ティニアが端的に告げる。

「引き分けでした」

「そうか……」

その結果に小さくそう返答した。

(勝てなかったか……)

流石は主人公(南雲ハジメ)。そう簡単に勝たしてくれる相手ではなかった。

(あと一歩、届かなかったか……)

最後の最後で油断した。勝利を確信した際が最も油断すると教わっていたはずなのに。

(俺もまだまだ……)

勝利を掴むことはできなかった浩二だけど、得るモノはあった。それだけでも浩二にとっては十分だと思いたい。けれども勝てなかったことに悔しいという感情が芽吹く。

「……エフェル。悪いけど俺の鞄を取ってくれ」

「はい」

エフェルは机の上に置かれている鞄を浩二に手渡すと、浩二は鞄から緑色の液体が入った容器を取り出してそれを飲み干し、続けて赤色の液体も飲んでいく。

(これで〝改造〟によって失った生命エネルギーは回復した。それでも体内にストックしていた薬や薬草はほぼ無くなったな……化物め)

自分の事を棚に上げてそう愚痴る。

ハジメから言わせれば何十発もその身に弾丸を受けていながら平然と斬りかかってくる浩二の方が化物だ。

そこでふと浩二は気づいた。

「イリエや香織達は?」

「イリエ様は家の外で槍を振るっておりました。香織様達は……」

その言葉を遮るように隣の部屋から声が響いた。それだけで何をしているのか明白だ。

「賑やかですね」

喧騒が響き渡る隣部屋をティニアはその一言で片づけた。

そんな賑やかな隣部屋は置いておいて、ティニアは浩二に問いかける。

「それで浩二様。これから先はどうなさるおつもりですか?」

主人公(南雲ハジメ)との戦いが終え、一種のケジメをつけた浩二にティニアは今後のことについて問いかけるも……。

「目的は変わらない。南雲達と共に神代魔法を手に入れる」

ハッキリとそう告げる。

「今以上に強くなる為にも神代魔法は必須だ。だからこれからは極力南雲達と協力して神代魔法を手に入れていく」

戦いが終えても神代魔法を手に入れるという目的は変わらない。例えハジメ達との協力がなくても自分達で手に入れていくつもりだ。

「二人はどうする?」

「私の答えは変わりません。どこまでもお供させて頂きます」

「私も旦那様について参ります」

即答だった。

あまりも頼もしさに逆に驚かされた。

危険な旅だということは二人も理解しているはずだ。神代魔法を手に入れるというのも浩二の我儘に近い。それでも二人は浩二の傍にいようとしてくれる。

「……なら改めて言わせてくれ。ティニア、エフェル、これからも俺の傍にいてくれ。そして俺が馬鹿な真似をしたらその時は遠慮はいらない。ぶん殴ってでも止めてくれ」

「「はい」」

結束を固める三人。頼もしい仲間に浩二は感謝する。

 

 

 

 

ハジメも浩二も互いに目を覚まし、身体の調子を取り戻して一件落着。……と、思いきや不穏な気配がレミアの家で漂っている。

「いったいどういうことか説明して頂いても……?」

エフェルが静かにそう問いかける。

言葉こそ丁寧だが、その口調はかつてないほど怒気に満ちてその瞳は怒りが込められている。今すぐにでも〝竜化〟してもおかしくはない。

そんな怒髪冠を衝くエフェルの視線が向けられている相手は南雲ハジメ。エフェルにとって一生添い遂げる相手である浩二と互角以上に戦った男だ。

エフェルにとっても南雲ハジメの強さは想像以上。自身よりも強者であるハジメにはそれなりの敬意を以て接しようと考えていたが、今のエフェルにはハジメに対してはらう敬意など皆無。むしろ、返答次第ではこの身を犠牲にしてでも一矢報いるという気迫が伝わってくる。

そんな二人にユエ達や浩二達は割って入ろうとはしない。何故なら……。

「いったい貴方はティオ様に何をしたのですか!?」

憤りを露にするエフェル。その理由は竜人族の姫であるティオがドがつく変態になっていることについてだ。

その問いにハジメは冷汗を流しながらエフェルから視線を逸らした。

「南雲ハジメさん! 正直にお答えください! お尻に杭を刺した、それでティオ様が変態になったなんて話はどう考えても嘘だということぐらいはわかります! 洗脳したというのでしたら今すぐに解きなさい! そうすれば私もこの煮えたぎる怒りを収めることを約束します!」

怒るエフェル。だが残念なことにそれは嘘ではなかった。

ハジメ達と浩二達はお互いにこれまでの経緯などについて話し合い、情報を纏めて整理していた。その際にポロリと出た話題が〝ティオの変態化〟である。これはティオと同じ竜人族であるエフェルは無視していい話ではなかった。

その時の話を聞いたエフェルは現在、ハジメを問い詰めている。

「これ、エフェル。余りご主人様に失礼なことを言うでない。妾は本心からご主人様をお慕いしておる。いくらお主でも失礼が過ぎれば妾も黙っておらんぞ」

「姫様! 貴女様は騙されております! 目をお覚まし下さい!」

「姫?」

ハジメが呟く。

「……姫?」

ユエが呟く。

「姫?」

シアが呟く。

「姫?」

香織が呟く。

視線をティオに向ける。するとティオはまるで家族に〝ちゃん付け〟で呼ばれている事を同級生に知られた思春期男子の如き恥ずかしげな様子で、頬をポッと染めて視線を逸らした。

そして、皆が一斉に声を揃えながら呟いた。

「「「「ないわ~」」」」

ティオが咆える。

「な、なんでじゃ! 姫と呼ばれとったら悪いか! 一応、族長の孫なんじゃから、そう呼ばれてもおかしくなかろう!」

「そうです! 姫様は我等竜人の姫君であり、聡明で情に厚く、その実力は族長と同等以上! 誰からも親しみと畏敬の念を抱かれる偉大なお方です! 断じてお尻に杭を刺されて変態になられるようなお方ではありません! それならば南雲ハジメさん、貴方が姫様に何かしたと考えるのが自然でしょう!」

「「「「確かに」」」」

ハジメ達は頷いた。もっともな指摘であると。

「本当に姫様がお慕いしていらっしゃるのであれば私は何も言いません。私も旦那様、浩二さんのことを心からお慕い申し上げておりますから。ですが、私の目標であり、誰よりも尊敬するお方が……お方が……ぐす」

「おーよしよし」

遂には浩二の胸の中で泣き崩れるエフェルを浩二は慰める。

よほどティオの変態化がショックだったのだろう。だがそれも無理はない。尊敬する人が再会したら変態になっていたら誰だってショックを受けるものだ。心中お察しします。

泣き崩れるエフェルに流石のハジメも黙っているわけにはいかなかった。

「あーその、なんだ……。悪かった。ティオに変な扉を開けてしまったのは俺が原因だ」

「エフェルよ、どうか泣き止んでおくれ。妾はお主を失望させてしまったかもしれぬが、それでもご主人様を慕う妾の気持ちは本当じゃ。今は納得も理解もして欲しいとは言わぬ。じゃが、妾の気持ちだけはわかって欲しいのじゃ」

二人の言葉にエフェルは涙を拭い、浩二から離れる。

「……わかりました。ティオ様がそこまで申されるのでしたら私からは何も言いません。ですが、南雲ハジメさん。責任はしっかりと取ってください」

「……お、おう」

涙目の女性の前にはハジメも頷くしかなかった。

「ああ、族長に父上、里の皆さんになんて報告すれば……」

「その時は俺も付き添ってやる」

「旦那様!」

愛する人の優しい言葉にエフェルは抱き着き、涙を流す。よほど付き添いが出来たことが嬉しかったのだろう。

その時、浩二はふと思った。

(性癖って精神や記憶を改竄したら性癖も改竄されるのだろうか……?)

ちょっと実証実験をしてみたいな、と思いつつエフェルを抱きしめる浩二であった。

 


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