ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

39 / 92
主人公03

【海上の町エリセン】から西北西に約三百キロメートル。

そこが、七大迷宮の一つ【メルジーネ海底遺跡】の存在する場所だ。ハジメはミレディ・ライセンから聞いた情報を元に大海原を進んできた。

浩二は潜水艦内で瞑想をしていた。

八重樫流の精神統一、心を静める方法は幼少の頃より雫の祖父と父に叩き込まれている為に浩二はこれから向かう七大迷宮に入る前に心を静めていた。

浩二にとって初めての迷宮攻略。これから向かう【メルジーネ海底遺跡】がどのようなコンセプトの迷宮だということは原作知識で知っているとはいえ、【メルジーネ海底遺跡】で試されるのは戦闘力ではなく精神力、心の方だ。だから油断はできない。

「……平野浩二」

「どうした?」

そんな時、精神統一をしている浩二に声をかけたのはイリエだった。

「その、どうしてあたしにまで新しい武器を?」

イリエが持っている槍は浩二に出会うまで使っていたものではない。‶錬成師〟ハジメの手によって魔改造された槍である。基本性能はもちろんのこと魔力を流し込むことで槍に雷を纏わせることができるし、矛の部分はアザンチウム製なのでメンテナンス不要だ。更にはそこに浩二も少し手を加えて矛に毒を浸透させている。かすり傷だろうとも致命傷は避けられない。

「前の槍はボロボロだったから南雲に頼んだんだ。それにティニアにも新しい武器が必要だったからそのついでだ」

浩二同様に‶改造〟によって神の使徒の力を手に入れたティニアは双大剣術の技能がある。それを十二分に活用できるように神の使徒が使用していた大剣を二振り程作ってくれと浩二はハジメに頼んでいた。その時についでに戦力アップの為にイリエの槍も直して貰えるように頼んだだけだ。

ちなみに浩二にも双大剣術の技能はあるも、既に八重樫流刀術が身体に染み付いている浩二にとって使い慣れていない技能の為に放置気味である。

一応、訓練して使えるようにする気はあるもそれは今ではない。

「礼なら南雲に言ってくれ。それよりもお前の今の内にシャワーでも浴びてきたらどうだ?」

現在、ティニア達はシャワールームにいる。ユエ達の後にシャワールームに向かうティニア達に誘われたが、大迷宮に挑む為に精神統一したいと言ったら残念そうにはしていたが納得してもらった。

ちなみにハジメは無理矢理シャワールームに連れ込まれそうになったらしく、甲板に避難したようだ。

「あたしはいい。別に気にしないし、それに人間族とどう接すればいいのかわからないから……」

「そうか。……そうだよな」

イリエは人間族と敵対している魔人族。いくらイリエが魔人族から異端審問にかけられた罪人とはいえ、これまで敵対していた人間族とどう接すればいいのかわからないのは当然のことだ。

イリエが魔人族だと知ったハジメ達は別にどうでもいい反応だったが、この世界の人間族であるティニアは表情には出さないが、イリエに対していい感情は抱いていない。いつ裏切るかと警戒している。別にティニアは嫌っているわけではないだろうが、気を許しているわけでもない。

イリエもそれを察して浩二達とは距離を取っている。

「あんたは人間族なのにどうして魔人族のあたしと普通に話せるの?」

「俺はこの世界で生まれたわけじゃないし、人間族だからといって魔人族という種族そのものを恨むのは筋違いだろう? まぁ、納得できない部分もあるだろうがそういうことに気にしない人間族もいるってことだ」

「……あたしがあんたを殺す為に遣わされた刺客だと言っても?」

「お前にその気はないことぐらい知ってる。下手な嘘はやめとけ」

「……」

確かに嘘ではあるも、こうもあっさりと言われたら少しなんとも言えない気持ちになる。仮にそれが本当だったとしても浩二の実力を知っている今のイリエでは勝つことはできない。

「ともかく俺もそしてお前も求めているのは大迷宮を攻略して神代魔法を手に入れることなのは間違いない。お互いの為に協力関係と行こう」

「……わかった」

浩二の言う通り、イリエの目的は神代魔法を手に入れる事。目的が同じならそれに便乗する。

そしていよいよ【メルジーネ海底遺跡】の攻略が始まる。

 

 

 

 

潜水艇で海を潜行する。ハジメ達の持つ【グリューエン大火山】攻略の証であるペンダントの光が示している先を目指す。海底の岩壁地帯の岩壁がペンダントの光によって真っ二つに裂けて扉のように左右に開き出した。その割れ目へ侵入して迫りくる魔物を潜水艇に装備している魚雷で仕留めたりして浩二達は洞窟のある場所に出る。

「どうやら、ここからが本番みたいだな。海底遺跡っていうよりただの洞窟だが」

「……全部水中でなくて良かった」

ハジメは潜水艇を‶宝物庫〟に戻しながら、洞窟の奥に見える通路を進もうとユエ達を促す――寸前でユエに呼びかけた。

「ユエ」

「ん」

それだけで、ユエは即座に障壁を展開した。

刹那、頭上からレーザーの如き水流が流星さながら襲いかかる。圧縮された水のレーザーは直撃すれば人体に穴を穿つだろう。天より降り注ぐ暴威をあっさりと防ぎ切ったユエ。そして浩二達が攻撃に入る。

「「‶螺炎〟」」

浩二とティニアが同時に炎属性の魔法″螺炎〟で天井を焼き払うとフジツボのような魔物が落ちてきた。どうやら水のレーザーを放っていたのはこの魔物のようだ。

「……」

「どうかされましたか?」

フジツボの排除が終えると様子がおかしい浩二にティニアが声をかける。

「いや、こういった直接な攻撃魔法ってやっぱりいいなと思ってな……」

浩二がこれまで使用してきたのは回復魔法。そして光属性魔法と闇属性魔法だ。‶螺炎〟のように直接的な攻撃魔法はこれまで使えなかった。だが、神の使徒を取り込んだことによって全属性適正を獲得した浩二は直接的な攻撃魔法が使えることが少し嬉しかった。そんな浩二にティニアはクスリと小さく微笑む。

「おい、先に進むぞ」

ハジメの一声に浩二達も奥の通路へと歩みを進める。通路は先程の部屋よりも低くなっており、足元は膝上くらいまで海水で満たされていた。

「……むぅ」

ユエが可愛らしい唸り声を上げた。見てみれば、身長の低いユエは、腰元まで浸かっており、相当歩き辛そうだ。そんなユエを抱きあげて肩車したのはハジメだ。肩車されていることに羞恥で頬を染めるユエに皆は生暖かい視線を送るのであった。

それからすぐに魔物の襲撃を迎撃しながらも通路の先にある大きな空間に入る。

「っ……なんだ?」

ハジメ達が、その空間に入った途端、半透明でゼリー状の何かが通路へ続く入口を一瞬で塞いだのだ。

「私がやります! うりゃあ!!」

咄嗟に、最後尾にいたシアは、その壁を壊そうとドリュッケンを振るった。が、表面が飛び散っただけで、ゼリー状の壁自体は壊れなかった。そして、その飛沫がシアの胸元に付着する。

「ひゃわ! なんですか、これ!」

シアが、困惑と驚愕の混じった声を張り上げた。ハジメ達が視線を向ければ、なんと、シアの胸元の衣類が溶けだしている。衣類と下着に包まれた、シアの豊満な双丘がドンドンさらけ出されていく!

「シア、動くでない!」

咄嗟に、ティオが、絶妙な火加減でゼリー状の飛沫だけを焼き尽くしたことで赤く腫れる程度ですんだ。どうやら出入り口を塞いだゼリーは強力な溶解作用があるようだ。

「っ! また来るぞ!」

警戒して、ゼリーの壁から離れた直後、今度は頭上から、無数の触手が襲いかかった。先端は槍のように尖ってはいるが、見た目は出入り口を塞いだゼリーと同じだ。だとすれば同じように強力な溶解作用があるかもしれない。

すると浩二とティニアが背中から灰色に紅色を交えた翼を白銀色に輝く翼を広げる。

そして翼から魔弾を掃射。‶分解〟が付与されている魔弾は瞬く間に溶解作用が触手を消し去った。

「……本当、神の使徒の攻撃って反則だよな」

「……んっ。魔法までも分解されるから厄介」

一瞬で触手を消し去ったその攻撃に改めて神の使徒がどれだけ厄介な相手なのかを思い知ったハジメ達は今の段階で神の使徒とその能力を知れてよかったと思った。

それを余裕と見たのか、シアがハジメの傍にそろりそろりと近寄り、あらわになった胸の谷間を殊更強調して、頬を染めながら上目遣いでおねだりを始めた。

「あのぉ、ハジメさん。火傷しちゃったので、お薬塗ってもらえませんかぁ?」

「……お前、状況分かってんの?」

「いや~、浩二さん達がいれば大丈夫かと。こういう細かいところでアピールしないと、香織さんの参戦で影が薄くなりそうですし……」

「‶天恵〟」

「あぁ~、お胸を触ってもらうチャンスがぁ!」

いい笑顔で香織はすかさずシアの負傷を治して、シアはそれに嘆き、全員が冷たい眼差しを送る。

そんななか、遂にゼリーを操っている魔物が姿を現した。

天上の僅かな亀裂から染み出すように現れたそれは、空中に留まり形を形成していく。半透明で大雑把な人型、ただし手足はヒレのようで、全身に極小の赤いキラキラした斑点を持ち、頭部には触手のようなものが二本生えている。その姿はクリオネのようだ。ただし全長十メートルある巨大クリオネだが。

その巨大クリオネは何の予備動作もなく全身から触手を飛び出させ、同時に頭部からシャワーのようにゼリーの飛沫を飛び散らした。

「ユエも攻撃して! 浩二くん!」

「ああ!」

「「‶聖絶〟!!」」

香織の呼び声に応じて同時に‶聖絶〟を発動させる。そしてユエとティオ、それからティニアとエフェルは巨大クリオネに火炎を繰り出して直撃し、その身体を消滅させ、あるいは爆発四散させる。

そこで満足気な表情をするユエ達を諫めるようにハジメが警告の声を上げる。

「まだだ! 反応が消えていない。香織と平野は、障壁を維持しろ……なんだこれ、魔物の反応が部屋全体に……」

ハジメの懸念が当たったかのように四散したクリオネは瞬く間に再生してその腹には先ほどハジメ達が撃退した魔物がジュワーと音を立てながら溶かされていた。

「ふむ。どうやら弱いと思っておった魔物は本当にただの魔物で、こやつの食料だったみたいじゃな。……ご主人様よ、無限に再生されてはかなわん。魔石はどこじゃ?」

「そういえば、透明の癖に魔石が見当たりませんね?」

ティアの推測に頷きつつ、シアがハジメを見るが、ハジメは巨大クリオネを凝視し魔石の居場所を探しつつ困惑したような表情をしている。

「……ハジメ?」

ユエが呼びかけると、ハジメは、頭をガリガリと掻きながら見たままを報告した。

「……ない。あいつには、魔石がない」

その言葉に全員が目を丸くする。

「ハ、ハジメくん? 魔石がないって……じゃあ、あれは魔物じゃないってこと?」

「分からん。だが、強いて言うなら、あのゼリー状の体、その全てが魔石だ。俺の魔眼石には、あいつの体全てが赤黒い色一色に染まって見える。あと、部屋全体も同じ色だから注意しろ。あるいは、ここは既に奴の腹の中だ!」

ハジメが驚愕な事実を離すと同時、再び、巨大クリオネが攻撃を開始した。今度は触手とゼリーの豪雨だけではなく、足元から海水を伝って魚雷のように身体の一部を飛ばしている。

ハジメは‶宝物庫〟から火炎放射器を取り出して周囲の赤黒い反応を示す‶壁〟を焼き尽くす。そして巨大クリオネも本気になって来たのか、壁全体から凄まじい勢いで湧き出してきた。しかも、いつの間にか水位までも上がって来ており、最初は膝辺りまでだったのが、今や腰辺りまで増水している。ユエ達が何度も巨大クリオネを倒しているのだが、直ぐにゼリーが集まって復活してしまい、一向に終わりが見えない。

そこでハジメは一時離脱を決断して地面にある亀裂から渦巻きが発生しているのを発見した。

「一度、態勢を立て直すぞ! 地面の下に空間がある。どこに繋がっているかわからない。覚悟を決めろっ」

「んっ」

「はいですぅ」

「承知じゃ」

「分かったよ!」

「了解」

「かしこまりました」

「承知しました」

「わかった」

全員の返事を受け取り、ハジメは渦巻く亀裂に向かって‶錬成〟を行った。亀裂を押し広げ、ドンドン深く穴を開けていく。ハジメは水中で‶錬成〟を繰り返していき、やがては地面が反応しなくなると‶宝物庫〟からパイルバンカーを取り出して階層を突き破り、貫通した縦穴から途轍もない勢いで水が流れ始めたので、ユエ達も足をさらわれて穴へと流れて来る。

(さて、ここからが大迷宮の本番だな……)

浩二は自らを‶改造〟してその身を海人族と同じ身体に造り変えて仲間の救助へ向かう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。