ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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主人公05

【メルジーネ海底遺跡】で狂った神がもたらす悲惨さを知り、心が折れそうになったイリエだけど、浩二の言葉によって立ち直り迷宮攻略を認められるようにその力を発揮している。

「ハァッ!」

霧に包まれながら魔力を纏わせた鋭い一突きが怪奇現象を撃破していく。それだけでは止まらず、並の技量ではない騎士や拳士達も葬っていく。

元より魔人族の兵士として鍛えられていたこともあるのか、その動きは洗礼されていて無駄がなく、どこか雫に通じた気迫が伝わってくる。

(やればできるじゃんか……)

迷いがないその動きにもう大丈夫だろうと思いながら浩二も(分解付与した)刀を振るい怪奇現象も亡霊も次々分解していく。本当に神の使徒の‶分解〟は超便利だ。

「終わり」

最後に残された一体を倒すと奥にある魔法陣が輝き出して二人は躊躇うことなく魔法陣に足を踏み入れると、転移した先の空間には、中央に神殿のような建造物があり、四本の巨大な支柱に支えられていた。支柱の間には壁がなく、吹き抜けになっている。神殿の中央の祭壇らしき場所には精緻で複雑な魔法陣が描かれていた。

(俺の記憶が正しければ恐らくここは……)

【メルジーネ海底遺跡】の最奥。つまり、大迷宮を攻略した者が踏み入れる場所に浩二達は辿り着いたのだ。だが……。

(いや、まだわからない。問題は大迷宮に攻略が認められたかだ)

原作でもハジメ達と同行して大迷宮に挑んだ光輝達だったが、攻略が認められずに神代魔法を手に入れることが出来なかった。浩二もまたハジメの力を借りてここまで来ている為に迷宮に攻略が認められているかどうかは定かではない。

しかしそれもあの魔法陣に足を踏み入れれば解決する。浩二は神代魔法が手に入る魔法陣に足を踏み入れようとすると、別の魔法陣が輝き出した。

そこからは……。

「南雲それに香織……」

「浩二くん。それにイリエさんも無事だったんだね」

ハジメと香織が魔法陣から姿を現した。大切な幼馴染が無事であることに安堵する。

「どうやらそっちも無事のようだな」

「ああ」

確認事項のように訊いてくるハジメに肯定する。そして浩二は香織に尋ねる。

「香織。大丈夫か?」

それに香織は満面の笑みで答えた。

「うん、私はもう大丈夫だよ。何があってもハジメくんのことは諦めないって決めたから」

「そうか……」

香織の表情から悩みは消えていた。それでも色々と問い詰めたいこともある浩二だったが、香織のその言葉を聞いて聞かないことにした。

(少し、寂しくなるな……)

もう香織から相談を受けることは少なくなるだろう。それが香織にとって成長した証ではあるも、今までのように頼って来てくれないことに少しだけ寂しい気持ちがあるのは否定できない。だけどそれ以上に香織が成長したことが嬉しかった。

「……香織、少し見ない間に立派になって」

「ちょ!? こ、浩二くん!? そんな娘が成長したことに喜ぶお父さんみたいなこと言って泣かないでよ!」

しかもガチ泣きである。ハジメとイリエが思わず引くぐらいにガチ泣きしている。

しかし、それも無理はない。

幼少の頃からずっと香織の成長を見てきて、香織の悪癖である突撃に巻き込まれたり、後始末したり、謝罪に回ったり、恋愛相談を受けたり、そんなトラブルメイカーである香織が立派に成長したらこれまでの苦労が報われて、つい親心で涙を流してしまうのも無理はない。

(雫、香織はこんなにも立派に成長しているぞ……)

この場にカメラがないことがどれだけ悔やまれることか。手元にあれば幼馴染の成長した姿を激写して保管するというのに。

そしてすぐにユエ達やティニア達が魔法陣から姿を現してガチ泣きしている浩二とそんな浩二を慰めている香織。その光景に引いているハジメとイリエに思わず首を傾げた。

 

 

 

 

浩二が泣き止み、香織が改めてユエに自身の気持ちを伝えて全員が魔法陣へと足を踏み入れる。すると脳内を精査され、記憶が読み取られて、他の者が経験したことを一緒に見させられる。そして肝心の神代魔法はというと……。

「どうやら攻略を認められたみたいだな」

「……ああ」

ハジメの言葉に浩二は肯定する。

浩二を始めとしたティニア、エフェル、イリエも攻略が認められて念願の神代魔法‶再生魔法〟を手に入れることが出来た。

「やりましたね、浩二様」

「ああ……」

念願の‶再生魔法〟を獲得したことに思わず喜びを見せる。

「これで……」

イリエもまたフリードと同じ神代魔法を獲得したことに自然と手に力が入る。

神代魔法を手に入れたことに喜ぶ浩二達の前に魔法陣の輝きが薄くなっていくと同時に床から直方体がせり出して小さな祭壇になり、更に光が人型の形になる。そこにはかつて解放者と呼ばれた一人、メイル・メルジーネが攻略者に向けてメッセージを残していた。

彼女は最後に。

「……どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられることに慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意思で決めて、己の足で前へ進んで。どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せる甘い答えに惑わされないで。自由に意志の元にこそ、幸福はある。貴方に、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」

そう締め括り、メイル・メルジーネは再び淡い光となって霧散した。直後、彼女が座っていた場所に小さな魔法陣が浮き出て輝き、その光が収まると、そこにはメルジーネの紋章が彫られたコインが置かれていた。

これでハジメ達は樹海の大迷宮【ハルツィナ樹海】に挑戦することが出来る。そして、証をしまった途端、神殿が鳴動を始めて周囲の海水がいきなり水位を上げ始めた。

「うおっ!? チッ、強制排出ってかっ。全員、掴み合え!」

凄まじい勢いで増加する海水にハジメ達は潜水艇を出して乗り込む暇もなく、あっという間に水没していく。咄嗟に‶宝物庫〟から酸素ボンベを取り出して口に装着し、全員がしっかりお互いの服を掴み合った。そしてハジメ達は勢いよく遺跡の外、広大な海中へ放り出された。

そこで一番会いたくない存在がやってくる。

『ッ!? 回避だっ』

念話による怒声が伝播した。

その瞬間、ハジメ達の眼前を凄まじい勢いで半透明の触手が通り過ぎ、潜水艇が勢いよく弾き飛ばされた。

「悪食……」

全てを溶かし、無限に再生し続ける凶悪で最悪な怪物、巨大クリオネである悪食が攻略が終えたハジメ達に無数の触手を射出する。

「‶聖絶〟!」

‶改造〟によって自らの身体を海人族と同じにしている浩二は水中でも呼吸はできる。そして襲いかかってくる触手を分解能力を付与した‶聖絶〟によって皆を守る。

溶解と分解。どちらも最悪に等しい能力のぶつかり合い。しかし、悪食は浩二にとって相性が悪い最悪の相手だ。今は分解能力を付与した‶聖絶〟で触手からの攻撃を防げて入るが、その能力は無限に使えるわけではない。いずれ浩二の方が先に力尽きる。

(それに例え分解を攻撃に回してもあいつには大したダメージはない……)

本物の神の使徒であろうとも悪食は倒せれないだろう。そして悪食には浩二が得意とする‶改造〟の効果は薄い。神の使徒のように簡単には倒せない。

『ユエ、海上を目指せ。水中じゃあ嬲り殺しだ!』

『んっ』

浩二が防いでいる間にハジメはユエに指示を出すと、ユエは水流を操作して浮上を試みてハジメは潜水艇を遠隔操作して悪食に魚雷を叩きつける。その隙に海上を目指そうとするハジメ達だが、浮上するハジメ達の頭上は、既に半透明のゼリーで覆い尽くされていた。しかも無秩序に漂っていただけのそれらは数瞬で集まり固まると、五メートルサイズの悪食になり、ハジメ達を障壁ごと飲み込む。

分解能力を付与している為に障壁が溶かされることはないが、このままではまずいのは確かだ。

『ユエ。‶アレ〟を頼む』

『……四十秒はかかる』

『平野。四十秒だけどうにか耐えてくれ!』

『早くしてくれよ……』

障壁を消さないように耐える浩二。襲いかかってくる触手をハジメ、ティオ、エフェル、ティニアが迎撃していくと、待ちわびた瞬間が来た。

「―――――‶界穿〟!」

ユエの空間転移魔法が発動する。それによって生み出されるゲートに全員が飛び込むと転移した先は上空。凄まじい浮遊感がハジメ達を襲うが、ティオとエフェルは‶竜化〟をし、その背にハジメ達や浩二達を乗せて浮遊する。

誰もが無事に海中から脱出できたことに安堵するのも束の間、凄まじい水音と共に、ハジメ達の背後から巨大な津波が襲いかかってきた。

悪食はまだハジメ達を諦めてはいなかった。

海を操り、周囲から透明のゼリーを集めながら更に巨大化していく悪食。襲いかかってくる津波と触手は‶聖絶〟で防ぐも誰もが己の‶死〟を悟った。

しかし、そんな危機的状況の中で浩二だけはある疑問点が浮上した。

(あれ、そういえばなんでこいつはこうも積極的に餌を求めているんだ……?)

生きる為には食する。それは生物であるのなら当然のことの為に疑問が生じることはなかったが、悪食は‶生命〟ではあるも‶生物〟ではない為に食事を求める理由はほぼない。だがしかし、餌を求めるのが食事が目的ではないとしたら考え方が変わる。そして悪食に似た存在が地球にも存在していることを思い出した。

――それはウイルス。

ウイルスは自分で細胞を持たない。ウイルスには細胞がない為に他の細胞に入り込んで生きている。人体にウイルスが侵入すると、人体の細胞の中に入って自分のコピーを作って増殖する。

言ってしまえば自己増殖する性質を持ち合わせている。それは悪食の再生能力によく似ている。

(こいつが餌を求めている理由がただ単に捕食が目的ではなく、生存本能だとしたら……)

これまでの悪食の行動にも納得できる。

そう考えれば悪食は生きた巨大なウイルスのようなもの。それならば天職‶医療師〟である浩二の出番だ。技能‶医学〟の派生技能である‶診察〟を使って悪食を診察する。

「そういうことか……」

診察が終えて浩二は背中から紅色の線が入った灰翼を広げて悪食に接近する。そんな浩二を絶好の餌かと思ったのか、悪食はパクリと浩二を食べた。その光景を目撃したハジメ達は啞然とするも。

「‶改造〟」

悪食からその声が聞こえて分解を付与した砲撃を放って脱出。ハジメ達の元に戻ってきた。すると……。

「……動きが」

「……止まった?」

津波が消えて悪食も触手もその動きを止めた。いったい何をしたのか、誰もが怪訝の顔を浩二に向ける。

「何をしたんだ……?」

「ペニシリンって知っているか?」

ペニシリンとは抗生物質であり、感染症から多くの人を救った。そしてペニシリンには増殖を抑制する力があり、殺菌作用がある為に浩二がこの世界‶トータス〟に転移してから‶調合〟の技能を使って最初に調合した抗生物質がこのペニシリンである。それだけこのペニシリンは有用であり、人体に与える副作用も少ないから浩二はこのペニシリンを常時携帯している。

そしてそのペニシリンを浩二は悪食に吸収させたのだ。当然ただのペニシリンでは効果がない。悪食を診察した上で悪食専用のペニシリンに‶改造〟したのだ。

まぁ、簡単に話を纏めると……。

「あいつはもう消えるってことだ」

浩二の言う通り、悪食の身体がまるで溶けていくかのようの消滅していく。生き永らえようと必死に足掻こうとするも悪食の再生能力はペニシリンによって死滅しているようなもの。完全消滅するのも時間の問題だ。

「消えてなくなれ」

こうして太古の怪物――悪食は完全消滅した。


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