ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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主人公12

魔人族の侵攻から早くも五日。リリアーナの陣頭指揮によって大混乱のただ中にあった王宮も直ちに立て直され、負傷者の搬送、状況の調査などが速やかに行われていた。

恵理の傀儡と化した兵士は五百人規模に上り、姿を消した。恐らくは魔人族の領土に行ったのだろう。

今回の魔人族の侵攻、正確には恵理の計画によって国王を含む重鎮達は既に恵理に殺害されており、今はリリアーナが先頭に立っている。光輝達はリリアーナ達の王都復興に力を貸している。

そして王都復興も少しは安定して時間に多少なり余裕が出来た頃、光輝達が食事処として使用している大部屋で話し合いの場が設けられた。

議題は色々とあるも、リリアーナはまず初めに浩二に問わなければならないことがあった。

「浩二さん。お答えください。どうして恵理を逃がしたのですか?」

この五日間、碌に睡眠時間も取れていないリリアーナだが、その顔はとても真剣だ。思いたくもないが場合によってはという考えも頭の片隅に入れておきながら五日前――ハジメ達が香織達と合流した時のことを思い出す。

『……で? どうなっていやがる?』

何がどうなっているのか、状況がわからないハジメを置いて浩二が恵理と対面する。

『……恵理。お前の仕業か?』

『……そうだよ。この国の兵士も騎士も王も僕が殺した』

恵理は自白した。半分自棄でも起こしているかのように吐き捨てるように己の犯した所業を自白した恵理に対して浩二は言う。

『そうか。じゃ、さっさと逃げろよ』

『……は?』

それはここにいる誰もが啞然とする発言であった。そう言われた恵理でさえ開いた口が塞がらなかった。

『追いもしないし、追わせもしない。一度、皆から距離を取るのもいいことだ。俺もそれで色々と知ることができた』

『……正気?』

『ああ。ほら、さっさと行け』

確実に恵理を捕らえられる状況だというのにその恵理を逃がした浩二に納得できない人もいれば罵声を浴びせさせる者もいた。リリアーナも内心は納得できていないが、浩二にも何かしらの考えがあって恵理を逃がしたのだと思っている。だから時間と場所を改めてこの場を設けた。浩二の真意を確かめる為に。

「……確かに恵理がやったことは許されることじゃないし、恵理を逃がしたことに王女様も納得できないのもわかっているつもりだ。けど、恵理の過去を知っている身としてはあのまま恵理を捕らえたところで恵理は何も変わらない」

「……浩二は恵理がどうしてああなったのかを知っているの?」

雫の言葉に首を縦に振る。

中村恵理の過去。どうしてあのような凶行をしたのか、その理由を知りたくない者はこの場にはいないだろう。

―――僕を裏切ったくせに。

光輝に告げたあの言葉。いったい二人の間に何があったのか? 

「……過去、恵理に何があったのか教えてはくださいませんか?」

「あまりいい話じゃないけど……」

本来なら他人の過去をバラすような行為は褒められることではないが、浩二には説明する義務がある。だから浩二は過去、恵理に何があったのかを事細かに話した。

幼い頃に父親が死んだこと、そのせいで母親から虐待を受けていたことから、小学生の時に性的暴行を受けかけたこと。そして母からもう愛されないこと理解して心が壊れて自殺しようとした時に光輝に助けられてその後、浩二からカウンセリングモドキを受けたことまで全てを話した。

恵理の過去について一番ショックが大きいのは鈴だ。親友の恵理について何も知らなかった、知ろうともしなかったことに怒りと後悔に苛まれてる。それ以外にも多くの者が光輝に非難に近い眼差しを向けている。

「―――もう一人じゃない。俺が恵理を守ってやる。光輝、お前は子供の頃に恵理にそう言っていたみたいだけど、お前はいったい恵理の何を守ったんだ?」

「いや、俺はただ――」

「まぁ、子供の頃のことについて責めることはしないが、恵理にとってお前は‶特別〟な存在だったんだ。それこそ白馬に乗った王子様のように。けれど実際はその他大勢の扱い。恵理にとってはそれが裏切りだったんだろう」

「俺は恵理を裏切るつもりなんて……ッ!」

「お前になくても恵理にとってはそうだという話だ。少し考えてみろ、大切な父親が死んで、大事な母親から虐待を受けて尚且つ性的暴行まで受けかけて自殺までしようとした恵理にとってお前が唯一の‶居場所〟だったんだ。恵理の勘違いだと言えばそれで終わるけど、そうじゃなかったから恵理は誰も信用しなくなったんだろう」

その言葉に光輝はわかりやすくも落ち込む。そこで雫が話題を変えるように浩二に尋ねる。

「浩二。そこまでわかっているのならどうして何も言ってくれなかったの? もしかしたら防げたかもしれないでしょ?」

「……確証が持てなかった。恵理自身上手く隠していたから誰かに話しても信用してくれるかどうかも怪しかったからな。後はもしかしたら普通の幸せを手に入れてくれていると信じたかった」

原作知識で裏切りは知っていた。けれど転生者である浩二と接触して変わったかもしれない。普通の女の子として生活しているかもしれないという淡い期待があったのは否定しない。けどそうじゃなかったから原作通りの展開となっている。変わったのは恵理の光輝に向ける好意や心情ぐらいだ。

「恵理を逃がした責任を取れというのなら取る。恵理がこのまま何も変わらずにまた皆に危害を加えようとするのならその時は俺が恵理を終わらせる」

終わらせる。その言葉がわからない者はこの場にはいない。冗談だと思いたいが浩二の顔が冗談ではないことを教えている。リリアーナはそんな浩二の覚悟を尊重するように恵理の件は浩二に一任させる。

「……わかりました。それでは恵理については浩二さんに任せます。それと檜山さんにつきましては―――」

檜山は処刑が決定した。恵理と協力関係であることは明白であり、今回の一件は決して擁護できる範囲を大きく超えている為にこの国の法の下で秘密裏に処刑することが決定された。それに対して仲の良かった中野と斎藤はどうにか減刑して貰えるように懇願するもそれはできなかった。

光輝も香織を人質にした為に檜山を擁護する発言はなかったが、恵理のことを知ってそれどころではないのかもしれない。しかし、愛子から語られるこの世界の狂った神とハジメ達の旅の目的。そして、愛子と雫が攫われたことや王都侵攻時の総本山での出来事を耳にして声を張り上げた。

「なんだよ、それ。じゃあ、俺達は神様の掌の上で踊っていただけっていうのか? なら、なんでもっと早く教えてくれなかったんだ! オルクスで再会したときに伝えることはできただろう!」

非難するような眼差しと声音に、ハジメは面倒そうにチラリと光輝を見ただけで何も答えない。その態度に、光輝がガタッ! と音を立てて席を立ち、ハジメに敵意を漲らせる。

「なんとか言ったらどうなんだ! お前が、もっと速く教えてくれていれば!」

「ちょっと、光輝!」

諫める雫の言葉も聞かず、いきなり立つ光輝にハジメは五月蠅そうに眉をひそめると、盛大に溜息を吐いて面倒くさそうな視線を光輝に向けた。

「俺がそれを言って、お前、信じたのかよ?」

「なんだと?」

「どうせ、思い込みとご都合解釈が大好きなお前のことだ。大多数の人間が信じている神を‶狂っている〟と言われた挙句、お前のしていることは無意味だって俺から言われれば、信じないどころか、むしろ、俺を非難したんじゃないか? その光景が目に浮かぶよ」

「だ、だけど、何度も説明してくれれば……」

「アホか。なんで俺が、わざわざお前等のために骨を折らなけりゃならないんだよ? 、まさか、俺がクラスメイトだから自分達に力を貸すのは当然とか思ってないよな?」

「でも、これから一緒に神と戦うなら……」

「待て待て、勇者(笑)。俺がいつ神と戦うと言ったよ? 勝手に決め付けるな。向こうからやって来れば当然殺すが、自分からわざわざ探し出すつもりはないぞ? 大迷宮を攻略して、さっさと日本に帰りたいからな」

その言葉に、光輝は目を大きく見開く。

「なっ、まさか、この世界の人達がどうなってもいいっていうのか!? 神をどうにかしないと、これからも人々が弄ばれるんだぞ! 放っておけるのか!」

「顔も知らない誰かのために振るえる力は、持ち合わせちゃいないな……」

「なんで……なんでだよっ! 力があるのなら正しいことに使うべきじゃないか!」

光輝が吠える。いつもながら、実に正義感溢れる言葉だ。

しかし、そんな‶言葉〟は、確固たる意志のない者ならともかく、ハジメには届かない。

「……‶力があるなら〟か。そんなだから、いつもお前は肝心なところで地面に這いつくばることになるんだよ。……俺はな、力はいつだって明確な意志のもとに振るわれるべきだと考えてる。力があるから何かを為すんじゃない。何かを為したいから力を求め、使うんだ。‶力があるから〟意志に関係なくやらなきゃならないって言うんなら、それはもうきっと、ただの‶呪い〟だろう。お前は、その意志ってのが薄弱すぎるんだよ。……っていうか、お前と俺の行く道について議論する気はないんだ。これ以上食って掛かるなら面倒いからマジでぶっ飛ばすぞ」

ハジメはそれだけ言うと、光輝達に興味ないということを示すように視線を戻してしまった。その態度からハジメは本当にこの世界に興味がないことを理解させられた光輝。そしてハジメに続くように浩二が口を開いた。

「光輝。南雲には南雲の目的があってそれは南雲にしかできないことだ。上手く行けば元の世界に帰れる方法がわかるかもしれない。それと光輝、神と戦うって言っていたけど今のお前じゃその使徒にすら倒せない」

「どういう意味だ?」

「言葉通りだ。今の光輝達は神の使徒の足元にも及ばない。戦えば確実に殺される」

「そんなのやってみないとわからないだろう!」

「いいえ、光輝。浩二の言う通りだわ」

「雫!」

「……悔しいけど浩二の言っているのは真実よ。私でさえ手も足も出ずに負けたわ。それも手加減された状態でね。ステータスの数値だけで言えば恐らくは私達の十倍以上だと思っていた方がいいわ」

悔し気にそれでも客観的に神の使徒がどれだけ強くて恐ろしい存在なのかを語る雫の言葉に殆どの人が顔を青くするのも無理はない。雫でも勝てない相手にどう戦えばいいのか、死にに行くようなものだ。

だけど……。

「それでも浩二でも勝てたんだろ? なら俺達だって負ける筈がない!」

‶浩二でも〟。明らかに浩二を見下しているその発言は悪気があるわけではなく光輝は無意識に言っている。相変わらずの光輝に溜息が出る浩二だが、浩二を慕っているティニアとエフェルは当然いい顔はしなかった。惚れた男を侮辱されて怒らない女はいない。この場でボコボコにしてやろうかと考えるもそれを察した浩二がそれを止めた。流石に光輝が死ぬとそう思って。そこへハジメが再び視線を光輝に向けた。

「おい、天之河。お前、マジでいい加減にしろよ?」

僅かばかりに怒りが込められた視線に光輝は一瞬怯むもハジメの言葉が理解出来ずに怪訝する。

「‶浩二でも〟ってまるで自分が平野よりも強いのは当然みたいな言い方をしているがな、平野は俺なんかよりもずっと強い覚悟と強さを持ってる。少なくともお前が侮辱していい相手じゃねえんだよ」

まさかハジメからそんなことを言われるとは思わなかった浩二は驚きを隠せれなかった。しかしハジメはそれだけ浩二のことを認めており、強いライバル意識を持っている。共に全力を出し切り、戦った相手だからこそその相手が侮辱されたから我慢できずに口を出した。

だけど光輝は納得できない、認めたくない子供のように吠える。

「なら俺が浩二に勝てばいいその神の使徒より強いってことだな! それなら浩二と戦ってそれを証明してやる!」

こうして光輝と浩二の戦いの幕が開くのであった。


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