ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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主人公17

眼下の八雲が流れるように後方へと消えていく。

重なる雲の更に下には草原や雑木林、時折小さな村が見えるが、やはりあっという間にはるか後方へと置き去りにされてしまう。

何らかの結界が張ってあるのか、相当な速度が出ているはずなのに、肌に感じる風は驚くほど心地好いそよ風だ。

そんな気持ちの良い微風にトレードマークのポニーテールを泳がせながら、眼下の景色を眺めているのは、八重樫雫、その人だ。

雫は視線を転じて、頭上に燦々と輝く太陽を仰ぎ見た。

雲上から見る恵みの光は、手を伸ばせば届くのでは? と錯覚させるほど近くに感じる。

雫は、手で日差しを遮りながら手すりに背を預け、どこか達観したような、あるいは考えるのに疲れたような微妙な表情でポツリと呟いた。

「……まさか、飛空艇なんてものまで建造しているなんてね。……彼ってば、もう、なんでもありよね」

そう、雫が現在いる場所は、ハジメが造り出した空飛ぶ大型アーティファクト――飛空艇‶フェルニル〟の後部甲板なのである。

全長約百二十メートルある飛空艇‶フェルニル〟は乗り物としては間違いなくこの世界最大、かつ、世界最速となるだろう。

雲上を飛ぶ。周囲は見渡す限りの絶景に雫はまるで夢でも見ているような気がするも、その絶景を心から楽しめる余裕はなかった。

(浩二は私のことが好き……)

これまで幼馴染として家族として接してきた浩二が実は好意を向けられていたことに雫は告白されるまで気付かなかった。そして一度はフッて離れ離れになっても浩二は雫を諦めてはいなかった。それどころは以前よりも強くなって戻ってきた。

雫達よりも圧倒的な強さを身に付けて。

(今だからわかる……。今の私でも浩二には勝てない……)

神の使徒――ドリットを素材に神の使徒のステータスと技能を獲得した雫はかけ離れていて気づけなかった浩二の実力がようやく理解することが出来た。例え、雫が神の使徒の力を十二分に扱えるようになったとしても浩二には勝てない。

いったい、王都から去って何があったのか……。雫の悩みは尽きない。

「ここにいたのか、雫」

「……浩二」

雫が視線を向ける。そこにはちょうど考えていた相手、浩二がハッチを開いていた。そして浩二は雫の隣に来て、手すりに背を預ける。

「凄いよな、これ」

「そうね。……もう、いちいち驚くのも疲れたわ」

当然、浩二が言っているのはフェルニルのことである。しかし、その顔は驚いているようには見えなかった。

「浩二一人? みんなは?」

「光輝は浩二αによって調教…矯正中。龍太郎と近衛の人達はシアが作った飯を食べてる。鈴とティニアは王女様と一緒だ。エフェルとイリエは何か話し込んでいるし、南雲はいつも通りだったな」

「……光輝を矯正中って何してるのよ?」

あまりにも不安な単語に雫は思わず尋ねた。下手をすれば光輝が光輝でなくなるかもしれないとそう思って。

「別にたいしたことはしていない。ただ理想と現実は違うってことを教えているだけだ。雫だってもう気付いているんだろ? 今の光輝はいつ爆発するかわからないってことぐらい」

「……それは、そうだけど」

「今の光輝の思考は危険だ。下手をすれば俺達に剣を向けてくる可能性だってある。多少強引ではあるが矯正させてやるべきだ」

「……」

そこまで言って雫は口を閉ざした。

雫も薄々は気付いていた。今の光輝が危険だということに。だからこそ浩二のやり方に口を挟むことができなかった。元々日本にいた時から自分の正しさを疑わないその思考の危うさに何度も注意していたが、光輝は聞くだけで真剣に受け止めることも改めることもしなかった。だが平和な日本と異なり、殺意と憎悪、超常と非常識が蔓延る異世界では己のスペックとご都合解釈だけでは思い通りにいかなくなったのだ。生まれて初めて光輝は現実の壁というものを目の当たりにして、浩二に敗北したことでようやく現実を見ようとしている。

多少強引ではあるも、浩二は光輝の為にどうにかしようとしている。

(流石に幼馴染が敵側に行くのを知っていてそれを止めないのもどうかと思うしな……)

原作では光輝は人間族を裏切って敵側に回ってしまう。それを回避する為にも今の内に光輝を矯正させているのだ。

「まぁ、それはそれとして雫は何一人で黄昏ているんだ?」

「べ、別に黄昏てなんていないわよ……ただ景色を眺めていただけ」

「そうか。それは失礼」

揶揄うように言ってくる浩二に雫は少し頬を膨らませながらも本当に変わったと思ってしまう。以前ならこんな風に揶揄ってくることはなかった。もう少し空気を読んで行動するのが雫の知っている浩二だ。

まるでもう空気を読むのをやめたかのような振る舞いをする浩二に雫はまだ少し戸惑ってしまう。何を話せばいいのかと思い悩んでいまう雫より先に浩二が口を開いた。

「告白の返事。急いでする必要はないぞ?」

「っ!?」

「ティニアに何か言われたみたいだけど、俺は急がせるつもりは一切ない。どれだけ時間が経とうとも俺の気持ちは揺るがないし、お前の事を諦めない。俺にとっての‶特別〟は雫、お前だけだ」

男らしくも堂々と言ってのける。

以前の浩二ならこんなことはなかった。いつもどこか自分に自信が持てないような人だったのに今では逆だ。自信に満ち足りているようにさえ感じる。

「……どうして、私なの? 香織じゃなくて?」

率直な疑問をぶつける。

雫は自分でも女の子らしくないと思っている。少なくとも男の子が守ってあげたくなるようなお姫様ではない。それなのにどうしてそこまで想ってくれるのかわからない。すると浩二はもの凄く嫌そうな顔をした。

「……雫、冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ。俺が香織を異性として好きになることは天地がひっくり返ってもありえない。あんなトラブルメイカーと将来を共にしたら俺は過労死する自信しかねぇ」

「そ、そこまで言わなくても……」

しかし、雫は否定はしなかった。ここに香織がいたら「雫ちゃん! お願いだから否定して!」と叫んでいるだろう。幼馴染として身内としてならまだしも、将来の伴侶にする気もなろうとする気持ちも浩二には微塵もない。

「それに雫と一緒に香織達の面倒を見て来たからもう異性として見ることはできないしな」

「……その気持ちはわかるわ」

色々と面倒事を起こしてきた馬鹿(こうき)脳筋(りゅうたろう)突撃娘(かおり)。その面倒を浩二と共に見てきた雫は浩二のその気持ちはよくわかる。現に雫も光輝のことを‶手のかかる弟〟のように思っている。後二人も似たようなものだ。

「それならどうして私は違うの?」

それならばどうして自分は光輝達とは違うのか? その疑問をぶつける。

「正直俺も分からん。気がついたら雫のことがどうしようもないぐらいに好きになっていたからな」

「なによそれ……」

明確に自分の何が好きという理由はない。気がついたら好きになっていたという意味がわからない答えに雫は少し不貞腐れる。

「それでも俺がお前に惚れているのは確かだ。これは間違いない」

あっさりとそう言ってくる浩二に雫は思わず目を逸らした。

(卑怯よ……)

そんな風に正直に自分の気持ちを恥ずかしくもなく言ってくる浩二に雫はそう思った。だから少しお返ししてやろうと口を開いた。

「……ティニアさん達はどうなのよ? 少なくともティニアさんとエフェルさんは浩二のことが……」

「ああ、俺にとって‶大切〟な人達だ。雫を諦めたくない俺にそれでもと言って心から俺の事を慕ってくれている。ティニアがいなければ俺はフラれたショックから立ち直れなかったし、エフェルが支えてくれなければ多分、俺はどこかで躓いていた。二人がいるから今の俺はいる」

嘘偽りもない正直な気持ちを伝える。

それを聞いて雫の心に僅かに痛みが走った。

「最低なことをしている自覚はある。だがこれが今の俺だ。最低だろうが不誠実だろうが俺は俺を受け入れてくれたあの二人を大切する。誰がなんと言おうともな」

「……それは私でも?」

「ああ」

例えそれが‶特別〟である雫でも譲れない浩二の想い。だからこそ浩二はその上で雫に惚れさせてみせる。後はそうなるように浩二自身が努力するだけだ。

「だから改めて言うぞ、雫。俺はお前の事を諦めないし、あの二人を手放すつもりもない。その上で俺はお前に惚れさせてみせる。小さい頃から家族のように育ってきた雫からしてみたら思うこともあるだろうし、心の整理だって必要だろう。だから答えを急がせるつもりはない。お前の答えを聞くまで俺は待ってる」

もう十年近くも雫の事を諦めずに想いを寄せている浩二からしてみれば告白の返事を待つのなんて些細なこと。それに仮にまたフラれたとしても浩二は雫が首を縦に振るまで諦める気は微塵もない。

その自分の意思を曲げない浩二の言葉を聞いて雫は口を開こうとした瞬間、今まで真っ直ぐに飛行していたフェルニルが進路を逸らし始めた。遮るもののない空の旅だ。帝国までは真っ直ぐ飛べばいいだけのはずであるから、何事かと顔を見合わせる浩二と雫。

「何かあったみたいだな」

「取り敢えず、中に戻りましょうか」

二人は、一拍おいて頷き合うと急いで艦内へと戻っていった。

 

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