ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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主人公18

不意に帝国まで真っ直ぐ飛んでいたはずのフェルニルが進路を逸らし始めて何事かと思った浩二と雫は急いでブリッジに入った。そこで立法体形の水晶に帝国兵に追われている二人の兎人族が映し出される。この水晶もハジメが作ったアーティファクトだ。

帝国兵に追われている兎人族の女性が二人。追いつかれるのも時間の問題。光輝がいつものように助けに行こうとハジメに降ろすように声を上げるも、次に水晶に映し出された光景は首を落とされ、あるいは頭部を矢で正確に射抜かれて絶命した帝国兵の死体の山であった。

帝国兵は次々に兎人族――ハウリア族の手によって瞬殺されていくというあり得ない光景に、思わずシアを凝視する。

特殊なのはお前だけじゃなかったのか!? と、その目は驚愕に見開かれていた。

「いや、紛れもなく特殊なのは私だけですからね? 私みたいなのがそう何人もいるわけないじゃないですか。ラナさん達のあれは訓練の賜物ですよ。……ハジメさんが施した地獄というのも生温い、魔改造ともいうべき訓練によって、あんな感じになったんです」

「「「「「……」」」」」

全員の視線が一斉にハジメに向けられる。その目は何よりも雄弁に物語っていた。

兎人族の手によって首が飛ぶ帝国兵。それを啞然呆然とする光輝達を置いてハジメはシュラーゲンを取り出して魔法を発動しようとしていた帝国兵を狙い撃ちにした。

そうしてハジメ達は谷間にフェルニルを着陸してフェルニルから降りると、ハウリア族は整然かつキリッとした顔で並び、ハジメ達を戦々恐々といった様子で注視する数多くの亜人族。その数は百人近くの大所帯であり、兎人族以外にも狐人族や犬人族、猫人族、森人族の女子供が大勢いて、手足と首には金属製の枷がつけられていた。どうやら、輸送馬車は亜人奴隷を運ぶためのものだったらしい。

フェルニルに乗って降りてきたハジメ達は亜人族達にとって未知との遭遇。その未知との遭遇に驚愕と警戒を抱いて絶賛混乱中だ。そんな亜人族を他所に、クロスボウを担いだ少年が駆け寄ってきた。そして、ハジメの手前で背筋を伸ばすと、ビシッ! と惚れ惚れするような敬礼をしてみせた。

「お久しぶりです、ボス! 再びお会いできる日を心待ちにしておりました! まさか、このようなものに乗って登場なさるとは……この必滅のバルドフェルド、改めて感服致しました! それと先程のご助力、感謝致しますっ!」

「久しぶりだな。まぁ、さっきまでの動きを見る限り、余計な手出しだったかもしれないな。今のお前等なら魔法を撃たれた後でも対処できただろう? 中々、腕を上げたじゃないか」

「「「「「「恐縮でありますっ、Sir!!」」」」」」

一斉に踵を鳴らして足を揃え直し、見事にハモりながら声を張り上げるハウリア族。その声音で感動で打ち震えていた。

温厚で有名な兎人族。それがハジメの魔改造によってその原型も消え去ったことに光輝達はドン引きしている。

それからハウリア族の痛い二つ名、厨二病によってハジメとついでにシアの口からエクトプラズムが口から出てきたりなどあると一人の亜人族の女性が声をかけてきた。

「あの……よろしいでしょうか?」

足元まである長く美しい金髪を波打たせた、翡翠の瞳を持つスレンダーな美少女。耳がスッと長く尖っているので森人族だとわかる。

彼女の名前はアルテナ・ハイピスト。かつてハジメがフェアベルゲンで出会った森人族の長老であるアルフレリックの孫娘だ。

細い腕や足には金属の枷がはめられていて、足首につけられている枷は歩く度に擦れるのだろう。彼女の白く滑らかな肌が赤く腫れてしまっている。

よく見れば他の亜人族達も大なり小なりと怪我をしている。飛空艇に乗せるにしてもこのままでは可哀想だ。

「南雲。先に枷を外して治療したいんだけどいいか?」

医者としての性分故に怪我をしている人を放っておけない浩二はハジメに一言声をかけるも。

「それは構わねえが、この数をか?」

亜人族の数は百人近く。一人一人枷を外して治療するにしては時間がかかる。流石にそれは勘弁して欲しいハジメだけど……。

「すぐに終わる」

浩二は‶魔力操作〟の派生技能である‶魔力範囲拡大〟を使って亜人族を包むように灰色の魔力の膜が展開される。

「‶改造〟」

そして‶改造〟の派生技能である‶物質改造〟を使って枷を素手で破壊できるぐらいの脆い物質に改造させて。

「‶聖典〟」

光属性最上級回復魔法で亜人族達の傷を癒した。

領域内にいる者を全員まとめて回復させる効果を持つ超広範囲型の回復魔法。範囲は術者の魔力量や技量にもよるが、最低でも半径五百メートルだ。普通なら数十人掛かりで行使する魔法であるし、長時間の詠唱と馬鹿でかい魔法陣も必要だ。それをたった一人でそれも一瞬で行使した浩二はチート以外何者でもないのだが、今の浩二にとってはこれぐらい朝飯前ぐらいでしかない為にチートというよりもバグの方が適切かもしれない。

亜人族はまるで信じられないかのように目を見開いている。拘束していた枷は簡単に壊せてあったはずの傷も消えた。魔法が使えない亜人族からしてみたら奇跡の所業に等しいだろう。

リリアーナ達も数百人近くいる亜人族達を瞬く間に治療した浩二の技量に驚かされている。ハジメ達は流石だなと、どこか達観したかのようにぼやいていた。

「気分が悪い人やどこかに問題がある人は言ってください。治療しますから」

一応‶医学〟の派生技能である‶診察〟を使って身体に異常がないことは把握している浩二だけど念の為にそう告げる。するとそんな浩二を見て亜人族の誰かがポツリと呟いた。

「医神……様……」

「は……?」

思わず振り返る。しかし時は既に遅い。

ポツリと呟かれたその言葉はまるで伝染するかのように広がっていき、亜人族が浩二を見る目は神を崇める信者のような目になっていく。

それを見て浩二はこれはまずいと思った。ただでさえエヒトに目を付けられている上に‶医神〟なんてだいそれた二つ名は素直に嫌だった。否定しようとしても聞き入れてもらえず、浩二はハジメに助けを求めるとハジメは笑顔で頷いた。そしてハジメは亜人族に向けて声を張り上げた。

「聞け! 亜人族達よ! この御方こそこの世界に降臨なされた‶医神〟浩二様である!!」

「ちょっ!? おまっ――」

「浩二様は奇跡の御業を持ってこれまで数多くの命を救ってこられた! そして今も諸君等の痛ましい姿に心を痛めてその力を行使なされた!! 浩二様こそ世界を癒す御方! この御方に治せない怪我も癒せない病も存在しない! そして彼女達は‶医神〟浩二様に仕える使徒である!!」

ビシッ!! と浩二の後ろにいるティニアそして香織と雫を指すハジメの意図に気づいたのか、香織は「ほら、雫ちゃんも」と声をかけて三人の背中から天使の翼を広げる。

その姿に亜人族はおおっ! と歓声を上げた。そこでハジメはニヤリとほくそ笑み最後の仕上げを行う。

「浩二様、万歳!!!」

と、最後の締めに浩二を讃える言葉を張り上げた。

すると、次の瞬間……。

「「「「「浩二様、万歳! 浩二様、万歳! 浩二様、万歳! 浩二様、万歳!」」」」」

「「「「「医神様、万歳! 医神様、万歳! 医神様、万歳! 医神様、万歳!」」」」」

ここに新たな神が誕生した。

亜人族から浴びせられる称賛と信望の眼差し。浩二はハジメの胸ぐらを掴む。

「どういうことだ!? なんでそうなる!?」

助けを求めたらどういうわけか神にされた。しかし、その元凶は平然と言う。

「いいじゃねえか、この世界のアスクレピオスにでもなってやれ」

「ふざけんな!!」

―――アスクレピオス。優れた医術の技で死者すら蘇らせ、後に神の座についたことから医神として現代も医学の象徴的存在となっている。つまりハジメは浩二にそういう存在になれと言っているのだ。無茶ぶりもいいところだ。

「お前も俺と同じ苦しみを味わうがいい。クク」

「ハウリア族をあんな風にしたのはお前だろうが!! 俺を巻き込むな!!」

どうやらハジメは自分にだけ痛い二つ名をつけられていたことにご立腹でちょうどいいところに道連れにできる人がいたから道連れにしたようだ。一応‶豊穣の女神〟こと畑山愛子同様に亜人族を始め、医神である浩二の支持を集めて発言権を得て人々の心を掴ませる真っ当の理由があるのだが、果たしてどちらが本音なのやら……。

「俺達、親友じゃねえか」

「……OK。お前は敵だ!」

これ以上にない満面な笑顔で‶親友〟だと言い切ったハジメに浩二は抜刀する。逃げるハジメに追いかける浩二をユエ達はどこか生暖かい眼差しで眺めている。

暫くして亜人族を乗せた飛空艇は【ハルツィナ樹海】に向けて飛ぶのであった。そしてこれより少し先の未来で‶豊穣の女神〟と‶医神〟を信仰する新たな宗教が始まるのが浩二達はまだそれを知らない。


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