「そんな……どうして……」
浩二はレイナと
「ありえない……俺が、俺がこんな……」
ただ信じられなかった。目の前の光景が、余裕の笑みを浮かべるレイナが浩二の自信を打ち砕いて行く。
「ふふ、私を甘く見た結果ですわ。現実を受け入れなさいな」
「受け入れられるものかよッ! こんな……ッ!」
まるで現実から目を逸らしたい子供のように言い訳を述べる浩二だが、現実は残酷だ。いつだって浩二の予想を上回る。それでも浩二は受け入れたくなかった。それこそ都合のいいことしか受け入れない
「駄々を捏ねるのはお止めなさいな。その行為は己の価値を下げるみっともないことですわよ?」
「ぐっ……ッ!」
言い返せなかった。レイナの言葉に何一つ言い返すことが出来ず浩二はただ目の前の現実に歯を噛み締めるしかない。神の使徒と戦い、
「結局俺は、何も変われなかったというのか……ッ!」
強くなったと思っていた。レベルやステータスではなく心身共に強くなったと思っていた。しかしそれは眼前の現実を目の当たりにしてそれはただの淡い幻想でしかなかった。
そこにイリエが言う。
「いや、何であんたが落ち込んでいるの?」
呆れるような眼差し共に告げられる言葉に続いてエフェルが少し困ったように言う。
「えっと、旦那様。とりあえずこの方を掘り出しませんか?」
二人の視線には首から下が地面に埋まっているレイナがふてぶてしい顔で笑みを浮かべてそのレイナの目の前で浩二が四つん這いで落ち込んでいるという奇妙な光景だ。
「そうですわよ。早く出して下さいませ」
「……お前の神経はいったいどんだけ図太いんだよ」
溜息を吐きながらレイナを地面から引きずり出す。
朝からレイナと
《ソウルシスターズ》の自称義妹の女性騎士を
あの近衛解任された女性騎士でさえも、折るまではいかなくても見せしめとしてはいい効果があったというのにレイナにはまるで効果がなかったことに浩二は落ち込んでいた。
今まで積み重ねてきたものが崩壊したかのようにどこか喪失感を抱く浩二に対してレイナの顔から笑みは消えなかった。それどころか増している。嫌なぐらいに。
「お前ってマゾ?」
真顔でそう尋ねる程に。
第二の
「失礼ですわね。そのような変態と一緒にしないでくださいませ」
聞けばレイナの天職は‶不屈者〟と呼ばれている天職で主に耐性系の技能を多く持っている。物理や魔法の耐性だけではなく状態異常や精神に関する耐性も持っている。だから浩二の嫌がらせ攻撃にも耐えることができたようだ。
「それに私は帝国の令嬢ですわよ? 苦痛など慣れておりますわ」
実力至上主義である帝国はある意味では弱肉強食の国だ。それならば強者になろうと己の身体を痛めつけるのは当然のこと。それを聞いて浩二は一応は納得したが、それでもと思う気持ちはある。
「さて、それでは
得物を手に構えるレイナ。もう何度目になるのかもわからない
「……どうしてそこまでする必要があるんだよ? いくら耐えることができるといえど、お前がそこまでする必要があるのか?」
帝国の為か、家の為か、それとも個人的な理由なのかは定かではない浩二はどうしてそこまで浩二に執着するのかがわからなかった。するとレイナはそれに答える。
「あら、女が男に執着する理由なんて惚れている以上の理由が必要でして?」
「………………は?」
浩二は鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンとしている。まさに、何を言われたのか分からないという様子だ。
「いや、意味が分からん。お前、皇帝陛下に言われて俺を婿養子にしようとしているんだろ?」
「ええ、始めはそうでしたわ。皇帝陛下から直々に貴方を帝国のモノにしろと言われましたし、私の顔に泥を塗った貴方を惚れさせようと思ったのも本当ですわ。意地でも貴方を惚れさせようとこうして
「ならなんで?」
「一つ目の理由としましては私が帝国人だからですわね。私を一撃で倒した強者である貴方に心が惹かれたから。帝国人なら大体の人はそうですし」
強者に惹かれる。それは確かに実力至上主義を掲げている帝国人ならあり得そうなことだ。
「二つ目の理由としましてはこうして貴方と
「戦闘狂はお断りだ……」
「あら残念。ですが私はそれ以上に貴方が欲しい。貴方の全てを私のモノにしたいのですわ。故に私は貴方を私の
ゾクリと浩二達は悪寒が走り、浩二は見覚えのあるその瞳に気づいた。
(あの瞳は香織と同じ……ッ!)
南雲ハジメに恋心を抱いて犯罪一歩手前までハジメをストーキングしていた頃の香織と同じ瞳。何度もやり過ぎないように浩二は雫と共に止めに入った際に見てきたその瞳は香織以上に危ない光を宿している。
ティオのような変態だと思えば違った。レイナの瞳から感じる狂気はストーカーのそれに近い。
もし、香織に第二の天職があればそれは‶
(使うか……?)
浩二は‶侵入〟の派生技能である‶記憶操作〟を使ってレイナの記憶から平野浩二を消そうと思案する。しかし相手は一応は帝国の令嬢だ。両者同意の
ここは帝国。そして帝国は浩二を欲している以上は下手な真似はできない。怪しい行動を取ればそれに付け込んで平野浩二を帝国のモノにしようと画策しているはずだ。
「ふふ、私が貴方を諦めるのを諦めてくださいませ」
浩二は確信した。
こいつは絶対に諦めない。それこそ香織がハジメを諦めないのと同じように諦めようとしない。
(俺は、とんでもない女に狙われてしまった……)
浩二は死んだ魚の目で空を見上げた。