ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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主人公22

「そんな……どうして……」

浩二はレイナと勝負(デート)をしていた。レイナの執着()が勝利して浩二を惚れさせるのが先か、浩二がレイナを諦めさせるのが先かという勝負(デート)。それを受けた浩二は目の前の光景が信じられなかった。

「ありえない……俺が、俺がこんな……」

ただ信じられなかった。目の前の光景が、余裕の笑みを浮かべるレイナが浩二の自信を打ち砕いて行く。

「ふふ、私を甘く見た結果ですわ。現実を受け入れなさいな」

「受け入れられるものかよッ! こんな……ッ!」

まるで現実から目を逸らしたい子供のように言い訳を述べる浩二だが、現実は残酷だ。いつだって浩二の予想を上回る。それでも浩二は受け入れたくなかった。それこそ都合のいいことしか受け入れない勇者(こうき)のように。

「駄々を捏ねるのはお止めなさいな。その行為は己の価値を下げるみっともないことですわよ?」

「ぐっ……ッ!」

言い返せなかった。レイナの言葉に何一つ言い返すことが出来ず浩二はただ目の前の現実に歯を噛み締めるしかない。神の使徒と戦い、主人公(南雲ハジメ)とも戦ってようやく自分に自信を持てるようになったのに、これでは何も変わっていない。あの頃の脇役で甘んじていた時と何も変わらない。

「結局俺は、何も変われなかったというのか……ッ!」

強くなったと思っていた。レベルやステータスではなく心身共に強くなったと思っていた。しかしそれは眼前の現実を目の当たりにしてそれはただの淡い幻想でしかなかった。

そこにイリエが言う。

「いや、何であんたが落ち込んでいるの?」

呆れるような眼差し共に告げられる言葉に続いてエフェルが少し困ったように言う。

「えっと、旦那様。とりあえずこの方を掘り出しませんか?」

二人の視線には首から下が地面に埋まっているレイナがふてぶてしい顔で笑みを浮かべてそのレイナの目の前で浩二が四つん這いで落ち込んでいるという奇妙な光景だ。

「そうですわよ。早く出して下さいませ」

「……お前の神経はいったいどんだけ図太いんだよ」

溜息を吐きながらレイナを地面から引きずり出す。

朝からレイナと勝負(デート)を行い、浩二はあの手この手でレイナを諦めさせようとした。始めは純粋に圧倒的な力量差を見せつけたり、抗えない絶対的なまでの力を振るったりとしたのだが、それでもレイナは折れなかった。ならばと浩二は日本+トータスに存在している《ソウルシスターズ》に行った対女性の嫌がらせ攻撃を実行した。それはあまりにも鬱陶しくしつこい《ソウルシスターズ》に怒りを覚えた浩二が開発した乙女が嫌がる嫌がらせ攻撃。乙女なら確実にトラウマになること待ったなしのその嫌がらせ攻撃は見慣れた幼馴染でもドン引きするほどだ。そしてこの世界‶トータス〟に召喚されてその嫌がらせ攻撃はバージョンアップした上に幅も広がって無駄に洗練された無駄のない嫌がらせ攻撃に昇華されている。

《ソウルシスターズ》の自称義妹の女性騎士を実験動物(モルモット)に進化したはずの嫌がらせ攻撃が何一つレイナの心を折ることが出来なかった。

あの近衛解任された女性騎士でさえも、折るまではいかなくても見せしめとしてはいい効果があったというのにレイナにはまるで効果がなかったことに浩二は落ち込んでいた。

今まで積み重ねてきたものが崩壊したかのようにどこか喪失感を抱く浩二に対してレイナの顔から笑みは消えなかった。それどころか増している。嫌なぐらいに。

「お前ってマゾ?」

真顔でそう尋ねる程に。

第二の変態(ティオ)? そう思って尋ねた浩二にレイナは少し怒ったようにムッとする。

「失礼ですわね。そのような変態と一緒にしないでくださいませ」

聞けばレイナの天職は‶不屈者〟と呼ばれている天職で主に耐性系の技能を多く持っている。物理や魔法の耐性だけではなく状態異常や精神に関する耐性も持っている。だから浩二の嫌がらせ攻撃にも耐えることができたようだ。

「それに私は帝国の令嬢ですわよ? 苦痛など慣れておりますわ」

実力至上主義である帝国はある意味では弱肉強食の国だ。それならば強者になろうと己の身体を痛めつけるのは当然のこと。それを聞いて浩二は一応は納得したが、それでもと思う気持ちはある。

「さて、それでは勝負(デート)の続きと行きますわよ」

得物を手に構えるレイナ。もう何度目になるのかもわからない勝負(デート)に浩二は思わず問う。

「……どうしてそこまでする必要があるんだよ? いくら耐えることができるといえど、お前がそこまでする必要があるのか?」

帝国の為か、家の為か、それとも個人的な理由なのかは定かではない浩二はどうしてそこまで浩二に執着するのかがわからなかった。するとレイナはそれに答える。

「あら、女が男に執着する理由なんて惚れている以上の理由が必要でして?」

「………………は?」

浩二は鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンとしている。まさに、何を言われたのか分からないという様子だ。

「いや、意味が分からん。お前、皇帝陛下に言われて俺を婿養子にしようとしているんだろ?」

「ええ、始めはそうでしたわ。皇帝陛下から直々に貴方を帝国のモノにしろと言われましたし、私の顔に泥を塗った貴方を惚れさせようと思ったのも本当ですわ。意地でも貴方を惚れさせようとこうして勝負(デート)を申し込むんでいるのがいい証拠ですわね」

「ならなんで?」

「一つ目の理由としましては私が帝国人だからですわね。私を一撃で倒した強者である貴方に心が惹かれたから。帝国人なら大体の人はそうですし」

強者に惹かれる。それは確かに実力至上主義を掲げている帝国人ならあり得そうなことだ。

「二つ目の理由としましてはこうして貴方と勝負(デート)するのがとても楽しいのですわ。今までにない程に私の心は踊っておりますの。貴方ともっと戦いたい、勝負(デート)したい、その強さをこの身と心に刻み込み私だけのモノにしたいとそう心の底から思えるほどに私は貴方を求めていますわ」

「戦闘狂はお断りだ……」

「あら残念。ですが私はそれ以上に貴方が欲しい。貴方の全てを私のモノにしたいのですわ。故に私は貴方を私の所有物(おっと)にするまでどこまでも貴方を追いかけますわ。王国だろうと別の国であろうとも別世界でも私は貴方を追い続けて決して逃がさない。貴方を私のモノにするその日まで絶対に逃がしませんわ」

ゾクリと浩二達は悪寒が走り、浩二は見覚えのあるその瞳に気づいた。

(あの瞳は香織と同じ……ッ!)

南雲ハジメに恋心を抱いて犯罪一歩手前までハジメをストーキングしていた頃の香織と同じ瞳。何度もやり過ぎないように浩二は雫と共に止めに入った際に見てきたその瞳は香織以上に危ない光を宿している。

ティオのような変態だと思えば違った。レイナの瞳から感じる狂気はストーカーのそれに近い。

もし、香織に第二の天職があればそれは‶追跡者(ストーカー)〟と断言できる。そんな香織(ストーカー)が身近にいた浩二だからこそ気づいた。このまま放置しておけば第二の変態(ティオ)ではなく第二の香織(ストーカー)が誕生してしまう。

(使うか……?)

浩二は‶侵入〟の派生技能である‶記憶操作〟を使ってレイナの記憶から平野浩二を消そうと思案する。しかし相手は一応は帝国の令嬢だ。両者同意の勝負(デート)でならともかく、一方的それも浩二の個人的な理由でレイナの記憶を消して責任を取れとでも言われたらまずいから使うのに躊躇いを覚えてしまう。

ここは帝国。そして帝国は浩二を欲している以上は下手な真似はできない。怪しい行動を取ればそれに付け込んで平野浩二を帝国のモノにしようと画策しているはずだ。

「ふふ、私が貴方を諦めるのを諦めてくださいませ」

浩二は確信した。

こいつは絶対に諦めない。それこそ香織がハジメを諦めないのと同じように諦めようとしない。

(俺は、とんでもない女に狙われてしまった……)

浩二は死んだ魚の目で空を見上げた。


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