「ちょっとどういうことよ!?」
部屋に顔を真っ赤にした雫の怒声が響き渡る。
その原因は香織に‶着ているものを全部脱げ〟と言った浩二の発言のせいだ。だが、浩二は真面目に言う。
「自分の身体のことをよく知っている自分自身ならいいが、他者の身体を改造するには直接肌に触れる必要がある。簡単に言えば手術と同じだ」
「で、でも、裸になるなんて……………私、初めては南雲くんって決めて……………」
ちょっと危ない発言をする香織だが、浩二は構わずに続ける。
「手順はこうだ。まず俺の技能‶侵入〟で俺の魔力を香織に流し込み、‶魔力循環〟で全身を巡らせる。そこで‶改造〟の技能で香織の身体を改造する」
「そ、それなら別に服を着たままでもできるでしょう?」
「確かに可能だ。だが、身体を改造させるんだぞ? 精密性も問われる。万が一にどこか不調があれば香織にどんな副作用が及ぶのかわからない。だから裸になってくれた方が確実なんだ」
「そ、それはそうかもしれないけど…………」
雫が何が言いたいのか。それが分からない浩二ではない。
幼馴染とはいえ、同年代それも異性に親友の裸を見られるだけではなく触られるのだから反論しないわけにはいかない。
「安心しろ。やましいことは一切しないと医者の矜持に賭けて誓う。それでも信じられないのなら雫が傍で俺を監視していればいい」
「別に浩二を信用していないわけじゃないわよ……………」
香織も雫も浩二が変なことをするつもりはないのは重々理解しているし、信用もしている。
ただ年頃の女の子として当然の反応をしているだけだ。
「香織。リスクを背負う覚悟ができたんだろ?」
「!?」
「なら、お前が決めろ。ここで止めたって俺は別に構わない」
どうしてもというのなら浩二も無理強いはしない。素直に止める。
だけど香織は。
「わかったよ。浩二くんに私の全てを預けるね」
「香織!?」
決意を固めたように香織は身に付けているものを脱ぎ始める。
「いいの、雫ちゃん。これは私が決めたことだから」
「香織……………」
親友の覚悟に雫はただ啞然とするなか、香織は身に付けているものを全て脱ぎ去って横になる。
「雫。誰も入ってこない様に見張っててくれ。邪魔でもされたら大変だからな」
香織も浩二もどちらも真剣な顔。そこに割って入る余地など雫にはなかった為に雫は浩二の言われた通りに部屋の外で誰も入ってこない様に見張りにつく。
「行くぞ、香織」
「うん」
「‶侵入〟」
無事に
「香織は大丈夫なの?」
穏やかな表情で眠りについている香織。その口元には涎が垂れて「ハジメくん…………」と寝言を言っている。どんな夢を見ているのだろうか?
「ああ、無事に終わった。何度も確認したが何の後遺症も副作用もなく無事に‶魔力操作〟の技能を獲得した」
「そう、よかった……………」
安堵の息を漏らしながら寝ている親友の頬に手を添えるその姿はまさに子供を見るオカンそのもの。
姉妹のように仲がいいが、実際は親子のようだ。
そして香織を改造したことで浩二にも新しい技能が追加されていた。
平野浩二 17歳 レベル:14
天職:医療師
筋力:160
体力:178
耐性:200
敏捷:135
魔力:230
魔耐:220
技能:医学[+診察][+肉体構造把握]・調合[+薬毒鑑定][+高速調合][+効果上昇]・侵入[+範囲増加]・改造[+解剖][+最適化][+自己改造][+構造変化]・投擲・魔力操作[+魔力循環]・回復魔法・光属性適正・闇属性適正・高速魔力回復・言語理解
香織も新しい技能を獲得し、浩二も新しい技能が獲得で来てどちらもいい結果になった。
するとそこへ雫が。
「ねぇ、浩二って香織のことが好きなの?」
「ブッ!」
突拍子もないその発言も思わず紅茶を吹き出してしまった。
「な、なんで…………?」
「だっていくら幼馴染とはいえ、香織の為にここまでするなんて、それって香織に‶特別〟な感情を持っているからじゃないの?」
雫の言い分も確かだ。
いくら家族同然に育った幼馴染同士とはいえ、ここまで香織の為にするのだからそういう感情を持っていても不思議ではない。
だがそれは浩二にとっては否定しなければいけない案件だ。
「そんなわけないだろう! だいたい俺は―――」
そこで慌てて口を閉ざす。
「俺は、なに?」
「別に。なんでもない……………」
そっぽを向きながら誤魔化す浩二は内心心臓がバクバクだ。
(あ、危ねぇ~こんなところで雫が好きだって言うところだった…………)
危うく自身の恋心を想い人に告げてしまうところだった浩二。
もちろんそれが分不相応だということは重々承知している。けど、それで諦めることが出来るのならとっくに諦めてる。
それでも諦めきれないから今でもずっと浩二は雫のことが好きなのだ。
そしてどうして浩二がそこまで香織の為にするかというと……………。
(好きな人の為に頑張りたい気持ちはよくわかるからな……………)
他の誰でもない浩二自身がそうだからだ。
雫の為ならどんな努力も厭わない。例えそれが叶わぬ恋に終わってしまったとしてもそれでも諦めたくない。
だからこそ浩二は強くなりたい香織の背中を押したのだ。
「………………? まぁいいわ。少なからず浩二にも好きな人がいるってわかったから」
それが自分だと気付かずにそう返す雫に浩二は思わず訊く。
「……………………なぁ、雫。もし、もしだぞ? 俺に好きな人がいて、自分の想いをその好きな人に告げたとする。そしたらその人はどう思うかな?」
思い切ってそう言ってみた。
好意を寄せている人本人に。すると雫は。
「そうね。その人が羨ましいわね」
「え?」
それは浩二にとって全く予想外な言葉だった。
「羨ましいってなんでだ? 俺は光輝のように才能にも容姿にも恵まれていない。勉強もスポーツも光輝より断然下だ。脇役に惚れるようなヒロインがいるかよ」
そう、自分は脇役だ。
迷宮での死闘でそれが更に自覚してしまった浩二は八つ当たり気味にそう言ってしまった。けれど雫はそんな浩二の頭にチョップを入れる。
「お馬鹿。誰も浩二のことを脇役なんて思ってないわよ。それに浩二は知らないかもしれないけどね、学校でも結構女子から人気があったのよ?」
「はぁ? 俺が?」
とても信じられない顔をする浩二に雫は頷いた。
「ええ。確かに光輝の方がそりゃモテるでしょうけど、少なからず貴方に好意を寄せている女子もいるのよ?」
「で、でも、告白なんてされたことないぞ? 雫、無理して励まさなくても」
「事実よ。告白されなかったのは………まぁ、光輝が原因でしょうね。ほら、よくあったでしょ? 貴方を通して光輝に告白しようとする女子。だから自分もその一人になって迷惑をかけるかもって思ったのでしょうね」
それには浩二も覚えがある。
よく女子からラブレターと思われる手紙を差し出されて「これを光輝くんに渡して!」と言ってくる女子がけっこういた。
「でも、俺のどこに……………?」
それでも浩二は信じられない。いったい自分のどこに魅力を感じたのかが。
「浩二に好意を持っている女子はたいていは貴方に助けられて励まされた子ばかりよ。傷や怪我をしている人がいたら浩二は相手が誰だろうがすぐに駆け付けるでしょ? それがたいした怪我じゃなくてもちゃんと治療して『もう大丈夫』や『跡が残ったら大変だもんな』とかそういう相手を心配してくれたり、一生懸命に治してくれる浩二に感謝して好意を抱いているのよ」
「いや、それは医者の子供として当然のことで……………」
「貴方にとって当然のことでもそう思わない女子もいるってことよ」
知らなかった。
浩二にとってそれは当然のこと。感謝されるいわれなどない当たり前のことをしたに過ぎない。だから脇役である自分に好意を寄せている女子がいるなんて知らなかった。
「けど、それがどうして雫は羨ましいんだ?」
浩二にとってはむしろそっちの方が気になっていた。
「‶当然のように大切にしてくれる〟。だから羨ましいの。きっと浩二と付き合う人がいたらその人はきっと幸せになるって断言できるわ」
その一言に浩二は思わず嬉しくなり、胸いっぱいの幸せに包まれた。
それは雫の本心ではなくあくまで‶幼馴染〟として向けられた言葉だったとしても、それでも惚れた女が自分の事をそういう風に思っていてくれたことに心底嬉しかった。
「さて、香織の無事も確認できたことだし、私は光輝達に香織のことについて言ってくるわ」
「……………………ああ」
雫は香織が目覚めたことを他の幼馴染達に告げに部屋を出て行く。
浩二は変えられないにやけ顔で顔をあげる。
すると、香織と目が合った。
「「……………………」」
互いに目を合わせたまま無言の静寂が場を支配する。当然浩二はにやけ顔のまま顔中に冷汗を流す。すると。
「浩二くんって雫ちゃんのことが好きなんだね」
聖女を思わせるような優しい眼差しで告げられたその一言が浩二にクリティカルヒット。幼い頃から秘めていた想いが知られてしまった。
「い、いつから、起きて………いましたのでござるか?」
動揺のあまり変な口調で尋ねる浩二に香織は「んーとね」と言いながら。
「浩二くんが私のことが好きって雫ちゃんが言っていた辺りかな?」
「ほぼ最初っからじゃねえか!?」
本人はもちろん他の誰にも知られない様に隠していた雫に対する恋心。それが遂に知られてしまった浩二は穴があったら頭からダイブしたい気分だ。
「あああああああああああああ…………………………終わった、なにもかも……………いっそのこと殺せ……………」
「そ、そこまで落ち込まなくても誰にも言ったりしないよ?」
四つん這いになって暗黒を背負う浩二に香織は必死に励ますも。
「でも、どうして雫ちゃんなのかな? ううん、ダメってわけじゃないし、浩二くんなら雫ちゃんと一緒になってくれたら私は嬉しいよ?」
励ますもそこは親友として気になってしまう。
浩二も秘めていた想いが知られたことに観念して香織に言う。
「……………別に一目惚れしたとか最初っから雫のことが好きってわけじゃなかった。むしろ雫に近づいたのは同情に近かった」
「同情? 雫ちゃんに?」
「香織は知らないかもしれないけどな、雫は昔、女子から虐めを受けていたんだよ」
「え?」
「原因は雫の道場に入門した光輝だ。ほら、光輝はモテるだろ? だからいつも光輝の近くにいる雫が気に入らなかったんだよ。それで虐めだ」
「雫ちゃんにそんなことが……………でもそれなら光輝くんが」
「どうにかするってか? あいつがそんなこと信じるわけないだろ? 雫がどんなに頼っても光輝が雫に与えたのはやっかみだけだ。正直、小学校の時に香織がいなかったら雫の心は折れていたと思う」
浩二は光輝のことを幼馴染として信用も信頼もしてはいるが、頼ろうと思ったことは無い。どうなるかわかっているからだ。
「香織と出会うまで雫は一人だったんだよ。だから同情して雫に声をかけたのがきっかけだ」
(まぁ、原作で知っていたとはいえ、あれは放っておくことができなかったしな)
実際にその時の雫を見て流石に放ってはおけない思った浩二は雫に近づいて声をかけた。通う道場の門下生としてという気持ちが大きかっただろう。
「でも、雫と一緒にいて気がついたら俺は雫に惚れていた。もう白状するとベタ惚れだ。何度諦めようと思っても諦めきれず、女々しくも今でも俺は雫に惚れてる」
「ほぁ~」
白状したその想いに香織は思わず嬉しく思った。
親友をそこまで想ってくれる人がいたら嬉しくないわけがない。それが信用できる幼馴染なら尚更だ。
すると香織は浩二の手を取って。
「浩二くん! お互い頑張ろうね!」
満面な笑みでそう言うのであった。
互いの想いを成就させる為に香織は全力で浩二の恋を応援することにした。これまで雫と共に応援され、励まされ、相談に乗ってくれた浩二にこれからは自分もそうしようと香織はそう決めた。
「元の世界に戻ったらダブルデートしよう! 私と南雲くんと浩二くんと雫ちゃんで!」
「はいはい……………」
目前で嬉しそうにはしゃぐ幼馴染に肩を竦める。