「どうやら無事に助け出せたようだな……」
帝城内の一室で浩二は帝城内で地下牢のハウリア族が脱獄したという話を耳にしてハジメ達は無事にハウリア族、シアの家族を助けることが出来たことに一安心する。
それ以外にも仮面集団の騒ぎもあるが、帝城内ではリリアーナと皇太子の婚約発表を兼ねた歓迎パーティーが催されることになっており、リリアーナ達はその準備で大忙しだ。
「浩二様、よろしかったのでしょうか?」
「何が?」
「リリアーナ姫殿下にも今回のことについて説明した方が……」
「その必要はない。それにこれ以上王女様に負担を強いらせるわけにはいかないしな」
リリアーナにハウリア族の脱獄も仮面集団の騒動のことについての説明は不要だと告げる。ただでさえ今は余裕がないのにこれ以上の負担を強いらせるのは酷というものだ。
すると部屋の扉がノックされて使用人の一人が扉を開ける。
「失礼します。浩二様、ガハルド皇帝陛下がお呼びです。すぐに謁見の部屋へ移動をお願いします」
「わかりました」
今日はレイナと
「あら、浩二。昨夜は随分と面白いことがありましたわね」
レイナと会わないわけではない。レイナもまた浩二同様にガハルドに呼ばれていたのだ。
「そうみたいだな」
「ええ、それで気になって帝城に住む方にお話を伺ってみたら、なんでも昨夜急に眠気が襲ってきたようですわ。それも帝城に住む方全員が。その間に兎人族が脱獄したとか。不思議なこともあるものですわね」
「今夜の準備で昨日は忙しそうにしていたからな。兎人族もそれに気付いてチャンスだと思ったんじゃね?」
「そのようですわね。それに帝都では仮面集団の一人が光属性の魔法を自在に操り、眩い光を纏うアーティファクトの剣を振るっていたそうですわ。まるで噂にきく勇者のような剣を」
「勇者願望でもあるんじゃないのか? その仮面集団」
「ふふ、そうかもしれませんわね」
にこやかに微笑みながら浩二の表情を観察してくるレイナだけど浩二の表情は崩れない。僅かな変化すら見せない。するとレイナは……。
「まぁ、別にそれらに浩二が加担していようがしていまいがどうでもいいですわ。それらを許してしまった帝国が悪いのですから」
その言葉は浩二からしたら少し意外だった。てっきりもう少し探りでも入れてくると思っていたから。
「今の私は浩二を私のモノにできるのなら帝国が滅んでもいいとさえ思っておりますので」
「おい、帝国の令嬢」
思わずツッコミを入れた。帝国の令嬢とは思えない発言だ。
「冗談ですわ。ただそれだけ私は貴方に
「重いわ……」
冗談か本気かわからない会話をしながら浩二達は謁見の部屋に到着する。
通された部屋は三十人は座れる縦長のテーブルが置かれた、ほとんど装飾のない簡素な部屋だった。そのテーブルの上座の位置に、頬杖をついて不敵な笑みを浮かべているガハルドがいた。彼の背後には二人、見るからに手練れと分かる、研ぎ澄まされた空気を纏った男性が控えている。そして、部屋の中に姿は見えないが、壁の裏に更に二人、天井裏に四人いることぐらい浩二達は気付いている。
「久しぶりだな、平野浩二。お前のおかげで俺は暫くの間、不能扱いされたぞ?」
「お久しぶりです、
露骨に如何にも取り繕った顔で謝罪するも、ガハルド皇帝陛下相手にその態度を取る浩二にレイナは面白さのあまり、口に手を当てて思わず肩を震わせる。
「フン、心にもないことを。それとそんな取り繕った顔も声もやめろ。俺は素のお前の方が面白い」
「それならそうする」
浩二はあっさりと取り繕った顔と声をやめる。
「少ししたらリリアーナ姫もここにやってくるが、その前に一つ聞かせろ。レイナとの式は何時にするんだ? 皇帝である俺が直々に祝ってやる」
「……いったいどうしてそうなった? 俺はこいつと式を挙げるつもりもなければ帝国に仕える気もない」
「あら、つれませんわ。せっかくなのですから今夜のパーティーで皇太子とリリアーナ様と一緒に私達の婚約も祝って頂きましょう」
「それはいいな。今なら少し手間が増えるだけで終わる」
「勝手に話を進めるな。俺はお前と結婚する気もなければ婚約するつもりもない」
「あら残念」
ちっとも残念そうにしていないレイナを無視して浩二はガハルドに言う。
「というよりも皇帝陛下。どうして俺にこの女を差し向けてきた? おかげでこっちはいい迷惑だ」
「あ~そのことなんだが、俺も正直レイナがそこまでお前に執着するとは思ってなかったんだ」
つまり、あわよくば程度の期待で浩二にレイナを差し向けただけのようだ。ガハルド自身、レイナがそこまで浩二に執着するとは予想外のことだったらしい。
「まぁ、いいじゃねえか。それだけお前の事を気に入っている証拠だろ? 婚約しちまえ」
「それで帝国の為に働けと? 断固拒否する」
「たくっ、頭の固いガキだ……」
ガハルドはガリガリと頭を掻きながら悪態を吐く。そこでハジメ達が謁見の部屋に到着した。
そこでガハルドはハジメにアーティファクトの供与のこと尋ねたり、その実力や人格のことを確かめたり、シア、兎人族のことについて尋問するもハジメはのらりくらりとやり過ごした。ガハルドはハジメのことについて最低限のことを確認すると、爆弾発言を残して部屋を出て行った。
「ああ、そうだ。今夜、リリアーナ姫の歓迎パーティーを開く。お前達も是非、出席してくれ。姫と息子の婚約パーティーも兼ねているからな。真実は異なっていてもそれを知らないのなら‶勇者〟や‶神の使徒〟の祝福は外聞がいい。頼んだぞ?」
そう告げて颯爽と部屋から出て行ったガハルドに突然の爆弾発言から正気を取り戻した光輝達がリリアーナに詰問する。
「リリィ、婚約ってどういうことだ! 一体、何があったんだ!」
「それは……たとえ、狂った神の遊戯でも、魔人族が攻めてくれば戦わざるを得ません。我が国の王が亡くなり、その後継が未だ十歳と若く、国の舵取りが十全でない以上、同盟国との関係強化は必要なことなのです」
なんでもないように語るリリアーナに光輝は絶句する。
代わりに雫が厳しい表情で尋ねた。
「それが、リリィと皇子の結婚ということなのね?」
「はい。お相手は皇太子様ですね。ずっと以前から皇太子様との婚約の話はありました。事実上の婚約者でしたが、今回のパーティーで正式なものとするのです。魔人族の侵攻で揺らいでいる今だからこそ、というわけです」
「王国は? 協議が必要ではないの?」
「事後承認ではありますが、反対はないでしょう。元々そういう話だったわけですし。それに、今の王国の実質的トップは私です。ランデルは未だ形だけですし、お母様も前には出ない人ですから。なので、問題はありません。今は何事も迅速さが必要な時なのです」
リリアーナは極めて冷静だ。悲劇のヒロインのような雰囲気は微塵もない。ただ、自分の役目を全うすべく全力を注いでいる、という様子だ。
光輝は、苦虫を噛み潰したような表情をしながら口を開いた。
「……リリィは、その人のことが好きなのか?」
その質問には、流石のリリアーナも困った顔になった。
「……好き嫌いの話ではないのです。国同士の繋がりのための結婚ですから。ただ次期皇帝陛下候補ともなれば側室を多く娶る必要があって、現在の愛人の方々の中からも選ばれる方がいると思いますが……ふふふっ、私の立場上、彼女達を差し置いて正室になるのですよ。すごいでしょう。まぁ、後宮内の調整に関しては、私が最年少ですし、胃がしくしくしちゃうのですが……」
冗談めかしてドヤ顔をしたり、わざとらしくお腹をさすったりして雰囲気を明るくしようとするリリアーナ。するとそこにレイナが声を発した。
「しかし、リリアーナ様も大変ですわね。あの皇太子の婚約なされるのですから」
不意に発したその言葉に光輝は思わず尋ねる。
「あの、それはどういう意味で……?」
「あら、聞いておりませんの? リリアーナ様の婚約者であるバイアス皇太子はまさに帝国皇太子のような方ですわ。欲しいものは奪う、弱者は強者に従うのは当然。自分に楯突く人を嬲って屈服させることが何よりもお好きな方ですわ。まぁ、それができるだけの実力者ではありますが」
なんてこともないように告げられるレイナの言葉に光輝達は啞然とし、リリアーナの顔も僅かに青ざめる。
「な、なんでそんな奴がリリィと! そんなのおかしいだろ!?」
それを聞いて一番に声を荒げたのは光輝だ。
――だがしかし。
「何もおかしくはありませんわよ? 勇者様。先ほどもリリアーナ様が仰った通り、これは国同士の繋がりのための結婚。つまり、両国の関係強化を示すことですわ。そこに個々の感情など不要でしてよ」
「だが、それでも……ッ!」
「いくら勇者様が言い募ろうともこれは国の為。ああ、それともこう申し上げた方がよろしくて? リリアーナ様には両国の為に生贄になって貰いますわ。リリアーナ様という尊い犠牲のおかげで両国の繋がりを強化することができますわ、と」
「そんな言い方はないだろう!? どうしてそんなことが言えるんだ!?」
「似たようなものですわよ? バイアス皇太子に嫁ぐというのは。それとも勇者様がどうにかしてくださいますの?」
「それは……けど」
何も言えない光輝にレイナは呆れるように口を開く。
「まるで子供ですわね。嫌なことに駄々を捏ねるだけの子供。リリアーナ様とバイアス皇太子の結婚を否定されたいのでしたらそれに代わる何かを代替しませんと。ああ、それとも勇者様がリリアーナ様を攫って逃避行というのもロマンがあるのでは?」
「……ッ!」
光輝はただ歯を噛み締めながら睨むだけで何も言えなかった。
「まぁ、同じ女としてリリアーナ様に言えることは一つだけ。バイアス皇太子に処女を捧げたくないのでしたらまだ気が許せる相手に捧げた方が幸せですわよ?」
「―――――――っ」
レイナの言葉にリリアーナはドレスの裾を強く握りしめる。その言葉に光輝は何か言おうとしたが、雫が光輝を止める。
「光輝、落ち着きなさい。それと、そこまで深刻にならなくてもいいかもしれないわよ?」
光輝が、雫に愕然とした表情を向ける。心配じゃないのかと、責めるような目を向ける。だが、続く苦笑い気味の香織や鈴、龍太郎の言葉でハッとした。
「う、うん。そうだよね。それどころじゃなくなるかもだし……」
「歓迎パーティーやるんだね……。鈴、なんだかお腹が痛くなってきたよ」
「ある意味、パーティー、だな。歓迎はしたくないと思うけどよ」
光輝は無言になった。すごく微妙な表情になる。
これから起こることの結果次第では、どっちにしろ……。
そんな彼等の様子を見て、
「え? え? ちょっと皆さん? なんですか、その感じ。もの凄く不安に駆られるのですけど!」
リリアーナは震えながら問い質したが、やはり答えは返って来なかった。胃のしくしくが強くなったリリアーナは浩二にお薬でも貰おうとするも、そこには浩二達の姿はなかった。
「いいのか? さっきのことを皇帝陛下に報告しなくて」
謁見の部屋から出た浩二は帝城の通路でレイナにそう問いかけた。レイナは帝国の人間。先ほどの光輝達の態度から何かを企んでいることぐらいは明白だ。それをガハルドに報告しないことに疑念を抱くもレイナは言う。
「別に構いませんわ。報告する義務などありませんし、仮に勇者様方が何かを企み、それを実行して成功したとしてもそれは帝国側が弱かっただけのお話ですわ」
あっさりとそう言い切ったレイナを見て浩二は改めて思った。
良くも悪くもこいつは実力至上主義を掲げる帝国人だと。