ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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主人公26

帝城内のパーティー会場は、流石と言うべき絢爛豪華さだった。

立食形式のパーティーで、純白なテーブルクロスが敷かれたテーブルの上には何百種類もの趣向を凝らした料理やスイーツが並べられている。装飾や調度品も素晴らしく、つい目が奪われる華やかさだ。

そのパーティーで帝国貴族達はハジメや浩二以外にも‶勇者一行〟は注目の的で、少しでも面識を得ようと話しかけていた。当然個人的な繋がりを持ちたいという下心たっぷりで。

もっともハジメそれと浩二に話しかけている者達だけは、別の意味で下心が満載だ。

彼等の目的は言わずもがな。

パーティーが始まってから片時も傍を離れない美貌の女性陣だ。

特にハジメの傍にいるユエ、シア、ティオ、香織。それぞれの魅力を引き出すドレスを着ており、注目の的だ。しかし浩二の傍にいるティニア、エフェル、イリエも負けず劣らずだ。

「そう言えばメイド服姿じゃないティニアは凄く新鮮だな……。うん、綺麗だ」

「ふふ、ありがとうございます」

薄っすらと微笑むティニアはいつも身に付けているメイド服ではなく、空色を基調とした華やかなドレスだが、流れるような銀髪によく映えている。

「旦那様。私はどうですか?」

「ああ、エフェルもよく似合ってる」

エフェルはティオとは色違いの白いロングドレス姿だ。身体のラインが出るようなタイプのドレスなので凹凸の激しいボディラインが丸わかりである。ティオほどではなくとも十分に見事な双丘が浩二の傍で揺れている。

「あたしがここにいていいの……?」

「別に気にする必要はないと思うぞ? ただ飯できると思っておけば」

人間族と同じように浅黒い肌は白く、耳も丸いイリエはスレンダーラインのドレス。髪と同じ赤いドレスはよく目立つ。

雫や鈴も帝国の令嬢方に負けないくらいに華やかなのだが、どうしてもユエ達と比べると大人しい印象なのであまり目立っていない。

光輝は帝国の令嬢に群がられて姿すら見えないし、龍太郎や鈴は料理を貪っている。

「雫。可愛いぞ」

「ありがとう……。お世辞でも嬉しいわ」

ティニア達という美少女に囲まれておきながら自分の方にまで歩み寄って褒めてくれた浩二にそう返す。

「俺がお前にお世辞を言うわけないだろ? 本心だ」

「……はいはい。わかったわ」

いつものように対応する雫だが、浩二はそんなこと気にも止めずに褒めまくっていると。

「あら、こんなところにいましたのね。浩二」

レイナが現れた。

漆黒のプリンセスラインのドレス姿でいつものにこやかな笑みと共に歩み寄る。するとレイナは雫を一瞥してすぐに視線を浩二に向ける。

「浩二。私と一曲お相手をお願いしますわ」

「それで俺の事を諦めるのならいいぞ。最後の思い出としてな」

「あら、そんなことで私が諦めるとお思いで?」

「思ってないから言ってんだよ」

流石の浩二もレイナの扱い方には慣れてきたようだ。

「まぁいいですわ。そろそろ主役が来ますわよ」

レイナの言葉通り、今回のパーティーの主役であるリリアーナとバイアスがご登場。文官風の男が大声で風情たっぷりに二人の登場を伝えた。

大仰に開けられた扉から現れたリリアーナ。その姿に、会場の人々が困惑と驚きの混じった声を上げる。

リリアーナは、全ての光を吸い込んでしまいそうな漆黒のドレスを着ていたのだ。本来なら、リリアーナの容姿や歓迎・婚約祝いという趣旨を考えれば、もっと明るい色のドレスが相応しい。

その如何にも「義務としてここにいます」と言わんばかりの澄まし顔と合わせて、漆黒のドレスはリリアーナが張った防壁のように見えた。

パートナーのバイアスの方も、どこか苦虫を噛み潰したような表情であり、どう見てもこれから夫婦になる二人には見えない。それに時折浩二の方に視線を向けては睨んでいるが浩二は綺麗に無視(スルー)

会場は取り敢えず拍手で二人を迎え入れたものの、なんとも微妙な雰囲気だ。

困惑を残したままパーティーは進行され、会場に音楽が流れ始めて会場の中央では踊りが始まった。リリアーナとバイアスも踊るが、リリアーナはどこか機械的だ。いつものリリアーナらしくない。

(まぁ、強姦未遂の後だからな……)

ティニア以外にも念の為にリリアーナの傍に置いていた浩二βから届いた情報で浩二だけはリリアーナの態度に納得している。

「さて、では浩二。私達も踊りませんか?」

「いやなんでだよ? お前と踊るつもりは――」

ない。と言おうとした浩二にレイナは耳打ちする。

「そちらの方と踊りたいのではなくて?」

それを聞いた浩二は思わず固まる。

「踊りたいのでしたら淑女(レディ)に恥をかかせない程度に殿方がリードしなければなりませんわ。貴方なら一度踊ればそれなりにできるでしょう? その為に私で練習しませんこと?」

「……」

正直に言えば浩二は雫と踊りたい。だけど踊ろうとも踊り方がわからない。それならばレイナの言う通り、彼女で練習をすれば付け焼刃にはなるもある程度はできるようになれる。

浩二は少し悩んでうえで頷いた。

「……一回だけだぞ?」

「ええ、それで構いませんわ」

雫と踊りたい為に仕方がなくレイナと踊ることになった浩二だが、レイナは浩二と踊れただけでも満足そうだ。そして一通り踊り終えると浩二は雫に手を伸ばす。

「雫。一曲踊らないか?」

「……私は別に」

「あ、拒否権はないからな」

「え、ちょっ、ちょっと!?」

強引に雫の手を取って会場の中央に連れて行く浩二に雫は渋々ダンスに付き合う。浩二は事前にレイナと踊っていたこともあってそれなりに様にはなっていたが、どうにも二人の間には微妙な距離がある。

「雫。もっとこっちに寄れ」

「で、でも、これ以上は……」

「ほら」

微妙に距離があった為に曖昧な感じになっていたが、浩二が雫を抱き寄せることで形になってきた。だが雫は浩二と顔が近いことに意識して踊りどころではなかった。

少し離れた位置でティニア達が次は誰が浩二と踊るのか話し合っていた。香織は踊っている二人を少しだけ羨ましそうに見るもすぐに嬉しそうに微笑む。親友と幼馴染の仲が進展したことが嬉しいようだ。

(浩二ってこんな顔をしているのね……)

幼い頃から家族のように育った雫は踊りながらそう思った。これほどまで至近距離で浩二の顔を見るのは初めてかもしれない。そのせいか余計に意識して心臓の鼓動が早く感じている。

(本当に変わったわね……)

内心でどこか寂しそうに呟いた雫はまるで置いて行かれた子供のようだ。

そうして雫との踊りを終えて浩二と踊ろうとティニアが進み出ようとしたが、その足は止まった。

「平野浩二様。一曲、踊って頂けませんか?」

どうやらティニアが足を止めた理由はリリアーナのようだ。

「バイアス皇太子と離れてもよろしいのですか?」

「挨拶回りなら大体終わりましたし、今はパーティーを楽しむ時間ですよ。もともと、何曲かは他の人と踊るものです。ほら、バイアス様も愛人の一人と踊っていらっしゃいますし」

リリアーナの言う通りだ。浩二は一度ティニアに視線を向けるとティニアはリリアーナを優先して欲しいと目で訴えてきた。

「喜んでお相手致します。王女様」

「……はい」

ゆったりとした曲調の旋律が流れ始める。ゆらりゆらりと優雅に体を揺らしながら密着するリリアーナと浩二。

浩二の肩口に顔を寄せながら、リリアーナはそっと呟くように話しかけた。

「……先程はありがとうございました」

「別に気にする必要はありませんよ。個人的にもああいう奴は好きませんし」

「たとえそうでも嬉しかったですよ」

そう言って、リリアーナは浩二の肩口から少し顔を離すと、言葉通り嬉しそうな微笑みを浮かべた。

「それにしてもそのドレスとさっきの態度は当てつけですか?」

「ええ、婚約者を暴行するような夫にはこの程度で十分ですから。それより……私のあられもない姿を見ましたよね? あぁ、もうお嫁に行けません」

「あ、安心してくれ。小さい胸に興味は――」

浩二はリリアーナにおもっきり足を踏まれた。

「何か?」

「いえ、なんでもありません」

至近距離で迫力のある笑みを浮かべるリリアーナに浩二はそう答えた。

「それよりも少々密着しすぎでは? バイアス皇太子様が凄い顔をしていますよ?」

「いいじゃないですか。今夜が終われば私は実質的に皇太子妃です。今くらい、女の子で居させて下さい。それとも、近い内に暴行されて、愛人達に苛められる哀れな姫の些細なわがままも聞いてくれないのですか?」

「それは確定ですか?」

「確定ですよ」

そこでリリアーナは、一度ギュッと浩二に抱きつくと表情を隠しながらポツリと、つい零れ落ちたかのような声音で呟いた。

「……もし……もし、‶助けて〟と言ったらどうしますか?」

リリアーナ自身、こんなことを聞くつもりはなかった。

帝国の皇子との婚姻関係の締結は今後の為にやらなねばならないこと。両国が魔物と魔人族の襲撃によりダメージを負い、聖教教会総本山が消滅して不安定になっている北大陸の人々を安心させるために、見て分かる形で人間族の結束の強さを示さなければならない。

王族の一員として、果たさねばならない役目なのだ。たとえ、尊厳すら奪われかねない辛い結婚生活が待っていたとしても。そんなリリアーナに浩二は。

「助けるさ。他の誰でもないリリィがそれを望むのなら」

「え?」

初めて浩二の口から聞いたリリィという愛称。これまで頑なに‶王女様〟だったのに今確かに‶リリィ〟とそう呼んだ。

「あの日、リリィが俺を抱きしめてくれなかったら俺の心は折れていた。リリィがいてくれたから俺はこうしていられる」

雫にフラれたあの日の夜。浩二はリリアーナがいてくれたからこそまだ耐えることができた。抱きしめ、慰めてくれたから心が折れることはなかった。

「だから助けるさ。他の誰でもない俺を救ってくれたリリィの為に」

「で、ですが……」

浩二のお言葉を王女であるリリアーナが否定しようとしてくる。それは駄目だ。果たさなければならない責務だ。都合のいい夢想を抱くなと。しかし……。

「国の為とか、王族の責務とか、そういう理由をつけて自分を納得させる必要も、自分一人だけ辛い思いをする必要もない。それでもまだ懸念があるのならそんなもん全部俺がなんとかしてやる。だからもう一人で抱え込むな」

「――――っ」

浩二の言葉が王女としてのリリアーナの呪縛を壊していく。

「もう少し周りに甘えてみろ。何があってもリリィの味方でいてくれる奴なんて大勢いるんだから」

「……あ」

リリアーナは思い浮かぶ。いつも自分の傍にいてくれる人、心配してくれる人、味方でいてくれる人、そして助けようとしてくれる人達の事を。

「……もう、浩二さんは雫という想いを寄せている人がいるのに、デューク家のレイナさん続いて私まで落とすつもりですか?」

「いや、そのつもりは全くない。特にあいつはない」

心外だとハッキリと口にする。

浩二は自分を救ってくれた恩返しのつもりでリリアーナを助けようとしているだけのつもりだ。するとリリアーナは「ふぅ」と息を吐くと、体を浩二に預けて、ただ今この瞬間のダンスを楽しむことにした。

そうして、余韻をたっぷり残して曲が終わり、どこか名残惜しげに体を離したリリアーナは、繋いだ手を離さずに少しの間ジッと浩二を見つめて……「ありがとう」と呟いた。

咲き誇る満開の花の如き可憐な微笑みと共に。

それはただの十四歳の女の子の微笑み。あまりに純粋で濁りのない笑みは、それを見た全ての心を撃ち抜いた。そこかしこから熱の籠った溜息が漏れ聞こえる。

リリアーナは、他のお偉いさんと踊る必要があるようだったので、途中で別れてティニア達の所に戻った。

「浩二様。リリアーナ姫殿下も受け入れるのですか?」

「いや、なんでそうなるの?」

口説く意図は微塵もない。ただ自分を救ってくれた恩を返すつもりだけである。

「私はリリアーナ姫殿下なら喜んで歓迎しますよ。エフェル様も反対しないでしょう」

「そうですね。旦那様をお慕いしているのでしたら拒む理由はありませんし」

「どうして二人はそう増やそうとしてくるのかな……?」

ティニア達は何故か歓迎モードだ。浩二的には‶大切〟二人で十分だというのに。

すると司会進行役の男が声を張り上げた。どうやらガハルドがスピーチと再度の乾杯をするらしい。

壇上に上がったガハルドが、よく通る声で話し始めた。

「改めて、リリアーナ姫の我が国訪問と、息子との正式な婚約を祝うパーティーに集まってもらったことを感謝する。いろいろとサプライズがあって実に面白い催しとなった」

そこでガハルドは意味ありげな視線をハジメに向けるも、ハジメは明後日の方向を向いている。

「パーティーはまだまだ始まったばかりだ。今宵は、大いに食べ、大いに飲み、大いに踊って心ゆくまで楽しんでくれ。それが、息子と義理の娘の門出に対する何よりの祝福となる。さぁ、杯を掲げろ!」

ガハルドは、会場の全員が杯を掲げるのを確認すると、自らもワインをなみなみと注がれた杯を掲げて一呼吸置く。そして息をスゥーッと吸うと覇気に満ちた声で音頭を取った。

「この婚姻により人間族の結束はより強固となった! 恐れるものなど何もない! 我等、人間族に栄光あれ!」

「「「「「「「「「「栄光あれ!!」」」」」」」」」」

その瞬間、全ての光が消え失せ、会場は闇に呑み込まれた。


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