ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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主人公28

(まったく、まさかこいつがここまで強くなっていたなんて予想外だ……)

レイナを腕に抱きながら治療する浩二はレイナの強さ(タフネス性)に呆れていた。本来ならば帝国人であるレイナと帝国を落とそうとしているハウリア族の戦いに手を出すつもりはなかったが、流石にレイナが発動しようとしていた土属性上級攻撃魔法である‶落牢〟をこんなところで発動させれば動けない人達にまで被害が及んでしまう。その為にそれを妨害した。

闇系魔法と魂魄魔法の応用で魔法の発動を阻止した。まだ開発途中のオリジナル魔法故に名前はまだ決めてはいないし、完全に効果が発揮するかは不安ではあったが、上手く成功したようだ。

原作知識にある雫が使っていた‶魄崩〟。対象の魔力、体力、精神といった斬りたいものだけを斬るという雫の技を参考にいずれは魔法を妨害もしくは何かしらの形で封印できるようにするのが目標である。

しかし、そのせいでレイナがハウリア族に殺されたら浩二がレイナを殺したも同然の為に浩二はカムの刃を防いで戦いを終わらせたのだが……。

「……離れろ」

「嫌ですわ」

とっくに治療は終わっているのにレイナは浩二の首に腕を回して抱き着いたまま離れなかった。

「そんなに照れなくてもよろしくてよ? ふふ、ハウリア族の刃から私を守ってくださるなんて浩二は素直ではありませんわね。まぁ、少々無粋ではありますが……」

助けてくれたことや治療してくれたことは素直に感謝して喜んではいるも、戦いの邪魔をしてくれたことに関してはレイナは少々思うところがあるようだ。だが……。

「そりゃ止めるわ。この場所で石化の魔法を使うお前が悪い。なに考えてんだ?」

確かにその魔法を使えばハウリア族を倒すことはできたかもしれない。魔法が使えない亜人族は同時に魔法に対する耐性がない。直撃すればひとたまりもないだろうし、形勢逆転もできたかもしれない。しかしそれは倒れている帝国人を無視してまで行う魔法ではない筈だ。

「知ったことではありませんわ。無様に転がっている人達が悪いのですわ」

しかしレイナは悪びれもせずにそう言ってのけた。

流石は帝国の令嬢。弱者にはとことん興味も感心もないようだ。それには浩二も深い溜息を吐かざるを得ない。

「……とにかく大人しくしてろ。向こうもこちらから手を出さなければ攻撃してくることはないだろうし」

「ええ。浩二に腕の中で大人しくしていますわ」

「いや、離れろよ」

もう完全に治療は済ませた。それなのに更に密着してくるレイナを引き剥がそうとするもレイナは離れない。

「本当に素直ではありませんこと。本当に私のことを嫌っていらっしゃるのならあのまま見殺しにすればいい筈ですのに浩二はそれをしなかった。つまり浩二は私に少なからずの好意があるから助けたのではなくて?」

「……無駄に血を流すのが嫌だっただけだ」

「確かにそれもあるのでしょう。しかし、それは私を助ける理由にはなりませんわ。むしろ本当に私のことを嫌い、鬱陶しいと感じているのでしたら放置を選ぶ筈ですわ」

それがレイナが浩二に言う‶素直ではない〟という言葉の根拠だ。本当に嫌っているのならハウリア族に任せていればいい、あのままレイナに迫るカムの刃を見てみぬフリをすればいい。だけど浩二はそれをしなかった。

レイナを守るようにカムの刃を受け止めたその事実はもう変えようがない。

「ふふ、どうやら勝負(デート)をした甲斐はあったようですわねぇ」

にんまりと笑みを浮かべるレイナに苛立った浩二だが、溜息を零すだけで肯定も否定も取らなかった。それでもレイナは満足そうに浩二に寄り添うように抱き着く。

そうこうしている間にカムはガハルドに要求していた。それは‶誓約〟だ。

ハジメが作ったアーティファクトである‶誓約の首輪〟

魂魄魔法により、口にした誓約は魂レベルで遵守させる効果を持つ。また、‶連なる魂を持つ者〟――ガハルドの一族に対しても効果があり、同じく‶誓約の首輪〟を付けなければ死ぬことになる。

それを使ってカムがガハルド――帝国に誓約させる内容はというと……。

一つ、現亜人奴隷の解放。

二つ、樹海への不可侵・不干渉の確約。

三つ、亜人族の奴隷化・迫害の禁止。

四つ、その法定化と法の遵守。

計四つの誓約を誓わせようとしていた。

ガハルドはそれを拒否した。ここで自分達が殺されようとも帝国は潰れない。そして万軍を率いてフェアベルゲンを滅ぼそうとする。その結果、皇太子であるバイアスの首が宙を飛んだ。

それでも誓約をしないガハルドに待っていたのは兵舎の爆破である。それから軍の治療院も爆破して三度目の轟音が響く。カムは更なる爆破を仲間達に告げようとしたところでガハルドは負けを認めた。

「――――ヘルシャーを代表してここに誓う! 全ての亜人奴隷の解放する! ハルツィナ樹海には一切干渉しない! 今、この時より亜人に対する奴隷化と迫害を禁止する! これを破った者には帝国が厳罰に処す! その旨を帝国の新たな法として制定する!」

ガハルドは最後に、皇帝として宣言した。

「この決断に文句がある奴は、俺の所に来い! 俺に勝てば帝国はくれてやる! 後は好きにしろ!」

それは本当に実力至上主義を体現した男の言葉であった。

そうして‶誓約の首輪〟は正しく発動し、亜人族、いや、ハウリア族が帝国に勝利した瞬間であった。

 

 

 

 

 

ハウリア族が帝国に勝利してその日の内にガハルドは始めとして帝国の軍部や執政部など、帝国の主要機関を担う者達には現状が伝達され、亜人奴隷達の解放を急ぎ行われた。

帝国民達に奴隷を解放させるという問題をどう伝えるか頭を抱えたが、そこはハジメ監督の手によってどうにかなり、浩二は傷ついた亜人奴隷の治療を行っている。

亜人奴隷は傷は勿論、不衛生な場所に押し込められていた者達もおり、病気を患っている者もいればストレスで身体を弱らせている者もいる。中には四肢を失った者や生きているだけの状態の者達もいる。

浩二は目に見える傷などは香織に任せてそういった重症患者の治療を行っている。

「‶焦天〟」

軍の治療院ではなく一般の治療院を使って運ばれてくる亜人奴隷を治療していく。

「‶絶象〟」

再生魔法まで行使して五体満足の状態に戻す浩二の奇跡の治療の前には傷ついた亜人奴隷達に取ってまさに奇跡にしか見えず、傷ついた同胞が癒えていく姿に亜人奴隷達が浩二を見る目が感謝だけではなくどこか救世主でも見るかのような目で見ている。

「体内にいるウイルスが身体を蝕んでいるな。エフェル、そこの薬を取ってくれ。それとティニアはそこの熊人族の応急処置を頼む。イリエは悪いけど南雲に魔力回復薬を持ってくるように言って来てくれ」

浩二の指示にティニア達は応じる。

一人でも多くの人を治す。今の浩二はただそれだけに意識を集中させている。だが……。

「離せ! 誰が人間族なんかに……ッ!」

運ばれてきたのは狼人族の女性だった。傷らしい傷は見当たらないが、全体的にやせ細っており、顔色も悪くて僅かに異臭がする。ざっと診察して浩二は彼女はそういう奴隷だったのだと気づいた。そしてそういいう病気を患っているからここに運ばれてきたことにも。

「安心しろ。もうお前達は自由の身だ。明日にはお前達の故郷に――」

安心させようと声をかける浩二だけど狼人族の女性は鋭い眼で浩二を睨みつける。

「近づくな! 人間族が今度は何を企んでいる!?」

どうやら彼女は亜人奴隷が解放されたことを信じていないようだ。しかしそれは無理もない。あまりにも急なことで理解が追いつかないのもわかるし、彼女の瞳からはもう何も信じられない猜疑心と人間族に対する憎悪が込められている。彼女からして見たら浩二達は何か悪だくみをしているとしか思えないのだろう。

しかし、浩二にはそんなこと知ったことではない。

「ちょっと大人しくしてろよ」

暴れられても面倒だ。そう言わんばかりの手腕で‶医学〟の派生技能である‶経穴〟を使って狼人族の女性の動きを封じて治療を行う。治療行為とはいえ問答無用に触れてくる浩二に狼人族の女性はせめての抵抗と言わんばかりに睨んでくるも。

「お前が人間族に向けるその感情は当然なものだ。何も間違ってはいない」

浩二はそう口を開く。

「だから恨むなとも憎むなとも言わないし、感謝しろとも言わない。だけどフェアベルゲン、お前の故郷には家族だっているだろ? その家族の為に少しでも元気な姿を見せてやって安心させてやる為にも今は大人しく治療を受けておけ」

狼人族の女性が抱く人間族に対する恨みや憎しみを浩二は否定しない。何故ならそれは亜人族も人間族も魔人族も関係ない至極当然の感情だからだ。だから浩二はその感情を否定はしないし、治療されることに感謝しろとも言わない。

ただ家族に元気な姿を見せてやって欲しい、安心させて欲しい。浩二が彼女達、亜人奴隷達に求めるのはそれだけだ。その為にも治療を行っているとも言える。

「俺達、人間族が信じられないのならそれでもいい。無理矢理にでも治療するだけだ」

「……」

問答無用とばかりに告げられた言葉に狼人族の女性は何も答えない。ただ浩二から視線を外して大人しくなった。

こうして浩二は一晩かけて重症だった全ての亜人奴隷達の治療に行った。

そうしてハジメ達の所へ足を運ぼうとしたその時だった。

「浩二」

聞き覚えのある声音が浩二の耳朶を震わせた。それはこの場には決していない筈だ。しかしながら彼女は浩二の前に姿を現した。

「恵理……」

浩二達のクラスメイトであり、王国を裏切って魔人族側についた筈の中村恵理が浩二の前に姿を現した。


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