飛空艇での一悶着があった後、ハジメ達は無事に【フェアベルゲン】に到着。奴隷にされていた亜人達は無事に家族と再会することができた。声を嗄らす勢いで喜びを分かち合う亜人達はちょっとしたお祭り騒ぎだ。
そんな歓喜が溢れる亜人達の喧騒の中、浩二達もフェルニルから降り立った。
フェルニルから降りて浩二が最初に目撃したのは治療の際に睨んできた狼人族の女性は両親と思われる家族と無事に再会している姿だ。その光景に浩二も自然に頬を緩ませる。
しかし、何故かその背には香織をおんぶしているが……。
「あう~」
私、もうだめ……。と言わんばかりの弱り切った声を出す香織に浩二は若干呆れながら言う。
「ユエに勝ちたい気持ちはわからなくはないけど、過剰摂取は駄目だって説明書に書いておいただろう?」
「だって、だって……」
「お薬はきちんと用量、用法を守りなさい」
「……はい」
香織がこうなったのには理由がある。それは【エリセン】で浩二が香織に渡した魔法薬にある。赤、青、緑と色分けされたその魔法薬には‶調合〟の派生技能にある‶特殊調合〟によって調合した特殊な魔法薬であり、強力なドーピング薬でもある。飲むだけで身体能力だけではなく反射神経や反応速度、ステータス上昇、魔力増幅などいった簡単に言えば飲むだけで‶限界突破〟できる魔法薬である。
飲むだけで‶限界突破〟できる魔法薬だが、それには当然のように副作用がある。それも色によって副作用は違い、香織はユエに勝ちたいが一心でその魔法薬を2本も飲んでしまった。
「でも、ユエには勝てたよ……」
「負けた本人は今も南雲の隣にいるけどな」
勝ちはしたものも香織は副作用の影響で魔力が枯渇して自分の力では立つこともできず、浩二におんぶされている。そして香織に敗北した筈のユエは動けない香織を弄るかのようにハジメとイチャついている。負けたちょっとした腹いせだろう。
「うぅ、勝ったのに……。浩二くん、お願いだから治して~」
「ちょうどいいから副作用が完全に消えるまでおとなしくしていなさい」
「そんな~」
香織の身体から副作用を消すことぐらい今の浩二なら朝飯前だけどそれでは香織の為にはならない為にあえてしない。また同じようなことをしない為にもここできちんと反省して貰わなければ。
そこで香織は何かを思い出したかのように浩二に尋ねた。
「ところで雫ちゃんの抱き心地はどうだったの?」
「最高だった。少なくとも代価を受ける価値はあった」
浩二の頬には綺麗な紅葉の跡がある。
目が覚めたら目の前に雫がいた。どうして雫を抱き枕にして眠っていたのか、疑問が浮上したがその答えを知る前に顔を真っ赤にした雫から平手打ちを受けた。その後で龍太郎や鈴に訊いてみればどうやら寝惚けて雫を抱き枕にしていたそうだ。それも雫の育った二つの果実に顔を押し付けた状態で。
乙女の胸に顔を押し付けていれば怒るのも無理はない。
(そう言えば最近、妙に抱き癖あるよなぁ、俺……)
別に抱き枕がないと眠れないということはない。しかし、ここ最近は目が覚めたらティニアやエフェルに抱き着いた状態で目を覚ますことが多くなっている。雫に抱き着いてしまったのもそのせいだろう。
しかしそれはそれとして、最高の抱き心地だったのは間違いではなかった。
「だよね、だよね。雫ちゃんって抱き心地いいよね」
「ああ、香織がよく雫に抱き着くのもわかる気がする」
「うんうん」
雫のことで意気揚々と話を弾ませている二人。当の本人である雫は二人から若干距離を取っている。自分のことを話題にされて会話を弾ませていることが恥ずかしいのだろう。それに思わず浩二の頬を叩いてしまったことに対して気まずい気持ちもあるのかもしれない。
そんな会話を弾ませている二人を見て鈴は思わず口を開く。
「前々から思っていたんだけど、浩二くんはカオリンのお父さんなの? カオリンにだけ妙に過保護なんだけど」
それはもう娘に溺愛しているお父さんのように厳しくも甘やかしている。今だって本当の父娘だと思わせるようなやり取りだ。
「香織もだが、子供の頃から色々と面倒を見ていたからな」
「えへへ、私も浩二くんのことお兄ちゃんみたいに思っているからね」
子供の頃から雫共々、香織だけではなく光輝や龍太郎達にも振り回されて苦労する日々だった為に今となってはすっかり面倒を見るのが当たり前のようになっている。幼馴染というよりも家族のような関係に近い。
だからか、浩二も香織もお互いに異性として見ることはないのだろう。
そこに雫を加わればまさに……。
「カオリンは浩二くんとシズシズのむ……」
「鈴。それ以上言ったら斬るわよ」
‶縮地〟を使ってまで一瞬で鈴の背後に移動した雫は鈴にそれ以上は言わせないように肩に手を置いたが、鈴の肩を力強く握りしめている雫に鈴は顔を真っ青にしてコクコクと何度も首を縦に振った。
もし、それ以上のことを言ってしまえば本当に斬られると、本能が警告している。
その話を聞いたティニア達は。
「浩二様。子煩悩になりそうですね」
「いいではありませんか。良き父親になれるのですから」
子煩悩になりそうな浩二との将来のことを考えて思わず微笑ましい気持ちになっていた。
「平野、悪いが頼めるか?」
そこでハジメが浩二に頼んだ。どうやらフェルニルの着陸によって壊した木々を修復して欲しいそうだ。
「たくっ。‶絶象〟」
嘆息しながら再生魔法である‶絶象〟。あらゆる損壊を再生し復元する魔法を行使する。それによってバッキバキな木々が一瞬で姿を取り戻した。それを見た亜人達はというと……。
「おおっ! 医神様が奇跡をお見せくださったぞ!」
「医神様!」
「我等の神よ!」
「医神様万歳!!」
多くの亜人達は浩二の前に跪いて崇めた。その光景に浩二は盛大に頬を引きつかせたのは言うまでもない。
無宗教だったはずの亜人達の中に、医神教が生まれそうな混沌とした状況の中、アルテナが祖父であるアルフレリックに耳打ちする。
「お祖父様。立ち話もそれくらいになさって、そろそろ……」
アルテナの視線は、たった今、フェルニルから降りてきた最後の乗客―――ガハルドとレイナ、リリアーナ達王国一行に注がれている。
一応、ガハルドには【フェアベルゲン】の情報を極力渡さないよう、光と音を完全遮断するフルフェイスの仮面を被らせているが、レイナは堂々と素顔を晒して何食わぬ顔で浩二の隣に移動する。
「お前、ここがどこなのかわかっているのか? せめて顔ぐらい隠せ」
不俱戴天の仇である帝国のトップであるガハルドは顔を隠しているもレイナは素顔のまま。自分が帝国の人間、それも貴族だと亜人達に知られれば暴徒を起こすかもしれないのに。
「あら? 心配してくださいますの? ふふ、ご安心なさいな。襲ってくる輩は返り討ちにしてさし上げますわ」
「やめろ」
軽く言うもこの女ならマジでやりかねない。
今後の帝国との関係の為にも問題を起こす訳にはいかない。
そんな懸念を抱きながらカムが人材確保の為の演説を行ったり、それについてシアは居たたまれない気持ちになる。遠からず、ほぼ間違いなく、気弱で温厚な兎人族は絶滅し、代わりにヒャッハーな兎人族として生まれ変わることだろう。
そこへレイナが浩二の傍から離れる。
「さて、それでは私は帝城での戦いに決着をつけて参りますわ。どこかの誰かさんのおかげで不完全燃焼でしたもので」
若干、いや、かなり呆れながら溜息を零す浩二はまぁ、別に問題はないだろうと気持ちを切り替える。
カム達は言わずとも、レイナの実力も戦闘センスもずば抜けている。そう簡単に殺されるような女ではない。現にパーティー内で起きたハウリア族の奇襲でさえもレイナは最後まで立っていたのだから。いや、浩二が邪魔をしなければもしかしたらレイナは勝っていたのかもしれない。それほどまでにレイナは強いのだ。
「んんっ、さて、それではそろそろ奥に案内しようか。アルテナ、頼むぞ」
ハウリア増殖の可能性に、同じく冷や汗を流すアルフレリックが、どうにか気を取り直して孫娘に案内を促した。
「それでは皆様、こちらにどうぞ。案内致します。さぁ、医神様も」
「浩二です」
浩二は真顔でそう返した。どうやら亜人達の間では浩二が医神様というのは共通認識のようだ。
「それでは浩二様と呼ばせて頂きます」
「もうそれでいいです……」
これはもう何を言っても無駄だろうと、諦観する浩二の手を取ろうとするアルテナであったが香織を背負っている為に浩二の両手は塞がっているからそれは断念して先導し始める。
しかし、浩二は特に気にはしている様子はないが、アルテナが浩二に向ける態度は明かに他の人達とは違う。
亜人達が‶医神〟と崇めているからだろうか? もしくは……。
どちらにしても察しのいい人達はアルテナが浩二に何かしらの感情を抱いていることには気づいている。
「本当に変わっちまったなぁ……。浩二の奴」
「……ああ」
今更ながら幼馴染の変化を改めて実感した龍太郎に光輝もなんとも言えない表情で頷いた。
香織を背負っている今の姿は別にいつも通りではあるも、言動や雰囲気などは二人の知っている浩二ではなかった。二人の知っている浩二は後ろから皆を支えるような、縁の下の力持ちのような存在で表で活躍するよりも陰に徹するような存在が二人の知っている浩二だ。
現に光輝達から離れる前も回復や援護に徹底していて前に出て戦うことはなかった。しかし、戻ってきた浩二は若干見た目が変わっただけではなく、まるで何かを乗り越えたかのように堂々としている。
「まぁ、それでも浩二は浩二だ。行こうぜ、光輝」
「……そう、だな。ああ、行こうか」
変わってもそれが浩二であることには変わりはない。龍太郎も浩二達の後に続くも光輝は少し遅れてから歩み出すも、その表情はどこか暗く、手を強く握りしめている。
「俺は……」
小さく呟いた光輝の言葉が聞こえた人は誰もいない。