幼馴染である香織に雫に対する恋心がバレて応援してくれることになった香織はハジメを助ける為に死に物狂いで強くなろうと努力している。
基礎体力の訓練はもちろん、魔法に対する訓練や浩二から医学についても教わっている。
周囲が止めたくなるほど訓練に打ち込んでいる香織は以前のようなほんわかした雰囲気がなくなり、大人っぽい雰囲気を醸し出している。
やり過ぎない様に浩二と雫で気を遣いながら全力で香織の背中を押している。
そして浩二はというと……………。
「ギィィヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「ふむ。やっぱり魔物の構造は魔石を除いたら動物に似ているな。発達具合やそれ以外にも微妙に異なる点もあるけど概ねは同じか」
捕獲してきた魔物を解剖している。
ハイリヒ王国直属の錬成師達に頼んで錬成して貰ったメスや鋏などを使って現在魔物の研究に没頭している。
今回は生きたまま魔物を解体して内臓や血管、それに骨髄など他の魔物とどう違うのか、それと反応がどれほどなのかと思った事を記録していく。
誰もが頬を引きつかせて思わず距離を取ってしまうような光景のなか、一人だけ満足そうに微笑むマッドサイエンティスト。
「だけど、魔物によって魔石の大きさが違う。個体差によって変化するのか? それとも食生活? いや、魔石には魔力が蓄えてあるからもしかして動物の体内で結晶化したものが魔石になるのか? そしてそれが魔物に変化する。ふむ、これを仮説として今度は動物を捕まえて体内に魔石を埋め込んでみるか」
次の研究課題を決めて浩二は時間を確認すると、服を着替えて研究室を出る。
天職‶医療師〟である浩二はやることが多い。
まず南雲ハジメの死をきっかけに‶戦いの果ての死〟というものを強く実感してしまったクラスメイト達はまともな戦闘ができなくなった者が多い。しかし聖教会側はそれでは困るかのように戦闘への復帰を促すもそれも猛然と抗議したのが畑山愛子だ。
戦えない生徒をこれ以上戦場に送り出すことを断じて許せなかった愛子の抗議を受け入れた。天職‶作農師〟の激レアな天職を持つ愛子との関係を悪化させない為だ。
故に自ら戦闘訓練に望んだ者のみ訓練を継続させる形となった。だが、聖教会側がいい顔をしていないのは事実。そこで聖教会は天職‶医療師〟である平野浩二に目を付けた。
どうにか戦争に参加できるように彼等を治療して欲しいと強欲にもそう懇願してきた。
それに浩二は条件付きで応じた。
一つ、精神疾患の患者の治療には時間がかかる。薬は処方するが最終的に判断するのは本人達だ。だから余計な負担を与えない為にも戦場に赴く催促は厳禁。
二つ、研究室とこちらが望む研究道具や機材、材料を無償で提供する。必要なら望む薬も調合する。
三つ、俺達の邪魔をするな。
その三つを聖教会側に突き付けた浩二に聖教会側は顔を僅かに顰めるも、その条件を呑んだ。それも実際に浩二の‶医療師〟としての調合や日本で身に付けた医学なども相まってトータスの医術を発展させたからだ。
浩二が調合した薬を国や聖教会に提供しているので、聖教会側もその薬が断たれるのを恐れた。
「園部」
「平野くん………」
浩二はトラウマを負っているクラスメイトの園部優花は手渡される薬を無言で受け取る。
「玉井達の分もあるから後で渡しておいてくれ。あ、毎度言うが不安だからって一度に大量の飲むなよ? もし飲んだら無理矢理にでも吐けよ?」
注意事項だけ告げて踵を返す浩二は雫達がいる訓練場に向かおうと足を動かす。
「どうして、戦えるの…………? 死ぬのが怖くないの…………?」
――が、背後から聞こえた怯えの混ざった声にその足を止める。
「園部は怖いのか?」
「当り前じゃない。だって、死んだら終わりなのよ? 私、‶彼〟が死んで、怖くて、わけわかんなくて、頭の中ぐちゃぐちゃで…………もうどうしたらいいのかわからないよ」
心が折れた優花は声を震わせながら本心を口にする。すると浩二は言った。
「俺だって死ぬのは怖い。死にたくなんかない」
「……………え?」
それは優花にとって意外な答えだった。
六十五階層で誰もがパニック状態になった混戦の中で浩二は一人でも多くを救おうと戦っていたのを優花は見ていた。だからこそその答えが意外なものだった。
「それでも俺は戦う。例え非戦闘職だったとしても、戦いの才能がなくても、俺は戦場に行く」
「どうして……………?」
優花はまるで答えを求めるかのように問いかけた。
「俺の天職が‶医療師〟だからだ。そして俺自身、医者でもある。だから一人でも多くの人を治す為に、助ける為に俺は戦場に赴く。誰も死なせない為に」
「………………………………………………強いんだね。私には無理。私にはそんな勇気はないから」
強き意思の宿るその言葉に優花は俯く。だが。
「園部。それは違う。俺は強くもないし、勇気だってない。むしろ自分が惨めに思えるぐらいに弱いし、戦場に足を運べば怖くて足が震えるほどだ。俺は光輝のような主人公じゃなくて脇役だ、脇役。いつ死んでもおかしくはない」
「なら、どうして……………?」
脇役なのにどうして戦えるのか? 浩二は答える。
「俺には戦いで死ぬことよりも怖いことがある。自分の命を賭するに値するものが俺にはある。それが俺の戦場に赴き、戦う理由だ」
「戦う、理由…………」
「人間は強くはない。だからこそ‶理由〟がいる。それがあるからこそ俺は戦える。園部、お前にはないのか? 守りたいものとか、失いたくない人とか」
「私は……………」
「‶理由〟はなんだっていい。一度ゆっくりと思い出したらいい。例えそれで理由がなくても、戦いたくなくてもいい。俺がいる限り、
そう告げて浩二は再び足を動かすと、背後から小さい声で「………………ありがとう」と聞こえた気がした。
「さて、次に行くか」
動き出す浩二は光輝達がいる訓練場に足を運び、戦闘訓練を行う。
「ハッ!」
「と!」
雫の鋭い一閃。浩二は辛うじて防ぐ。
「腕を上げたわね……………」
「教官がいいものでね」
互いに笑みを浮かばせながら鍔迫り合いになる。だがここで手を緩める雫ではない。より過激により鋭く、より速くするのが雫だ。要は雫はスパルタだ。
「ぁああああっ!」
気合の一声。放たれるのは抜刀術による高速の逆風―――八重樫流刀術の一つ‶登龍〟。行使者は雫だ。だが、同じ道場の門下生として何度も見てきた浩二は抜刀術を防ぎ、更には跳躍してからの空中回し蹴りと鞘による横薙の二連撃を躱してみせる。
「何度も喰らってたまるか!」
流石の浩二もこれまでに何十回も受けてきた攻撃に学習している。もちろんその技の弱点も熟知している。跳躍したことによって空中にいる今の雫には避ける術はない。
(着地時点で決める!)
雫が足を地面につける前に一撃を与えようとするが……………。
「甘い!」
「え? うげ!?」
だが雫はそれを読んでいた。
空中でそのまま一回転して着地するタイミングをずらして浩二の脳天に木刀を叩きつける。
無様に地面に倒れる浩二に華麗に着地する雫。
どちらが敗者でどちらが勝者なのか一目瞭然。二人の模擬戦を見ていた一部は雫に拍手を送った。
「くそ、今日こそはと思ったのに……………」
頭を擦りながら起き上がる浩二に雫は手を差しだす。
「そう簡単に負けてあげないわよ。ほら、次は香織と魔法の訓練をするのでしょう。気張りなさい」
「はいはい……………」
差し出された雫の手を取って立ち上がる浩二は悔し気に「クソ、次こそは……………」とぼやきながら香織の元へ向かう。
「香織。どうだ?」
「浩二くん。うん、まだイメージは掴めていないけどいい感じかな」
浩二の手によって肉体を改造した結果、‶魔力操作〟の技能を獲得した香織は詠唱を唱えるフリをしながら実質無詠唱で魔法を扱っている。
「もうすぐ【オルクス大迷宮】に再度挑むからな。それまでには完成しておかないとな」
「うん、私はやるよ。南雲くんが待っているから」
強い意思と明確なまでの戦う‶理由〟を持つ香織は疲弊を滲ませながらも訓練に励む。
(香織は強いなぁ………)
そう思いながらも自身も魔法訓練を始める浩二の横顔を香織はチラリと見る。
(浩二くんは凄いなぁ………)
‶治癒師〟である香織には‶調合〟の技能はない。そして浩二のように剣も体術も使えない為に魔法の訓練に集中することができるが、浩二は現在進行形で行っている魔法訓練の他にも薬の調合や前衛である雫達の稽古相手や香織に医学を教えたりしている。そしてそれ以外にも多くの事をこなしている。
休む暇もないぐらいにせわしい浩二。それも全ては雫の為。惚れた女の為に頑張っていることを香織は知っている。
もちろん医者としての本分や矜持もあるのだろうけど、香織は雫に対する想いの方が強いのだと思っている。
(頑張ってね、浩二くん。私は応援するよ!)
親友に恋した幼馴染を応援する香織はより一層に訓練に精を出す。
結果、倒れるまで訓練してしまった香織は雫に小一時間、説教を受けて浩二に苦笑されながら薬を渡されるのであった。