ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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主人公38

「おはようございます。浩二様」

目を覚ました浩二が最初に見るものはカーテンの隙間から差し込む朝日に反射して輝く銀色の輝き。その輝くような銀色の髪をしたメイド服姿の女性、ティニアがまだ意識が曖昧な浩二を優しく起こしていた。

「……もう、朝?」

「はい。そろそろ朝食のお時間ですので起こしに参りました」

「ん、ありがとう」

ティニアに起こされて上半身を起こす浩二は大きな欠伸をすると、ティニアはクスリと小さく笑みを溢した。

「遅くまで勉強を頑張るのはいいことですが、無理はなさらないでくださいね」

「うん」

「今日も遅くまで起きていたら私が寝かしつけに行きますからね。寝間着に着替えさせて、添い寝しながら子守唄を歌いますからね」

「…はい」

それは冗談ではなく本気だと寝惚けた頭でもすぐに理解できた浩二は思わず敬語で返事をしてベッドから出る。

「お着替えの手伝いはいりませんか?」

「いりません」

浩二はティニアを部屋から出して用意してくれている学生服に手を伸ばして制服に着替える。

今日も学校に行く為に。

(それにしても毎朝美女メイドに起こされるなんて羨ましい生活してるな、俺…)

今となってはいつも通りの朝だというのに感慨深くもそう思ってしまう。

ティニアは日本の文化を学ぶ為に日本の大学を選んで日本に訪れたまではよかったが、不幸にも事故に遭ってしまった。そこにたまたま近くにいた浩二が的確な応急処置を施したおかげで一命を取り留めることができ、助けてくれた浩二に恩返しがしたいということで今では浩二の家にホームステイしている。ちなみにメイドをしているのは本人の趣味だそうだ。

制服に袖を通して鏡で身嗜みを整えると浩二はふと違和感を覚えた。

(あれ? 俺の眼って片方紅色じゃなかったっけ? ……いや、そんなわけないか)

自分は生粋な日本人である為にオッドアイなわけない。まだ頭が寝惚けているんだなと、思いながら着替えてリビングに向かう。

「あ、おはようございます。旦那、失礼、浩二さん」

「うん、おはよう。後、旦那様じゃないから」

リビングに顔を出すと和服を着たエプロン姿の美女――エフェルが柔和な笑みで声をかけてきた。どうやら今日の朝食はエフェルが用意したみたいだ。

「本当の私の旦那様になって頂いてもいいのですよ? 勿論ティニアさんも一緒に」

「私もいつでも操を捧げる準備はできています」

「日本は一夫多妻制じゃないからね、二人共」

冗談? 交じりで朝からそんな会話をする三人はいつものようにテーブルに座って食事をする。浩二の両親が二人共医者ということもあってどちらも多忙の日々を送っていて家を空けることが多い。そんな両親が自分の子供を心配してお手伝いさんを雇ったのだ。それがエフェル。

エフェルは毎日のように甲斐甲斐しくも浩二の身の回りの世話をしてくれていて今となっては住み込みでこの家で働いている。

(いやまぁ、美女二人に好意を寄せられるのは悪い気はしないけど…)

浩二も鈍感ではない。二人が浩二に好意を寄せていることぐらい気付いている。だけど浩二には既に想い人がいるのだ。

そこにピンポーンとインターホンが鳴った。

「あ、やべ。もうそんな時間か」

残った料理を急いで食べて浩二は慌てて玄関まで行くとそこには幼馴染の雫が立っていた。

「おはよう、雫」

「ええ、おはよう。浩二」

幼馴染であり浩二が想いを寄せている女性――八重樫雫と共に浩二は学校に向かうのであった。

「あれ? 光輝達は?」

家を出ていつものメンバーである光輝、龍太郎、香織の姿が見えないことに怪訝すると。

「まだ寝惚けているの? 二人共部活だからもう学校に行っているわよ」

「え?ああ、そうだったな」

雫に言われて納得する。

光輝はバスケ部、龍太郎は空手部に所属していて高校生になってから一緒に登下校することが少なくなってきている。

「それに香織は南雲君と一緒に登校するようになったでしょ?」

「ああ、告白が成功して二人共付き合うようになったもんな」

ハジメと香織は付き合い始めてから毎日、一緒に登下校している。

ハジメに好意を寄せていた香織。その香織の初恋を浩二と雫は一緒に応援し、支え、励まし、高校二年生になってようやく告白に成功したのだった。

香織の告白が成功して雫と一緒に涙を流した。今では二人の熱愛ぶりにこっちが胸やけするような思いをしている。

「今となってはもう、私達二人だけね」

「……そう、だな」

光輝が、龍太郎が、香織が、前に進んで歩んでいる。そこに寂しさがないといえば嘘になる。

「いっそのこと、俺達も付き合ってみるか? なんて」

冗談のようにだけどちょっぴりだけ期待も込めてそんなことを口走る浩二に雫は頬を薄っすらと赤くして俯いた。

「か、考えておくわ……」

「え? あの、雫さん?」

思わぬ返答に戸惑う浩二はどういう意味か追言しようとしたその時。

「お姉様から離れろ!!」

そこに奇襲を仕掛けてくるのは一人の女子生徒。浩二と雫にとって後輩にあたるその女子生徒は朝から声を張り上げながら浩二に襲いかかる。

「まったく」

だけど浩二は臆さず、怯まず、それどころか呆れながら襲いかかってくる後輩の腕を掴んでそのままゴミ箱に放り投げた。

「ふべ!?」

頭から綺麗に入った後輩を無視して浩二は雫と共に何事もなかったかのようにスタスタと歩き始める。

「ちょっと先輩! 後輩をゴミ箱に投げておいて放置ですか!? この鬼畜!」

「朝から襲いかかってくる後輩に鬼畜呼ばわりされる筋合いはないぞ、後輩」

そう、浩二に投げられた後輩は雫のことをお姉様と慕い、お姉様に近づく害虫(おとこ)は駆除することも厭わない自称義妹。そしてその自称義妹のみで結成された組織が《ソウルシスターズ》だ。

この後輩もまたその《ソウルシスターズ》の一員である。

「朝から襲いかかるとはどういう了見だ? しまいによってはお前等ソウルシスターズ全員に三日三晩は収まらない腹下しの薬でも盛るぞ」

「なに平然と恐ろしいことを!? お姉様! やっぱりこの人は鬼畜の外道です! 離れた方がいいですよ!!」

「まったくあなた達は……」

お姉様の口からは溜息が出た。

「会長の言っていた通り、もう既に二人の女性を侍らせているというのにお姉様にまで毒牙にかけるなんて……ッ! 先輩! 人としてそれはどうなんですか!?」

「侍らせてもいねえし、毒牙にもかけてねえよ」

(美月ちゃんめ…。今度会ったらお仕置きしてやる)

光輝の妹である天之河美月はソウルシスターズ会長である。その会長の情報を元に後輩は朝から奇襲を仕掛けてきたようだ。

「とにかく、これ以上何かしてくるならケツに直接下剤をぶち込むぞ」

「ヒッ!?」

思わずお尻を守る後輩。

「浩二。それは止めてあげて」

本気でやりかねない幼馴染に流石に止めに入るお姉様。

「こ、この変態先輩! 鬼畜! サディウッ!?」

「浩二。おはよう」

「おう、助かった。イリエ」

後輩の意識を刈り取ったのは赤髪に褐色肌の女子生徒――イリエは手慣れた動きで後輩を荷物のように担ぐ。

「いつも助かる」

「問題ない。もう慣れたから」

女子生徒の後輩で唯一浩二の味方をしてくれるイリエは主を守る忠実な兵士のようにソウルシスターズの魔の手から浩二を守っている。

「他にも何人かソウルシスターズがいたけど全部片づけておいたから」

「相変わらずソウルシスターズの連携というか、結束力はどうなっているのやら……」

呆れを通り越してもはや尊敬の念すら抱くほどに。

「あたしはもう行くけど他はどうする?」

「放置でいいだろう。遅刻したらしたで自業自得だ」

「了解」

頷いて後輩を担ぎながら学校に向かうイリエ。

(本当に懐かれてるな……)

親のことについて相談してからイリエはこうして浩二のボディーガードのように動いている。浩二自身も助かるから文句などはないが。

(日頃のお礼も兼ねて今度飯でも奢ってやるか)

イリエに感謝しつつそのお礼について考える。

 

 

 

 

「はい、ハジメくん。あ~ん」

「えっと、香織さん。流石にここではちょっと……」

昼休み。恋人同士となったハジメと香織は一緒に昼食を取るようになって香織はハジメにおかずを食べさせようとするも流石に人目のある教室ではそれは恥ずかしいハジメはそれを口にはできなかった。

だがそんなハジメを睨む者がいる。

それはもう人をも殺しそうな鋭い眼差しでハジメを睨んでいる。その視線に気づいたのか、ハジメはそっとそちらに目を向けるとそこには香織の幼馴染である浩二が凄く目で訴えている。

‶香織の手料理が食えないって言うのか? ああ?〟

言葉は発していなくてもそう目で訴えている。それを見てハジメは悟った。これを食べなければ酷い目にあわされると。ゴクリと生唾を呑み込んで意を決したハジメは香織の料理を食べる。

「あ、相変わらず香織さんの料理は美味しいよ」

「えへへ、もっと上手になれるように頑張るからね」

嬉しそうに微笑む香織に満足そうに頷く浩二。ハジメはこれからもコレが続くと思うと胃が痛くなってきた。

「過保護」

「いや、雫も人のこと言えないだろうが」

「私はまだセーフよ」

浩二がハジメを睨まなければハジメの髪は数本宙を舞っていただろう。そして教室の壁にはシャーペンが突き刺さっていたかもしれない。

「いや、二人共香織に対して過保護過ぎるだろう」

「そうだぞ、二人共。南雲と香織はまだ付き合い始めたばかりなんだから二人のペースでやらせてやるべきだ」

香織に対して過保護過ぎる二人に呆れる龍太郎とそんな二人を諫める光輝。

「そういう光輝は変わったよな。以前のお前なら香織と一緒に飯を食べる南雲に何か言っていただろうにな。香織に甘えるなとか、香織に食事を用意させるなんてどういうことだとか」

「そんなことは……いや、言っていたかもしれない。だけど俺だって成長しているんだ。正しいことが全てじゃない。疑うことも大事だって」

以前のように自分の都合のいいことしか目を向けない光輝は成長してきちんと現実にも目を向け、疑うことを知った。きちんと幼馴染が成長してくれて浩二も雫も嬉しく思う。

(ん? というか南雲の傍にいたのは香織じゃなかったような……)

イチャつくハジメと香織の光景にどこか違和感を覚える。確か金髪の美少女だったような気がしてならない。

(いや、そんなわけないよな……)

今もこうして大切な幼馴染の恋が報われているんだ。それを疑うのはよろしくない。

「そういえば光輝、また女子に告白されたんだっけ? その女子と付き合うのか?」

「いや、今は部活に集中したいから丁重に断ったよ」

「ケッ、リア充が。女には困らないってか」

イケメンに思わず悪態を吐く浩二さん。

「いや、浩二も人のこと言えねえじゃねえの? 美女二人と同棲してんだからよ」

「一緒に住んでいるのと、彼女がいるのとはまた別問題です」

それとこれとは別問題のようだ。

「それよりさっきから気になっていたのだけど、浩二はさっきから何を聴いているの?」

「ああこれ?」

片方だけイヤホンを付けて何かを聴いている浩二に雫は尋ねると浩二はイヤホンを外して雫に付ける。

「リリィから送られてきた新曲」

「ああ、あのアイドルの」

浩二の答えに納得する雫。

人気上昇中のアイドルリリィ。男女問わず絶大とも言える人気を誇るリリィから贈り物を聴かないわけにはいかない。

(まさかアイドルと知り合いになれる日がくるとは……)

路地裏で屈強な男に強姦されかけた時に浩二が助けた相手がリリィだった。それからリリィは今回のように新曲やチケットなどを浩二に送っている。

「……なんだか浩二の周りには女の人しかいないわね」

「そんなことねえよ、雫。光輝じゃないんだから」

そんなまさかと、笑う浩二。しかし雫は‶冗談よ〟とは言わなかった。

 

 

 

 

「さぁ、浩二! 今日も勝負(デート)ですわ!!」

「鬱陶しいのが来やがった……」

放課後、八重樫流の道場で雫や他の門下生と共に鍛錬に励んでいた浩二の下にいつものように現れたのは金髪碧眼の美少女であるレイナがやってきた。

「今日こそはこちらにサインをして頂きましてよ!!」

取り出したのは婚姻届。既に片方には名前が記されている。

「誰がサインするか!? 国へ帰れ!!」

「お断りしますわ! さぁ、勝負(デート)ですわ!!」

木剣を片手に有無言わずに襲いかかってくるレイナに浩二は今日も相手をするのであった。そして師範を含めた他の門下生は浩二を助けに入ることなくむしろ茶菓子を用意して観戦モードに入っている。どう見ても面白がっていることにイラッと腹を立てる。

こうなったのもレイナは道場破りの如く八重樫流の道場にやってきて勝負を申し込んできた。そこへ師範である雫の父親、虎一さんがまずは門下生である浩二を相手にするように告げられた。

八重樫流の門下生である以上は負けるつもりはない浩二はレイナに勝利したのだが、その勝負をきっかけにレイナはこうして毎日のように浩二を自分の夫にしようと勝負(デート)をしている。

「国へ帰れ! 戦闘狂はお断りだ!」

「つれませんわね! ですが頑な貴方を頷かせるのも一興ですわ!」

「もうやだこいつ!!」

更に戦意を燃やすレイナに嫌々ながら対応する浩二。道場の隅で観戦しながら野次を飛ばす門下生達は後でしばき倒すと心に誓う。

それから少しして今日の勝負(デート)も浩二の勝ち。負けたレイナは「明日も来ますわ!」という言葉を残して道場を後にした。浩二は「もう来るな!」と叫んで塩をまいた。

レイナが去った後、浩二は師範と門下生をしばき倒しにかかる。

 

 

 

 

「痛っ!? 雫、もう少し優しくしてくれ」

「これぐらいがいい薬よ。まったく無茶をするんだから」

浩二は師範や門下生達をしばき倒そうとするも多勢に無勢。数の差には抗えずに敗北して稽古後に傷の手当てを雫にして貰っていた。

「クソ、師範達め。今度は毒針でも仕込んで口から泡でも吹かせてやる」

「毒は止めなさい、毒は」

やられた分はやり返す。怒りを燃やす浩二を諫めるように告げる雫の口からは息が漏れる。

「はい終わり」

「おう、サンキュ」

手当てが終えて立ち上がる浩二は着替えようと更衣室に向かう。

「あ、浩二」

のだが、雫に呼び止められてしまった。

「どうした?」

「えっと、その……浩二は私のことが好き?」

「え?」

予想外な内容に浩二は目を丸くする。しかし、雫は頬を赤くしながらも言葉を続ける。

「私は浩二のことが好きよ。家族としてではなく一人の男の人として……」

「雫……」

「自分でもおかしいとは思っているのよ? だってこれまでずっと幼馴染、ううん、家族として接してきたもの。私が貴方に抱く感情は家族愛、親愛のようなものだと思っていたわ」

だけど。

「けど、けどね、最近になってようやく自覚したの。だって貴方の周りには女の人ばっかりなんですもの。貴方が私以外の女の人と話をするたびに私の胸は痛いのよ……」

胸に手を当てて雫は想いを口にしていく。

「そのことを香織に話したら‶それは恋だよ、雫ちゃん!〟ってまるで自分ごとのように話してくれたわ」

その姿が目に浮かぶ。

「この想いを伝えるべきか本気で悩んだわ。私なんかよりも魅力的な異性に囲まれている貴方に余計な負担を抱えさせるべきじゃないって。だけど」

雫は浩二に寄り添って想いを告げる。

「私は浩二が好き。だから私を選んで」

まさかの相思相愛。浩二が雫のことが好きだったように雫もまた浩二のことが好きだった。そんな人からの想いを聞いて以上、浩二の答えは決まっている。

本来であれば男である自分の方から言うべき筈なのに、言えなかった自分が情けなく思うも浩二は雫に自分の想いを伝える。

「雫、俺も――」

―――……ごめんなさい

お前のことが好きだと、言おうとするも突然その言葉が頭の中に響いた。

―――……そっか

再び、声が聞こえる。

そして浩二の胸に激しい痛みが走る。

「ぐっ!」

「浩二!?」

思わず胸を押えて膝をつく浩二に雫は声を荒げた。

息を荒げる浩二はその痛みを知っている。

(ああ、そうだ、俺は……)

胸に走る痛みと共に記憶が駆け巡る。日本ではない別世界で浩二は既に自分の想いを雫に告げてフラれたという事実に。

痛かった、苦しかった、辛かった。もう何もかもが崩れ落ちてしまうぐらいに悲しかった。

たった一言のごめんなさいという言葉に。

(どうして俺はそんなことを忘れていたんだ……。忘れて、今の甘い生活に溺れていたんだ……)

雫にフラれたあの日の一夜。それは決して忘れてはいけない思い出(きず)。それを忘れて今の世界に溺れていた自分があまりにも恥ずかしかった。

「浩二。大丈夫なの?」

心配そうに身を案じてくれる。そんな雫がどうしても愛おしくて仕方がない。

「……本当に大迷宮は原作知識があっても油断できないな」

苦笑いを浮かべながらそうぼやいて浩二は立ち上がると、そこには道着姿の浩二はいない。異世界で変化した片目は紅色に戻り、恰好も元に戻った。

「浩二、その恰好は……」

突然の浩二の変化に戸惑う雫。浩二は雫の頬にそっと手を当てる。

「ごめんな、雫。俺は行くよ」

「行くってどこに……?」

「この夢のように甘い世界じゃない。元いた現実の世界に」

その言葉に雫は驚き、そして縋るかのように浩二に身を寄せる。

「お願い! ここにいて! なんでもする! 私にできることならなんでもするから!」

瞳に涙を溜めながら悲痛な声をあげる雫に浩二は思わず頷いてしまいそうになった。例え偽物だとわかっていてもこの夢の世界に、理想の世界に雫や皆と一緒にいたいとそう思ってしまうから。

(嘘だと言いたい、抱きしめて傍にいると言いたい…)

込み上げてくる想いをぐっと噛みしめる。

「ごめん」

雫の肩を掴んで自分から引き剥がす。

「……どうして、なの?」

理想通りの世界のはずなのに、それを振り切ることができるのか疑問の声が上がった。

「俺の本当に欲しいモノはこの世界じゃ決して手に入らないからだ」

それは雫からの告白の返事。雫の本心。それはこの世界では決して手に入らない想い。

「だから行かないといけない。現実の世界に戻って返事を聞かないと」

踵を返して目の前にある扉に手をかけると。

「……合格ですわ。甘く優しいだけのものに価値はない。与えられるだけじゃ意味がない。たとえ辛くとも、苦しくとも、現実で積み重ね、紡いだものこそが貴方を幸せにするのです。忘れないでください」

それは雫とは全く異なる声音。女性的にも男性的にも聞こえる。だが、酷く優しい声音だ。

浩二は意識が途切れる前に。

「その言葉、忘れない」

最後にそう告げた。


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