ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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主人公39

背中と後頭部に当たる冷たく硬い感触と乾いた空気。それを感じて、僅かに微睡んでいた浩二の意識は急速に浮上した。

「ここは……」

頭を振りながら身体を起こし、サッと周囲を確認する。

光源は一切なく真っ暗闇だったが、改造した浩二の瞳には暗闇など関係ない。その結果、どうやら気を失う寸前に入った巨樹の洞と同じような、されど二回り大きい場所にいると分かった。

ただ一点、ドーム状の空間の中に規則正しく円周上に置かれている人一人がすっぽり入れるぐらいの、柩のようなモノがあった。

浩二が目を覚ました場所は円周上に並ぶそれらの内の一つ。部屋の中央は特に何もない。周囲の壁にも出入り口らしきものは一切なかった。

浩二は「ああ、そっか…」と原作知識を思い出して一人納得し、念のために棺から出て全員無事かどうか見て回る。

「どうやら南雲より俺の方が早かったみたいだな……」

琥珀のように黄褐色の物質の中で目を閉じて静かに横たわっているハジメ達。大迷宮で姿が変貌していたユエ達も元の姿に戻っていることにホッと一息ついた。

泡沫の夢。

甘い蜜で誘い、一度捕えれば二度と放さない食虫植物の如き仮初の世界を、皆が見せられている。そして、あの世界から脱出できれば、現実において目の前の琥珀の檻から解放される。

浩二はそうだとわかっていながらも危うく誘惑に負けてあの世界に囚われたままだっただろう。

(皮肉だな…。雫にフラれたからこそ脱出することができたなんて……)

雫が閉じ込められている琥珀を見つめながら浩二はおかしそうに笑った。

もし、あの夜の告白が成功して恋人同士になっていれば、告白もせず、まだ幼馴染のままの関係に甘えていればきっと脱出することはできなかっただろう。

あの日、あの夜に雫に告白して玉砕し、フラれた痛みと悲しみを知ったからこそ脱出することができた。

「早く答えを聞かせてくれよ、雫……」

雫の眠る琥珀に触れながらそう呟く。

またあんな想いをするかもしれない恐怖や不安がある。そんな想いをするぐらいならいっそのこと諦めてしまえばいいとさえ思うことだってある。

だけどそれでも浩二は待ち続ける。家族のように過ごしてきた雫が悩み、考え抜いた答えを雫本人の口から聞くその時まで。

すると琥珀の一つが仄かな光を放ち始めた。それを見て浩二はその光る琥珀に近づくと光は徐々に収まっていき、次に端からトロリと溶け始めた。

溶けた琥珀はそのまま棺自体に吸収されるようにして消えていき、五分もしない内に琥珀は完全に消えてしまった。

「っ……ここは……」

「おはよう、南雲」

目を覚ましたのは南雲ハジメ。起きたハジメに声をかける浩二にハジメは小さく息を吐いて言う。

「どうやらお前の方が早かったみたいだな、平野」

「俺もさっき目覚めたばかりだから対して違いはないだろう」

「…ユエ達は、どこだ?」

目を覚ましてすぐにユエ達の安否を気にするハジメに浩二はユエが眠る棺を指すとハジメはその棺に近づいて本物のユエが眠っていることに安堵する。

「姿を変えられたティニア達は皆、元に戻ってる。そしてあの夢の世界の誘惑から脱出できたら現実に戻って来られるみたいだ」

「ああ、ところで平野はどんな夢だったんだ?」

「元の世界で皆がいて平和な日常の中で雫に告白された夢。南雲は?」

「俺も、この世界に召喚されず、平和な日常の中でユエやシア達と過ごしていくって夢だったな。……おそらく、過去に受けた大きな苦痛を伴う出来事をなかったことにして、その上で今ある幸せを組み込んだ世界を見させられるって感じなんだろう」

ハジメの推測に浩二も思わず納得してしまう。

確かに浩二にとって雫に告白してフラれる。今でもあれ以上の苦痛などない。そういう意味ではハジメの推測は正しいと言える。

そう推測したハジメはユエの琥珀の棺に腰掛けると、目を閉じて横たわる愛しい恋人にそっと手を伸ばした。もちろん琥珀に阻まれて手は届かないが、それでもユエの顔をなぞるように手を這わせる。

「俺は雫達の方を見てくる」

「……ああ」

早く会いたい。そんな想いを抱くハジメの気持ちに察した浩二はそっとハジメ達から距離を取った。すると別の琥珀の棺が光を放ち始める。

ユエのではない。いや、ユエのもではあるが二つの琥珀の棺がほぼ同時に光を放ち始めて徐々に収まっていく。そして琥珀が棺に完全に吸収されて目を覚ましたのはユエと……。

「おはよう、ティニア」

「浩二様……?」

ティニアだ。目を覚ましたティニアはまだ意識がはっきりしておらず、状況も呑み込めていない為にただ一心に浩二を見つめる。浩二はそんなティニアをそっと抱き寄せる。

「どんな夢だったか訊いてもいいか?」

「……私が浩二様の特別になって王都の医療院で皆様と共に働いている夢を見ていました」

「そっか」

「ですが、私は浩二様の特別ではないと気づいて戻って来れました」

「後悔しているか?」

浩二にとって特別は雫。それは何があっても決して揺らぐことはない。それでもティニアは浩二の特別という椅子に座ろうと浩二に尽くしている。そのことについて後悔しているのかと思い尋ねるもティニアは首を横に振った。

「いえ、後悔など微塵もありません。貴方様が私のことも愛してくださることに変わりはありません。ですが少しだけ我儘を申してもよろしいでしょうか?」

「ああ、なんでも言ってくれ」

「もう少しだけこのまま抱きしめてください」

「ああ」

背に腕を回して抱擁する二人。近くから咳払いのような異音が聞こえるも無視して互いの温もりを確認し合うように抱きしめ合うと別の琥珀の棺が光を放ち始めた。

「ぬがぁー!! ご主人様の折檻はそんなに生温くないわぁーっ! 一から出直してくるんじゃな!」

ティオであった。

部屋全体に響き渡るような声を共に宙に拳を振るうティオにハジメ達は思わず、無言となり蔑んだ眼差しを向ける。特に、ハジメの目が冷たい。ツンドラだ。理想の世界で、自分は何をやらされていたのか、と。

その視線を受けた途端、ティオの背筋がブルリと震えた。軽くうっとりした表情になりつつパッと振り返り、そこに極寒の眼差しがあることを認識して更に身体を震わせる。

そして、ハジメと視線が合うや否や、飼い主を見つけたワンコの如く走り出した。

「ご主人様ぁ~、ただいま戻ったのじゃ~! 愛でておくれ~!」

ル○ンダイブを決めながら飛び込んでくるティオにハジメはドンナーしようと手を伸ばすも。

「お戯れもほどほどにしてくださいませ、姫様」

「ぐふっ!?」

いつの間にか目覚めていたエフェルがティオの衿を掴んでティオの変態的奇行を止めたのであった。

「エ、エフェル……。お主も無事に戻って来れたようじゃな……」

「はい。おかげさまで。ところで姫様、ちょっとお話がありますのであちらの隅にまでお越し頂けますか?」

笑顔のまま部屋の隅を指すエフェルにティオは冷汗を流す。

迫力の秘めた笑顔と声は返答など求めていない。ティオの意志など関係なく連れて行くつもりである。

「南雲ハジメさん。少しだけティオ様をお借りしますね」

「おう」

「ご主人様!?」

笑顔で了承するハジメにティオは悲痛の顔で助けを求める。だが、現実は残酷だ。この場でティオを助ける者など誰一人いなかった。

「旦那様。それにティニアさんもお目覚めになられてなりよりです。申し訳ございませんがお話は後でよろしいでしょうか? 至急、やらなければならないことができましたので」

「ああ、後でゆっくり話そう」

「ありがとうございます。それとは別に後で私もティニアさんのように甘えさせてくださいね」

「存分に甘やかしてやる」

浩二の言葉に破顔の笑みを浮かべるエフェルはティオを引きずりながら部屋の隅にまで行くとティオを正座させて何か言っているが浩二達は聞こえないふりをするのであった。

そして別の琥珀が輝いた。

次に脱出してきたのはイリエ。浩二はティニアから離れてイリエの傍まで歩み寄るとイリエは浩二を視認するとその胸に顔を埋めてきた。

「どうした?」

慰めるように頭を撫でながら尋ねるとイリエはどんな夢を見ていたのか話した。

イリエが見た夢は父も母も生きていて戦争が終わった世界で家族と浩二達と一緒に幸せな生活をしていた。戦争が終わった未来の夢を見せられていたらしい。

「だけど、そうじゃない。あたしの家族はもういない」

多くの魔人族の為に、これからの平和の為に異を唱え続けた結果、イリエの父親はフリードの手によって斬首され、一族郎党神罰が下された。

そして母親と共に逃走するも母親はイリエを守る為に自ら命を断った。それは変えることのできない事実。

「あの夢の中にいたかった…。父さんと母さんがいるあの夢の中に。だけどあたしの家族はもういない。だからあたしは父さんが為そうとしていたことを為すと決めた。魔人族の未来の為にフリード様達と戦うと」

「そうか」

甘いあの夢の世界にいたい気持ちを抑え込み、己の果たすべきことを為す為にイリエは戻ってきた。自分を見失うことなく己の意志で戻ってきたんだ。

「頑張ったな。少し休んでいろ」

「うん…」

戻ってきたイリエを励まして休ませる。イリエも今だけはその言葉に甘えて休みを取る。いくら幼少の頃から軍、兵士として心身共に鍛えられていたとしても心の痛みは意志や身体の強さに関係ない。休める時は休むべきだ。

(香織の方も起きたか…)

見れば香織も目を覚ましていた。ユエに弄られている所を見る辺り、夢の中で色々とあったのだろう。

「生温いですわ!!」

そんな声と共に飛び起きてきたのはレイナだ。飛び起きると同時に周囲を見渡すと浩二を発見、ロックオン。跳ねるように跳躍して拳を握りしめて浩二に寝起きの一撃を与えんとするも。

「‶回復パンチ〟」

「ふぐっ!」

あっさりと反撃されてレイナの顔に浩二の拳が入ってレイナは殴り飛ばされるも満足そうに笑みを見せる。

「それでこそ私の夫ですわ。やはり、あのような夢などクソ喰らえですわね」

「夢の中で俺に何をさせた」

殴ると同時に回復魔法をかけたおかげでレイナは無傷だが、普段よりも口調が少し汚い。

「まったくもってつまらない夢ですわ。あのような戦いで浩二に勝って私の夫になるだなんてちっとも嬉しくもなんともありませんわ。やはり浩二は容赦も情けもなく徹底的に攻めてこそ浩二ですわ!」

「人をそんな鬼畜みたいに言うな」

どうやらレイナはいつもの勝負(デート)で浩二に勝って浩二を自分の夫にしたようだが、そんなつまらない勝負(デート)に勝ったことに不満を抱いていたら戻って来ることができたみたいだ。

流石の大迷宮も頭のおかしい戦闘狂を満足させることができる夢は見せられなかったようだ。しかし、これでハジメ達そして浩二達は全員帰還することができた。残されているのは光輝達のみ。一時間休憩した後で強制脱出する事に決定した。それまでは光輝達が自力で脱出するのを待つことにした。

それから食事を取りながら休息を取っていると琥珀の一つが輝き出した。

「あの琥珀は……鈴ちゃん!」

「意外じゃな。妾は雫だと思っておったが……」

「まぁ、谷口は気合が入っていたしな」

雫よりも先に鈴が先に夢の世界から脱出することができた。香織は一目散に駆け寄り、起き上がろうとする鈴を支える。そして鈴は辺りを見渡して顔を暗くする。

「そっか……恵理はいないんだね……」

それだけでどんな夢を見ていたのか察した。香織はそっと鈴を抱きしめて鈴を慰める。鈴も無事に戻ってきてハジメ達は各々で休息を続けること約三時間ほど待っていても出てくることはなかった。

「そろそろ潮時かもな……」

「……ん。確かに」

「ですね。……区切りをつけないとキリがないですし」

ハジメが琥珀を見つめながら、遂に強制脱出を切り出す。ユエとシアも、そろそろ仕方がないかと同意を示した。しかし、そこに香織達がストップをかける。

「でも……もう少し、もう少しだけダメかな? 雫ちゃん達ならきっと……」

「そうだよ。鈴だって戻って来れたんだから」

「南雲。もう少しだけ頼む」

雫達の必死さ、神代魔法を手に入れようとしている気持ちを知っている為にもう少しだけ雫達が自力で脱出できるだけの時間を懇願する。香織達にハジメも肩を竦めてもう少しだけ待つことにした。

その直後、遂に琥珀の一つが輝き出した。

「雫、だな」

溶け出していく琥珀を見て、香織は一目散に駆け寄ろうとしたが、先に動く浩二の姿にその足を止めて優しい眼差しを向ける。雫は少し呻き声を出しながらも直ぐに目を覚まし、体を起こした。

「ここは……浩二?」

目を覚ました雫に浩二は雫を抱きしめた。

「ちょっ!? え!? こ、浩二!?」

突然抱きしめられた雫は顔を赤くしながら困惑するように声を荒げるも。

「何も言わないし何も聞かない。ただ少しの間だけこうさせてくれ」

優しく、だけど大事なモノは確かにこの腕の中にあると言わんばかりに強く抱きしめる浩二の言葉に雫はそれ以上は何も言えず、ただ浩二の腕の中で借りてきた猫のように大人しくなる。

その光景にハジメとユエはニヤニヤと笑みを浮かべ、シアはハジメをチラチラと見ながら私もあんな風に抱きしめられたいですと、言いたそうな目をハジメに向ける。

ティニア達はやはりと思いながらもそれでも雫に対して羨望や嫉妬の眼差しを向ける。浩二にとって‶特別〟は雫だけ。そうわかっていても羨ましいと思ってしまう。

そして香織は中々素直になれない子供の成長を見守る母親のような慈愛に満ちた表情で二人を見ている。

約十秒間、雫を抱きしめていた浩二は雫を解放した。

「悪いな、雫。少し休んでいろ」

「え、ええ……」

満足したのか、雫の傍から離れる浩二に雫はただ頷く。そして今度は浩二の代わりに香織が雫の傍までやってきた。

「雫ちゃん、お帰りなさい」

「ええ、香織。ただいま」

親友の姿にいつもの調子を取り戻す雫。これで残りは光輝と龍太郎の二人は雫が精神的な疲れも十分に回復するまで待っていたが未だ戻ってきていない為に強制脱出が決定された。

と、思いきや……。

「へぇ、意外だな……」

強制脱出を行おうとした直前に琥珀の一つが輝き出した。溶け出していく琥珀。そして棺から呻き声を出しながら起き上がってきたのは……。

「ギリギリだったな、龍太郎」

「浩二……?」

目を覚ましたのは龍太郎だ。強制脱出を行う直前に龍太郎は夢から目を覚まして戻ってきた。

(まさか龍太郎も目覚めるなんて……)

幼馴染の龍太郎が無事に戻ってきたことに安堵しながらも内心驚愕に包まれている。原作では光輝、龍太郎、鈴の三人は夢から目を覚ますことなく香織の手によって強制脱出させられるはずだった。だが、鈴に続いて龍太郎まで戻ってきたことは浩二も予想外なことだった。

「ということは戻って来れたのか? 光輝は?」

目を覚まして光輝はどうなったかを尋ねる龍太郎に浩二はまだ眠っている光輝を指して答える。

「まだ目を覚ましていないのは光輝だけだ」

「……そうか」

まだ起きていない親友の姿に肩を落とす龍太郎に浩二はどんな夢だったのかを訊いてみた。

「ところで龍太郎。どんな夢を見てたんだ?」

「あ~、その、なんだ……」

「? まぁ、言いたくないのなら別にいいけど」

龍太郎にしては珍しくもはっきりしない言葉に浩二は深追いはしなかった。言いたくない事だってあるのだろうとそう自己解釈して龍太郎に食事を用意させて休ませる。

それからある程度の時間が経つも光輝が目覚める気配はなかった。

「なぁ、南雲よぉ。もう少しだけ待ってやってくれねえか?」

「気持ちはわからなくもないがもう十分待ってやった。そろそろ区切りをつけねえといつまで経っても先には進まねえぞ」

龍太郎が待ったをかけるもハジメはもう待つ気はなかった。ハジメの言う通り、もう十分と言っていいほどに時間は与えた。これ以上はこれから先の迷宮攻略にも支障が出るからハジメは龍太郎の頼みを断った。龍太郎も龍太郎でハジメの言葉に何も言い返せず、仕方がないと口を閉ざした。

「――‶分解〟」

そして香織の分解能力によって琥珀は空中に霧散して完全に分解される。一応用心として光輝に異常がないかをチェックするが何も問題がなかったことに安堵する。

「……あ? あれ、香織? 雫? ここは? 俺は二人と……」

そう時間もおかずに光輝は目を覚ました。

(光輝は無理だったか……)

龍太郎が目を覚ましたからもしかしたらとは思っていた。だが、現実は甘くはなく光輝は失敗した。光輝自身も先程まで見ていたのが夢だったのだと理解し、自分だけが失敗したことに暗い表情で拳を震わせる。

 

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