ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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主人公40

理想の世界から脱出することができたハジメ達は部屋の中央に出現した魔法陣で次のステージに送られた。そこは最初と同じ樹海の中だった。だが、最初のどこに向かえばいいのか見当もつかないような広大さはなく、天井も向かうべき目標も見えていた。

見れば、他の木々がほぼ同じ高さであるのに対して、一番奥に一際巨大な樹がそびえ立っていた。セオリーからして、新たな転移陣のある場所だろう。

「今回は全員いるみたいだな」

ハジメは目を細めながらメンバーに視線を巡らせて浩二に確認を取るかのように視線を向けるも浩二も問題ないかのように頷く。

ハジメと浩二。二人の眼も感覚も本物だと示している為に一様はほっと肩の力を抜いた。

鬱蒼と茂る樹海と、遠くに見える巨樹を見て、ハジメが出発の号令をかける。チラリと肩越しに振り返れば、未だどこか表情に影が差している光輝の姿があった。

唯一一人だけ先の理想の世界から脱出することができなかった光輝の瞳には暗い影を宿し、何かを堪えるように務めて表情を消す有様から、酷い危うい印象を受ける。

ここは大迷宮。殺意高めの魔境だ。ほんの一秒後には絶体絶命の修羅場に陥っても全くおかしくない場所。いつまでも引きずっていては命に関わる。

そこでハジメはそんな光輝に一言物申そうとするが。

「光輝」

その前に浩二が光輝に声をかけた。

「どんな夢を見ていたのかは知らないが、さっきの試練をクリアできなかったのは紛れもない事実だ。お前がどう思おうともそれは変わることができない現実だ」

多少辛辣のある物言い。その言葉に光輝が何か言おうとするがその前に浩二は言葉を続ける。

「あの理想の世界が現実ならどれだけいいのか、その気持ちはわかる。だけどそうならないからこそ現実は残酷なんだ。そして、その残酷な現実に俺達は歯を噛み締めて、それでもと前に進む」

綴る言葉。浩二は光輝を指して言う。

「お前はここで足を止めるのか? 光輝。たった一回の失敗で立ち止まってしまうのか?」

浩二の瞳はじっと光輝を見据える。

その瞳を向けられた光輝は何かを言いたそうに何度も開こうとするも閉ざす。

光輝もわかっている。自分だけが先の試練をクリアできなかったことぐらい。ここで胸に抱く感情を浩二にぶつけたところで何の解決にもならない。

光輝は一度瞑目して何度も深呼吸をして空気と共に胸にある感情を吐き出すと、パンッと自分の頬を叩いた。

「立ち止まらない。浩二、俺はまだ前に進める!」

目に力が戻った。調子を取り戻した光輝に浩二も満足そうに頷いて「流石は勇者様だ」と軽口と共に肩を軽く叩いた。それに続いて龍太郎も「やってやろうぜ! 光輝!」と肩をバシッ! と強く叩く。

「そうだよ! まだ挽回のチャンスはある筈だよ!」

「ええ、一回ミスしただけで攻略が認められないわけではないわ」

鈴も雫も光輝を励ます。

周囲の励ましもあってやる気を取り戻した光輝にハジメは視線を前に戻して巨樹を目指して真っ直ぐ進む。

樹海は、虫の鳴き声一つ聞こえない静寂で満ちている。風すら吹いていないので葉擦れの音も聞こえない。それが逆に薄気味悪く、まるで嵐の前の静けさのようだ。

緊張感と警戒心を満ちた鋭い視線を周囲に飛ばし、ハジメは偵察用のアーティファクト多目的蜘蛛型ゴーレム‶アラクネ〟を先行させているも特に何もなかった。

そう感じていたその瞬間に異変が訪れた。

「……ん? 雨か?」

「ほんとだ。ぽつぽつ来てるね」

突然、頭上から感じた水気に光輝は顔をしかめる。それに鈴が手をかざしながら同意する。が、次の瞬間、顔を見合わせると総毛立った。気が付いたからだ。

この場所で、雨が降るなど絶対にあり得ないと。

「チッ。ユエ!!」

「……んっ。―――‶聖絶〟」

ハジメがその異常性にいち早く反応しユエに呼びかける。ユエは阿吽の呼吸で障壁を展開した。

直後、ザァアアアアッと、スコールじみた激しい雨が降り注いだ。

際どいタイミングで間に合ったユエの‶聖絶〟が雨の侵入を防ぐ。だが、誰も安心などしなかった。むしろ、その表情はますます強張っている。

当然だろう。降り注ぐ‶それ〟は障壁の表面をどろりと滑り落ちていくのだから。

どう見ても雨水ではない。

「南雲君、周りがっ」

この状況でも冷静に目を凝らして障壁の外を注視していた雫が、緊迫した声音でハジメを呼ぶ。その視線の先には、木々、草、地面、あらゆる場所からにじみ出てくる乳白色の何かの姿があった。

それを見て浩二はティニアに視線を向けるもティニアは首を横に振った。

天職が‶探索者〟であるティニアでさえ察知することができなかった。それだけではなく……。

「スライムか? クソッ。気配遮断タイプにしても、魔眼石にすら感知されないなんてどんな隠密性だよ」

「俺の魂眼でも視えなかった。大迷宮は本当に厄介だな!」

ハジメも浩二にすらも感知することができなかった。

先の試練に続いて原作知識があったとしても手の打ちようがない大迷宮の試練。その厄介さは知っていたとしてもどうすることもできない場面が続いている。それだけ大迷宮が厄介だと証明しているのだ。

「南雲! 浩二! 足元からも来たぞ!」

足元の地面からも乳白色のスライムが噴き出してきた。

「きゃっ、このっ―――‶分解〟!」

突然、足元からドバッ! と飛び出した乳白色スライムに、膝下まで吞み込まれた香織が急いで‶分解〟を発動する。

さらさらと細かな粒子となって崩れ去っていく乳白色スライム。

「オラッ。引っ付くんじゃねぇ!」

龍太郎が、背後からガバッと面積を広げて覆い被さろうとしてきた乳白色スライムに拳を叩き込む。籠手型のアーティファクトの効果で浸透勁にも似た衝撃が伝わるのだが、乳白色スライムは爆散して周囲に飛び散った。

「ちょっ、バカ、龍太郎! こっちにも飛び散ってきただろう!」

「この脳筋! 思いっきりかかったじゃない!」

「お? すまん、すまん!」

「うぇ~。ネチョネチョだよぉ。気持ち悪いよぉ」

「……あたしなんて頭から」

光輝と雫が、豪快かつはた迷惑な龍太郎の倒し方に抗議の声を上げた。べっちょり被った鈴は半泣きになり、その鈴の傍にいたイリエは目が軽く死んでいる。

「全く、大丈夫か、しず―――」

「ええ。大丈夫よ、光輝。こいつら案外簡単に死ぬわ……って、どうしたの?」

「えっ、いやっ、なんでもないぞ! ああ、なんでもない!」

「?」

光輝の慌てた様子に雫は首を傾げた。

その理由は乳白色スライム―――もとい、その身体を構成するどろりとした乳白色の粘液にある。つまり、雫達の見た目は非常に不味いことになっている。

(……あとで光輝と龍太郎の記憶から抹消しておこう)

無論、当然その理由に気付いている浩二は後のことを考えて後で光輝と龍太郎の記憶からこのことを消しておこうと決めた。

ハジメ達そして浩二達もそれぞれの方法で乳白色スライムを消していく。運が悪い事にティオはシアが吹き飛ばした乳白色スライムの飛沫をもろに浴びてしまった。絵面的に完全アウト。しかし、最初の数滴や僅かに飛び散った飛沫はこの場にいる全員に付着している。

‶分解〟を持つ浩二、ティニア、香織、雫は最も被害はないが、今なおスライムが豪雨となって降り注いでいる。地上で波打つスライムの群れは、まるで乳白色の海のようだ。

「ユエ。結界は頼むぞ。一切合切、全部焼き滅ぼすから」

「……んっ。任せて」

その言葉通り、ハジメは一切合切、全部焼き滅ぼした。

クロスビットによる絨毯爆撃、円月輪から転移・放出されるタールの豪雨。それによって乳白色スライムの海は瞬く間に紅蓮の海に塗り替えられ、凄絶な熱量の炎が樹海ごと空間を舐め尽くし、、発生した上昇気流が緋色の尖塔を築き上げる。

まるで過激なテロリストの如き樹海を焦土に変えていくハジメに光輝達は顔を引きつらせ、鈴に至っては雫にヒシッと抱きつく。

そうして全てのタールが燃え尽き、一部溶岩化した地面と、灰燼に帰した樹海、ぷすぷすと煙を上げる炭化した何か。ひとまずは目に映る範囲の乳白色スライムは焼き払ったが、まだ油断はできない。余裕ができた今の内に休息を取ろうするも、不意に結界が消えた。

それだけではなく。

「浩二様……」

「……旦那様」

ティニアとエフェルは火傷しそうなほど熱い吐息をし、うるうると潤んだ瞳と共に浩二にその身を摺り寄せる。ハジメも同様、ユエとシア、それだけではなく香織までもハジメに熱のこもった瞳を向けている。

光輝達も例外ではない。

「うぅ、うぅ……なにこれぇ」

「くぅ……」

自分を抱き締めるように蹲る鈴に、イリエは必死に歯を噛み締めながら耐えている。

「うぉぉぉ……おおっ!!」

龍太郎も耐え難い何かに抗っているが、急に叫びをあげると同時に地面に頭を叩きつけて動かなくなった。どうやら正気を失う前に自らの意識を断ったようだ。

光輝は血走った目で傍らの雫を見つめており、おもむろに立ち上がると雫へと手を伸ばし始めた。

「ふぅふぅ……っ、負けて、たまるものですか」

雫は身悶えた後、グッと唇を嚙めた。ツーと血が滴り落ちるのも気にせず、むしろ、その痛みで僅かに正気が戻った隙に、すっと背筋を伸ばして座り直して瞑目し、その後は微動だにしない。

雫の名を呟きながら、正気の感じられない眼差しの光輝が、直ぐ傍まで迫っている。

「‶縛煌鎖〟」

だが、そんなことを許す浩二ではない。ジャラジャラと音を立てながら地面から無数の鎖を生み出し、光輝を拘束する。振り解けないほどにきつく。

「これは媚薬ですわね」

「うむ。レイナの言う通り、どうやら、あの魔物の粘液は、強力な媚薬になっておったようじゃな」

不意にかかった声。レイナとティオは平然とした表情、かつ、しっかりした足取りで、異常事態の考察までしていた。

「帝国でもよく使われておりますのですぐに気付きましたわ。叔父に盛られたこともありますし。とはいえ、ただの媚薬ではないようですわね」

「そうじゃな。強烈な快楽作用で魔法行使すら阻害しておる。時間が経てば経つほど正気を失い、快楽のまま性に溺れることになるじゃろうて。厄介なのは、これが実は粘液に媒介した物理的な作用ではなく、精神的な作用だという点じゃ。敢えて称するなら、‶媚薬〟ではなく‶媚法〟の固有魔法というべきか。状態異常の魔法の一種じゃな」

理路整然。ティオの鋭い考察が朗々と語られる。

「ご主人様が無事じゃったのは、浴びた量が最初の雨粒数滴で、後は‶纏雷〟で全て弾いたからじゃろう。数滴程度では、ご主人様の耐性を突破できなかったのじゃろうな」

ティオはチラリと浩二を見る。

浩二も間違いなく乳白色スライムの飛沫を浴びている。それなのにどうして平然としていられるのか?

それに浩二は答えた。

「魂魄魔法を応用した‶魂殻〟って技だ。簡単に言えば見えない鎧を纏っている。南雲の‶纏雷〟同様に俺もこれで防いだし、そもそも状態異常は俺にはさほど効果はない」

己の身体を改造して浩二には毒物を始めとした状態異常系の魔法もほぼ通用しない。

「これも試練なんだろうな。この後で絆が保てるかどうか……」

ティニアとエフェルに魂魄魔法の力で精神を落ち着かせながら浩二はハジメを見た。ハジメも同じ気持ちを抱いていたのか、頷いた。

「レイナ。どうしてお前は大丈夫なんだ?」

「ティオも、どうして平然としてんの? 俺の記憶が確かなら、お前が一番浴びていたと思うんだが。それもコントかってくらいもろに」

浩二もハジメもそれぞれの仲間に同じ質問を投げた。

その問いにレイナは浩二に答える。

「私の天職は‶不屈者〟ですわよ。何事にも屈しないからこそ私ですわ」

ティオもハジメに答える。

「確かに、妾の体も粘液の効果が発揮されておる。事実、体を駆け巡る快楽に邪魔されて魔法がまともに使えんからの。じゃがのぅ、あまり舐めてくれるな、ご主人様よ。妾を誰だと思っておる」

互いに不敵な笑みを浮かべながら胸を張るレイナとティオ。それだけ強烈な快楽に冒されながらも意思の力だけで正気を保っているというのだ。その強靭な精神力には感嘆の念を覚えずにはいられない。

帝国という実力主義の国で強者となるべく心身共に鍛え上げたレイナにたとえ末期のド変態でも、ティオは遥か昔から生き続ける誇り高き竜人族。二人共この程度の魔物の毒素に負けるわけが―――

「この程度の快楽など浩二との勝負(デート)に比べたら物足りないですわ!! やはり私を満足させてくれるのは浩二、貴方だけですわ!!」

「妾はご主人様の下僕ぞ! この程度の快楽、ご主人様から与えられる痛みという名の快楽に比べれば生温いにも程があるわ!! 妾を、ご主人様以外に尻を振る軽い女と思うてくれるなよぉ!!」

目をクワッ!! と見開き、拳を天に掲げてそう力説する戦闘狂(レイナ)駄竜(ティオ)に、浩二とハジメは互いに目を合わせた。

――そっちも苦労してんだな。

――そっちもな。

お互いの心境は一致した。お互いに相手を哀れむかのように優しい眼差しを向けている。

『平野。大迷宮を攻略したら二人だけで飯でもどうだ? 色々と相談したいことがあるんだ』

『ああ、お互いに語り合おう』

互いに変態に苦労する二人の仲が進展した。

念話で今後のことについて話をするも今はそれは置いておく。今は目の前の問題を解決する方が優先だ。

二人は変態を無視して縋りついている者達も語りかけた。

ハジメはユエ達に語り合うように浩二もティニアとエフェルに語り合う。

「二人共、魂魄魔法を施しているから多少は落ち着いた筈だけどどうする?」

地力で耐えるか? 手を借りるか? その二択を用意する浩二に二人は言う。

「大丈夫、です…。これ以上浩二様のお手を、煩わせるつもりはありません……」

「ティオ様も耐えておられるのです……。私も同じ竜人族として耐えねば、恥というものです」

二人は自力で耐える方を選んだ。

(さて、イリエは……)

イリエは大丈夫かと思ってそちらに視線を向けると、イリエは槍を短く持って自分の足に突き刺していた。痛みで快楽を誤魔化して耐えようとしている。

痛みで快楽を誤魔化すのは有効な手ではあるも、それを実行するとなれば話は違う。自分で自分を傷つける自傷行為は生半可な精神力ではできるものではない。

そういう意味ではイリエの精神力はティオに匹敵するほどに強いのかもしれない。

(強くなった、な……)

最初に出会った頃に比べて今のイリエには確かに生きる意志が感じられる。そのことが浩二は素直に嬉しかった。

(鈴は、自分の腕を噛んで耐えているな……。龍太郎は……うん、まぁ、いいか……)

鈴もイリエと同じように自分の腕を噛んで痛みで正気を保っている。そして地面に頭突きをして既に意識を絶っている龍太郎はそのまま放置した。

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