ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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主人公42

その後、ハジメ達は乳白色スライムに襲われることなく順調に進み、遂に巨樹のもとへ辿り着いた。今回も同じく、幹の洞が出来上がり、前と同じく転移陣が輝いて、ハジメ達の視界を強烈な閃光で真っ白に染めた。

「ん? 転移、したよな?」

「……ん。見て、ハジメ。あっちに出口がある」

ハジメ達が転移した場所は、巨樹の洞とそっくりな洞の中だった。一瞬、転移していないのかと錯覚したハジメだったが、ユエの指さす方向を見れば、なるほど、確かに転移していたと頷く。

周囲を見渡せば誰も欠けることなく転移してきた。つまり、そのまま先へ進めということだろう。

ハジメ達は一つ頷き合うと、光が差し込む出口に向かって行った。

そうして、洞の出口から外に出たハジメ達は、そのあまりの光景に、一瞬言葉を失うことになった。最初に、ぽつりとこぼすような所感を口にしたのはハジメだ。

「これは……まるでフェアベルゲンみたいだな」

誰もが頷く。

洞の先は、そのまま通路になっていたが、普通の通路ではなく、洞から続く巨大な枝が通路になっていた。そして、伸びゆく枝の通路は、同じように巨木な木のあちこちから突き出している他の枝通路と空中で絡み合い、複雑な空中回路を作り出していた。

トリックアートじみた巨大空中回路は目の錯覚すら起こしそうだ。

「地下空間……であることは間違いなさそうだが……」

頭上を見上げれば、そこには石壁でできたような天井が見える。馬鹿でかい地下空間の中心に巨大な木が天と地を結ぶようにそびえているようだ。

ただ、異常なのは、巨大な木の先が見えないこと。天井を貫いているのだった。

「……大樹?」

「そういうことになりますよね。ここは大樹の真下の空間ってことですか」

「でもそれだと、地上に見えていた大樹って……」

「ほんの一部なんだろうな」

大樹ウール・アルトの本当の大きさはどれほどのものだろうか? 長く生きた竜人族でさえも驚かされる世界の神秘。誰もが大樹の凄まじいまでの巨大さに度肝を抜かれて無意識に頭上を仰いだ。

誰もが畏敬の念を捧げているかのように、言葉もなく大樹を仰ぎ続けたその時、シアのウサミミがピクピク動き出した。

何かの音を捉えたようだ。シアが「なんの音でしょう?」と、ウサミミをぴこぴこと動かしながら、音源を辿っていく。

ガサガサ、ザワザワと微かに聞こえるそれは、何故かやたらと生理的嫌悪感を覚えるもので、どうやら、ずっと下の方から響いてきているようだった。

その音に顔をしかめ、鳥肌を立てながらシアは枝通路の端からそっと下を覗き込んだ。

「ん~、暗くてよく見えないですねぇ。……身体強化で視野能力を上げてっと」

シアが、視力を上げつつ、夜目がより一層利くように能力を上げた。

そして、ビシッと固まった。

「? どうした、シア」

返事がない。ウサミミとウサシッポが、今まで見たことがないぐらい逆立っている。おまけにビーーンッと伸びきっている。

シアの異常を認め、ハジメも同じように覗き込んだ。‶夜目〟と‶遠見〟の技能があるので、遥か下の空間でもよく見える。そう、よく見えてしまった。

そしてビシッと固まった。

「……ハ、ハジメ? どうしたの?」

「ハジメくん!?」

「ご、ご主人様よ、大丈夫かの?」

硬直した挙句、傍目から分かるほど鳥肌を立てているハジメに、ユエ達が何事かと心配そうに声をかけた。ギギギギッとまるで油を差し忘れた機械のようなぎこちなさで振り返るハジメ。

その表情を見て、ユエ達のみならず、光輝達も驚愕で目を見開いた。

傲岸不遜、大胆不敵。

そんな言葉がピタリと当てはまるハジメが、まるで恐怖に戦くように顔を青ざめていた。一体、何を見たというのか。

「これは……」

「どうした? ティニア」

「南雲様達の様子が気になり、索敵をしてみたのですが無数の生命反応がありまして」

ティニアも何かを察知した。だが、その言葉だけでは誰も何があるのかまではわからない。揃って首を傾げる皆にハジメがポツリと呟いた。

「……悪魔だ。悪魔がいる」

「「「「「悪魔?」」」」」

その場にいる全員が一斉に浩二に視線を向けた。確かにここに悪魔のような人間はいるが。

「言いたいことがあるなら聞くぞ?」

笑顔でそう言うも目は全く笑っていなかった。

「えっと、南雲君? 悪魔って……あの悪魔?」

雫が、聖書に出てくるような悪魔をイメージして問うもハジメはその勘違いを察して頭を振った。

「いいや、もっと凶悪な奴だ。地獄の悪魔なんて目じゃない。お前等もよく知っている黒い奴等――台所の悪魔だよ……」

「ああ、なるほど」

こいつ何言ってんだ……という視線が光輝達からハジメに突き刺さるなか、浩二はそれを聞いて原作知識でその悪魔の正体を思い出した。

ハジメはクロスビットを一機だけ取り出して下に飛ばした。そして、小型水晶ディスプレイを皆が見えるように掲げる。

それを覗き込むユエ達の眼前で、僅かなノイズの後、映し出されたのは……

「「「「「「ッ!?」」」」」」

奴等がいた。一匹見つけたら三十匹はいると思え! という言葉と共に恐れられてきた、黒い悪魔の名を冠する頭文字にGのあんちくしょう。いつもカサカサと這い寄る混沌。陰から高速で移動し、途轍もない生命力でしぶとく生き足掻く。宙へ飛べば、地球であっても混沌と恐慌の状態異常をもたらす固有魔法まで使える強者。お母さん達と飲食店の怨敵。

その名――ゴキブリ。

そのゴキブリが、この地下空間の底部に、数百万、数千万、否、もはや測定不可能なほど蠢いているのだ。

例えるならゴキブリの海。波の如く寄せてはゴキブリの波だ。ガサガサ、ザワザワという音は、おびただしい数のゴキブリが奏でる活動音だったのだ。

「な、なんてもの見せるのよ……」

「うぇ、Gがあんなにいっぱい、いっぱいぃ~」

雫と鈴がハジメと同じように顔を青褪めて目を背ける。二人共、腕に鳥肌をこれでもかと立てていた。

光輝と龍太郎も「おぉう……」と奇怪な呻き声を上げて、全力で視線を逸らしている。

硬直が解けたシアは、両手でウサミミをぺたりと折り畳んで塞ぎ、しゃがみ込んで涙目になっている。

ティオとエフェル、それとレイナは比較的ましな方だが、それでも若干、顔が青い。

ティニアとイリエは顔を青褪めながら浩二の袖を握っている。

そして香織は……既に白目を剝いていた。

だが、ただ一人。

「凄い数だな」

浩二だけは平然とただディスプレイに映し出された光景を見ていた。

「平野……お前、平気なのかよ」

「昔からゴキブリに対して嫌悪感とかはないな。まぁ、流石に触るのには抵抗はあるが」

前世も含めて浩二はゴキブリに対して特に思うことはない。

「それよりもこの世界のゴキブリも元の世界のゴキブリに似ていることに驚いている。見た感じだと姿形は同じだけど、何か違いはあるのか? ふむ、光輝、ちょっと降りて二、三匹ほど捕まえて来てくれないか?」

「嫌に決まってるだろ!?」

光輝は心から拒絶した。死んでも行って堪るかといわんばかりに。

「勇者だろ? 勇気をみせないでどうする?」

「少なくともここで勇者としての勇気をみせる時じゃないだろ!?」

「というか止めなさい! あんなもの捕まえようとしないで!」

「そうだよ! 本気で止めて!」

全員から否定的な声が上がり、浩二は不満そうにえ~とぼやく。本気で捕まえて研究しようとしていたのか……。

「と、とにかくさっさと攻略しちまおう。ここにとどまっていたら、それこそ襲われるかもしれないしな」

ハジメの言葉に(約一名を除いた)全員がいつも以上に真剣な表情になると、これまたいつも以上にしっかり頷いた。

取り敢えず、枝通路が四本合流していて大きな足場になっている場所が見えていたので、一行はそこを目指すことになった。

途中、ゴキブリ達が飛び上がってこないか戦々恐々としながらも大きな足場に到着したハジメ達。公園ぐらいの広さがあるのでゆったりと周囲を見渡す余裕が生まれる。

「さて、どうすっかな……何か見えたりしないか?」

「……ん。特には……」

「ないですねぇ」

「南雲。大樹の反対側じゃないか?」

などと、全員で空間全体を見渡しつつ意見を出し合ったりしていると……

―――ヴヴヴヴヴヴッ!!

恐れていた音が響いてきた。羽ばたき音だ。それも大量の。

「来ます!」

ティニアの一声。ハジメ達は表情を引き攣らせつつ、慌てて底部を確認すると、案の定、黒い津波の如きゴキブリの大群が羽ばたきながら猛烈な勢いで上昇してくる。

「くそったれぇ!!」

「んーーっ。―――‶雷龍ぅ〟」

「嫌ですぅーーっ!! ぶっ飛べ」

「やぁあああああ!! ブンカイッブンカイッ!!」

「く、来るでないわぁあああっ。―――"ブレスぅ〟!!」

ハジメはオルカンによるロケット弾の雨を降らせ、ユエは‶雷龍〟を、シアはドリュッケンで炸裂スラッグ弾を、香織は分解の砲撃を、ティオは‶ブレス〟を繰り出した。

「しょうがねぇ。‶溶解霧〟」

「散りなさい!!」

「‶ブレス〟!!」

「‶炎天〟!!」

「‶落牢〟!!」

浩二は広範囲に及ぶ溶解毒を、ティニアは‶分解〟が付与した白銀羽を、エフェルはティオ同様に‶ブレス〟を、イリエは炎属性の上級魔法‶炎天〟を、レイナは土属性上級攻撃魔法‶落牢〟を繰り出す。

光輝達もそれぞれ咄嗟に放てる遠距離攻撃を一斉にぶっ放す。意外にも雫だけが「ふみぃ」と奇妙な呻き声を漏らして意識を飛ばしかけているが。

とはいえ、流石はチート達の火力。

圧倒的な殲滅力。だが、それだけの攻撃を放っても、数の暴力を前にすると焼け石に水状態。怖気を震う羽音を響かせた黒い津波は、どれだけ攻撃を受けても、まるで衰えを感じさせずに迫ってくる。

ゴキブリの津波は空間全体に広がりながら、まるで鳥が行う集団行動のように一糸乱れぬ動きで縦横無尽に飛び回る。

「うぅ、せ、‶聖絶ぅ〟!」

既に半泣きになりながら、鈴が障壁を張った。

直後、ハジメ達のいる広場の更に上空まで、ザァアアアアーー!! と音を響かせながらせり上がったゴキブリの津波は、そのまま重力に引かれるようにして一気にハジメ達へ襲いかかった。

一瞬にして、障壁の外が蠢く黒一色に染め上げられる。障壁に衝突し体液を撒き散らしながら潰れるゴキブリもいれば、カサカサと障壁外部を這い回るゴキブリもいる。

「―――む、り」

「鈴! しっかり!」

「鈴ぅ! 寝るな! 寝たら死ぬぞ! 俺達の精神がっ!!」

全く以て、その通りである。

フッと意識を失いかけた鈴にイリエと光輝が必死さを滲む声で励まし、ユエが鈴の‶聖絶〟に重ねるようにして‶聖絶〟を展開した。

「流石は大迷宮。精神攻撃も俺以上にえげつない」

「うむ。やはり、他の大迷宮の攻略を前提にしておるだけに、あるいは難易度も数段上に設定されておるのかもしれんな」

比較的冷静な浩二とティオが分析するようにそう口にする。

「れ、れれれ、冷静に分析してないで、どうにかしないと!」

「香織、大丈夫よ。問題ないわ。あれはただの黒ごまだもの。黒ごまプリンとか黒ごまふりかけとか、私、結構好きよ。特に‶黒ごまふりかけ・しょうゆ風味〟は美味だわ。ご飯がとても進むの」

「浩二くん! 助けて!! 雫ちゃんが既に壊れかけてるぅ!!」

「‶鎮魂〟。ほい、これで正気に戻ったぞ」

「正気に戻さないでよ!? 浩二!!」

あらゆる状態異常を払拭する魂魄魔法で正気を取り戻させた雫はイヤイヤと頭を抱える。よほど正気を失いたいのだろう。だが眼前のゴキブリの津波を見ればそれも無理はない。

すると、障壁に群がっていたゴキブリが一斉に引いたのだ。

何事かと訝しむハジメ達の前でゴキブリの波は空中で球体を作ると、それを中心にして囲むように円環を作り出した。

巨大な円環の外周に更に円環が重ねられ、次には無数の縦列飛行するゴキブリが円環のあちこちに並び始める。次第に幾何学的な模様が空中に作り出されるその光景を見て、ハジメ達の頬は盛大に引き攣った。

「おいおいおい、まさか……魔法陣を形成しているのか?」

どう考えても不味い事態。本能がけたましく警鐘を鳴らしている。

ゴキブリの魔法陣形勢を止めようとするも、波打つゴキブリの津波が文字通りの肉壁となってその身を盾に立ち塞がる。

そしてそうこうしている内に魔法陣が完成してしまい、中央の球体―――一見すると卵にも見えるそれが脈動を始め、ドクンドクンッと鼓動のような音を響かせ、内側から押されるようにして蠢き、形を変えて行く。

直後、球体が弾けた。そうして現れたのは全長三メートルの巨大なゴキブリ。ただし、その姿は歪な人型というおぞましいフォルムだ。

放たれる威圧感、そしてその冒涜的な姿。おそらくこの大迷宮の最終ガーディアンにして試練なのだろうと確信させる。

「ギチチチチチチチッ!!」

‶人型〟は、そんな不快な鳴き声を発しながら赤黒い燐光を纏った。

すると、‶人型〟の周囲にゴキブリが集まり、更に魔法陣を形成し始めた。どうやら‶人型〟は他のゴキブリを自由に操れるらしい。

新たな魔法陣の中央に、幾分小さめの球体が幾つも形成され始める。‶人型〟ほどではないが、大きく特殊なゴキブリが出現するのは明かだった。

その魔法陣に対して攻撃を加えようとした瞬間、突然、足元に大きな魔力の奔流を感じて動きを止める。一見すると足場に異常は見られない。だが、足場の下――広場たる枝通路の裏側にいつの間にかゴキブリが集まって魔法陣を形成していた。

不味い! そう思った刹那、正体不明の魔法は発動した。

広場を透過して赤黒い魔力が天を衝いた。竜巻のように螺旋を描いて噴き上がる。

激しい光にハジメ達は顔を手で庇った。

爆発したかのように閃光が周囲一帯を包み込み、視界を塗り潰す。

ものの数秒で光は霧散。

そこには、特にダメージを負った様子もない、無傷のハジメ達がいた。

異常はないか? と無事を確認しようとハジメ達はお互いの顔を見て言葉を失った。

湧き上がった感情は無事な姿に対する安堵ではない。

―――嫌悪だった。


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