【ハルツィナ大迷宮】を無事に攻略したハジメ達は地上に帰還してすぐにフェアベルゲンに戻って、大迷宮での疲れを癒す為に早々に休息に入った。
のだが……。
「それでは大迷宮攻略反省会を開くぞ」
食事と風呂を貰ってすぐに浩二は光輝、龍太郎、鈴、雫をほぼ強制的に連行してとある一室で大迷宮についての反省会を開くのであった。
どこからか調達したのか、学校にある机のようなテーブルに雫達を座らせ、浩二自身はどこぞの教師かというような恰好を着こなして眼鏡をかけ、またしてもどこから調達したのか、黒板のような壁に貼り付けられている黒い板をチョークのような棒で‶大迷宮攻略反省会〟と書く。
雫がスッと手を挙げる。
「はい、雫」
「こんなものどこから用意したの?」
「アルテナに用意して貰った」
それはもう快く用意して貰った。浩二が思わず表情を引き攣らせるほどに。
大迷宮に挑む前に攻略後はどのみち反省会やそれに近いことはする予定だったのでアルテナに頼んで机や黒板のようなものを簡単に説明して用意して貰えるように頼むとアルテナは快く承諾し、攻略後、予想以上に完成度の高い机と黒板を用意してくれていたことに頼んでいた浩二ですら驚きを隠せなかった。
‶医神〟という名は浩二が思っていた以上に浸透しているような。下手をすればフェアベルゲンの新たな神として降臨し、信者ができるかもしれない。
いや、もうできているかもしれない。
それをまるっと無視して浩二は話を続ける。
「こういうのは記憶が新鮮なうちにやっておくべきだからな」
「それはまぁ、わかるけど……」
早く休みたいという気持ちもあるが、浩二の言うことにも一理ある。
「反省会というのなら、香織達はいいの?」
「……」
浩二は無言で外を指す。
部屋の外から何やら激しい闘争音が聞こえてきて雫達は納得した。
大迷宮を攻略したばかりだというのに元気なものだ。
「ティニア達は後でやるからいいとして。先に雫達としておこうと思ってな」
(まぁ、問題はないとは思うけど……)
次の大迷宮の試練。原作知識としてその内容を知っている浩二はティニア達はそこまで問題はないと踏んでいる。勿論、絶対ではないが、よほどヘマをしない限りは問題はない。
(問題があるとすればこいつらだからな……特に)
浩二はチラリと光輝を見る。その視線に気づいたのか、光輝が反省会の内容について問いかける。
「浩二。反省会って具体的には何をするんだ?」
「そうだな。まず、初めての大迷宮はどうだったか、振り返ってみようか。鈴から」
「うえ!? え、えっと、まぁ、鈴は浩二くんのおかげで攻略できたものかな? 魔力炉がなかったら無理だったと思う……」
「ふむふむ。次は龍太郎」
「俺も鈴と同じだな。浩二がいなかったらやばかった」
「なるほど。雫」
「私は攻略したという感じがしなかったわね。光輝達と違って戦闘にも碌に参加しなかったし、皆のおかげで攻略させて貰った感じがするわ」
「光輝」
「……俺だって頑張った。攻略できていたはずなんだ。あんな精神攻撃ばかりしてくるような卑劣な場所でなければ、俺だって攻略できていた」
拳を握りしめながら光輝は、どこか鬱屈した雰囲気を纏いながらそう吐き出す様に言葉を放った。
だが浩二は今はその言葉には何も言わずに話を進める。
「よし。なら、振り返ったところで今後どうするか決めようか」
「今後?」
龍太郎が怪訝しながらそう問い返す。それに浩二は小さく息を吐いて言う。
「南雲達と共に次の大迷宮に挑むか、王都に戻るか、自分達で他の大迷宮の攻略を目指すか」
そこで光輝達は思い出す。
元々、そのつもりでハジメ達と同行しているのだ。神代魔法を一つ手に入るだけでも大迷宮の攻略に決定的な差がでる。だから一度だけでもついて行かせて貰えるかどうか頼んだ。
だから、今後はどうするのかは光輝達自身で決めなければいけない。
「……浩二はどうするの?」
「俺は再び南雲達と一緒に次の大迷宮に挑む」
それは変わらない浩二の方針。
ティニア達もそれに続くように浩二についていくのはもう決まっている。
「だけど光輝達はどうするのか、それは自分達で決めないといけない。南雲に言えば王都までの〝ゲート〟を開いてくれるだろうし、次の大迷宮に挑むのなら同行して貰えるように口添えはするけど、決めるのはあくまで光輝達だからな」
ここで王都に戻ってもハジメは何も言わないだろう。元より一度だけのつもりで同行を許しているのだから。仮に王都に戻ったとしてもリリアーナ達なら喜んで迎え入れてくれるはず。
だからどうするか、それを選ぶ選択権は光輝達にある。
その選択をどう選ぶか、頭を悩ませる光輝達のなかで鈴が一番に口を開いた。
「鈴は南雲君に頼んで次の大迷宮にも連れて行ってもらう」
迷いもなくそう言い切った。
「どうしてだ? 神代魔法を手に入れた今の鈴ならもう無茶をして大迷宮に挑む必要もないだろう?」
浩二はあえて理由を訊いた。
「うん。だけど、鈴はもう一度恵理と会ってお話がしたい。そのためには力がいる。せめてもう一つ、鈴には神代魔法が必要だと思う。だからね、大迷宮にもう一度挑戦したいんだ。それで結果はどうなっても、生きて出られたら……そのまま魔人族の国に行こうと思う」
「鈴っ、それはっ」
雫が、思わずといった様子で鈴の肩を掴んだ。単身で魔人族の国【ガーランド】に行こうなど、友人としてとても許容できるものではない。
だが、鈴の瞳には確かな決意の強さがあった。思わず、雫が気圧されて手を離してしまうほどに。
【氷雪洞窟】がある【シュネー雪原】は南大陸の東側。南大陸中央にある【ガーランド】とはお隣である。
だから鈴は恵理と話をする為に大迷宮攻略後、そのまま魔人族の本拠地である魔王城に乗り込むつもりだ。
「……わかった。鈴の意思を尊重する。それと安心しろ、鈴。俺も恵理には用がある。お前一人で行く必要はない」
「浩二くん…うん、ありがとう」
頼もしい同伴者がいることに心強く思った鈴は感謝するように頷く。そんな鈴に続くように。
「ま、確かに、鈴一人で行かせるわけにはいかねぇな。俺も行くぜ! 今の俺なら壁役ぐらいにはなれっからな!」
お前達が行くなら俺も行くぜ! 的なノリで龍太郎も鈴と同じく再びハジメ達と行動を共にすることを決める。
「俺も行く! 俺も、いや、俺こそが恵理と話をしなきゃいけない。それに……このままじゃ、終われないんだ! 次は、次こそは必ず力を手にしてみせるっ! 次に行く大迷宮は、あの魔人族の男が攻略できたところなんだろ? なら、俺だって必ずっ!」
「光輝……」
拳を震わせ、声を荒げる光輝に、雫が心配そうな眼差しを向ける。
自分だけ神代魔法を手に入ることができなかった。そんなどこか危うい幼馴染の姿に、雫は不安を隠しきれない様子だ。
「わかった。全員このまま同行するってことでいいな? なら、次の大迷宮攻略に向けて今回の大迷宮で何が悪かったのか考えようか。まず、大迷宮に入ってすぐティニア達に擬態したスライムについて」
思い出す大迷宮に入ってすぐのこと。この場にいる龍太郎以外は少し顔を青ざめた。
「……いたね。浩二くんがティニアさんを首チョンパしたの」
「ええ、思い出すだけでも少し震えが止まらないわ」
「ああ、いくら偽物でも、あれは……」
「浩二。お前、何やったんだ?」
鈴、雫、光輝はブルリと身体を震わせ、龍太郎は呆れるような眼差しを浩二に向けるも当の本人は目を逸らした。
「そういえば龍太郎くんの偽物にも首チョンパしてたね」
「浩二!? 本当に何やったんだ!?」
偽物とはいえ、自分の姿をした何かを首チョンパしたことにぎょっと目を見開きながら龍太郎は自分の首を守るように触る。
「……大丈夫。本物でも三分以内なら蘇生はできる」
「そういう問題じゃねえ!!」
龍太郎は叫ぶ。光輝達はうんうんと首を縦に振る。浩二の味方はいなかった。
それからも反省会は続く。
何か悪かったのか、ここはこうすればよかったとか、浩二が話を進ませながら互いに欠点や改善点を出し合いながら反省会は続くなか、最後に浩二は光輝に一番の問題点というよりも今回の反省会の本題について話し合うことにした。
「さて、最後に光輝。お前についての反省会だ」
「俺の……?」
首を傾げる光輝。どうして自分だけについての反省会が必要なのか? 本当に分からない顔で怪訝する。だが、浩二が決定的な言葉を光輝に告げる。
「光輝。ハッキリ言う。今のままだとお前は次の大迷宮に挑んでも失敗する。絶対に」
「なっ!? な、なんの根拠があってそんなことを言うんだ!? そんなのやってみないとわからないだろう!?」
「わかるからこそ言ってんだよ。光輝、お前は今回の大迷宮について振り返った際、あんな精神攻撃ばかりしてくる卑劣な場所でなければって言っていたよな?」
「それがどうした?」
「お前、大迷宮の試練を試合か何かと勘違いしていないか? ただ相手に勝てばいいだけの試合とは違う。自分の力を与えるかどうか見極める為に解放者が用意した試練はどちらかといえば試されるのは精神的、メンタル面だろ? 実力だけ攻略できるのならお前だって攻略が認められているはずだ」
確かにそうだ。
光輝は最後を除いた戦闘ではそれなりに活躍はした。実力だけなら攻略が認められてもおかしくはない。だが、そうではないから攻略が認められなかった。
「だからこそお前は攻略が認められなかった。この世界に転移する前から抱えているお前自身の悪癖のせいで」
「俺にどんな悪癖があるって言うんだ!? 俺は別におかしなところなんてない!!」
「……」
まるで気付いていない。自分の悪癖。何度も注意してきたというのに都合のいいことにか目を向けない光輝には本当に気付いていないのだろう。
それに溜息を溢す浩二はあることを言う。
「‶自分の正しさを疑わない〟。それがお前の悪癖だよ、光輝。お前は自分が正しいと思ったことを疑わない。それが間違ったとしても認めないで強引に押し通そうとする。お前にはそれが通ってしまう才能とカリスマ性があるからな」
嫌というほど実感している。光輝はまさに才能の塊だと。だからこそ、自分の正しさが通ってしまう。だけどこの世界に転移してから光輝のスペックやご都合解釈だけでは思い通りにいかなくなった。
「光輝。お前は子供だ。特撮番組に出てくるヒーローを見て、理想の正しさを掲げる子供と同じようにお前の正しさは清濁の‶濁〟の部分を一切認めない正しさだ」
子供が特撮番組を見てそうなるのは別におかしいことではない。
そこから日々の生活を重ねていく上で、現実の壁に直面し多くの失敗を繰り返し、時に挫折し、諦めることを覚えて、割り切りと妥協の仕方を学び、上手く現実という名の荒波に乗る方法を自然と学んでいく。
だが、光輝は生まれながらの高いスペックとカリスマ性によって自分の理想通りに乗り越えてしまった。
子供の理想が、まかり通せてしまったのだ。
「そんな正しさを疑わず、何かあればご都合解釈で正しさを維持する。元々のカリスマ性もあるから他の奴等もそんなお前を支持していたのも原因の一つだけど」
光輝の行動は善意一色であるから、一部の人間を除いて多くの人が光輝を支持し、後押しされることで光輝の正しさがまかり通ってしまった。
「この世界でそれも通じなくなっている。現実というものをお前は直視し始めている。今回の大迷宮攻略で失敗したのもそうだ。自分の理想通りにいかない事から自分の失敗から目を背けている」
「そんなことはない! 俺だって自分の失敗ぐらい反省している! だからこうやって……」
「反省会に来ているか? あのな、光輝。反省ぐらいなら誰だってできる。大切なのは失敗したことを受け入れることだ。そしてその失敗をどうすればいいのか考え、次に活かす為の努力をする。人はそうやって強くなっていくんだ」
光輝の顔がどんどん歪んでいくのが見て分かる。
認めたくない、聞きたくない、自分の理想通りにならないものはいらない。そんな子供の我儘みたいな
「自分の理想通りに行かないのは当然のことだ。誰だってそうだ。俺だって何度も挫けそうになったし、諦めようとも思ったことだってある。それでも歯を食いしばって何度も現実の壁に直面した。自分だけが特別だなんて思うなよ? 光輝。お前だって一人の人間なんだから」
そこで浩二は一息ついて。
「いい加減に理想から離れて現実を見ろ、光輝。そうしなければお前はそう遠くない内に取り返しのつかない過ちを犯すことになるぞ」
「うるさいっ!!」
その言葉に光輝は感情のまま机をバンッ! と叩きつけて勢いよく立ち上がった。
「俺はちゃんとしている! 現実だって見ている!! 目を背けてなんていない!! これ以上、反省会をしないというのなら俺はもう休ませてもらうからな!!」
そう叫んで部屋から出て行った光輝。
光輝が去った後、静まり返るなか、浩二は小さく溜息を溢した。
(言葉だけじゃ無理なのかね……?)
言葉で駄目なら物理的な会話をするしかないが、それはそれで後ほど面倒なので避けたい。
「浩二。流石に今のは言い過ぎじゃないかしら?」
雫が光輝を気遣うかのようにそう言うが。
「光輝がああなったのは今までハッキリと言わなかった俺達の責任でもある。それは雫もわかっているだろ?」
「それはそうだけど……」
「誰かがいずれは言わなければいけないことだ。その役目が俺だった。ただそれだけの話だ」
ポン、と雫の肩に手を置く。
「反省会もこれでひとまず終わり。雫も休んでおけよ。鈴と龍太郎もな」
そう告げて浩二もまた部屋から去って行く。
(光輝、頼むから原作通りに敵側にならないでくれよ……)
浩二にはある不安要素がある。
それは原作通りに光輝がエヒト側についてしまうことだ。原作では恵理の‶縛魂〟によって操られて敵側に回ってしまうが、ここで一つの問題点がある。
(恵理は光輝に何の執着も抱いていない)
原作では異常とも呼べるほどの光輝に対する執着があった。だけど、浩二というイレギュラーによってその執着は消え、代わりといわんばかりの破壊衝動を抱えるようになった恵理が光輝を操るだけで終わらせるとは思えない。
光輝が敵側になっても生きていられたのは恵理の執着があったからであって、それがない恵理が光輝をどうするかは浩二ですらわからない。
だからこそ浩二には今の内に光輝をどうにかしておきたい。少なくとも自分の正しさを疑う程度には矯正しておかなければ光輝自身の命まで危ういことになりかねない。
「どうしたものか……」
浩二はこれからのことについて頭を悩ませる。