ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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主人公51

【フェアベルゲン】のすぐ近くで急遽行われるようになったアルテナと香織の決闘。浩二の妹の座を賭けて二人は互いを得物を手に互いに強い眼差しを向け合う。

瞳に宿る意志は強い。互いに視線を逸らすことなく射抜くように、睨みつけるように見詰め合う。

その瞳に宿る意志はただ一つ‶貴女に勝つ〟。ただそれだけ。

アルテナは愛用の弓矢を構え、香織は二振りの大剣を握りしめて両者一歩も譲れない決闘が行われようとしていた。

そしてこの決闘が行われるようになった元凶はというと……。

「浩二。貴方、香織に何を吹き込んだのよ?」

「浩二……」

「浩二くん……」

雫、龍太郎、鈴から呆れるような眼差しを一身に受けていた。

「仕方なかったんだ……俺だってこうなるとは思わなかったんだ……」

言い訳する浩二さん。

そこにイリエが不思議そうに尋ねてくる。

「好かれているならいいんじゃないの?」

敵意や害意といった悪意ではなく好意の類なら別に難しく考える必要はないのでは? そう尋ねるイリエにシアも同意するように頷く。

「私もそう思いますよ? 浩二さんは何でそこまで嫌がっているのですぅ?」

シアもまたイリエも同じ気持ちで浩二に尋ねる。

それに対して浩二は神妙な顔で答えた。

「……普通に好意を持ってくれるのは俺だって嬉しいさ。だがな、イリエ、シア。お前達でもわかるように説明するとだな……ティオ並みの変態がネズミ算で増えて‶お姉様〟と慕ってきたらどうする?」

「……ごめん」

「ごめんなさい、浩二さん。私が間違ってました」

「お、お主等、そんなに妾を虐めて楽しいのかぇ? くふ……」

「ティオ様……」

ペコリ、と浩二に頭を下げるイリエとシア。自分の考えが足りなかった、と言わんばかりの反省顔にティオは恍惚の笑みを浮かべ、エフェルがそんなティオにジト目を向ける。

「……ということは雫さんは」

「そう、年上年下関係なく現在進行形で義妹を量産しているお姉様だ」

「私だって好きでそう呼ばれているわけじゃないわよ!! 知らない間に勝手に増殖したのよ!?」

ポニーテールを揺らしながら必死に否定するお姉様だが、その言葉に説得力は皆無だ。元の世界でもこの世界でも義妹を生み出し、量産しているお姉様の言葉に耳を傾けるのはソウルシスターズだけだ。

「奴等は、ソウルシスターズはしぶとい。それこそGのようにしぶとく数も多く、どこからでも現れる。その場に一人いれば三十人いるのは当たり前。そして奴等はお姉様に近づく者を排除する為なら手段を選ばない畜生の如き本能のままに牙を剥く」

「ね、ねぇ、浩二くん、何か恨みでもあるの? さっきから言葉に悪意しか感じないよ……」

わざわざ黒光りする悪魔で例える浩二に鈴は思わず尋ねると浩二は当然のように答える。

「恨み? 何を言ってんだ? 鈴。そんなのあるに決まってんだろ。俺が奴等を駆除するのにどれだけ苦労したか……。しかも奴等の連携力は底知れない。義妹共通の情報網を駆使して情報を共有しているせいか一度使った手は二度は通用しない。そろそろ何か別の方法を考えないと……」

「ねぇ、浩二? 流石にしないわよね? いくら貴方でもあの子達に口では言えないことしないわよね?」

何か真剣に考える浩二さんに雫は嫌な予感がして確認するかのように問いかけるも浩二は微笑むだけで何も答えなかった。

「さて、そんなことよりも今は目の前の問題だ」

「ちょっと浩二! 答えて! お願いだから!!」

お姉様は必死に浩二を揺さぶるも浩二は見事に無視(スルー)

「香織には勝って貰わないと……妹分である香織はともかく俺は雫のようになりたくないからな」

「浩二!?」

「カオリンはいいんだ……」

「まぁ、浩二は小さい頃から香織の面倒を見ていたからな」

それはもう目を離すとすぐにどこかに突撃する突撃娘を放置することなどできず、もはや面倒を見るのが当然のようになっていたから香織が妹分であることは今更の話。

「しかし、勝負になるのでしょうか?」

ティニアが疑問を口にする。

アルテナの実力はわからないが、香織は既にチートと呼ぶに相応しいステータスと技能を持つ。

勇者である光輝を上回る身体能力に、‶分解〟という凶悪な能力、魔法も全属性に適性があって無詠唱・魔法陣無しで発動可能。更には剣術も未だ上限は見えず、回復魔法のエキスパートでもある。

アルテナはこの世界‶トータス〟の住人だからステータスは当然、光輝達よりも低くて魔法も使えない。普通に考えれば勝負にならない。

「まぁ、普通に考えればそうだな……」

ティニアの言葉にその考え方は何もおかしくはないように頷く浩二はふと気づいた。

(南雲とユエがいない……)

新しい兵器の開発しているかもしれないハジメはともかく、ユエなら香織を弄りに来てもおかしくない筈だが……。

「さて、それでは準備はよろしくて?」

「うん!」

「いつでも構いませんわ!」

審判役を買って出たレイナ。その表情はとても生き生きしている。戦闘はするのも見るのも好きなのかもしれない。

「それでは浩二の妹の座を賭けて、ファイ!!」

審判の合図と同時にアルテナは後方に跳んだ。

真白な濃霧が漂う樹海にその身を包ませて身を潜めるアルテナに周囲を警戒する香織。その香織目掛けて濃霧の奥から頭部、鳩尾、腹部を狙った三ヵ所同時撃ち。

どうやったら三発同時に矢を放つことができるのか? それを初手で繰り出す森人族のお姫様の弓の腕前と自称浩二の妹の本気がよくわかる。

「とっ」

だが香織は危なげなく矢を斬り落とすも、上空から二本の矢が香織の死角を狙う。

どうやら三本矢は囮。本命は香織の頭上、死角を狙った二本の矢。その矢が香織を串刺しにせんと迫りくる。

「危ないな、と」

それでも香織は大剣で矢を防ぐ。

濃霧の奥から「くっ…」と悔しそうな声が小さく響いた。

「う~ん、どうしようかな……」

攻めあぐねる香織。それには理由がある。

「普通に戦えば香織が勝つのは当然だ。それだけ実力に差がある。だけど相手は魔物でもなければ香織が全力を出しても大丈夫な相手でもない。まだ神の使徒の力を掌握しきれていない、手加減が難しい香織にとって樹海の濃霧に隠れているアルテナを倒すのは難しい」

防ぐことはできる。避けることも。

しかし、殺さない程度に手加減しながら相手(アルテナ)を倒すのは今の香織には下手な強敵よりも難しい相手だ。

「そうね。香織のことだからできるだけ傷つけたくないでしょうし」

雫も浩二の言葉に納得する。

香織は優しい。それこそ傷ついている人がいれば放っておくことができないほどに心根優しい女の子である。

「んじゃ、森人族のお姫さんが勝つのか?」

「でも矢の本数も限りがあるから、それまでカオリンが凌げたら勝ち、かも」

龍太郎も鈴もどちらが勝つのだろうと考える。

「では香織さんの勝ちですぅ?」

「そうとも言えぬ。地の利は森の姫にある。それに何の勝算もなく香織に勝負を持ち掛けるとも思えぬ。それこそ香織が問答無用で樹海を分解せぬ限りは勝負の行方は――」

わからぬ。

そう言葉を続けようとしたティオの視界にカッ! と強烈な光が降り注いだ。

何事か? そう思って見れば香織が片手を突き出した状態でそこにいた。そして……。

「‶分解〟」

樹海目掛けて分解の砲撃を放った。

「香織!?」

雫さん悲痛に叫ぶ。それに気付いた香織はニコと微笑む。

「大丈夫だよ、雫ちゃん。後で元に戻すから」

再生魔法を使えば分解した樹海も元には戻るが、雫が言いたいのはそこではなかった。

「ティニア」

「外れてます。ギリギリではありますが……」

アルテナの安否を確かめようと天職が‶探索者〟であるティニアに確認を取らせる。どうやら外れていたようだ。

「ちょっ、ティオさん! どうするんですか!? ティオさんが余計なことを言ったせいで!」

「わ、妾が悪いのかぇ!?」

ブンカイ、ブンカイと口にしながら樹海を更地にでも変えるかのように分解していく香織に「す、鈴! 結界だ! 亜人族達を守るんだ!」「う、うん!」「あたしも手伝う」「協力します」と龍太郎達は観客(ギャラリー)を守る為に奔走し始める。

「香織も南雲に染まってきた、と思うべきか」

「今度南雲君と話しましょう。香織のことについて」

「そうだな」

今後、香織に対する扱いについて話し合いをしようと過保護な二人は強くそう思った。

そして分解により樹海は消え、それによって濃霧も薄れて行き、濃霧に身を潜めていたアルテナに香織は狙いを定めた。

「ごめんね」

「――っ」

身体能力(ステータス)頼りの敏捷。アルテナにとって目にも止まらぬ速さで接近してきた香織の一撃をその身で受けてしまう。

「ふぐっ!?」

とてもお姫様の口から出てはいけない奇声が出たが、それを気にする人は今はいない。

地面に伏せるアルテナに香織は追撃はしない。

勝敗はもう決した。ここからアルテナに逆転する術はない。

「ま、まだ、まだですわ……ッ」

それでもアルテナは諦めてなるものかと、その意志と気迫のみで足に力を入れて立ち上がろうとする。

「わたくしはお兄様の妹に……ッ」

想像する。

浩二を兄と慕い、褒められ、頭を撫でられ、甘やかされる未来を妄想する。

デレ、と頬を緩ませる。だがすぐに目の前の勝負に目を向ける。

「わたくしとお兄様の未来の為に……香織、貴女には勝たなければいけませんわッ!」

吼える。

泥臭くても、醜くても、輝かしい未来(もうそう)の為にアルテナは立ち上がる。

その時だった。

 

――力が欲しいか?

 

そんな声が響いた。


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