――力が欲しいか?
浩二の妹の座を賭けて勝負をしている香織とアルテナ。だが、香織の圧倒的
香織の一撃をその身に受け、それでもなお立ち上がろうとするアルテナに神かまたは悪魔の誘いかのような声が響いた。
「だ、誰ですの!?」
唐突の声に驚いて周囲を確認するも誰もいない。空耳? と自身の耳を疑うも。
――汝、力を求めるか?
また聞こえた。
まるで耳元に囁くかのような、男の声が確かにアルテナの耳に届いた。
いったい誰? と疑うアルテナ。しかしどこか聞き覚えのあるようなという疑問が過る前に再度声は聞こえる。
――汝、力を求めるか? 己の心のままに望むものを欲する為に。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
その声は誰の声かはわからない。しかし、その言葉は今のアルテナにとってあまりにも魅力的だった。
「……欲しい、欲しいです! わたくしは力が欲しい!!」
まるで天上に住む神々に懇願するかのように天に向けて手を伸ばす。
アルテナは幼少の頃から亜人族の中でも地位の高い森人族の長老の孫娘であり、【フェアベルゲン】のお姫様でもある。だから同族の間でも高貴な存在として見られ、小さい頃から相応の扱いを受けてきた。
同年代の少年少女と同じ時間を過ごしても、常に優先され敬われるのはある意味、当然のことだった。
だからアルテナが浩二を意識するのは必然だったかもしれない。
亜人族を蔑むこともなく、奇跡のような御業を振るう浩二がアルテナ達、亜人族からして見れば神の御業と遜色ないほど。
それこそ‶医神〟と亜人族が新たな宗教を開くほどの信仰心を抱かせるほどに。
多くの亜人族に信仰に近い思慕の念を抱く‶医神〟の伴侶または側近になることで‶医神〟の庇護を授かろうとする森人族の姫の矜持か故か。
またはアルテナを含めた多くの亜人族を治療し、今もなお奴隷にされかけた、なった亜人族の為に心砕いて親身に接してくれる浩二の優しさに触れたからか。
どちらにしてもアルテナにとってある意味初恋に近い念は確かに芽吹いた。
心奪われた乙女の如く、本能的に浩二のことを‶お兄様〟と慕うアルテナは可能なら‶妹〟と‶妻〟の両方の座を獲得したいと思わせるほどに今のアルテナは浩二を慕っている。
そう、同性であろうともお姉様相手なら喜んでベッドの中であろうとも共にする。むしろ共にしようとする
その声が例え、対価に魂を要求する悪魔の誘いであろうともアルテナは求める。
浩二の妹の座を獲得している香織からその座を簒奪する為の力を。
そんなアルテナの魂の叫びが通じたのか、それはまるで天からの贈り物かのようにアルテナの前に現れた。
――力は授けた。後は汝次第だ。
「はい!」
――是非とも面白、ゴホン、存分に戦え。
「勿論ですわ!」
アルテナは声の主から授かったであろう装備を身に付けてその装備の脅威を香織に向ける。
「え? それって――」
それを見た香織は目を丸くする。
だが遅い。アルテナはもう準備は万全だ。
「まだ、勝負は終わりではありませんわ!!」
片眼鏡を装着し、先ほど使っていた弓より一回り大きな弓と金属製の矢を手にするアルテナは弓を構え、矢を番える。
「天より授かりし力を見せて差し上げます!!」
その装備を見て誰もが開いた口が塞がらなかった。
だってどう見てもアーティファクトだから。
「南雲ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
主人公に一杯食わされた敵キャラのように驚きと怒りの怒声が【フェアベルゲン】に響き渡る。誰の叫びかは言わずとも。
それをそう遠くない位置から見ていたハジメは悪戯に成功した子供のように口角を曲げていた。
「……ハジメ、どうしてこんなことを?」
「この方が面白いだろ?」
あのまま決着では面白くない。そうだ、どうせなら森人族のお姫様にアーティファクトを送ってやろう。そんな気持ちでユエの空間魔法を通してハジメはハウリア族と同じ、亜人族でも使えるアーティファクトをアルテナに送ったのだ。
「……」
だがユエは気付いている。それだけではないことに。
ハジメにとって浩二は強くなる為の決意を抱かせたライバルであり、対等な‶友達〟である。だからユエが香織につい意地悪したくなるようにハジメもまた浩二を困らせて楽しんでいる。
『このサド野郎!!』『出てこい! モルモットにしてやる!!』『この魔王が!!』と怒りの形相でその魔王を捜しに行こうとする浩二をその場にいる仲間達の手によって止められている。
しかしハジメはその叫びに『お前に言われたくねえよ、サド野郎』『モルモットは勘弁だ』『誰が魔王だ、誰が』とわざわざ聞こえもしないのに丁寧にツッコミを入れている。
そのハジメの顔はとても楽しそうだ。
それこそ友達と楽しそうに遊んでいる子供のような顔にユエも楽しそうに微笑む。
ただ訂正を加えるのなら友達
アーティファクトを手にしたアルテナは先ほどとは比較にならない威力の矢を放つ。香織も容易に弾けない威力が包容された矢だけではない。香織の動きを先読みするかのように狙い澄ました精密性によって香織も簡単にはその場から動けない。
「ハジメくんの馬鹿ぁ!!」
私なにかした!? と叫ぶ香織だが残念なことにユエに耳を塞がれたハジメの耳には届かない。そして別に香織が何かしたわけでもない。ただ香織が不憫だっただけだ。
「てめえ!! 南雲!! 絶対に見つけ出してユエにどうしてもと言われて調合した超強力精力剤『盛りMAX』の被験体にしてやる!! てめえの毒耐性が通用すると思うなよ!!」
浩二は浩二で怒髪冠を衝く勢いでそう叫び散らす。
「浩二さん! ぜひともその話を詳しく!!」
「浩二よ!! 妾も被験体になろうぞぉ!!」
その話に食いつくシアとティオ。
「浩二くん! 私にも後で詳しく!!」
ハジメのことなら地獄耳も発揮する香織も食いついた。
「……ユエ?」
「……な、なんのことかわからない」
ジト目で隣にいるユエを見るもユエは視線を明後日の方向に向けて誤魔化した。
「……あとであいつ専用のアーティファクトでも作ってやるか」
ハジメはもしもの時に備えてそう決めた。
断じてその精力剤が怖いわけではない。そしてそれを調合するように頼んだユエとは後で話し合う必要がありそうだ。
「そこまでだ!!」
そこに制止の声が轟いた。
戦っているアルテナも香織も、そして鬼の形相でハジメを探そうとする浩二やその浩二を取り押さえている雫達も一斉に動きを止めてその声の方を見る。
そこには亜人族の集団。森人族を始めとした虎人族、熊人族、狐人族、狼人族、狐人族、土人族、翼人族そして何人かの兎人族まで含まれた亜人族の集団。その集団の長と思われる狼人族の女性。
その女性に浩二は見覚えがある。
かつて帝国が所有する奴隷の一人で浩二が治療した狼人族の一人。そしてよく見ればその女性の後ろにいる人達の大半は浩二が手当て、治療を施した者達ばかり。
ま、まさか……。と浩二はそんな彼等彼女等を見て頬に冷汗を垂らす。
そしてその予感は的中した。
「我等は平野浩二殿もとい‶医神〟を敬愛する信徒である!! そしてその戦いもとい聖戦に参加する為に参上した!!」
浩二は彼女が何を言っているのか、耳に入れたくなかった。
「我等も‶医神〟様をお慕いする者の一人! よって義妹または義弟の座は決して譲れるものではない!!」
「そうよ!! アルテナ様だけずるいわ!!」
「義妹は何人いたっていい筈よ!!」
「義弟だって悪くねえ筈だ!!」
‶医神〟の信徒達は各々で自分の想いを魂を叫び武器を手にする。
「皆! 我等の忠義を‶医神〟様にお見せするぞ!!」
「「「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」」」」」」」
忠誠と闘志の叫びが【フェアベルゲン】に響き渡り、‶医神〟の信徒達はなだれ込むように香織とアルテナに向かって突撃する。
「えええっ!? 嘘ッ!?」
「み、みなさま!?」
狂信のように怯まず、臆せず、香織とアルテナを神敵かのように睨みつける‶医神〟の信徒達の前に香織とアルテナは目を合わせ頷き合う。
「悪いけど負けないよ!」
「お兄様の妹はわたくしですわ!!」
一時休戦。まずは目の前の自称‶医神〟の信徒達をどうにかする方から始める二人は互いに背を預けて共闘する。先ほどまでの戦闘は何だったのか、それとも戦闘で芽生えた友情とでも言えばいいのか?
もはや
どうすればいいのかもうわからない浩二はふと笑みを浮かべた。
「うばぁ」
浩二の口から奇怪な呻き声が漏れ出した。ついでに、エクトプラズムのように浩二の魂魄が肉体から離れて空に昇っていく。さよ~なら、と魂魄状態の浩二が手を振っているのが見える。
浩二は肉体を捨てて現実逃避に走ったのだった。
こうしてハウリア族を除いた亜人族の殆どが浩二、否、医神教の信徒になったのであった。
そんな頃、とある王国の一室で。
「リリアーナ様。医神教を入信したいという方々の書類をお持ちしました」
「ありがとうございます。これでようやく新たな宗教の開けるだけの人数が揃いましたね」
リリアーナは微笑みながら書類にペンを走らせる。
「しかし、本当によろしかったのでしょうか? 浩二様の許可もなくこのようなことをしてしまって」
「大丈夫ですよ。浩二さんもきっとわかってくれます。それにこちらの方が浩二さんが調合してくださった薬の信頼性も高まりますし、信者に調合方法を開示すれば多くの‶調合師〟や‶薬師〟も集まるでしょう。そうなれば王国の為にもなります」
この時、浩二はまだ知らなかった。
この世界‶トータス〟に召喚されて調合されたお薬は今は医神の薬として世間に広まってその薬によって助かった人達は医神教に入信する人々が後を絶たないという現実に。
ハジメが作った‶医神〟という言葉をリリアーナはちゃっかり有効活用していた。
「それにこうして少しずつ外堀を埋めて行けば……」
腹黒さと乙女心の二面性の笑みを見せるリリアーナにヘリーナは薄く微笑むのみだった。