ありふれた脇役でも主人公になりたい   作:ユキシア

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主人公54

氷と雪でできた大迷宮【氷雪洞窟】に向かう為に氷の峡谷に到着したハジメ達はフェルニルを下降させて雲の下に降りる。暴風と雨粒が弾丸のように窓を叩き、石が弾けるような連続した音がブリッジに響いた。

無数の氷の礫が激突しているらしい。落雷もフェルニルを襲うも、ハジメのフェルニルは揺らぎもしなかった。自然の猛威が具現化したような雲の中を通ったのは、ほんの数秒ほどだった。直ぐにホバッと雲天を吹き飛ばすようにして下界へと突き抜ける。

「ほわぁ~。ハジメさんハジメさん! 外が凄いことに!」

「落ち着けよ、シア。初めて見た光景で興奮するのは分かるけどな、ウサミミがめっちゃパタパタしてっから。さっきからちょくちょく俺の目を突いているから」

窓の外は、横殴りの猛烈な吹雪で荒れ狂っていた。加えて、窓の表面がピキピキッと音を立てて凍てついていく。そんな初めての氷雪世界に、シアのテンションがアゲアゲだ。ハジメの腕に抱きつきながらウサミミを猛烈にパタパタさせている。狙い澄ましたようにハジメの目を突く!

「ふむ、確かに‶極寒〟というに相応しい有様じゃな。……妾、寒いのはあまり得意ではないんじゃがのぅ」

「私もです……」

眼下の銀世界と視界を閉ざす猛吹雪を見て嫌そうな顔をするティオとエフェル。竜人族は寒さに弱いのかもしれない。

この極まった駄竜なら、突き刺すような寒ささえ快楽に変換できるに違いない。あまり調子に乗るようなら、裸に剥いて放り出してやるか……とか思っていたハジメは、意外そうな目をティオに向けた。

ティオさん、いろいろ察してぶるりっ&ハァハァ。この愛しいご主人様めっ。

「ティオ様?」

「うむ。何もないのじゃ」

ティオのハァハァに察したエフェルがギロリと竜眼をティオに向ける。ティオは一瞬でハァハァを止める。おおっ、とティオの矯正が順調に進んでいることに皆、感嘆の声が漏れる。

ハジメは若干尊敬の眼差しをエフェルに向けて自身の胸元からペンダントを取り出した。

透明度の高い水色の水晶、八角柱に加工し鎖に繋いだもの。外気調整用アーティファクト‶エアゾーン〟だ。

「グリューエン大火山の時と同じ轍は踏まねぇよ。お前等、俺が渡したアーティファクトは失くすなよ。それがあれば常に快適な大迷宮の旅が約束されるからな」

「それと俺が調合した薬もな」

浩二が取り出したのは魔法薬。浩二がハジメが持つ‶神水〟を研究して調合した回復薬‶偽神水〟。効果は本物には劣りはするものの通常の回復薬よりも遥かに高い効果を持つ。浩二はそれの調合に成功してこの場にいるメンバー全員に一人三本は持たせている。

万が一に分断された際の回復手段。使わないのであれば問題はないが、大迷宮ではそれもわからない為に用心しておいて損はない。

渡された‶偽神水〟を取り出してハジメは言う。

「‶偽神水〟って言うが……ほぼ‶神水〟と変わらねえだろ」

「本物よりも劣る以上は‶神水〟とは呼べない。それに一つ作るのにかなり複雑な調合方法を用いたから量産も難しい」

少し悔しそうに言う浩二。

‶医療師〟として本物を超える物が調合できなかったことに悔やんでいるようだ。

(そもそも‶神結晶〟は魔力そのものが千年以上の時間をかけて結晶化したもの。そこから数百年かけて飽和状態になると‶神水〟を生み出す。俺が調合したのはあくまで模造品。元となる‶神水〟があったから調合できた代物だ。けどいつかは‶神水〟を超える魔法薬を調合してみせる)

究極の回復薬である‶神水〟。‶医療師〟としてそれを超える回復薬を調合することに内心燃える浩二だった。

「……ん。ハジメのお手製。素敵」

「ですねぇ~、雪の結晶をモチーフにしてる辺りがなかなか憎いです」

「ハジメくんからの贈り物第三弾……えへへ」

ユエ達も胸元にしまっていた惚れた男からの贈り物であるペンダントを取り出して頬を綻んでいる。ハジメ用の無骨なデザインと異なり、ユエ達のは雪の結晶をモチーフに意匠を凝らした、精巧で美麗なデザインなのだが、そこで微妙そうな声音が響いた。

「のぅ、ご主人様よ。何故、妾だけちっちゃな雪だるまなんじゃ? いや、これはこれで可愛いとは思うんじゃが……妾も、できれば意匠を凝らしたアクセサリーの方が……」

なんとも言えない微妙な表情で、ペンダントを顔の高さまで摘まみ上げたのはティオだ。とっても陽気な雰囲気の雪だるま型のペンダントが、そこにあった。今にも、「HA~HAHAHAッ!」というアメリカンな笑い声が聞こえてきそうである。

ちなみに浩二達のパーティー(+雫)は兎だ。今にも跳び跳ねそうなほど躍動感ある可愛らしい兎のアクセサリーだった。それにうわぁ、と嬉しそうな声を漏らした乙女が一人。それに嫉妬の眼差しをハジメに向ける男が一人いた。

それはさておき、ユエ達の美しいペンダントと自分の雪だるまをチラチラと見比べて物欲しそうな表情をしているティオを見て、ハジメは言う。

「俺は知っている」

「な、何をじゃ?」

思いのほか真剣なハジメさん。ティオは、ちょっとたじろぎながら問い返す。

キッと睨むような力強い眼差しで、ハジメは告げた。

「お前の中に、スーパーティオさんが眠っていることを」

「!?」

ピシャ! とら雷が落ちたかのような衝撃がブリッジを駆け抜けた。

――スーパーティオさん

樹海の大迷宮で、精神反転の魔法をかけられた際、ティオに生じた異常。

そう、出現したのだ。

‶お姉さん過ぎて怖いティオ〟が。

‶格好良すぎて気持ち悪いティオ〟がっ。

つまり、まともなティオ・クラルスさんが!!

「都市伝説の類いかと思ったけどな。シアと香織、大迷宮攻略後も散々恐ろしそうに語ったんだ。それに俺達と出会う前、お前がまだ里とやらにいた時からの付き合いがあるサンドルの言葉が真実なら……実在するんだろう。まともなティオなんてものが」

「ご主人様よ。やたら真剣な雰囲気のところ悪いがの、めちゃくちゃ失礼なこと言うとるからな? 妾、割と普通にカチンときとるからな?」

珍しくむすっとした顔で元凶たるシアと香織を見やるティオ。二人は動揺しつつ反論を試みる。

「しょ、しょうがないじゃない! だって、本当に怖かったんだもん! 私のことを守るとか、女王様みたいな雰囲気で言って……うっかり、変な気分になりかけたんだから!」

「別にどこもおかしくないじゃろ!? なんで怖いんじゃ!?」

「怖いですよ! だって、ティオさんですよ! あんな泰然として揺るぎのない格好良いティオさんなんて! 今、思い出しただけでも――うっぷ」

「ちょっと待つのじゃシアァ!! なんで吐きそうになっとる!? 泣くぞ! いい加減にせんと、妾、恥も外聞もなく泣き喚くからな!」

「香織さん! シアさん! いくらなんでもティオ様に失礼です! あれが本来のティオ様なのですから!」

「本来のとはどういう意味じゃ!? 今の妾は本来のではないと申すか!?」

そう言いながらも、ちょっと頬を染めているティオは、やはり末期なのだろう。

とはいえ、まだ諦めるのはまだ早い! はず! と、ハジメは雪だるまペンダントをビシッと指さした。

「俺は、きっとまだお前の中にいるはずのスーパーティオさんを見てみたい。氷雪洞窟の攻略中に、是非、実在証明をしてくれ。そうしたら、頑張ったご褒美にお前が望むデザインのアクセサリーを贈ってやる」

「ひ、酷いのじゃ……それはつまり、妾には女らしい贈り物を一生せんということか!? あんまりじゃっ、ご主人様よ! お仕置きは大好物じゃが仲間外れは嫌じゃ!!」

「おいこら、駄竜。何を『もうあの頃の私はいないの!』みたいな顔してんだ。性癖の不治は確定事項にするなよ」

泣きべそ掻きながら縋り付くティオに、ハジメは頭を抱えながら浩二を見た。それに察した浩二が口を開く。

「性癖の改善は難しい。エフェルの頼みもあって薬やカウンセリングなどもやってはいるが、あまり効果がない。だから今は改善ではなく抑制する方向性でいってはいるも、根本から完治するのはほぼ不可能だ」

それを聞いてガクリと首を前に折る。

「あ、でも一つ面白い仮説はできたぞ。エフェルから里にいた時のティオの扱いを聞いて蝶よ花よと叱られるようなこともあまりない、お姫様のように育てられることで叱責や痛みに新鮮な喜びを覚えてしまうという仮説ができた。あとティオのような変態が二人か三人ほどいればその仮説は正しいと証明される」

「なかなか面白い仮説ですわね、浩二。しかし、それでしたらリリアーナ様もそうなのでは?」

「可能性としてはあり得るな」

その仮説を聞いてハジメ達はシン、と黙り込む。

「……えっと、つまり」

「浩二さんの仮説が正しいのでしたら……」

「やっぱりティオを目覚めさせたのって」

全ての視線が一点に集中する。全員の視線を一身に受けているハジメは全力で皆からの視線を無視する。そんなハジメに浩二は慈愛に満ちた笑みを浮かべながら優しくハジメの肩に手を置いた。

「責任取って定期的にティオのお尻をぺんぺんしてティオの性癖を発散させてやりなさい」

「…………………………いや、待て。待ってくれ。治療行為なら別に俺でなくても」

往生際が悪い。どうにか逃れようとするハジメにティオが言う。

「往生際が悪いぞ、ご主人様よぉ! 快楽というものはっ、信頼する他者から与えられんと意味がないのじゃ!! 故に妾をこんな身体にした責任を取って妾のお尻をペンペンするのじゃ!」

ほれ! はようはよう!! 早く妾のお尻を叩くのじゃ!! と尻をハジメに向けてフリフリと腰を振るティオにハジメは何とも言えない顔のまま周囲に助けを求めるも、残念なことに誰も助けてくれない。

自業自得。その言葉がハジメの脳裏を過る。

プルプルと震えるハジメの手。それは自分の愚かさに対する怒りか、子供には見せられない顔でハァハァするティオに対する怒りによるものなのか、ハジメにしかわからない。

「ティオ様……」

「エフェル、おいで」

「大丈夫、これは治療行為なのですから」

エフェルは竜人族の姫として人には見せてはいけない顔に呆れと共に溜息を漏らし、浩二とティニアの二人に慰められる。レイナは面白そうに見学し、イリエを始めとする光輝達は見てみぬフリに徹する。

ハジメに味方はいない。ユエ達でさえ、これはハジメが悪いと言いたげな顔でじっと見ている。もはやハジメに逃れる術はない。だからこそハジメはその手を振り上げ……。

「こ、の駄竜がッ!!!」

「ありがとうございますっ」

振り下ろしたのであった。


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