「浩二くんのバカ! 鬼畜! 外道! サディスト!」
【氷雪の峡谷】でポカポカと効果音が聞こえてくるかのように鈴は浩二の胸を涙目で叩いていた。
谷底へ突き落された恨みを突き落とした犯人にぶつけている。
「悪い悪い」
しかし、当の本人からは全く誠意のない謝罪。こんにゃろう、と鈴は手に力を込める。
「肩の力は抜けたか?」
「え?」
「親友の為に気張るのはいいが、もう少し気楽にしろ。でないといざという時に気張れなくなるぞ?」
その言葉に鈴は手に込めた力を緩める。
浩二の言う通り、鈴は親友である恵理と話をする為にもう一つの神代魔法を獲得しようとここにいる。
気張っていないと言えば嘘になるし、肩の力だって入っている。
(もしかして浩二くんはわざと鈴を……)
やり方は鬼畜ではあるも多少は肩の力が抜けた気がした。
「でも突き落とす必要はないんじゃないかな?」
浩二さんはスッと視線を明後日の方向に向けた。あ、綺麗な雪景色。
鈴の手に再び力が込められるのも無理はない。
「まぁよろしいではありませんの。無事だったのですから」
「鈴ならこの程度問題ない」
レイナとイリエがまぁまぁと鈴を宥めに入る。
するとその直後、シアを抱えるティニアが降りて来た。どうやらハジメ達とは違う位置に落ちていた所をティニアに発見されて連れて来て貰ったようだ。
「いやぁ~、参りました。狡猾な罠でしたね。まさか私の童心を弄び谷底に落とそうとは――へぶっ!?」
恥ずかしさを誤魔化すように、笑うシアの脳天に、ハジメの拳骨が炸裂した。
「馬鹿やろう。まだ大迷宮じゃないが、ここが危険地帯であることに変わりないんだぞ? 気を抜くな」
「あぅ~、すみません。ちょっと調子に乗りましたぁ」
叱られたシアは、しょぼんと肩を落とす。ウサミミもへたぁ~となる。
そんな残念ウサギを慰め、ウサミミを優しく撫でるハジメとユエにシアは嬉しそうに気恥ずかしそうに見ている方が身悶えするような仕草を見せる。
ハジメとユエとの間に度々展開する桃色空間。それがシアを中心に発生している。
周りの雪も解けそうな熱さ。
「こうして見ると本当にシアを受け入れたんだよなぁ、南雲は。雫、あそこに香織を入れるにはどうするべきだと思う?」
「そうね。突撃でもさせたらどうかしら? 香織ならそれで行けると思うのだけど」
「いっそのこと南雲に強力な精力剤をブチ込んで香織と一緒の部屋に閉じ込めて既成事実でも」
「浩二くん!? 雫ちゃんまで何を考えているのかな!? かな!?」
難しい顔で何かを企むように考える浩二と雫に香織は思わず二人に荒げた声を飛ばす。
香織に対して相も変わらずの過保護な二人に鈴達は呆れるも浩二は真剣な口調で香織に告げる。
「香織。お前のお母さん、薫子さんは智一さんと既成事実を――」
「やめて!! 親のそんな話聞きたくない!! というかどうして浩二くんがそんなこと知っているの!?」
「普通に香織の家にお邪魔した時に教えて貰ったぞ」
というよりも香織の父親である智一から「香織は妻に似ているからもしかしたらそういうこともあるかも」と教えて貰ったというよりも愚痴を聞かされたの方が正しい。
「私そんなことしないからね!! ……ね、ねぇ、どうして目を逸らすの? ねえったら」
浩二と雫は香織と目線を合わせない。
香織の突撃を良く知っている二人は香織がそう言うことをしてしまう可能性があるとつい考えてしまったから。だからユサユサと香織に揺られながらも決して視線を合わせようとしなかった。
すると雫はふと慈愛に満ちた眼差しを香織に向けて優しく肩に手を置く。
「大丈夫よ、香織。何があっても私達は貴女の味方だから」
「ああ。安心しろ。智一さんの説得は俺も付き合うから」
「もう!! 二人のバカ!!」
ぷんすかと怒る。
私、怒っています! かのように頬を膨らませる香織を二人はごめんと謝りながら香織を慰めに入る。
「道は……こっちだな。お前等、遊んでないでそろそろ出発するぞ」
ハジメは手元の羅針盤を見ながら先へ進み始めた。
大迷宮の入口があると思われる方角には、三つに枝分かれした大きな氷のトンネルが続いている。羅針盤は一番右のトンネルを指し示していた。
氷壁と、峡谷の上の積雪で作られた天然トンネルは、まるで風の回廊のようだった。
突風……というほどではないが、トンネルの奥から身を刺すような冷たい風が吹き付けてくる。
エアゾーンがなければどれだけ厚着をしていても体力が削られてしまう厳しい環境。魔法で火を起こし暖を取れたとしてもこの極寒の中ではそう長くは持たないのは明白。
そんなことを考えつつも、油断なく進むことしばし。
トンネルの中は、当然のことながら整備などされていない。天然の鍾乳洞のように、氷塊や氷柱で埋め尽くされ、道は蛇のようにうねり、あるいは波のようにアップダウンしている。
それらを、時に乗り越え、時に迂回し、時に破壊しながら進んでいると、
「何か近づいてきます」
「おや? 何かいますね」
天職‶探索者〟のティニアとシアのウサミミが反応した。
それなりに拾い通路の右側に剣山のように乱立する氷柱があるのだが、その隙間に何かいるようだ。
「きゅうん」
「わぁっ、かわいい!」
姿を見せたのは子ウサギだった。
そして、思わず黄色い歓声を上げたのは雫だった。
全員の視線が可愛いもの大好きな雫ちゃんへ向く。眼差しが、とても生暖かい。
「ご、ごほんっ。……魔物かしらね? 可愛らしい外見で惑わそうなんて、中々恐ろしい特性だわ」
「雫ちゃん、取り繕えてないよ?」
「シズシズ。お耳、真っ赤だよ?」
そんなことを言っている間にも、子ウサギがそろりそろりと氷柱の隙間から出てきた。
普通の子ウサギではないことは確かだ。体毛は白銀で、氷雪と同化してしまいそうな見た目であり、全身から雪の結晶でも振りまいているのかキラキラと輝いている。
だが、魔物かと言われると……少し疑問だ。魔物共通の特徴である赤黒い目ではなく、白銀の瞳である点から断言できない。
「きゅきゅう?」
なんとも愛らしい。小首を傾げ、そろりそろりと近寄ってくる姿は、違う意味で凶悪だ。ユエ達まで少し頬を染めている。
「……みんな、一応言っておくけどこれはそんな可愛らしい魔物じゃあ」
イリエが可愛らしい外見に完全に騙されている皆に注意しようとした瞬間。
白銀の子ウサギは、先頭にいたハジメの足元へやってきた。ふんふんと可愛らしく鼻を鳴らし、ハジメを上目遣いで見上げる。
ハジメは、穏やかな表情でふっと笑った。
ああ、と誰もが思った。
やはり、樹海の大迷宮攻略して後、ハジメは変わったと。
敵か、そうでないか。世界をたった二色に分けて、立ち塞がる全てを殺し尽くす。
故郷に帰るという目的のためなら、なんだって切り捨てる。
そんなハジメも、念願の成就を前に、そして今までの多くの出会いと出来事によって少しずつ前の優しい自分を取り戻して――
「あざといんだよ、この汚物が」
グシャ!! と音がした。とても、生々しい音だった。
あれ? と多くの者が思った。
ハジメの靴の下から滲み出てくる赤い液体はなんだろう?
あれ? どうして小さな子ウサギさんの体がビックンビックンと痙攣しているんだろう? 頭はどこですか? 靴の下ですかそうですか……
「ぎゃあああああっ、南雲くんの悪魔ぁああああっ」
鈴の絶叫。その姿は、まるでムンクの『叫び』によう。
雫はふっと意識を失って後ろに倒れ込みそうになるも、浩二は支える。香織は両手で顔を覆ってしゃがみ込んでおり、ユエとティオは顔を見合わせて溜息を一つ。
ティニアとエフェルは周囲を警戒して頭を失った子ウサギを目視せず、レイナは「あらまぁ」と暢気に口に手を当てていた。イリエは絶叫する鈴の肩に優しく手を置いた。
鈴はイリエに抱きついて泣いた。
そして、シアは、無残に踏み潰された虫のような子ウサギの成れの果てを見て「ひぃっ」と悲鳴を上げて後退った。
「きゅきゅう!?」
「きゅ~!?」
追加の子ウサギさんが現れた! 踏み潰され痙攣する仲間を見て、まるで家族の死を見たかのような絶叫を上げる。
直後、ハジメに向かってぴょんぴょんと駆け出した。迫力は皆無だ。そのまま、ぽふぽふとなんのダメージもない体当たりをしてくる。
どう見ても、非力で可愛らしいだけの小動物だった。
なので、
「チッ。うざってぇな」
プチッと踏み潰すハジメさん。更にぴょんと跳ねたもう一匹の子ウサギのウサミミを鷲掴みでキャッチ。子ウサギさんが「もういじめないで?」と言いたげに、ぷるぷるしながら悲しげな鳴き声を漏らしている。
耐えかねたようにシアが口を挟んだ。
「あ、あの、ハジメさん? もう、いいんじゃないでしょうか? ほら、なんの攻撃もしてこないですし、その子、怯えてますし……」
「はぁ? お前、なに言ってんだ?」
まるで通じてないハートとハート。シアは「あれぇ?」と首を傾げながら、なお言い募る! 復活した雫と鈴がシアにエールを送る! あの悪魔を止めて!
「ハジメさん! 私、ハジメさんの恋人ですよね!?」
「お、おう。そうだけど、なんだよいきなり。なんか照れるだろ」
ちょっと恥ずかしそうに視線を逸らすハジメの姿。シアやユエ達的にプライスレス。
ユエ以外には今まであまり見せたことのないその姿は、やはり、ハジメの心境が柔らかく変化したことの証のはず……。
「そう、私はハジメさんの恋人です! そして、ハジメさんのウサギです!」
ぴょんぴょん! ウサミミを両手に添えてウサミミアピール!
「あのなぁ……時と場所を考えろよ。嬉しい言葉だけど、俺の理性がやばいだろ」
明確に、シアの誘惑に負けそうだと困った顔で言っちゃうハジメさん、やっぱりプライスレス!
その貴重なお顔のまま、ゴミを捨てるような気軽さで子ウサギをぶん投げた。勢いが強すぎて、ブチッとウサミミが千切れる。子ウサギは砲弾のような勢いで飛び、壁に激突。
ただの染みとなった。美しい氷壁を、真っ赤な何かがずるりっと這い落ちていく。
「チッ。汚ねぇウサミミだ」
ハジメは、千切れたウサミミを心底嫌そうな表情で見た後、やっぱりゴミのように投げ捨てた。
「うわぁあああああああんっ。ユエさぁ~~~んっ。わたしぃ、もうハジメさんが分かりませぇ~~んっ」
「……んっ。ハジメ! メッ」
「わけが分からん」
ユエに抱きつくシアと、そんなシアを抱き締めながら何故か叱ってくるユエ。
ハジメは困惑を隠せない。
「あのね、ハジメくん。シア的に、同じウサギなんだし、そんなに可愛いんだし、容赦なく殺すのはどうなんだろうって言いたかったんだと思うよ?」
青ざめた表情で香織がシアの乙女心を解説してくれる。
「そういうことじゃ、ご主人様よ。そもそも絵面的にかなり――」
ティオまでなんとも言えない表情で苦言を呈してきたその時、
「「「「きゅきゅ~~っ」」」」
氷柱の影から、たくさんの子ウサギさん達が!
なので、ハジメは宝物庫を光らせて――ガションバシュンガションバシュン!!
圧縮された空気が解放される僅かな音と同時に、射出された散弾針で子ウサギさん達をハリネズミにしていく。
―――リボルバー式エアショットガン アルウス
激発音とレールガンの高すぎる破壊力・衝撃力を抑えつつ、致命的殺傷力を求めて創られたアーティファクト。
炸裂の代わりに、昇華魔法により創れるようになった極小かつ脆い使い捨ての宝物庫がセットされている。撃鉄に叩かれることで崩壊し、圧縮して込められていた空気が解放されて散弾針が飛び出す仕組みだ。針には奈落製の猛毒が塗り込まれている。
「おい、お前等。何ぼさっとしてんだ。さっさと
歴戦の特殊部隊員の如き、合理的かつ必要最小限の動きで子ウサギさん達を血祭りにあげていく至って真面目なハジメさん。
「……えっと、このウサギも立派な魔物で対象から熱を奪う固有魔法を持っているから、外見に騙されたらいけない」
「あらそうですの」
この場で唯一子ウサギの脅威を知っているイリエは皆にそう説明したが、そんなことは光輝達には関係なく。
「「「「こ、この悪魔めぇえええっ」」」」
と、叫んだのだった。ハジメが元の優しさを取り戻しつつあるという認識を彼方にぶっ飛ばしながら。取り敢えず、その絶叫で雪崩が起こることはなかった。
(大丈夫か、おい……)
ただ一人浩二だけはここから先の迷宮攻略について心配するのだった。