くるまさま、水上 風月さま、佐藤東沙さま、ご報告ありがとうございます!
私とダールゲ中尉は帝国空軍軍人の第一歩として、当時ベルンに臨時で用意された特別司令部──後に空軍総司令部に改名した──にて空軍総司令官を拝命された、ルドヴィク・フォン・エップ参謀大佐*1への挨拶を済ませ、広報用に握手の写真を撮った。
今後、公私を分かたず長い付き合いとなるフォン・エップ参謀大佐は、質実剛健な帝国貴族というよりも、これぞアルビオン貴族と言わんばかりの、気品溢れる容姿であった。
武人らしい太い口髭に見合う、秀麗な相貌。広い肩幅の凛々しい長身は、獅子心王を髣髴とさせる権力者の絵姿そのものと言って良かったが、その栄誉を渇望するぎらぎらとした瞳からは、ロンディニウムの上級階級にない、底知れぬ野心が垣間見えた。
当時帝国では表向きにこそ、憲法上出身地や人種による差別などないとされていたが、現実には出身地(州)ごとの差別意識や男性優位の軍機構が存在しており、フォン・エップ参謀大佐はそれがために、将官への進級や、高位顕職の抜擢人事から外されていたのである。
前線・後方共に華々しい勲功に満ち、明晰な頭脳を誇ったフォン・エップ参謀大佐が、敢えて帝国空軍の司令官として転籍したのは、そうした軍機構への反骨心あっての事だったのだろう。
ただ、フォン・エップ参謀大佐自身はそうした軍機構にこそ反発していても、戦友同朋に対しては、一切の差別や過去の不満を持ち込むことはなかった。
プロシャ出身であるが為に、意図せず恵まれた立場にあった私に対しても、フォン・エップ参謀大佐は壁を作ることなく接してくださり、その誠実な人柄故に、空軍の父となられたフォン・エップ参謀大佐に対し、私も上官に対する伝統ある忠誠を誓ったものである。
◇
広報にかかわる勤めを終えた後、私とダールゲ中尉は、ベルン郊外の飛行場へと到着した。
居並ぶ教官パイロット達は、先に語った通りある程度は
後ほど彼らの経歴を確認して分かった事だが、経験者たる各方面のパイロットは、要するに逃げ足の速さに定評が有る者達で、魔導師を見れば即撤退し、戦闘機の相手も極力避けていた手合いらしい。
敵わない相手に猪突猛進する事が正しいとは微塵も思わないし、勇敢毅然より臆病な慎重さが評価されることは否定しないが、逃げ上手なだけでは教官として不適当であろう。
迅速慎重な判断とは戦闘に、引いては戦争の勝利遂行の為にあるべきなのであって、保身に用いるものではないのだ。
では、新人達の方はどうかと言えば、こちらが芽があると見做されたのは、学生時代グライダー飛行の経験があったり、民間機のパイロットを若手とはいえ勤めていた事から、他の志願者に比べて要領と筆記の点数が良かったというのが基準であった。
「これは、骨が折れそうですな」
ダールゲ中尉が小さく耳打つ。敬語であるのは、本日を以て私が大尉となったからである。これは、私がファメルーン勤務の半年間で二個中隊相当の魔導師を撃墜した勲功故だが、半年に満たない期間で二階級もの進級を果たすのは──エルマーのような天才でもない限り──如何なものかと理由から、教官を務めるまで進級を先送りされていたのだ。
「だが、目に輝きはある」
「みんな大尉殿に恋してますからね」
彼らの、特に新人の私を見つめる瞳は、空飛ぶ魔導師を見つめた幼い日の私のようであり、私はそれが面映く、彼らを甘やかして可愛がってやりたい気持ちになったが、しかしプロシャ軍人としての血が、すぐさま己を厳格な軍人として律した。
「総員、傾注!」
ざ! と足並みを揃えての整列とは行かない。既に軍人としての気質が出来上がっている教官パイロットは兎も角、新人達は兵舎での初期訓練で何をやっていたのかと言いたくなった。
“本当に骨が折れそうだな”
緊張から、おろおろと目を泳がせる新人達を前に、私は内心息を零した。
◇
訓練初日から十日が経過した。教官パイロットへの指導も適宜行っており、こちらは全員の癖や編隊飛行時の動きから無駄を削ぎ、次の段階に移れるよう計画を練っていたが、ダールゲは私達が教官として与えられた執務室で、来賓用の長椅子に背を預け、だらりと手足を伸ばして倦怠感を顕にしていた。
「大尉殿、小官は前線勤務に復帰したくあります」
「却下だ」
この飛行場で実戦的指導を施せる者は、私とダールゲ中尉以外ない。他国から精密なる戦闘機械とまで畏怖された帝国軍の中にあって、帝国空軍は完全に行き当たりばったりとしか言いようのない有様であった。
「そうは言いますがねぇ。あのヒヨコ共、あと一月は徴募兵と同じ兵営に入れとくべきでしたよ? あいつら、軍人としての土台が出来ちゃいないんです」
「……承知している」
私はこめかみに指を当てて揉み解した。私とて、彼ら新人が出来上がっていないのは百も承知である。ここに来るまでの訓練内容を見通したが、ダールゲ中尉の言通り、本来一〇週間からなる兵営での教練を、一日も早く航空機の訓練に入らせる為に、五週間に短縮してしまっていたのだ。
「かくなる上は仕方あるまい。私がヒヨコを荒鷲にしてやる」
「……おお、主よ」
ダールゲ中尉は大仰に十字を切ったが、新人が新兵となる前段階として。何より彼らを一人として余さず帝国空軍の価値ある構成員としなければならない以上、これは止むを得ぬ措置なのだ。まずは残りの五週間を、ここで穴埋めして貰うとしよう。
◇
「魔導少尉、仕上がりはどうかね?」
「歩兵に出来ないのが惜しいぐらいですよ、大尉殿」
空軍総司令が魔導師出身であった事からも分かる様に、空軍は人材不足であり、教練に至っても、内勤の事務屋に至っても、各方面から兵科や所属に関わらず──なんと海軍軍人の姿もある──臨時補助要員として出向して頂いていた。
特に私が重宝したのは衛兵司令から招かれた憲兵達で、どのような些事も見逃さない彼らの職業意識の高さと、卓抜した几帳面さには感服したものである。
勿論、本人の希望や航空省人事局からの要請で正式に転籍した者もいたが、皆原隊の軍衣を着用しているので、私やダールゲ中尉のように事前に官姓名を叩き込んでいる人間以外には、誰が正規空軍なのかは判らないだろう。
当然これは問題となったので、すぐに空軍軍人は航空隊員の兵科色である黄橙色の腕章──といってもフェルト地の布を巻いた簡素な物──を、航空隊員でない軍医や技術者らも含めて着用する事になった。
バラバラの制服を纏う彼らは時に書類を運び、時に新人改め、新兵と呼べるに至ったヒヨコ達に怒声を張り上げ、時に教鞭を執る。
特に技術局局員の講義に関しては、私やダールゲ中尉にとっても大変有意義であったし、パイロットのみならず魔導師にとっても航空機の特性を知る事は将来的にも必須である為、皆真剣な顔つきで筆を走らせていた*2。
教練初日から四週間。目標の三週間には届かなかったが、新兵の最低限の下積みは出来たと見て良いだろう。
とはいえ、する予定のなかった教練なだけに、大幅なロスには違いない。
上層部からの要求は、私達がファメルーンで費やした時間。即ち「半年間で彼らを
ファメルーン帰りの大半は、文字通り死に物狂いだった。血みどろの努力と猛訓練を経て、ようやく戦えるといった者ばかりだったのである。まして、現状の機体性能で魔導師を伴わないなどというのは、私やダールゲ中尉のように突出したパイロット以外には、自殺以外の何物でもない筈なのだ。
上層部の要求を耳にしたダールゲ中尉の憤激は特に凄まじいもので、普段毒を漏らすにもジョークで包む中尉が、この要求にはあらん限りの語彙を尽くした罵詈雑言を吐き出した。
散って逝った戦友の努力が、まるで小遣いで菓子を買うように扱われたともなれば、その怒りは正当なものだろう。私とて、口にしなかったというだけで、怒り心頭であったのだから。
◇
しかし、戦闘機のみの編成という無謀な蛮勇が、明らかなる自殺行為が、現実に戦果をもたらしたと私達の元に届いたのは、空軍設立から半年にも満たない四月の事だった。
他国は帝国に先んじて係争地に戦闘機を配備しており、帝国航空魔導師一名に対し、三機編成で当たるという物量戦で、帝国航空魔導師との質を埋めたのだ。
無論、帝国軍の魔導師とて即座に対応し、密集編隊を組む航空機には爆裂術式で対応するという、私の初任務で魔導小隊が連合王国に受けた戦法を利用したのだが、そう何度も同じ手は使えず、航空魔導師の射程圏外から散開し、二機が十字砲火で足を止めた後、三機目が止めを刺すという手を打ってきた。
「我々航空隊が、ファメルーンでやった手だな」
何もかもが焼き増しだ。私が会敵した相手は一人として逃がしはしなかったが、他の隊員に関してはその限りではない。戦法を知られて逃げられ、次の戦いで墜とされた者は多かった。
「報告によれば、連合王国も共和国も、既に一定速度なら急降下に耐え得る機体が出ているとか」
無論、ダールゲ中尉に言われるまでもなく私も耳にしていた。実際に我々に当たった二国だけでなく、レガドニア協商連合でも、これを期に航空機開発に乗り出すという事も。
現在、帝国魔導師と敵戦闘機との
「敵は、ここぞとばかりに増産してくるだろうな」
敵からすれば、世界最高の魔導師を八機の戦闘機で潰せるという戦果は、狂喜して然るべきものだろう。
暗澹たる思いで私は執務机に肘をつき、手を組んだ。上が、まだ使えない連中を前線に送るよう要請してくる可能性を無視出来なかったからだ。
ここで彼らを前線に送ったとしても、出来上がるのは鉄の棺桶だという事を、私もダールゲ中尉も正しく認識している。しかし、敵に対して成果を出せない上が、功を焦り引き渡しを要求すれば、軍属である我々が拒む事は不可能なのだ。
重くなる空気が執務室を満たす中、卓上電話からベルの音が響く。
私は受話器を取った次の瞬間、背筋に汗が伝った。電話の相手は、空軍総司令官のフォン・エップ参謀大佐だったからだ。
まずい! 私は内心叫んだ。部下を引き渡せとせっつかれ、こちらに電話を入れてきたに違いないと勘ぐったからだ。
しかし、それは杞憂であった。受話器越しのフォン・エップ参謀大佐は、既に空軍の親玉であり、自分達の父親である筈なのだが、演算宝珠開発の一角であるエレニウム工廠が、新型演算宝珠の制式採用を決定したと自慢して来たのである。
私は胸を撫で下ろすと同時、フォン・エップ参謀大佐と共に新型機の採用を喜んだ。
決してゴマすりではない。私は初任務での彼ら魔導師の勇姿と活躍を見て以来、すっかり航空魔導師のファンになっていたし、何より苦楽を共にした戦友達が、新たな力を得られる事を喜ばない道理があろう筈もなかった。
私はすっかり上機嫌になったフォン・エップ参謀大佐と盛り上がり、最後にこう切り出した。
「一名でも構いませんので、新型機とそれを扱える魔導師を送って頂きたくあります」
これには上機嫌だったフォン・エップ参謀大佐も言葉を濁した。
新型機もそれを使い熟せる魔導師も貴重である事に加え、最先端魔導工学技術の結晶たる次世代機を持ち出す事は、機密保持の観点から見て望ましくないからだ。
その点私も重々承知していたのだが、世界最先端たる帝国魔導師の力を、何としても他国に先んじている今の内にパイロットの糧にしたかった。
私一人が魔導航空隊の試験工廠に赴いて見聞きするより、こちらに来て貰った方が遥かに有意義なのだ。
フォン・エップ参謀大佐は私の熱意に根負けし「一名だけだぞ」と念押しした。
私は受話器越しにフォン・エップ参謀大佐に口付けしたい程感極まり、ここぞとばかりにフォン・エップ参謀大佐を持ち上げ、まだ知りもしない新型機と開発に携わった技師の努力を、あらん限りの美辞麗句で褒め称えた。
フォン・エップ参謀大佐は「おだてても何も出んぞ」と苦笑したが、新型機と魔導師は出たのだ。だからあと一押しすれば、もう一人追加で送ってくれはしないだろうかと打算も入っていたのだが、ここからフォン・エップ参謀大佐の話題は、開発陣に切り替わってしまった。
私は帝国軍技術者の事は当然尊敬していたし、フォン・エップ参謀大佐への追従も、決して厚顔令色の類ではないのだが、しかし最後の一言だけは納得しかねた。
「かのドクトル・シューゲルは正しく帝国随一の天才だな。貴官もそう思うだろう?」
私は微笑みながら受話器越しに頷いたが、これだけは本心と違った。私はフォン・エップ参謀大佐に「私の弟の方がずっと凄いんだからな」と言ってやりたかったのだ。
◇
しかしながら、フォン・シューゲル技師が紛れもない天才なのだという事を、私は出向してきた魔導将校と、次世代新型機との呼び声高いエレニウム八四式を見て確信せざるを得なかった。
フォン・シューゲル技師が新たに演算宝珠に組み込んだ新術式は、正しく『航空機殺し』ともいうべき代物であるどころか、既存魔導師すら一方的に蹂躙し得る性能を有していたからだ。
補足説明
【帝国内における差別について】
漫画版幼女戦記11巻では、「伝統と格式を保ちつつも、差別のない国家を目指した新興国が帝国だ」と語られていますが、書籍版2巻P332では、「忌々しいまでに男性優位の軍機構」だとデグ様が漏らしております。
おそらくは、軍が管制官などの後方要因や、魔導師を確保するために「女性にも権利保護が約束されているよ!」という建前がありつつも、実情は……と言った所なのでしょう。
ただし、出身地(州)ごとの差別というのは幼女戦記の設定でなく、史実のドイツ帝国内でのことであります。
ドイツ帝国はプロイセンが中心となって諸邦を纏め誕生した国家ですので、大参謀本部(本作品での中央参謀本部)などといった要職は、プロイセン出身者で構成されておりました。
これが覆されたのは貴族でないにも拘らず、三〇という若さで参謀本部付きとなり、後のWW1で実質的にドイツ全軍の戦争指導を行う立場になった、ルーデンドルフが芽のある将校たちを起用するまで待つ事になります(それでも完全ではありませんでしたが)。
よって本作品の帝国は、クッソ性格の悪い作者の手によって、幼女戦記と史実ドイツ帝国双方の後ろ暗い部分が混在しているという設定にさせて頂きました。
差別なき理想国家なんてのはね、国民にそう思わせとけばいいんですよ(ゲス顔)