キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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※2020/2/20誤字修正。
 水上 風月さま、佐藤東沙さま、ご報告ありがとうございます!


09 エレニウム八四式-リービヒ中尉との模擬戦

 本国戦技教導隊より、ギルベルト・リービヒ魔導中尉が当飛行場に本日出向するとの報せを受けた私は、襟を正して歓待の準備を整えていたが、私のみならず、同飛行場内の航空・地上要員や魔導師達でさえ、出向を受けたリービヒ中尉に驚かされた。

 

 リービヒ中尉は何と、新機能である光学術式を用い、フォン・エップ参謀大佐に扮して我々の前に現れたのだ。

 我々は、空軍総司令官が飛び込みで閲兵にいらしたという憲兵の報告に大慌てになり、全員がどやどやと飛行場近くの広場に整列してこれを迎えた途端、フォン・エップ参謀大佐は全く別人の魔導中尉に早変わりしたのである。

 階級が上の私も、そして皆もリービヒ中尉の悪戯に対し、怒る事さえ忘れて阿呆のようにぽかんと口を開けた。

 

 そして、悪戯が成功したリービヒ中尉は自己紹介の後、これだけではないと新しい玩具を自慢する子供のように、私達の前に実物と寸分違わぬフォン・エップ参謀大佐の像を二つも用意して見せたのである。

 私達は恐る恐ると言った手つきでその像に触れて、手が像をすり抜ける光景に驚かされた。

 

「嫌な上官を的に出来そうですな」

「実にその通り!」

 

 ダールゲ中尉のジョークは大受けだった。皆、考えることは同じだったからである。しかし、それは当然本来の用途ではない。立体映像として複数の像を作る本来の用途は、敵に誤認させる為の(デコイ)なのだ。

 

「一番最初の変装も、本当の目的は周囲の風景に溶け込む事です。ほら、こんな風に」

 

 そう言って、リービヒ中尉は私達の前で透明人間になって見せた。声のした方に手を伸ばすと、リービヒ中尉は私の手を掴んで見せてくれた。カメレオンも真っ青の擬態だが、何もかもが完璧には行かないという。じっと立ち止まっていれば完璧な透明人間だったが、動くとそこだけ景色がずれてしまうのだ。

 加え、透明化は消費魔力も桁違いなので、数秒も持たないという事だが、それでも交戦中の魔導師が姿を消せば、敵の混乱は避けられないし、立ち回りでも大いに役立つ筈だ。

 先の立体映像と組み合わせれば言うことは無いだろうが、残念ながらどちらも燃費が悪い上、新型演算宝珠でも回路が焼き付いてしまうので、術式の同時起動は不可能だという。

 

「そしてここからがメインディッシュ。新式の魔導障壁、防殻術式です」

 

 これまでの魔導障壁は、術者を中心に球状に展開していた防御膜に限られた──私が初交戦した魔導師のように、防御膜の形状を任意に変化させる事は可能だ──が、新しい術式はまるで甲冑のようにリービヒ中尉の全身を包み込み、防御膜を展開した際のような、淡い光を放っていた。

 

「消費魔力は従来の魔導障壁の二分の一で、瞬間的な防御力は従来の球状防御膜とほぼ同等。持続時間は三〇秒で、魔力量を増やせば伸ばせますがそちらはお勧めしません。何しろ、こいつの本領はその低コストですから」

 

 従来、魔導師が飛行術式*1を使用しつつ、更に複数の術式を同時ないし多重展開する事は、精鋭と称すべき錬度を要求してきた。

 それは術式の展開に生じる消費魔力と、各術式を展開する上での演算宝珠の処理能力双方の問題*2から来るものだったが、言い換えれば消費が少なく、単純な術式であれば現行の演算宝珠であっても短時間の同時・多重展開どころか、複数の常駐式展開も可能という事である。

 現にフランソワ共和国軍魔導師は、タイムラグこそあれど起動そのものは単純な爆裂式と、魔力を自動感知・追尾する誘導干渉式を組み合わせた複合術式を利用して、保護領の帝国魔導師を散々に苦しめていた。

 

「これ単体では便利な鎧に過ぎませんが、従来使用していた『魔導刃』と組み合わせれば」

 

 防御と攻撃手段の両立。デモンストレーションにおいて、銃剣に魔導刃を纏わせた状態で水平飛行を敢行。

 地面すれすれの超低空水平飛行で突貫したリービヒ中尉の銃剣突撃は、固定された廃棄予定の戦闘機エンジンを深々と貫いたばかりか、固定台座から吹き飛ばしていた。

 ランスチャージさながらの光景と破壊力は、私達パイロットのみならず、居合わせた航空魔導師さえ絶句した。

 光学術式迷彩による回避と隠密性だけでも、魔導師の生存率は著しく向上する。しかし、この防殻と魔導刃の組み合わせは航空隊員にとって余りに凶悪極まりない代物だった。

 魔導師を墜とすに足る有効射程圏は、現行戦闘機で五〇メートル。その地点に踏み込んだ時点で、火砲掃射によって敵に防御態勢を取らせ、そのまま火力で押し通す事が、我々航空隊員が確立してきた勝利の方程式だった。

 しかし、もはや魔導師は防御時に足を止める必要はなく、むしろ懐に飛び込んだ戦闘機を、好機とばかりに返す刀で刺し貫いてくるだろう。

 それは相手が魔導師であろうと例外ではない。三〇秒という時間は、空戦において余りに長い。七・六二ミリ弾のボルトアクションでは急接近する魔導師を前には狙いは定まらず、短機関銃の斉射も、全弾を的確に命中させねば、防殻を破壊するには至るまい。

 唯一の対抗策は複数人の爆裂術式による面制圧だが、乱戦となる事が前提の魔導師同士の空戦で、しかも超高速で飛来する人間砲弾を目視し、そこから起動の遅い爆裂術式を展開して封殺する事は不可能に近い。

 

 一体どうやればこんな怪物を倒せるというのか。パイロット達は自分達が帝国魔導師の敵でない事を神に感謝し、魔導師らはこの光景を目に敵を僅かに憐れみつつ、新型機の到来に喝采を上げた。

 だが、魔導師は兎も角として、パイロットは喜んでばかりでは居られない。今はまだ帝国が開発し、独占し、他を圧倒し蹂躙するであろう技術だが、これが将来的に他国の標準装備となる事は、十分有り得るどころか、戦争史を紐解くまでもなく必定と言って良い。

 

 だからこそ。まだ帝国が技術を独占している今だからこそ、時間という最大のアドバンテージを利用しない手は無いのだ。

 私とダールゲ中尉は事前に新兵・教官を問わず全パイロットから選抜した最優秀者三名による三機編隊での模擬戦を、リービヒ中尉と行う事を打ち合わせ通り通達したのだが、既に三名の心は折れていた。

 私とダールゲ中尉が指導を続け、ようやく形になってきたばかりの戦法が徹底的に対策されているのだから当然だが、何も勝ちに行けなどと言う気は微塵もなかった。

 悪夢も同然の新型機の性能も然る事ながら、リービヒ中尉は帝国魔導師の中にあって、最高峰の実力を有する戦技教導隊から、総監部付き技術検証要員として出向してきた、正に世界最強魔導師の一角なのである。

 幼年学校卒業と同時に前線勤務に従事し、現在に至るまでの魔導師撃墜数は四四。歴代航空魔導師でも、片手の指でさえ余る撃墜王(エース・オブ・ザ・エース)の座にリーチをかけたリービヒ中尉が相手では、たとえエレニウム八四式を用いずとも一方的な蹂躙という運命からは逃れ得まい。

 

「胸を借りるつもりで行け」

 

 そう言って私は彼らを送り出したが、やはり誰一人としてリービヒ中尉に有効打を与えるどころか、防殻を展開するまでもなく模擬戦は終了した。

 リービヒ中尉のペイント弾は的確に燃料タンクに命中し、瞬く間に撃墜判定を下したが、これはリービヒ中尉の手心で、コクピット付近やエンジン部は万が一があってはならないという理由から、意図的に避けていたのである。

 

 よく頑張ったとダールゲ中尉は肩を叩き、私もそれに追従したが、何とダールゲ中尉は、是非自分にも相手になってくれと頼んだのである。

 パイロットとしてのプライドと好奇心、両方からの願いだったのだろうが、新型機を用いる事が出来るのはリービヒ中尉のみである。私はリービヒ中尉に無用な負担はかけさせたくはなかったのでダールゲ中尉を窘めたが、リービヒ中尉はこの申し出に快く応じて下さった。

 

「模擬戦程度なら一日に六回は楽に飛べますよ」

 

 リービヒ中尉の出向期間は一月であるが、当然休暇も入れねばならない。しかし、一日に六回というのは、それを補って有り余るものだろう。

 

「一日に六度って、大尉殿の同類か何かか?」

 

 ダールゲ中尉の言葉が琴線に触れたのか、リービヒ中尉が本当かと私の方を向いた。私は六度と言わず、飛べるならば朝起きて晩寝るまで飛んでいたいと、あるがままの本音を伝えた。

 

「大尉殿、是非ダールゲ中尉との後は、ご指南仕りたくあります」

「願ってもない!」

 

 私とリービヒ中尉は、空に魅せられた男としてのシンパシーを感じ取って、固い握手を交わした。が、何はともあれまずは「うわぁ」と口を開けて見ているダールゲ中尉との一戦が終わらねば始まらない。

 

「ダールゲ中尉。悔いなく、全力でぶつかり給え」

「大尉殿。遠回しに負けるって言う辺り、あんた本当は小官のこと嫌いでしょう?」

 

 何を言う。私ほどパイロットとしてのダールゲ中尉を愛し、信頼する理解者はいない。だからこそ、彼とリービヒ中尉との実力も理解しているというだけだ。

 敢えて口にしなかったことを察せられた以上、気遣って隠し立てする必要もないので告げたが、ダールゲ中尉は善戦こそ出来ても、確実に墜ちる。マルク金貨を賭けても良い。

 

「これ以上ない程に嫌な信頼でありますな。リービヒ中尉、立体映像にキッテル空軍大尉殿のデータも追加してくれ。後で使いたい」

「大尉殿でマスを掻きたいなら却下だ。妄想で我慢してくれ」

 

 ダールゲ中尉は、本気で舌打ちしてから戦闘機に乗り込んだ。

 

 

     ◇

 

 

一射一殺(ワンショット・ワンキル)と行かなかったのは久方ぶりです。流石はファメルーン帰りのエースですな」

「二分半も持つとはな。流石だダールゲ中尉。教官としての面子も保たれたな。模擬戦は残念だったが、後で私の葉巻(コロナ)をやる。そう気を落とすな」

「……ありがとうございます」

 

 模擬戦前には辛辣な言葉をかけてしまったが、私は心からリービヒ中尉と共に、ダールゲ中尉の健闘を称えた。あれ程までに正確無比なリービヒ中尉の射線を掻い潜り、防殻に弾丸を届かせたダールゲ中尉の手腕は、流石はマルクル中佐がお認めになられた空の男だと感服するものであった。

 

「大尉殿、小官は未だ意気軒昂であります。準備をお願いします」

「ああ。時間は取らせん」

 

 整備員が滑走路にフォルカーD型*3をつけ、私は航空隊員として必須である外側からの点検を終えた後に乗り込もうとしたが、その前に皆に伝えなければならない事があったと振り返った。

 

「これから私がする操縦は、大変危険なものであるから、絶対に真似しないように」

 

 皆は私が冗談を言っているのか、それとも、やれるものならやってみろと挑発しているのだろうと笑っていたが、これは冗談でも何でもない。

 今しがた落ち込んで項垂れていた、普段ジョークや身振り手振りで皆を笑わせているダールゲ中尉も「本当に危険だから真似はするな。栄誉のない死を迎える事になるぞ」と、本気で脅しにかかった程だ。

 

 私は教官を勤めてからというもの、一度として本気で飛んだ事はなかった。

 私と愛機のフォルカーは最早熟年夫婦の間柄であり、私はダールゲ中尉以上に彼女(フォルカー)が何処まで飛べるのか。何処まで無理が出来て、何処までからが危険なのかを完璧に熟知した上で、いつもファメルーンではギリギリを見極めて飛んだものだった。

 これは私の操縦が荒っぽい訳でも、限界への挑戦を目指したのでもない。そうでもしなければ、戦闘機だけで航空魔導師に打ち勝つ事は不可能だったからである。

 しかし、そんな操縦を教練でやってみせて、もし教え子達が真似すればどうなるだろう? あっという間に機体はバラバラになるか、エンジンが燃えて火だるまになってしまう。

 そんな危険極まりない操縦を、間違っても彼らに教える訳には行かなかった。

 

「私はリービヒ中尉に対し、空の勇者として最大限の敬意を払うからこそ全霊で挑むが、これは先に語った通り、危険操縦であるから真似は許さん。私は諸君らが、分別ある良識的な軍人だと信じる」

 

 私は新兵をしごきあげた際と同じ顔つきになって、もう一度、今度は強くはっきりと同じ事を言った。もし似たような真似をしたら、不名誉除隊にするぞとも付け加えた。

 しかし、操縦席にいざ乗り込んだ時、私にあったのは、やってしまった、という後悔の念だった。

 私は責任ある立場の人間だ。本来であれば予定のない模擬戦などすべきではないし、挑まれても断らねばならない立場である。しかし、世界最高の魔導師と空での一騎打ちなど、おそらく二度と実現すまい。

 その誘惑が、貴族として、軍人として戒めるべき己の好奇心を沸き立たせてしまったのだ。しかし、後悔は先に立たない。私は飛ぶ事を、戦う事を選択した。

 周りを見渡せば人は更に集まり、私とリービヒ中尉の対決を、仕事を投げ出してまで見学に来ていた。

 当然、今すぐにでも機体を降りて怒鳴りつけ、持ち場に戻らせるべきだろう。しかし、規律に厳格な憲兵さえ見学に来ているとあっては、もう私に逃げ場はない。

 臆病風に吹かれたのだと勘違いされれば、誰も教官として、パイロットとしての私に、心からの信頼を置く事は無くなってしまうだろう。

 そうした澱のように沈み濁った心は、しかし咆哮のようなエンジン音と共に霧散した。

 

 この音は、空への羽ばたきは、何時だとて私の心を子供に戻す。空への憧れは、それ程までに抗い難いのだと思い知らされる。

 私はもういっそ、何もかも考える事を止めて開き直る事にした。

 リービヒ中尉から願い出た事であるし、私は新型機の性能を確認する為のテストを行っているだけだ。皆の実力が付いて行けないから、一番上の私が模擬戦という形式で性能把握に勤めているだけなんだ。これは仕方のない事なんだ、と。

 

 我ながら何と子供じみた言い訳なんだろうと思ったが、一度空を飛んでしまえば、そんな言い訳さえどうでも良くなってしまった。

 空を翔け、準備の整った時点で、リービヒ中尉の銃身が、私の機体にぴたりと擬せられる。機体に向けられている筈のそれは、私の心臓へと狙いを定めているようだと感じたが、それは正しい。

 私にとって、燃料タンクは血液であり、エンジンは心臓なのだ。そしてリービヒ中尉は、私を手心を加えるべき『遊び相手』としてでなく、『狩りの標的』として見ていた。

 私はリービヒ中尉の呼吸を、指にかかるであろう力を経験と空気から感じ、発砲の瞬間回避運動に移ったが、瞬間、機体の真横から爆炎が空間を満たした。

 

 起爆と同時に広がる閃光は爆裂術式のそれであり、中れば当然私は死亡していただろう。いや、中らずとも銃弾の破片でずたずたに引き裂かれていた可能性すらあった。

 当然ながら、訓練での許可なき爆裂術式を含む攻撃術式は厳罰対象であるし、何よりこれは上官への殺人未遂であったから、軍法会議の後に銃殺も十分有り得る。

 しかし、教導隊出身のリービヒ中尉が、そのような真似をするとは俄かに信じられず、私は先の爆裂術式にも違和感を覚えていた。

 爆発の耳を劈く様な音もなければ、機体も全くぐらつかない。私はそれが、爆音で脳を揺らされて鼓膜が破れ、意識が数瞬飛んだからではないかと思ったが、耳からどろりとしたものの感触もなければ、高度も変化はない。

 当然、ここまで来ると手品の種は割れ、私はすぐさま回避運動に入って、リービヒ中尉の次弾を回避した。

 リービヒ中尉は術式を用いず、通常弾で第一射を放ち、それに合わせ光学術式で爆裂術式を用いたように見せかけたのであろう。よくよく思い返せば、リービヒ中尉がフォン・エップ参謀大佐に扮していた時も、彼は一言も喋らなかった。

 光学術式は幻影を作り出せても、今の技術では音を再現するに至っていないのだ。

 

 私はまんまと騙された自分に腹を立てたが、それ以前に、銃口から術式展開時の発光が見えなかった時点で、目晦ましと気付くべきだった。そうであれば、みすみすリービヒ中尉に再装填の時間を与えるまでもなく、後の先を取る事は可能だっただろうに。

 リービヒ中尉は、私が二射立て続けに回避した事を気にも止めていない。彼は私が一射目を確実に外すと予想し、私は彼の期待通り回避した。ならば手品を見破る事も、当然と考えたのだろう。

 私は有効射を加えるべく、スロットル・レバーを押して加速すると、リービヒ中尉は刹那のタイミングを見計らって弾丸を叩き込んできた。上下左右の方向転換の利かない、魔導師にとって絶好のタイミングであり、戦闘機乗りにとっては不可避の瞬間とされる一瞬。しかし私にはそれが当て嵌らない。

 私は操縦桿を引いて横に倒す事で、機体を横転させつつ機首を上げた。リービヒ中尉の小銃弾の弾道を一本の棒として、フォルカーはその棒に巻き付くかのような螺旋を描きながら、速度を落とさず回避と直進を同時にやってのけたのだ。

 私はこの技で射撃直後の魔導師を五名撃墜し、ダールゲ中尉はこの空戦機動(マニューバ)をバレルロールと命名したが、他の魔導師ならばいざ知らず、小技一つでリービヒ中尉が墜ちるなどとは私は微塵も思っていない。

 現に、リービヒ中尉の表情は悔しさよりも私への賞賛と期待から喜悦の笑みを零している。彼は私がこのまま直進する事を理解した上で急接近して来たので、私は思わず仰天した。

 

 銃剣突撃を仕掛けると思ったからだ。しかしなんと、リービヒ中尉は思いがけない速度で上昇しつつ小銃の槓桿を引き、私の真上で狙いを定めているではないか!

 新型機たるエレニウム八四式は、格闘性能も向上していたのだ。私はデモンストレーションで見せた銃剣突撃の速度から、新機能が付いただけで基本性能そのものに変化はないのだろうと考えていたが、とんでもない。

 リービヒ中尉は機密保持の為に、言う必要のないところは口にしなかったのだ。

 そうなると当然話は変わってくる。私は一先ずリービヒ中尉との対決を脇に追いやり、エレニウム八四式の性能を、今この場で丸裸にしてやろうと考えた。

 私は横滑りの機動でリービヒ中尉の弾丸を避け、加速して距離を取ろうとしたが、徐々に追いつかれる。

 リービヒ中尉の飛行速度は、体感で九五ノットといったところだろう。私は自分の体感や目測を外した事がなかったので自信があった。

 従来のそれより二〇ノットも速いが、果たしてこれは限界か? いや、リービヒ中尉の形振りの構わなさは本物だ。先回りして来ない事から言っても、ここいらが限度だろう。

 次は高度限界だ。まだ距離はある。追いつかれていない以上、上に飛べる筈。私は機首を上げ、限界高度まで飛んだ。向こうは付いて来ない。周囲にリービヒ中尉の姿もない事から、(デコイ)の可能性も消えた。

 おそらくだが、格闘戦と各種機能は対戦闘機の問題を、可及的且つ速やかに解決すべく備えられたものであり、高度限界に関しては保留にされたと見るべきだ。

 私の上を取ったあの位置が、実用限界高度だったのだろう。

 流石に全ての性能が向上しているような、出鱈目を通り越した反則は、さしもの帝国といえど不可能であったらしい。とはいえ、その不可能を可能にしてしまえるところが、帝国の恐ろしいところではあるのだが。

 

 成程と私は首を鳴らした。背後では私を墜とすべくリービヒ中尉が躍起になっていたが、私は発砲と装填の合間を縫い、右旋回で振り返った瞬間に火砲を叩き込んでやった。

 彼我の距離がある為、有効ではないが、慌てて防御膜を張ったリービヒ中尉の姿に、私は胸がすく思いだった。

 だが、これがリービヒ中尉の闘争心という炎に、ガソリンをぶちまけたのだろう。リービヒ中尉は忽然と姿を消した。が、その擬態は決して完璧でない事を私は知っている。

 たとえどれだけ巧妙に姿を隠せても、マズルフラッシュまでは隠せまい!

 

「馬鹿な!?」

 

 信じられないという、リービヒ中尉の叫びが私に届いた。

 もし、リービヒ中尉が旧型機を使用していたならば、或いは結果は違ったかもしれない。彼は新型機の性能と、その新機能を過信し過ぎたのだ。

 複雑な、主立って使用する術式は多重展開出来ない。ならば、光学迷彩を使用する今のリービヒ中尉に、防殻は存在しないという事だ。

 私の曳光弾は、全てリービヒ中尉の周りを通過した。しかし、それがわざとだという事は、他ならぬリービヒ中尉が承知していた事だろう。

 姿を消して発砲した弾丸を私は回避し、次の瞬間には、私はこの青空の中から見つけ出したリービヒ中尉の周囲に火砲を放ったのだから。

 リービヒ中尉は光学迷彩を解いて地上に降りると、私も滑走路に着陸した。

 

「良い勝負だった」

 

 飛行手袋を外して右手を差し出すと、リービヒ中尉も私の手を、これ以上なく強く握り返してくれる。地上の皆は私達の模擬戦に喝采を送ったが、一つだけ問題が発生した。

 地上で観戦していた憲兵が、リービヒ中尉が模擬戦で私に爆裂術式を使用したとフォン・エップ参謀大佐に報告したのだ。

 当然そんな事実はない。当日の私はあれが光学術式の偽物だという事を、はっきりと皆に説明もしていた。しかし、律儀にも仕事を続けながら、遠巻きに飛行場を見ていた憲兵には伝わっていなかったようなのである。

 報告を受けたフォン・エップ参謀大佐が大慌てで私に電話をかけてきたが、私はあるがまま事実を伝え、参謀大佐は胸をなで下ろした。

 ともあれ模擬戦は終了し、地上で負けを認めたリービヒ中尉は、しかし私に対してこう言ってきた。

 

「是非、もう一戦」

 

 その提案は大変魅力的で、私も出来る事ならもっと飛びたかったが、これ以上は仕事に差し支えるので断った。しかし、私は日々の仕事を終えてからは、必ずリービヒ中尉と飛んだ。教官と戦技教導官による模擬戦など、二度も三度も出来る物ではないのだが、そこは物は言いようという言葉がある。

 私とリービヒ中尉が一緒に飛ぶ際の名目は『搭乗員(パイロット)の対魔導師飛行訓練の、実践的教練方法の研究』であった。私とリービヒ中尉の模擬戦の結果は、初めての模擬戦も含め、私の五勝七敗だった。

 模擬戦で私に黒星をつけたのは、マルクル中佐とアントン中尉に続いて、彼が三人目だった。

 

 

*1
 飛行術式と記載すれば単一式のものと思われるだろうが、実際には飛行に伴う慣性制御や身体機能の向上、酸素供給といった多数の式を複合して行使している。

*2
 これを個人技量以外で『完全に』克服するには、複数の宝珠核を同調させ、タスクを並列処理させる事で、多重術式起動を難なく成功させるに至った、エレニウム九五式以降の演算宝珠の登場を待たねばならない。

*3
 この頃にはフォルカーもマイナーチェンジされていたが、そちらは前線に送られていた為、飛行場では旧型機が使われ続けていた。


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