キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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※2020/2/20誤字修正。
 水上 風月さま、佐藤東沙さま、ご報告ありがとうございます!


10 フォルカーD.Ⅻ-弟からのプレゼント

 リービヒ中尉との模擬戦は、表向きの報告である『エレニウム八四式による対戦闘機性能の確認』という建前が、十分な説得力を得られる結果となった。

 当然、総監部は私達の基地にリービヒ中尉を送る以前から、ファメルーン帰りの航空隊員にもエレニウム八四式が何処まで性能を発揮できるか確認させていたのだが、結果は『現状の戦闘機に打つ手はなく、対魔導師であろうとも一方的戦果を得るに足る』というものであったのである。

 

 しかし、私とリービヒ中尉の模擬戦が、エレニウム八四式の思わぬ弱点を表面化させた。

 光学術式による迷彩は、術式の起動やマズルフラッシュまでは誤魔化せず、その間一切の防御術式を起動出来ない事から、迷彩使用は緊急回避と潜入に留める事を徹底させるよう、運用用途に明確に記載された。

 

 また、数度の模擬戦で判明した事だが、銃剣突撃はその威力と瞬間防御という点に目を見張るものがあるが、万一回避された場合ないし、突撃後の即時離脱を成功させなければ、防殻効果が切れた瞬間を突き、攻撃を受けた自軍機もろとも魔導師を撃墜するという戦法を取る事も可能である事が示唆されたのである。

 こちらの対策に関しては、銃剣突撃に際して敵機を盾にする位置取りで行うか、軍刀を袈裟懸けに構えて突貫しつつ、主翼や燃料タンクを破壊して離脱するという手法を用いる事とした。

 

「これで、当面は各戦線が安定するな」

「また『戦闘機不要論』が持ち上がりかねませんがね」

 

 ダールゲ中尉はため息を零しつつ、軍事公報を畳む。エレニウム八四式の制式配備以降、係争地と保護領では魔導師による戦闘機の撃墜スコアが跳ね上がり、公報は読み物というよりも、数字の羅列を記載しているという有様だった。

 人事局功績調査部では、撃墜スコアに基づく叙勲規定を改訂しようとする動きも見られていると訊く。

 

「自分も新型機が欲しいものです。何時までも旧式のマイナーチェンジ同然のじゃ、格好がつきませんよ」

「気持ちは判るがね、中尉。今の私達の仕事は教練だ。空の安全を航空魔導師が守って下さるなら、私達の仕事がし易いじゃないか」

 

 帝国魔導師の優勢が確立された以上、私達が急ぐ必要はなくなったし、上も当初の予定である半年を一年まで伸ばしてくれるというから、願ったり叶ったりである。

 とはいえ、ダールゲ中尉の危惧も尤もな話であった。仮に現状の機体のまま飛び続けなくてはならないのだとすれば、パイロットは将来、戦艦と帆船程の開きのある戦力差で戦わなくてはならないからだ。

 個人の能力が兵器性能をも克服し得る事は、不可能とまでは言わない。しかし、そんな真似が出来るのはごくひと握りの人間だけである以上、航空技師らには是非とも新型機の開発を急いで頂きたいものである。

 エルマーのプレゼントは楽しみだが、総監部と大分揉めている事は私の耳に届いていたし、帝国航空技師としての意地というものを、世界に示して欲しかったのもある。

 陸はおろか、空までエルマーの手を煩わせては、世界に冠たる帝国の格好がつかなくなってしまうように思えたからだ。

 だが、エルマーの才は本物であった。エレニウム八四式の登場から、四ヶ月後の一〇月。国家の努力さえ嘲笑うかのように、エルマーの作品は他の追随を許さぬ性能でもって、この世に生を受けたのである。

 

 

     ◇

 

 

 ここで、私に二年間の時間を与えて欲しいと言ってくれた、エルマーの話に移りたい。

 エルマーは私の航空隊への転属が正式に決定した後、総監部にこれからの時代は空であるから、自分に航空機開発をさせて欲しいと嘆願したという。

 総監部の上官や同僚は何事かとざわめいたが、私が騎兵から陸軍航空隊に転属するという事実を知り、ああ、これは兄可愛さに言っているのだなと、エルマーの言を取り合わなかった。私が彼らの立場であっても、決して取り合わなかったろう。

 

「君には戦車という、陸の王を進化させる大役があるのだ。空を飛ぶだけの玩具など、他の技師に任せたまえ」

 

 上官達はエルマーの発言に対して、諄々として諭すように、言葉を尽くして戦車開発の席に括りつけたが、弟は諭し続ける上官に、かつての戦車設計の折と同じように、辛辣な口調で告げた。

 

「戦車など所詮は一兵器に過ぎません。壊そうと思えば、いとも容易く壊れるのだという事を、証明してご覧に入れます」

 

 これには上官達のみならず、総監部の全技師が驚かされた。エルマーは戦車開発の雄として地位を不動のものにしていたからだ。従来のリベットによる装甲は被弾した際に吹き飛んだリベットが兵士を殺すとして、新たに装甲板を『組み木』のように噛み合わせる事で、強度維持と防弾性を向上させた溶接法を確立。

 サスペンションを改良する事で、悪所での走破性も従来の物とは比較にならない程高まっただけに、帝国軍の戦車が『陸の王』の名を冠したのは当然であった。

 

 そんな怪物を世に生み出したエルマーが、怪物を容易く殺す兵器を作れると言うのだから、注目は厭が応にも集まった。

 エルマーは従来対魔導師用に設計された高射砲の大口径化を図り、八・八センチ砲に改造。それによる水平射撃は、アルビオン連合王国・フランソワ共和国軍の戦車を一キロ先の距離から一方的に破壊し尽くし、その威力はエルマー自ら設計した帝国軍最新式戦車さえ容易く破壊するという結果を示した。

 加え、エルマーは安価な歩兵装備として対戦車火器を同時に設計。携帯型対戦車ロケット擲弾発射器として作成された無反動砲は、戦車のみならず装甲車や輸送トラックにも甚大な被害を与えたのだ。

 

 エルマーは有言実行の男である。私はそれをよく知っていたし、おそらく総監部の人間も結果を出すのだろうと考えてもいた。

 しかし、エルマーが結果を出す頃には、戦闘機の存在など、影も形もない程の期間が経過しているものと信じて疑わなかったに違いない。

 エルマーがこれら全ての開発を終え、正規配備が決定し戦果が報告されたのは、エルマーが航空機開発に携わりたいと嘆願した三月から、九ヶ月しか経過していなかったのだ。

 

 総監部は大層頭を痛めたらしい。確かにエルマーの結果は申し分ない。申し分なかったからこそ、惜しいのだ。エルマーが開発した兵器は、全てが地上軍のものである。だからこそ、エルマーが航空機開発に乗り出したとして、果たして地上軍の兵器と同様の成果を見込めるかは未知数。

 仮に成功するにしても、航空機開発のノウハウを習得する間は、エルマーの手が止まってしまう事も危惧していた。

 だからこそ、総監部の人間はエルマーを諭すのだ。

 

「貴官の兄は、既に空軍軍人としての栄光の切符を手に入れた。貴官が兄の為に身を捧げる必要はなくなったのだ」

 

 だが、妙に頑固なところが私に似て、というより私の家系に引き継がれてきた特質なのだろうが、エルマーは梃子でも動かなかった。

 

「上官方は、何時まで魔導師などという高価で補充の利かない存在に空を任せ続けるのですか? 私なら魔導師を恐竜から化石に出来る! 空の王者たる地位を奪い、帝国空軍に輝ける王冠を授けてみせる!」

 

 これは明らかに帝国魔導師への挑戦状であり、それ以上はやめろと本気で総監部員全員で止めたが、逆に言えばそれほどまでの熱意を持っているという事でもある。

 とはいえ、当然こんな事を宣えば、魔導工学の技師が黙っていない。特に、この宣戦布告を耳にしたフォン・シューゲル技師の怒りは天を衝かんばかりだったという。

 

「地を這うばかりが能の物しか作れん、ビッコの青二才風情が粋がりおってッ! この私が、私の作品が如何に素晴らしいかその目に焼き付けるが良いっ!

 貴様の大層ご立派な兄上が、魔導師の力を前に膝をつく姿が目に浮かぶわ!」

 

 ……原因が私にあるとは言え、妙なところで因果が出来てしまったものだと思う。しかし、私自身はフォン・シューゲル技師が天才だという事は、この身をもってエレニウム八四式を体感した時点で疑う余地などないし、魔導師の事も愛しているので、彼らと相争うつもりは毛頭ない。

 膝をつくどころか、諸手を挙げて喜んだぐらいなのだ。

 とはいえ、そんな私の内心など、彼らには知った事ではないのだろう。特にエルマーは、私の事をフォン・シューゲル技師が持ち出した事が許せなかったようである。

 

「兄上を侮辱するか!」

 

 と。たまたま居合わせてしまったフォン・シューゲル技師と掴み合いになったと話を聞いたので、私はエルマーを嗜める手紙を出して、お願いだから無理はしないでくれ、私の為に立場を危うくするな、と再び念を押した。

 

 手紙を出して以来、エルマーは魔導師に対する苛烈な主張を放つ事はなくなったものの、航空機に関しては徹底抗戦の構えを見せた。

 既に受章した白翼鉄十字を佩用しなくなり、内定を受けた叙勲予定の勲章・功労章全てを、航空機開発に携われないなら受け取らないし、進級も拒否すると言い出したのだ。

 そんな事をすれば軍の面子は丸潰れであるからして、全力で止めねばならない。これが無能なら軍籍を剥奪し、とっとと追い出してしまえば良いが、エルマーは優秀という言葉では及びもつかぬ大天才であったから、総監部は何が何でも手元には置いておきかった。

 結局、最後に折れたのは総監部だった。国内の演算宝珠のみならず、他国の航空機と比しても性能に劣る帝国空軍の航空機が一向に改善の兆しを見せない以上──とはいえ、徐々に改良はしていたし、何処の国も戦闘機開発には四苦八苦しており、帝国が飛び抜けて劣っていた訳ではないのだが──エルマーという天才の手を借りる事も止むなしとされたのだ。

 

 しかしながら、私が思うに総監部はエルマーの功績に感覚が麻痺していたと思う。

 エルマーは着任して数年足らずで、地上に勝利の栄冠をもたらし続けたが、他国の兵器開発過程を見れば分かる通り、一足飛びに世界を変えてしまうような発明というものは、それ自体が異常極まりない事である。

 航空機の開発が遅れていると、総監部は言う。しかしそれは、帝国軍の増産・研究体制が遅れていたからであって、エルマーの手を煩わせずとも、下地さえ作れば他国と十分渡り合えるものを作れた筈なのだ。

 

 だから、私は筆を執る今日も後悔する。もし、総監部がエルマーの手を煩わせないような土台を作ってくれていたら。もしエルマーが、地上だけに関心を向けていてくれたら。もし私が、エルマーに甘えさえしなければ。

 私が、もっと頼りになる兄だったなら。

 私の愛しい弟は、世界から恐れられる事はなかった筈なのに、と。

 

 

     ◇

 

 

 二年間、私は待つ予定だった。しかし、現実には一年と七ヶ月で、エルマーは私に一足早い誕生日プレゼントを贈ってくれた。

 

「航空工廠と技術局のお偉方が、目玉をスプーンでほじくり出したぐらい飛び出させてましたよ」

「気持ちは分かるな。見たまえダールゲ中尉。私の弟は、空軍に最高の翼を与えてくれたぞ」

 

 エルマー曰く、時間がなかったのでフォルカー製のそれをベースにせざるを得なかった。不出来な自分を許して欲しいと手紙で告げてきたが、謙遜も過ぎれば嫌味になるというのは、心の底から同意できる。

 フォルカーD.Ⅻ。複葉機という基本的なスタイルを継承しつつ、その洗練されたフォルムで技師のみならず我々航空隊員を一目惚れさせた機体は、これまでとは何もかもが別次元のものと言って良かった。

 巡航速度一一〇ノットにして、最高速度はなんと一三〇ノットにも達する圧倒的速度。魔導師が空飛ぶ存在ではなく、重力の軛に繋がれているではないかと錯覚させかねない、一万二〇〇〇フィートという高高度偵察機をも凌駕した最高高度。

 武装に至っては一三ミリと火砲から機銃に置換されたが、新たにエルマーが炸裂弾を開発したことで総合火力は向上し、弾道も従来のものよりずっと安定していることから、より正確に魔導師を攻撃することが可能になっていたし、何より舵のききが素晴らしい。

 新米にはじゃじゃ馬になること請け合いだが、熟練のパイロットならば、それこそ軍馬の手綱のように自由自在に機体を捌いて、敵味方問わず超絶技巧を披露することだろう。

 

「大尉殿の弟御って、タイムマシンに乗ってやってきてたりしませんよね?」

「アルビオン小説は愛好しているし、その方が説得力もあるがね。エルマーは紛れもなく、私と同じく父上と母上との間に生まれた子だ」

 

 うっとりとした表情で、私をはじめとする航空隊員は機体を撫で続ける。

 このまま一日中過ごしていたいところだが、我々は慣熟飛行を行い、一日でも早く、この機体を身体になじませておかねばならない。

 最も重要なのは限界高度にどれだけの人数が耐えられるかで、これに関してはフォルカーD.Ⅻを元に開発された複座式の初歩練習機*1に、特別頑丈な私が部下と乗り込み、一人一人確認する予定となっている。

 高度検査に関しては九割が問題なかったが、残る一割は耐え切れず、彼らは気圧に耐えられるようになるまで、一定以上の高度で飛ばないよう厳命を受けた。

 一割の者達は残念だったが、それでも彼らを含め、私達は待ち侘びた新型航空機の到来に歓喜し、エルマーに感謝の念を込めて、皆で酒やチョコレートを詰めて送った。

 エルマーは私達からの贈り物を大変喜んでくれたようで『兄上の為にもっと凄い物を作ってみせます!』と手紙で涙が思わず溢れそうな文を認めてくれた。

 

 

     ◇

 

 

 そして一九二〇年、一月。ヒヨコは若鳥に、逃げ上手な経験者達は誇り高い荒鷲となって、巣立ちの日を迎えた。

 

「キッテル大尉殿に、敬礼!」

 

 ダールゲ中尉の号令と共に、一糸乱れず踵を鳴らして礼を取る彼らの姿は誇らしく、同時に不規則な敬礼を私に見せたあの頃が、今となっては微笑ましいとさえ思えた。

 私は彼ら一人一人と握手を交わし、声をかけ、時に頬をつねるなどの悪戯をしながら、彼らとの別れを惜しむ気持ちを抑えて背中を押した。

 一体彼らのうち、何名が老いて地に足をつけ、子や孫に囲まれて、息を引き取る事が出来るだろうか?

 無論、今本著を綴っている私は、大戦で帰らぬ人になったのが誰で、今も健やかなる日々を過ごしている者が誰なのかを知っている。

 彼ら一人一人の顔と名前を、私はしっかりと覚えている。

 だが、この時の私は、彼らの無事を静かに祈る以外にはなかった。いつかきっと、命知らずな私は空で死ぬだろう。だから、そんな自分よりは、彼らの方が長生きして欲しいと思っていたのだが、多くの者が私より早く逝ってしまった。

 あれ程までに過酷な戦場を、壮烈な空を翔け、自ら幾度となく死地に飛び込んだ私が生き残って、彼らが帰らぬ人となる事は、人生の不可思議以外の何物でもない。

 

 そしてこの日。私もまた彼らと同じ空に帰る決意を、ダールゲ中尉と固めていた。

 私達は前線勤務を希望し、内地に残れというフォン・エップ参謀大佐を説得して、それぞれ戦いの地に向かった。

 私はノルデンに。ダールゲ中尉はオストランドに。

 私達が再び出会うのは、この年の八月になってからのこと。運命の再会は、私達にとって因縁浅からぬ、あの南方大陸だった。

*1
 前座席と後座席の操縦装置が連動しているもの。後にエルマーは複座式魔導攻撃機にもこれを採用し、一方が死亡しても操縦して帰還出来る仕組みを作った。


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