カカオチョコさま、水上 風月さま、佐藤東沙さま、ご報告ありがとうございます!
地上目標への攻撃テストに区切りをつけた私は、他のパイロットも一先ずは目標近くに機銃弾を届かせたところで良しとした。これ以上時間をかける訳にも行かなかったというのもあるが、上とて私の大言壮語そのままの戦果は期待していまい。
仮に一介の空軍大尉の主張がそのまま現実となるようなら、既に帝国技師やエルマーが、それを提案しない筈がないという確信が、私の中にあったからだ。
だが、後で知ったことだが、私の考えとは裏腹に帝国技師はおろかエルマーさえ、現行戦闘機での地上目標への攻撃は想定していなかったらしい。この事については後ほど語るので、今はファメルーンの話題に戻そう。
私が率いる戦闘機隊は一個中隊であり、これは上官に告げた半数に過ぎないが、もう半数はダールゲ大尉が時間を置いて支援する手筈となっている。
これはやはりエルマーの高射砲が大変脅威で、当時主流だった高射砲の倍近い対空射程と、分間一五発以上もの連射性能を有していた為、下手に数を揃えて密集しては、大きな的が出来上がるだけだからだ。
こんな物を相手に、我が身を顧みず友軍を支援してきた航空魔導師には頭が下がるばかりだが、これからは我々も、彼らと同じく矢面に立たねばならない。
エルマーの高射砲は旋回角も三六〇度と死角はなく、弾を撃ち尽くすか外し切るか、或いは当然だが、破壊しなければ安全は確保できない。我が弟ながら、敵に回すと恐ろしい技術である。
事前の打ち合わせ通り、真っ先に私がこの高射砲を潰す事にした。砲兵や機関銃手は、他の戦闘機の担当だ。
ダールゲ大尉にあれだけ言われておきながら、それでも最も危険な役を引き受けたのは、私以外に高射砲を回避した者が、帝国陸軍との合同訓練で一人も出なかったからだ*1。
私は限界高度を維持しつつ、通常の編隊飛行以上に間隔を開けて待機する中隊から外れ、お先に失礼とばかりに高射砲に飛び込んだ。
やはり高射砲の連射速度は凄まじいし、威力も高い。魔導師の爆裂術式以上の威力と発射音には、味方であった時も相当驚かされたものだが、敵に回るとなると緊張の度合いは格段に高まる。
だが、私の相手となる砲手は優れた得物を持ちながら、その腕前が釣り合うものではなかった。もしこの砲手に、かつて相対したリービヒ中尉程の射撃精度が備わっていたとしたら私は炸裂弾で粉微塵に吹き飛んで、大地に衝突する事もなく即死しただろう。
敵が有する高射砲のうち、私を狙う余裕があったのは二門だが、危なげなく回避する事が出来た。
「存外にあっけない」
私はそう漏らして、一つ目の高射砲を潰してから高度を戻した。当然もう一つの方も含め、残りの高射砲が私を潰そうと砲身を向けたが、それこそ私の狙いだった。敵高射砲がこちらに意識を向けた瞬間、味方の高射砲や航空魔導師が、それらを潰してくれたのだ。
これまで地上軍は高射砲同士で戦車対戦車戦のように撃ち合い──この頃は新型戦車を開発した帝国軍を除き、戦車同士の戦闘は一般的でなかったが、便宜上そのように記載する──他の砲兵もまたそれを支援してきた。
互いにとっての脅威たる八・八センチ高射砲を、一門でも多く先に潰せた方が有利だったからだろう。
両陣営共に今日という日まで凄惨な光景を作り上げてきたが、これからはその構図も変わってくれると信じたいものである。
“それは、貴官らの仕事ぶり次第だぞ”
心中で激を送った私と入れ替わるように、八・八センチ高射砲が消えた敵に対し、待機していた中隊が喰らいかかった。戦闘機群の接近に際し、健気にも小銃を構えて戦闘機を狙おうとした敵歩兵は真っ先に帝国軍砲兵と魔導師の餌食となり、身を伏せざるを得なくなった所に、戦闘機による地上攻撃が追い打ちをかけた。
安全確保を優先した為、やはり命中率は高くなかったが、それを補って有り余る威力と戦果である。
まるで砲弾や爆撃術式を受けたように敵兵が吹き飛び、魔導師でもないのに幾人も宙に浮いては手足が吹き飛んで地面へと叩きつけられる。
凄惨な死の瞬間というものは、相対してきた魔導師を前に幾度として目にしてきた。しかし、これ程までの規模のものを間近で見たのは、おそらくこの日が最初であったと思う。
帝国軍陣地に攻撃を仕掛けた反乱軍は撤退を試みたが、彼らを逃がせば再び体勢を立て直して再起を図る。敵を叩ける内に叩くのは鉄則である以上、私は敵を逃すつもりは無かった。
ダールゲ大尉麾下の一個中隊が、撤退を試みる反乱軍を追い回し、徹底的な蹂躙を始めると敵の心は折れた。未だ奇声を上げ、恐怖で糞尿を散らしながら潰走する兵はさておき、多くは武器を捨て、降伏を願い出たのだった。
◇
我々空軍は、その戦果故に大いに持て囃され、本国総監部にもその有用性を過剰なまでに報告されたが、しかし、これを受けたエルマーは私に対して生まれて初めて激怒した。
本国総監部から報告を受けたエルマーは何もかもを投げ出して、当時は将官か、戦局を打開する切り札として活用する魔導師部隊しか搭乗を許されなかった輸送機に乗り込み、なんとファメルーンの軍港まで飛んでから電話で私に怒鳴りつけて来たのだ。
「このような真似は金輪際お止め下さい! 兄上の行為がどれほどの無謀であったか、設計した私が誰より理解しているのですよ! そのような用途での使用は想定しておりません!」
それは判るのだが、あのエルマーが航空機による地上攻撃という物を、一切考えなかったという点に私は疑念を抱いた。それを見越してか、エルマーはゆっくりと切り出した。
「良いですか、兄上。私は総監部の連中に、この反乱軍との戦いの間は新型兵器の一切を送るなと要求しました。兄上の仰る地上攻撃を可ならしむ航空兵器は既に考案し、実働さえ可能です。ですが兄上、ファメルーンでの活躍は、列強国全てに注目されているのですよ?」
ここまで言われて、気付かない者はいまい。ファメルーン将校の反乱は、帝国軍を摩耗させ、出血を望んだ物では無い。無論、反乱軍の当事者らは我々を殺せるなら言う事はないが、アルビオン連合王国やフランソワ共和国の意図は異なる。
我々帝国軍が状況を打開する上で投入するであろう新兵器を、或いは僅かなりともその技術を、自国軍の犠牲を払う事なく入手したいが為のものだったのだ。
「本国は、その事を?」
「承知の上で兵を送っています。無論、現場の士気に係わるので公表しないでしょうが」
この電話とて、本来なら問題だろう。だが、エルマーは自分の憶測を語っているだけで、直接上がそれを口にした訳ではないから問題ないとした。
但し、ひと足早く兵器輸送を差し止めた事を黙認している時点で、それが紛れもない真実なのだと雄弁に語ってもいたが。
「……正直、私は兄上を軽んじていたのやも知れません。他の技師や軍人と同様、私が新兵器でもって新しい戦いというものを教授しなければ、そこから先へは進むまいと」
だからこそ、却って安堵もしていたという。反乱軍が魔導師や戦闘機を持ち出さないのも、新しい玩具が出てくるタイミングを連合王国と共和国が見計らっているからこそ、無駄な消耗は控えろと反乱者達に諫言している筈だ。
その間は私の身に危険が及ぶ事はまずないのだから、エルマーの弟としての立場であれば、幾らでも相手には待って貰って構わなかった。
しかしそれは、新兵器が登場しない限り、相手が粘り続けるという事を意味している。自分達の軍が傷付かず、他が勝手に戦って勝手に死んでくれるのだから、幾らでも待ってくれるだろう。
「つまり、長引くのだな?」
「当然でしょう。帝国がカードを切るタイミングを虎視眈々と狙っているのですから。ああ、全く。謹んで申し上げますが、兄上は愚か者ですぞ」
しなくても良い事をして、命を危険に晒したばかりか、仮想敵国に戦い方を教授してしまったのだ。エルマーが辛辣になるのも、無理からぬことだった。
「すまない。だが、友軍を救いたかったのだ」
「兄上の性格は承知しています。ええ、私が一番承知しておりますとも。ですから兄上が自殺紛いの真似をした事も、敵に御大層な新戦法とやらを教授した事も、これ以上は不問と致しましょう」
怒っているな、と私は感じつつも粛々と受話器に耳を当てていた。エルマーは苛立ちからか、私の贈った蛇木の杖をコンコンと床に打ちつけているようだ。
「敵に手札を曝した以上は仕方ありません。兄上とて、どうせ私が本国に戻れば同じ手を使う気でしょう?」
私の気も知らないで、と、エルマーはまるで恋人に不満を漏らすように、恨めしげに苦言を呈する。流石は我が弟、兄の根本的に駄目でどうしようもない部分を、誰より良く理解していた。
「上には、私が直々に説得しましょう。見様見真似の玩具など幾らでも作らせれば良いと。敢えて口にしますが、これは兄上の為ですので存分に感謝して下さい」
本来なら、敵にゴミの山となる予定の旧式機を抱えさせた後に手札を切るつもりだったとエルマーは語る。確かにその方が、帝国にとって遥かに利となるだろう。
今まさに、多くの犠牲を払い続ける将兵達の姿に目を瞑れば、だが。
「兄上、私の
「私は、自分を不死身だとは思わないよ」
ただ戦い、戦い、戦って死ぬ軍人だと告げて。エルマーはそれを認めなかった。
「兄上は死なせません。たとえ世界が、たとえ
あのエルマーにしては、随分と詩的な表現だと私は感じた。弟は幼い頃から勤勉だったが、神学の類となるといつも顔を顰め、ミサも居心地悪そうにしていたので、母上から何度かお叱りを受けては、私がよく取り成していたものだった。
また、数学や科学を積極的に学んでも、芸術や文学の類は興味を一切示さなかったから、この時の発言は不思議と私の記憶に残っていた。
今にして思えば、この時の発言こそエルマーにとっての決意表明だったのかもしれない。愛する祖国と家族の為。ただそれを縁に、神をも恐れぬ領域に踏み込む為の。
◇
飛ぶように本国に戻って行ったエルマーは、私に告げた通り、本国の軍首脳部を説き伏せた。いや、この場合は押し通したと言うべきか。
当然ながら、帝国軍首脳部も事実を知るごく一部の総監部の人間も困惑した事だろう。技術者として本国から一歩と出る事のないまま連合王国と共和国の意図を読み切り、自分達が制する前に帝国技術の流出を差し止めたエルマーが、掌を返すように兵器を送れと言いだしたのだから。
上の人間はおそらく、また私絡みなのだろうなと考えていたようだが、航空機開発に携わると主張した時と違い、今度は堂々とその通りだとエルマーは上に言い切ったらしい。
「我が兄、キッテル空軍大尉は既に私が開発した地上攻撃機と同様の戦法を戦場で用い、効果を発揮致しました。誓って言いますが、これは私が兄上に申し伝えた訳ではありません。
フォルカーには
ですが、一度効果を挙げてしまった以上、どの国家でも研究は進みます。今私が完成させた機体とて、幾年先には他国が肩を並べてくるでしょう。
現状の技術では恐竜であれ、数年後には化石となる。以前にも用いた表現ですが、それは私自身が、私の作品でもって証明した事実であります。
見られたのならば、知られたのならば教えて差し上げれば宜しい。存分に恐怖して頂けば宜しい。一年の後に彼らが追い付こうと、次の瞬間には更に一〇年の先へ進んでみせます。世界全てとさえ、渡り合って御覧に入れましょう」
全世界を見渡しても、ここまで自信を持って世界を相手すると豪語した人間は、愚者を除けばエルマー唯一人だろう。
ファメルーンは、帝国の狼煙だとエルマーは語った。帝国とは、その力とは如何程のものか。それを憐れな反乱者の身で以て、全世界に教えてやれと宣言したという。
余りにも不遜な発言は、しかし何よりも強い説得力でもって迎え入れられた。
航空機を、列強国全てが役立たずだと断言した空飛ぶ玩具が、エルマー自身模造品に過ぎないとした物でさえ、基本性能では当時の魔導師を大きく上回った。
ならばエルマーが私に、勝利と栄光をもたらすとまで言い切った翼とは、どれ程強大で恐ろしい物なのだろうか。
私は、自分の物となる筈の翼を想像した時、飛ぶ事への歓喜だけが胸を満たし続けていた人生の中で、初めて恐怖を覚えたのだった。
数年経ったら追いつかれる技術。(敵が確実に追いつけるとは言ってない)