キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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※2020/2/20誤字修正。
 水上 風月さま、佐藤東沙さま、ご報告ありがとうございます!


15 ゾフォルト-怖れは味方から

「やっぱり、ニコの弟は未来から来たんだ」

 

 エルマーの作品を見たダールゲ大尉は、開口一番にそう漏らした。

 

 エルマーの希望が帝国軍首脳部に通った後、大規模な輸送・補給艦が、ファメルーンの軍港へと集った。反乱軍との消耗戦をアルビオン連合王国とフランソワ共和国が望んで止まないのだとすれば、何としても大規模かつ迅速な物資輸送は阻止しようとしただろうに、今回に限って両国はこの輸送船団を無視し、黙認したのである。

 エルマーの言は正しかった。他国の植民地領海域に入って尚、帝国軍の輸送船団を見逃した事が何よりの証左であり、それが故にファメルーンの帝国軍は出血を抑えられるのだから皮肉な話であった*1

 

 ともあれ、ファメルーンの軍港では、すぐさま航空兵器の組立が昼夜を問わず行われ、合計四機の内、私とダールゲ大尉が搭乗する二機がお披露目する事となったが、我々空軍のみならず、居合わせたファメルーン駐在の軍高官や魔導師らも、この機体を前には言葉を失い、冒頭に記載したダールゲ大尉の台詞が、ようやく私を含めた皆の時計の針を進めてくれた。

 

 私を含め、この場にいた多くが機械工学の専門家という訳ではない。しかし、目の前に存在する航空機が余りに隔絶した、それこそ他国を一〇年以上もの差で引き離した代物であるという事だけは理解出来てしまった。

 フォルカーD.Ⅻの時は、ただ美しいと、素晴らしいという思いから目を奪われたものだが、今の我々には、この機体が従来のものとは何もかもがかけ離れていたが為に目を離せずにいた。

 これまで航空機とは、複葉機である事が当然のものとされてきた。張線支持などを採用した単翼機も無論存在こそしており、各国でも研究されていたものの、エンジンの非力さから重量や資源、整備性を犠牲にしてでも、揚力の確保を優先せざるを得なかったからだ。

 だが、何ということか。この航空機は単翼機というエンジンの推力に頼らざるを得ない設計でありながら、全金属製という我々の常識を完膚なきまでに叩き壊す外観を有していたのである。

 

「こいつなら垂直降下でも耐えられそうだ」

 

 確かにダールゲ大尉の言う通りである。急降下時の衝撃に耐えるというコンセプトでの全金属化なのだろうが、私はそれ以上に主翼にこそ目が行っていた。

 

「降下時にも視界を確保する為なのだろうが、力強いデザインだ」

 

 W字型となっている主翼を撫でながら、コクピット部分を見やる。本来パイロットが搭乗する部分はガラスで囲まれていたので、これなら風圧に顔をやられる事もないし、今後は鯨油を顔に塗る手間も省けるなと安堵した。

 

「ニコ、無線機もある! 魔導師でも持ってない小型のだ!」

 

 新しい玩具を買って貰った子供のようにはしゃぐダールゲ大尉に、皆もわらわらと覗き込んできた。照準器も眼鏡式から光像式*2になっており、許可を得て操縦席に座ったパイロット達は、これまでと違いすぎる照準器に驚き、是非自分の機体にも欲しいと声を上げた。

 

「悪いな皆、こいつはニコと自分の分しか無いみたいなんだ」

 

 当然皆不平不満を喚きたて、階級の差も気にせずダールゲ大尉に物を投げる者まで出たが、機体を傷つけなければ許すと私は許可した。ダールゲ大尉の冗談は、既に皆にとっての定番となっており、高官らも自分達のはしゃぎようを苦笑しつつも、止めようとはしなかった。

 

「しかし、何故複座式にしたのだろうな?」

 

 この機体が、筆舌に尽くし難い性能を有している事は誰の目にも明らかだろう。しかし、複座式となれば使用されているのは高高度偵察機*3か初歩訓練機で、後は民間機ぐらいのものだろう。

 高高度偵察機に関しては背後を狙う為に、パイロットと背中合わせになる。初歩訓練機は操作を新米に指南する為に必要であるし、民間機に関しては富裕層の道楽としての相乗りか、純粋に足として後席に客を乗せるのだから当然だ。

 しかし、この後席に関しては全くの謎だ。前席同様、後席にも操縦桿やレバーが備えられており、スイッチを入れれば連動するという初歩訓練機と同様の仕組みに入/切の機能を付け加えていた。

 何にも増して不可思議なのは、どう見ても魔導師の宝珠核に使用されるものと同様の、しかし大型化された機材が組み込まれていた事だろう。

 

「まさか」

「その、まさかと思い至った点を口にして頂けますかな? キッテル大尉」

 

 にやにやとこちらを見るのは、総監部より説明の為に派遣された航空技術大尉である。彼の後ろには、明らかに年若い新品少尉二名が待機していた。

 私は、まさかの部分を口にした。すなわち、この機体は魔導師の術式発現を可能にしてしまったのではないか、と。

 正否については聞くまでもない。言葉にするよりも雄弁な首肯が、全てを物語っていた。しかしだ。自ら飛べる魔導師を、後席に縛り付けるメリットなどない。

 加えて、宝珠核のサイズは通常だというのに、どういう訳か機関部を含む各種機材は巨大化し、複雑化しているのだから、整備面でも問題が出るだろう。

 疑念を呈する私を技術大尉は全く否定せず、全て正鵠を得たものだと開き直っていた。

 

「ですが、それを補ってでも、この起動装置には有り余る魅力があるのですよ。これにかかる魔導師への魔力負担は、何と五〇分の一なのですから!」

 

 桁が違うとはこの事だろう。カタログスペックを水増しするのは技術者の常套手段だが、だとしてもその数字は有り得ない。その値では、魔導師としての適性を認められないではないか。

 

「その通り。私達がこの日の為に訓練を課してきたシャノヴスキー少尉とグロート少尉は、独力での飛行さえ不可能ですが、決して魔力が皆無という訳ではありません。

 彼らは共に閾値に届きませんでしたが、たとえ彼ら以下の、雫の一粒程度の魔力であっても、この機体に搭乗してしまえば、術式の起動は片手で可能なのです」

 

 連動する操作に合わせ、各術弾の発射ボタンを押せば良い。後席は前席より挙動が早いのでタイミングも合わせやすく、誤差が出ても問題ないように設計されているという。

 魔導師が自分で干渉式を立ち上げて、世界の法則を強引に捻じ曲げるのとは訳が違う。あの爆裂術式とて、タイムラグはゼロ。発射間隔は機銃性能に完全依存という優れものだと豪語した。

 

「エルマー(◆1)技術中佐殿としては、注入した魔力を備蓄する方式で、魔力が皆無であるパイロットにも術式の発現まで問題なく使用させたかったようですが、流石に現状の技術では不可能だと早々に見切りをつけたそうです。

 干渉式の立ち上げは、その時点で使用者が魔力を込めなくてはなりませんでしたからな。

 それにしても、この大型演算宝珠は素晴らしいでしょう? 宝珠核という超小型エンジンを動かす為に魔導師は魔力を消費しますが、飛行の為には重量を削らねばなりません。

 結果、消費魔力という点で魔導師適性の要求水準はどうしても高くなりましたが、攻撃機に組み込む程の補助機材が用意できれば、水準は大きく下回りますからね。

 人材不足に悩まされる事は、金輪際ないと保証しますよ」

 

 蒼白となる魔導師に対し、軍高官は沸き立った。これまでネックであった適正依存からなる魔導師の慢性的人材不足とは無縁の、非常に高価であるが量産の効く超高火力の航空戦力を得る事が出来たのだから当然だろう。しかし、全てにおいて従来の魔導師の手を借りずに済む訳では決してないと、技術大尉は熱を上げる高官を落ち着かせた。

 

「ただ、弾薬の補充には、常に航空魔導師の要求値を満たした人材の手を借りねばなりません。魔導師が魔力を封入しなければ、術弾など希少金属を浪費するだけの無駄飯食いですからな。現在はライン式の工場で、幼年学校生の魔導師に封入作業を行って頂いています。

 この弾薬補給に関しては、現在効率化を図るべく検討されておりますが、ファメルーンでの備蓄分には問題ありません。キッテル大尉も、その点は重々ご安堵下さい」

 

 高官はまだしも同階級の人間に対し、ここまで下手に出るのは少々気持ち悪さを感じたが、私がエルマーの兄という事で、当時の技術大尉は相当気を回していたのかもしれない。

 私は技術大尉に対し心中で謝罪したが、無論それが相手に届くことはなく、技術大尉は我が事のように胸を張りながら説明を続けた。

 

「では武装についてご説明致します。今回エルマー技術中佐殿が発明した複座式魔導攻撃機の標準武装は、七・九二ミリ機銃三門。これらは通常弾、術弾の切り替えも可能にしていますが、魔導師と相対するならば貫通術式弾の使用を推奨致します。

 仮に敵魔導師が光学迷彩を使用した場合、操縦桿に組み込まれた光像照準器のスイッチを押して下さい。数秒であれば、近距離の魔力波長を探知して像を作る事が可能です。

 爆裂術式弾も十分な数を揃えていますが、こちらは地上標的に使用すべきでしょう。胴体下部には爆弾架を備えていますので、急降下が厳しければ二五〇キロ爆弾の投下で対空火器と兵士を潰すのが確実です」

 

 先程まで歓喜に湧き、無邪気に喜ぶばかりだった高官も、空軍将兵さえ説明を受けて絶句していた。

 魔導師の神秘にして力の象徴たる術式弾を使用し、ばかりか爆裂術式以上の、二五〇キロというこれまでに類を見ない爆弾を投下して敵を吹き飛ばせなどと技術大尉が宣った時点で、皆心身共に凍りついてしまった。

 私はもう、ダールゲ大尉が冒頭で零した冗談を笑えなくなっていた。エルマーの頼もしい点としては、確かにその驚異的な頭脳を挙げるべきだろう。

 

 しかし、何にも増して皆が恐ろしいと感じた部分を語るならば、エルマーの発明には、結果(・・)はあっても過程(・・)が存在しないという事だ。

 エルマーは常に、その時代の最先端の()()一歩、或いは二歩先を行く。技術的には可能な、けれどそれを用いる人間の()()()()は追いつけない。

 機関銃を前に、匍匐前進という移動法を知らないまま突撃した哀れな兵士のように、生み出す技術と用いる人間との間に、隔絶した差が現れてしまっていた。

 試行錯誤を重ねながら階段を上る技術者たちは、確実に足跡を残してくれる。だからこそ後世の人間は、彼らの偉大な発明に納得し、賞賛してくれる。

 

 爆弾を空から落とす。魔導師の術弾を攻撃機が放つ。これら一つ一つが、全く別のものとして。或いは試行錯誤を繰り返した末に誕生したならば、我々はそれを努力の成果として受け入れる事も出来ただろう。

 だが、エルマーは違う。神童と謳われ、天才と、帝国が誇る最高の頭脳と生涯()()()()()持て囃され続けた弟は、決して過程を残さなかった。

 

 勿論、それはエルマーの頭の中にだけあったものなのだろう。数学で式を記載せず、解のみ世界に書き記しただけなのだろう。しかし、それこそが弟の唯一の過ちだと、私には理解できた。

 恐ろしいと人が感じてしまうのは、その相手を理解出来ないからなのだと。私がエルマーから与えられた翼に言い知れぬ恐怖を僅かにも感じてしまったのは、それが原因なのだとも理解して、ようやく安堵出来た。

 ああ、何も怖がることはない。エルマーは頭は良いが、それ故に少しだけ配慮が欠けてしまった、優しい私の弟に過ぎないのだと。決してこの場にいる者達が想像するような、そう、エルマーの言葉を借りるならば、人ならざる者では断じてないのだ。

 だから私は、思いつくままに技術大尉に問う事にした。

 

「この攻撃機を、先程から複座式魔導攻撃機と呼称しているが、名は無いのかね?」

「? はい。本来は急降下爆撃を想定しておりましたので、急降下爆撃機(スツーカ)と名乗る予定でありましたが、ご説明した通り、あらゆる局面に対応出来る仕様となっております。実用高度限界は五万五〇〇〇ですので、超高高度偵察機としての運用も可能でありますし、速度も最大で二〇五ノットに到達しますので、航空兵力としては間違いなく世界最速の軍用機です」

 

 つまり、名は決まっていないのだな? と私は本来なら無意味極まりない質問をした。

 技術大尉は意図が分からないのか、戸惑いつつも首肯したので、私はぽん、と手を叩く。

 

「では、緊急(ゾフォルト)と名付けよう。理由が分かるかね? エルマー技術中佐殿が、()()死を望まず、即座に手を打ってくださったからだ」

 

 これが詭弁だという事は、おそらく技術大尉には分かっていただろうし、高官も同じだっただろう。しかし、戦友達は私の言葉に、少なからず感じ取るものを持ってくれたらしい。

 先程まで、攻撃機を通してエルマーを本気で未知の怪物か未来人のように見ていた者達の目が、戦友を見るそれに変わってくれていた。

 

「じゃあまた、技術中佐殿に礼をしなくちゃだ。ここじゃあ、酒ぐらいしか手に入らんが」

 

 そう切り出してくれたのは、やはり親友たるダールゲ大尉だった。それに続く形で、皆が色々と提案してくれる。

 

「戦闘口糧のチョコレートでしたら手元にありますがね、軍規でおいそれとは開けられません」

「余りがあればそちらを回してくれ。代わりに私の煙草を幾らでもやろう。エルマー技術中佐殿は甘いものに目がなくてな、姉上のシュトルーデルをリスのように頬張っていたものだ」

 

 これは本当だぞ、と技術大尉に耳打つと、エルマーが頬張る姿を想像したのか、軽く吹き出してしまった。

 フォン・シューゲル技師との不仲が既に噂となっていた為に、自分達を駆逐する気なのではないかと恐れていた魔導師達も、この時は無理だったが、決して魔導師に、かつての航空隊員のように名誉のない時間を与える事はないと後ほど時間をかけて説き伏せた。

 私は魔導師を心から尊敬しているし、私自身何度も魔導師に命を助けられた事はエルマーも知っているから、決して本気で魔導師をお役御免にしようとは思わない筈だと。

 

 私の言葉は、嘘も多く入っていたが、構うまい。エルマーが帝国人からも、戦友達からさえ恐れられるような事だけは、絶対に避けたかったのだ。

 

 


訳註

◆1:原文では著者を含め、キッテル家の面々が公人として扱われる際は、全てフォン・キッテルの姓で記載され、役職と階級を表記することで混同を避けている。

   しかし、クイーンズ訳では、より簡潔に混同を避けるための措置として、著者以外ファーストネームで記載された。

   本書もクイーンズ訳に従い、著者以外の家族はファーストネームで記載する。

 

*1
 蛇足だが、当然後になって、この領海侵犯の見返りを連合王国と共和国は要求した。彼らは帝国軍の輸送船団を通したのは、自分達にかけられた嫌疑を払拭する為のものであり、帝国政府には謝罪として、失った兵器の幾ばくかを金銭ないし兵器で以て払うよう要求した。

 これに対して帝国政府は「問題があったならば警告すれば通常の航路を取った」「二国に対して我が国が誠実さを欠いていた事は認めるが、であるならば、身の潔白を証明したいと事前に申し出てくれれば良かった。契約のなかった取引には応じられない」と声明を発表した。

*2
 反射ガラスに照準を投影する仕組み。後の航空照準器の基本となった。

*3
 帝国軍をはじめ列強各国の高高度偵察機は日々改良されており、この時点では背後から迫る戦闘機に備える為、後部銃手を乗せて飛んでいた。




 複座式攻撃機の名前はゾフォルトですが、外観やスペックはスツーカB型に近いものとなっております。
 なお、チートっぽい性能のようですが実際は欠点まみれで、普通にスツーカ作った方がコスト的にも安全的にも、よっぽど良かった模様w

 主にコストとかコストとかコストとか……ご存知ですか? 演算宝珠って小型で安価なイメージ有るけど、実際は主力戦車や戦闘機より高価(書籍版4巻P289)で、web版では希少金属使いまくりで、戦車の生産ラインにまで影響出るレベルの代物だと明言されていることを(震え)
 しかもです。こいつぁ後部機銃手がいないので背後が無防備と来ていやがります! 木造複葉機メインのこの時期ならまだしも、技術が追いついた日には、変態パイロットの主人公以外にゃあ、マジで棺桶確定ですよ!?

【悲報】ブラコン技術者はお兄ちゃんの事しか考えてなかった件【欠陥機】

 いやまぁメタ的な事を言うと、こいつは直接的な戦力以上に、物語に必要だから用意したってだけなんですけどね(役目が片付いたら、その都度説明させて頂きます)。

以下、名前・地名等の元ネタ
【史実→本作】
【人物名】
 アルフレート・シャルノヴスキー→フート・シャノヴスキー少尉
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