キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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※2020/2/20誤字修正。
 水上 風月さま、佐藤東沙さま、ご報告ありがとうございます!


16 蹂躙劇-尊厳なき死

 残る二機の軍用機が厳重な監視体制の下で組み立てられる中、私とダールゲ大尉は、それぞれ後席の相棒として長らく過ごす事になる新品少尉に、挨拶とささやかな交流をして過ごした後、地上試運転と慣熟飛行を行う事とした。

 

 私の後席に着く事になったフート・シャノヴスキー少尉は、その姓が示す通りルーシー系帝国人であり、父の代にルーシーで革命が巻き起こった際、妻が帝国人であった事を縁に亡命に及んだのだという。

 シャノヴスキー少尉の父は、初めの内こそ農家の出であったから、人民の味方を僭称する共産主義革命とやらを無邪気に喜んでしまったが、彼らが戦時下となれば物資を徴発してきたルーシー帝国軍より、遥かに野蛮な存在だといち早く気づき──というより被害に遭い──このままでは皆飢えて死ぬか殺されるだけだと、父祖から継いだ土地さえ捨てて、暴力支配が展開された祖国から逃げて来たそうだ。

 

「小官は、運が良かったと思います。母が帝国人でしたから、幼年学校に志願して軍人になればすぐ家族を養えますし、父も母の実家の伝手で工場で働けましたから」

 

 シャノヴスキー少尉の語った事情は、殊更珍しいものではない。ルーシーの地に誕生した社会主義国家は人民の楽園を自称して憚らないが、その全容が明らかになる事はなかった。

 表向きは、自分達の生活水準を公表してしまえばルーシー連邦への亡命希望者が膨れ上がって周辺国から圧力が掛かってしまう、という鼻高々なものであるが、そんな眉唾以下の情報を信じる者は──少なくとも共産主義者や赤色シンパ以外では──当時から存在しなかった。

 

 血の匂いは、何処からか確実に漏れてしまう。合州国の独立戦争時、アルビオン王立陸軍が行った虐殺が世界にいち早く広まったように。ブールやワズール戦争での流血の悲劇が、我々にとって馴染み深い物でもあるように。

 共産主義者の魔の手を逃れた人々が自らの体験を赤裸々に語る事で、その蛮行は周辺国の耳にも届く事となった。

 当時のルーシー連邦は、それを資本主義者の悪質な政権批判だとして、将来政府指導者全てが国際裁判の席に立つまで、いや、死の間際まで否定し続けた者さえ居たが、彼らの蛮行が如何に常軌を逸したものであったかは、読者諸氏は既にご存知の事と思う。

 

 少々余計な部分にまで紙文を割いてしまったが、似たような事情を持つ同僚は帝国空軍にも少なからず居た為に隔意など生まれることもなく、シャノヴスキー少尉はその真面目さとリスのような愛らしい仕草も相まって、すぐに基地内では人気者になった。

 ただ、私に対してはどうにも撃墜王や上官という立場が災いしてか、相棒になるというのに心を開いてくれるまで少し時間がかかってしまい、こうして慣熟飛行の日に身の上話をしてくれた時も、口調から遠慮というか、上官と部下以上の壁が感じられてしまった。

 しかし、シャノヴスキー少尉は術弾の発射実験の際も、私の希望するタイミングから誤差なく的確に以心伝心とばかりに術式を起動してくれたし、高高度でも失神や酩酊状態に陥る事はなかった。

 元々後席手として訓練を続けていたのだから、私よりずっと慣れているのだろう。

 

「次は急降下だが、大丈夫だな?」

「はい! 大尉殿!」

 

 溌剌とした声に、よし来たと私は限界高度から降下した。風防ガラスが有りながら、凄まじい加速に機体も身体にも圧がかかり、臓器という臓器が締め上げられる感覚を覚えたが、私の体にはまだ十分に余裕が有った。だというのに、私は思わずびくっ、と身を竦ませてしまったのである。

 ゾフォルトが急降下すると、まるで喇叭(ラッパ)のような音が響いて来たからだ。

 ああ、これが搭乗前に技術大尉が口にした奴だな、と私は強張る身を落ち着かせるように自分に語りかけた。

 

『急降下時の風切り音が、喇叭に近い音を響かせる』

 

 説明は受けていたし、マニュアルにも目を通していたが、実際に耳にすると、成程確かに喇叭である。

 それも、起床の際に兵舎の人間を叩き起すような優しい類のものではなく、とてつもなく恐ろしい、まるで悪魔がお前の命を奪いに行くのだと告げるような、そんな不吉な音だった。

 

 初戦闘の時にも、音を聞いた反乱軍兵士は何事かと皆空を見上げ、次の瞬間には、私が投下した二五〇キロ爆弾が彼らの真ん中へと飛び込み、皆大空へと舞い上がった。

 本来なら水平爆撃で良いとされていた爆弾を急降下で投下したのは、少しでも命中率を上げ、敵の被害を大きくする為だったが、後にこの方法は効果大とされ、単発爆撃の標準的な投下方法に指定された。

 

 だが、この時の私は、それが余りに過剰な行いであり、ここまでする必要はなかったのではないかと敵に対して同情の念さえ寄せてしまった。

 濛々と立ち込め、空に昇る黒煙。吹き飛ばされて落下する人間や大砲、機関銃。戦艦の主砲でも命中したような光景に、敵味方問わず固まってしまった。

 味方はまだ良い。これが帝国空軍からの支援攻撃である事は、事前に理解していた。ただ、想定より遥かに規模が大きかったというだけだ。

 しかし、敵は違う。土砂に埋まり、鼓膜を破られて尚運良く這い上がった反乱軍は、安全圏に逃れた私と入れ替わるように、ダールゲ大尉が水平爆撃で切り離した爆弾の餌食になってしまった。

 

 この日から、反乱軍にとっての終わりが始まった。

 彼らにとっての、黙示録が。

 

 

     ◇

 

 

 ファメルーン反乱軍は、自分達に甚大極まりない被害をもたらしたゾフォルトを撃墜すべく、直ちに動き出した。これまで影も形もなかった戦闘機と魔導師が、ノルデンですらお目にかかれなかった大編隊で現れたのである。

 無論のこと、帝国軍は彼らの登場を予期していた。新型兵器という手札を切った以上、そのカードの強さがどれ程なのか。反乱軍の陰に潜む列強国は、ゾフォルトの性能を丸裸にしたいという欲求を隠そうともしていないのだ。

 

 初出撃の爆撃時は余りの速度・高度差に随伴機を伴わず、二機で出撃した私とダールゲ大尉だが、今は背後に出撃出来るだけのフォルカーを可能な限り出撃させ、航空魔導師とも合同で敵航空戦力の迎撃に当たった。

 敵は数こそ多くとも、戦闘機も魔導師も皆旧型。対してこちらのフォルカーは万全で、魔導師も列強各国に基本性能で並ばれてこそいるが、最新型機とも十分殴り合えるだけの性能は維持している。

 敵味方入り混じりながらの乱戦は大変目まぐるしく、右も左も敵だらけだったから、私は目に付く限り片端から墜としていくが、余りに簡単に敵が落ちてしまう。

 これまでの一三ミリと違い、七・九二ミリ機銃は弾速が凄まじく速い上、感覚で行ってきた着弾予測さえ必要ない程、思い描いたように飛んでくれたものだから、私は敵がふざけているのか、それとも飛行訓練だけ済ませた連中を、旧式機に乗せて数だけ揃えたのではないかと本気で疑ってしまった。

 当然敵は大真面目だし、中にはベテランも居ただろう。共和国や連合王国でも、帝国同様植民地人にパイロットを任せる事は珍しくない。むしろ、死亡率の高さから給与を餌に率先して乗せていたという。

 

 私はこのままだと、今日は全員がエースになるな、などと初めは軽い気持ちでいたが、しかし現実はそう甘くない。敵の数は多く、彼らも必死なのだから、当然帝国軍の犠牲は出てしまう。

 私はパラシュートを開いた航空隊員を、機銃で狙い撃とうとした戦闘機を即座に撃墜し、左拳で頬を殴った。ニコラウス、この大馬鹿者! 貴様は今戦闘を、生き死にの駆け引きをしているのだぞ! 貴様が腑抜けて、戦友を死なせてどうする!

 そう自分に喝を入れた私は、すぐさま密集防御を取りつつフォルカーを撃墜する敵魔導小隊に爆裂術式を浴びせ、自分達が何をされたか理解した残存魔導師に、大当たりだよと貫通術式を見舞ってやった。

 

 私はこのたった一日の交戦で、確認出来る限りでも二四名の魔導師と一八機の戦闘機、そして、情報を持ち帰ろうとした三機の偵察機まで撃墜した。

 機体に前もって装着していたガン・カメラがなければ、私自身だって戦果を信じなかっただろう。

 私の魔導師の撃墜記録は、八二名という前人未到の域に達したが、これ以降、私がゾフォルトに乗った場合は、撃墜スコアに魔導師をカウントしない事が定められた*1

 

 

     ◇

 

 

 それから先も、敵は幾度となくゾフォルトを撃墜すべく様々な手を打ったが、やはり最も脅威だったのは高射砲による対空攻撃だ。あれだけはどれだけ高く飛んでも安心は出来ないし、破壊するには近づかなくてはならないから、危険である事は変わらない。

 エルマーは私を唯の人間だと言っていたが、命の危険にあるときは、一層強くそれを自覚出来るものである。

 

 しかしながら、一〇月に入ると、敵も随分と様変わりしたものだ、と私は思うようになった。以前ならば、地上にいたのは薄汚れていながらも軍服を纏い、指揮官に率いられた兵士達が、規律を持って帝国軍に果敢に挑んでいたというのに、今となっては老人や少年までもが、銃を手に帝国軍陣地の攻撃に駆り出されていた。

 彼らは一体、どんな気持ちなのだろう? 独立の夢が、命さえ捨てる程に甘美な響きであろう事は、一軍人としては理解出来る。しかし、仮にダース単位の奇跡の果てに彼らが独立を成し遂げたとして、この地に誕生する国家に未来はあるだろうか?

 国家運営のノウハウもなく、また、技術力を欠いたファメルーンが帝国の手から離れたとして、彼らが今のような暮らしを維持出来るかと問われれば否だろう。

 或いは、彼らは元の部族単位での、野を耕して山羊や牛を飼う暮らしを営みたいのか?

 

 はっきり言おう。その暮らしは帝国保護領で(・・・・・・)あったならば、どちらも可能だったと。

 そして、独立を手にすれば不可能になってしまうのだとも。

 技術も国家としての土台もない彼らから帝国が去れば、確実に連合王国や共和国が彼らを呑み込み、そして帝国とは比べ物にならない苛烈な植民地政策が、彼らから最後の血の一滴まで搾り取る。

 今は裏で糸を引き、独立の後の安全保障などを耳元で囁いていたとしても、必ず何処かのタイミングで掌を返す。

 独力で我が身を守れるだけの力のないファメルーンの民は、帝国という庇護者を失う事で『平和』という最大の財産を失う。自らの手で、夥しい国民の流血と屍の上に築く事で成り立ち、武力維持の為の財産を有する事で、初めて他国から脅かされずに済むという、最も高価な財産をだ。

 

 だからこそ、私はインペリアリストとしてでなく、一軍人としての思いからでもなく、彼らの将来を思うが故に、そして払わずとも良い犠牲を払う戦友の為に、爆弾を投下した。

 読者諸氏は、私のこの行為を「非人道的な、列強軍人のエゴイズムそのものではないか」と憤ってくれて構わない。私は自分のした事を否定しない。

 敵は非力な存在であった。しかし、武器を手に戦える者達であり、現に我々を殺そうとした者達だ。現代の戦時国際法の観点から見ても、正規軍人でも民間防衛隊でもない武装勢力はテロリストとして認められる上、彼らに降伏の意思はなく戦闘を継続していた。

 ある者は手榴弾を抱えて塹壕に飛び込もうとし、ある者は無反動砲を担いでいた。この世の地獄も同然の光景は、空でも地上でも絶え間なく続いた。

 特に空は酷く、飛ぶ事しか出来ないが、魔導適性を持っている若者がゾフォルトやフォルカーに抱きついて自爆しようとしたり、戦闘機そのものが突っ込んで来た事も数え切れなくなった。

 

 誰もが、彼らは無駄死にだと悟った。

 どうしようもなく、尊厳の欠片もない死を強要されていたのだ。

 

 

     ◇

 

 

 だが、そんな地獄も長くは続かない。エルマーが贈ってくれた、残りの二機が出撃出来るというのだ。

 私達は、どうして後の二機がこれほどまで時間をかけたのか不思議でならなかったが、それも実物を見て納得した。

 残りの二機は、ゾフォルトではない。帝国内での痛ましい爆発事故から使用されなくなった飛行船程でないにせよ、その巨大さと重厚感は、ゾフォルトの比ではなかった。

 

「試作型双発爆撃機、ドルニ。最高速度一四〇ノット、高度限界は一万四〇〇〇と、ゾフォルトと比すれば見劣りしますが、最大一〇〇〇キロもの爆弾が搭載可能となっております」

 

 もう誰も、驚きに飛び跳ねたり、それどころか恐れる事さえしなくなっていた。誰も彼も、感覚が麻痺してしまっていたのだ。

 

「反乱騒ぎは、もう終わりだな」

 

 軍高官の発言は、実に正鵠を得た物だった。

 ゾフォルトに比べて倍近い航続距離を有しながら悠々と飛行するドルニは、この地上からファメルーン人が消えてしまうのではないかと危惧する程、無慈悲な地上爆撃を行った。

 一発当たりの爆弾の重量は一〇〇キロ程だとしても、それが一〇近い数で降り注げば、待っているのはゾフォルト以上の地獄絵図だ。

 聖なる書の中に描かれた、悪徳と廃退に満ちた都市が滅ぼされたという伝承を思い出す。彼らは決して悪ではなかったが、しかし敵兵だった事が、この結果をもたらしてしまった。

 歴戦の古参兵さえ、この光景には目を逸らしたとしても責められまい。だというのに、ドルニは攻撃を止めない。一機目が全てを投下し、陣地を更地にしたと思えば、行軍の列を為す敵にさえ、爆撃を行った。

 私やダールゲ大尉はドルニの護衛として付いていたので、その光景を幾度となく目にしていたが、よくぞまあここまで徹底出来るものだと思った。敵に近づいて死を確認する自分達と、水平投下後にすぐ離脱する爆撃機搭乗員とでは、受け取る感覚が違うのかもしれない。

 

 二機のドルニは、最後の仕上げとして情報部が寄越した敵拠点に絶え間ない爆撃を行い、反乱首謀者たるハルシャール歩兵少佐と()()()人物が後に廃墟と化した拠点から見つかった*2

 

 ともあれ、ファメルーンの我々の戦いは、終息した。名誉とは程遠い、無為な血を流すばかりの地獄は、ようやく終わってくれたのだ。

 

*1
 そしてこれ以降、私の撃墜スコアから魔導師のスコアが増える事はなくなった。

*2
 しかし、後年の調査でハルシャール歩兵少佐は九月時点で死亡していた事が判明した。連合王国・共和国派遣将校との軍事作戦上の諍いが原因されているが、おそらくはゾフォルトの性能を知りたいが為の航空兵力投入に反対した為だろうと言われている。




【今回の主人公のヤベーところ】

主人公「君たちファメルーン人には、帝国が必要なんだ!
    だから平和維持のために、爆弾を落とすよ!」

 アメ公かな?


以下、名前・地名等の元ネタ
【史実→本作】
【戦争】
 ボーア戦争→ブール戦争
 ズール戦争→ワズール戦争
【爆撃機】
 ドルニエ社→ドルニ

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